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<裏野部>魂繋ぐ紅い糸<ダーツ>


「ねぇぼく」
「なぁにわたし」
 柔らかな椅子に身を沈めて。ふらふら、同じリズムで揺れる足。お揃いのポンチョに半ズボン。靴下も、丸い革靴も皆一緒。
 ぴったり顎下。同じ長さに切り揃えられた金髪がさらりと揺れた。
「飛行機だって。ねぇ、飛行機ってはじめてかな」
「ぼくがおぼえてないならきっとそうだよ。ねぇでもすごいね、海が見えるよ」
 くすくすくす。同じように笑い合う姿は酷く幸せそうだった。重ね続けられるかも分からない経験。美しい青をじぃっと見つめる。
 揺れの少なくなった機体。首から下がった懐中時計を覗いて。その表情は緩やかに真剣みを帯びていく。
「ねぇわたし」
「なぁにぼく」
 そろそろ時間だね。囁き合った。小指に結び合った赤い糸は、きれいなちょうちょむすび。そうっと、手を繋いだ。保護者代わりに、と揚羽がつけてくれた『お友達』に視線を投げて、立ち上がる。
 椅子の陰に隠れて仕舞う程小さな背。くすくすくす。また笑い合った。海は、雲に隠れて見えなくなっていた。
「あげはちゃんとろんちゃんは、今日もなかよしだったね」
「しろちゃんとくろちゃんもだよ。くろちゃん、かわいいねぇ」
「そうだわたし、きゅーちゃんと一緒のとーかちゃんがお菓子くれたんだよ。終わったら食べようね」
「そうだねぼく。じゃあ、」
 がんばろうね。綺麗に重なった声と共に、通路に出た。殺しちゃだめだよ。なんてやっぱり重なる声。伸びた気糸が合図だった。縛り上げられた一般人が悶絶して地面に転がり伏せ、即座に掻き消える。
 揃いの短刀に纏わり付く、魔力の残滓。神秘に混ぜ込んだ命は、特別な爆弾に姿を変える為の道具。無表情に手元を見つめる『姉』に視線をやって。
 『弟』はやはり無表情にひとつ、瞬きをした。
 重ね合わせた存在。繰り返した自問他答、他問自答。何時も一緒で何処までも同じ。何を失っても。アイデンティティは揺らがない。
 けれど。
 時間が流れる程に胸を満たす焦燥感の正体は何なのだろうか。遺伝子さえも同じだから。これは『彼女』の気持ちなのだろうか。分からなくて。一度だけ、胸元の布を握り締めた。
 気糸は舞う。ぶちまけられた紅が、ゆっくりと絨毯を染めていった。


「ほんっとうにリベリスタって年中無休よね。……どーも、今日の『運命』話すわよ」
 抱えた資料を机に広げて。『導唄』月隠・響希(nBNE000225)は軽口に反して酷く真面目な表情を浮かべ口を開いた。
「少し、って言うか結構前。とある裏野部フィクサード達が、ひとつの街を地に沈めたわ。……覚えがある人も居るでしょう。あそこ、まぁ、当時から神秘的に何かあるんじゃないか、って言われてたんだけどさ。
 調査の結果、此処にはアザーバイドが眠ってる事が分かったのよ。今は沼になってしまったんだけど、……あんたらなら『見える』でしょ?」
 真っ赤に。まるで血でも湛えているかのような。モニター越しでも見えるその沼の異様さに、フォーチュナは一般人には今のところわからないわ、と呟く。
 机に広がった資料の一枚。旅客機のフライトスケジュールをひらり揺すって。
「今回、あんたらに頼むのは、旅客機墜落の阻止。……まーた裏野部よ。いい加減にしろって感じ。先日、逆貫おじさまが、この沼に旅客機を落とそうとする事件を視てるんだけどさ。今度は複数に増えたのよ。
 ……行われるゲームはダーツ。ルールはシンプルに、最も高得点のものが勝ち。的は、件の沼。ダーツは勿論――」
 一般人をたっぷり詰め込んだ、旅客機だ。良い趣味ね。淡々と告げるフォーチュナの表情に浮かぶのは形ばかりの冷笑。
「狙われた旅客機は4つ。既に『七つ武器』と呼ばれるフィクサード達がそれぞれに分乗しているわ。……全機既に離陸済み。チケットも取れなかったし、あんたらを潜り込ませるにも、止めるにも、時間が足りなかった。
 ……無茶をさせる事になるわ。ごめん。でも、やってもらわなきゃいけない。話が済み次第、高速輸送機に乗って貰うから。旅客機に接近次第後部にワイヤーを打ち込む事になってるから、……そっから伝って中に入って」
 深い溜息。落ちるんじゃないわよ、と呟いて。次に手に取ったのは白い紙の束。切り替わったモニターに映る、全てお揃いの幼い双子。
「ミザールとアルコル。……男女の双子。今回あんたらが相手をすることになるのはこの子たちよ。詳細な能力はこっちの資料見て貰った方が早いから、飛行機の中ででも。加えて、裏野部フィクサードもついてきてる。
 ……彼らは乗客を殺して無い。まぁ、攻撃してない訳でもないし、……結果的にもう二度と戻らない人も居るわ。『生命導火線』、っていうアーティファクトの材料にされてたり、ね」
 苦い表情。材料であり、人質であり。同時に盾でもある。『無力であり守るべき一般人』は、フィクサードにとっては格好の標的だった。
「フィクサード2名は、脱出手段も持ってる。まぁ飛行機と心中なんて死んでも御免だしね。……あんたらにもパラシュートは用意してあるから、空が飛べないならそれを。でも、タイミングを誤るんじゃないわよ。
 ……無理をすればするだけ、離脱は厳しくなるわ。あたしはあんたらを死ににいかせる訳じゃない。……お願いね」
 救うものをどうしても選ばねばならないのなら。深い、溜息。視線を下げて、人数分の資料を差し出した。
 慌ただしく動き出す、足音が聞こえた。血腥い戦場の気配は刻一刻と近づいていた。 



