● ハチノス。 鍛えられた両手の、十の指が胃を貫き穴だらけにする。 タン。 悲鳴上げる其の口の、舌を毟り取って黙らせる。 ツラミ。 口にねじ込んだ指が頬を引き裂く。 ハラミ。 鳩尾に突き込まれた手刀は、横隔膜を引き裂いた。 「なぁ、肉助」 フィクサード『臓物屋』モツ兵衛は、同じく傍らで犠牲者を手にかける『肉屋』肉助に呼びかける。 カルビ。 肋骨の隙間に指がねじ込まれ、間の肉がコソギ取られていく。 ヒレ。 逃げる背に、腰から手を突き入れて大腰筋を掴み取る。 「何だよモツ兵衛」 血と脂に塗れた指を舐め、相方の呼び掛けに応じる肉助。 コブクロ。 怯える腹に突き込まれた手が、子宮を抉り出す。 「富山着いたら何食うよ?」 掴み取った其れを一口齧り、モツ兵衛は車窓の外をチラリと一瞥する。 この列車は富山行きの特急サンダーバード。既に運転手はバラしてフルスロットルで固定したので、終点までノンストップだ。……まあ終点は魚津だが。 ハツ。 腰を抜かせて這って逃げる女性の背中を踏みつけ、感触を楽しんでから心臓を抜き取る。 「あ、お前心臓はやめろよ。即死はさせんなって言われただろうが」 相方の行動に、思わず惨劇の手を止めた肉助が抗議の声を上げた。 「あ……、あー、わり、でも瀕死にするって難しくネ?」 殺すのは簡単だが、瀕死に留めるとなると二人のフィクサードにとっては些か集中力の必要な作業だ。 とは言え、既にこの車両での作業はあらかた終ってしまったけれど、終点までに全ての車両の人間を処置せねばならぬのだから一人や二人のミスは仕方ない。 「難しいけどさ。しゃーなくね? 可愛い可愛いアザミちゃんのお願いだぜ」 「アザミちゃん可愛いよなあ。あの胸が最高だ。……じっくり焼いて塩で食いたいなあ」 黄泉ヶ辻・糾未、彼らの所属する黄泉ヶ辻の首領の妹を思い返す二人の瞳は、肉欲と食欲の色に染まっている。 「あー、俺なら薄くスライスしてナマで檸檬かなあ。……じゃなくてよ」 首領の肉親に対しても自分達の歪んだ欲望を隠そうともしない彼等は、いかにも黄泉ヶ辻らしいと言えよう。 あのヒャッハーな裏野部や、我が道の為なら他を省みない六道だとて、首領の身内に対してこんな事は早々は言いやしない。 「ンだよ。判ってるよ。片っ端から瀕死にして、どこら辺の土地だとノーフェイスになり易いか確認するんだろ」 「判ってるなら良いよ。さっさと終らせて二人でアザミちゃんと遊ぼうぜ。後さ、富山に着いたら鰤な。此れはゆずらねー」 次の車両のドアを開け、笑い合う血塗れの二人が移動していく。大きな棺桶を引き摺りながら。 狂気を乗せて、列車は走る。 ● 「さて諸君、今日の任務を説明するが……、其の前に、昨日焼肉を食べた者、若しくは今日明日食べる予定の者が居るなら、すぐさまこの部屋を出たほうが良い」 前置きを一つ。『老兵』陽立・逆貫(nBNE000208)は膝の上の人形の頭に手を置き、そして漸く本題を話し始めた。 「諸君等はサンダーバードをご存知だろうか? 国際救助隊では無く、大阪から富山、或いは金沢を結ぶ特急列車の方だ」 前置きの理由は直ぐに知れる。机の上に広げられた資料に見える4つの文字。 成る程、アイツ等が絡むなら其の忠告も当然だろう。 「其のサンダーバードにフィクサードが現れ……、そう、そうだ。そのフィクサードは<黄泉ヶ辻>の連中だ」 主流七派が一つ<黄泉ヶ辻>。七派に置いて理解と言う言葉からは縁遠い、気狂いばかりが集まり群れる集団。 並みの精神ならば彼等の行為には吐き気を催す。 「奴等は小規模な儀式……、恐らくはノーフェイス化を促進する儀式を行ないながら列車内の人間を瀕死の状態にしている」 資料 フィクサード1:『臓物屋』モツ兵衛 黄泉ヶ辻に所属する男性フィクサード。人間の解体作業に非常に長けている。 所持EXスキルは『モツ抜き』。所持アーティファクトは『カオマニー』。