● 『やあ、こうやって話すのは初めてかな』 モニター越しに響く声。画面を食い入る様に見つめるリベリスタの隣で『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)がぽつり、と小さく漏らす。 「……凪聖四郎」 モニターに映し出されているのは逆凪の分家であり、『六道の兇姫』六道紫杏の恋人の凪聖四郎本人だ。 こうやってアークのモニターを使用し、態々コンタクトをとってくると言うのも異例な事態なのだが『ワケアリ』であれば致し方ないのだろう。 『何処から情報を手に入れたのか――それは知らないけれどね。スタンリーを保護したそうだね。 彼女の研究所の場所も手に入れたのだろう? ……嗚呼、俺も紫杏の為に君達と戦う事になるだろうね』 其処で言葉を一度途切れさせる。 男の虹色の瞳は、何処か感情を抑える様に揺れ動いていた。聖四郎は逆凪の男だ。若さ故の感情的な部位もあれば『逆凪』らしい部分もある。前面に押し出された『逆凪の男』らしさがリベリスタ達にはハッキリと感じとれた。 『単刀直入に言おう。俺に手を貸してほしい』 ざわりとどよめきが広がる。其れもその筈だ。敵であるはずの男が手を貸せとアークへと直接告げているのだ。そもそもこのモニターで再生されているビデオレターにしたって悪いジョークでしかない。 『俺はこのままじゃ紫杏の元へは辿りつけないだろうね。俺だって馬鹿じゃない』 「……『倫敦の蜘蛛の巣』ね」 聖四郎の言葉にそっと付け加える様に世恋が呟く。兇姫の敬愛する『プロフェッサー』が率いる部隊だ。 紫杏のピンチとなれば先の戦いでも援軍としていた倫敦派が手を差し伸べぬはずもないだろう。其れを『辿りつけない事象』の一つとして語る聖四郎も薄々と何かに気付いているのだろう。 思惑は交錯する。 一つ、恋人を助け、恋人を擁護したいと願う国内最大手の御曹司。 一つ、『六道紫杏を助けたいと願う』心優しい恩師。 どちらの手を取るか。親愛なる教授か、はたまた傍にいた恋人か。其れは兇姫の想いの向くままだ。 『嫌な予感はしないかい? 此処で紫杏が倫敦へ向かう。全てが『彼』の数式の一部の様だ。 君達もそうだ。俺も、全てはプロフェッサーの数式の一部分でしかないのではないかな? ――真実は倫敦の霧の中だ。いや、箱舟は俺よりも何か知っているかもしれないけれどね』 取引を提示する聖四郎の口調にリベリスタ達は判断を下せぬまま言葉の先を見守るだけだ。 『彼らは紫杏を助けるだろう。同じ目的なのに俺の邪魔をするのは何故だろうね? 俺を邪魔するか、彼らを邪魔するか。嗚呼、勿論、彼らを邪魔するメリットはある。俺が辿りついたら直ぐに停戦させ紫杏には二度とアークへと攻撃を行わぬ様に説得を行う事を約束するよ。 どちらにせよ君達は来なくてはならないだろうけれどね』 ――答えを待っているよ、リベリスタ―― ● 途切れた映像に、世恋は瞬いた。じっとモニターを見つめるリベリスタの背中に向かって、説明するわね、と資料を手に歩み寄る。 「『六道の兇姫』こと六道紫杏の懐刀、スタンリー・マツダの保護を成功したわ。 同時に、彼の口から六道紫杏の研究所の場所が明らかになったの。此処まではあらすじ、って奴ね。 現状の六道紫杏の戦力は枯渇しているわ。今こそが攻め時――そういう事ね」 昨年末に行われた公園での大規模な戦闘行為は『紫杏派』と呼ばれている戦力を随分と削った事だろう。総力戦だった。紫杏自ら出てきた事からしても全戦力を投入しているのは明らかだろう。 アークとて立て直すには未だ時間は必要な部分もある。だが、この機会を逃してしまえば六道紫杏が戦力を立て直し更なる攻撃を行うに違いない。 「一部を除き、リベリスタは兇姫の研究所へと攻め込む事になったわ」 ――一部を除き? その言葉は先ほどの『映像』に繋がるのだろう。緊張した面立ちのリベリスタを見回して、お願いしたい事があるわ、と常の通り彼女は告げる。 「皆には兇姫の『恋人』である凪聖四郎と彼の足止めを行っている倫敦の蜘蛛の巣のフィクサードへの対応をお願いしたいの。 戦場となるのは市街地よ。一般人もいるわ。……被害を最低限にと留める。私のお願いは其れだけよ」 其処まで告げてから資料から目を上げた。モニターの映像を想い返し、世恋はそれから、と続ける。 「凪聖四郎は『何らかの理由で自身の足止めを行う倫敦派』の撃退を此方へと要請しているわ。 『倫敦の蜘蛛の巣』の目的は凪聖四郎の足止めね。理由は……私が言わなくとも察せられる筈。 両者が両者の撃退を目的としている。――ねえ、あなたは如何する? どちらの手を取る?」 凪聖四郎を信じ、六道紫杏の元へ行く手助けをするのか。 倫敦派を助け、聖四郎が紫杏の元へ行かぬ様に援護するか。 両者に目を向けることなく一般人の保護のみを行うことだって良いだろう。 自分の思うがままに行動すればいい。 それでも、第一に行うべきは市街地での交戦を止めさせ、一般人への被害を最低限に留めること。 其れさえ果たしてしまえば――。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月31日(木)00:10 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●Obstacle 市街地での交戦の雲行きは良くなかったのだ。 