●二度と聞けない声……。 最初は、喉だった。声帯に悪性の腫瘍が見つかったのだ。幸い、命に関わるほどの物ではなかった。 しかし、腫瘍を取り除いた際、彼は声帯を失った。彼の声は、二度と出る事はなくなった。 命を取り留めたものの、しかし彼は絶望した。彼の夢は、歌手になることだったのだから。 だけど、彼は声を失った。人工声帯で得た声は、とてもじゃないが歌を歌えるようなものではなかった。 彼は、病魔によって夢を奪われたのだ。 それ以来、彼の人生は真っ暗闇の中を彷徨うかのようなものに、一変する。夢を無くし、希望もないまま、彼はどこへも辿り着けないまま、毎日を無為に、無気力に過ごした。 それから1年、彼は再び病魔に侵された。1年前に、彼の声を奪っていったものと同じ種類の腫瘍が、今度は身体の各所に発見されたのである。その中には、心臓も含まれていた。 余命半年。医者が彼に告げた、残酷な現実。 夢を奪われ、もうじき命も無くそうとしている。 彼は絶望し、病院を抜け出した。向かった先は、街の外れの廃ビルだ。彼がまだ歌を歌えていた頃は、よくこのビルの屋上で、歌を歌って過ごしていた。そんな思い出の詰まった場所だ。 さして高いビルではない。階にして、5階ほど。 1年ぶりくらいにビルの屋上に昇り、彼は夕陽を眺めた。山の向こうに沈んでいく夕陽。夕陽に向かって、歌を歌おうと口を開く。 しかし、口から洩れたのは空気の漏れるような掠れた音だけ。 もう歌えないのだ。 彼は、目を閉じると屋上から飛び降りた。最後に一度、歌いたいと、そう思いながら。 彼は地面に激突し、全身の骨は滅茶苦茶に折れた。しかし、彼は辛うじて生きていた。歌を歌えず、死ぬ事も出来ず、苦しみ……。 そして、彼は覚性する。 自我を手放し、地面から立ち上がった彼の背には、真っ白い翼が2枚、生えていた……。 ●セイレーンは月夜に歌う……。 「ノーフェイスと化し、彼の自我は失われた。だから、すでに彼の名を知る事は無意味……。セイレーンと、そう呼ぶ事にする」 悲しそうに目を伏せて『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が、そう呟いた。モニターに映るのは、夜の廃ビル。その屋上。月を背に翼を広げる、半人半鳥の彼の姿。 月に向かって、彼は歌う。 「セイレーンは、ビルの屋上で歌っている。彼の歌声は、破壊の声。放ってはおけない」 今はまだ、月夜に歌っているだけだが、自我を失った彼がいつ、街へと出て人に害を成すようになるかは分からない。 「また、セイレーンの分身体である白い鴉が6羽ほど、ビルの周囲を飛びまわっている。白い鴉たちは、それぞれセイレーンの元となった『彼』の未練を歌っているみたい」 正直、あまりいい気持ちにはならないだろう……と、イヴは言う。 それだけ、強い未練を残し、彼は死のうとしたのだろう。 「音による状態異常と、音波による攻撃、それから鴉による強襲に気を付けて」 そう言って、イヴはモニターを消した。 行ってらっしゃい。 囁くようなイヴの声が、作戦室に響く……。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:病み月 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月14日(月)23:04 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●悲しい歌 冷たい風が吹きすさぶ。風に混じって、聴こえてくるのは歌だ。悲しみ以外排除したような、そんな歌声。歌の出所を探してみると、それは廃棄されたオフィスビルの屋上からだということが分かる。 月明りに照らされ、浮かび上がるその影は、大きな翼をもった人のそれ。 悲しい歌を歌い続けるそれは、夢を失くし、希望も失った1人の少年の慣れの果てだった。 ●月夜に歌う…… 「哀しい歌は、哀しい歌は、あんまり聴きたくない、かな」 ビルを見上げ『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)が、寂しそうに目尻を下げる。