引き摺ってる棺桶の中のハッピードールは『ラブドール・純子』。 フィクサード2:『肉屋』肉助 黄泉ヶ辻に所属する男性フィクサード。人間の解体作業に非常に長けている。 所持EXはスキルは『The・肉』。所持アーティファクトは『カオマニー』。引き摺ってる棺桶の中のハッピードールは『ラブドール・RISA』。 ハッピードール1:ラブドール・純子 大和撫子風の美女。ただし全裸でノーフェイス。ハッピードールの中から見目の良い物をモツ兵衛が好みで見繕った。 ハッピードールとは脳味噌に魔導式を書き込まれ、能力を高められたノーフェイス。完全に狂気に陥っている。 ラブドール・純子はモツ兵衛の持つアーティファクト『カオマニー』によって制御を受ける。 ・ブレインキラー:近単、物防無、虚弱 ・ブレインバインド:遠単、ショック、麻痺 ・ブレインショック改:遠2複、混乱 ハッピードール2:ラブドール・RISA 金髪美女。ただし全裸でノーフェイス。ハッピードールの中から見目の良い物を肉助が好みで見繕った。 ハッピードールとは脳味噌に魔導式を書き込まれ、能力を高められたノーフェイス。完全に狂気に陥っている。 ラブドール・RISAは肉助の持つアーティファクト『カオマニー』によって制御を受ける。 ・ブレインキラー:近単、物防無、虚弱 ・ブレインバインド:遠単、ショック、麻痺 ・ブレインショック改:遠2複、混乱 「容姿はさて置き、その行い、精神、共に非常に醜悪な奴等だ。注意すべき点が3つある。まず、奴等は何も考えずに列車の速度を最高速で固定している。このまま行けば何れ前を走る車両に追いつき、激突するだろう」 1つ目から、頭を抱えたくなりそうな問題だ。それは絶対に食い止める必要がある。 「2つ目に、瀕死の状態にされているとは言え、内蔵を抜かれたりだのした一般人のダメージは非常に大きい。然程の時を必要とせずして彼等は死に至るだろう」 出来うる限り彼等を救うなら、時間との戦いになる事は間違いない。 「3つ目に、ある地点では、瀕死状態にある者が高確率でノーフェイス化する事が予見された。其の地点がはっきりと何処なのかは判らないが、恐らく其の地点とは彼等の儀式との波長が合うのだろう」 無論、ノーフェイスと化した者達は『処理』の必要が出てくる。 「難問ばかりだろう? 高速ヘリを用意してある。諸君等は其れに搭乗し、暴走する列車の上へ降下して潜入してくれ。諸君等の健闘を祈る」 最後に、さらりと難事を一つ追加し、逆貫はリベリスタ達を送り出す。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月20日(日)22:54 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 「そう言えばカオマニーってさ、アザミちゃんが産んでる説が有力なんだよ。俺の中で」 「産卵プレイかよ。うはは、アザミちゃんレベルたけぇな」 下衆い笑い声をあげる二人のフィクサード、『臓物屋』モツ兵衛、『肉屋』肉助。 居酒屋での馬鹿話の様なノリで、けれども彼等は人をバラしながら進んでいく。彼等の雑談の合間に犠牲者の悲鳴が、血飛沫が、あがる。 「いやいやマジよ。俺等用に調整されてるとか言ってたじゃん。それってあの時のアレじゃねえの」 「うわそれは引くわ。其の発想は無いわ。ちょっと近寄らないでくれます? てか、じゃあヨリハとかが使ってるのはどーすんだよ。ちなみにヨリハの魅力は脇の下だよな」 素手で人がバラされていく。あまりに非現実的な光景。 逃げ遅れた妊婦が腹の仔を子宮ごとモツ兵衛に引きずり出された。 「いやいや、うっすい太腿じゃないか。ふくらはぎも悪くねえけど。……てかあの二人できてんじゃねえの?」 「非生産的だなあ。じゃあ生産には俺等が協力してやろうぜ」 ゲラゲラと笑いながら、逃げる背中に肉助が手を伸ばす。 けれど、その時だ。 