● ひたひたと。濡れた音がした。目を開ける。見えたのは、此方を心配そうに覗き込む幼い顔。 嗚呼。うまくいったんだ、と呟こうとして、首を傾けた。 ――なにが、うまくいったんだろう。 何も考えられなかった。 ぼんやりと。己を見下ろした。小さな手。真っ赤なドレス。指先を擦り合わせれば、火が爆ぜた。 素敵、と。小さく笑う。目を細めた。嗚呼、嗚呼。なんてしあわせなんだろう。火が綺麗だった。真っ赤な世界が綺麗だった。 ぺたり、と。冷たい床を踏みしめる。小さな足が、ふたつ。外へと歩いていく。 さようなら、小さなお姫様。呆れたような、面白がるような。形容しがたい顔をした男の囁く声。彼は誰だったのだろうか。そんな事も思い出せなくて。 ただ。 大好きな御伽噺の中でもっと遊ぼうと。少女はその手を、伸ばしていく。 ● 「童話って、表裏一体なのよね。子供に言い聞かせる優しくて耳触りのいい教訓の裏にあるのは人の醜さ残虐さ。……どっちが本当なのかしらね。今日の『運命』話すわよ」 手に抱えた資料と、二冊の絵本。『導唄』月隠・響希(nBNE000225)は何時もより随分と真面目な口調で、話を始めた。 「今回のお願いは、まぁそんな綺麗な御伽噺じゃないんだけどね。……『六道の兇姫』を、叩く機会が来た。先日、『兇姫の懐刀』スタンリー・マツダの保護に向かった人たちが居るんだけど。まぁ、何とか無事に連れ帰れたのよ。 ……無事、って言っていいのかは微妙だけどね。まぁともかく、そのお陰で、紫杏の居場所が分かった。嗚呼、情報を疑わなくても大丈夫よ。元々、彼はあまりお姫様に従順じゃあなかったみたいだし。 今回、……まぁ、詳細は報告書を読んで貰った方が良いと思うけど。その心は憎悪に傾いた様なので。信用してもらって構わないわ」 弱体化著しい相手を、みすみす見逃すわけにはいかない。そう言って、その手がキーを叩く。表示される、鱗に覆われた美しい少女の姿。 「キマイラ『人魚姫』。戦った人も居ると思うけど、あんたらに相手してもらうのは、これともう一体。……一体、って呼んでいいのかちょっと微妙なんだけど。 まぁとにかく。外で待ち構える敵を倒してくれればいい。それ以外は特に必要ないから、思う存分殴って来て。じゃ、簡単にエネミーデータ。 まず、『人魚姫』。以前出てる情報とほぼ変わってないから、内容を添付しておく。但し、水がないから……そうね、若干疲弊してるみたい。詳細はこっちね」 差し出す資料と、絵本。続けるわ、と事務的な声。 「次、もう一体の方。識別名『マッチ売りの少女』。マグメイガススキルに加え、幾つかのスキルを駆使してくる。嗚呼、でも普通には使ってこないわ。 指先を、擦るだけでスキルを出せる。それがどれほど強力でもその動作一つで発動できるの。勿論、御伽噺みたいに擦る回数が多いほど強力なスキルが使える。……まぁ、何が出るかは本人も分からないみたいだけど。用心するに越した事ないわ。 加えて、強力な自己再生力を持ってる事と……後は、そうね。指先が、磨り減りきった後の話。マッチが燃え尽きたら、夢は消えてしまうから。……『彼女』は自分を燃やすわ。 この状態になると自己再生力は失われるけど、触れるだけで常時炎系の呪いを受ける。まぁ、それは本人も同じね。但し、燃えている限り、出せるスキルは常に己の最高火力。 ……まぁ、面倒な相手だから。出来る限り早く片づけた方が良いかもしれないわね」 以上。溜息と共に吐き出されたそれと、重ねられた資料。少しだけ間が空いて。 「……『マッチ売りの少女』の素体は、『ジョンブリアン』羽月・奏子。要するに、六道研究員の少女自身。どうしてその選択を選んだのかは分からない。けれど、彼女は人でなくなることを選んだわ。 因みに、彼女に雇われていた『御伽噺』の王子様は現場に居ない。まぁ、大した情は無かったのかもしれないわね。それも分からない。 決着をつけて頂戴。