● 「黄咬兄さん、そろそろ到着です」 大型バスを運転する部下の一人、火吹の呼び掛けに、座席で熟睡していた黄咬・砂蛇(こうがみ・さじゃ)が目を開く。 「お前よ。もうちょい気使って遠回りするとかしろよ。俺が今日の為に何体の砂人形作ったと思ってんだ?」 顔の傷を指でなぞり、強い口調で吐き捨てる砂蛇。 けれど寝起きで不機嫌そうな砂蛇にも火吹は臆した様子も無く、 「兄さんの体調とか眠気とかどーでも良いんです。俺は早く蝮の大事な14歳の和風美少女を味わいたいんですよ」 ヴォルケイノの異名を持つ魔術師の火吹は、一見丁寧な優男風だが非常に性への欲求が強く、そして其の矛先は10代前半の女子に対して向く。 このロリコンが、と苦笑いする砂蛇からも、寝起きの不機嫌さは消え、寧ろ部下の大胆な物言いに気を良くしたらしい。 「砂の兄弟はGoサインさえ出してくれればそれでええわい。後は俺等が全部ぶっ潰したるけ」 袋に詰めた石をスナック菓子の様に口に放り込む固太りの男は、岩喰らいの匡。 「小娘の指を切って毎日一本ずつ蝮に送りましょうよ? どんな顔をするのか楽しみだわぁ」 紅一点であるvirusのミヤビに、 「温いな。それでは御守りにでもされるか埋められるだけだ。どうせ送るなら串を打って焼いてから送れば良い。上手くすれば泣きながら貪る蝮が見れる」 斬鉄の刃金が応じる。 最後に同僚達の発言にも反応を見せずにただ一人沈黙を守るのは夜駆けのウィウと呼ばれる暗殺者だ。 ひとりひとりが相応の実力と、そして自分と同じ方向の心意気を持つ頼もしい部下達を見回し、砂蛇は満足げに頷く。 「ハッ、愉しむ程度は良いけどよ。てめぇ等程々にしとけ? 上には生きて引き渡さなきゃ駄賃が出ねぇんだからな。じゃあ火吹、パーティ開始だ」 笑いながらも釘を刺し、砂蛇は眠気覚ましの栄養ドリンクを音を立てて啜る。砂蛇が制止役と言う異常な光景も、この面子の中では別段珍しいことではない。本当の危険人物、砂蛇の思い描くあるべき姿のフィクサード達の集まり。 そして頷く火吹がアクセルを踏み込み、最大速力となった大型バスはフィクサード6名と砂人形18体をあわせた乗員24名と共に、純和風の邸宅・関東仁蝮組の(元)組長邸の門をぶち破る。 ◇ 「若頭には通じたか?」 爆発音が轟く中、部下達の指揮を取る河口は、僅かな希望を込めて傍らの岩井を振り返るが、 「ダメだ。恐らく何らかの妨害を受けている」 携帯を懐にしまった岩井は首を横に振る。戦局は仁蝮組の圧倒的不利となっていた。 不意に門を破り邸宅に突っ込んできたバスに対し、常日頃から有事の備えを怠らなかった関東仁蝮組の面々は直ぐに邸宅中から集まりこれに対処しようとする。 けれど今思えばその動きの素早さこそが戦局を不利にした最大の要因だったのだろう。まさか無数の銃弾が打ち込まれるバスから飛び出してきた黒服達が連続して自爆する等誰が想像し得たのか。 これにより大きく戦力を損ねた仁蝮組は、其の後にゆったりと出て来たフィクサード達に対抗する力を残していなかった。 この不利を覆しうる手段はただ一つ。アークに対して作戦行動中の蝮原を呼び戻す事だったのだが、当然の様に其れも襲撃者達には対策されていた。つまり襲撃者達は蝮の不在を知っているのだ。 そして巻き起こるは殺戮の砂嵐。ならば犯人足りえるのはただ一人。 「河口さん、岩井さん、あいつ等の狙いが私なら、何とか話をつけるから、皆を引かせて。……私を行かせてよ」 そんな中、強い口調で願い出たのは関東仁蝮組先代の孫娘『相良・雪花』だ。 例えお願いと言う形であれど、彼女……『お嬢』の言葉は河口や岩井にとっては天からの命令にも等しい。 けれども、河口と岩井は知っていた。今襲撃を仕掛けて来ている敵にお嬢が捕らわれれば、彼女の身にどんな残酷な運命が待ち受けているかを。そしてそれが蝮原咬兵にとっても破滅の運命を導く要因となる事を。 「駄目です。俺等は若頭からお嬢の身を任されました。お嬢は俺達に若頭からの信頼を裏切れと、男としての誇りを捨てろと、仁義に泥を塗れと、そう、仰るんですか?」 河口は首を横に振る。雪花は唯の一般人の身ではあるが、それでも幼い頃から男達の背中を見て、男達の背中に守られて、生きてきた。 そんな彼女が河口の中に見た物は、強い覚悟。 「……河口さん。約束して。絶対に死んでは駄目よ」 岩井に導かれ、邸宅内へと避難する雪花に、河口は黙って背を向ける。 ◇ 「……やはり裏切り者は貴様か」 戦いの趨勢は既に大方決していた。仁蝮組の生き残りが未だしぶとく抵抗を続けてはいたが、指揮を取っていた河口は刃金の手で四肢を切られた姿となって砂蛇の前に転がっている。 「裏切るも何も、テメー等とお友達だった覚えなんてねぇよ。それより判るだろ? 俺等の目的はお前等の大事なお人形だ。呼べよ。大声で泣いて呼べば楽に死なせてやるぜ?」 地に伏す河口の背を砂蛇は踏み躙る。血を失い、四肢を失い、戦う力を失った河口だったが、それでも彼の誇りは折れず、失われていない。 「好きに嬲れば良い。……覚悟は既に決めてある。