●ビデオ・メッセージ 『よー、リベリスタの皆様ちゃん! 今日も寒いね! お元気してるぅ?』 モニターに大映しになった若い男の顔がブリーフィングのリベリスタ達に酷く友好的な声を投げかけてきた。男の見た目は『都会の駅前に深夜赴けばたむろをしているような』ある種の軽薄な人種のものである。しかし、実際の所を言えば彼がそんな『見た目の印象』を律儀に守る人間ではない事をこの場の誰もが知っていた。 『何だか態々イタリアから悪趣味なオトモダチが遊びに来たらしーじゃん? 俺様ちゃん、ショック! アークの皆に浮気されちゃってハイパーショック!』 『Oh、傷心の京ちゃん! 乙女心は複雑ゥ!』 モニターに映る彼とは『別の声』が合いの手を入れていた。 黄泉ヶ辻京介とそのアーティファクト『狂気劇場』は――ここまで見れば十分だろう。『今度こそ見た通りの』人物である。日本フィクサード主流七派『黄泉ヶ辻』を統帥する彼は国内でBIG7と称される七柱の一人で――狂人である。 最も忌むべき組織と目される『黄泉ヶ辻』の中でも最大級の狂気と悪意を抱く彼の本質はフレンドリーな口調で無駄口を並べる『おしゃべりなスピーカー』からは程遠い。厳密に言えば『それだけではない』。 「よっし、じゃー、本題といこっか?」 リベリスタがいい加減うんざりして届かない言葉を――「何の用だ」と零し掛けたその瞬間、『モニター以外の場所』から京介の声が響いてきた。 反射的に思わずぎょっとしたリベリスタに『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア(nBNE001000)がひとつ目配せをした。彼女の視線の先にはモニターに『彼の映像を移している』ディスクが格納されている。アーティファクト『狂気劇場』は超遠隔射程で都合の良い分身を作り出すようなアイテムである。詰まる所、アークに届けられた『それ』は京介の支配下にあったという話である。宛名が確認されるなり、ブリーフィングに運ばれる前のディスクがこのアシュレイにより物理的、魔術的に厳重に封印されていたのは間違いなくその辺りが理由になる。 「うん、直接喋る方がやっぱいーね」 『モニターの俺様ちゃんも無視しないでよ!』 「はいはい、ごめんね。でもやっぱサプライズって大事だし」 『予め用意していた自分』と漫才を始める『声』にリベリスタの腹が煮える。明るく楽しく元気良く、京介の告げる情報が『本人以外の誰かにとって幸せなものになる筈が無い』のに、何も悪びれていないのが悪魔が悪魔たる所以である。 「これでもねー、今日はいい話を持ってきたんだよ」 「……聞かせて貰いたいもんだ。たまには『いい話』を」 「オッケー。任しといて!」 安請け合いした京介はご機嫌そのものといった風である。 ブリーフィングの重苦しい空気に一切構う事は無く、良く回る舌がぺらぺらと言葉を紡ぐ。 「皆、最近は『楽団』との戦いで大変でしょー? 俺様ちゃんのトコも一二三ちゃんトコもバリバリ動いてるし。満身相違に気力も限界! このままじゃ僕達死んじゃうよ! ってさ! そこで俺様ちゃん考えました。お疲れの皆でもゼンッゼン苦労しないで『リベリスタ』出来る方法を。名付けてジャジャン、京介ゲイム!」 京介がそこまで言うとモニターに映る画面が丁度切り替わった。京介のアップから――見慣れない何処かの体育館に。 「……これは……」 体育館の中央には『十一個』の大きな『箱』がしつらえられている。 透明な――強化プラスチックか何かだろうか――厚手の板に囲われた箱の中には黒い箱が設置されており、老若男女歳も姿格好も人数さえもバラバラに『誰か』が閉じ込められている。 「黄泉ヶ辻のお仕事はー、面白くないこの世界をもっともーっと面白くしちゃう事。で、アークとかリベリスタって誰かを助けるのが仕事じゃん? そこで俺様ちゃん考えたのでした。 俺様ちゃんも楽しくて、アークの皆も『納得』いくやり方を!」 壮絶なまでに走る『嫌な予感』にリベリスタは口を開かなかった。 用意周到に拉致監禁までは『神秘に拠らぬ手段』を用いたのか『現時点までに神秘事件に対応する為の万華鏡』は事件を先行予知していない。つまる所それが意味するのは『京介ゲイム』の発動自体は止まらないという『決定事項』である。 「俺様ちゃん、選ばせてあげる」 「……」 「プレイヤーは『十人』のリベリスタ。回答権は一度ずつ。 参加してくれるなら――誰を助けるか、選ばせてあげる。 『選ばれないのはたった一つだけ』。いい? 重要だからもう一度言うよ。 『死ぬのはゲーム全体で一つだけ』。『全部でたった一つだけ』。 正義の味方は傷一つ負う事無く『悪の京介ちゃん』から『大体殆どの被害者を救い出す事が出来ました』。なんて、結構優しい筋書きじゃない?」 『いぇーい、ハッピーエンド!』 『気前のいい京ちゃん、おっとこまえー!』 モニターの『二人』がタイミング良く茶々を入れる。 京介の用意した筋書きは最悪の皮肉のメロディを奏でている。 何処までも続く奈落への穴。噎せ返るような悪意の毒は――裏野部死葉が自身の父と比べた時『毒蜘蛛の親分』と称した彼の気質を改めて示している。 「じゃ、待ってるから。アデュー!」 お喋りなディスクから京介の気配が消えた。 「『行った』みたいですね」 アシュレイを前に魔術的な隠蔽を果たす事等不可能であるからそれは間違いないのだろう。モニターには気付けば砂嵐が走っている。 