気配を察知した肉助が弾かれた様に後ろに転がり、先程まで彼の居た場所に破壊された天井が落ちてくる。 分厚く、頑丈な筈の特急列車の天井を上部から突き崩したのは拳。男が何をも持たぬ無頼となっても、唯一頼るべき己が拳に全てを托した一撃。 「お前達に悪趣味だの何だの言っても今更挨拶にもなるまいが」 己が突き崩した天井と共に落下してきた男、『無銘』熾竜 伊吹(BNE004197)は指先でズレを直したサングラス越しに2人のフィクサードを眺め、 「全く理解不能だな」 拳を向けた。 ぼんやりと瞳を開く。知らない天井。 此処は何処だろう? 酷く記憶が曖昧だ。 確か、私は富山に向かっていた筈。其の特急列車の中で……、お腹を抉られて? 不思議と痛みを感じない。きっと悪い夢だったのだろう。 「あぁ、そうだ。此れは夢だ」 誰かの掌が、私の目を塞ぐ。大きな手。 「心配要らない。目が冷める頃には全て終ってる。ゆっくりと眠れ」 其の声はとても力強く、優しく、……でもどこか哀しそうで、嗚呼、眠たい。 言葉に甘えて、少し眠ろう。目が覚めれば、次はきっと富山についている。 久しぶりの里帰り。雪に覆われた、なのに暖かな実家が待っているのだ。 ねぇ? 「どうした?」 おやすみなさい。 「あぁ、おやすみ」 …………。少女が眠りに落ちたことを確認し、『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)は紅く染まった車内を見せぬ為に塞いでいた手を、少女の頭へと移して一つ撫でる。 フィクサード達の手により瀕死にされた乗客達が既に死に絶えた先頭車両で、一人無傷な少女の頭を。 つまりはそう言う事なのだ。 本当に悪い夢だったのなら、どんなに良かっただろう。少女の内臓を奪い取られた腹部は今も空虚で、……けれど其処に傷は無い。 オーウェンは閉じていた片目を開く。 年の頃、荷物の量、少女の服装から、少女の旅の目的を分析した彼の唇から漏れる微かな溜息。 頭を撫でていた手の指先が、後頭部へと。その内部、指先の延長線上にあるのは脳幹だ。 この少女に罪は無い。成りたくてノーフェイスと化した訳では無い。ただ、生きたかっただけだ。生を求めてしまっただけだ。 「すまない」 不必要に傷付ける事無く人のままに、せめて安らかな夢のままに、……オーウェンの指先から伸びた気糸は、彼女の呼吸を停止させた。 ● 敵が伊吹一人では無い事を察した肉助とモツ兵衛は、敵が出揃う前にと左右の壁を走りながら、挟み込む様に伊吹を襲う。 しかし、そう、如何に判断素早くフィクサード達が動き出そうとも、判断にかかるほんの一瞬の時間分だけ、リベリスタ達が機先を制する。 火を噴くは神秘的な力を帯びたロングバレルのピストル。 天井の穴から撃ちこまれる弾丸を、常軌を逸した動体視力で見切ったモツ兵衛はなんと素手で払い、そして叩き落す。 けれども其の作業にモツ兵衛が足を止めた間隙に、 「常識の無い真似はやめてくださいよ」 ピストル、マクスウェルを構えた『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)が穴より舞い降り吐き捨てた。 「これだからエリューションの力に溺れたドチンピラは」 決して他人の事を言えた義理では無いけれど、それでも言わずに居れぬ業の深さ。 あばたのもう再度の銃撃に合わせる様に、天井の穴の縁を蹴ってモツ兵衛に襲い掛かるは『猟奇的な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)。 普段は射手の虎美だが、今其の手握られているのはクロロフォルムをしみこませたハンカチとスタンガン。 無論リベリスタが武器として携えて来る物が尋常の品であろう筈が無い。クロロフォルムは毒と麻痺を、スタンガンは凍結と感電とショックを与える桃印の特注品である。 