だが、こんな暴挙を上が、……組織連合が見逃すと思うのか?」 薄れる意識を気力で支え、河口は疑問を口にする。 ただそれは、好奇心からの質問ではなく、砂蛇が自分の相手をする時間が長くなれば長くなるほど、岩井とお嬢に魔手が迫るのを遅らせられると考えての言葉だ。 「……上、ね。つーかこんな危ない絵図を俺が一人で描くわけねぇだろう? こっちも上の指示さ。テメー等とは違う上のな。つうか組織同士が本気で連携してるとでも思ってたか?」 ずぶり、と河口の背に砂蛇の投げた、猛毒のナイフが突き刺さり、 「俺を恨むなよ? 恨むなら連携なんて言葉を信じて隙を見せたテメーのマヌケな上司を恨みな」 顔の傷を指でなぞった砂蛇は、ナイフの柄を足で踏みつける。 そして遮る者の居なくなった邸宅内に踏み込んでいく襲撃者達。 ● 「此処までが万華鏡の捉えた、避けようの無い未来」 集まったリベリスタ達に、『リンク・カレイド』真白イヴ(ID:nBNE000001)が告げる。 「今回皆にお願いしたいのは、……この中のお嬢と呼ばれていた『相良・雪花』と言う少女を救い出す事。 イヴはほんの僅かに言い淀みを見せる。 「何故フィクサードの、蝮原咬兵の関係者を救わなければならないか? って想いは当然あると思う。けれど、この少女自体は何の力も立場も無い唯の一般人」 イヴと、リベリスタ達の視線が絡み合う。 「勿論最終的にこの依頼を受けるかどうかの判断は皆に任せられるけれど、このままだと一人の少女が確実に不幸になる……だから、お願い」 下げられたイヴの頭に送られ、リベリスタ達はブリーフィングルームを後にする。 戦場資料 戦場1:邸宅前。突き破られた門の内側。広い庭になっており、大型バスが一台止まっている。戦闘勃発中。 戦場2:邸宅内。豪邸と呼ぶべきサイズの純和風邸宅。正方形をした1階建ての建物で、中央には中庭がある。雪花を連れた岩井が襲撃者から逃げている。 襲撃側資料 F1:黄咬・砂蛇。砂潜りの蛇と呼ばれるフィクサード。今回の襲撃側フィクサードのリーダー。能力は砂の結界、砂の盾、猛毒をナイフに付与する蛇の牙、砂人形作成操作自爆等々。詳しくは『<相模の蝮>血染めの砂嵐』にて記載。 F2:火吹。ヴォルケイノと呼ばれるフィクサード。特殊な能力としては敵全体に業炎効果付きの火炎攻撃(神)のスキルを持つ。他の能力はマグメイガス。 F3:匡。岩喰らいと呼ばれるフィクサード。特殊な能力としては、舌につけたピアス型アーティファクト『ロックイーター』の効果で、食べた岩や石を、己の意思で体表を纏う鎧と化せる事。拳も岩を纏うのでで攻撃力も増す。物、神双方に対して極めて高い防御力を獲得する他、砂蛇の砂の結界のデメリットや砂人形の自爆の影響を受けなくなる。他の能力は覇界闘士。 F4:ミヤビ。virusと呼ばれるフィクサード。特殊な能力としては半径1km以内の全ての通信(携帯やテレパス等種類を問わない)の全てをジャミングする結界を張る事が可能なアーティファクト『孤独』の一つ、首飾りを持つ。他の能力はホーリーメイガス。電子の妖精も所持。ちなみにvirusとはコンピューターウイルスの意。 F5:刃金。斬鉄のと頭に付けられる人斬りにして鍛冶師のフィクサード。特殊な能力としては相手の防御力を無視した近距離斬撃技『妖しの刃』を放つ。他の能力はソードミラージュ。 F6:ウィウ。夜駆けと呼ばれる暗殺者のフィクサード。特殊な能力としては1ターンに1度影に潜る事で攻撃を完全に回避する事が可能なアーティファクト『影潜りの腕輪』を所持。ただし能力発動の度にEPが削れる。他の能力はナイトクリーク。 残った砂人形×6。詳しくは『<相模の蝮>血染めの砂嵐』にて記載。 仁蝮組資料 M1:河口。蝮直属のフィクサード。既に死亡。詳しくは『<相模の蝮>キケンタチイリキンシ』にて記載。 M2:岩井。蝮直属のフィクサード。邸宅内で雪花を連れて逃げている。詳しくは『<相模の蝮>キケンタチイリキンシ』にて記載。 M3~:仁蝮組構成員。生き残った構成員の大半は邸宅外で砂人形や刃金と交戦中。人数は不明。戦況は敗北寸前。 個々の行動としては、ミヤビが邸宅前のバスの中で待機(ジャミングしながら)。同じく邸宅前で刃金と砂人形6が仁蝮組構成員と戦闘(ほぼ沈静化しつつありますが)。刃金は戦闘で傷を負うとその都度ミヤビの癒しを飛ばしてもらっています。 火吹とウィウがペアで邸宅内を探索。ウィウは気配遮断や物質透過を使って潜みながら火吹をガードしています。 砂蛇と匡もペアで邸宅内を探索。匡が前衛で砂蛇を守る布陣です。 岩井と雪花は邸宅内を逃げていますが、徐々に追い詰められつつあります。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年06月30日(木)02:29 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 「アンタ、それがオレにとってどんな意味を持つか、……わかって言ってるのか?」 開かれた扉の向こうに立つアーク職員に対し、九条は眉を顰めて聞き返す。 