● フィクサードってのは、ろくでなしだ。 せっかく世界から生かしてもらってるつうのに、自分の私利私欲にしか使わないなんてどうかしてる。 革醒なんかしてしまってごめんなさい、せめて御恩に報いるべく頑張りますってくらい腰を低くして生きていくべきだろう。 俺は、足が速い。 だから、アイツらを狩る。 やっつけてもやっつけても、次々出てくるあいつら。 根絶やしにしてやる。 アタランテども。 『この辺りにはもういないから』 何言ってんだよ。まだウヨウヨいるだろ。 『そろそろ、このチームも解散だね。お疲れ様でした』 疲れてねーよ。これからだろ。 これからも、狩って、狩って、狩りまくらなくちゃ。 連中は、次から次へと湧いてくるんだよ。 歩行者天国にごちゃまんといるんだよ。 餌をまきゃ、すぐ釣れるんだよ。 「違……、あたし、そんなんじゃ、アタランテじゃな……」 この期に及んで命乞いかよ。サイテーだな。 「あと追っかけてきただろうが」 そんな覚悟のねえアタランテは、こうしてくれる。 「お財布、落としたから……」 まだしゃべれんのかよ。 「歩いて十人追い越した男を追いかけてくる女は、アタランテなんだよ。しかも走ってきやがって、出来損ないめ」 今日も俺の正義の刃は冴え渡ってるぜ。 「たすけて。殺される」 ふざけろ、馬鹿。これは、狩ってるって言うんだよ。 ● ゴスロリ服に、超ハイヒール。パラソルがトレードマークだった。 足の早い若い男が大好き。 全力疾走で走る男を歩いて追いかけ、死ぬ寸前まで走らせて、最後には傘に仕込んだレイピアで突き刺して殺してしまう。 りんごを渡すと、ちょっとだけ待ってくれる。 生ける都市伝説。 「人混みアタランテ」というフィクサードが、昨年の夏に倒された。 そして、秋になった頃。 死んだ「人混みアタランテ」は皮一枚残して屍解仙という名のE・フォースとなり、現世に戻ってきた。 リベリスタ達は、それを十数キロの逃避行の末、倒した。 そして、冬。 空席になった神速の具現、最も早い女の称号「アタランテ」を賭けて、啓示や薫陶を受けた女フィクサード達が密かに動き始めていた。 「人混みアタランテ」の真似をして、若い男達を密かに殺し始めているのだ。 その行為を、あるものは速度を鍛えるために鍛錬と言い、あるものは、都市伝説となるための儀式と言う。 アークによって、ジョガー、トリオ、ジュリエッタ、泣きべそが討伐された。 それは氷山の一角。 少しずつ力をつけた彼女たちが、『万華鏡』に映し出され始めていた。 そして、新たな噂。 未熟なアタランテを駆り立て、狩りたてる者たちがいる。 「アタランテ狩り」 都市伝説は、拡大する。 あなたが若い男性なら。 どんなに急いでいても、人混みを早足で通り抜けてはいけない。 アタランテ達に愛されるから。 そして、お前がアタランテなら。 どんなに恐ろしくても、後ろを振り返ってはいけない。 アタランテ狩りと目が合うから。 ● 「だから、モブとはいえ、大根はいらねっての」 「質が悪いっていうか、変質してるっていうか」 「まあ、予想の範囲内かな。実際狩りは楽しいしね」 「味をしめたところで、もう獲物はありませんと言われても、狩人は困るよね」 「狩人が狼になっちゃ本末転倒」 「次に、連中は養殖を始める」 「あ、残念。こいつは、養殖というよりは、代替品を楽しむが正解です」 「代替品で満足してんの?」 「もう、アタランテ狩りとは言えないねぇ」 「哀れ、ただの快楽殺人者となり果てた」 「あ~、イラネ、そんなん。常々言ってんだろ。品格だよ! 俺は登場人物には品を求めてんだよ!」 「大丈夫。無差別世界の味方が片付けてくれるって」 「狩人ランキング上位の粛清を」 「いやぁ、いい世の中になったもんだね。このまま頑張ってもらいたいなぁ」 ● 「『アタランテ』と呼ばれる女フィクサードの絶対数は、減っている」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、無表情だ。 