● 白い雪の中に、赤い血の花が咲いた。 肩口から袈裟懸けに斬り伏せられた少年が、口から血の泡を吐いてもがく。 常人ならば間違いなく死に至る傷だが、彼はまだ生きていた。 気が狂いそうなほどの激痛に苛まれながらも、少年の意識が闇に閉ざされる気配はない。 その方が、よほど幸せであっただろうに。 少年を一刀のもとに斬り捨てたのは、極端に色の白い壮年の男だった。 男は無感動に少年を見下ろすと、じくじくと赤い血を流す傷口を思い切り蹴りつける。 もはや声にもならぬ悲鳴が、少年の喉を震わせた。 「――正体を現せ、悪鬼」 男の薄い唇から、ぞっとするほど低い声が漏れる。 少年のつぶらな瞳が、恐怖に見開かれた。眼前の男の所業こそ、悪鬼と呼ばれるに相応しかろう。 「早く正体を現せ、と言っている」 傷口を踏みしだき、男はさらに言葉を紡ぐ。 幼き子供は例外なく悪鬼である――それが、彼の抱く『狂気』だった。 この世界は、神秘がもたらす歪みに満ちている。 かつては、その歪みを正そうと刀を取っていたこともあった。だが、今は。 表情を歪めた少年が、ぱくぱくと金魚のように口を動かす。 男はもう一度、その傷を蹴った。 あどけなく、無邪気な、守られるべき存在。 彼らの歪んだ『正体』を暴き立てることが、男の全てだった。 ● 「――急ぎの任務だ。ブリーフィングが終わり次第、すぐ北海道に発ってくれ」 リベリスタ達を前に、『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は硬い表情で話を切り出した。 北海道札幌市。今は雪に覆われているこの都市が、今回の現場である。 「主流七派『黄泉ヶ辻』のフィクサード達が、儀式により一般人をノーフェイス化させようとしている。 おそらく、裏で糸を引いているのは首領の妹『黄泉ヶ辻・糾未』だろう」 儀式の場所は、それなりの広さがある公園だ。中にいる一般人は、子供や親子連れが大半を占める。 「黄泉ヶ辻のフィクサードは、公園内の一般人を残らず攻撃して瀕死の状態にしている。 アーティファクトの力で、殺さず、気絶もさせず――を徹底してな」 つまり、倒れた一般人たちは意識を保ったまま、想像を絶する激痛に苛まれていることになる。 「限界を超えた苦痛と恐怖、これが儀式のトリガーだ。 一定の時間が経つごとに革醒する者が増えていき、やがて公園内の全員がノーフェイスと化す」 その前に敵を撃退し、儀式を中断させなければいけない。 「敵は、黄泉ヶ辻のフィクサード五名とノーフェイス『ハッピードール』が三体。 リーダーは、『奈落(ならく)』という名の男だ。 判明している情報は資料に纏めたんで、移動中に目を通してほしい」 急拵えの資料を一人一人に手渡しつつ、数史は説明を続ける。 「儀式のキーになるアーティファクト『カオマニー』は、奈落が所持している。 こいつを倒すのが一番手っ取り早いんだが……、 彼我の戦力と時間の余裕を考えると、そこから攻めるのは逆に厳しいことになりかねない。 最大火力をぶつけて敵の数を減らし、連中を撤退に追い込んでくれ」 だが、リベリスタ達に与えられた時間は恐ろしいほどに少ない。 「――現場に到着して一分が過ぎた頃、最初の一人がノーフェイスになる。 以後は十秒ごとに一人ずつ増え、一分四十秒で儀式の完成だ」 フォーチュナの沈痛な表情は、『犠牲をゼロに抑えることが難しい』という事実を示している。 当然ながら、ノーフェイス化してしまった一般人は、その時点で『救出対象』から『撃破対象』へとシフトするのだから。 