頷く職員が九条に提示した用件は二つ。釈放と、その条件としての依頼。 一刻を争う事態の為、既に出発した『メタルフィリア』ステイシー・スペイシー(BNE001776)や『一人鳥人間コンテスト』鳳 天斗(BNE000789)等の「九条を開放して自分達への協力を依頼して欲しい」と言う要請に対し、アークは許可の判断を下した。 だがそれは九条にとってはアークの人間達が考えるより遥かに重い意味を持つ。 敵の手に落ち、無傷で解放されて更にその手助けをしたとなれば、事実や事情はどうあれ、九条は命惜しさに敵に与した男と見做される。 裏の世界に九条の居場所は無くなり、彼のプライドにも大きな傷が付くだろう。それどころか嘗ての仲間達から裏切り者として刃を向けられる可能性すらある。 他の世界で生きる術を知らぬ男に、アークは其れを要求すると言うのだ。 けれど九条はリベリスタ達から貰ったタバコに火をつけ、薄っすらと笑む。 彼の好む銘柄では無かったが、これはこれで悪くは無い。 「ああ、いいぜ。差し入れの恩も返さにゃならんしな。それに……」 マムシに報いる術がまだあると言うのなら、この身を泥に沈めるのも悪くは無い。 ● 「昔は関東随一の武闘派と謳われた仁蝮組も……、存外に下らんな」 仁蝮組の組員の胸に刺し込んだ刃を、ぐるりと捻り刃金は呟く。 血反吐を吐いて絶命した組員の身体に足を乗せ、引き抜いた刃を眺めるのは鍛冶師としての目だ。 並みの鍛冶師は刀を打てばそれで完成としてしまうが、刃金は少し違う。刃金が創りたいのは妖刀であり、その完成には刀に人の血を、命を吸わせねばならない。 既に幾本もの妖刀を裏の世界にばら撒いて来た刃金だが、その創作意欲は未だ衰えず、 「ふむ、完成は近いか。出来ればこんなゴミでは無くもう少し上質な贄を食わせてやりたい所なのだが……、貴様等はどうであろうな?」 ほぼ沈静しかけた戦場に投入された新たなる火種、大型バスが突き破った後の正門を抜けてくるリベリスタ達五名を見やり、刃金は呟く。 唸りを上げ、無数の弾丸が邸宅前の戦場に降り注ぐ。刃金に、大型バスに、そして仁蝮組の組員を撲殺していた砂人形達に。 けれど不思議な事に地面に倒れた組員達の周辺は綺麗にその攻撃範囲から逸らされており、 「あの胸糞の悪い作戦で、阿徒と吽母の二人は誇りに賭けて子供達を助けようとしてくれたよ。だったら私達は私達の誇りに賭けて一般人『相良・雪花』を助ける」 戦場に高らかに響く『だんまく☆しすたぁ』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)の宣言。 これは二人への恩返しで、砂蛇への意趣返し。奮われるは虎美の最大火力であるハニーコムガトリング。 更に、 「ぬしらそれでも蝮の子飼か? 意地を見せよ」 癒し手の身でありながら危険を冒して前に飛び出た『傲然たる癒し』ゼルマ・フォン・ハルトマン(BNE002425)の詠唱に応じ、天より回復の福音が地に伏す組員達に降り注ぐ。 大半の組員は既に事切れており回復の効果もあらわれなかったのだが、それでも2人の組員が不意に和らいだ痛みに疑問を抱きながらも身体を起こす。 けれどそれは大きな、そして危険すぎる賭けでもあった。確かに仁蝮組の組員からの信を得る為にはこれ以上無い行動ではあるのだが、高速戦闘を得意とするソードミラージュの刃金の前に癒し手たるゼルマが身を晒す危険性は語るまでも無いだろう。 次の瞬間、他の追随を許さぬ神速の踏み込みでゼルマへ肉迫した刃金の連続攻撃、ソニックエッジの刃が2度、ゼルマの身体に対して煌めく。更に連続行動での、今度は防御を無視する彼の必殺技『妖しの刃』でもう一撃。 都合三度の斬撃は、けれどもゼルマの肉体を捉えることは無かった。何とか間に滑り込み、その身を盾としてゼルマを庇ったステイシーが身代わりになった為である。しかしそのツケは大きく、ステイシーは二度、限界を超えて踏みとどまった。 既に奇跡は使い果たした。一度は運命を代償とする覚悟さえあれば越えられる壁。けれど残りの一度は何ら保障のない薄い隙間を潜らねばならなかったのだ。強い意思を持ってこの任務に挑んでいるステイシーとは言え、次を喰らえばもう一度踏み留まる事は不可能だろう。 けれど、それでもステイシーは刃金に対して叫ぶ。 「ねぇ鍛冶屋さぁん。熱々を硬ぁく打ったそれで、ぶっ刺して切って裂いて貫いて愛してぇぇんっ!」 下品だが力強く。己が魂を込めて。その瞳に、退く事の無い覚悟を湛えながら。 ● 邸宅前で虎美のハニーコムガトリングがぶっ放された頃、館を挟んでその真裏の塀の上にリベリスタの別働隊の五人が現れる。 その中に、眉根を寄せて邸宅を睨みつける『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)と『不機嫌な』マリー・ゴールド(BNE002518)の二人の姿があった。 