● ――なぁ死葉ちゃん、俺の女になれよ。すっげぇ楽しい想いさせてやるぜ。 うーん、うん。良いよ。良いけど、でも、あ、じゃあかわりにひふみとーさま殺してくれる? ぶはっ。うえ、ええええぇぇ? ……じょ、冗談だよな? ンナの無理に決まってンだろ。第一お前の父親じゃねぇか。 あはー。うん、冗談だよ。でもごめんね、わたしとーさまより強い人が好みなんだー。 ……なんて、ね。 何も冗談なんかじゃない。自分に、裏野部四八に近寄ると言う事は、あの狂相の魔人に目をつけられる事と同義だ。 もし仮に半端な人間が自分の恋人になんてなれば、あの男は娘の恋人を試すとでも称して、けれどその実面白半分に、自分に見せる為に其の恋人を嬲り殺すだろう。 情を交わした相手のコロンビアン・ネクタイなど誰が好んで見たいものか。 結局あの男を殺せないようならば、自分の傍らに立つ資格など無い。 例えば京兄、黄泉ヶ辻さん家の京介クンならばあの男を殺す事も或いは出来ようが……、毒蛇の巣から毒蜘蛛の巣に移る事に何の意味があろう。 弟はあの男を殺す心算の様だが、其れも果たして何処まで期待して良いのやら。 何より、もう今更慣れっこだ。目の前の事を一つ一つ、何も考えずに楽しめれば其れで良い。 さて、じゃあ……、 『うらのべ? う・ら・の・べ! いっちにっのさーん!!! いぇーいどんどんぱふぱふ。さて今夜もやってまいりましたうらのべラジオ』 特殊な無線機から流れるのは、ある組織の構成員のみが聴けるラジオ番組もどきだ。 『DJはいつもの、でもいつもよりちょっぴりハイテンションなわたし、『びっち☆きゃっと』の死葉ちゃんでおとどけしま~す』 周波は特殊回線の123。悪ふざけのお遊びで、構成員にとってさほど重要ではないが知っておきたい情報を隠語で知らせるラジオ番組。 DJである裏野部四八……、死葉のトークの軽妙さも相俟ってこのお遊びには組織内でも意外と支持者が多い。 『さむい季節だねー。みんなは風邪とかひいてないかな? 血塗れのままだと風邪ひいちゃうし匂うから、ちゃーんと綺麗にしてなきゃ駄目だよー』 ラジオでは他愛の無い話題が続く。 『あ、そーいえば一二三とーさまが楽器を持った外国人は見かけたら吊るせって言ってたよ。楽団とか暴れてるし、最近物騒で怖いねー』 どうやら我等が首領は楽団に対して随分とご立腹らしい。さもありなん。 『楽団の見分け方は殺して死ななかったら楽団メンバーみたいだよ。確認出来たらちゃんと死ぬまで殺そうね』 歌い手だの何だのも居るらしいが、疑わしきは吊るせなのだろう。 けれど時計は深夜1時23分。そろそろ本題の時間だ。 『さてじゃあびっくにゅーすのお時間です。わたしの弟の重クン主催の『裏野部ダーツ大会』の開催が決定しましたー。重クン頑張ってるね!』 だが今夜は少し風向きが違うらしい。 出て来た名前は裏野部重。死葉と同じく首領である裏野部一二三の実子にして、腹違いの弟。 『参加者は7つ武器のみなさんで、なんでも飛行機をハイジャックして目標地点に落とす競技みたいだよ。あはー、はでだねー』 例の騒ぎで出来た沼地が100点、人里は被害の大きさで点数が変動か。 どうも裏野部重は随分とあの沼地を突きたいらしい。 『ラジオを聞いてるみんなは、是非是非だれが一番高得点を出すかを予想してわたしに送ってね。正解者から抽選でだれかにすっごいぷれぜんとあげちゃうよー。じゃ、明日もまたこの時間にね。DJは死葉ちゃんでしたー。またねー』 ザ、ザ、ザー…………。 ● 「さて諸君。それではゲームを始めようか」 目の前のテーブルに資料を放り投げ、『老兵』陽立・逆貫(nBNE000208)が口を開く。 「ルールは簡単だ。諸君等は命をチップに敵と戦う。ただし、ゲームに勝っても得る物は何も無い。ただ明日が何時も通りにやって来る。それだけだ」 集まったリベリスタ達を見回し、逆貫は自嘲気味に嗤う。 資料に書かれたゲーム相手の名は、主流七派が一つ『過激派』裏野部。 「本日24時00分、4機の大型旅客機が裏野部のフィクサードにハイジャックされる。既に旅客機は空へと旅立っており、フィクサードも既に其の中に搭乗済みだ。外から反抗をとめる手段は無い」 つい先日も裏野部所属のフィクサード達による旅客機撃墜を目論んだ事件が起きたばかりだが、今回はより確実な手段を取って来たわけだ。 となれば狙いは当然、以前の裏野部とアークの戦いで出来てしまった、大型アザーバイドが封じられていると見られる沼か、或いは大量虐殺を狙える街かだろう。 「奴等は旅客機をダーツに見立てて、誰が的に当てれるかを競う心算らしい。…………諸君、何としても阻止してくれ」 けれど敵は遥か上空、空飛ぶ棺桶の中である。其処に至る為の手段がどうしても必要だ。 逆貫は一つ頷き、 「高速の輸送機が準備済みだ。ハイジャックには間に合わないが、墜落させられる前には間に合うだろう。輸送機からワイヤーを打ち込むので、其れを伝って旅客機に侵入してくれ」 何時も通りに真顔で無茶を要求した。 