呼び出しの場所に赴けばリベリスタはゲームに参加せざるを得なくなるだろう。彼の言う『易しいゲーム』に。彼の言う『大体殆どの被害者を救う為』のゲームに。 しかし、選ぶという事は…… 「……同情しますよ」 ……同時に何かを選ばない事でもある。 「同情しますよ、本当に」 甘い理想と知りながら、零れ落ちる砂の全てを受け止めようとするならば。選択は至上の呪いである。なればこそ、秘められた毒は疼くだろう。 黄泉ヶ辻京介は言ったのだ。 ――死ぬのはたった一つだけ。ゲーム全体で一つだけ―― それは備え付けられた箱だけの話では無い。 お前だ、京介。 そう言えるならば、叶うならどんなにか。此の世の出来は良いのだろうけれど。 でも。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月11日(金)23:15 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 10人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●ルール確認 人生とは選択の連続である。 例えば進学。例えば就職。人生の伴侶はどうするべきで、次の日曜日に誰と遊ぼうか。今日の夕食は何を用意すればいいんだっけ? 当人自身が選べる部分は実に遠大なる全ての選択の一部に過ぎないとしても――生きるという事は何かを選び何かを切り捨てる行為の繰り返しであるという部分には疑いを向ける余地は無いだろう。 仮に何もかもが並び立つというのであれば幸福だが、現実は往々にしてそうではない。 人は時に決断に困難を要する選択肢を突きつけられ、苦渋と不安の中にそれを選び取らなければならない事がある。 そして、そこに―― 「初めまして、黄泉ヶ辻京介。あたしは絢堂霧香。禍を斬る剣の道を往く者……なんて言っても、知らないと思うけど」 「よーこそ、リベリスタちゃん達! 愛してるよ、待ってたよ!」 ――『禍を斬る剣の道』絢堂・霧香(BNE000618)が見据えた極上の悪意が絡んでいるならばそんなものは言うまでもない事実なのであった。 「ご機嫌麗しゅう京ちゃん。ゲイムのお誘いありがとう。本当に胸糞悪くなることだけは超一流だね」 日頃快活な『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)にしては幾分か強めの皮肉が混ざった挨拶は今日この場にやって来た彼の感情を良く表していると言えるだろうか? 「そーでしょ、そーでしょ。画期的なゲイムだと思ってね。皆に得がある訳だしー」 「……得、ね」 視線を伏せた『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234)は復唱するように短く呟いた。 「確かに任務を遂行出来るという意味では無いよりはマシと言えるでしょうね」 フレンドリーな調子のまま言葉を向けてくる京介の呼び出しを受けたのは霧香、夏栖斗や恵梨香を含む十人のリベリスタ達である。とある地方都市の小学校、その体育館に『ゲイム』の舞台は設えられていた。『幸い』と言うべきなのか冬休みの小学校に児童達の姿は無い。『ゲイム』の根幹を成す十一個の箱(もんだい)は『取り敢えずは』用意しただけに留まるようであったが――本質的な問題はまさにその箱の中に集約されているのだからとても喜べる話では無い。 「助けてくれ!」 「私を、私を選んでくれ!」 「この子を、この子を救って下さい。どうか――」 「怖いよ……怖い……」 『状況』の変化を察した箱の中の人々は口々に『勝手な事』を言っている。 否、『正当な生存権』を行使しようと救いをやって来た『ヒーロー達』に求めていた。 恐らくは……であるが、ゲームマスターは――その様子とリベリスタ達の様子をニヤニヤと眺める黄泉ヶ辻京介は箱の人々に今日彼が開催する『京介ゲイム』の全容を伝えているのだろう。このゲイムが何故行われるかを考えればそれは火を見るよりも明らかであった。 (任務遂行が最優先。その為の犠牲はやむを得ない――) 恵梨香は不安気に視線と声を送ってくる人質から目を切り軽く瞑目した。 本意であるかと言えば全く異なるが『乗るしかない』というのはリベリスタの結論であり、彼女の結論であった。 「ルールのおさらいは必要かな?」 「いいや、要らないよ」 この上、京介による『悪意たっぷりの説明』で人質達を震え上がらせる必要は無い。 短く応えた夏栖斗の脳裏にブリーフィングで聞いた悪魔の声が蘇る。 ――プレイヤーは『十人』のリベリスタ。回答権は一度ずつ。 参加してくれるなら――誰を助けるか、選ばせてあげる。 『選ばれないのはたった一つだけ』。いい? 重要だからもう一度言うよ。 『死ぬのはゲーム全体で一つだけ』。『全部でたった一つだけ』。 正義の味方は傷一つ負う事無く『悪の京介ちゃん』から『大体殆どの被害者を救い出す事が出来ました』。なんて、結構優しい筋書きじゃない? ・赤ん坊(三名) ・新たな命を宿した妊婦(三名) ・孤児院の幼い子供(五名) ・結婚したばかりの夫婦二組(四名) ・定年し穏やかに過ごしていた老夫婦と孫(三名) ・不治の病に冒された夫とその家族(四名) ・ちょっとした女性アイドルグループ(四名) ・姉が結婚を控えた仲の良い姉妹(二名) ・エリートサラリーマン(三名) ・刑務所の受刑者(十名) ・集団暴行で補導経験のあるヤンキー(一名) 京介が用意した箱は十一個。 