■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:麻子  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年01月08日(火)23:26
血染めの聖夜と年越しは如何ですか。
お世話になっております、麻子です。黒。
以下詳細。

●成功条件
 旅客機の墜落阻止。

●場所
ワイヤーは旅客機の後部に打ち込まれます。何とか内部に入り込んで下さい。
300人乗りの旅客機は、9割強が埋まっている状況でした。
双子は、機内前方、操縦室へと続く扉付近に居ます。
付近の乗客は既に後述アーティファクト『生命導火線』の餌にされています。
基本的に、薙ぎ払う等しない限り座席や一般人により動きや射線が大きく阻害されます。

武器・スキルによる副次効果はありません。但し、対象を選べないスキル等は範囲に入れば乗客を巻き込みます。
パイロットは魔眼により墜落させるよう催眠を受けています。
時間帯は夜。

●『二連星』ミザール・アルコル
姿形声、そして、その精神性まで完全に同一。姉と弟の一卵性双生児です。
揃いのポンチョの中に手を隠しています。
ジーニアス×ナイトクリーク。
アーティファクト『悪意の伴星』『生命導火線』『花結』を所持。
下記以外にも一般戦闘・非戦闘スキル及び、ナイトクリークRank2スキルまでの中から幾つか所持しています。

アルコル
バットムーンフォークロア、シャドウサーヴァント、ブレイクフィアー
P:ブラッティロア、ダブルアクションLv3

ミザール
バットムーンフォークロア、シャドウサーヴァント、ライアークラウン
P:ブラッティロア、ダブルアクションLv3
非戦:ワールドイズマイン(強化版。その効果はリベリスタにも及びます)

●裏野部フィクサード×5
ジョブ雑多。Rank2スキルまでからいくつか使用して来ます。
ホーリーメイガス、ソードミラージュ、破界闘士が判明しています。

●アーティファクト『悪意の伴星』
左右2本の短剣型アーティファクト。左右で合わせて2回の攻撃を可能にします(常時DA)。
右の短剣での攻撃を喰らった場合、○○無効等のBS無効の能力を持つ者は其の効果の恩恵を受ける事が出来なくなります。
左の短剣での攻撃を喰らった場合、呪いのバッドステータスに加え、虚弱、圧倒、鈍化、猛毒、流血、業炎、氷結、雷陣、麻痺、不吉、混乱、致命、怒りの中から3つまでのバッドステータスをランダムに付与します。

●アーティファクト『花結』
所有者を2名必要とする、赤い糸を編んだ指輪型アーティファクトです。効果中は、所有者にしか触れる事の出来ない不可視の赤い糸が両者の間を結びます。
所有者2名のHPの合算値を、両者共有のHPとします。(0にすれば所有者は両方倒れます)
加えて、ブレイク不可のチャージ中を常時付与します。

●アーティファクト『生命導火線』
取り込んだ一般人とエリューションを組み合わせ、爆弾を作成するアーティファクトです。
現状初期配置分+12T分の一般人が用意済みです。
初期配置3体。2T目から随時3体ずつ追加されます。
代償として、所有者はエリューション排出の度、古いものから記憶をどんどん削られていきます。

●エリューション『爆弾』
『生命導火線』によって産み出された爆弾エリューション。胸の真ん中に一般人が植え込まれています。
戦闘行動は行いませんが、壁になったりはします。
彼らの爆発条件は
・一般人が生きている状態で倒される
・一般人が生きている状態で3T経過する
上記2つです。一般人を引き摺り出す、若しくは殺すことで彼らはフェーズ1相当のエリューションになります。
彼らが爆発する場合でも、機体にダメージはありません。

●注意
 このシナリオは、<裏野部><ダーツ>、とタグのついた他のシナリオと連動していますが、判定の共有等はありません。


●Danger!
 このシナリオはフェイトの残量に拠らない死亡判定の可能性があります。
 参加の際はくれぐれもご注意下さい。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
クリミナルスタア
神城・涼(BNE001343)
プロアデプト
酒呑 ”L” 雷慈慟(BNE002371)
マグメイガス
宵咲 氷璃(BNE002401)
ホーリーメイガス
ゼルマ・フォン・ハルトマン(BNE002425)
プロアデプト
レイチェル・ガーネット(BNE002439)
クロスイージス
姫宮・心(BNE002595)
★MVP
インヤンマスター
小雪・綺沙羅(BNE003284)
ホーリーメイガス
氷河・凛子(BNE003330)
ダークナイト
熾喜多 葬識(BNE003492)
ダークナイト
紅涙・いりす(BNE004136)


 どれ程近づいても。心を添わせても。その中身さえ、揃えてみたって。
 ひととひとは一つになれない。皮一枚隔てたむこうがわで生きる別のいのち。
 だから。きっとこの繋がりは酷く脆いものだったのだろう。鉛筆で描いた紅い糸。引けば解ける、花結び。
「ねえ、おねがいだよ。きっときっと、おしえてあげてね」
 途切れた糸の先が、揺らいでいた。紅く紅く。滴るものが床を染めていく。嗚呼。結局、ひとつになんてなれなかったのだと。
 気づいて居たのは、誰だったのだろうか。