辺りに響く歌声は、美しく、哀しい。 その声に指揮されるように、ビルの周りを巨大な白鴉が旋回していた。そのうち1羽がリベリスタ達を見つけ急降下してくる。風を切る羽音と、強い風圧。鋭い嘴を大きく開き、呻き声のような鳴き声を漏らす。 「自分の体がままならなくなりゃ、絶望の1つもしちまうだろうな」 仲間たちを押しのけるように前に出たのは、狼顔の巨漢『レッドサイクロン』武蔵・吾郎(BNE002461)だ。剣を振りあげ、白鴉の射線上に飛び出した。 「不気味な声出すんじゃねぇよクソ鴉!」 真っすぐに突進してくる鴉に向け、剣を振り下ろす。剣と、鴉の嘴がぶつかって、火花を散らす。鴉の突撃に押され、吾郎の体が、一瞬宙に浮いた。鴉の突撃を喰いとめる事には成功したものの、勢いが強すぎて止めきれないでいる。 ずる、と吾郎の足が滑る。 「……朽ちよ」 その一言と共に、吾郎の背後から槍が突き出された。槍を放ったのは『Friedhof』 シビリズ・ジークベルト(BNE003364)だ。力強い一撃が、鴉の首を叩く。突進を止められ、鴉はその場を離脱しようと羽ばたき、宙へと逃げる。 しかし、それを追って数発の光弾が宙へと放たれた。光弾は、鴉の進路を塞ぐように宙を舞い、その片翼を撃ち抜いた。 「我が魔力、活殺自在」 光弾を放ったのは『破壊の魔女』シェリー・D・モーガン(BNE003862)だ。白髪を風になびかせながら杖を掲げ、にやりと笑う。更に、バランスを崩した鴉に向かって跳びかかる影が1つ。 「なにはともあれ、お仕事だ」 牙を剥き出しにして笑う『続・人間失格』紅涙・いりす(BNE004136)が、バランスを崩した鴉の背に飛び乗った。逆手に持ったナイフを、鴉の翼に突き立てる。両の羽を失った鴉が、地面に落ちる。いりすが鴉の背から飛び降りるのと同時に、鴉に迫る吾郎の剣。流れるような斬撃の嵐が、白い鴉を赤く染めていく。 「屋上か……?」 鴉が動かなくなったのを確認し、『Brave Hero』祭雅・疾風(BNE001656)はビルの上階へと目を向ける。鳴り響く歌声の主セイレーンと、残り3羽となった白鴉達が見える。 どうやら、今襲ってきた一羽は力試しというか、偵察が目的だったようだ。それが退けられたのを見て、警戒しているのだろう。残り3羽の白鴉が、耳触りな声で鳴く。 一方で、セイレーンにとっては侵入者や外敵の存在などどうでもいいのか、気にした風でもなく歌い続けている。 「歌う喜びが溢れるその声が、どうしてこんなに哀しく聞こえるんだろう?」 寂しそうに目を伏せて『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)は、首から下げた十字架を握りしめる。 「屋上へは階段で向かいましょう……。まぁ、最後に夢に憑り付かれたのは幸か不幸か」 人間は夢が無きゃ生きていけませんからね、と、そう呟いて『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)は、ビルの中へと足を踏み入れた。 「………絶望したか、全てに」 ビルに入って暫く、シビリズが言葉を漏らす。固いコンクリートの壁を挟んでも、セイレーンの歌声は耳に届く。高らかに歌い続ける歌。歌を失った少年が、全てを捨ててやっとのことので取り戻した歌だ。本来ならば、喜びに溢れたものになるであろうその歌も、しかし、感情すら失くしていては……。 誰の心にも届かない、ただの音と同じだ。 明りのない真っ暗なビル。懐中電灯や暗視ゴーグルで道を確認しながらリベリスタ達は歩いていく。 「暗視で安心………………………………。忘れよ」 つい口を滑らせた、と言った具合にシェリーが呟く。もっとも、すぐに自身の発言に頬を赤らめ、撤回するが、時すでに遅い。隣を歩いていたいりすが、牙を剥きだしにしてにやりと笑う。 そろそろ、ビルも半分ほど昇り終えただろうか。鴉による追走を警戒していたが、今のところその予兆はない。或いは、屋上で待ち構え、迎撃するつもりだろうか。セイレーンにとっては、8人の存在などどうでもいいのだ。ただ、歌いたいだけなのだから。