資料 フィクサード:『狂人』血蛭・Q(ちびる・きゅー) 裏野部に所属するフィクサードだが、血に狂ったその性質に組織内でも持て余され気味。しかし厄介な事に実力は一級品。 デュランダルの技を振るう。 所持武器は『妖刀・血吸い蛭』。その他の所持アーティファクトは『ヒルコ』種族はヴァンパイア。 所持EXは『鬼狂いの太刀』。 『妖刀・血吸い蛭』 刃金と言う名の鍛冶師が血蛭の為に作り上げた攻撃力が高めの刀型アーティファクト。 ヴァンパイアがこの刀を用いて敵に攻撃を命中させた場合、与えたダメージの半分のHPとEPを回復する。 『ヒルコ』 胎児を材料に化物を作成するアーティファクト。 作成される化物は作成者の影響を強く受け、其の支配下に置かれる。 『鬼狂いの太刀』 狂気に満ちた一太刀。受ければ狂気に侵される。物近範、混乱、致命、必殺。 フィクサード:『コイバナ』八米 刀花 裏野部に所属するフィクサードだが、恋に恋する乙女(笑)。 ゴシックな衣装に身を包み、プロアデプトの技を使う。 アーティファクト『魂砕き』と『魂吸い』を所持する。 所持EXは『赤い糸』。 『魂砕き』 無鋒剣型。刃金と言う名の鍛冶師がクルタナを模した非殺の魔剣。この武器所持者からの攻撃を喰らった者は、其の威力分のEPを消失する。ただしHPへのダメージは0。(%HITによる50%や150%等の増減は起きるが、物理防御や神秘防御による減少が起きない)この攻撃でEPが0になった者は精神を砕かれ戦闘不能状態に陥る。 一度攻撃をする度にEPを150消費する(スキルの消費に追加で)。 『魂吸い』 リップのアーティファクト。このリップの所持者が心身を喪失、或いは精神的に衰弱した状態にある者に口吸い(キス)を行った場合、口吸いされた者は口吸いした相手の操り人形と化す。 また口付けを行った相手が己の操り人形に念じれば、其の生命力を燃やし尽くしての自爆を行わせる事が出来る。 『赤い糸』 赤い気糸を相手の心臓に放つ。乙女心のなせる技。神遠単、弱点、魅了、Mアタック(大)。 フィクサード:『叫喚』 六道派フィクサード。老年の男。死と死後に関することを探求する事でそれらを操り、自分を死から遠ざける事を目的とする地獄一派の、一人。八大地獄の其の四。 ジョブはホーリーメイガス。 所持するEXスキルは『叫喚地獄』。所持するアーティファクトは『地獄輪廻の珠』と『死繰り其の死』 『叫喚地獄』 八大地獄の第四層、叫喚地獄で苦しむ亡者の声を呼び出す。神遠全、混乱、Mアタック。 『地獄転生の珠』 数珠型のアーティファクト。この数珠に念じれば、死亡後6分以内の死体をE・アンデッドと化す事が出来る。E・アンデッドの能力は生前の能力に比例する(一般人死体だとフェーズ1、革醒者の死体だとフェーズ2になる)。ただしE・アンデッドは生前の記憶等を保持しておらず、ただエリューションとしての本能のままに暴れる。 『死繰り其の死』 指輪型アーティファクト。この指輪に1ターンかけて念じれば、半径50m以内にいるフェーズ2以下のE・アンデッドを大雑把な命令に(自分達を襲うな。あいつを殺せ等)従わせることが出来る。 特殊ユニット:血蛭の落とし子×1 血蛭があるアーティファクトを用いて胎児から作り出す化物。 蛭の形をしているが、生物の枠に囚われた存在では無いので何をしてくるかの判断は難しい。攻撃に吸血を重ねてくる事だけは判明している。 血を吸い殺す程に耐久度、攻撃力、サイズを増す。(HPや攻撃力は基礎値+血を吸った人数×?。体長は血を吸った人数×50cm) リベリスタから血を吸った場合(攻撃が命中した場合)与えたダメージの半分のHPを回復する。与えたダメージの1/4だけ基礎攻撃力を増す。 既に大量の血を吸っている事が予測される。 他: E・アンデッドと化した元一般人 フェーズは1、30体。 操られる一般人 30人。 ● 「まあそれは良いんだがね。何で私は此処に居るんだろうか―――『恋愛主義者』殿」 「良いじゃないの。友達の少ない貴方に、数少ない友達の私が頼んであげてるんだからもっと喜びなさいよ『金の亡者』さん」 顔を顰めて溜息混じりに愚痴る老年の紳士、叫喚に対し、ゴシックな衣装に身を包んだ少女、『コイバナ』八米 刀花が然程厚みもない胸を反らす。 「何時友達とやらになったのか詳しく聞かせ……、て貰わなくて良い。判ったから、そんなに語りたそうにしないでくれたまえ。唯一つ、友達価格とやらで報酬を値切る事さえやめて貰えればもう私は何も言わん」 楽しそうに雇った六道の傭兵を弄る刀花を横目に見、『狂人』血蛭・Qは唇に笑みを浮かべる。 六道の傭兵、……なんでも地獄一派の叫喚と言う名らしい、には哀れだと思うが、面倒くさい刀花の相手をしててくれるのは非常にありがたい。 「またお金? 一度一緒に仕事をしたら戦友って言うらしいじゃない。慇懃無礼な猫かぶりもやめたみたいだし、……って蛭、何笑ってるのよ。言っとくけどアンタは違うんだからね」 やれ、矛先がこっちに向いた。けれども運良く時間だ。時計の針が2本とも真上を指す。 「はいはい。報酬はこの私、血蛭・Qが保証しますよ。