射手である筈の虎美が、其れ等を手に敢えて前に出ると言う危険を冒す理由は唯一つ。彼女の後に続いて飛び降りる『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)が、プロアデプトでありながらも戦線を支える要となり、尚且つ瀕死にされた人々を救える可能性がある癒しの手段の持ち手であるが故に。 伊吹と肉助の拳がぶつかる。 「あっちは華やかだってのにこっちは無愛想なグラサン野郎かよ」 捌き、突き、払い、踏み込み肘を打ち込む。 狭い車内で、けれど場を気にも留めぬ高速格闘戦を繰り広げながら、肉助はぼやく。 本来其れは取り合う必要も無い戯言だが、しかし伊吹は敢えて肉助に付き合った。 「以前黄泉ヶ辻には似たような骨抜きがいたな」 超近距離から叩き込まれる膝を伊吹は肘で打ち落とし、互いに弾け飛ぶ様に二人の距離が開く。 「あん?」 僅かに痺れた足を振り、訝しげに眉を顰める肉助。 確かに黄泉ヶ辻に自分達に似た技術を使う者は居た。『骨抜きカルビ』、確かにあの7人組でなければ、其の名と言い、技と言い、自分達の仲間にしても良かったかも知れない彼は……、しかし既に死んでいる。 骨抜きカルビを殺したのは、他ならぬアークだ。 「奴の手際は見事だったが、お前達の腕はあれほど大したことはなさそうだ」 唇に僅かな嘲笑を浮かべる伊吹。骨抜きカルビとアークが交戦した時、その場に伊吹は居なかった。 その場に居たのは彼が息子の様にさえ思っていた元同僚。しかし死した彼の記憶は今伊吹の手の中にあるのだ。 「一緒にすんなよ。あんな仲良しこよしグループに居た奴なんかとさ。やっすい挑発しやがって、……でも面白れえ。そんなに見たいなら見せてやるよ」 肉助の身体から殺気が立ち上った。 黄泉ヶ辻。常人の理解及ばぬ趣味嗜好思想心情信念人生観、狂気を孕んだ其れ等が故に集う彼等にも、当然の事だが様々な者が居る。 伊吹が述べた骨抜きカルビの属した7人組は、人に理解されずに弾き出されて、故に寄り添い互いの傷を舐め合う陰気な連中だった。 そんな連中と比較される事自体が、肉助にとっては業腹である。 行動は似通っていても、肉助の理念は彼等とは裏表だ。 理解されぬなら殺して喰らえば良い。人間に食べた牛の気持ちが判る訳が無い。食べられた牛もまた、人間の気持ち等理解出来よう筈が無いだろう。 つまり有象無象が自分を理解出来ないのは、自分に喰われるべき餌に過ぎないからなのだ。無論其れは食欲的な意味でも、そして性欲的ない意味でも。 まあ簡単に言えば黄泉ヶ辻DQNは黄泉ヶ辻ヒッキーを見下しているのだ。 肉助の構えた指先に力が宿る。 ● 対抗列車とのすれ違いが起こす凄まじい風圧を、『毒絶彼女』源兵島 こじり(BNE000630)は片手でスカートを押さえながらしゃがみ、やり過ごす。 面接着とハイバランサー、この二つが無ければ如何にリベリスタと言えど列車の背から放り出されかねない程の強い風。 恐らく対抗列車の運転手もさぞや肝を冷やしたことだろう。この列車の乗客達だって異常事態には気付いている筈だ。 スピードの出し過ぎで異常に揺れるし、何よりも全く駅に停まらないのだから。 急がなければならない。偶発的にパニックが起きる前に、 小さく吐いたこじりの息は白い。列車の進行方向を見れば、遠目に映る景色も真っ白だ。 既に随分と列車は進んでしまっている。こじりやレイチェルの故郷が徐々に近付いて来る。 この列車、サンダーバードに乗った事も勿論あるのだ。あの人は、あの地に住まう人々は元気だろうか。 風荒れ狂い、ガタゴトと乱暴に跳ねる暴走列車の背を伝い、漸く辿り着いた最後尾、グリーン席のある1号車の上でこじりは口元にバンダナを確りと巻きつける。 鼓動が一つ、呼吸を沈め。鼓動が二つ、心を沈め。鼓動が三つ、瞳から感情の色を消したこじりは走る列車の背に向けて、バレルに桜の花びらの刻印が施された散弾銃の引き金を引く。 