「それも、みんなはもとより、全国各地の革醒者の『狩り』の結果」 イヴの言い回しに、リベリスタは内心首をかしげる。 いつものイヴなら、『全国のリベリスタの努力のたまもの』とでも言うはずだ。 モニターに顔写真。 若い男。 「アタランテ狩り――フィクサード・識別名『デコイ』小田リイチ。本人は、リベリスタのつもりでいるかもしれない」 イヴは、リベリスタとは言わなかった。 「アタランテを狩る楽しさにとり憑かれて、都市伝説に従って女の子を狩っている」 都市伝説。 『アタランテは、歩いて十人を追い抜いた若い男を追ってくる』 「――正確には、いた。さっきも言ったとおり、アタランテの絶対数は減っている。小田の行動圏では「ほぼ壊滅状態といっていい」 真面目な仕事ぶり。 もしくは、執拗な狩猟の結果。 獲物がいないなら、獲物をしたてあげればいい。 「十人追い抜いてる最中、財布を落とすの。小田は」 リベリスタは、怪訝そうな顔をする。 「それ、目に付いたら、追っかけてくるでしょ。心優しい女の子は」 革醒者じゃなくても。 イヴが言わんとしていることを汲み取ったリベリスタは、表情をこわばらせる。 都市伝説の裏を返せばこうなる。 『歩いて十人追い抜いた若い男を追いかけてくる女は、アタランテだ』 そして。 『アタランテは、殺されなくてはならない』 馬鹿な。 そんな訳がない、そんな理屈が許されていいはずがない。 「犠牲者、出てる。何人も」 イヴは、無表情。 「リベリスタとフィクサードの垣根は、みんなが思ってるほどは高くない」 誰でもやり直せる。 誰でもすぐ堕ちられる。 「自分の快楽のためだけに人を殺し続ける者がいるなら、誰かが止めなくちゃいけない」 イヴは無表情だ。 「小田は、狩りに耽溺している。だから、それに乗るようにすれば簡単」 落とされた財布を拾って、小田を追いかければいい。 あとは、小田が、狩人の仕事場――戦いやすいところ――まで誘導してくれる。 正しく、アタランテの真似事だ。 「現場には、犠牲者の情念が凝り固まって出来たE・フォースが数体。こちらも空に還してあげて」 そんなものが発生するほど殺しまくってるってことか。 「万華鏡に引っかかったのは、このE・フォース」 革醒者が一般人を殺すのに、神秘の力は必要ない。 自分たちの無念を形になったのは、皮肉なこと。 「今回の目的は、討伐。これ以上殺させないで」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月17日(木)23:12 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)が、コートに蛍光塗料を吹き付けている。 「これが自身の印だ。この印には攻撃は差し控えてくれたまえ」 小細工大好きプロフェッサーの仕掛けに、リベリスタ達は了承と頷く。 囮役の『硝子色の幻想』アイリ・クレンス(BNE003000)に、リベリスタ一同は、おお。と声を上げた。 銀の髪と青いドレスがトレードマークのアイリが、街を歩けば五人は同じ格好の流行の服を着て、八人は同じ色の髪にしている。 「ドレスは舞台衣装だ」 だから、いつもの格好だ。 「超幻視も用い、一般人に気取られないようにしよう――と思ったのだが、小田には、E能力者だと見抜かれても、構わぬだろう。大切なのは、条件に見合った女を殺すことなのだから」 一同はサムズアップで応える。 それでいい。『アタランテ』 なのだから。 (伝染する都市伝説。それが、狩る側をも狂気を感染させるか 「人混み」は、アイリを切り伏せながらその頬にキスをした。 余裕たっぷりのレイピア。混乱。赤い炎。 身の内を焼いた狂気を覚えている。 (ただ人を殺す怪異ではない。人を怪異として殺す怪異。妄執に取り付かれた、人の世の異物) アタランテに魅せられ、都市伝説に飲み込まれるとは、そういうこと。 ならばその異物、斬り伏せるのみ。 