十中八九アークが出て来るとフォーチュナ、死葉君も仰ってましたし、さて、仕事の時間です」 血蛭とアークの付き合いもいい加減長い。一度目の邂逅は戯れだった。二度目は血蛭達が勝利したが、三度目の其れは彼にとって敗北と呼んでも差し支えないものだ。 予想以上に、随分と楽しませて貰った物だが、ソロソロ終わりで良いだろう。 もう随分と入れてない心の中のスイッチを、狂気を解放するとしよう。彼等が相手なら其の資格は充分だ。 ファーストのドアを開いて様子を見に来たCAに、血蛭の落とし子が襲い掛かる。 さぁ、パーティの幕開けだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月08日(火)23:29 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 「―――ん、正体不明の機影接近だって。漸くのご到着かしら」 ピンクのリップスティック、……アーティファクト『魂吸い』を塗り直した上と下の唇を合わせ、ゆっくりと馴染ませた『コイバナ』八米 刀花がリベリスタ達の接近を告げた。 手持ちのコンパクトで自分の容姿を確認しては手直しする彼女は、まるでデートの待ち時間を潰す少女といった風である。……周囲の惨状から目を背ければ。 異形の化物、血蛭の落とし子が蠢き、殺された筈の死者達が起き上がり、生き残った乗客達は席から動く事を許されずに震えている。何より、濃い血臭が辺りに漂う。 刀花は努めて其方を見ぬ様に、今か今かとリベリスタの来訪を恋い願っていた。 軽く柑橘系の香水を振る。殺しも血の匂いも本当は嫌いだ。 「早く来ないかしら」 早く、早く、早く、戦いの内から、本当の恋を見つけたい。 私に負けない強さと、私が折れない理想を持つ、運命の相手の巡り合いたい。敵と味方に別れた道ならぬ恋。 苦悩しながらも互いに求め合う熱い感情。……唯只管に其れが欲しい。 幾度かのアークに所属するリベリスタ達との戦闘で、おぼろげに形の見え始めた其れに、刀花が熱い溜息を洩らした其の時だった。 「ワイヤーを撃ち込んで、其れを伝って乗り移る。……相も変わらず無茶な連中だ。やれやれ、余程命が軽いと見える」 目を細め、見上げるは六道の傭兵、地獄一派の叫喚。 傍らの裏野部達、刀花や『狂人』血蛭・Q等には見えねども、彼の瞳、千里眼は其の様子を克明に捉えていた。 硬質の音を立て、『九番目は風の客人』クルト・ノイン(BNE003299)の足が旅客機の背に張り付く。 風の客人との称号がついてはいても、別段こういった真似をしたい訳では決して無いのだが、何の因果か短期間に二度も高空をワイヤーで渡らされる事となったクルト。 同じく二度目であり、足場の確保の為に仲間達から先行してこちらに渡った『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)に手を貸しながら、クルトは輸送機のパイロットの確かな腕に感謝する。 2機の距離を等間隔に保ってくれる彼の腕があるからこそ、この移動、この作戦は成り立つのだ。彼は離陸前に、例え操られた旅客機のパイロットが急旋回を試みたとしても、リベリスタ達を振り落とさぬようついて行って見せると豪語した。 刃を浴び、銃弾に晒される……、或いは怪物の牙や炎や毒を受けるのはリベリスタだけど、彼等ばかりが戦うのでは無い。リベリスタを支え、支援する人々が存在し、彼等もまた自らの分野での戦いを行っているのだ。 ……全てのリベリスタの移動を終えた輸送機が離脱していく。 強い風に吹き乱された髪を片手で抑え、『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)が叫喚の其れに応じる様に視線を返す。 暫し見詰め合う、叫喚と悠月。もうすっかり見知ってしまった彼女の顔に、厄介な力を持つ相手の登場に、叫喚の唇に浮かぶは苦笑いだ。 態々空の上までご苦労な事だと言わんばかりに。 双方が千里眼を有する以上、互いの動きはつぶさに知れてしまう。 機内の気密を考慮し、後方貨物室から侵入して攻め上がる本隊と……、強風吹き荒ぶ旅客機の背を伝い操縦席の直接制圧を目指す別働隊の2つにリベリスタ達は分かれて進む。 此れから起きようとする惨事を食い止めんが為に。 ● 「全く面倒な事をしてくれますね……」 呟き、傍らの乗客の膝に刃を振り下ろす血蛭。 其の行為に意味は無い。如何に彼の妖刀が血を啜る魔器とは言えど、既に充分過ぎる程に今日は血を吸っている。 想定外の別働隊を繰り出したリベリスタ達に対しての怒りを乗客にぶつけただけの、完全に其れは単なる八つ当たりだ。 悲鳴と血飛沫に他の乗客達が目を閉じ、耳を塞ぎ、頭を下げて必死に嵐をやり過ごそうとする中、スッと立ち上がったのは刀花。 「おや、貴女が?」 興が乗らねば動かず、面倒事は他人に押し付ける筈の彼女の思わぬ行動に、血蛭が疑問を発した。 「えぇ、たった2人でしょ? なら私が片付けてくるわよ。……死葉にね、お願いされたのよ。