● 
 風が吹き荒れる。全てを見透かす紅の瞳を細めて、『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)の指先がすぐ目の前を飛ぶ機体を辿る様に動く。
「双子ちゃんは予想通り操縦室前だね、貨物室にも行けそう。……じゃ、よろしく~☆」
 がちん、と。打ち込まれたワイヤー。不安定なそれを掴んで、ふわり。揺らめいたのは深緋の羽織。音も立てずに軽やかに、ワイヤーを伝い前方の機体に取り付いた『続・人間失格』紅涙・いりす(BNE004136)は素早く、貨物室辺りの壁を叩く。
 一か所だけ。軽い音を鳴らした其処に叩き込む血狂いの刃。鈍い音と共に穴を空けた其処の様子を確認してから、その手を伸ばした。
 互いに手を伸ばし合い。問題無く機内へ侵入すれば、次に待っているのは勿論、血を血で洗う戦いだ。逃げ場等無く。刃を染める血は、敵と自分と、そして只其処に存在しただけの一般人のそれ。
 防げたかもしれない、事件だった。もしも。もしもあの時倒していたなら。双子さえ、始末していたなら。少なくともこの飛行機の乗客は、無事だったのではないだろうか。
 握り締めた拳が軋みを上げる。『生還者』酒呑 雷慈慟(BNE002371)の心を占めるのはただ只管に、悔恨。己の不手際が。己の力不足が。あの日失った以上の命を危険に晒したのだろうか。
 もしも、手が届いたなら。もしも、もしも己にあと少しでも、状況打破に足る力があったなら。こんな事にはならなかったのだろうか。思い詰める程に力の籠る手が震える。
 彼は誰より知っている。もしもなんて言葉に意味が無い事を。ああしていたら。こうすれば。そんな過程を繰り返せば戻るのならば誰も後悔なんてしないのだから。
 だから。未だ閉じたままの貨物室のドアを見つめた。今は、既に起きてしまった事態の収束に務めるのだ。それ以外に、出来る事などないのだから。そう、例えこの手からどれだけ零れ落ちる事に、なるのだとしても。
「……務めあげてみせる」
 低い呟きは何より硬い決意の証明で。伏せた瞼の奥にある激情の揺らめきを呑み込み、一つ、息をついた。目の前では、既に準備を整えた仲間が上、客席に続く扉を見上げている。
 身に着けるのは、旅客機に乗れば誰もが見るキャビンアテンダントの制服。移動中に頭に叩き込んだ、最短経路を思い出して。『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330)はその涼やかな瞳を細めた。
「客席に入った後は、手筈通りに」
 少しだけ低めの声。何時も通り、冷静で穏やかないろを保つそれはしかし、上に居るであろう一般人を思い、僅かに揺らいでいた。被害は出る。それは避けられない事実だ。間違いなく、人は死ぬ。もしかしたらこの手で殺すかもしれない。
 けれど、そんな絶望的な現実も、凛子を諦めさせるには至らない。全てが無理なら、一つでも多く。例え、たった一つでも。救う為に手のを伸ばすのだ。それが、氷河・凛子と言う人間の在り方だった。
 かちり。伸ばされた『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)の指先に応える様に。鍵が開いた音がする。空を舞う力は得ていた。一気に客席に上がる。

 最初に感じたのは、血の匂いだった。
 続いて耳に飛び込む絶叫。阿鼻叫喚。痛い苦しい怖い助けて来ないで。圧倒的な暴力が齎す、絶望と血に染まった空の旅。飛んだ銃弾によって齎された紅い雨が、いりすの仮面に降りかかる。
 けれど、その華奢な体躯は止まらない。音も無く壁を駆け上がり、視界を確保。滲み出す、夜の世界が蠢いた。己が生命の一端を食らうそれが、巻き込めるだけの爆弾を撃ち抜く。直後。続け様に駆け抜けたのは、目を伏せようと網膜に焼き付く鮮烈な白。
 前方で暴れて居た影が、進路を阻む影が、一瞬で大人しくなる。しん、と静まる客席の空気。その只中で。
「動けば撃つ! 死にたくなければ頭を下げてじっとしてろ!」
 闇夜と宵闇。光さえ弾かぬ刃に纏わりつく魔力の残滓。『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)の瞳に、躊躇いの色は無い。邪魔ならば切り捨てる。必要ならば。それが、どれ程無力な存在であろうとも。
 それは彼女の持つ覚悟にも似た何か。何処までも冷徹に、確実に。必ず皆殺しにする。此処に足を踏み入れた時点で、全員がゲームの一員なのだから。
「わぁ、いらっしゃいリベリスタ!」
「また会えるって思ってたよ、空の旅はどうだった?」
 2対の硝子球が、全く同じ様に細められる。あの日と同じ様に、一つの言葉を二つの口から零す双子は、楽しげにリベリスタへと向き直る。ふわり、と滲み出る夜の色。従えたそれと同じ様に首を傾げる二人をちらりと視界に収めて。
『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)の瞳が細められる。透き通る蒼が見通す敵。クロスイージスにダークナイト。読み取れたそれに、微かに眉を寄せた。
「ごきげんよう。お久しぶりね?」
 こうしてまた出逢うのも『運命』なのだろう。数奇なそれに、喜びさえ覚えた。戦場にはあまりにも不似合いな挨拶の言葉。硝子球と視線を交えれば、やはり二人は同じように笑って手をひらつかせた。
「ねえわたし、あの時のおねえさんだよ」
「そうだねぼく、あの日はとってもたのしかったね」
 分かり合っているようで核心に触れない、上辺だけを撫でる様な。言葉のやり取りに目を細めた。恐らくは。『彼女』はもう覚えてはいなくて、『彼』は覚えている。磨り減る記憶の確認作業はけれど、全てを取り戻してはくれないのだろう。
 美しき夜の天蓋が、氷璃の顔に影を落とす。戦いに来た。だから、此処ですべき事は決まっているけれど。彼女はもう一つも諦めない。
「今度こそ、貴方達を止めて上げるわ。――貴女が総ての真実を失う、その前に」
 囁く様な声は、双子に届いたのだろうか。