……気を付けてね、じゃあ、後はよろしく」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月30日(水)23:56 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 燃え尽きる。溶け消える。それが不幸であると誰が決めたのか。己の幸福を。望むものを。決めるのは何時だって自分自身だ。例えそれがどれ程報われないものであろうと、決めたのならそれは幸福なのだ。 文字通り。命を奪い尽くす血狂いの刃が、艶めく鱗の隙間から突き立てられる。『続・人間失格』紅涙・いりす(BNE004136)は、煌めきの無いグレーの瞳を微かに眇めた。 相対するのとは別のもの。深紅の少女が視界の端に映った。何かが囁く。彼女とはもっと話してみたかった。その声は本当に自分のものか。揺らめく何かを飲み込む様に刃を引き抜く。 何時もの事だった。想いは届かず、願いは叶わない。幾度も繰り返した気がする言葉はけれど、唇から零れる事は無かった。儚く消えていくのは、命も想いも何も変わらない。 「救いなんてモノはこの世にない。あるとすれば、それは人の心の中だ」 幸福も不幸も喜びも悲しみも。定義づけ価値を与えるのは、何時だって人間の心なのだから。 握り込んだ鈍器の、銃口が閃いた。神速の弾丸で人魚の喉元を撃ち抜いて。『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)は表情一つ動かさずそれと相対していた。 苦しげに呻く声。流れ落ちる血がこれが現実だと教えてくれる。此処にお姫様は居なくて、優しいヒーローもいなかった。なれないと知っていた。少なくとも、この場所では。 「わるいけど、王子様にはなれないよ」 ナイフで殺されてやったって、人魚姫は海には帰れない。そのすぐ後ろ、回復手の一人として立つ『メガメガネ』イスタルテ・セイジ(BNE002937)は、そのおっとりとした面差しにわずかな焦りを浮かべて戦場を見渡していた。 人魚姫にマッチ売り。同時に相手取るのは得策ではないと言うのがリベリスタの判断であり、そのための策は既に打たれている。強烈な一撃で、双方の距離を離す。単純な様で最も効果的なそれは、表向き上手く機能しているようだった。 厄介な人魚姫のみを相手取り、マッチ売りの攻撃が此方に『届かない』と言う点においては。そして、その『届かない』こそイスタルテの焦りの理由。 「だ、駄目ですよう……!」 仲間全てを回復する。それが大前提である以上、イスタルテは前に出ざるを得ない。マッチ売りと相対する雪白 桐(BNE000185)は仲間を想い、その距離を遠く離したけれど。擦られた指先が放つ、幾重にも煌めく魔術がその身を深く傷つける。 敵の攻撃が届かないのであれば、仲間の癒しも届かないのはまた必然。危ない、と幾ら離れた位置から声をかけようと、その声は桐には届いていなかった。人魚の歌から身を守らんとつけた耳栓は、状況認識力を鈍らせる。 だからこそ。イスタルテは前に出る。激戦の中で、回復を届ける為に。ちらり、とキマイラを見つめた。生き物を混ぜ合わせて作り直して。それは悲しい事だと思う。もう、終わりにしたかった。 「――お伽噺の中の君は最期は泡になるんだ」 鋏とカッターが閃いて。広がる気糸は、幾重にも人魚姫を締め上げる。『Lost Ray』椎名 影時(BNE003088)は相変わらずの無表情で、目の前の敵を見つめた。その歌声は響かない。その心も身体も揺らがない。 泡沫に消ゆ。その運命はこの場所でだって変えるつもりは欠片も無かった。憐憫何てない。無い筈だけれど、残念だと思う気持ちは何処かにあって。それでもその手は緩まない。この存在を、野放しには出来ないから。 例え元が誰であったとしたって。その程度で揺らぐ影時ではなかった。ただ只管に、倒す事だけを考える。それ以外は必要なかった。息が出来ないと泣く彼女を包む、水にはなってやれないのだから。 泣き叫ぶ様な歌声は、耳を塞ごうとも直接その脳を揺らす。