逆凪のフィクサードである凪聖四郎と彼の配下数名、対するは『倫敦の蜘蛛の巣』のフィクサード達である。 彼らにとって一般人の死は己の目的を遂行するためには仕方がない犠牲だったのだろう。 人が死んだって、そんな物想定の範囲内だ。 凪聖四郎は恋人の安全を確保し、彼女を手中に収めたいという意思の元行動しているのだ。 愛とは有象無象。形なく定義するにも困難なものだ。そもそも『完璧』主義な六道紫杏が愛と言う形ない定義さえも出来ないものを信じた事が凄いとも言えるのだろうか。 それほどに凪聖四郎は彼女にとってなくてはならない存在であったのだろうか。真実は分からないが、彼らは確かに恋人同士であったのだろう。 だからこそ男は恋人のピンチに駆け付けようとした。今までがそうであったように。 紫杏が呼べば男は駆け付けた。 ――それ故に『無形』の愛と言う物を信じていたのかもしれない。 紫杏が望めば男は傍にいた。 ――それ故に『凪聖四郎』は恋人として共に合ったのかもしれない。 傍に居てくれないと泣き喚く紫杏の傍に今、男はいない。 目の前で笑う『倫敦』の使者に凪聖四郎はある種の苛立ちを感じながら英霊聖遺物を握りしめた指先に力を込めたのであった。 ●Keep Out 戦闘行為が行われてる市街地は混乱が巻き起こっていた。凪聖四郎と『倫敦の蜘蛛の巣』の戦闘はアークのリベリスタの様に一般人に気を配る事はしない。彼らはあくまで己らの目的を達成する事しか考えていないのだ。 『六道の兇姫』六道 紫杏の身柄の確保を目的とし彼女の拠点たる研究所を目指して進軍する男。 そして、その歩みを遮り『何らか』の理由で聖四郎の足止めをする『倫敦の蜘蛛の巣』という組織。 その二つがぶつかり合う事で出る被害と言う者は大きなものであった。両者ともに手を抜かない。聖四郎がフィクサードとして有能な魔術師である事も含むが、それ以上に倫敦の使者たちの未知数の実力も恐ろしいものだったのだ。 騒ぎ、逃げ惑う人々の群れを鮮やかな緑色の瞳で見送りながら『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)は強結界を展開させながら一般人の対処に当たる彼女の瞳は不安の色を灯している。 厄介事は多過ぎるのだ。こうして逃げ惑い慌てている一般人に声を掛けるだけで誘導が出来るのか――戦闘が始まったこの状況では否だろう。 「わたしは、皆を助けるの」 ぐ、と魔力鉄甲に包まれた指先に力を入れる。人間の生存本能。一般人であろうと馬鹿では無いのだ。交戦地帯に向かいながら、『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)の細腕は一般人を抱え上げる。 「逃げて下さい!」 必死に走り、一般人が怪我を負わぬ様にと庇う。何でも屋たる彼女は『一般人』だと己を称する。リベリスタとしてその名を知られて居ようと、超自然的な能力なんて何ら使えない。 そう、これは火事場の馬鹿力。馬鹿力。決して革醒者としての超常的な能力を使用した訳ではないのだから。 「此処が危ない、其れ位分かるでしょう!」 逃げて、と伸ばした白い指先を一般人は払わない。端的に言えばそれはエナーシアの外見が幸いしていたのだろう。童顔でありながらも、外見は一般人のソレと何ら変わりはない。 日本の市街地に居るにしては鮮やかな目と髪の色をしているが、その雰囲気からしても外人――何処か逸脱した雰囲気――である彼女は彼らと変わりないからだ。 それは『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂 彩花(BNE000609)にも言えた。メタルフレームという機械因子を体に宿しながらも、機械化した部位は彼女の臓腑だ。外観は普通の少女とは何ら変わりない。変わるとすればその重さであろうが。 「逃げて下さい。此処は危険なのです」 一般人の、年若い少女の風格から醸し出されるにしては絶対的なオーラは似合わない。だが、大御堂グループの社長令嬢として培った気品は彼女のものだ。自身に注目を集めながらも、彼女が口にするのは退避命令だ。その存在感は圧倒的であれど、混乱の中では其れが万全に効果がある訳ではないのだ。 「大丈夫、此処は私達が喰いとめますから」 雷牙を嵌めたその手は一般人等からすれば何かの撮影の様に思えた。彩花も半ば諦めている事象が一つあるのだ。 ――神秘秘匿スベシ―― 嗚呼、そんなものよりも一般人の保護が目的なのだから。其れこそが至上だ。己の社員が此処に居れば彼女は間も無く、地面を蹴り、懸命に助けた事であろう。 騒ぎに紛れ、動けなくなった一般人の傍に寄りながらも攻撃の『流れ弾』から彼女は彼らを庇う。 近いのだ、騒動の中心が。喧噪の真ん中は、すぐ傍に、手を伸ばせば届く距離に在るのだから。 警官制服を纏いながら『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)の行う避難誘導も信じ切るには髪色や、その顔立ちから拙いものであったが、混乱の中では状況に適し上手く働いていた。 