リベリスタの回答権は十回。 セレクトゲイムは選ぶゲイムのようであり、実は『選ばないゲイム』である。 つまる所、リベリスタ達はこのゲイムに乗るならば『助けない誰かを自身で選んで見殺しにしなければならない』。 単純でくだらなく、確実に『殆ど』は助けられるが必ず『殆ど』に留まる寸法である。 「黄泉の狂介か。中々愉快な奴じゃのぅ。フィクサードらしいフィクサードは存外に嫌いではないぞ? ゲームの内容もリベリスタに向けるものとしては悪くないのじゃ。ま、リベリスタならば……のぅ」 「なぜこんな退屈なゲームを提案するのか。 人の命は平等などではない。アークは小を殺し大を生かす組織。普通に一番ダメージの少ない選択をしそうなものじゃろ?」 何処か含んだ調子の『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)等は何時もの超然とした表情も態度も殆ど変化させてはおらず、『回復狂』メアリ・ラングストン(BNE000075)等は当然のようにそう言い放ったものだが…… (こんなゲームに付き合わなくてはならんとは……自分の弱さに腹が立つ!) ……憤懣やるかたない表情で唇を噛み、爪が食い込む程に拳を握り締めている『折れぬ剣《デュランダル》』楠神 風斗(BNE001434)等は『口に出さなくても考えている事のほぼ全てが顔に出ている』。 素晴らしく良く通る声は互いの意図を明確に交換するものだ。 二十メートル以上の距離を取った京介とリベリスタ達のやり取りは奇妙なものになっているが、それはこの穏やかなる現場が至上の魔性を秘めた危険地帯である事を意味している。離れていてもリベリスタ達の表情や息遣いさえ見逃さぬ彼は悪魔の中の悪魔である。 (さて、狂介の目論みは何じゃろうなぁ…… 同じ状況に置かれた者同士は惹かれ合う事もあろう。 選択して救った者も救った事に感謝するより、一人を見捨てた事でわらわ達を責める事もあるか? じゃが、お主に喧嘩売っても勝ち目は無いし。それは箱の中の四十五人全員を見捨てるも同義となれば――) 例えば気にせぬメアリや実に冷静な瑠琵と風斗等は極端な差がある例ではある。しかし、これは確かに一般的なリベリスタの多くが『選択に一定の苦渋を覚える』事態である事は確かであろう。黄泉ヶ辻京介という個は自身の圧倒的な力を頼みにゲイムからの逸脱を難しくしているが、それはその実『禁止』されている事ではないのだから話は難しい。瑠琵の思考は実に正しく、リベリスタがゲイムに付き合う理由は『京介に勝てそうもないから』、或いは『そうするのが一番確実で利益がある』からである。 (いまさら死ぬやつがふえたって、とか言っても……負け犬くさい言葉だね。わたしらしい) 『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)の青い瞳が見つめる世界は今日も痛みばかりにくすんでいた。 どれ程の理由をつけようと不可抗力を盾にしようとリベリスタがゲームに乗るならばそれは謂わば『妥協』であり『理想の放棄』であり『或いは現実的な判断の前の保身』の産物なのである。彼は要するに甘い理想を持つ『誰か』を弄びたいのだ。『他に手段があっても選べない、自身の無力』を『全てを救う事は出来ない無力』を『自身の理想に対しての溺死さえをも』求めているのだ。 (見方によっては自身の実力を誇示する幼稚性とも取れる。 塔の魔女が同情を禁じえなかったのは、案外その辺も含んでの事かもな。 何の事は無い。誰かが漏らしたのが正解だ。このゲームは明らかに『手の込んだ嫌がらせ』に過ぎないのだから) ゲイムの本質を一言で表すならば『系譜を継ぐ者』ハーケイン・ハーデンベルグ(BNE003488)が思考を向けた一つの言葉が正しかろう。それに付き合わざるを得ない現状までもを含んで彼の口元には悔しさの滲む自嘲が浮かんでいた。 「そもそも、御厨と楠神ご指名のゲームをすると期待しておったらなんじゃこのクソゲは……」 「ゲームっていうのは万人に売れる訳じゃないのよ。そんなのは宇宙人をやっつけるゲームか髭のおっさんが飛び跳ねるヤツだけ!」 「もう少し現代的なプロデュースを期待したのじゃがな」 「二人の顔でも見てみたら?」 丁々発止とモノを言うメアリの言葉にも京介とは言えば何処吹く風である。 「黄泉ヶ辻。単なる狂気とは似て非なる逸脱。実に興味深い……が、遊ばれるばかりは些か業腹ですね。 ゲームマスター? 参加者が遊ぶのは貴方にとっても喜ばしい事でしょうね。さあ、神秘探求を始めましょうか」 狂人の意図思惑は兎も角として――『原罪の蛇』イスカリオテ・ディ・カリオストロ(BNE001224)が口を開く。 「勿論、勿論。楽しんでいってね!」 「どうも。はじめまして、私蛇のイスカリオテと申します。此度はお招きに感謝を。お言葉に甘えて素直に愉しませて頂きます」 アークにありながら、リベリスタでありながらある種『逸脱』に近く『逸脱を理解せしめんとする探求の獣』はその端正な顔に張り付いた人当たりのいい温和な微笑をこんな相手であっても一分も揺らがせては居なかった。「へぇ」と声を上げた京介の『狂気劇場』の反応が何を意味するかは知れなかったが、イスカリオテは実に冷静なままであった。 