「ヤレヤレ、漸くうちにもお鉢が回って来たかと思ったら、堕ちた狩人の始末に借り出されるとか」 『LowGear』フラウ・リード(BNE003909)の嘆きは深い。 万華鏡に写る「アタランテ」は、数と反比例して強力になっている。 先日の討伐では、大量の怪我人を出したと聞いていた。 (まっ、世間様のアタランテ狩りの実力がどの程度か、此処で一度確かめておくのも悪くないっすよね) 自分は、それを上回る存在になる。 でなければ、最速など夢のまた夢だ。 ● 相手がメソッドどおり動くなら、その行動をトレースするのは簡単だ。 アイリは『落とされた』財布を拾って、小田を追いかけている。 すぐには捕まらない、とはいえ、途中で諦める気にはならない程度の絶妙さ。 確かに、小田は追われ慣れていた。アークのチームも多用する常套手段だ。 こうやって、未熟なアタランテを引きずり回していたのだろう。 「そういや、本当討伐の時も財布落としたよって一般人を足止めしたそうね」 『薄明』東雲 未明(BNE000340)は、以前一緒に組んだその時の足止め担当の話を思い出す。 (フィクサードとリベリスタの間に、垣根なんかないと思う) 未明は、自分の中の薄闇からも目をそらさない。 (あたしの中にもフィクサード的な部分はあるから) 未明は、「人混みアタランテ」に遭遇したことはないけれど。 (その部分がアタランテに、炎の中で笑ってみせたという女の姿に、少しだけ憧れを感じている) (なあ、泣きべそよ。俺様にゃ分かんねえよ) 小田の根城に見当がついた所で、『雷帝』アッシュ・ザ・ライトニング(BNE001789)は先回りした。 眼帯が普段と反対なのは目を暗闇に慣らすためだ。 アッシュも、「人混み」を知らない。 知っているのは、「泣きべそアタランテ」。 生かそうとしたアッシュの前で、自死した女に呼びかける。 (てめえを殺そうとする奴を殺すのなんざ当たり前だ。何で死ななくちゃなんなかった?) 自分を殺しにくるアタランテ狩りを片端から返り討ちにし続けた「泣きべそ」に罪はない。と考えるアッシュには、その死の必然が納得できない。 現にチームにいる『積木崩し』館霧 罪姫(BNE003007)は、元・連続殺人鬼だ。 「アタランテになれなかったアタランテは、死なねばならない」 命も投げ出さなくてはならない鉄の都市伝説だ。 (それが、ルールだっつーならよ。そんな胸糞悪いルール、この俺様がぶち壊してやんよ) 助けられなかった「泣きべそ」 アタランテの犠牲者も、アタランテ狩りも、アタランテを目指す者も。 皆、道に血の帯を描き、もつれあうように坩堝に落ちていく。 (見てろよ、出来損ないのアタランテ。証明してやる。てめえは確かに「速かった」 そいつは間違いなんかじゃなかったんだ) 生きろというアッシュに罵倒交じりにありがとうを繰り返した「泣きべそ」が視界の隅に残っている。 今、アッシュがここにいるのは、速さを誇るためではない。 アイリが「財布落としたぞ」と、声を上げて、廃墟に入ってくる。 千両役者。警戒する革醒者のようだ。 今、君はアタランテ。 アタランテ狩りが、君を、今すぐに狩るよ。 「くたばれ、アタランテ!」 ● 疾風の加護をあらん限りに。 主によく似た蒼銀の剣が、凶器とかみ合い、火花を散らす。 「何のための速さだ? アタランテを殺すための速さか?」 舞台女優・アンリが舞台を踏む。 「アタランテなど、そなたの幻想。罪という名の幻想よ」 だって、アタランテなんて、ここにはいないんだから。 「私は、それごとそなたを斬る!」 小田の目が見開かれた。 自分が罠に嵌められたことに気がついたのだ。 この女は、自分を殺すために、財布を拾ったのだ。 「なんで。俺は善良なリベリスタだぜ? ずっとアタランテをやっつけながら、地道にがんばってきたのに。何言ってんだ、お前。アタランテ」 小田の背後に、アッシュが刺を手に踊り出る。 「なあ、てめえ態と財布落としてたんだってな。