「避難するのは、あっちだ! 財を惜しまず、命を惜しみな!」 蒼い瞳と蒼い髪。一般人等からすれば不思議な髪色の警官も居た者である。だが、逃げるべき道を指し示す突如の乱入者は彼らにとっては幸運だ。一生懸命に逃げる彼らの行く末を真っ直ぐに見詰めながら猛は進む。 なりきり☆警官セットを纏った少年に何処か訝しげな視線を向ける一般人も存在していた。しかし、自体が緊急事態である以上、其れに言及を行う者も居ないのだろう。 同じく警官の格好をした『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)は自前の衣装で登場した。猛の完璧なコスチュームと比べれば何処か拙いノエルの格好だが、銀の髪と紫の瞳は逆に一般人の目につくのだろう。 衆目で一番に目立つのが己の存在を誇示して見せた彩花であるのは言わずもがなだが、外見的には長い銀髪を揺らし、誘導を行う女警官も其れなりに視線を集めていた。 「ノエルさん、此方は通行止め完了なのだわ」 通行止めキットを設置しながらエナーシアは周辺を確認する。戦場へ続く道は確かに其の侭にしておけば誰かが迷いこむ可能性もあるのだ。テープを張り巡らしながらノエルは視線を向ける。 未だやや距離のある交戦地帯には彼女らの仲間が向かっている。一般人の退避に裂いた人数分、彼らの危険は上がっていくのだ。 「……為すのみです」 呟く言葉は正義を、己を貫く女の物にしては弱弱しく感じる。己を貫く為の一言か、それとも何かを為す仲間達への激励であるか。 何れにせよ、彼らが危険地帯に向かったことには違いないのだ。 交戦が始まった場所に彼らは踏み入れ、交渉を行う。其れが戦闘前であれば、若しくは戦闘後であれば、聖四郎と言う男も無碍にはしなかったのかもしれない。 こうして一般人が逃げ惑い、ぱしりと『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105)の手を払ったのと同じように、混乱は激しいのだ。 彼の手が払われた理由は只一つだ。人でないから。 そんな『リベリスタにとっての普通』は『一般人にとっての変異』なのだ。彼の背に生えた蒼い翼が如何に青年をヒトでないと見せるのか。フライエンジェは背に翼を得た。其れこそが彼が革醒した証である。救助活動にあたっている他のリベリスタ達はジーニアスと呼ばれる種族であった。そう、仲間達は外見的には一般人と何ら変わりなかったのだ。 「――ッ、大丈夫です」 驚きを隠せぬ表情のまま手を伸ばす。さっと駆けよって、亘の補佐を行う旭の表情も暗いものだ。 己たちは、『リベリスタ』は、革醒者は、一般人とは違う。革醒因子をその身に宿した日から、何処か別の能力を手に入れたのだろうか。幻視という基礎知識があれば別だったのかもしれないが、翼を背に宿した亘の姿は市街地で交戦を巻き起こしたフィクサードと何ら変わりなく見えたのだろう。 手を伸ばし、懸命に旭は一般人を庇う。その身を引き摺る様に物影へと隠しながら、猛へと託す。 「お前は?」 「わたしは手の届く限り助けるって決めたの。だから、お願いね」 亘さん、と声をかけ、旭は真っ直ぐに交戦地帯で巻き込まれ身動きを取れなくなった一般人の元へと駆けこんだ。続く亘も一般人を庇いながら、仲間達の方へと視線を向ける。 騒ぎに紛れながらも『鋼鉄の砦』ゲルト・フォン・ハルトマン(BNE001883)を庇う事を念頭に置く。 バリケードを作成するエナーシアが幻想纏いを通して彩花と連絡を取り合っている。事前に周辺地図を脳内に叩き込んだ彩花の知識と照らし合わせ抜けなくエナーシアとノエルはバリケードを完成させているのだ。 無論、逃げ遅れた一般人を庇う事もリベリスタの仕事だ。市街地での交戦の被害軽減。此れが出来る最上だろう。犠牲が一つ、二つと生まれたとしても、少数を犠牲にして多数を守り切る事が出来たと言えば聞こえは良い。 ぐ、と旭の掌に力が籠る。護ると決めたから、意地でも殺さないと逃げ遅れ、泣き喚く子どもを抱きしめた。 「大丈夫だよ、わたしが護るから」 彼女を援護する様に立ち回る猛と亘。彼らの力を得てゆっくりと、旭はバリケード地帯へと足を向けた。 ――丁度、その頃だろう。互いの攻撃が一度止む。 「ご機嫌麗しゅうプリンス、大変そうだね。手伝い必要?」 へらりと笑うヴァンパイアの青年。アークのリベリスタとしても名高い『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)が聖四郎の前に辿りついたのは。 ●Pendulum ゲルトには不本意な事があった。其れは彼がリベリスタとして培ってきた今までにも起因するのかもしれない。 倫敦の蜘蛛の巣であれど、凪聖四郎が率いると言う新設組織『直刃』であろうと、どちらが兇姫の手をとっても歓迎など出来ない。但し、海外の組織であり未だ霧に隠されている蜘蛛達であれば、日本国内を拠点とし、頭の顔も素性も割れている直刃の方が『ある程度』マシだと言える。 五十歩百歩。ドングリの背比べでも、多少なりと直刃の方が良いと思えたのみだ。 