「まず、早速ですが数点程此方からルールの確認をさせて頂きたい」 「俺達はまず最初に幾つかのコンセンサスを得るべきだ」 「その通り。ゲームマスターは主宰するゲームをよりスリリングで実のあるモノにする為に参加者と共に義務を負うものです」 イスカリオテの言葉をハーケインが繋ぎ、再びイスカリオテが繋ぎ直す。 「うんうん」 「有難う御座います。では私は最後に。まずは他の皆さんにお願いしましょうか」 二人の有する対人交渉術の賜物か、それとも面白がりの京介の性質によるものか。そのどちらが重く作用したのかは京介ならぬ誰にも知れないが、パーティが考えていた『始まる前に確認を済ませる』というプロセスを上手く引き出す事には成功したよう。 「俺から聞かせて貰いたい」 匂い立つような怒りと殺気を押し殺し、低い声で呟いて――前に一歩出たのは風斗であった。 「選択し終えた箱の中身については、お前を含む黄泉ヶ辻は手を出さない……これは確約出来るな? それが嘘ではない事の証として選択済みの箱はすぐに運び出してもいい……という事にしたい。どうだ?」 「前半はYes。後半はNoかな」 「何故だ!?」 自身の答えに反射的に噛み付くような大声を上げた風斗に京介は楽しそうな笑い声を上げた。 「交渉の仕方を知らないかなぁ。風斗ちゃんが俺様ちゃんを信用出来ないって言うなら、俺様ちゃんもリベリスタちゃん達を信用なんて出来ないでしょー? 何か企んでるかも知れないし、ちゃんとゲイムに付き合ってくれるかも分かんないしね。そこに箱がある限り、みーんな変な事考えられないなら、俺様ちゃんそうした方が得じゃない? それにほら、風斗ちゃんもそんな顔をしてくれるしね!」 風斗の主張に誤算があったとするならば、相手が『悪意に満ちた人物である』という点である。 言葉前半の約束を守るならば言葉後半の主張を通す事は大した問題では無い。だが、京介は狂気劇場を操る自身を出し抜く事は現実的に困難である事を知りながらも『風斗にそんな顔をさせたいから』等という理由でこれを退けている。『交渉を纏めなければならない立場』であれば風斗の要求は合理的なものと受け入れられようが、生憎と京介は『交渉決裂しても痛くも痒くもない』。 「……ッ……!」 尚も食って掛かりかけた風斗をハーケインが制した。 風斗の主張は同じく彼も確認を済ませたい所ではあったのだが、何れにしても結果は変わらなかっただろう。 悪辣なる京介の言う『交渉の仕方』が詭弁であるのは明白で、恐らくは冷静な彼がそれを言っても同じ事に違い無かった。 「後は?」 「あたしが聞きたいのは二つだよ。それは箱の中身に『狂気劇場』を使っていないかという事。 それから箱を選んだ際に爆弾と思われる黒い箱の撤去は可能かどうか」 霧香の言葉に京介は思案顔をした。前者が使われていればゲイム内容の『選んだ箱に手出しをしない』に抵触する可能性は高まるし、前者は当然の事としても運び出しが却下されたなら後者が叶わなければ余りにもリベリスタ側に不利過ぎるのは明白だ。 「一つ目はYes。二つ目もまーいいや。それ位はサービスしとこう」 「……ありがとう、なんて言いたくは無いけどね」 ――まぁ、いちおーあちきの目にもそれらしい痕跡は見えないお―― 幻想殺しなる魔眼を有し、大抵の隠蔽神秘を看破する事の出来る『おっ♪おっ♪お~♪』ガッツリ・モウケール(BNE003224)がリベリスタ達に念話での言葉を添えた。まさに十得ナイフのように異能を備える彼女にしてみればこういった場は本領を発揮する部分がある。戦う意志が無ければ武装も不要とばかりに京介に対して丸腰で挑んだ所といい緩いキャラの割に随分肝は据わっている。 「……」 「……うん……」 体育館を取り巻く周辺環境を含めて警戒を緩めないのは千里眼で世界を見通す恵梨香と涼子の二人だった。 (いみはなくても、最後まで気を抜かないように――) 良くも悪くもリベリスタ達は――涼子はアークが立ち向かうべき運命の手酷さを知っていた。知り過ぎていたからだ。 霧香に続くのは瑠琵の番である。 「選んだ人質を何らかの手段で庇う事は構わないかぇ?」 「まぁ、いいよ。俺様ちゃん約束破る気無いしね!」 「それから、『人質』がゲーム参加者である事は無いか」 「無いよ。分からないかなぁ。俺様ちゃんが作りたいのは『理不尽なバッドエンド』じゃない。 俺様ちゃんが付き合って欲しいのは『京介ゲイム』。 不安ならリーディングか何か使えばいいんじゃない? どーせ持ってんでしょ。 俺様ちゃん覗いたらウルトラハッピー★にしちゃうけどね! おススメ!」 瑠琵は京介の言葉を受け、恵梨香にちらりと視線を送った。 リーディングを行使し人質の立場の真偽、精神操作等の有無を丹念に確認した彼女は一つ小さく頷く。 「結構。では、最後に私から――」 仲間の要求が終わったのに一つ頷いたイスカリオテが京介という深淵を覗かんと赤い瞳を輝かせた。 「まず一に、選んだ箱から人質を出す事は『ゲームの放棄』に含まれないか。 二つに、選んでいない箱の中に居た人質が外で殺された場合それは『一つ』か」 「まぁ、箱から出すのは止めないけど。出した後のルールは風斗ちゃんに答えた通りね。 二つ目については『死ぬのは一つ』だからまー『一つ』なんじゃないの?」 蛇の意図を察しかねたらしい京介は少し不思議そうな顔をしていた。 当のイスカリオテはと言えばそんな京介には構わず、その頭を小さく振り予め決めていた合図を夏栖斗に投げる。 「京ちゃん、ルール提案していい? 