 闇夜が舞っていた。握り込んだ、イノセントブラックが火を噴く。銃口さえ見えぬ神速の抜き撃ちが、獣の咆哮の如き銃声と共に奥の癒し手を撃ち抜いた。飛び散る、紅。
「おっと、悪いな。お前さんは俺に付き合ってくれよ」
 攻撃対象が違っても『ダブルエッジマスター』神城・涼(BNE001343)は相対する剣士を通さない。剣を交えて撃鉄を鳴らし。危機的状況は涼の集中を高めていく。その心を高揚させる。
 けれど。その瞳は冷静さを失ってはいない。怯えながら頭を下げる、小さな子供が見えた。この状況。理解出来なかった。したいとも、思わなかった。
「……趣味悪いっつーか何考えてんだ」
 旅客機をダーツに。一般人を爆弾に。おまけに事件は年末年始に起きました、何て。全くもって理解不能。けれど。そんな事を言っても状況が変わらないなんて事は一目瞭然で。
 放たれた刃に、泡沫のいろ持つナイフを当てて辛うじて衝撃を緩和する。それでも、掠ったそれに頬が切れた。滴り落ちる紅を雑に拭う。
 やるしか無いのだ。やる、と相手が言うのなら。今、この状況をどうにか出来るのは間違いなく自分達だけだ。
「大丈夫です、頭を下げて。落ち着いてください」
 出来る限りの落ち着いた声音で。語り掛ける凛子の声は、不安と恐怖の只中で辛うじて均衡を保つ一般人の心を支える。服を掴んだ震える手をそっと客席の奥へと隠してやって。
 凛子の唇が紡ぎ出したのは、癒しの言の葉。齎された、神の力の末端がその髪を揺らした。敵以外全て。癒せる限りを癒し続けるのが、恐らく最善なのだろう。多くを救いたいのなら。
 けれど、敵もそれを黙って見ていてはくれない。客席の影。不意に飛び出した何かに、いち早く気付いたのはレイチェル。
「フィクサードです、気を付けて!」
 超人的な反射神経と、払い続けた注意の賜物だろう。その警告は仲間に届き、無防備な後衛を護る為の時間を与えた。見えたのは白い羽根。燃え盛る拳を大盾が受け止める。
 重さに手が痺れた。けれどその小さくも強固な『鉄壁』は崩れない。『超守る空飛ぶ不沈艦』姫宮・心(BNE002595)の背が、ピンと張られる。
「――世界を護る為、自分自身を含む如何なる犠牲も厭わない。私は! 世界を護るのです!」
 世界を護るのならば。今此処にある命を少しでも多く。救い護ると決めた彼女は、その身を投げ出すことも厭わない。ただ只管に護り庇う。やれる事が多くないのなら。そのやれる事に全力を尽くせばいい。
 凛、と立つ少女と、白い羽根。それは絶望に震える一般人の希望の光足り得るものだったのだろう。怯えながらも大人しく身を寄せ、後方の影に隠れた彼らに少しだけ、安堵の息をついた。
 ぴん、と伸びた鋼鉄の爪。其処に色を灯すのは、練り上げた癒しの魔力。歌う様に描く様に。爪が、紡がれた言葉が力を持つ。直後齎される、優しくも力強い神の息吹。
 傷を、呪いを、無かった事に。『鋼鉄魔女』ゼルマ・フォン・ハルトマン(BNE002425)は、何時かの様に優雅に、笑みを湛えて双子を見遣った。
 恐らくは興味を引いたのだろう。前に出る事無く、いりすと刃を交える彼らの瞳が、此方を向く。久し振り、だなんて、彼らは覚えてもいないだろう、相も変わらず程度の低い遊戯を繰り返してはいるけれど。
 ゼルマは、この双子が嫌いではなかった。何処までも幼く拙い言葉遊び。その手は離せないのか離さないのか。すぅ、と目を細めた。
「主らのような可愛げのある小童に付き合うのは嫌いではない。――遊んでやろう」
 決して倒れず癒しを切らさず。冷静に、状況を見据える魔女にもひらひら、手を振る双子。そんな戦場の只中で。唐突に、駆け出した小さな影。黒い髪が揺れた。仲間のブロックが生んだ隙間をすり抜ける。
 綺沙羅だった。目指すは操縦室。今しかない事は分かっていた。少しでも早く。この飛行機を奪い取るなら。仲間全員が万全な今以外に、機はなかった。飛んで来た攻撃を、庇い手として動いた心が代わりに受ける。
 振り向かない。足を止めない。短い筈なのに酷く長い、一本道。敵の刃が此方を向くのが見えた。もう、庇い手は近くに居ない。間に合え、と。その指先を、伸ばす。
 ロックのかかった扉が開く。半ば転がり込む様に飛び込んで。クロスイージスの盾をかわす。驚いた様な、双子と目が合った。
「……相変わらず不毛な道具を使ってるね」
 視線の先には、恐らくは『彼女』がいた。使えば使っただけ。彼らは別れに近付くのだろう。赤子が、鏡に映る自分を自分だと認識出来ないように。そう遠くない未来に、彼らの言葉遊びは終わりを迎えてしまう。
 返事なんて聞く気も無かった。抱えたキーボードを叩く。一気に空気の温度が下がる。水分が凍り付いて行く音がする。降り注ぐ、鋭利な氷の雨。蠢く爆弾を始末したのだろう、爆ぜたそれの熱風が届く前に、ドアが閉まる。
 浅くなった息を、整えた。虚ろな瞳で操縦桿を握る運転士達を、その手が放つ閃光弾が昏倒させる。さあ。此処からの空の旅の命運は全て、自分の手が握るのだ。