所詮は革醒したてのフェーズ1、倒すのにまず苦労はしないだろうが――。 それだけで片付けられる問題ではないと、この場の全員が知っている。 「制限時間内の儀式阻止。そして、一般人の被害を最小限に抑えること。 これが、今回の任務になる。……どうか、よろしく頼む」 数史はそう言って、リベリスタ達に深く頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月27日(日)00:17 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 厚い靴底が、傷口を無惨に踏みにじる。 死を許されぬ哀れな少年は、目を恐怖に見開いたまま息を詰まらせるのみで。 苦痛に歪んだ唇からは、呻きすらも聞こえてこない。 それを見下ろす壮年の男――『奈落』の耳に、ふと、忌むべき“子供”の声が届いた。 「……なんだ、一人子供を倒せてないぞ」 肩越しに振り返れば、『ジーニアス』神葬 陸駆(BNE004022)の姿。 伊達眼鏡の奥から奈落を見据え、陸駆は挑発的な態度で言葉を投げかける。 「貴様は無能なのだな。黄泉ヶ辻の姫君も、さぞやがっかりするだろう」 同時に放たれた絶対零度の視線が、奈落の頬を掠めた。この天才としたことが、雪に足を取られたか。 「――悪鬼のなり損ないか」 眉を寄せる少年を見て、奈落は僅かに目を細める。『影なる刃』黒部 幸成(BNE002032)の声が、そこに重なった。 「悪鬼とは貴殿のことよ……その悪行、ここで止めさせて頂く」 雪原を危なげなく駆け抜け、奈落の傍らに控える三体のノーフェイス『ハッピードール』に迫る。 倒れている少年を巻き込まぬ位置を慎重に測り、幸成は死を招く“凶鳥”を両手から飛び立たせた。 影が舞い、狂えるノーフェイスたちを次々に切り裂いていく。すかさず地を蹴った奈落が、裂帛の気合とともに幸成に打ちかかった。 紙一重で直撃だけは避けたものの、肩口から胸にかけてごそりと肉を抉られる。 足場の悪い雪上でこの動き――奈落もまた、並外れた平衡感覚を備えているのか。 数瞬遅れて、アークの来襲を認めた黄泉ヶ辻フィクサード達が一斉に武器を構えた。 「やれやれ……黄泉ヶ辻、か」 漆黒の闇を無形の武具とする『黒き風車を継ぎし者』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)が、公園内を見回して溜息を漏らす。 地獄絵図と呼ぶに相応しい光景が、そこには広がっていた。 血の赤で彩られた雪原に伏し、想像を絶する激痛に苦しみもがく一般人たち。その多くは、幼い子供だ。 「上が上なら下も下だね。折角の雪景色が台無しだ」 剣と言うには些か大き過ぎる黒き刃を構え、紫の瞳で敵を睨む。背の翼を羽ばたかせた『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)が、決然と口を開いた。 「タイムリミットは100……いや、60秒ね」 公園内の一般人をノーフェイス化する儀式が完成するまで、約100秒。『最初の一人』が革醒するのを防ぐためには、それよりさらに短い60秒以内に敵を撤退させるしかない。 「難しかろうと、やってみせる……!」 高速の詠唱で生み出された血の黒鎖が、濁流の如き勢いで敵に襲いかかる。半数のフィクサードが絡め取られたのを見て、『親不知』秋月・仁身(BNE004092)が槍の柄を強く握った。 「悪鬼だと言うのなら良いでしょう。悪鬼のごとく戦うまでです」 前線に駆けると同時に槍を投じ、呪いの一撃でハッピードールの一体を貫く。