確認じゃなくて提案」 夏栖斗の言葉に京介が興味を示す。風斗が求めた事項はせめてもこの仕事に望むリベリスタ達にとって確実に遂行しておきたい部分であった。京介は風斗の『要求』を却下したが、『要求に代価が加わった場合の交換条件』への態度を表明していない。 「飽きてきちゃった。そろそろつまんないのはナシだよー?」 「分かってる」 場違いに破顔した夏栖斗はその表情とはまるで違う――震える声を努めて平然となるように抑え付けていた。 「選ばれなかったひとつを僕に殺させて欲しい。その方が京ちゃんのエンタメでしょ? その代わり、最大限を助けるルールを絶対に守ってよ。風斗のも含めて、そしたら京ちゃんも譲歩出来るんじゃないの?」 ――Yeah! チョークール! あの御厨夏栖斗が可哀想な被害者を殺すんだって! ね、京ちゃん。それでいこーぜ。俺、チョー見たいよ! それ! ね、京ちゃん! 狂気劇場の大笑いが息を呑んだ体育館に軽薄に響き渡った。 一瞬遅れ、大声を上げて口々に滅茶苦茶な抗議をする箱の人々をイスカリオテが威圧した。 「今終わるのと後で終わるのどちらがマシか」と問われれば彼等のトーンも幾らかは下がる。 「話は終わり? じゃあ、まぁ――運び出すのもアリにしよう。 俺様ちゃんは約束は守る。守らないとつまんないしね。 ゲイムの最後に夏栖斗ちゃんは最高のフィナーレを実現する……オーケー? 言っとくけど、つまんない小細工したら、トラックが四方八方から事故っても『仕方ない』事だよ?」 京介の念押しはそれを可能とする彼が言えば呪いめいた未来予測となる。 「見くびらないで欲しいな」 夏栖斗の震える唇はそれでも笑みの形を作っている。 ――そんな覚悟なら、最初から言う訳ない。 ●セレクト・ゲイム かくて些かのルール変更は加わったが、黄泉ヶ辻京介による京介ゲイムの幕は開いた。 これまでに説明された通りこのゲイムは至極単純なものである。 十一個の箱から十人のリベリスタが助けるものを選ぶ……というもので、『死ぬのは一つ』である。 この場合の一つは『一個の命』と捉えるのが妥当と思われ、少なくともリベリスタ側はそう認識している。 「まず、妾が選ぶとしよう。とは言え、一番の選択に面白味も何もないがのぅ」 回答者たる十人のリベリスタの内、最初に名乗りを上げたのは瑠琵だった。 「妾の選ぶのは『赤子の箱』じゃ。まさか誰も文句はあるまいの?」 流石に人質達も最初に赤ん坊が救われる事は理解していたのだろう。 少女然としながらも格別の威厳を有する彼女に念を押される事も無く、決定に異論を挟む者も居ない。 「一番目ってそういうモンだよ」 京介が指を鳴らすと強固な透明の箱の入り口がバチンと開いた。 目で彼を牽制した瑠琵は箱の中の赤ん坊を慎重に運び出す。 パーティのプランでは二台のトラックを利用して助け出した者達を安全な場所に運ぶ事となっている。 京介はこの動きを全く邪魔する心算は無いらしくむしろ親切にも黒い箱を自身で操って外に出した。 「例えば一人の犠牲で残りが救えるならば問題は無い。 個人的な感情を挟まねばアークの――リベリスタの仕事としては万々歳ではないのかぇ?」 体育館を最初に去る彼女は京介にそう訊いた。 彼女の問いはメアリも共有するものであった。箱の中身が圧倒的に『競る』内容ならば状況はより選択し難くなる。 嫌がらせのようなゲイムならば京介にはそう設定する選択肢も有り得た筈なのである。 しかし彼はそうしなかった。それは―― 「宵咲の当主様は選んだんだから、それはその先ね。じゃあ明るく楽しくワクワクの二番目いってみよっか!」 「俺だ」 京介の言葉に名乗り出た二番目は表情を酷く曇らせた風斗であった。 「俺が選ぶのは――」 選ぶ直前に一瞬視線を彷徨わせた彼は極僅かな逡巡の後に言葉を続ける。 「――選ぶのは『受刑者の箱』だ」 言葉に人質達からざわめきが上がる。 セレクトゲイムは何時選ばれても結局は最後の一だけが失われるものである。選ばれる順に大きな意味は無いが、選ばれた対象にはこの場合、少なからず衝撃が走ったのは事実である。 「そんなクズ共を何故助ける!?」 エリートサラリーマンの一人が明らかに不満気な声を上げた。 社会への貢献、必要度、歩んできた人生……そういったものに『客観的と言う名の主観的判断』を持ち出した彼からすればそれはやや承服しかねる選択だったという事である。自分は何も罪を犯していない、彼等は罪人である。日本国という法治国家の基準に当てはめるならばそれはある意味での事実である。少なくとも『神秘に拠らぬ世界』――表の社会はそういった秩序で成り立っている。 ややヒステリックな彼以外にせよ、今の選択に動揺が走ったのは事実だった。 たかが十一分の十。たった一を引き当てなければ無事に帰れるハッピーエンド。 しかし、その一を引き当てぬ保証をしてくれる者は何処にも無い。何処にも無いのだ。 「どういう事だ!?」 「……犯罪者とはいえ、服役による反省期間中だというのなら、あたら死なせるわけにはいかん。数も多いしな」 押し殺したように答えた風斗に京介が言葉を投げた。 「成る程ねー、風斗ちゃんは『数優先』と。大切だもんね、命。どんな命でも何時も尊い! 命は失われちゃダメなものだもんね! そりゃ十個もあったら大変だ。『論理的に考えて』助けられるものを一番助けないと、困るよね!」 唇を噛んだ風斗は京介の嘲笑を肩を震わせて受け止めた。 