 大量の血が、操縦室のドアへ降りかかる。ずるずると、力を失う華奢な背中。凛子の長身が、力を失い倒れかける。
 綺沙羅が駆け抜けた後。自身もその手伝いに駆け込もうとした彼女を、敵は通してくれはしない。2度は無い。その上、癒し手が前に出るのならそれは格好の的でしかなく。
 即座に狙われ、傷付いた彼女を、此方に引き戻すだけの余裕はリベリスタには無い。只でさえ一人減った上に、この機体を保つ必要のある彼らは決して有利とは言えないのだ。
 その上、癒し手を一人うしなったなら。数は圧倒的に不利になる。それを、知っているのかいないのか。いつも通り飄々と。葬識は逸脱者のススメを軋ませる。
「はぁい☆ ハイジャックジャックにきたよ」
 けらけらと。笑いながらキャッチアンドキル。暗黒の煌めきを帯びた鋏で其の儘ばちん。一般人を失い邪魔な壁になっていたエリューションを、地面に転がす。
 つまらないなぁ、と視線を下げた。やっぱり切るなら人でなくては。やれやれと肩を竦めて、楽しそうに笑い合う双子を見つめた。可愛い可愛い魂の双子。旅客機でダーツ、なんて随分と洒落がきいていて、悪くない。
「当方正義の味方ではございません、殺人鬼でございます。……でも、どーせ殺すなら美しくだよねぇ~」
 こんなに沢山の命をみんな一緒に落としてさようなら、なんて。勿体無い事この上ない。どんな『悪』とも違う殺人鬼の美学。何時も通りのその様子に、双子は面白そうにまた笑う。
 漏れ出すのは圧倒的な思考の奔流。分析して理解し再構築。戦況を見据え続ける論理戦闘者たる雷慈慟だからこそ持ち得るそれは、只の思考に留まらない。物理的圧力に変わったそれが、敵へと炸裂した。
「ク……っ! どうあっても殺すんだ! 許しは請わない!」
 絶望に歪んだ呻きはきっと耳から離れない。視界に焼き付いて。けれどそれでも躊躇えなかった。
 跳ね飛んだ爆弾が向かう先は、敵の癒し手。狙われ続け傷ついたそれに、降り注ぐ爆薬の雨を避ける力など残ってはいない。爆ぜる。其の儘、肉の焦げる臭いと共に崩れ落ちた。
 一進一退。たった一人、旅客機を操る少女の手を止めぬ為に。少しでも多くを削るリベリスタの戦いは終わらない。