だとしたら大層なマッチポンプだ」 リベリスタだのフィクサードだの細けえこたあ良い。 「気に入らねえ、一発殴らせろ」 言葉の粗雑さとは裏腹の、アッシュの放つ、なんて優美な金の飛沫の乱舞。 ● 『死にたくなかった』 それは、啼いていた。 オーウェンに叩きつけられる訴えは、その思考速度を鈍らせる。 善意と命が踏みにじられ、理不尽さに納得できずに残った残留思念。 E・フォースを生成し続けている時点で、小田はかくも罪深い。 (遅い) 片目をつぶるオーウェンの所見は、端的だった。 (……動き、ではない。その頭の回転が遅いのだ) 「悪い」と言わずに「遅い」というのは、優しさか、速さが身上のアタランテ狩りに対する盛大な罵りか。 (獲物が周辺に居ないからと言って代替品に手を出したなら、その狩人の腕は落ちる。腕が落ちた狩人が本物の「敵」に出会ったらどうなるか……見せてあげよう) 爆発する思考の奔流。 小田の理念・手口・更には現時点で予測される「アタランテ」の戦力から小田単独で遭遇した場合どんな風に返り討ちに会うかの詳細なシミュレーションまで。 それは叩きつけられ、痛みを伴うものだったけれど、どうして殺されてしまったのか、何に巻き込まれたのか、理由もわからず殺された残留思念に対する『答え』 「凍らせます。近くに来ないで下さい」 意図的に壁際に吹き飛ばされたヴィクティムを追って、『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)が、倉庫に駆け込んでくる。 オーウェンは振り向きもせず、その場に伏せる。 後は、セラフィーナが巻き込まないでいてくれるのを祈るのみだ。 『こっちに来ないで』 侵入者を拒む真白き闇。 セラフィーナが飲まれた――否、直撃は回避した。 革醒者の動体視力をもってしても見えないから、そう呼ばれるのだ。 「分身」と。 セラフィーナは、驚異的な正確さで、夜明けを銘に持つ刀を振るう。 切り刻まれた『時』が意味を失い、熱を失い、不可触の霧に包まれる。 触れてはいけない。時の流れから取り残されて、凍りつく羽目になる。 人の姿もとどめていない念積体から噴出していくのは、血ではないなら妄執か。 それでも凍りつくことが出来たヴィクティムは幸いだ。 中途半端に斬られた者は、痛みと恐怖の再生をやめられない。 『もう殺さないで』 ただのもやの裂け目なのに、どうして『眼』だとわかるのだろう。 セラフィーナの体を突き抜けていく殺意が、セラフィーナの一部を殺す。 「もう消えなさい、49日なんか待たなくていいから」 未明が、地面を蹴る。 ソードミラージュの持つ軽やかさではなく、弾道弾のごとき空気の妖精。 縛り付けられた情念の塊の有り様さえもつき崩す。 「駄目よ、逃がさない」 罪姫の金色の瞳が、うねるもやを凝視する。 ずっと見つめ続けていたのだ。逃す道理がない。 「貴女は被害者、私達は加害者」 チェーンソー剣の咆哮は愛の囁き。 怖い狩人から離れた所に吹き飛ばしてあげる。 「ね、シンプルで素敵でしょう? 私罪姫さん、今宵貴方を殺しに来たの」 吹き飛ばすわ。狩人が絶対こられない天国までね。 味方の範囲攻撃の巻き添えを避けるために待機していた和人は、最後に倉庫に駆け込んでくると、倉庫の角をキープした。 (今回気を付けにゃならんのは、麻痺で動けなくなる事。とは言え、逃げ場はなしだからな) そして、即座に放たれる凶事払いの光が、真白き闇がもたらした不調を取り払う。 「そういうもんだって分かってても、耳に心地いーもんじゃねーな。分かった分かった、もう少しで解放してやっからさ」 むずがる子供をあやすように、和人はヴィクティムに声を掛ける。 嘆き悲しむヴィクティムの数は減っていく。 残るは、堕ちた狩人だけになった。 ● 罪姫が自説を披露する。 「人殺しは、感情で殺す。殺し屋は、利益で殺す。執行者は、必要で殺す」 罪姫が、小さな白い掌を翻す。 「最後の殺人鬼は? 答えは簡単。