二人は別に不機嫌や豪邸に対する嫉妬で邸宅を睨み付けているのではなく、……まあマリーに関してはその称号の通り気に食わない出来事には不機嫌さを隠そうとしないので判別は難しいが、『イーグルアイ』と『透視』を組み合わせる事で邸宅内部を見通す為、瞳に神経を集中していたのだ。 この状況に最も適した能力である『千里眼』と違って見透かせる障害物は1枚だけだが、擬似千里眼とも言うべき能力の組み合わせと、そしてその使い手が二人も居る贅沢さを持ってリベリスタ達の別働隊は想像以上に速やかに雪花と岩井を発見する事が出来た。 岩井と雪花が居たのは、かつて精鋭達が集い、関東仁蝮組先代の声を聞いた広間だ。正面の入り口から見れば最奥にあたるその場所に二人は逃げ延びていた。 打つ手の無い岩井が無意識に縋ったのが、過去の栄光の記憶だったのだろう。逆に言えば、過ぎ去ってしまった物に、無意識とは言え救いを求めてしまう程に彼等は追い詰められていると言う事だ。 良く様子を観察すれば、雪花に心配をかけまいと気丈に振舞っているものの岩井の身体は浅からぬ傷を無数に負っており、雪花も傷こそは負っていないが、その顔には疲労の色が濃い。 襲撃側のフィクサード達の姿は、残念ながら壁一枚しか見通せぬ今の彼等には見つける事は叶わなかったが、その為の探索に拘り時間を割く愚をリベリスタ達は犯さない。 塀の登り降りに使うロープはそのままに、雪花達の居る最奥の広間を目指して邸宅内へと踏み入っていく五人のリベリスタ。 けれど、偶然とは言えあまりに早く雪花達を見つけてしまった事と、フィクサード達を見つけ切れなかった事、この二つの要素は物語を一気に加速させ、邸宅前と邸宅内の時間に、リベリスタ達の想定とは違う大きなズレを作る結果となってしまう。 ● 邸宅前の戦闘は序盤、フィクサード側の圧倒的優勢に進んでいた。 その要因は一人バスに陣取り高い視点を確保していたミヤビにある。高所から打ち下ろされる高火力の神気閃光、そして刃金と砂人形をも纏めて回復してしまう天使の歌の福音は、圧倒的な脅威となってリベリスタ達を苦しめた。 一体いかなる存在がミヤビに加護を与えていると言うのだろう? 神気閃光のダメージに伴うショック状態を一度受けてしまうと、次は刃金はおろか砂人形からの攻撃ですら避ける事を困難にし、間に立とうと見下ろされている為に視線を防げず全ての回復が素通りとなってしまう。まあもっとも、激しく動き回る戦闘中に限れば、間に立った程度で視線の全てを遮る事など不可能に近しいのだが。 この状況を打開したのは、『イケメンヴァンパイア』御厨・夏栖斗(BNE000004)と『原罪の蛇』イスカリオテ・ディ・カリオストロ(BNE001224)の、砂蛇とは深い因縁を結びながらも敢えて邸宅前の抑えに回った二人だった。 バスの窓から戦場を見下ろすミヤビに対し、イスカリオテの高威力のピンポイントが正確に窓を通して撃ち込む。更にその攻撃を避ける為にミヤビが窓から顔を引っ込めた瞬間、駆け出し、砂人形達の間を抜けた夏栖斗がバスの扉を蹴破りその内部へと踊り込む。 「ご機嫌麗しゅう、おっぱいの大きなお姉さん。……でも、アンタは好みじゃないかな」 何時もと変らずどこかおどけた、けれどその内側には静かな怒りを秘めた夏栖斗の拳が、まるでその怒りを体現するかの様な青白い高温の炎に包まれる。 「あら、哀しいわねぇ。お姉さんは君みたいな可愛い坊やは好みダケド、まぁ坊やの本命は砂蛇ちゃんだもんねぇ。流石にアタシじゃお尻は満足させてあげられないかしら?」 クスリと笑うミヤビが詠唱を開始し、空間に魔法陣が描かれていく。 バスの外では、虎美のハニーコムガトリングとイスカリオテの神気閃光が砂人形の群れを押し返し始め、刃金を必死に食い止めるステイシーの傷をゼルマが天使の息で癒し、少しでも倒れるまでの時間を稼ぐ。 双方が共に損害を出さずには終えられぬ戦局。この戦いは、先に数を減らされた方が敗北する。 ● 大勢の人間が近寄って来る気配に、岩井は静かに息を吐き銃を構える。 岩井の気配が変った事に気付いた雪花の唇が固く結ばれる。本当は言ってしまいたい。「岩井さん。私を置いて逃げてよ」と。 一人でならば逃げ切れる力を持つ筈の男が苦境に立たされているのは、何の力も無い自分が足手纏いである為だ。 悔しい。足手纏いにしかなれない自分が悔しい。けれど、その言葉を吐く事だけは許されない。 自分達を逃がす為に残った河口を思えば、そして今また、自分の為に命を張ろうとしている岩井を思えば、自分だけが犠牲になれば良いなんて言葉は彼等の想いから逃げる言葉でしかないから。 握り締めた拳に、頬を伝った涙が落ちる。 「咬兵さん……、ごめん」 唇から漏れた言葉に込められた感情は、哀しみと諦め。 だが開かれた襖の向こうから現れたのは、雪花はおろか、岩井ですらも想像の埒外であった者達。 「やはり此処か。俺達はアークのリベリスタだ。貴方達を守りにきた!」 厳しく引き締められてはいても、どこか優しさと頼もしさを感じさせる快の顔。部屋に入ってきたのは五名のリベリスタ達だ。 想像とは余りに違う人物達の登場に、頬の涙を拭う事すら忘れ呆然とする雪花。だが岩井は違う。 「アークだと? そんな馬鹿な。