不本意ながら、向かわせる。これが第一の不本意だろう。 次に彼が本当に不本意であるのは、この戦場を切り抜ける為には共闘が必要であるという事だ。己にもっと力があればこの場を丸く収める事が出来たのだろうか。 自分の無力さが本当に腹立たしい。何とも、情けない事なのだ。 嗚呼、それよりも腹立たしいと言えるのは、これ以上に無い事だと言えるのは己を二度も破った相手との共闘だろう。 ――何故だろうか、何処かともに戦う事になる逆凪の御曹司を頼もしいと思っているのだ。その事実も腹立たしい。己の敵であるというのに。 勿論その腹立たしさは夏栖斗にもあるのだろうが、彼の場合は『何故、アークにアクセスしてきたのか』が疑問でならない。敵であり、幾度も行動を阻害した特務機関『アーク』。その存在を彼の義兄であり逆凪の首領は『八柱目』と称していた。 逆凪、剣林、六道、裏野部、黄泉ヶ辻、三尋木、恐山――日本に存在するフィクサード主流七派に加えた特務機関『アーク』。リベリスタ組織でありながらもその莫大な人的資源の所為である種の吃驚箱だ。実力だけはお墨付きなのであろうか、それにしても其処に名を連ねられる『敵であるアーク』にコンタクトをとる等正気の沙汰とは思えない。 「でも、まあ、頼られたら弱いのは仕方ないよね」 困った様に頬を掻く。金の瞳は何処かにうろついた。確かに夏栖斗にとっての『凪のプリンス』は敵であった。しかし、彼らの元にアクセスしてきた際の聖四郎は何処か困った雰囲気を纏っていたのだ。己たちを必要とするなれば、困った人が居れば助けずには居られない。これぞヒーローだろう。 生まれ持っての英雄。そう称するには幾分か足りぬ力であれど、『英雄候補生』たる夏栖斗にとっては見過ごせる事例では無かった。 夏栖斗の肩をぽん、と叩き前に歩み出したのは『足らずの』晦 烏(BNE002858)だ。彼の視線はちらりと倫敦の蜘蛛の巣のフィクサードへと向けられている。突然の乱入者に攻勢の手が休められていると言えどまた何時、その攻撃が始まるかは分からない。 警戒は怠らぬ様に顔を隠した烏はへらりと笑う。笑った、のだろう。表情が見えない以上、雰囲気がそう形作ったとでも言おうか。 「よう、直刃の若大将。お困りかい? 次第によっちゃ手を貸そう」 「……やあ、リベリスタ。待ち侘びたよ」 剣を構えたままの継澤イナミが警戒を解かぬままにリベリスタを見据える。『生還者』酒呑 雷慈慟(BNE002371)が飛ばした鷹は周辺をイナミ以上に警戒し見回している事だろう。 夏栖斗と烏、雷慈慟、ゲルトの四人がイナミをすり抜け聖四郎の前へと辿りついていた。イナミとて主が『箱舟』に協力を要請した事を承知しているのだろう。周囲の避難誘導の様子をファミリアーを使用し、五感を共有した鷹から漏れ聞きながら緑の瞳を細める。 年末に起きた大規模な戦い。その時に迎撃を行ったアークからすれば先んじて攻撃を行っておいて、態度を急変させ、助けてくれと要望するのは虫が良すぎるのではないか。 (とんだ恥知らずか。ソレとも……ソレよりも大事な事があるか) 雷慈慟が思うに恋人の損失は人物に寄るが言うなれば個の崩壊とも言う事がある。彼が其れほどまでに恋人に依存する様な男には思えない。だが、状況が状況である以上、損得勘定なしに恋人を救いだしたいとなれば。 「……やらねばなるまい」 崩界を食い止める。其れが世界のことであれど、『個』の崩壊も出来るなれば喰い留めて置きたいのだ。其れが自身の命題であるとともに聖四郎が告げた一つの仮定が彼を聖四郎勢力へ協力させるに向かせたのだろう。 ――全てはプロフェッサーの数式の一部分でしかないのではないかな? 倫敦派に強力なる頭脳である紫杏を奪われる事自体避けたい事なのだ。 未だ続く避難誘導の声に耳を傾けながらも、『予想されし客人』の存在に倫敦の蜘蛛の巣のフィクサードもにたりと笑う。 ある意味では此れもプロフェッサーの数式の一部だ。市街地での交戦。当然、アークがこの場に現れる事等予想済みだ。 どちらにつくか。其れが双方にとっての賭けだろう。夏栖斗の視線が一度、背後へと齎される。ゆっくりと口角が上がった。 「正直さ、僕らはどっちにも味方しなくて削り合いを待てばいいんだよね。 けどさ、手伝いが必要ってならおじさんが言う様に手を貸さない事もないんだ」 ただ、とゲルトが聖四郎へと近づく。警戒の色の濃い佐伯天正は武器を構えたまま幾度か戦闘を行った男の端正な顔を見つめるのみだ。 「俺達と共闘しよう、という事だ。前提条件が一つある。最低これは護って頂こうか。 ――一般人を攻撃に巻き込むのをやめろ。アークがどういう所か知っているのだろう?話にならんぞ」 呆れ半分、何処か期待を含んだゲルトの言葉に聖四郎はやれやれとひらひらと手を動かした。それに合わせ一度、イナミは手を下す。厭世の櫻と名付けた日本刀の切っ先がアスファルトとぶつかる。 「イナミ。天正。どうやらアークは此方の味方の様だが」 「うむ、手付けだと思って貰って構わん」 イナミの背に隠されていた六道のホーリーメイガスへと雷慈慟が施したインスタントチャージ。瞬きを繰り返し、困った様に彼らが視線を動かした先には手負いのキマイラ――アモソーゾが鳴き声をあげていた。 