弟の為にお願い、的に当てたら私の欲しがってた鳩血のイヤリングあげるから、ってね」 もう一度コンパクトを覗き、自分の姿を確認してから、……コンパクトを閉じた刀花は溜息を一つ吐く。 折角時間をかけて準備をしたのに、今から其れを台無しにするのだ。 「ほう、それの価値次第では私が代わりに行っても構わんが?」 話の内容に、金の臭いを嗅ぎつけた叫喚が食いつく。 あまりに判り易く、そしてぶれない、ふてぶてしく強欲な叫喚の物言いに、けれど刀花は笑う。ホーリーメイガスが何を言うのかと。 「別に大した物じゃないわ。一寸可愛いデザインだったの。あのね、私はね、悪役だけど、友達のお願いは出来るなら叶えてあげたいのよ」 もしもリベリスタが全員で操縦席の確保に向かっていたら、其の時は仕方ない。刀花は迷わず操縦室ごとリベリスタを爆破する手を選んだだろう。 だが2人。リベリスタを過小評価する訳ではないが、其の程度の戦力にむざむざ操縦室を占拠される訳には行かない。 「其れは私が相手でも同じかね?」 「えぇ、勿論。友達の少ない貴方も友達よ。……私しか友達が居ないんでしょう?」 何時もの意趣返し、の心算で問うた叫喚だったが、刀花はまるで当然の如く返す。 苦笑いを浮かべる叫喚。 「成る程、では私も困り事があれば君に願おう。武運を祈る」 其れは、最も乗客の多いこのエコノミーの客室がより濃い血に染まる、僅か数分前のやり取りだった。 「全員頭を伏せて座席から動くな! 動けば容赦なく殺す!」 互いの動きが丸見えな以上、下手な小細工に意味は無い。扉を蹴り明け、真っ先に飛び込んだのはツァイン・ウォーレス(BNE001520)。 其れは非情の言葉。より大きな混乱を避ける為、この機を裏野部の手から解放する為、近くで戦闘に巻き込まれる乗客達には『死ね』と言うたも同然の、ツァインの搾り出した、苦悩に塗れた魂の悲鳴。 光が、辺り目掛けて放たれる。目に入る全ての人影に、敵、一般人を問わず、『破邪の魔術師』霧島 俊介(BNE000082)の神気閃光が降り注ぐ。 頭を伏せたまま悲鳴や泣き声を上げる人々、そして閃光の威力に昏倒した人々は信じやしない。俊介の其の行為が彼等を救う為にやった事だなんて。 人を死に至らしめる事の無い神気閃光であろうとも、理解の出来ぬ攻撃を受ける恐怖には些かの変わりも無く、機内の乗客達は身動きの取れぬままにパニックへと陥った。 其れでも尚も動く者、既に死してE・アンデッドと化した者達を、『折れぬ剣《デュランダル》』楠神 風斗(BNE001434)、『紅炎の瞳』飛鳥 零児(BNE003014)、2人のデュランダルの凶暴なまでの威力を秘めた刃が、切り伏せ道を抉じ開ける。 けれど、だ。其の二人の眼前に、天井から、薄く天井一杯に延びて張り付いていた赤色の不定形、血蛭の落とし子がべちゃりと垂れ落ち、巨大な蛭の形を成して行く。 「御機嫌よう、お待ちしてましたよ。アークの皆さん」 妖刀を引っさげ、おどけたポーズでリベリスタ達を出迎える血蛭。だが其の瞳には明確な殺戮への期待感が滲む。 然程広くは無い機内、血蛭と、そして巨大な落とし子が並び立てば、ただ其れだけで強引な突破の難しい前陣が出来上がった。 「届かせに来たぞ血蛭、さぁ始めよう!」 その血蛭の、狂気の刃の前に、進み出るはツァイン。二人が相対するのはもう3度目だ。 其れは正しく因縁なのだろう。 1度目も2度目も、ツァインは血蛭の前に倒れ伏した。しかし其の二度とも、血蛭はツァインの相手に手間取り、目的を遂げられずに終ったのだ。 横合いからツァインに掴み掛かるE・アンデッドが、双子の月、『ブラックアッシュ』鳳 黎子(BNE003921)の双頭鎌の一撃に上半身と下半身を分かたれ、地に転がる。 例えどんな因縁があろうとも、この入り乱れる戦場で1対1などは成立し得ない。E・アンデッドがツァインを襲った様に、そしてそのE・アンデッドも黎子の手に潰された様に、何処から攻撃が飛んで来てもおかしくない状況なのだ。 不意に振るわれた血蛭の刃が、一発の銃弾を弾き飛ばす。 「うふふ、hhhh、コロス」 銃弾を放てしは、狂喜に瞳を染めたエーデルワイスの手の中で硝煙の匂いを漂わせる魔力銃。 嘗て血蛭の出現によりエーデルワイスが味わった屈辱を、『資料の蛭の字を蛙と見間違えて落とし子の対処をミスしたと言う思い出したくも無い黒歴史』を、拭い去り消し去り万倍にして返す時がやって来たのだ。 無論そんな事情を血蛭が知る由も無い。彼女の存在を認識した事すら、先の一撃が始めてだ。けれどエーデルワイスの狂喜、狂気、そして凶器の一撃は、血蛭の興味を充分に引いた。 だが、しかし、この場に居るフィクサードは、リベリスタにとっての脅威は、血蛭一人では決して無い。 寧ろ其の性格の悪さにかけては、血蛭に勝るであろうこの男が、……六道が最下層地獄一派、八大地獄其の四、叫喚が居た。 「やれ、相も変わらず容赦の無い。ならばせめて殺してくれれば一手間省けようものを……。