 ロックをかけたドアが軋む音がした。昏倒した操縦士の代わりに、その席に座って。綺沙羅は深く、息を吸う。背後を護る影に、僅かに視線を投げた。
「まさか、現実でやるなんてね……」
 手をかけた操縦桿がゲームで握ったそれとは桁違いに重く感じるのは、その手に掛かる責任の重さ故か。ぶら下がったヘッドセットを付けた。覚悟を、決めなくてはならない。
 指先が、コントロールパネルに触れた。無機質なそれと、自身の感覚が溶け合う。リンクする。オートパイロットに切り替え。行先は、事前に見つけた最も民家の少ないルート。
 尋常ではない情報を処理していく。最短距離を飛んでも、この不安定な状況でどれ程早く降りられるのか、何て事は分からない。微調整。計器の数値など、見なくても直接流れ込んでくる。
 幾らオートパイロットに切り替えようと。少しの調整がずれれば、恐らく容易く落ちるだろう。立て直すだけの技量は、幾ら綺沙羅とは言え持っていない。だから。ほんの少しでも、気を抜く事は出来なかった。
 油圧制御。電気回路制御。燃料管理。コンピュータが処理した情報であろうとも、雪崩れ込むそれは人の脳の限界を試す様で。微かに、眉が寄った。
 その間も軋みを上げ続ける背後のドア。破られたら。寒気を覚える様なもしもに冷汗が伝った。手を離せる訳なんて無かった。応戦は出来ない。けれど、応戦せずに綺沙羅がもしも、倒れたなら。
 恐らく、この飛行機は遠からず落ちるだろう。それは、機を掌握した綺沙羅自身が誰よりよく分かっていて。だからこそ、祈る様な気持ちで目を伏せる。どうか。この扉が、破られる事が無い様にと。
「俺様ちゃんたちのこと覚えてる? もう覚えてないよね」
 くすくす。笑いながら放つ暗黒は、等しく双子を貫く。いつも一緒が良いなら、きっと攻撃だって一緒が良いだろう。そんな気遣いを笑って行って、葬識は首を傾ける。
 爆弾を作れば作るほど磨り減るのなら、きっとその内自分のことだって忘れてしまうのに。可哀想、と言いたげに細められる瞳。
「もうどっちががどっちかも忘れてるんでしょ?」
「ぼくとわたしは、どっちがどっちだって問題ないよ」
「わたしがミザールなら、ぼくはアルコル。逆も一緒だ」
 互いが互いであるのなら。名前なんてただの識別信号に過ぎないのだから。絶対的でけれど脆い、アイデンティティの確認方法。可哀想にね、と言いたげに、葬識は肩を竦める。他人の美学とも言うべきものを、否定するつもりはなかった。
 気糸が伸びる。撃ち抜かれた、ポンチョの肩。雷慈慟の攻撃に続く様に叩き付ける、暗黒に染まった血狂いの刃。2対1、興味を引き続けることでブロックを行ういりすの傷は、常に深い。けれどそれでも、その痩躯が倒れないのはひとえにその優れた反射の賜物だろう。
 幾らゲームとは言え、これを落とさねばならない事を双子も分かっているのだろう。振りかぶったナイフが叩き付けられるのを、ギリギリのところで跳ね飛ばす。
「愛しくて。愛しくて。愛しくて。愛しくて仕方ないから、小生は「君」を殺そうと思う」
 その在り様は美しかった。揺らぎの見えないアイデンティティ。成熟し切ったそれに対して、時折ちらつくのは年相応の未成熟さ。アンバランス。危うい均衡を保つそれは脆くも強く、美しく。
 2人で一つであるのなら、君達、と呼ぶのは失礼だろう。愛と敬意を表明しよう。焦がれる。感じる愛おしさ。嗚呼、愛したい。恋しい。この美しさが欲しかった。全て、食らい尽くしてしまいたいほどに。
「ほら、もっとやりあおう。愛って奴は、殺し合わなきゃ伝わらない」
 鮮血に塗れて痛みと冷たさと温かさと。それをみんなみんな混ぜ合わせて、愛といういろを謳うのだ。もう幾度目か。鮮烈すぎる白は目にも、そして敵の身にも激痛を齎す。とにかく痛打を。
 身を蝕む呪いというものは、自分たちにとっての脅威であると同時に敵にとっての脅威でもある。その脅威という名の刃を常に敵の喉元に押し当てる事が叶うのは、レイチェルのみ。
 磨き上げられた精度は間違いない武器となる。鈍く呻いた敵を、その手で仕留める事は出来なくとも。彼女が生み出す隙は、仲間にとって格好のチャンスとなるのだから。
「……さぁ、まだまだ終わりませんよ」
 眼鏡を押し上げる。胸にこみ上げる感情は、ただの悔しさ、と呼ぶには違う何かだった。あの日の敗北が悔しくないのか、問われればそんな事は無いと答えるだろうけれど。
 違う想いは、確かに此処に存在していた。緩やかに首を振った。それに想いを馳せるのはきっと今ではない。今はただ只管に自分の甘さを削って、殺意を研ぎ澄ませて。目の前の敵を排除する事だけに、力を注がねばならなかった。