「こんにちわ、トレインジャックです。あ、騒ぐと殺すから」 崩壊したグリーン車の天井から可愛らしいスカートを翻して現れたのは、サングラスとバンダナで顔を隠した一人の凶悪犯。 ハラミ。 「カハッ……」 虎美の口からか細い息が漏れる。モツ兵衛の指先が虎美の肋骨下から潜り込み、彼女の横隔膜を引き裂いた。 すぐさまレイチェルの癒し、天使の歌が虎美の傷を癒さんとするが……、けれども致命的な其の傷は癒しの力を受け付けない。 レイチェルの歌声に、虎美の肺から空気の漏れる異音が乱す。呼吸叶わぬ苦しみに顔を顰めながらも虎美が押し当てたスタンガンは確かにモツ兵衛を掠めてバチリと電流を流し込むが、 「うっへぇ、微妙に痛ぇなぁ。でも玩具じゃ俺は倒せねぇぜ? あれか。半端に抵抗した方が燃えるだろうってサービスかよ」 それでも彼の嘲笑は止まらない。 あばたが撃ち込んだ1$シュートすら、モツ兵衛は首をぐるりと回して……実に気持ちの悪い事に額で、或いは其の一枚下の頭蓋骨で受け流し、虎美の腹部から指を引き抜き様に、其の傷口目掛けて蹴りを叩き込む。 座席に突っ込んだ虎美は、運命を対価に何とか意識を繋ぎ止める必要に迫られた。 しかし、其の瞬間にモツ兵衛の笑いが凍り付く。蹴りを入れたポーズのままにモツ兵衛の動きがピタリと止まる。 彼の身体を絡め取ったは、座席の間を張り巡らされた細い気糸。効果の上がらぬ回復に早々に見切りを付けたレイチェルによるトラップネストだ。 「ちょ、おま、ずるいだろ。てめー、ざけんな。こっち来いよ。ひん剥いてやる」 モツ兵衛の薄汚い罵りにも取り合わず、レイチェルは思考を廻らせた。 糸を通して伝わる、捕らえた獲物の力強い抵抗。恐らく長くは縛り続けれないだろう。故にレイチェルは糸を練る。 例え獲物が逃れようと、再び、より強固に縛る為に、しつこく、しつこく、相手が根を上げる其の時まで。 敵の一撃を受けた伊吹の、返しの拳が肉助の体に突き刺さる。 肉を切らせて骨を断つ。其の覚悟で、伊吹は肉助の攻撃を敢えて其の身体で受けて見せた。 だが、……肉助の唇が嘲りに歪み、伊吹の表情が苦痛に歪む。 伊吹の反撃は確かに肉助の身体を捉えた。此れ以上無いタイミングで、真芯を貫いた。 しかし、余りに其の手応えは軽い。 伊吹の腕を大量の血が伝い、流れ落ちて行く。肉助の指が引き裂いたのは、伊吹の腕の内側の……、拳を握る為の筋肉である前腕屈筋群。 握力無くして、真に有効な打撃は放てない。 肉を切らせて骨を断つ。けれど肉が切れれば骨は動かない単なる棒だ。 無力を受けて著しく攻撃力の下がった伊吹に、肉助の指先が再度襲い掛かる。 ● しかし其の時、ガクンと大きく列車が揺れた。 「「何だ?」」 肉助とモツ兵衛の疑問の声が被る。急激に減速した列車に、二人の声に混じる色は戸惑い。 けれどもリベリスタ達は知る。運転席へと向かった仲間、オーウェンが運転席まで辿り着き減速した事を。 そして後部車両では、並みのフィクサード等が及びも着かない程の手際でトレインジャックを成功させたこじりが、乗客達を脅して避難の準備を進めていた。 リベリスタである筈のこじりが異常に犯罪慣れしているのは、今まで彼女がこなして来た任務が如何に難解だったかを物語る。 …………。 「おいおい」 「これは」 拘束を引き千切ったモツ兵衛と、伊吹の身体を引き裂いた肉助の二人が、リベリスタ達から大きく距離を取る。 戦闘の為に放り出していた棺桶の下にまで。 追い討ちを掛けるには絶好の機会ではあれど、伊吹に虎美、リベリスタ側の損害も大きく咄嗟には動けない。 「やってくれたな」 「他にも仲間が居たのかよ」 やがて完全に列車が停止し、肉助は大きな溜息を吐く。 二人のフィクサードが役割を果たすには、眼前の、そして別働の、リベリスタ達を全て倒してもう一度列車を動かす必要がある。 しかし其れは如何にも現実的では無い話だ。例え全てのリベリスタを排除しえたとしても、その間に多くの乗客は逃げてしまうだろう。 