眩暈にも似た痛みを覚えながらも、『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330)が齎すのは、遥か遠き神の力の末端。吹き荒れる癒しの風が、仲間の傷を癒していく。 夢を見ながら死ぬ少女達。それは、優しい優しい童話の中だけで成立するものだ。現実はそんなに優しくない。甘くも無い。夢見る様な優しい終わりが齎される事なんて、数える程なのだ。 「……受け止めましょう」 だからこそ。その心に残る願いを。想いを。せめて、触れる事が出来るならと。凛子はその全力を尽くす。 外気よりも冷たく暗く。滴り落ちる冷気と、一点に集まるその全力。大斧を握り締める腕の筋が応える様に隆起して。直後、放たれる砲弾。触れれば即座に死を予感させるそれが、戦場を駆け抜け人魚姫を撃ち抜いた。 軽々と。共にあり続けるグレイヴディガーを背負い上げて。『墓掘』ランディ・益母(BNE001403)は微かに、息を吐き出した。白く染まるそれはすぐに消える。まるで、何もなかったかのように。 「……何かが違えばお前の歌も良い物だったかもな」 たった一撃。しかし、あまりに重すぎるそれは人魚の傷を深くする。圧倒的な、暴力とも言うべき力と、冷静に状況を見据える判断力。常に全体を見つめ続けるランディが居るからこそ、この作戦は成立していた。 その瞳が、人魚を、マッチ売り――否、あの日の少女を見遣る。無垢故に、何もかもを顧みず没頭。それは、悪くは無い事だ。けれど。それだけで生きていける程この世界は優しくない。 夢には浸れない。終わりがあるからこその、うつくしいゆめ。それを幾度も見たが故に。ランディは静かに、その眉を寄せた。その背後から飛ぶ、魔力の弾丸。握り締めた杖を、魔力の残滓が伝い落ちる。 少女は、魔女だった。『黄昏の魔女・フレイヤ』田中 良子(BNE003555)は、何時だって夢を見続ける。御伽噺。幾度も幾度も聞いて読んで。それは、何時だって幸せに彩られた物語だ。 どんな不幸も。どんな痛みも。最後には必ず笑って幸せになれる優しいお話。それが絵空事であると、言い捨てるには少女は未だ幼くて。けれど、幼いからこそただ純粋に、その瞳は夢を見る。願う。 優しい優しい結末を。その為に魔女だと名乗る良子の目にあるのは、静かな決意だった。 ● 鮮血が、白い髪を染めていく。走る激痛と、競り上がる鉄の味。桐は、愛用の大剣を握り締めて浅くなった呼吸を整えた。既に、一度運命は飛んでいる。耐える為の全力防御も意に介さず、マッチ売りは笑っていた。 「火がお好きですか? ですが強すぎる火は自身すら焼き尽くしますよ」 夢だけを見て死んでいった少女の物語。火が消えてしまう事を恐れた少女とは遠くかけ離れた力を持つ目の前のそれに、悪趣味だと小さく眉を寄せる。少女は何が欲しかったのか。今はもう分からないけれど。 火よりも、触れ合う温度の方が温かいのだと、教えたくて。桐は全力を尽くす。しかし、その身体は思う様に動かない。限界が近かった。完全に孤立した状況は桐を追い詰める。けれど、其処に。不意に優しく響いた、癒しの音色。柔らかに傷を癒すそれに振り向けば、レンズ越しに交わる瞳。 イスタルテだった。前に出続けた彼女の癒しは漸く桐にも届き。つかの間の安堵を覚える間もなく、焔のいろの瞳が彼女を見つめる。ぞ、と走る怖気。一気に二本、擦り切れた指先で爆ぜる魔力。 叩き落された、地獄の炎。爆発的に広がる紅と熱が、見境なく桐を、イスタルテを焼き尽くす。運命が飛んだ。桐の身体が崩れ、イスタルテの意識が遠ざかる。 けれど。辛うじて、力を込め直して。イスタルテは立ちあがった。鈍く咳き込んで。それでも少女は倒れない。誰もが倒れない為に動くと決めたから。自分が、倒れる訳にはいかないのだ。 マッチ売りの瞳が、此方を見つめている。覚悟を決めかけて、けれど、目の前に駆け込んだ後ろ姿に思わず、安堵の息を漏らした。 「下がれ、あっちはもう片が付く」 その声が示す方。気付けば響き続けていた歌は止んでいて。呻く様な声と共にのたうつ人魚の鱗ごと、跳ね飛ばされた華奢な腕。淀み無く迷いなく。