かつての彼が抱いていた嘆きや悲しみ、そういった負の感情は、全て白鴉に受け継がれている。分身体、なのだ。負の感情を引き受けた、分身体。 「この先、壁が壊れているみたいだな」 千里眼を使っていた疾風が、そう呟く。その言葉通り、数十秒も進むと、階段上部から月明りが差しこんでいる。吾郎を先頭に、階段を上がる8人。 「奇襲を警戒しとかなきゃな」 注意深く、壊れた壁から覗く外の様子を観察しながら、階段を上がっていく。一番後ろを歩いていたウェスティアが、壊れた壁の前を通過した……その時。 「うわっ!」 思わず悲鳴を上げる。壁の向こうに突如現れた、白い鴉と目が合ったのだ。鴉が嘴を開くのと、ウェスティアが魔導書のページを繰るのはほぼ同時だった。 鴉の喉から、不気味な声が漏れる。ビリビリと空気を震わせて、脳に直接響く怨嗟の声に、ウェスティアが顔をしかめた。ウェスティアの膝が崩れ、床を叩く。 「……最後を、静かに送ってあげるくらいしか私達に出来ることはなさそうだね」 脳裏に叩きつけられる、恨み辛み、悲しみ、憎しみ、絶望の声。気が狂いそうになるそれらの想いに耐えながら、本に手を翳した。ジワリ、とウェスティアの手から血が滲む。滲んだ血液は、すぐに黒い鎖へと形を変えて、壁の向こうへと飛び出していった。 決壊したダムのよう、とでも言うべきか。無数の鎖が、濁流のように鴉に迫る。鎖が鴉を捕らえ、壁の内側へと引き込んだ。 「ごめんね」 一足飛びに、階段を飛び降りるアンジェリカ。鋼糸を展開させ、踊るような動きで鴉を切り裂く。攻撃を終え、背後に下がるアンジェリカ。入れ替わるように、モニカが前へ。対戦車ライフルに似た大型の銃を鴉へと突きつける。 「翼っていうものは自由への渇望の典型ですよね」 機械化した右腕で、銃の引き金を引く。爆発じみた音と共に、大口径の銃弾が放たれる。一拍遅れて、空になった薬莢が床に転がる。埃と煙が舞い上がる。 煙が晴れた後には、頭部と片翼を撃ち抜かれた巨大な鴉の死体が転がっていた。 「歌はいい。歌と酒があれば生きていける。もっとも、小生は飲めないし、飲んだことはないが。命をかけるのも、解らんでも無い」 太刀とナイフを両手に持って、屋上の出入り口に耳を近づけるいりす。扉の向こうに鴉とセイレーンが待ち構えているのだろう。戦の気配に、いりすはニタリと微笑んだ。 「ふん。自我なき歌など、奏者の居ない楽器と同じだな」 杖を掲げて、シェリーは言う。8人それぞれが、武器を構え、戦闘の用意を整える。ウェスティアの周囲に、無数の魔方陣が展開した。 「やるせねぇ話しだ……ったく」 剣を手に、吾郎は言う。扉に手をかけ、強く押す。軋んだ音と共にドアが開き、歌声と月明りが差しこんでくる。 「よく生きた。だが、悲しい歌はもう止めよ」 槍を手にしたシビリズが、屋上の端で歌うセイレーンを見据えそう告げる。 「恨んでくれても構わない、変身!」 床を蹴り、弾かれたように疾風が駆けだす。瞬時にAFから展開させた装備と武器を見に纏う。片手にナイフ、片手に銃を握りしめ、疾風がセイレーンに跳びかかった。 だが……。 「うおっ!?」 左右から突撃してきた白鴉に阻まれ、足を止める。翼に打たれ、疾風の体が床に倒れる。追撃、とばかりに襲い来る鴉の嘴を受け止めたのは、吾郎とシビリズだった。鴉を抑えている2人の頭上を、いりすが跳び超えて行った。歌うことに夢中で、こちらのことなんて視野に入ってすらいないセイレーンに、背後から切りつける。 「未練で歌う歌も悪くない。人は感情の生き物で、歌は心で歌うモノだ」 振り下ろされる太刀とナイフの刃が、一瞬で赤く染まる。翼の根元を刃が切り裂く。セイレーンの歌声がピタリと止まった。 ぎろり、と鳥に似た感情の窺えない目がいりすを捉える。嘴を開き、セイレーンが空気を吸い込んだ。 叫ぶような声と共に、衝撃波が放たれる。いりすの体が宙に浮き、入口付近まで弾き飛ばされた。飛ばされて来たいりすをモニカが受け止める。 「傍迷惑なブレーメンですよね」 注意しましょう、と対戦車ライフルを構えるモニカ。引き金に指をかけたまま、セイレーンに狙いを定める。集中力を極限まで高めているのだろう。