しかしさて、君等の行いに地獄の亡者共が猛っているぞ? さあ、君等を呼ぶ彼らの声を聞くと良い」 彼自身と、彼の属する地獄の名を冠した秘技『叫喚地獄』が、現れたリベリスタ達だけでなく、俊介の神気閃光によって昏倒させられた一般人達をも巻き込んで放たれた。 ● 「ねぇ、貴方達。今日は髪のセットにたっぷり一時間はかけたのよ」 強風に髪を吹き乱されながら刀花は呟く。 飛行機の背を、互いに命綱で結び合い、姿勢を低くまるで這う様に操縦室を目指して進んで来た『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)と『リベリスタ見習い』高橋 禅次郎(BNE003527)の二人の前に、彼女は障害として現れた。 氷点下の世界を意に介した風もなく、利き手にクルタナ……、切っ先無き慈悲のを刃を模した魔剣、魂砕きを握り、逆手で風に煽られ捲れあがりそうになるゴシックな衣装のスカートを抑えながら、刀花は二人のリベリスタを値踏みする。 「ホント最悪。もう一寸気を利かせてくれないと、お兄さん達もてないわよ。でも、……そうね」 口に咥えたナイフを手に持ち替え、命綱のロープを切って前に出たのは快。機の背での戦闘は彼等のプランには無い、完全な想定外だ。 しかしそんな状況でも冷静に快が出した結論は、禅次郎を守り抜いて、何とか刀花を出し抜いて操縦室へと向かわせる事。 そんな彼の真剣な表情に、刀花は唇を綻ばせる。 「許してあげるわ。墜落する飛行機の上なんて、映画でもありえないだろうけど、悪くないシチュエーションよね。ねぇ、貴方達は……」 まるで花が咲いたかの様な、美しい刀花の微笑み。 けれど其れを目にした二人のリベリスタ達の背を、ぞくりとした悪寒が走る。 唯の人間ならばその花の美しさに心奪われる事も出来ただろう。しかし幾多の戦いを潜り抜けて来た2人は、その花が発する殺気、鋭く透明な其の闘気を敏感に感じ取ってしまう。 「私を主演女優にしてくれる?」 数々の戦いの中で殺して来た敵、幾多の悲劇に掌から零れ落ちてしまった無力な命達、そして悪意に歪められて誤解と恨みを残して死んだ同胞。 果たして地獄が本当に存在するのか、其れを証明する事は実の所叫喚にも出来はしない。 彼は唯、放つ魔力で相手が心の奥底に押し込めた救えなかった罪悪感、何も出来ない自分への無力感、恨みに対する恐怖心、其れ等を探り呼び起こし増幅し、亡者の声を聞かせるのだ。 『貴様さえ、貴様さえこなければ!』 風斗の耳に、彼の言葉に激昂した隙を突かれて殺された、一人の女性リベリスタの声が聞こえる。 いや、声だけじゃない。風斗の首を絞める女の腕、怒りに燃える瞳、匂い、存在感。 救いに駆け付けた筈なのに、後一歩の所まで迫ったのに、死なせてしまった。強すぎた風斗の正義感は、或いは傲慢さは、自責の縛となって彼の首に強く強く巻き付き締め付ける。 そして地獄に囚われしはもう一人。 『ねぇ、どうして殺したの?』 『僕達を守ってくれる人を……、ねぇ、どうして殺したの?』 零児の眼前で、呻きの様なか細い声を上げるのは、鉄塊の如き剣で叩き潰された、……それでも死ねなかったノーフェイスの子供達。 違う。こんな筈は無い。あの子達はもうそんな言葉を発する理性すら、失ってしまった筈なんだ。 無力感に体が震える。もしも彼等に自分を恨む気持ちが残されていたら、きっと其れは救いですらあったろうに。 紛い物だと理解しても、其れを振り切る事が、心の底から溢れ出した何かに流されて、どうしても出来ない……。 叫喚の技に混乱した風斗の刃が、黎子の身体を切り裂き血飛沫が舞う。 「ハハハ、素晴らしい。ナイスアシストだアークの少年。何時も何時も君は私を助けてくれるなぁ」 叫喚が愉快そうに笑い、哂い、嗤う。 地獄に飲まれたのはリベリスタ達ばかりでは無い。巻き込まれた乗客、俊介が命を殺さぬ為にと心を殺して昏倒させた乗客達は、叫喚地獄の負荷に脳を破壊されて耳から血を流して絶命している。 この世の物とは思えぬ苦悶に満ちた死に顔。此れから向かうであろう地獄を覗き、恐怖し、苦痛に表情を歪めながら、彼等は逝った。 「叫喚、真に地獄に落ちるべきはあなたです」 怒りに、より冷たく透き通った声。悠月の指し示す叫喚の頭上に、黒い魔力の大鎌が現れ、彼女の指の動きに導かれる様に凶刃は振り下ろされる。 胸を裂かれた叫喚の哄笑が止む、けれど其の状況に、もう一人のフィクサード、血蛭は心底おかしそうに笑い声を上げた。 「良いですよ。盛り上がって来たじゃないですか」 眼前のツァイン、そして狂った様に撃ち続けられるエーデルワイスのバウンティスペシャル、神速の抜き撃ちバウンティWSの二つの前には、流石の血蛭も無傷と言う訳には行かない。 しかし彼は、肩口に銃弾を受けながらも、血を流しながらも心底楽しげだ。 「本当は刀花さんの知り合いになんて大した期待もしてませんでしたが、最高のオードブルだ。こちらももっともっともっともっともっと!」 矢継ぎ早に繰り出される血蛭の刃を、ツァインは凌ぎ、凌ぎ、凌ぎ、凌ぐ。凌ぎ損ねた刃が腕を薙ぎ、噴出す血は妖刀の糧となり、血蛭の傷を癒してしまう。 狂人の字を持つ割に、普段の血蛭は冷静だ。