殺人鬼は美学で殺す。あなたの殺しには美学がない。だからね、言わせて頂戴、アタランテ狩り」 チェーンソー剣の咆哮。 「罪姫さんが壊してあげる。断って刻んで整えて、綺麗に御片付けしてあげる。あなたは都市伝説失格よ」 その隅っこのモブになるにも、失格だ。 「ふざけるな。俺はセイギの執行者だ」 そう。たしかに小田は優れたソードミラージュだ。今も。 罪姫の間合いに入り込むと、態勢が整わないうちに、エストックを突き込む。 急激な加速が罪姫の足元を鈍らせる。 「俺がアタランテ共を殺すのは、崩界を防ぐため、必要不可欠だ!」 その、本気の叫びに、和人はやれやれとため息をつく。 「本人は未だリベリスタのつもり、か。どんだけ動機が変質しても、そいつにとっちゃ正義の行いなんだから当然だな」 ボソッと、一言付け加える。 「単にそれがアークの正義にそぐわねーってだけで」 セイギの敵は、いつだって別のセイギだ。 「ま、どんな業界でも、欲かいて道踏み外した奴を待つのは粛清だぜ?」 「狩人も堕ちてしまえばただの獣。その堕ちた獣を狩る狩人が存在する事を、アンタは知らなかったのか? 知ったところでコレから死ぬアンタには関係ないかもしれないっすけどね」 アッシュの技に酔った小田が正気を取り戻すまで、フラウは待っていた。 惚けた者を殴っても仕方ない。 「――うちの最速の証明、テメーの身で味わえよ!」 最後の一音が響く前にフラウの姿は掻き消えた。 「どこから……」 疑問が口から漏れた時点で、ソードミラージュ同士の争いは勝敗が決する。 「見えてねーから、負けんだよ」 移動経路が理解出来なかったことが、小田の足を止める。 アタランテとそれに対する者は、戦いのステージを押し上げたのだ。 「遠出して探せばどこかにアタランテはいたはずです。何故、捜しに行かなかったんですか?」 セラフィーナの素朴な疑問の、それが答えだ。 もう、獲物はとっくに小田より強くなったから。 言葉と刃が交錯する。 小田の血と一緒に本音が飛び散る。 詰問するリベリスタの言葉が小田の体と心を切り刻む。 「何故、アタランテ狩りをやめたんですか?」 やめたのではない。やっていけなくなったのだ。 そこで、「普通の」リベリスタに戻ればよかったのに。 「狩りって楽しい? リベリスタの義務感とか正義感とかは抜きにして」 楽しい。 「貴方が狩ってるのは一般人です。そんなに殺人が楽しかったんですか? 答えなさい! フィクサード!」 楽しい、楽しい、楽しかった! 狩りは楽しかった! やめられないほどに! 好きな獲物は、発展途上の、か弱いアタランテ! ああ、一般人と大差ない、目覚めたてのよわっちい奴が最高だ! なぶりごろしにできるから! だったら、一般人でも同じだろ? 楽しいんだよ、狩りはよ! 「アンタ、その程度っすか?」 (だったら大人しく贄になれ。うちはアンタを糧として、最速の座を駆け上ろう) 声に出したら、誰かが気づいたかもしれない。 フラウの物言いは、まるでアタランテのようだと。 「――嫌なら振り切って魅せろ、狩人よ」 二人の未明。 そこに未明がいるのは、ありえないことだ。 「貴方にはできないでしょ? あたしの方が、貴方より早いのよ?」 本体にそっくりの――当たり前だ。恋人の真似などお手の物だ。 分身の片側は僅かに目を見開き、すぐに同じ微笑を浮かべる。 オーウェンという虚像に、未明という本体が追従する。 「そんな……だって、お前……ソードミラージュ?」 未明の手の無骨な刃。取り回される強力な一撃。小田の脳裏によぎる可能性を裏付ける三次元移動攻撃。 トリックを以って、アタランテ狩りの心を打ち砕く。 「逃げたら駄目、狩り場を変えても無駄。きっと見つけ出すから」 必ず殺す。 ここには、フィクサードしかいないんだから。 ● 「チーム組んでたそうだな。その募集、何所でかかった? 何所で知った。このレースの存在を」 (このレースは明らかにおかしい。ただの風聞にしちゃ情報の変化と拡散が早過ぎる。