「あーあ、このままじゃゲームが失敗しちゃうよぼく」
「こまっちゃうねわたし。じゃあ、どうしようか」
 くすくすくす。傷を負いながらも余裕を崩さない双子の片方が動く。破邪の光が煌めいた。振り払われる脅威に続いて、機内を染めるのは紅の魔力。滴り落ちる月光は不吉を謳う。
 供えていたリベリスタは多い。座席に隠れた者も居た。庇い手が前に出た。けれど、それはその力を知っているリベリスタだから出来た事。
 静かな魔力が、一般人の命を奪う。隠れ切れて居なかったそれが、苦しみながら倒れていく。悲鳴。呻き。のたうつ音。けれど。それに目をやっている暇が無い事を、リベリスタは知っている。
「ざけんな、いい加減にしろっつーんだよ!」
 放たれた神速の弾丸が、遂に目の前のソードミラージュの意識を奪う。けれど、涼の動きは止まらない。押し上げた前線。双子は、すぐ目の前だった。その姿が、掻き消える。
 避ける間も無い。まさに音も無く影に回って。片割れの首に押し当てられる泡沫の刃。其の儘、鋭く横に引かれた。
 噴水の様に。噴出した血が降りかかる。ぜ、と浅い呼吸と共に、力を失いかけた手を、もう一人がしっかりと握る。紅い糸。痛みを共有するシンクロニシティ。傷が薄まり、二つに分かれる。
 突っ込んだ彼を邪魔だと言うように。傷の深いダークナイトが齎す強烈な呪詛の一撃。おぞましいそれが、体内を駆け巡る。焼けつく痛みに意識が飛んだ。ぐらついて、崩れた膝。運命が燃え上がった。膝に力を込めて、涼は立つ。
 足が、唸りを上げる。振るわれた一撃が生み出す鎌鼬。潰すなら癒し手から。その定石を護る様に飛んで来た一撃は、心がその身をもって遮る。堅牢な彼女も、必ず立ち続けられる訳ではない。庇い続けかわせない攻撃は、その身を傷つける。
 血を吐き出した。がりがりと運命を削る。倒れる事も、運命を差し出すことも。躊躇うつもりなんて一つも無かった。
「動くべき人が、動くべき時に、動けるようにっ……! 立ち上がる為なら、この運命だって」
 いくらでも差し出そう。何かを護れるのなら。運命なんて惜しくはなかった。強い強い瞳の煌めき。ぐらついた膝に、力を込め直す。その後ろから。舞い飛んだのは、蒼と相反する鮮やかな紅。酸化する前に、それは漆黒の鎖へと姿を変える。
 駆け抜け絡み縛り上げる。呪詛にも似た血の呪いを拡散させて、氷璃はひとつ、微かに息をついた。
 敵を滅ぼす術しか知らない自分と、同一である事しか出来ない彼ら。否、アルコル、と言った方が良いのだろう。よく似ているかもしれない、とその声は囁く。
「ねぇ、アルコル。私には判らないわ。……彼女に嘘を吐いてまで、何を為そうと言うの?」
 そろいの双子、片方の肩が跳ねた。ほら、そうやって。彼は総てを覚えていて。彼女はそうではない。同一を謳いながらも想い出一つ共有出来ない。
 彼女が知らない事は、彼も知らない。同一である為に吐き続ける小さな嘘は、けれど大きな矛盾だった。
「それは、……2人が同一である事よりも優先される事なの?」
 何処までも、淡々と、けれど真っ直ぐに投げられた問いに、肩が震える。彼は答えず、彼女も答えない。沈黙の中に吹き荒れたのは、癒しの風。削れた精神力に少しだけ眉を寄せて、ゼルマは緩やかに口を開く。
「ミザール、アルコル。覚えておらぬだろうがな、主らは世を知るには時間がない、と言った」
 あの日の問い。同じように笑って首を振った彼らは、今もまた同じ答えを返すのだろうか。返せるのだろうか。ゼルマは、問う為に来た。一般人を救う為でも、目的を阻止する為でもなく。
 この双子に問いを。そして、その望みを叶える為に。
「忘れるのが怖いか? 死ぬのが怖いか?」
「こわくないよ、こわくないよ、だめだよ。ぼくとわたしはいっしょにうまれた。だから、しぬときだっていっしょじゃなきゃいけない」
 首を振る。答えるのは一人だけ。硝子球の瞳に揺らめく感情のいろ。もうやめて、と。言いたげに此方を見つめる瞳が見える。けれど、魔女は問いをやめない。
「――世を知りたいか?」
 望みを言えばいい。その無機質な瞳の奥で揺れる激情を吐き出せばいい。心から、叫べばいい。叶えるつもりだった。その望みを。願いを。魔女は約束を違えない。
 己の運命を全て与える事になったとしても。それでも、願いに応えてやろう。その手が伸ばされる。運命の手は、その手に沿ってはくれなかった。けれど。もしこの手を取るのなら。
 世界を、そしてその先を、教えてやれるのだから。微かな沈黙。応えられない、片割れの代わりに。前に駆け出したのはもう一人。
「……こわして」
 囁く程の声。それが何を望むのか分かっていた。ゼルマの爪が描く魔力の矢が、晒されたブレスレットを断ち切る。音も立てずに落ちた鎖と、途端に掻き消える爆弾。転がり落ちた一般人の、鈍く咳き込む音。
 硝子球の瞳が、ゼルマを見ていた。此方を見つめる弟を振り向く事無く。『彼女』は微かに笑う。それは、終わりの始まりだったのだろう。飛行機の高度が、緩やかに下がり始めるのを感じた。


 始まりが一緒でも、終わりが一緒だとは限らない。
 始まりは総て、同じだった筈だった。細胞レベルから同じように生まれたのに、分かれた時に生まれてしまった歪は運命の悪戯だったのだろうか。
 違えてしまった。その性を。同じであるはずの遺伝子は違ってしまった。同じでなくてはならなかった筈のそれが齎したのは、終わりの違い。
 長くはない筈だった。それは互いに知っていた。姉にとっての死兆星は、健やかに育つ自分で。けれどまた、運命は悪戯に笑ったのだ。
 姿を揃えた。心を揃えた。偶然に止まった時間はけれど何時終わりを迎えるのかわからない。なら、忘れてしまおうと思った。
 本当は違う終わりを忘れて。同じ終わりを作ろうと思った。
 それが、正しいのかなんて事は、考えなかった。