他人の狂気を楽しむには、自身は冷静である必要があるから、血蛭は狂気を好みながらも冷静なのだ。 彼は本当の修羅場に身を置いた時のみ、其の仮面を脱ぎ捨てて自らの狂気に浸り、酔う。 血蛭がリベリスタ達の前で其の顔を見せたのは唯の一度。ツァインは、血蛭の其の顔を未だ知らない。 徐々に雑に、荒々しく、しかし鋭さを増す宿敵の知らぬ動きに、ツァインの剣に戸惑いが混じる。 ● 蛇の刻印が刻まれたナイフと、切っ先無き刃が噛み合い火花を散らす。 か細い腕で、しかも片手で、振るわれているとは到底信じがたい重たさを秘める刀花の刃。 「ねぇ貴方、私は貴方を覚えているわ。ねぇ貴方、今日は聞かせてくれるのかしら。あの日、あの時と同じ質問よ。貴方は今日、何をしに此処へ来たの?」 吐いた息の白が相手の顔まで届くほどの近さで、刀花は囁く。 其の視線が、チラと一度捉えたのは、ナイフに刻まれた蛇の刻印。 並の男であれば、其の息と声の甘さに砕け散るのだろうけれど、 「地上への損害は防ぐ。その上で、可能な限りを救う」 瞳に浮かぶ快の覚悟は揺るぎはしない。押される事も無く、必要以上に押し返す事もしない、揺るがぬ鉄壁の姿勢。 故に快を良く知る者達は、敬意とからかいを籠めて彼をこう呼ぶのだ。アークの守護神と。 「素敵ね。貴方はあの時から変わらずに、……いいえ、今の方がずっと貴方らしいのかしら? 素敵よ」 刀花の言葉は心よりの賞賛。 例え魂を砕く刃を持つ刀花であろうとも、彼の覚悟を砕くには相当手間取る事だろう。 ……だからこそ、刀花は残念でならない。何故彼と、機内でゆっくりと楽しみ語らいながら戦う事が許されなかったのか。何故彼等はこのルートを選んでしまったのか。 「でもごめんなさい。今は貴方を崩すだけの時間が無いの。組し易い方から落とさせて貰うわね」 暴風に捲れあがるスカートから、刀花の逆手が離れ……白い指先が狙いをつけるは、戦いの場を抜けて操縦室を目指していた禅次郎の背中。 「禅次郎さん!」 快の警告の声が飛ぶ。 高橋 禅次郎、アークの精鋭級の一人である彼は……、特に其の卓越した運転技術で良く知られている。 マスタードライブを駆使し、数多の乗り物を乗りこなす彼の実力は本物だ。 だが彼は未だに『リベリスタ見習い』を名乗る。その理由は定かでないが、しかし、この場、この時、この状況に置いて、彼の覚悟が他の仲間達、……例えば快と比べるならば明らかの薄かったのは事実だろう。 操縦席に辿り着き、操縦桿を握らねば、覚悟の薄い彼はそう、確かに見習い程度でしか無いのかも知れない。 刀花の指先から放たれ、禅次郎の背を貫くはピンポイント。刀花の攻撃に肉体を傷つける力は無い。 けれど其の一撃は魂を削り、……そして振り向く禅次郎の瞳は怒りの色に染まっていた。 使命を怒りに塗り潰された禅次郎を待ち受けるのは、彼を組し易いと見做した刀花の、魂砕きの刃。 鮮やかなステップで間合いを奪い、2つに分離した黎子の大鎌が落とし子に刻むは死の刻印。 しかし其の体の殆どを血で形成されたぬめる体表は、ぶよりと巧みに其の威力を受け流す。 血蛭と落とし子、そのどちらにも共通して厄介なのは、他者への攻撃により自らの傷を癒す其の能力。 更に乗客の血をたっぷり吸って最大サイズまで成長している落とし子は、血蛭と比しても何ら遜色ない脅威なのだ。 せめて風斗と零児、二人のデュランダルが地獄より解放されれば、未だ打つ手もあるのだが……、黎子がちらりと視線を送るは血蛭と切り結ぶツァイン。 だが宿敵の狂気に圧される彼は、其れを凌ぐのに全神経を傾けており、此方を気にする余力は無いだろう。 「地の獄に捕らわれし亡者よ縛鎖を逃れ舞い戻れ!」 パチンと手を打ち鳴らし、死者達を亡者……、E・アンデッドへと変える叫喚。指輪に念じ、死者達に下す命令はリベリスタの排除。 苦悶の表情を浮かべたまま起き上がる死者の姿に、生き延びた乗客達の悲鳴が強まる。 機内は正に地獄と化していた。 再び放たれる俊介の神気閃光。心の悲鳴が止まらない。傷つけてでも生かしたくて、気持ちを押し殺して光を放った筈なのに、今度は完全に彼等を滅ぼす為に攻撃を撃たねばならぬ矛盾に、俊介の心が抉られる。 其れでも、死者達は止まらない。 まるで最初に攻撃した彼への恨みを晴らさんとするが如く、座席を乗り越え、或いは這い、次から次へと迫り来る。 エーデルワイスのB-SSや悠月のチェインライトニングが薙ぎ払うも、その圧倒的な数と場の狭さ故に自然と庇い合う死者達の、全てを討つ事は到底適わない。 ● 「……一寸痛かったわ。攻撃は苦手なのかと思ったけど、蛇を殺しただけの事はあるのね」 実際に手を下したのは別の人間だが、そんな事を刀花は知らない。 体を掠めた十字の光、快のジャスティスキャノンに僅かに眉根を寄せた刀花。 しかし、快が自らに注意を引き付けようと放った其の一撃は、彼女に痛みこそ与えたものの目的を果たす事は出来ず……、刀花の足元には禅次郎が倒れ伏す。 大の男である禅次郎を、片手で引き摺り起こす刀花。彼女が得手とするは、魂砕きで精神を潰して昏倒させ、魂吸いを塗った唇での口付けにより、対象を刀花の操り人形と化す事。 