要するに彼等の任務は失敗したのだ。そうなればもう此処に長居する必要は何処にも無い。 ……無論、このままメデタシメデタシで終らせる気は毛頭無いけれど。 「仕方ねえな」 少し惜し気に、肉助は棺桶の蓋に手を掛ける。 「うわ、マジかよ。俺まだ3回しか使ってないんだけど……」 ぼやくモツ兵衛。けれど彼とて其れが仕方ない事は理解していた。どの道眼前のリベリスタ達を足止めする役割は必要なのだから。 開いた棺桶の中に眠るはハッピードール。2人のフィクサードは自分達の主な用途からラブドールと呼ぶが、純子とRISA、そう名付けられた二体の生人形。 肉助とモツ兵衛、二人は二体のラブドールに、舌先に乗せたカオマニーを口移しで飲み込ませた。 「純子、RISA、俺等が降りたら、この俺等以外の列車の乗客を全員殺せ」 「てことは、俺等こっから富山まで走るの? うっわ、ありえねえだるい」 二人のフィクサードが最初からラブドールを戦闘に投入しなかった理由。 彼等はお気に入りの人形が傷付く事を嫌ったのだ。如何に彼等と言えど破損した人形相手に欲情は……、全然在りな気もするが、まあ姿を見せたリベリスタが4人ならば自分等のみで処理できると踏んだのだろう。 無論其れは計算違いだった訳だが。 「まあ帰ったらアザミちゃんから新しいの貰おうぜ」 「おう、じゃあ、またな。リベリスタども。次会ったらちゃんとバラしてやるからよ」 動き出したラブドールに、あばたの銃撃が撃ち込まれた。 ● 動く度に揺れるRISAの大きな胸の、其の右を、合流したこじりのデッドオアアライブが消し飛ばす。 右胸を失い、バランスの取り難い姿になろうとも、文句を言う事も無くRISAは、主に捨てられた人形は最後の命令を果たす為に攻撃を繰り出した。 あばたの銃撃が純子の額に吸い込まれて行く。純子には主達と違い、頭蓋骨で銃弾を受け流す様な真似は不可能だ。 頭部を貫いた弾丸が、彼女の脳の幾許かを削り取って行く。並の人間ならば致命傷だろう。 けれどラブドールは怯まない。其の感情は壊されたから。其の手から放たれる、脳を揺らして壊す衝撃波。 こじりと同じく合流したオーウェンの、物理的な力を持つまでに至った圧倒的な思考の奔流、J・エクスプロージョンが純子の腕をもぎ取った。 それでもラブドールは諦めない。彼女達に残されたのは只管にカオマニーからの指令を果たす事だけ。再び放たれる衝撃波は、脳を揺らして体への命令を遮断する。 腕を失っても、足を失っても、四肢を全て失って胴体だけになっても、這い、下された命令に殉じるラブドール達。 止まる事を命じてくれる主達はもう居ない。尚も放たれるは、ノーフェイスとしての狂気を乗せた衝撃波。 複数の攻撃手段、しかも其のどれもがまともに受ければ致命的な効果を持つ彼女達は決して侮れる相手では無い。 しかし其れでも、結束し、連携するリベリスタ達の前にラブドールに勝ち目は無いのだ。 四肢を失い、頭の半分を吹き飛ばされても尚も動こうとする純子の背に向けて、こじりがショットガンの引き金を絞る。 レイチェルの糸に縛られ、動く事叶わぬRISAの頭を、あばたのマクスウェルから吐き出された弾丸が砕き散らした。 列車は停まり、戦いも終る。 荒く吐いた息が白く空に溶けて行く。強い疲弊感と共にリベリスタ達が引き上げようとした其の時、 「ちょっと、行く所があるから」 一人、こじりが離れる。怪訝そうな顔をする仲間達の中、何かを察したのはレイチェル唯一人。 何故なら、彼女とこじりは同郷であるが故に。 例え顔は見れなくてもせめて……、そう考えるのは甘くは在れど決して罪では無い筈だから。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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