その直後、鎖の呪縛を逃れた敵が動いた。 フィクサードの一人が、自軍の全員に翼を与える。ハッピードールたちが宙に浮かんだのを認めて、陸駆が声を張り上げた。 「! ――混乱に気をつけるのだ!」 脳を揺さぶる衝撃。警告も空しく、半数近くのリベリスタが我を失う。『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)がもたらす筈の翼を頼りにして、足場の対策を怠った者が多かったことも災いしたか。 混乱に陥った『ゲーマー人生』アーリィ・フラン・ベルジュ(BNE003082)が、極細の気糸を放って 『ヤクザの用心棒』藤倉 隆明(BNE003933)を撃つ。 「北海道、蟹、鍋、ジンギスカン……仕事以外で来たかったぜ」 咄嗟に身を捻ってショック状態を免れた隆明が、黒と銀の大口径リボルバーを両手に構えて呟いた。 「……ま、んなコト言ってる暇はねぇか」 三体のハッピードールを狙いの中心に据え、トリガーを絞る。 銃口から飛び出した弾丸が、敵の急所を次々に穿った。 ● 初手から出鼻を挫かれた形だが、立ち止まっている暇はない。 転ばぬよう雪を踏みしめ、陸駆が前に出る。視線は奈落に固定したまま、煽るように言葉を紡いだ。 「正体が怖いのか? 子供が怖いのか?」 分からないということは、時に根源的な恐怖へと繋がる。 奈落もまた、“子供”というものが分からずに恐れを抱いているのだろうか。 「――元リベリスタが悪堕ちか、笑い話にもならんではないか」 辛辣な一言を叩きつけると同時に、奈落の過去を探るべく彼の心に手を伸ばす。 刹那、激情が男の双眸に閃いた。 流れ込むのは、暗く淀んだ底無しの絶望。陸駆が、目を僅かに見開く。 その様子を視界の隅に映し、フランシスカが小さく首を傾げた。 (子供に憎悪を抱く、か……何があったんだろうね) 興味はあれど、それを追求する時間の余裕は無い。 「まあいいや、儀式は止めさせてもらうよ」 黒翼を操って低空を翔け、ハッピードールを抑えに回る。不吉を孕む暗黒の瘴気が、彼女を中心に広がった。その後を追うようにして、ウェスティアの黒鎖が宙を滑る。血を媒介にする魔術の行使は術者の生命力をも削っていくが、彼女はまったく意に介さない。 「ノーフェイスは一人も出させやしない。絶対にだよ……!」 決意をもって鎖を操り、敵を次々に縛り上げる。その間に、混乱に陥っていたリベリスタ達も正気を取り戻していった。 海依音に与えられた光の翼で己の身を浮かせたアーリィが、雪の上に倒れている子供を見る。 「どうして、こんなことばかりするのかなぁ……」 思わず口をついて出た言葉に、彼女は首を横に振った。今は、考えるより先に行動しなければ。 煌くオーラの糸が、ハッピードールに向かって真っ直ぐに伸びる。天使の意匠が施された“白翼天杖”を携え、海依音が口を開いた。 「冥闇の道に灯すは篝火、 行く方なき空に消ちてよ篝火のたよりにたぐふ煙とならば――といった感じですかね」 『源氏物語』で玉鬘が光源氏へと返した歌を諳んじて、彼女は形の良い眉を顰める。 「恋慕にも近い、唯の安い妄執に巻き込まれる方の身になってくださいってもんですよ」 兄に焦がれ、彼の狂気に近付こうと“遊戯”を繰り返す黄泉ヶ辻・糾未。 子供を悪鬼と信じ、彼らの“正体”を暴こうと執拗に苛み続ける奈落。 一体どれだけの人間が、その妄念の犠牲になったのか。 「――子供が苦手なのは同意できますけどね」 奈落を一瞥して、海依音はふわりと宙に舞う。敵のマグメイガスが放った血の鎖が、真紅の修道服の裾を裂いた。 