黒幕が居る。それは多分「狩人側」にも一枚噛んでると見た) アッシュは、恩寵にすがり付いて虫の息の小田の襟首を締め上げた。 「フリー同士が組むのなんか、全部掲示板だろ。アタランテサイトだって星の数ほどある。自分たちの縄張りに現れたのを狩るんだよ」 罪姫が笑う。 「これから、指一本動かせなくなるまで吸血してあげる。終わったら意識のある間に足を落とすのよ。次は指。腕。最後が首。でないと悲鳴が上げられないの」 私、悲鳴が聞きたいの。 「殺し愛に、美学は大事よね」 でないと、ただの作業になってしまうもの。 「反面教師にさせてもらうわ。そこまで固執する使命は、俺にゃもうねーけど」 有象無象のアタランテ達に魅了された哀れな狩人。 和人の声が聞こえただろうか。 自分の悲鳴が大きすぎて、それどころじゃなったかもしれない。 (どれだけ駆け上がればうちの求めるアタランテに出会えるんすかね? 尤も速き至高の乙女。最高速の権化よ。お前を踏み越えて、うちは――) 自らを「乙女」と名乗れない限り、「アタランテ」の冠は性別不詳のフラウの頭を飾ることはない。 だから、それを踏み越えなくてはならない。 そのためには、「本当のアタランテ」の出現を待たなくてはならない。 完成形を倒さなくては、「最速の証明」にならない。 そこに至るまで、「アタランテ」はどれほどの血を流すのだろう。 それに拮抗するまで、フラウはどれほどの血を浴びねばならないのだろう。 「この舞台は歪に過ぎる。幕を下ろさせてもらうぞ」 アイリはきびすを返し、舞台を降りる。 未明が、ふと気配を感じたような気がして振り返る。 「観客がいるような気がしたんだけど――」 誰もいない。 「気のせいならそれでいい」 (またどこかから、新しい噂が生まれるのかしら) ● 否。噂は時として、生まれるよう働きかけるものだ。 アーク本部の情報操作用端末。 「アタランテを本当の意味で倒すには噂をどうにかしなきゃいけないよね」 セラフィーナは、キーボードに向かう。 その背後にアッシュ。 「アタランテの情報を纏めつつ、噂をちょっとずつ変えていこう。怪談っぽく、だけど殺人から遠ざかるようにね」 ネットの海に送り出す、新たな噂。 『・アタランテは追いつくと「あなたの足を頂戴と言う」』 『・靴を渡せば「ありがとう」と言って去り、渡さなければ足を斬られる』 駅のホーム、掲示板の書き込み。電子の呟きの中に紛れ込む。 「ネットだとよ。だったらまず、そいつを炙り出す」 アッシュは、ネットに残る『泣きべそ』の噂に顔をゆがめる。 雷帝の手は、電脳の海の向こうまで届くだろうか。 静かな戦いが始まった。 ● 「ずいぶんかわいくされたもんだ」 「アタランテが男の靴集めてどうするよ、くさいっつーの。変質者かよ」 「もう広まってるよ。『靴を要求する』 を打ち消すのは難しいね」 「じゃあ、『私に似合う靴を頂戴』 にしちゃえ」 「『気に入られなければ、アウト』にしませんか」 「いいね、女の子のわがままはかわいいね」 「なかなか絶望的な条件だけどね。常日頃女物の靴を持ち歩いてる男ってどんな人生送ってんだよ」 「サイズあわなきゃ、アウトだしな」 「ほとんど満たせない条件ってのは、怪談に付き物さ」 「足は、『もう走れないように』 って、理由がついてる」 「足が速いやつが走れないようにって、下手に死ぬより辛くね?」 「民衆は、更なるドラマを待ち望んでいるのさ」 「そろそろレースも佳境だ。新たなアタランテを見守ろう」 「本物も、パチモンも見たことないけどな」 「アタランテは、都市伝説だから」 「フィクションを楽しみましょう。このサイトで語られる全ては、現実の個人、団体とは一切関連ありません」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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