何故お前達が俺達の争いに首を突っ込む!」 相模の蝮こと蝮原咬兵が、正に今攻撃を仕掛けている筈のアークに所属するリベリスタの登場に、事情を知る岩井が警戒を解ける筈も無い。 けれどそんな岩井の疑念に満ちた言葉を一刀の元に切って捨てたのは、『ナイトビジョン』秋月・瞳(BNE001876)だった。 「違うな。フィクサードから一般人の少女を守る。……何時も通りのリベリスタの仕事だ」 何ら気負う事の無い、瞳の、本当に心の底から出た言葉。 フィクサード達の思惑や、裏の事情等は一切関係ない。リベリスタは、人を守り、世界を守る。救えぬ命も数あれど、それでも彼等は人と世界の為に力を奮う。 あまりに素直な瞳の物言いに、銃を構えた岩井の腕が下がる。それは裏の世界に生きる者にとっては眩しすぎる理屈だから。 未だに事情が掴めず呆然としたままの雪花に、無造作に近寄ったマリーが、 「唯の自己満足だろ」 雪花の頬を拭い、自分の帽子を彼女に被せる。彼女は未だに自分が戦う理由が、自分なりの正義が見えて来ない。素直になれなかったり、照れくさいのもあるかも知れない。けれど本当に判らない。何でこの世はこんなに理不尽なのだ? だから戦う答えの見出せぬ彼女が此処に居る理由は『自己満足』だ。でも、マリーが雪花を救いたいと思う気持ちに嘘は無いから。 「それはお守りだ」 守って見せると誓いを込めて。雪花の唇が綻び、顔を薄っすら赤く染めたマリーは視線を逸らせる。 「お前らにとっての最悪は、お嬢を人質に組が誰かさんの走狗になる事。俺らにとっての最善は、お前等を助けて貸しを作れる事。お互い損はない、だろ?」 気持ちを語る他の仲間達とは違い、天斗は単純に岩井に対して利を説く。元より他に選択肢は無いのだから。 「この状況で敵を増やす無意味さくらい……分かるだろう? 私達は助けに来たんだ」 岩井の迷いに止めを刺したのは、『消えない火』鳳 朱子(BNE000136)の、何処か暴力的ですらある含みを持たせた言葉。けれど其れは、裏の世界、暴力の世界に生きてきた岩井には何より判り易い物だった。 「……判った。俺はどうなっても構わない。お前等の手で裁くと言うなら裁きを受けよう。だから頼む。お嬢を助けてやってくれ!」 岩井にオートキュアーの治療を施そうとするマリーに対し、岩井の口から懇願が漏れたその時、パチパチと部屋の外から拍手の音が聞こえて来た。 ● 幾度目かのマジックアローの直撃を受け、夏栖斗の身体が前のめりに倒れて行く。 けれど倒れ切る前にミヤビに襟首を掴まれた夏栖斗は地面にぶつかる事は無く、ミヤビの細腕によって吊り上げられる。 「意外と梃子摺らせてくれたわぁ。でも殺さないから安心して頂戴ねぇ。坊やはとっても気に入ったからぁ、私のペットにしてあげるぅ」 笑うミヤビは、意識を失った夏栖斗を静かに横たえると、彼のシャツを引き千切り、その顔に、身体に、舌を這わせる。 それは外での戦いに刃金が敗れる訳が無いとの、ミヤビの仲間に対する強い信頼と理解を示すと共に、夏栖斗との戦いが自分でも抑え切れぬ程にミヤビを高ぶらせた事を表していた。 「坊やはもうアタシのものよぉ。砂蛇ちゃんにだって触らせないんだから。坊やは彼女は居たの? こんなに可愛い顔だものきっと可愛い彼女が居たわよねぇ。でも駄目よ。貴方はもう私の物なんだから。嗚呼、でもその彼女を捕まえて、坊やの前で他の男達に嬲らせるのも良いわねぇ。そしたら坊やもわかるわぁ。坊やは私の物になったんだって」 ウットリと夢見る様に、留まる事無く喋るミヤビの言葉。けれど、その言葉に意識を失った筈の夏栖斗の指がピクリと動き、ずぶりとミヤビの胸を手刀が貫く。 「……え、ぼ、坊や?」 呆然と呟くミヤビと、意思の力で無理矢理身体の活力を取り戻して眼を開いた夏栖斗の視線が絡む。 意識を失って居ても聞き逃せなかったのは果たして誰に対する危機か。萎えた筈の四肢が力を取り戻したのは、果たして誰に対する想い故か。 「男の子はさ、女の子を守るから、……男の子って言うんだよっ!」 ミヤビの胸を貫いた腕から真っ青な炎が発せられる。ミヤビは、荒い息を吐く夏栖斗の顔を眩しそうに、そしてその後ろに居る見えぬ誰か、男の子が守ろうとする女の子を羨ましそうに見詰め、炎に包まれ事切れた。 一方その頃、外での戦いにも決着が付こうとしていた。 ステイシーが、そして彼女に守られていたゼルマが、刃金の刃に掛かり地に倒れたのだ。ゼルマも一度は運命の力で踏み留まったのだが、白兵戦闘には向かぬ癒し手の哀しさ。幾度も耐え続けれよう筈もない。 先に数を減らしたのはリベリスタ達。けれども、戦場には更なる異変が起きる。虎美やイスカリオテの全体攻撃を浴びながらも二人に対して攻撃を加えて居た砂人形達が、突如彼等に背を向け邸宅へと移動を開始したのだ。 それは砂蛇が邸宅内で戦闘に突入した事を意味する不吉な合図であったが、同時にリベリスタ達にとっては大きなチャンスでもある。傷付いた砂人形の見せた無防備な背中。それは高い攻撃力を持つ彼等が一気に砂人形を掃除し切るまたと無い好機。 