黄泉ヶ辻の攻撃は、次第に激しさを増していく。 ウェスティアがいかに練達の印を刻む魔術師であろうとも、全ての敵を抑えるのは不可能だ。 ハッピードール達がもたらす混乱、マグメイガスが操る呪縛の鎖、プロアデプトが展開する気糸の罠――彼らはあらゆる手を尽くしてリベリスタを封じにかかる。特に、味方の火力がそのまま脅威となる混乱は厄介極まりない。 度重なる仲間からの攻撃、そして自らの技の反動で消耗する仁身に、奈落が肉迫した。 「なり損ないは失せろ」 破滅の一撃を受けて、少年の体が大きく揺らぐ。砕けかけた膝を、彼は己の運命で支えた。 どうやら、目の前の男――奈落には十歳の自分が『悪鬼のなり損ない』と映るらしい。 九歳以下の子供に限定された憎しみ、元はリベリスタであったという噂。過去、この男の身に何が起こったのか。 (まあ、見た目は子供、力は悪鬼。なんて人がごろごろいるのが神秘界隈ですけど) かく言う自分も、その一人だ。 「子供は宝だそうですよ?」 心にもない一言を舌に乗せつつ、ハッピードール目掛けて断罪の槍を投じる。 自らを中心に魔方陣を展開した『破壊の魔女』シェリー・D・モーガン(BNE003862)が、極限まで高められた魔力をそこに解き放った。 「……滅と知れ!」 樫の木の杖から蒼き雷が奔り、竜の如く荒れ狂いながら敵を貫いていく。“GANGSTER”をナックルダスターの如く握った隆明が、仁身のフォローに動いた。 「てめぇに何があったか知らねぇが、子供虐めるのは感心しねぇなぁ」 繰り出された拳が、側面から奈落の脇腹に叩き込まれる。その隙に、『銀の腕』一条 佐里(BNE004113)が戦場に倒れている子供の一人を抱え上げた。 不殺徹底のアーティファクト『悪魔の慈悲』を持つ黄泉ヶ辻の目的は、『一般人のノーフェイス化』である。よって、敵の攻撃で彼らが死亡する心配は殆ど無い。 ただ、味方の多くが範囲内を無差別に巻き込むスキルを有しているため、このまま放置するのは危険だった。 混乱したリベリスタの攻撃で一般人が命を落とすなど、笑えない話である。幸い、現状では誤射を免れてはいたが――。 「悪魔の慈悲なんて洒落がきいているじゃないですか。 カミサマよりも悪魔のほうがずっとずっと慈悲があるってもんですよ」 別の子供を片腕で抱えた海依音が、皮肉まじりに呟いて白き杖を振るう。後頭部を打たれた子供は、呆気なく意識を失った。 些か乱暴だが、苦痛から解放するには気絶させるしかない。スタンガンの電流よりは、まだ不殺の杖で殴る方が確実で安全だろう。 「できるだけ救済はしますが、あとは己の運です」 後方に放られた小さな体を、アーリィがしっかりと受け止める。可能な限り子供を戦場から遠ざけながら、彼女は強い焦燥感に駆られていた。 (急がないと……犠牲者が出るのは食い止めないと……) 時間は、刻々と過ぎていく。 子供たちの退避を見届けた幸成が、凶鳥の乱舞で三体のハッピードールを纏めて切り刻んだ。 雪に足を取られた振りで敵を誘うことも試したが、名が売れているのが仇となり易々と乗ってはこない。ここは、正攻法で薙ぎ払うべきだろう。 ――それが、自分の忍務なれば。 ● リベリスタ達はハッピードール撃破を最優先としていたが、魔導式で能力を高められた彼らは通常のノーフェイスより強力だ。 無論、攻撃力に特化したこのメンバーに倒せない相手ではない。しかし、混乱を始めとする敵方の状態異常に阻まれ、思うように火力を集中出来ずにいる。 意志の力で回復するまでの一手、二手。制限時間のある状況で、このロスが重なるのは大きい。 