「数も多いから仕方ないよね。例えこの人達がなーんにも悪くない誰かからお金を盗んだり? 何の罪も無い子供を殺しても! 風斗ちゃん、風斗ちゃん。俺様ちゃんって反省すれば許してくれるの? 例えば俺様ちゃんとか裏野部の一二三ちゃんとか、まー。他にも色々居るけど! そういう愉快な仲間が十人箱に入ってたら! 風斗ちゃんはあの、小麦色のお肌が健康的でキュートなアイドルちゃんとか、デコからビーム出しそうな委員長ちゃんとか、三白眼のどっちか分かんないたぬきちゃんとか、孤児院の健気なおねえちゃんとか。ああいう子達が箱に入っていても、『そういう基準』で選ぶんだよね? ね? ね?」 「貴様ッ――!」 「聞いちゃ、ダメ」 犬歯を剥いて飛び出しかけた風斗を辛うじて止めたのは『三番目』の霧香だった。 京介の言は殆どが詭弁である。自分で選ぶしかない状態を作り出しておきながら、選ぶリベリスタ達の多くが――少なくとも数人は自信を持てないでいる『命の天秤』に茶々を入れている。 しかし、盗人猛々しい言もその全てが『インチキ』である訳ではないのだ。 命を賭けて戦い、悪を討ち弱きを救う――善悪が二元論で済む内は『選ばなくても済む』。 さりとて本当に――本当に『選べない選択肢』が突きつけられた時、助けてくれる者は無い。そして神秘の世界に生きる限り、通常の生よりもずっと容易に――そんな日に遭遇してしまう可能性を他ならぬ京介が誰よりも力強く『保証』しているのは事実であった。 つまり、京介はあくまで『選んで欲しい』のだ。混乱させ、苦しめるという目的よりも選ばせる方に比重を置いている。彼にとってこの機会に数人が死ぬのも一人が死ぬのも同じ事。ならば、瑠琵やメアリの気にした『箱の選び易さ』選ばせたいが為の『免罪符』という事である。 ――命の価値は平等だ―― その理想を何人かは鼻で笑い、何人かは厳しく受け止めている。 リベリスタの平均がこれを思い悩む『死に到る理想家』にあるかどうかは知れないが、この場にも在る二人のリベリスタを「君に決めた」と指差した京介が『そういった類の理想屋』を玩具の基準に設定しているのは言うまでもない。然るにそういった人物に効率的にダメージを積み重ねる手段はどうあるべきか、という話である。京介としてはこの十人の中の一人にでも――死に到る毒を仕込めれば十分なのだ。事ここに到れば分かり易い。結論は明らかである。 「成る程。夢想家に自己欺瞞を作り出すという意味において、このゲイムは確かに良く出来ている」 イスカリオテは口元から他人に聞こえぬ小さな笑い声を漏らした。 そう。このゲームは始めから痛くも痒くも無い相手を『狙って』いない。かといって『そういった人物』が不要であるかと言えば別である。『たかがリベリスタという枠の中』ですら一致しない正義の見解は『誰か』が考える理想という崖の高さを、蝋の羽で太陽を目指したイカロスの如き無謀を否が応なしに白日の下に知らしめる。『誰か』が果てなき理想を断固と追求しようとするならば、それは何時も善意ばかりが敷き詰める地獄への舗装路にしかなるまい。神ならぬ人間は全ての自己犠牲を甘受する事等出来まい。神ならぬ人間は自身を、家族を、恋人を、友人を理想の為の捨石には出来まい。よしんば必ず出来ると言うならばそれは唯の壊れた逸脱者――『人間だった怪物』に違いない。多様性が生み出すドラマを求むるならば堪えない瑠琵やメアリ、的無き露悪的冷笑を禁じ得ないイスカリオテも十分に『プレイヤーの資格』があるという事だ。 「私の選択をするよ。いいね?」 「はいはい、霧香ちゃんの三番目。気を取り直して行ってみよう!」 「あたしは――『妊婦の箱』を選ぶ」 「妥当な選択だね。ほーら、箱の中の皆もさっき程は文句言ってないし」 京介の言は『人間が知らぬ内に命の価値に順番をつけている』という事実を改めて補強するものである。 彼と相対したリベリスタの多くは『出来得るならば全てを救いたい』と謳い、『何かを見捨てる事を少なくとも良しとはしなかった』。しかし誰にも――唯の一般人にすら『序列』があるのだから、君達に無い訳が無いとそう言っている。 そして、『序列』があるならば選ぶべきだとも言っている。『出来もしない夢物語を語るより、出来る程度にリベリスタすればいいじゃないか』とそう囁いている。恐らくはその妥協の先に今度は『出来る程度にも救えない君達』を演出し押し付けて堕落の螺旋を描くのが彼の『趣味』なのだろうが――それはこの場では余談として。 (何と言われようと……この箱の命は、見た目通りの三つじゃない。 彼女達の中には新しい命が宿ってる。少しでも多く助けるって言うなら、この人達は助けない訳にはいかない。 新たな命の為にも、それを育む母達の為にも――選ぶしかないんだ!) 霧香の舌に唇を濡らした少しの鉄分の味が滲む。 「あんたは、あたし達が抗って、それを折って、愉しむ、笑う。そういう奴だ。 ……あたしの刃はきっと届かない。でも、いつか……いつか。いつまでも愉しんでいられると思うな、黄泉ヶ辻京介!」 「はいはい、楽しみにしとくね。サクサク行こう。四番目!」 「妾じゃな。妾は『アイドルの箱』を選ぶぞ。 男を萌えさせるアイドルを救うことは社会的にも価値があるっ! 反社会的な奴を嫌々救うよりは……ナッ!」 「ま、君は簡単だよねぇ」 言葉の最後で意味ありげに自身を見たメアリに構わず京介は次を促した。 「私ね」 短く応えた恵梨香の表情は少女らしからぬ厳然としたものだった。 