砂人形達も消え、戦場に残ったのは唯3人。イスカリオテ、虎美、そして刃金。刃金とて、二人の全体攻撃を幾度と無く受け、その身には浅からぬダメージが蓄積されている。 だがそれでも刃金は己の勝利を確信していた。この戦いの勝利を握る鍵となるのは距離。遠距戦を得意とする二人に対して刃金は近接戦闘を得手とする。距離を詰める前に刃金が撃ち倒されるか、倒れる前に距離を詰めて刃金が二人を斬るか。そして刃金は速度に関しては二人の追随を許さぬソードミラージュ。 けれども刃金は一つ、否、二つの見落としをしていた。ステイシーとゼルマ、この二人は既に戦う力を失い、戦場から脱落した身ではあったが、未だ命を保ち、そして尽きぬ戦意を保っていたのだ。 駆け、必殺の一撃を叩き込む為、刃金が自慢の足に力を込めたその時、 「もっと愛してぇぇんっ!」 「唯の一人とて欠ける事は許さぬ。妾の誇りに賭けてじゃ!」 指先一つすら動かす力の残らぬ筈の二人が、それでも魂の底からの咆哮をあげる。 二人の存在を完全に脳内から消していた為、二人の声と闘志に驚愕し、咄嗟に振り向き構えてしまった刃金を、冷静に狙いを定めたイスカリオテのピンポイント、そして虎美の1$シュートが貫いた。 ● 「おーおー、感動的だねぇ。だが、無意味だ。俺が居る限りお前等に先はねぇよ。お前等じゃ俺には勝てない。其れはお前なら判ってるだろう? なあ、朱子ちゃんよ」 拍手をしながら現れたのは、砂潜りの蛇こと黄咬・砂蛇と、岩喰らいの匡だ。 「でもお前等には感謝するけどよ。ほんっと、道案内ご苦労様だ。こんだけ大勢でぞろぞろ集まってくれりゃ~、探すのも随分楽だったぜぇ?」 ケラケラと笑う砂蛇に対し、前に出て構えたのは砂蛇の能力に対して耐性を持つ快と朱子。 けれどもそんな二人の前には匡が進み出、 「砂の兄弟。そろそろこいつ等殺してええかの? 喋くりは見とって飽きるわ」 その身体が瞬く間に岩の鎧に包まれる。その異様な迫力を醸し出す巨体に全員の注意が集まった時、けれど一人、ビーストハーフである天斗だけが別所から発生した、自分達に向けられた殺気に反応して警告の声を飛ばす。 「奇襲だっ!」 天斗の声が広間に響いた瞬間、別の襖を蹴破って部屋へと乱入した男、ヴォルケイノの異名を持つ火吹が、パチリと指を慣らす。そして広間は地獄の業火に包まれた。 すぐさま瞳が天使の歌を使用して仲間達のダメージを少しでも軽減しようと癒すが、ドサリと人の倒れる音がする。 倒れたのは既にダメージの蓄積していた岩井だ。火吹の、わざと雪花を巻き込んだ全体攻撃に対し、岩井は火吹の狙い通りに雪花を庇い、そして力尽きた。 そして次の瞬間、床からするリと抜け出した黒衣、夜駆けのウィウが雪花の真後ろに現れ、彼女の身体を抱え込む。 痛恨の出来事に思わず歯噛みする天斗。雪花を護衛対象と決めていた、不意打ちに強いビーストハーフの彼がウィウの行動に割り込めなかった理由。一つは火吹の攻撃で広間中に熱が広がり、彼の熱感知が上手く働かなかった事。そしてウィウの行動が、天斗に対してでは無く雪花に対して、しかも雪花を挟んでウィウが天斗の逆側に気配も無く出現した事だ。 けれどその行動に対して最も素早く立ち直り、そして行動出来たのはやはり天斗だった。スローイングダガーを振り被り、投擲の体勢に入った彼を、仲間達は当然ウィウに対して雪花を取り戻す為に攻撃を仕掛けるのだと思っていた。 しかし本当の天斗の狙いは違う。天斗は誤射に見せかけ、攫われてしまえば厄介な火種としかならない雪花を始末する心算だったのだ。 あまりと言えばあまりに非情な天斗の判断。アークの指令である『雪花の救出』には完全に反する行為ではあるが、天斗がその考えに至ってしまったのにも理由はある。 組織としてのアークは大の為に小を切り捨てる性質を持っており、リベリスタも感情はどうあれ切り捨てるべきは切り捨てる事を要求される事の多い存在だ。 普段の任務で心を殺し続け、痛みの余りに感情が麻痺してしまったリベリスタなら、後の大きな犠牲を防ぐ為に雪花を切る考えに至るのも無理は無い。 非情ではあっても、間違っていると完全には言い切れない天斗の行動。その行動の真意に気付いたのは、自分に対して殺気を向けられなかったウィウ。天斗の殺気を浴びて気を失った、狙われている当人である雪花。……そして、 スローイングダガーが放たれようとした瞬間、ガシリと天斗の足が掴まれ、スローイングダガーは狙いを逸らし、雪花を僅かに掠め傷つけただけに終わる。 天斗の足を掴んだのは地に伏した岩井だ。フィクサードにも色々と居るように、リベリスタにもまた色々な者が居る。アークと言う組織に関しての知識を持つ岩井は、彼に対して利を説いて来た天斗に気を許していなかったのだ。利を説くものは、利が無くなればその態度を変える。フィクサードとしては当たり前の心構え。信が無いからこそ、天斗の動きの真を見抜く。 だがそれはウィウにとっては絶好の逃走の機会に他ならない。襖を突き破って部屋を抜け出したウィウの後を、……だが追わせまいと砂蛇が、匡が、火吹が次々に攻撃を仕掛けてくる。 