強い生命力を持ったリベリスタである禅次郎が操り人形と化し、刀花の命で自爆すればこの機にとって致命傷と成りうるだろう。其れに何より、其の場合禅次郎の命は無い。 守りの姿勢を放棄し、快が重心を前に移した。 恐らく奪い返すチャンスは唯の一度、刀花が禅次郎の唇を奪おうとする瞬間、其の注意を自分に引き戻す。 快の狙いを刀花も察しているのだろう。唇に笑みを浮かべ、彼女は快に語りかける。 「地上への損害は防ぐ。その上で、可能な限りを救う……のよね? じゃあ、こうしたら貴方はどうするのかしら」 其の口調は、まるで悪戯を思いついた女学生の様に。 刀花は、禅次郎の身体を、旅客機の背から思い切り投げ棄てた。 其の決断には、躊躇う事すら許されなかった。ほんの刹那でも迷えば届かない。 駆け、迷わず旅客機の背を蹴り飛び降りる快。力を失った禅次郎の身体は、風の抵抗を受けて落下の加速度が遅い。 其れでも其れは、胆力、運、ドレが欠けても成されぬ事だったけど、真っ直ぐに飛んだ快は禅次郎の身体にしがみ付き、落下制御を発動させて落ちていく。 「本当にごめんなさい。……とてもずるいわ、今日の私。でも、死葉は喜ばせてあげれそうね」 姿など一瞬で見えなくなった快と禅次郎の落下方向に向かって呟き、機の進路、頭へと視線を向ける刀花。 しかし、其の時だ。漸く其の時、彼女は違和感に気付いた。 機が、目的地を、あのアザーバイドが眠る沼を目指していない? 操縦室に変化は無い。操縦室を目指した二人は排除したのだ。変化があろう筈がない。 「……じゃあ、何故?」 めまぐるしく思考を走らせる刀花。やがて彼女はこの状況が起こりうるたった一つの可能性に思い至る。 しかし其れは、其の思い至った答えは、同時に彼女達裏野部フィクサードの目的が完全に果たせなくなった事を刀花に告げた。 「進路の変更、オートパイロット作動完了、機体状況安定」 旅客機内に潜み、電子の妖精で機体制御を操縦室から奪い取った一人のリベリスタ。 一仕事を終えた彼は緊張感からの吐息を吐く。 「一度は止めたんだ。今回のゲームも止めてやるさ」 遠く機の背に立つ刀花の感情を知ってか知らずか、彼女が答えに至った瞬間、クルトは唇に笑みを浮かべて呟いた。 「さぁ、此処からは」 そう、リベリスタ達の反撃の時間だ。 ● どれほどの時を其の闇の中で過ごしただろう? 無力感は子供達の姿を成して零児の身体に纏わり付く。 けれど判ってる。本当はもうとっくに判ってる。 幻影に責められる事が、無力感に浸ったままでいる事こそがあの子達に対しての裏切りでしか無い事に。 体の重さは消えない。腕は上がらない。でも、指先に、少しだけ力を籠めてみる。 確りとした、固い手触り。彼が愛用する鉄塊の如き巨剣の感触。真っ先に投げ出していてもおかしくなかった筈なのに、最後まで手放さなかった戦う意思。 世界に、色が戻る。幻影の子供が、僅かに微笑んだ気がした。勿論そんなの、自分が望んで生み出した、手前勝手な幻想なんだろうけれど。 「うおおおおおおおおおおっ!」 吼え、全身の力をその戦う意思の、巨剣の切っ先に集め、眼前の醜悪な血塊、血蛭の落とし子へと零児は叩き付ける。 ぐにょりと伸び、たわみ、其の力を逃がさんとする落とし子。 落とし子がその体構造を持って驚異的な力を秘めたデュランダルの一撃さえ、凌ぎ切らんとした其の時、零児は叫ぶ。 「風斗!」 「応!」 落とし子が最大限に伸び切った今この時、必要なのは断ち切る鋭さ。 零児と同じく幻影を振り切り、混乱から立ち直った風斗が武器を鞘に納め……、抜く手も見せずに振り抜いた。 高速で振るわれた武器が生み出すは真空の刃、疾風居合い斬り。 伸び、力を逃がしつつあった落とし子に一筋の切れ目が刻み込まれた。 其の切れ込みを中心に、逃げつつあった筈の力がビチビチビチと落とし子を引き裂いていく。血が、落とし子を構成していた要素が、噴出し辺りを真紅に染める。 しかし二人も限界は近い。混乱中に身に蓄積したダメージは既に限界近くまで溜まっており、落とし子が最期に放った反撃は二人に運命を用いての踏み止まりの使用を余儀無くさせた。 血の海を飛び越え、切り込んだ黎子の大鎌が死者の首を跳ねる。目指す叫喚までは、もう然程遠くは無い。 血蛭の狂気に引き摺られつつあったツァインの瞳に、しかし徐々に理性の色が戻り始めた。 最悪に嫌いな相手だが、切り結ぶ間に感じたシンパシー、最高の相手だと言う実感が薄れていく。 ……アレ? さっきより愉しくないな。 魔力盾が血吸い蛭を受け止める。冷静に見れば、血蛭の身体は積み重なった後衛からの攻撃に満身創痍と言った状態だ。 ツァインとて決して無事な状態とは言いがたいが、それでも俊介からの癒しが彼を支えてくれている。 唯一人で戦ったなら、例え狂気にこの身を浸そうと、より巨大な血蛭の其れに飲まれて無残な屍を晒すだけだっただろう。 だがツァインには仲間達が居る。この戦場は孤独では無いのだ。 戦いは激化する。削り削られ削り削り削り、そしてまた削られる。 