表に出る程、『心』が枯れている訳ではない。理不尽な運命(フィクサード)に幸福を刈り取られた彼女にとって『その片棒を担がされる』ような事は自身を誰よりも深く傷付ける呪いのようなものである。 しかし、それでも彼女は選択を途惑う事は無い。 「私は『老夫婦と孫の箱』を選ぶ」 「うんうん、まだ五番目だからね。責任も大して無いよ。これから選ぶ人達が他のは助けてあげればいいからね!」 京介の煽りに小さな肩が少しだけ震えた。 (犠牲を強いる事は今まで何度もやってきた。こんな事で心折られる様ではこの先も戦っていけない) 僅か十六の少女に業を背負わせねばならぬのが選択ならば、やはりこの世界は痛みばかりで出来ているのだろう。 「六番目、あちきの番だお。あちきは……『孤児院の子供の箱』を選ぶお。子供は大切なんだお」 「お約束ね。で、何でガッツリちゃんは俺様ちゃんに近付いてくるの?」 「何と言っても大物フィクサードだしお。まさか、よみよみのきょーちゃんが装備ないリベリスタに近寄んなっていわないお?」 「何だか面白いね! 折角だから『狂ちゃん』とダンスっとく?」 ――Hey! Yeah! カモン、ウェルカム! 「それは遠慮しとくお」 六つ目の箱で折り返しを過ぎ、残された箱の人々は口々にざわめき出す。 「ふざけんな――」 「――どうして選んでくれないの!?」 「お前達は俺達を殺す気なのか!?」 怒れる声あり。泣き叫ぶ声あり。パニックを起こし意味不明な奇声を上げ始めた者も居た。 それは救おうとするリベリスタ達への悪罵である。リベリスタ達は『必ず』誰かを見捨てなければならない。 「七番目は……わたしか」 重い口調で『そろそろ切羽詰ってきた空気』を切り裂いたのは涼子である。 「わたしは……『サラリーマンの箱』を選ぶ」 「当然だ! 始めから、もっと早く――」 「うるさい」 短く言った涼子にヒステリックな声を上げた彼は押し黙った。 「ヒーローって奴がいれば、この場で死ぬのかもね。 この世界やわたしたちが、フィクサードが糞みたいだって言うなら、きっとそんな奴から死んだからじゃないのか」 「卵が先か鶏が先なのか」 狂人は虚しく呟いた涼子の言にハトが鳴くような音色で笑いを零した。 (わたしは、わたしがキライなフィクサードと何がちがうのか――) 「まぁ、気にしなくても大丈夫だよ。君達は良くやってるから、ね」 奇妙な事に人質はリベリスタを詰り、悪魔は却って選んだ彼等を慰めている。 その奇妙な『ねじれ』が全て悪意ばかりで構築されている事を知らぬ者は居ないが、正せる力は誰にも無い。 世の中は理不尽だ。故に元を質せばゲイムがゲイム足るのは『リベリスタの責任』でもある。 尤もそれを考える事はまさに――京介が『死に到る病』と快哉する呪いの始まりに決まっているのだが―― 「私の番ですか。宜しいですか?」 「勿論。どんな面白い選択をしてくれるのか俺様ちゃんちょっと期待」 「大した芸もありませんで」 会釈したイスカリオテが視線を送ったのは『姉妹の箱』であった。 「さて、この場で生き残れるのはどちらか一人です、と。そう言ったら貴女方はどうしますか?」 突然水を向けられた姉妹は顔を見合わせて押し黙る。 普段はそれなりに仲の良い姉妹に違いない。答えを躊躇したのはお互いに配慮しての事である。現実に差し迫る死に対して簡単に回答を出せる人間は居ない。少なくとも彼女達が唯の一般人であるならば当然の事である。 「結構。そうですね。人は誰しも自分が大事です。 だからこそ、時に人は自分を捧げる事も出来る。自分、と答えなかったのは或る意味の証左だ。 自己犠牲とは自己満足だ。美しくなど有りません。けれど、その選択は何時も尊い」 イスカリオテはやや芝居っ気を見せながらそう言って「『姉妹の箱』を選びます」と京介に告げた。 彼が言葉を聞かせたかったのはその実、元々選ぶ心算だった姉妹では無い。彼がその『台詞』を聞かせたいと思ったのは『不治の病に冒された夫』である。宵咲瑠琵は罪無き赤子を救うのを当然とし、楠神風斗は揶揄されながらも命の数に選択の合理性を見出した。イスカリオテ・ディ・カリオストロは『命の刻限』にその合理性を見出したに過ぎない。 『京介ゲイム』の求むる結果が一つなら彼が『自己犠牲』なる結論を選べば話は終わる。 但し、それが叶わず『箱が残れば箱の全ては失われる』。リベリスタの多くは恐らくは意図的に用意された『残しやすい箱』――即ち『ヤンキーの箱』を見捨てる事を考えていたが、命の価値に合理性を考えたイスカリオテはそこに可能性を見出している。 余命僅かなる父親が妻や子供を救わんと『選ぶ』可能性は確かに存在するものと思われた。 何処までもこのゲームはセレクト・ゲイムに違いない。 「ラスト三つだね。さー、どれが当たるかな?」 京介の言葉に竦み上がった人質達は悪罵の代わりに懇願を始めていた。 「どうか、どうかお願いします」「助けて下さい」「死にたくない」。普通の人生を歩み普通に生きてきた彼等に咎が無い事は無い。極々一般的な範囲で社会や誰かに迷惑を掛け、時に困り事を起こした事もあろうが。さりとてそれは『死』で購われる程の罪ではない。 「九番目。俺の番だ。俺は『新婚夫婦』の箱を選ぶ」 ハーケインの一言に夫婦の感謝の声と家族とヤンキーの泣き喚く声が同時に響いた。 事この期に及べば彼等の価値観は自分が助かるものという『当然』から惨憺たるものに書き換わっている。 