巨獣の骨を削った“黒き風車”を操り、フランシスカが仁身に切りかかる。運命の気紛れ(ドラマ)で踏み止まった仁身は、一歩も退くことなく槍を構えた。 ――策などない。やられる前にやる。 断罪の魔弾と化した槍の穂先が、ハッピードールの心臓を貫く。 「その痛みは僕の傷みだ」 絶叫を上げたノーフェイスが雪の中にくずおれた瞬間、奈落が真空の刃で仁身を切り伏せた。状態異常を無効化する彼がここで倒れたのは、あまりに痛い。 敵と味方、双方を巻き込んだ隆明の抜き撃ち連射が、シェリーとウェスティアの運命を削る。アーリィが癒しの福音を必死に響かせる中、後方に駆けた幸成がウェスティアを庇った。 「ありがと」 「自分の身一つで高火力を維持できるならば安いものに御座るよ」 礼を言う彼女に、幸成は迷わず頷きを返す。この上ウェスティアを欠けば、辛うじてバランスを保っている戦線が一気に崩壊しかねない。 「一手でも、こちらの利になれば……!」 ハッピードールに肉迫した佐里が、左手に構えた剣を一閃させる。翼の加護を切り裂く赤い軌跡がノーフェイスを混乱に追いやった直後、シェリーが魔力弾を叩き込んだ。 戦いの中にあっても、『破壊の魔女』は念話で一般人を励まし続ける。 逆境だからこそ、今は全力を。そのために、魔道を極めてきたのだから。 集中を研ぎ澄ませた海依音が、厳然たる神気の閃光で全ての敵を灼く。最適な攻撃地点を瞬時に演算した陸駆が、不可視の刃を降らせて二体目のハッピードールを屠った。 「天才の僕にできないことはないのだ」 残る一体に向き直ったフランシスカが、生命力を糧に生み出した暗黒の瘴気で敵を撃つ。 黄泉ヶ辻の反撃でシェリーと佐里が倒れ、フランシスカと海依音が自らの運命を燃やした時――第一のタイムリミットが訪れた。 「ああああああッ!!」 悲鳴にも似た声を上げて、ノーフェイスと化した子供が上体を起こす。 それを見たウェスティアは、強く唇を噛んだ。 「ごめんなさい……」 間に合わなかったことを詫びながら、血の鎖を生み出す。黒き濁流が敵もろとも幼いノーフェイスを呑み込む瞬間、アーリィは思わず目を逸らした。 すぐさま己の心を叱咤し、過酷な戦場を真っ直ぐに見据える。 「わたしにできること、しないとだよね……」 アーリィが悲愴な思いで天使の歌を響かせる中、海依音が魔方陣を描いた。 神など偶像に過ぎず、祈りは何ももたらさない。 救いを求めるなら、自分の力で助かるしかないのだ。 「せめて、悪意に蝕まれないようにがんばりなさいな」 今も苦しみ続ける子供たちに言葉を投げかけ、魔力の矢を敵に放つ。隆明が、蒼穹の一打で最後のハッピードールを沈めた。 「……くそったれめ、気に食わねぇ、気に食わねぇぜ」 残り時間は、たった30秒弱。儀式の鍵を握るアーティファクト『カオマニー』の位置は陸駆が突き止めていたが、奈落の腕輪に仕込まれたそれは上着の袖に隠れており、狙撃は不可能だった。 奈落の大太刀が唸りを上げ、前衛たちの動きを封じる。辛うじて烈風の直撃を免れたフランシスカが、ノーフェイス化した子供を巻き込んで瘴気を放った。 「ごめんね、助けてあげられなくて」 雪の中に倒れる子供を視界の隅に映し、ウェスティアが忸怩たる思いで詠唱を響かせる。 黒き血の鎖が二名のフィクサードを仕留めた時、残り時間は10秒を切っていた。 何としても、儀式の中断を――! 矢のように駆けた幸成が、奈落の懐に潜り込む。至近距離で死の爆弾が炸裂し、両者の体力を削った。 「これ以上、犠牲者を出すわけにはいかないもんね……!」 