鮮血のラインを描いたいりすの刃に続いて叩き込まれたのは握り込まれた涼子の拳。 泣き叫ぶ様な声だった。その身体は既に限界を超えていて。止めてやめてと、言う様で。けれどそれでも、影時の手は止まらなかった。出来る事なんて少ないから。せめて苦しみを短くする方が優しいと、思うしかなかった。漆黒のオーラが、人魚の命を、喉を、食い尽くす 息が出来なかった。呻き声ももう鳴らなくて。ぶくぶくと、溶けて崩れて泡になる。交じり合ってもう何だったのかも分からないモノ。救いなんて無かった。こうしてその歪んだ生を絶つことが、救いになるのか。分からなかった。 けれど。今は、そうする事しか出来ないから。溶け崩れた場所を見据えた。嗚呼。なぜこんなにも哀しい存在なのか。 「僕は……キマイラが嫌いです……!! 永遠は無かった。王子様は居なくて、共に在れなかったものは泡になった。残った少女だって。回数制限の夢が終われば、待っているのは現実と言う終わりだけ。 鋏を握り締めた手が、小さく震えた。人に向けてはいけない筈のそれでまた一つ。齎した終わりは、優しいものだったのだろうか。 人魚姫が居なくなった事で、戦況はリベリスタへと傾いていた。癒しが無いままに戦うマッチ売りの身体は既に限界が近いようで。哀しげに震える指先も、もう数は殆ど無かった。 「貴女は何から自分を護りたいのですか?」 マッチ売りの少女は寒さからだったけれど。一体何が怖いのか。そんな凛子の問いに少女は答えない。ただ虚ろにくすくすと。笑う声は甘やかで。この問答が無意味である事を、教えていた。 死もまた救い。冷たく暗い筈のそれを肯定する物語を、凛子は認められなかった。多くを生かす為に戦う彼女に、その考えは相いれない。 その、彼女の横で。良子は一人、きつくきつく己の武器を握り締めていた。少女を知らない。その身を化け物にした理由も。何もかもを知らなかった。赤の他人。見知らぬ相手。 けれど。マッチ売りの少女と、彼女が名乗るなら。良子は手を伸ばさずにはいられなかった。魔女だから。少女の夢見る魔女は、見知らぬ誰かを笑顔にする存在だ。敵も味方も関係なく。 あんな虚ろな笑みでは無くて。きっと、少女が持っていたであろう優しい微笑みを。無邪気な笑い声を。取り戻す事だって出来るのだ。だって、自分は魔女だから。 「それ位余裕なのだ。……待っていろ、マッチ売り」 ● 終わりが、見え始めていた。残りひとつの指先と、傷付き切った少女の身体。それを見遣って、ランディは静かに口を開く。 「燃え尽きる程の人生、そいつも悪くねぇかも知れん」 散り溶けていく光の花弁。文字通り、その全てを燃やした生き様をあの日見たのは、ランディだけではない。紅の瞳が瞬いた。全てが紅く朱い焔のいろ。もう、思いだせもしないのだろう。王子様は居なかった。マッチ売りに残ったのはマッチだけ。 言葉は、もう届かない筈だった。 「――きれい、だった」 不意に零れる声。少女は笑っていた。残った指は一つだけ。腕に擦りつけて。放たれる雷撃に続く様にその身体は燃え上がる。それはさながら、あの日の奇跡を真似る様で。 御伽噺は、優しいから御伽噺なのだ。痛みも苦しみもみんな優しく包み込む、素敵な終わりがあるからこその。 とびきり素敵なおしまいが欲しかった。もう優しいお話の中のオトモダチは作れないから。それなら、あの日の様にきらきら、綺麗な。少女は笑う。その命を燃やしながら。 ランディの紅い瞳を、鮮やかな焔のいろが染めていく。目は逸らさなかった。王子様が居なくても、自分がそれを、記憶に刻んでやればいい。その最期の瞬間までも。 それが、あの日男を逃した事への責任で。この少女への、手向けだから。その様子をじっと見つめて。イスタルテは小さく、少女の名だったものを呼んだ。それはもう、きっと意味をなさない音になってしまったのだろうけど。 「御伽噺は、お好きですか。……久臣さんとは、もう御伽噺はしないんですか」 瞳が瞬く。ひさおみ。紡がれた名前はけれど先を続けなくて。燃え盛る業炎。共に在り続けた青年が消えた。