「あのね、」
 ほんとうはもう、わすれたくないの。零れ落ちた言葉は酷く単調で。けれど今まで放たれた言葉遊びではなかった。わたしとぼくでは、なかったのだ。
『彼女』はミザールとして口を開いた。ゼルマの瞳が揺らぐ。
 空の色は知っていた。青かったり、あかかったり。暗かったり。でも。あの日見た空のいろはしらなかった。もう覚えていなかった。姿を揃えて言葉を揃えて。そのきっかけさえ、自分はもう覚えていない。 
 それで良いと思っていた。ぼくはわたしでわたしはぼく。何処までも一緒。生まれた瞬間から、死ぬその時まで。小指に結わえた、紅い煌めきを見つめる。
 結局何処までも一緒なんでそんなの夢でしかなかったのかもしれなかった。磨り減っていく記憶を補う様に。その姿は近付いた。わたしが忘れてもぼくが覚えていた。ぼくがわすれても、わたしが覚えていた。
 けれど。其処に痛みはなかった。悲しみは無かった。苦しみも無かった。暗いものは何一つない優しい記憶。それだけを繰り返す。まるでそれ以外は要らないと言うように。それは、きっと優しさだったのだろうけれど。
「アルコルには、いわないでね」
 囁く様な声は、この戦場ではゼルマにしか届かない。硝子球のような瞳が揺れていた。傷を負っているのは、リベリスタばかりではない。緩やかに動作を安定させた旅客機の不時着は恐らく確実で。
 そうなれば、深い手傷を負った『彼ら』は間違いなく、その命をリベリスタに奪われるだろう。血に濡れた金髪が、さらりと揺れる。いりすの目の前。此方を見つめる同じ顔。
「――あなただぁれ?」
 その声は、戦場であろうと誰もの耳に届いて。視線が、そちらを向く。ぽかん、と前を見据えた硝子球が不意に、自分の指先を見つめる。揺らめく紅色。煩わしげに眉を寄せて。
 ぷつり、と。ナイフが断ち切る紅い糸。それはきっと、ずっと一緒だった双子の運命さえも、分かったのだろう。一気に傷の増えたミザールはしかし、その足を止めない。駆け抜けて、向かう先は前方ドアを背にする弟。
 半ば身を投げ出す様に、二つの影がぶつかった。いりすの目の前で。ドアに叩き付けられたアルコルは呆然と、目の前の顔を見つめる。ねえぼく、と囁く声に、返事はない。
 伸びた手がドアを開ける。一気に吹き荒れる突風に、一瞬リベリスタの動きが止まった。それを見越したのだろう。ミザールの指先が、ドアの淵を握るアルコルの手を外す。
 ふわり。突風に流された影は、あっと言う間に視界から消える。突然の出来事に目を見張るリベリスタの中で、ゼルマと氷璃だけが『彼女』の決断を痛い程に理解していた。
「貴女、それでいいの?」
 白雪の髪が、風で舞い上がる。氷璃の問いに、ミザールは答えない。ただうっすらとその人形の様な顔に笑みを浮かべて。滴り落ちる己の血に染まった刃を、構えた。 

 操縦室のドアが、一気に跳ね飛ぶ。飛び込み、パイロットの息の根を止めんと突き出された槍はしかし、しっかりと綺沙羅の抱えたキーボードが跳ね飛ばしていた。
「――悪いね、もう空の旅は終わりだよ」
 オールクリア。完全に制御しきった旅客機の高度は、安定した緩やかさで高度を下げ、着陸を目指していた。
 それが完璧なものにならない事を、綺沙羅は知っている。けれど、もう落とす事は出来ない。カタカタカタカタ、歌うキーボードが絶対零度の豪雨を降り注がせる。凍り付き倒れ伏したそれから、目を逸らして。
 彼女は、本日最後の大仕事を、こなそうとしていた。その手が再び、操縦桿を握る。此処からはもう、計算や制御では如何にもならない。度胸と運。それだけだった。
「ミザール、こっちに来い。約束は違えぬ、アルコルと共に必ず――」
「だめだよ。アルコルには先があるけど、ミザールには無いの」
 首を振る度に、血が滴り落ちた。恐らく、無理やり断ち切った糸の反動は総て、彼女が負ったのだろう。ふらつく足で、けれど彼女は踏み出す。振りかぶったナイフは、伴星ではない。限界ギリギリ。練り上げられた紅の魔力がリベリスタを巻き込む。
 けれど、それはもうリベリスタの足を止めるには至らない。雷慈慟が前に出た。思考の奔流が力を持つ。視線が、ぶつかった。
「……自分は忘れられない。だが、君達は……否、君は全て置いてゆけ」
 叩き付ける。跳ね飛んだ小さな身体が、壁へと叩き付けられた。その間にも下がっていく飛行機が地面に触れる。凄まじい衝撃はしかし、機体を破壊する程のものではなく。
 ブレーキ。そして、進路制御。必死に綺沙羅の手が操縦桿を操る。止まれ。止まれ。願う様な思いだった。軋みを上げる。速度が、落ちていく。
 揺れる機内。その只中で。酸化し始めた血のいろと共に、少女は這いずっていた。浅い呼吸。もう、終わりは近いのだろう。その手が、ゼルマの足に触れる。屈んで手を差し出せば、確りと掴まれたそれに、押し付けられるナイフ。
「ねえ、おねがいだよ。きっときっと、おしえてあげてね」
 わたしがしらないものを、あの子に。嗚呼。2人は何処までも一つにはなれなかったのだろう。姉は何処までも姉であった。揺らめく紅い糸。その手を、そっと掴んだ。
「叶えよう。魔女は、約束を違えぬ」
「これ、あげる。……さそってくれて、ありがとう」
 押し付けられたナイフの柄が、折れて転がり落ちる。力が抜けた。消えていく、紅い残滓。硝子球はもう揺らめかなかった。光を失っていく瞳。気付けば、機体もその動きを止めていた。
 浅く、息をつく。止まった機体。やりきった大仕事に、綺沙羅は漸く、肩の力を抜いた。ゲームなんていうには余りに重すぎた操縦桿から手を放す。
 振り向けば、敵はもういなかった。あるのは死体と、仲間たちの姿。そして、生き残る事が出来た一般人。他の結末は、まだ知らないけれど。
 リベリスタは誰一人欠ける事無く、多くの命を乗せた旅客機を着陸させる事に成功したのだ。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
お疲れ様でした。

戦闘面良かったと思います。BSの活用が素晴らしかったです。
飛行機に関しては、貴女の活躍が無ければ恐らく落ちました。オートパイロット頼みではない、端々にある努力は素晴らしかったと思います。
敬意を表して、MVPは貴女に。

ご参加、有難うございました。また、ご縁ありましたらよろしくお願いいたします。

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レアドロップ:「偽星」
カテゴリ:アクセサリー
取得者:ゼルマ・フォン・ハルトマン(BNE002425)