「おい火吹、匡。こいつ等は『八人組』だ。別働が奇襲を狙って来るから注意を怠んな。特に火吹、テメーは直ぐ油断しやがるからな!」 ● 勝利に終った邸宅前の戦闘。しかしリベリスタ達の状況も非常に厳しい物となっている。 ステイシーとゼルマは力を使い果たして意識を手放していたし、意識こそは保っているが、夏栖斗の傷も何時倒れても可笑しくない程深い物だ。勿論イスカリオテや虎美も少なからぬダメージをその身に蓄積させている。だが、今この場には動ける癒し手が存在しない。 残された力を振り絞り、アークの本部に対して、そしてある作戦に参加している筈の一人の女の子に対して、連絡を取る夏栖斗。その女の子が参加する作戦もまた、夏栖斗のそれと同じく命を賭ける覚悟を必要とする作戦だ。 けれどその行動によって夏栖斗は知る事になる。彼と、彼女の間に存在する溝、『孤独』が一つでは無かった事を。一つは彼自身の手によって取り除かれたが、もう一つの孤独は未だ健在である事を。 絶望的な状況。けれど、事態は彼等に休息を許さない。何故なら、消し去る前の砂人形の動き、そしてジャミングが消えて使用可能となったトランシーバーから漏れる戦闘音は、邸宅内部の状況が急を要する物となった事を示したからだ。 痛む身体を引き摺って邸宅を目指す三人。だが矢張りと言うべきだろうか、夏栖斗が膝から崩れ倒れ伏す。無理に動いた為に先程の戦闘での傷口が広がってしまったのだ。 援軍としては戦力が不足しすぎてしまった邸宅前のリベリスタ達。 その時、唸りを上げて一台のバイクが仁蝮組(元)組長邸の門を抜ける。 新手のフィクサードか! と傷をおして構えを取るリベリスタ達を手で制し、バイクを降りヘルメットを脱いだのは矢張りフィクサード。ただし、 「九条!」 その姿は彼等の見知った物だった。 「その様子を見るとギリギリか。さて、じゃあもう一度華を咲かせに行くぜ」 ……遅咲き気味だがな。と付け加え、地に転ぶ夏栖斗に自分の上着をかけたフィクサードはリベリスタ達と共に邸宅内へと踏み込んでいく。 ● 「はーはっはっはー! 脆い脆いのぅ!」 「なぁ、其処の金髪の美少女ちゃん。もう諦めて寝てなよ? 俺だって殺さない様に手加減するの難しいんだぜ? ちゃんと後で持ち帰って可愛がってやるからさ」 奮われる岩の拳、飛び交う炎。吹き荒れるフィクサード達の馬鹿げた火力に、クロスイージスの快ですら、仲間を庇い切れず深過ぎる傷に一度は運命を代償にした。 必死に天使の歌で仲間達を支える瞳自身も、蓄積したダメージが限界に近付きつつある。 そして少し離れた場所では、砂の結界に仲間を巻き込まないよう、朱子がたった一人で砂蛇と切り結んでいた。 「お前には覚悟がない。戦う明確な目的を持たないからすぐ退けるように一歩引かずには敵と向き合えない。だから私の命にさえ刃が届かない」 砂蛇を食い止める事が可能なのは、朱子を除けば快だけだ。けれど仲間達を縦横無尽に庇い続ける快があちらの戦線から退けば、仲間達はあっと言う間に崩壊するだろう。 其れ程までに厳しい戦力差。故に朱子はジリ貧と判りつつも、砂蛇を引き付ける為に言葉を吐く。 思えば砂蛇とこうして相対するのも2度目。前回も切り抜けたのだから、今回も決して不可能ではない筈。 ブロードソードを握る手に力を込め、オーララッシュを放つ朱子。……けれど、 「わかってねぇなぁ、朱子ちゃんはよ。俺ぁ単にお前に興味が無いんだよ。お前の剣からは何にも伝わってこねぇ。つまんねぇんだわ」 剣をナイフで弾いた砂蛇は、逆に朱子の身体をナイフで切り裂く。 「あのカマっぽい神父の蛇やあの闘士のガキはおもしれえ。だがな、朱子ちゃん。お前ぇはさっぱり判らねぇよ。本当に俺が憎いのか? 何か俺の前に居てもお前は別の誰かを見てねぇか?」 二度、三度と煌めくナイフ。あの時は、あの小学校で相対した時は此処までの実力差は無かった筈なのに。本当はあの時手を抜いていたとでも言うのか! 「確かに俺の能力はテメェにゃ通じねぇ。けど前も言ったよな。お前が俺の相手をするにはそれでも10年はえぇってよ」 差し込まれるナイフに、崩れ落ちる膝。怒りと共に奮われた朱子の反撃は、それでも砂蛇には届かない。 「おっと、今のは悪くねぇ。俺を殺したいって気持ちが伝わってきたぜぇ。で、さ……、朱子ちゃんよ。物は相談なんだけどさ。……こっちに、来ねぇか?」 突然真顔になった砂蛇の物言いに、意味が判らず朱子は一瞬硬直する。 「色々酷な事言ったけどよ。お前の憎しみは正直悪くないわ。我慢すんなよ。吐き出せよ。手伝ってやるぜ。お前はもっと強くなる。俺が強くしてやる。なぁ、もう一度聞くぜ。こっちに、来ねぇか?」 朱子の頬に砂蛇の手が触れ、けれどその手は朱子によって振り払われた。 「ふ、ふざけるな! 一方的に弱者を踏み躙って来たお前なんかと、私を一緒にするな!」 切っ先を向けられ、砂蛇の表情が僅かに寂しそうに曇る。けれど、次の瞬間には元の、へらへらとした笑みが戻り、 「そっか、しゃあねえ。じゃあ、……もう死ねよ」 砂蛇の猛撃が始まった。 ● 幾度と無く深手を負い、その度に運命を乗り越える力で踏み留まるリベリスタ達。けれど其れにも限界があり一人二人と倒れる者が出始め、リベリスタ達に敗北と言う名の終末の足音が聞こえ始めた時だった。 イスカリオテの神気閃光が、虎美のハニーコムガトリングが、砂蛇と匡、火吹の3人に降り注ぎその動きを止める。そして、 「恩義を並べるのは貰った差し入れが多すぎたんで省略するが、その恩義に報いる為に、敢えて歩くは外道を葬る修羅の道! 『菊に杯』九条・徹。咲かせて魅せるぜ喧嘩の華を。酔わせてみせるさ仁義の酒で」 鉄棍を片手に広間へと踊り込んだ九条が、その背の刺青を晒して見得を切る。 「くぅぅぅぅじょぉぉぉう!? テメェ、捕まってた筈だろう。一体何処から湧いて出やがっ……ヌガッ!?」 驚きに、その心に隙の出来た砂蛇に、イスカリオテが渾身のハイテレパスを用い、自身の脳裏に描くイメージを叩きつける。 そしてそのイメージとは、『イスカリオテに砂蛇が犯されている』イメージだ。以前の借りを返すかの様に、砂蛇の心を陵辱する原罪の蛇。 「私と貴方では、攻め受けが逆でしょう。身の程を知りなさい」 蛇同士の間では、性別が如何とかよりもどっちが上に乗っかるかの方がより重要な問題らしい。 呆然とそのイメージを受けていた砂蛇は、けれどイスカリオテの言葉に噴出す。 「くはっ、やっぱテメェは良いわ。滾って来る。そろそろ飽きたし帰ろうかと思って居たが、良いぜ。もう少しだけ遊んでやるよ」 最後の火種が放り込まれ、大きく弾けた戦場。 唯一人頑丈過ぎる鎧を纏った匡を除けば、誰もが無事では居られない程に激しい戦いが吹き荒れる。 リベリスタ達も立っている者の方がずっと少なくなってしまっていたが、砂蛇もまた運命を消費して踏み止まらねば倒れていた程の傷を負っていた。 そして、……火吹と、火吹が執着心を示したマリーとの戦いの決着が、この戦いその物の決着となった。 「……くっ、はっ。なぁ、そろそろ本当に諦めないか。お前を庇ってた男も倒れたしさ。何処から見ても勝負ありじゃないか。監禁はするけどさ。でもちゃんと愛情は注ぐし、そんな嫌がるもんじゃないと思うんだけどさ?」 傷口を押さえ、荒い息を吐きながらも火吹は、幾度目すら忘れた降伏勧告をマリーに送る。 火吹の言う通りに仲間を庇い耐え続けた快は崩れ、瞳も倒れた為に回復ももう飛んで来る事は来ない。 それでも無言でグレートソードを構えるマリーに、火吹は溜息交じりに詠唱を開始する。 突っ込んでくるマリーに対し、ほんの僅かに先んじて完成した火吹の詠唱。けれど火吹本人も驚いた事に、火吹は僅かに魔法を放つ事を躊躇った。 放てば勝てる。しかし、この魔法から彼女を庇う者は無く、回復も得られていない彼女の残り体力で、この魔法に彼女の命は果たして耐えうるのか? 最初はその容姿からの執着だった。けれど戦いを重ねる間に火吹はこの少女の頑なさや、そのひたむきさに興味を抱き始めていたのだ。 ズブリ。根元まで突き込まれたグレートソードは火吹の肋骨を砕き、心の臓を貫いて逆側へと抜ける。 マリーを抱き締めるかの様に火吹の両腕が回され、そして火吹の命の炎は消えた。 「戦いは躊躇えば負ける。お前は私よりずっと強かった筈なのに、お前は何に躊躇ったのだ?」 彼女の身体を火吹の血が濡らして行く。物言わぬ骸は、彼女の問いには答えない。 そして彼女もまた最後の力を使い果たし、火吹の重みを支える事すら出来ず、諸共に地に伏す。 「……火、……吹? おい、待てよ。テメェが死んだら幾ら報酬受け取ったって勘定がアワネェだろうがぁっ。おい! 起きろ! 俺が、この黄咬・砂蛇が呼んでるんだぞ! 答えるのが義弟の義務じゃねえか!」 火吹の元へ歩み寄ろうとした砂蛇の膝がガクリと崩れる。咄嗟に支えた匡は砂蛇を担ぎ上げ、 「いかんわ。砂の兄弟。無理するな。此処は引き上げじゃ」 戦いの余波で出来た壁の穴を潜り、走り去る。勿論匡とて火吹の死に何も思わぬ訳ではない。 砂蛇が自分を兄弟と呼ぶ事を許したのは火吹と匡のみ。その片割れが欠けた事は匡にとっても大きな衝撃だ。けれど片割れを失ったからこそ、猛る砂蛇を止めれる者が自分しか居ない事も匡は理解していた。 リベリスタ達にとって、足の遅い匡に追いつく事は難しい事ではない。けれど、追いついたとしても匡を倒せるだけの力を残している者が一人も居ない現状。全員が等しく満身創痍となっている。 ● 「…………」 事切れる寸前の岩井の口元に耳を近づけていた九条が頷き、岩井の瞳を閉じさせる。 そして手を合わせた後に岩井の懐から九条が取り出したのは携帯電話。そしてそれは操作された後に、唯一人自分の足で立っていたリベリスタ、結城・ハマリエル・虎美へと手渡された。 『蝮原咬兵』の名前が画面に表示された携帯電話と、丁度その頃に解除された2つ目の孤独。 長すぎる戦いの結末は、……。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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