「それで、俺達に何か望んでいるのだろう? さながら取引と言うところかな」 常に涼しげである聖四郎の表情が段々と歪んでいく。違和感を感じながら烏は視線を敵陣営へと滑らせる。一般人等の泣き声が遠ざかり周辺に広がった妙な静けさに夏栖斗は頷く。 「口約束だけでは信用ならないのはお互い様だろ? 今はお互い誠意を見せ合おうよ」 「俺達が聖四郎に出す条件は一つ。お前の持っているアーティファクト『Creative illness』の譲渡だ。ここは最低条件だ。譲らんぞ」 蜘蛛の様子も、聖四郎の様子も観察を行っていた烏の視線が止まる。何かが可笑しいのだ。直ぐ様に恋人の元に行きたいと思っている男が此方を伺っている。交渉は成立するか否か――聖四郎はわざとらしく首を傾げて見せる。 「それで、俺のリスクは払っても君達からの誠意は? 本当に俺達の為に力を貸すとでも?」 じっと射る様に夏栖斗を見つめていたイナミの表情が凍っていく。其れは天正も同じくだ。違和感が段々と大きくなる。 一般人誘導から戦線に復帰したエナーシアの超直観は確かに気付いてしまったのだ。夏栖斗の向こう側、取り付けられていた時計の秒針がゆっくりと動いている事に。 「あ……」 いけない、と声を出す事はできなかった。幾ら注意深く観察して居ようと烏は未だ気付いてはいないのだ。 『あんまり六道達に聞かれるとね。困ってしまう事だからね。 二度とアークへと攻撃を行わぬ証左としてね紫杏が研究、作成した諸々の停止。独裁テレジアの譲渡を約束して貰うってのはどうかね』 即物的な要求を出させてもらう、とばかりに緩く浮かべた笑顔に聖四郎はくつくつと笑う。 「NO。俺は確かに紫杏に説得を行うと約束した。けれど、彼女自身が攻撃を行わぬとも彼女の作成した諸々を停止させる事、彼女の持ち物を手渡す等、其れこそ虫が良すぎるとは思わないかな?」 敢えて口で告げたのだろう。ぎょっとした六道に烏は視線を逸らす。この交渉で如何に落とし所を探れるか。全てを呑むとは思ってはいなかった。 一歩、踏み込んだ雷慈慟は「アークが手を貸せるのはこの場だけだ」と聖四郎へと念を押す。落とし所は何処か。交渉とて『時間』がかかるものなのだ。 「条件が履行されるまで聖四郎君には我々の監視下に入って貰う。保障は必要だろう? それから、『Creative illness』の譲渡。これは譲れないぞ」 他の条件が飲まれない事等分かっていた。現に否定されているのだから、これ以上は無駄だと思っている。だからこそ定めた最低ラインを落とし所にしなければこの『取引』は成立しないのだろう。 「恋人を救いたい……であれば何も問題ない筈だ」 その言葉に、男は普段よりも子供の様に笑うだけなのだった。 時計の秒針が、かちりと音を立てた。 ●Staccare アーク本部、ブリーフィングルームでメルクリィがリベリスタに告げていたリミット。 六道紫杏が『5Tの後、倫敦の蜘蛛の巣と共に戦場を離脱する』という予知を出していた。月鍵世恋から齎されたオーダーが市街地での停戦である以上、彼らの今後についてはアークは介入を任務として課していない。 もしも全力で移動――例えば車を与える等の移動手段の手配等を――していたとすれば状況は一変したのだろうが、彼らは取引を行った。 取引。対等に相手を視るからこそ行える行為は明らかにデメリットしか生み出さなかったのだろう。 タイムロスだけではない、その内容によっては両者を敵に回す可能性がある行為であった事には違いない。 取引に置いて、誤算が重なる。 凪聖四郎は一人ではこの市街地を抜け切る事等出来なかった。それ故にアークに協力を要請したのだろう。彼だって上手くいくとは思っていなかった。 一縷の望み。六道紫杏を負かせた『アーク』であれば紫杏の足止めを行い彼女をこの手の内に縫いとめる事が出来たのかもしれないと――そんな『希望』と『期待』と『奇蹟』に縋りたくなったのだ。 嗚呼、なんと浅はかなり。『逆凪』の男が、笑わせるものだ。 ●Reply アーティファクトに視線を移し、聖四郎は渡す事はできないなと困った様に笑うしかしなかった。 「言っただろう、それが最低ラインだ、と」 「君が手にしているその書物はアーティファクトじゃないのかい?」 雷慈慟が瞬いた。彼が手にした外道の書。アームズヤプロテクターとしての分類を得ていても、その総称はアーティファクトに他ならない。 例えば、継澤イナミや佐伯天正をこの現場に残しアークと共闘させる事やキマイラとの共闘を『凪聖四郎の誠意』として見積もったなれば状況は簡単だったのだろう。 聖四郎が手にするCreative illnessとて、彼にとっての武器に他ならない。彼が力を振るう上で必要となってくるものなのだ、 「……その取引、応じられないとでも言おうか」 何れにせよ、その取引は『失敗』だと言えるだろう。取引の失敗はリベリスタ達の予想とは大いに外れた結果だ。 じっと黙って見ていた旭が前に歩み出る。彼女が探る感情の糸。手繰り寄せる糸の内に、其れでも何処か紫杏を諦めきれずにいる感情的な側面が旭の目の前に綻びとして存在していた。 「ねえ、聖四郎さん。わたしはね紙上でしか知らないの。六道のお姫様と、凪の王子様。 