決意を込めて放たれたアーリィの気糸が、奈落の右肩を貫く。しかし、それでも彼を倒すには至らない。黄泉ヶ辻のダークナイトが、海依音を撃ち倒した。 瞳に狂気を湛えて、奈落が凄絶に嗤う。 「――聞こえるか、悪鬼どもの声が」 ノーフェイスと化した子供たちの絶叫が、リベリスタ達の耳朶を打った。 ● 儀式の完成を見届け、黄泉ヶ辻のフィクサード達は速やかに撤退に移った。 ウェスティアが、押し殺した口調で奈落に問いかける。 「本当に元リベリスタだったのなら……なぜ、こんな事をする側に回ったの?」 表情を動かすことなく、奈落は彼女を振り返った。 「この世界はもはや正せぬ。秘された歪みは、暴かれるべきだ」 ――そして、早々に滅ぶが良い。 立ち去る背を黙って見送った後、陸駆は公園内に視線を戻す。 儀式の完成と同時に全員がノーフェイス化すると聞いていたが、見たところ革醒したのは全体の七割程度。 奈落の心を読んだ結果、今回の事件はアーティファクトの親和性を確かめる『品定め』ということが判明している。黄泉ヶ辻が今後、何らかの動きを起こすことは間違いないだろう。 それについて、黄泉ヶ辻・糾未は『アークのお手伝いをする』と語っていたらしいが――。 天才少年の思考は、ノーフェイスの叫びによって中断された。 顔を上げ、自分とさほど変わらぬ年頃の少年を見る。 運が悪いとは、このことを言うのだろうか。 「貴様に罪はないが、黄泉ヶ辻の玩具になる前に引導を渡してやる」 今は、リベリスタとしての“使命”を果たそう――。 努めて非情に徹する幸成が、“凶鳥”を放ってノーフェイスに死を運ぶ。 革醒を免れた者が化け物を見るような目で自分達を眺めていたが、それに構っている暇はなかった。ノーフェイスが理性を失って彼らを害する前に、全て仕留めなければならない。 隆明が向けた銃口の先、幼い少女のノーフェイスが救いを求めるように小さな手を伸ばした。 「たす、けて」 顔を覆うガスマスクの内側で、青年の表情が歪む。 「――怨めよ、存分に」 銃声が、少女の悲鳴をかき消した。 戦闘中に革醒したものも含め、儀式によって生まれたノーフェイスは十六体。 その全てを倒した後、リベリスタは生存者八名の救助にあたる。アーティファクトの効果で命を繋いだとはいえ、生きているのが不思議なほどの重傷だ。 恐怖に濁った彼らの視線に耐えつつ、アーリィが癒しの福音を響かせる。応急処置に過ぎないが、これで少なくとも死は免れるだろう。 「しっかし、六道の次は黄泉ヶ辻か……。まったく、次から次へと面倒な」 フランシスカが忌々しげに呟く中、よろめきながら立ち上がった仁身が血に染まった公園を見渡す。 取り返しのつかない結果を前に、アーリィが沈痛な面持ちで目を伏せた。 「こんな事、いつか終わらせないとだよね……」 拳を握り締め、ここまで沈黙を保っていたウェスティアが、ふと陸駆に問う。 「……昔、奈落さんに何があったの?」 少年は伊達眼鏡の位置を直した後、重い口を開いた。 子供に潜む悪鬼など奈落の妄想に過ぎないと、そう考えていたのだが―― ● あの日。ピアノ教室を開いていた妻は、悪鬼の正体を現した教え子に殺された。 妻の腹を食い破り、腸と血を啜る悪鬼の顔。嘲笑うかのように響いた、甲高い声。 決して、忘れるものか。 ――この歪みし世界で踊り狂え、斯くもいとけなき悪鬼たちよ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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