死にたくない、死にたくないとそう思う程に――黄泉ヶ辻京介という名の圧倒的な死のイメージは現実味を帯びているのだ。 「子供もいるんです! お願いします!」 泣く子供を抱きしめる、半狂乱の妻が叫んだ。 「さっきの話があるじゃないか。十人の囚人を選んだじゃないか」 イスカリオテが期待した『自己犠牲』よりも先に夫は与えられた以前の『基準』を口にした。 それは同時にほぼ確実に彼の『策』が届かなかった事を意味していた。 人間はそう美しいものではない。美しい事もあるが、そうでない事も普通にある。 それは他ならぬ選択するリベリスタ達自身が証明している事だ。 誰がどんな選択をした所で『選ばれなかった人間にとっては理不尽でしかない』。 責める意図は無い。又、全く責められるべきではない。誰もが責める事はしないだろう。 だが究極の問題は容易い回答を許さない。何より一同『も』自己犠牲を是とせずに『ゲイム』に従っているのだから。 「なぁ、アンタ達ヒーローなんだろ!?」 情けない声を上げたヤンキーが透明の壁にすがりついてリベリスタ達に訴えた。 「そこの悪いヤツがずっとそう言ってるじゃないか。アンタ達強いんだろ? なぁ、強いんだろ? 十人も居るのに、なんでこんなゲームに付き合ってるんだよ。なあ。俺、死にたくねぇよ。したい事あるんだよ。 もう悪い事とか絶対しないから。助けて、助けてくれよ。頼むよ、死にたくない!」 「……馬鹿げている」 ハーケインは『ヒーロー』なる単語に唇を歪めざるを得なかった。 オルクス・パラストに居た頃も悪魔に遭遇しなかった訳ではない。 或る程度の割り切りは自分自身とうの昔に済ませている。彼が見てきた世界は『テレビの中のヒーローのそれ』と全く違う。デウス・エクス・マキーナの如き救い等、『たかが人の手』でどうして成し遂げる事が出来ようか? (俺に出来る事は、少しでも……!) 京介が約束を破らないとは限らない。 パーティは『この後』の脱出の算段も考えている。 懇願が彼の強靭な精神と鼓膜を揺すろうとも、為すべきを為さねば間違いなく失うのは全てである。 「助けて――!」 「うんうん。死にたくないよね。ヤンキーちゃんもそっちの家族ちゃんも! さあ、責任重大だ。オーラス、夏栖斗ちゃんにはゲイムを締めるフィナーレのオマケつきだぜ!」 空の箱を思わず叩き割った涼子を京介は構わない。 前に歩み出た夏栖斗は無言のまま、残り二つになった箱を見た。 そのどちらもが『普通』の人間でしかない。アークにとってはどちらも『助けるべき対象』で、今まで御厨夏栖斗という人間はそれを積極的に見捨てようとした事は無かった筈だ。 「僕は――……」 しかし、今日は違う。 夏栖斗の選択は確実な『死』を作り出す。 誰かを救い、守る為に振るわれた夏栖斗という人格が、その力が誰かを明確に『殺す』為に振るわれる。 振るわれなければならない。振るわれなければ、『皆が死ぬ』。 握り締めた拳から赤色が零れた。磨き上げられた体育館の床にポタポタと染みを作り出す。 彼は自分が『死ぬ』選択肢がある事を知っていた。 守るべき対象の為に『自己犠牲する』選択肢がある事を知っていた。 イスカリオテの語ったそれが『尊い』事を知っていた筈だ。 だが、彼は死ねない。死ねないと思った。目の前の悪魔から――まだ見ぬ理不尽からこの先も『誰かを救い続ける為』に。 家族の為に、友人の為に、あの――口は悪いけれど、たまに折れてしまいそうな黒髪の少女の為にも! 「……僕は」 ――永遠にも感じる時間は、刹那。 「『病気の夫と家族の箱』を選ぶ」 ぐちゃぐちゃになった夏栖斗の頭の中に酷いノイズが流れ込んできた。 「嫌だ――!」 「助かった! 助かったのね!?」 「やっほー! ヒョーイ!」 「……アタシの名前は高原恵梨香。恨んでくれていいわ。どうせアタシも近々地獄に行くから、それまで待ってて頂戴」 それは悲鳴であり、歓声であり、京介の大笑であり、低い恵梨香の声だった。 (……ごめん。栞さんに守ってもらった矜持を折ってでも、僕は一人でも多く助けたい。 仕方がなかったじゃない。これは人を自分で選んで殺す責任だ。これは殺す、殺、コロ――) 壊れるには少年は余りに強すぎて、受け入れるには少年は余りにも青すぎた。 フワフワとした酷い浮遊感と、熱に浮かされたような頭。 目頭には涙が溢れ、猛烈な衝動に従うならば即座に胃の中のものを全てぶちまけてしまいそうな気がした。 「じゃあ、一丁やってもらおっか!」 ――一気! IKKI! 無責任な京介と狂気劇場の煽りが響いた。 「来るな……」 箱の中から引きずり出されたヤンキーは泣きながら腰を抜かして―― 「……っ、来るな、『化け物』!」 ――怯えた目で夏栖斗を見上げていた。 『それは彼が黄泉ヶ辻京介を見ていたものと全く等しい』。 振り上げられた得物が汚泥に掴まったように重い。 (知ってるか? 風斗。『リベリスタ』が一般人を殺すのなんて一瞬なんだ――) 金髪の頭をトマトのように潰す感触は恐らく、彼が生きている限り忘れ難い。 「サイコー! じゃー、俺様ちゃん帰るから後片付け宜しくねん!」 ――京ちゃん、ダッシュで帰って見ようぜアニメ。夕方の再放送に間に合わないZE! ――甘い理想に包まれたモラトリアムを今終えて、少年はこの日『大人』になった。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|