けど、好きって気持ちは大事だよ。真贋なんてない、疑わない。平等なの」 「……君は、何が言いたいんだ」 「だからね、奪う罪って重いよね。紫杏さんは報いをたくさん抱えてる。増やし続けて何時か護りきれなくなるの」 兇姫が求めるものは常に『完璧』であった。 その為ならば殺して、殺して、殺して――! 奪って、奪って、自分だけを見てくれる物が欲しかった。其れこそが『完璧』であったから。 誰かから何かを奪う報い。其れがどれほど重いものであるかを『失った事がある』旭は良く分かっていた。 「聖四郎さんは紫杏さんとどうなりたいの?」 「どう……」 倫敦の鐘の音を聞いたあの日。手を取り合って、お揃いのペアリングをつけて、永遠の愛を紡いだ。 子供の様に手を繋いで、口付けた事すらない純情。 「大切な恋人なら、二人で幸せになりたいなら甘やかすばかりじゃ駄目だよ――! ねえ、もう重ねないで……もう、彼女に報いを抱えさせないであげてよ」 旭の声に男は瞬く。続く様に夏栖斗は戦闘をしないなら、と手を伸ばす。紫杏の元には彼の妹がいるのだ。其処で彼らが戦闘を引き受けている、その間に姫を救い出す粗筋だ。 「戦闘しないならソレって必要ないよね。いくらだって作れるだろう?」 「俺だって馬鹿じゃないのでね……途中でまた倫敦の刺客が訪れない可能性もない。 これじゃ、取引にはならないだろうか。俺にとっては十分な取引だ。……捨てて貰っても構わない」 夏栖斗の掌に落とされたのは煌めくリングであった。ゲルトの視線が止まる。いつか、丘に向かう橋で男が左の薬指に付けていた六道紫杏の創り上げたアーティファクト。 ペアリング、己と彼女の愛の形だ。 「……頭では割り切れない恋、かぁ……」 ぽつり、エナーシアは零しながら対物ライフルに指先を掛ける。頭脳でも割り切れなくて、言葉でも言い表せなくて、ただ思いのままに、衝動が突き動かすその感情。 「全然羨ましくなんて無いのですよ? ……凪! 判ってるわよね? 一番の障害は蜘蛛なんかじゃないわ。お姫様自身。乙女心は複雑怪奇よ」 呟きの後、エナーシアは聖四郎へと向き直る。此れにて取引は成立と言う形で良いのだろう。これ以上に無い担保だ。此処で譲歩しなければ取引は成立しない。 リベリスタ達は『凪聖四郎』陣営に協力する事を決めた。つまりは『倫敦の蜘蛛の巣』との敵対である。 行く手を遮る様に存在する倫敦の蜘蛛の巣。地図を脳内に叩き込んだ彩花はあちらに、と聖四郎を促す。 「個人的には貴方方がどうなろうと私は構わないのです……が、交渉が出来あがった今、協力するのみです。 さあ、行って下さい、大丈夫。此処は私の実力を見せつける場面ですからね」 長い黒髪が揺れる。雷牙に包まれた拳を固め、彩花は前衛へと踊り出る。彼女が専念すべきは倫敦派の対応だ。あくまでそれ以上もそれ以下もない。 「一つ、約束して下さい。貴方が紫杏一味の元へ向かう時、一般人を傷つけないでください」 「それはリベリスタとしての願いかい?」 「いえ、私の、大御堂彩花としての願いです」 それならば、と彩花の隣をすり抜けて、聖四郎は歩む。攻撃を行おうとする倫敦のフィクサードの前へと躍り出る。その気配を逃さないとばかりに彩花が踏み出した。100Kgを超える彼女の体重は踏み込みと同時にアスファルトをへこませる。砕き切る様に大地へと叩きつける彼女の背後から蒼い鳥が羽ばたいた。 風槍―正鵠―は亘の信念だ。全てを貫き通すソレ。槍としては極端に短い柄。其れであれど亘の手には良く馴染んでいた。誰かを守る為、自身の信念を貫く為。全てに特化した槍の切っ先はエアル・クリュッスタッロスの行方を阻む。彼女の大きな緑の瞳が亘と交わって、緩く笑う。 「早いのね、お兄さま」 「戦うのは初めてですが……現状は当然教授の数式の内ですよね? この程度のトラブルで変わるなら……いえ、どっちにしろ安いプランに変わりないでしょうか」 「貴方、教授を愚弄するの?」 怒りを目に浮かべるエアル。亘の言葉は教授を敬愛する彼女にとっては効果覿面なのだろう。彼女が放つ針穴通し。精密射撃を掠めながらも亘が繰り出すアル・シャンパーニュ。 幸せの青い鳥が、幸せを運べずに何になると言うのか! 「聖四郎さん、この場の約束は無茶してでも護って見せます。佐伯さん、初めて戦った時の借りを今返します」 「――天風。更に借りを作らぬ様にな」 共闘するとなれば軽口を叩く事もできる。天正と亘は幾度となく交戦を行ってきたのだ。亘の言葉に緩く笑い、天正は己の主が往く道をこじ開けようと前へと飛び出す。 聖四郎の視線が一度、己の前を羽ばたく亘へと向けられた。 「枝葉な自分な言葉ですが、恋は盲目。優しく思い人の全てを受け入れるだけが愛ではないです。 良くも悪くも、変わるなら今ではないでしょうか?」 まるで君に好きな人でもいるかのようだ、と男は呟く。亘の守りたい物、愛しいお嬢様、仲間達、優しい友人たち。全てを護り切る為に、その掴みたい未来の為に翼で空を掛け、己の信念を貫くのみなのだ。 青い鳥は聖四郎達の行く手を遮る全てを淘汰しようと踏み出し続ける。 瞬時に指揮を飛ばす。雷慈慟のサポートを受けイナミはこくりと頷いた。インスタントチャージにより己らを支援する男に詫びる様に、すまないと紡いだ。 