その理由は分からなくても、その事実は揺るぎなくて。ならばきっと、それが答えなのだろう。 何があったのかは二人だけしか知らない。少女は既に語る口を持たず、青年は、此処にはいなかった。 肌を舐める熱は、痛いほどで。けれどそれも意に介さずに、良子は少女を見据えた。最後まで、付き合ってやろうと決めていた。もうずいぶんと馴染みのないおとぎ話だから、満足行くようにしてやれるかはわからないけれど。 身に纏うのは、ドレスでも何でも無くて。おひめさまにも、ヒーローにもなれやしない、ただの人だけれど。握り込んだ拳を叩き付ける。一気にまとわりつく焔は熱くて、少し痛くて。 けれど、吐き出す息が真っ白に染まるほど寒い此処では、丁度いい。 「そのドレス、わたしにも着せてくれたっていいでしょう?」 なににもなれやしないけど。同じドレスで一緒に踊る位は、してやったって構わなかった。 幾度も幾度も。撃ち付けられる最大火力はリベリスタを傷つけるものの、潤沢な回復はそれを致命傷には変えない。凛子の呼ぶ癒しの風が。イスタルテの奏でる福音が。傷などなかったかのように、肌を撫でて癒していく。 焔は燃え盛る。どんどんと、勢いを増すそれは最後を教える様で。誰もが終わりを感じる中で、一人。駆け抜けたのは、波打つ金色。 小さな手が伸びた。触れた焔は熱くて痛くて。それでも、良子は躊躇わない。己と変わらぬ程の細い身体を抱き寄せた。肌が焼けて、息を吸えば気管まで焼け付く様で。意識が混濁する。運命が削れていく。けれど、それでもその手は、離れない。 「大丈夫だぞ、マッチ売り」 掠れた声。身じろいだ少女の硝子球の瞳を見つめた。誰も知らぬまま死んだ少女はきっと、寂しかったのだろう。悲しかったのだろう。物語が幸せでなかったのは、其処に魔女が居なかったからだ。 魔女は、誰かを幸せにする。良子は信じて疑わない。だから、その手は離れない。燃えていく。燃え尽きていく。もう魔術は放たれなかった。ただ、不思議そうに、此方を見つめる瞳があって。 「大丈夫だぞ。……我が、貴様を永遠に覚えていてやる」 自分は魔女だ。それも、とびきり偉大な。どんな悲しい物語でも幸せに塗り替えられる、どの御伽噺よりも素敵な魔女だ。だから。浅く、息をつく。運命は変えられなかった。知っていた。 その代わりは、この温もりだ。桐が教えたいと願った、人の温度と。そして、誰かがその最後を知っているという事実。崩れていく。燃え殻になった肌が、足が、粉の様な灰になっていく。気付けばもう足は無くて。良子は膝をつく。それでも、離さないその背に。 回る、小さな手。目の前の顔が笑ったのは気のせいだったのだろうか。最期の煌めきの様な焔が、緩やかに燃え尽きて。背に回った腕が。目の前の、幸せそうな顔が。さらさらと、崩れていく。 「……ほら、言っただろう、我は、――」 偉大なる魔女だ。その言葉は音にならない。崩れて積もった灰の中に。金色の髪が倒れ込む。ふわり、舞い上がった灰は雪にも似ていて。 いりすは静かに、溜息にも似た呼気を吐き出した。空を見上げる。終わりはまだ遠いのだろうか。何も見えなくて。緩やかに首を振る。 「マッチ売りの少女は、最後、死ぬんだ」 その眠りは幸せだったのだろうか。その答えを持つのはきっと、灰の中に眠る魔女だけだから。いりすが祈るのは、その先だ。 その魂が天国にある様に。無邪気だからこその悪意を重ねた彼女が昇れるのかは分からないから。もしも、地獄に来ると言うのなら。その時は遊んでやろう。遊んで、共に在って。 そして、眠る前には絵本を読もう。少女が、大好きだと言う御伽噺を。 夢は燃え尽きて。けれど、終わりは優しかった。 救われない御伽噺。優しいばかりではない、子供の為の物語。その中でも、とびきり悲しい筈だった物語を。 リベリスタはひとつ、変えたのかも知れなかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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