頬を汗が伝い落ちる。 攻撃の気配を感じたのだろうセイレーンが、ふわ、っと宙に舞い上がった。このまま逃げるか、位置をかえるつもりなのだろう。そうはさせるか、とばかりにいりすが駆けだす。 「私がいくよっ!」 いりすを追い越して、ウェスティアが飛び上がる。セイレーンが嘴を開き、甲高い声で高らかに歌い始めた。セイレーンの周囲に光が瞬く。歌声に操られるように光がウェスティアへと襲いかかる。 「その白を黒に染めてやろう」 シェリルがそう言うのと同時に、紫電が宙を駆ける。歌声による攻撃を阻み、セイレーンへの道を開いた。衝撃に煽られ、多少よろけながらもウェスティアがセイレーンの元に辿り着いた。 セイレーンの眼前で、血で作った鎖を展開する。セイレーンはそれを避け、高度を下げた。血の鎖がセイレーンの後を追いかける。いりすとアンジェリカがセイレーンの進路を塞ぐように屋上を駆けまわる。 「ボクも貴方と同じだよ。歌うことが大好きなんだ。だから本当は再び声を得た貴方にずっと歌わせてあげたいけど……」 自我を失ったセイレーンに、こちらの言葉は届かない。その事が分かっていても、アンジェリカはそう告げずにはいられなかった。優しさからか、それとも助けられないことへの謝罪の気持ちからかは分からないが、どちらにしろセイレーンに言葉は通じない。 アンジェリカの鋼糸と、ウェスティアの鎖がセイレーンの脚を捕らえた。 次の瞬間、轟音と共に放たれた死神の魔弾がセイレーンの片翼を撃ち抜いた。血を撒き散らし、白い羽毛を赤く染めるセイレーン。何度も大きく呼吸を繰り返し、モニカが銃口を下げる。 翼を失い地面に降り立ったセイレーンが、ゆっくりと立ち上がる。 セイレーンの口から、静かな歌声が零れる。ゆったりと、聴く者の心を落ち着かせるような声だ。 その歌声を聞き、いりすが耳を抑える。同時に、ウェスティアとアンジェリカの体が、地面に倒れ込む。体が痺れ、動けないのだ。翼を失い、傷つけられても尚、セイレーンは歌い続けることを辞めようとはしないのだった。 ●あの歌をもう一度 「その翼は手に入れちゃいけないもんだった。歌声もな」 白鴉を抑えながら、その背後で歌うセイレーンを見据え吾郎が言う。静かに歌うセイレーンによる攻撃で、数名の仲間がダメージを受けているようだ。しかし、助けにいきたくても白鴉を抑えているため、そうもいかない。 「回避しきれずとも、動きさえ止められなければ問題ない」 逆に言うと、動きを止められてしまうと色々と面倒なのだが。苦笑いを浮かべたシビリズが、槍を旋回させる。全力で振り下ろした槍が、白鴉の背を叩きつける。 鴉が、地面にぶつかりおおきく跳ねあがる。嘴を開き、人間のような呻き声をあげる。ひどく醜悪なその光景に、思わず鳥肌が立つ。人の形をしていないものが、人の声を出す、というのは異様なことだ。 「倒れるわけにはいかないんでね」 よろけかけた体を、ギリギリで立て直し槍を掲げる。シビリズの槍が強い光に包まれた。突き出された槍と、突進してきた白鴉の嘴が交差。鴉の首筋と、シビリズの肩の両方から血が飛び散った。 「お前らみたいのなのが増えても、嫌だろ?」 一方、吾郎ともう一羽の鴉にも動きがあった。 吾郎が、剣を振り回す。斬撃の嵐から脱出する為に白い鴉が宙へと舞い上がる。鴉の翼が吾郎の体を打つ。剣と翼の激しい応酬。 「……っぐ!?」 ふいに、吾郎の動きが止まった。みると、身体のあちこちが凍りつき始めていた。ギシ、と凍りに包まれた拳が軋んだ音を立てる。鴉の突進をその剣で防ぐものの、床に倒れる吾郎の体。鴉の動きは止まらない。 「ちぃっ!!」 追い打ちをかけるように空中で旋回し、急降下してきた鴉を受け止めたのは疾風だった。 ナイフと銃を左右の手に持ち、大きく広げるようにして二羽の鴉の嘴を止める。 「後は任せろ!」 受けたダメージを、回復し戦線に復帰した疾風が仲間に代わって前に出る。 「すまんな。頼む」 シビリズが、麻痺した仲間の治療にその場を抜ける。鴉の脚を掴み、疾風はそれを床に叩きつけた。 「せめて安らかに眠ってくれ。悲しい歌は歌わなくていいんだ」 再び、二羽の鴉が宙に舞い上がる。