「凪聖四郎、我々が協力できるのはこういう時だけでないと、そう思案するのだがな…… お前のペアリング。預かるぞ。条件さえ履行されれば不肖酒呑雷慈慟。誓って返還を誓約する」 捨てていいとアーク側に渡ったペアリング。それでも、凪聖四郎が六道紫杏を、姫君を己の手の内に入れる事ができるならば彼はそのリングを返還するのだと言う。 聖四郎は答えない、その背を見送りながら雷慈慟は全体を見回した。彼の目の前にふわりと揺れる銀の軌跡。 「正に状況は混沌。さりとて、為すべき事は変わりません。では、参りましょう。常の如く」 女警官の格好をしたノエルの槍が全てを穿つのみだ。只、彼女の鮮やかな紫の瞳はそっと細められる。 「……あの霧の中に斯様な蟲が潜んで居ようとは、流石に無知蒙昧な幼少の折りには知る由もありませんでした」 「蟲って」 「貴方方の事ですよ。何れにせよ『悪』は全て滅するまで」 一歩、踏み出して、彼女は銀の軌跡を残しステップを踏む。一歩、穿つそれは二歩目には貫き通す。三歩目にはノエルの表情に浮かぶ余裕。 「わたくしの槍は正義を貫くもの。己を貫く、ただそれだけです」 彼女の背にすれ違う様に聖四郎は紫杏の元へと急ぐ。ノエルを狙う攻撃を受け流し、イナミは緩く笑う。目線で受け流し、攻撃を受けてもへこたれない信念のまま――否、彼女の信念は幾度攻撃を受けても折れぬものなのだろう。 「ここで貴方と踊れぬ事は残念でありますがまた何れお会いできるのでしょう? 『異端児』よ」 「ああ、次にお会いする時は敵同士だろうね」 その言葉にノエルは緩やかに笑うのみだ。何れは何かを企むであろう。今だけだ、今だけはこうして手を貸すのみ。 ソレがひと時の共闘となるのみ。 「君が何もかもを喪った、ただの紫杏君を変わらず愛する事ができるのか」 見ものだねえ、と紡ぐ烏の声は聖四郎へは届かない。彼は人間らしかった。攻撃を行うフィクサード達の其れを受け流し、烏は折角の共闘だとへらりと笑う。 望むは十三月の悪夢の使用。凪聖四郎の編み出した独自の技は確かに彼が天才であろうとも、盗む事は十分に可能だろうと踏んでいた。見るのは二度目だ。 こうして傍で見られるなれば――十分手に入れられる筈。それ以外でもこの男は実に面白いのだ。観察し甲斐がある。壊れていると何時かリベリスタが評価した。けれど、それは人間らしさと紙一重だ。 興味深いもんだ、と視線を揺れ動かす彼の隣をすり抜ける真空刃。其れは彼が得意とする黒き鎖と酷似した効果を与えていた。だが、解析するにはまだ拙い。 その攻撃に動きを弱めたエアルに対し放たれるトラップネスト。倫敦の蜘蛛達を遮る様にゲルトは聖四郎の往く手を導く。 もう少し、あと少しで彼はこの戦場を脱出し六道紫杏研究所へと向かう事ができるのだ。 「聖四郎! 倫敦に恋人を連れて行かれる無様は見せるなよ!」 その言葉に、何処か寂しげに男が笑った――そんな気がしたのだ。 最初で最後の共闘となるだろう。紫杏がリベリスタに殺される事こそが最上の結果の筈なのに、聖四郎が紫杏を連れて帰る事を何処かで願っている自分が居る事が不思議で堪らない。 男は何時も完璧であったから、ゲルトは願うのだ。こんな時だけ失敗したなどと言ってくれるなよ、と。 「ほら、こうして感情で動いたのだからもう凪ではないでせう? 『止めて』来なさいよ、聖四郎。何もかもを」 銃弾が真っ直ぐに倫敦へと飛び込んだ。 聖四郎さんと呼ぶ天才女との今までの関係性も、己の頭脳も、完璧だと言う空言の鎖なんて当てにならない。エナーシアがまだ感じた事のない恋情の類。それは彼女が口に出すことなんてできないけれど、けれど言える事ならある。 「新たな関係を築きなさいよ! 其れすらできないなら諸共沈むだけだわ! 感情をBlackBoxと言ってる程度の詰まらないPlanなんて屑籠に叩き込んでお姫様を惚れさせて引っ張って来て見せなさい。Princeさん!」 皮肉交じり、其れで居てもエナーシアの表情は何処か晴れやかだ。 凪ぐ事すらできず、逆凪ぐ事等更に無理で、只、己の実力を過信しているだけの男では無い。その背を見送りながら、彼女は蜘蛛へと弾丸を叩きこむのみだ。 「阻止に失敗した事を認められないほどの三下じゃあ無いわよね?」 「それでも僕らが止めるだけだけどね。さあ、ここからが正念場だ」 夏栖斗は√666を握りしめる。巨大な鉄扇は荒ぶる獣を内包し、唸る様に宙を斬る。鮮やかな花を咲かせて、切り裂く中で、聖四郎が最期の一人を抜け切るのを金の瞳は捕える。 「ねえ、本当に紫杏ちゃんの事が好きで助けに行くんだよね? そう言ってくれないと僕は納得できない」 其れと共に彼に押し付けたのは自分の携帯番号の書かれたメモだ。いざという時、助けに行こうと思えるから。 「ああ、俺は紫杏を愛しているよ」 「解った。今は信じる。早く彼女、助けて来いよ! 王子様!」 見送る背中が何と小さく見えた事か、エナーシアはそれを見送りながら溜め息を漏らす。嗚呼、時間は――? ●Wistfully 前衛へと飛びこんだローゼオの前に猛は躍り出て、唇を歪めた。 「よぉ、ローゼオ。また、全ては我が教授が為に、か? だとしたら詰まらねぇなあ」 魔力鉄甲に包まれた掌を打ちあわす。