運命を対価に踏み止まり、それでも一歩前に進んでは再び潰えてしまう。倒れた仲間を踏み越え、更に前へ。 戦局はリベリスタ達が押し始めた。 クルトを排除出来ない裏野部達が、目的を達成出来る目はもう無い。 彼等裏野部が必要以上に粘る必要も、もう無くなったのだ。リベリスタ達の勝利は、そう遠く無い物であるかの様に感じられた。 ……けれども、だ。 「ねぇ、もう勝った心算ですか?」 血蛭が嗤う。 敵は其れでも裏野部なのだ。 ● ビーッビーッビーッビーッ。 クルトの居るデッキに警告音が鳴り響く。クルトの額に汗が滲む。 クルトの必死の努力にも関わらず、機体の高度はどんどん下がって行ってしまう。 もう目的地である沼に機を落とす手段が無いと悟った刀花は、操縦室の機長達に自爆を命じた。 自動操縦を殺し、この機体に致命的なダメージを与える為に。 機体の各部の機能は生きている。機を掌握するクルトは其れ等を意思のままに動かす事も出来る。 しかしだ。何処の部分を如何すればどの様に飛ぶのか、其れを知らぬクルトにこのダメージを負った機を支え切る事等出来はしない。 せめて、少しでも人が少ない場所にこの墜ち行く機を誘導せんと、クルトは足掻く。 そう、敵は裏野部だったのだ。主流七派が一つ『過激派』裏野部。 彼等は避け様の無い災厄だ。力は剣林が上かも知れない。狂気は黄泉ヶ辻が勝るかも知れない。 けれど、もし事を構えて被害が一番大きくなるのは、それは裏野部なのだ。 彼等の勝利条件が潰えた所で、其処で彼等が犠牲を諦める筈が無い。 傾く機体の中、黎子が遂に叫喚へと迫る。 叫喚の体力も、繰り返された悠月のマグスメッシスにて然程余裕の無い範囲まで追い込まれているのだ。 「裏野部の諸君、すまんが此処までだ。やれやれ、これだからアークの相手は割に合わない」 振るわれる黎子の大鎌に、言葉だけを残して物質透過で下へと逃げる叫喚。 受け取った報酬は決して少ない額ではなかったが、命を張るほどの金でもない。 其れに充分過ぎる程の仕事は果たした。押し切られたのは、ただ純粋にアークの地力の強さによるものだ。 この戦いの行く末は見えた。勝者など誰も居ない。誰も目的を果たせなかった。 唯不必要な大量の犠牲だけが出る。 なのに、まだ血蛭は止まらない。刃からの盾にした左腕は千切れ飛んだ。 血吸い蛭で癒しても、足の中にエーデルワイスからの弾丸が残ったままの右足がもうあまり動かない。 其れでも其れでも、血蛭は唇を狂喜に歪め、刃を振るう。 先に機外へと落ちた快と禅次郎を含めれば、リベリスタの半数が既に戦闘継続不能となっている。 定めた撤退ラインに従い、撤退を始めるリベリスタ。例えリベリスタ達が逃げようとも、もう傷だらけの血蛭にはもう機から逃げ延びる手立ては無いだろう。 血蛭が暴れ続ける以上、乗客の誰かを救う事すら出来ない。寧ろ、叫喚が逃げた事で残ったE・アンデッド達は自由に乗客を襲いだした。 「蛭よ、少し地獄で待っていろ。続きはいずれ、存分に……」 背を向けたツァインに、血蛭が哄笑を浴びせる。 「逃げますか! 死が怖いですか! 私が死ぬと思ってますか! いいえ私は死にませんよ。……えぇ、良いでしょう。この決着は、また次回に」 最期まで血蛭は嗤い、そして旅客機は山肌へと突き刺さり、爆発を起こす。 ● 「4本のダーツはどれも的に当たらず……、どころか墜ちたのさえたったの一機」 カッ、小気味良い音を立て、放ったダーツは壁の的の真ん中へと刺さる。 直接放ればこんなにも簡単なのに、全く上手く行かないものだ。 主流七派が一つ、裏野部首領、一二三の息子である『忌み子』裏野部重は、溜息を吐く。 「4つの爆弾は3つも爆発したのに、最後の一つの穴埋めにこんなに手間取るなんて」 前回の作戦は4戦中3勝、しかし今回は3敗1分だ。あまりの事態に、重は子供らしからぬ重い溜息を吐く。 ふくれっつらでもすれば少しは可愛げが在るのかも知れないが、どちらにせよ其の言葉の裏では大量の人が死んでいる。 「次は人工衛星でも落とそうかな」 ふと、思い付いたかの様に呟く。 実際、こういった物は間を置かずに二の矢三の矢を放つのが定石ではあるのだけど……、しかし今の状況が其れを許さない。 この国にやってきた外国人勢力<楽団>。あのバロックナイツが使徒の一人、ケイオス・“コンダクター”・カントーリオが率いる連中の対処に多くの人手が必要とされる今、重が次の手を打つだけの余剰戦力は無い。 何しろ重や、重の父ですら其方の方に手を取られるのだから。 「このプランは一時凍結。……でも、僕は決して諦めない。この国の死は全て僕等裏野部の……、父さんの物だ」 重が机の上の書類を、くしゃりと丸めてゴミ箱へ放る。次の手は頭の中に既にあるのだ。唯今は時期が悪い。 それはアークが、この裏野部との一連の小競り合いに、一時的とは言えども勝利を収めたことを意味していた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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