それを真正面から見据え、銃とナイフを構える疾風。武器に紫電が纏わりついた。鴉と疾風の体が交差し、その翼とナイフがぶつかり合う。紫電と、白い羽が飛び散って、夜の闇を白く染め上げる。 激しい打ち合いの末に、二羽の鴉は力を失い屋上から落ちていった。それを見届け、疾風はそっと目を閉じる。最後まで歌にすがった少年の、その深い悲しみを悼むように……。 静かに奏でられるその歌は、悲しい竜と少年の歌だ。ウェスティアとアンジェリカの体の自由を奪い、なおも歌い続ける。シビリズが、2人を安全な場所まで退避させたのを見届けていりすが屋上のフェンスに足をかける。 「アンビエントな歌は終いにしよう」 シェリーの放った魔弾が、セイレーンに襲いかかる。魔弾の爆ぜる轟音が、セイレーンの歌を掻き消した。歌の邪魔をされたセイレーンが飛び上がろうとするが、その為の翼はすでにボロボロだ。僅かに宙へは浮くものの、それだけ。 「あっは!」 フェンスを蹴って、いりすが跳ぶ。赤く染まった刃を振りあげ、切りかかる。セイレーンが、荘厳な歌声でそれを迎え討った。管弦楽器にも似た歌声が、いりすの体を撃つ。軽い酩酊感を感じたいりすがよろけるが、ハイバランサーで強化されたバランス感覚でもって体勢を立て直す。 しかし、その時にはすでにセイレーンは背後へと大きく下がった後だ。 「でかい割によく飛びまわりおってからに!」 素早く駆けるセイレーンを追って、シェリーの視線が走る。杖を掲げたのと、セイレーンの嘴が大きく開かれるのはほぼ同時だった。衝撃波がシェリーに襲いかかる。魔弾を撃ち砕き、シェリーの体を弾き飛ばした。 更に衝撃波を放とうとしたセイレーンの眼前に、いりすが回り込む。ナイフを嘴の間に突き立てる。嘴が切れて、鮮血が宙を舞った。セイレーンが、悲鳴のような声をあげながら翼を振り乱す。弾かれ、いりすが倒れ込んだ。セイレーンの猛禽類にも似た鋭い爪が、いりすを襲う。床を転がり、それを回避するいりす。脇腹を裂かれ、血の跡を残す。 大きく息を吸い込むセイレーン。衝撃波を撃とうとしたその時、空気を裂く音と共に大口径の銃弾がセイレーンを襲う。銃弾を放ったのはモニカだ。セイレーンの口の中で爆ぜた弾丸が、その喉を潰す。 「もう音楽自体嫌いになりそうですよ」 硝煙を上げる銃口を下げ、モニカはそう呟いた。セイレーンが喉を抑え、呻く。血を吐きながら、それでもなお歌おうとするセイレーンに向け、シェリーが魔弾を放った。 「許せ、拙い手向けだ」 先ほどセイレーンの歌っていた歌を、小さな声で口ずさむシェリー。それに合わせるように、セイレーンが掠れた歌声を紡ぐ。シェリーの魔弾がセイレーンの翼と肩を撃ち抜いた。シェリーの体が、麻痺して崩れ落ちる。 「生憎と葬送曲だのは知らなくてね」 血の跡を残しながら、いりすが起き上がった。落ちていた自分のナイフと太刀を拾い上げ、セイレーンに駆け寄る。筋肉の収縮に合わせ、いりすの脇腹から血が噴き出した。痛みに顔をしかめながらも、いりすはセイレーンの正面に辿り着く。赤く染まった刃をセイレーンへと突き出す。 「だから、覚えておいてやる。君が歌っていた曲を……」 セイレーンの胸を、2本の刃が貫いた。 セイレーンの口から血が零れる。感情の色を失ったその目から涙が溢れる。次第に色を失っていくセイレーンの瞳。命が尽きるその瞬間まで、セイレーンは歌を歌おうとし続けた……。 アンジェリカが、セイレーンの遺体を抱きしめ涙を流す。 その隣ではウェスティアが静かに歌を歌っていた。歌のことはよく分からないが、その歌をモニカは優しい歌だと判断する。 「悲し過ぎる」 耐えきれない、という風に疾風がそう呟いた。吾郎とシビリズも、やりきれないという表情を浮かべ、空を見上げる。綺麗な月夜だ。 月を見て、歌いたくなるのも解る、とシェリーは思う。 屋上に散らばった白い羽を拾い上げ、いりすはそれをそっとポケットに仕舞った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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