一度出逢った時は胡散臭いと思っていた。その時にもう一度倒してやると決めた相手だった。猛にとってのローゼオ・カンミナーレは何かの縁で繋がっている相手だとしか思えないのだ。 「また戦場で顔を付き合わせるのも、何かの縁……そう思わねェか。おい?」 「さあ、これもプランなのだろう」 「……てめぇは何処ぞの壊れた玩具か?今日はちったぁ違うもん聞かせてくれやぁ!」 踏み出す、突撃していく彼の体は周囲を巻き込んで雷撃を纏う舞技を見せつけた。 消える事のない『俺』だけの炎を心に灯せ! その炎は揺らめかない。動きを、思考を加速し、雷鳴が如く駆け抜ける。其れこそが『猛』だ。 『蒼き炎』は消えることなく、揺らめくことなくただその存在をハッキリと示すのみ。熱く、周りを焦がし、拳を、足を、頭を、其の体全てを武器として全てを倒しきる。 「その身で覚えやがれッ! お前に傷として遺してやんぜ!」 切り裂く様に、真っ直ぐに振りかざす拳が、鋭き刃が如き勢いで雷光を放ち、蜘蛛達の体を焼く。されど、彼らも『一流』だ。猛一人の体では耐えきれるものも少ないのであろう。 唇が歪む。傷ついたって、血が流れ出したって、そんな物過程だ。もっと最高でもっと楽しめる物が其処にはあるのだから。 「良いねェ、あぁ、面白くなって来たじゃねぇか……! もっとだ、もっとてめぇの中身を俺に見せやがれ!」 猛と入れ替わる様にゲルトが滑り込む。彼の背後に隠されたホーリーメイガス。ゆっくりと唇を歪めて十字の光を放つ。ホーリーメイガスを庇う彼を己へと向けさせるためだ。 「倫敦か。何れにせよ、此方が勝つしかないのだがな」 「ええ、此方が勝つ。自分は最良の選択だとそう思うから、自身の無力さが凄く憎い。 だから……だから、今は救える命の為に、ここで自身の全てを賭けて挑むのみ」 亘の翼が広がる。真っ直ぐに彼は突っ込んでいくのみだ。後はこの場所から倫敦の蜘蛛達を撤退させるのみ。だが、余裕なんてない、寧ろ余所見なんてしない。 己の全てで守れるものを守り通す。その信念があるから。避けきれぬ其れに運命を支払っても、生半可な気持ちでは戦わない。相手だって自分だって。 「その命遠慮なく貫かせて頂きます――!」 「望む所よ、リベリスタ!」 少女は高く跳び上がる。弾丸が貫いても亘は止まらない。血を吐いたって、どうしたって、己を貫くのみだから。 「そう、全て貫くのみです」 真っ直ぐに、悪を貫くのみだと飛び出すノエルの表情は普段通り自信に溢れかえっていた。己の運命は世界の為に。己の槍は世界の敵に。憎しみや怒りでは無い、ただ世界が為に。 彼女の思う『絶対悪』は目の前の敵だ。霧を晴らすのだって己自身で無くてはならない。 「倫敦のお歴々とは初めまして、ですね。そちらに何某かが関わっているとお聞きしましたが如何に?」 何れにせよその霧は自身で晴らす者だ。勿論、その答えが気になる夏栖斗とて攻撃を行いながら、言葉に耳を傾ける。 教授の忠実なる部下は教授のプランから離れた行動を行わない。猛にとっては詰まらない其れであれど、彼らにとっては『プラン』こそが至上なのだ。 血の花を散らしながら、夏栖斗は傷を押さえて立ち回る。運命だって支払って良い。何だっていい、護るためには、此処を喰いとめて、王子様の支援を行う事は彼にとって決められた粗筋なのだから。 「雷音――、そっちは!」 ざわめきが耳を劈いた。兇姫の叫び声が、聞こえた気がした。 「乙女心ってホント複雑怪奇、ってね。Prince、上手くやりなさいよ」 プランなんて、ぶっ壊してしまえばいいのだから! 凪いでいるだけでは無いのでしょうと真っ直ぐに弾丸は倫敦の蜘蛛の巣を撃ち抜く。 「これで、終りです。私の実力、とくと御覧なさい!」 彩花が真っ直ぐに踏み出して敵を無力化する。運命だってなんだって支払って、全ては護るために費やした。大御堂彩花の望みは、叶えられたと言っても過言ではないだろう。 じり、と後ずさりするフィクサードに真っ直ぐに猛は飛び込んだ。補佐する様に旭は飛び込んで、アモソーゾの方を見つめて、にこりと笑う。 「ねえ、愛情なんて甘やかな理由じゃないよね? 女の子を弄んで何の悪だくみ?」 「さあ、全てはやはり」 「教授のプラン通りじゃ面白くねえつってんだろ!!」 踏み込んだ、其の侭に彼の拳が唸る。ローゼオと呼ぶ少女の声が聞こえ彼らは、後退を決定したのだろう。聖四郎の方に行かせぬ様にと両手を広げる旭は、ゆっくりと微笑む。 「チェックメイト、でどうかな?」 男は歩いていた。ただ、道を、無力さをかみしめながら。 届かない。縋るべき蜘蛛の糸さえもぷつりと切れた。兇姫は『倫敦の霧』に隠される様に消えてしまったのだろうか。 もう聖四郎の左の薬指には彼女と自分を結びつけるものは残っていない。 「……紫杏」 間に合わなかったのだ。 六道紫杏は倫敦へと旅立った。 凪聖四郎は恋情に浮かされたままでは無い。 その目は、もっと何処か遠く野望を見据える色に変っていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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