●偏愛、狂愛……。 寒い夜だ。雪の気配も漂っている。空には厚い雲がかかり、枯葉を吹き飛ばす風は冷たい。 そんな中、彼女はこの世界にやって来た。ふとした瞬間、穴に落ち、やって来たのは見ず知らずのこの世界。寒い季節、行き場もなく、公園で震えていた彼女に、そっとコンビニのおでんを差し出したのは1人の青年だった。 歳の頃は20前後だろうか。 「どうしたの? ぼくは、トモエって言うんだけど、君は?」 なんて、彼は問う。青年の名前は(君島 トモエ)と言った。大学に通う、ごく普通の青年だ。 これが、彼の犯した1つ目の間違い。 「わたしは……キルコ」 ゴスロリドレスにケープを纏い、虚ろな目をしたその少女(キルコ)は、この世界の住人ではなかった。そんな彼女に声をかけてしまった事が、トモエの不運。 「よかったら、うちに来ない?」 寒さに震える少女の事を、放ってはおけなかったのだろう。これが2つ目の間違いだった。 少女キルコには、というか、キルコの居た世界の女性には皆一様に困った特性があったのだ。 「……ありがとう。わたしと一緒に居てくれるの?」 そっと差し出された手をとって、キルコは立ち上がる。 キルコは小首を傾げて、そう訊ねた。 「? うん。いいけど……?」 これが3つ目。トモエがそう答えた瞬間、キルコが薄く微笑んだ事に彼は気付かなかった。 キルコはトモエに導かれ、彼の住むアパートへと辿り着いた。 そして、トモエの部屋に到着するなり、キルコはトモエを眠らせ、その手に手錠をかけたのだ。 彼女の持つ困った特性。 それは、優しくされてしまうと、つい盲目的にその相手を愛さずにはいられなくなる、とそう言ったものである。その上、彼女は少々独占欲の強いようで、勢い余ってトモエを監禁してしまった。 アパートの住人に催眠をかけ、建物から追い出し、眠らせ拘束したトモエの隣でまどろむキルコ。 彼女は虚ろな目で、しかし幸せそうに笑っていた。 ●恋愛騒乱……。 「見た目は普通の、可愛らしい娘さんなのだけど……」 人は見かけによらないの、と頭をかかえて『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は大きなため息を吐いた。 モニターに映るのは、ごく普通の6階建てのアパート。エレベーターと階段があるのが窺える。 「現在、アザ―バイド・キルコが居るのはトモエの部屋。6階の3号室。階段とエレベーターの間にある部屋ね」 建物の周辺に人気はない。キルコの催眠術によるものだろう。どうやら、結界と似たような性能を持っているようだ。 「とはいえ、効果があるのは最初に催眠術にかかった相手だけ。通行人やキルコが催眠術を使った際、アパートに居なかった相手が来れば、普通に入れる」 入ったら、無事じゃ済まないだろうけど、とイヴは言う。 「キルコの能力なのでしょうけど、どうやら自分のコピーを作り出すことができるよう。現在、アパートの外と、アパート内部にはキルコ(コピー)が10体程居て、本体を警護しているみたい。コピーには少しだけ自我があって、キルコと同様の性格をしているみたい」 本体同様、惚れやすく独占欲が強いようだ。とはいえ、本体の命令を優先してくるようだが。 本体よりは弱いものの、それでも、厄介な相手には違いないだろう。 「キルコ達は自身の血液を武器とする戦法を使用してくる。加えて、本体のキルコは催眠術やコピーとの連携攻撃も……」 踏み込んで、トモエを無事奪還してくること。 それが今回のミッションとなる。 「なお、近所の公園にはまだディメンションホールが開いているから、それも片づけて来てね」 行ってらっしゃい。 そう言って、イヴは皆を送りだす。 「キルコの処遇については、任せるわ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:病み月 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月31日(月)22:38 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●愛ゆえに 静まり返ったアパートの一室。ベッドの上に横たわる意識のない男と、そんな男に寄り添ってまどろむ少女が居た。フリルやレースで過剰な程にまで飾り付けられたゴスロリドレスを身に纏い、服が皺になるのも構わず、男に抱きつく彼女は、この世界の住人ではなかった。 アザ―バイド・キルコ。それが彼女の名前である。 そんな彼女が、ピクリと目を開く。それから、数瞬後、今までの穏やかな顔が嘘のように嫌悪と憎悪に満ち溢れた表情を浮かべた。 「邪魔者……消して」 そう呟くキルコ。彼女が命令を下した相手は、彼女のコピー達だ。 キルコはそっと、ベッドから起き上がる。これからやってくるであろう邪魔者を、始末する為に……。 ●愛と欲の渦巻く世界 「なるべく穏便に、帰って貰いたいんだよなぁ」 アパート正面、入口付近で唸る『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)は、そっと腰に下げた自身の刀に触れる。できるなら、これを使いたくはないと、そう考えているのだ。 そんな竜一の隣で『続・人間失格』紅涙・いりす(BNE004136)が牙を剥き出しにして、楽しそうに笑った。愛用の太刀とナイフの刃を撫でて、笑っている。 「愛は惜しみなく奪う。尊厳さえも踏みにじり。しょうがないよね。だって、好きになってしまうんだから。恋は堕ちるものだから……」 だから小生は悪くない、なんて凶悪な笑みで呟いた。 アパートの正面入り口から、数体のコピー・キルコが姿を現す。同じ背丈、同じ顔、同じ服装。赤い髪を風に揺らし、酷く鬱陶しそうな視線をこちらに向ける。 「ねぇ、帰ってくれないかしら? というか、帰って。邪魔」 吐き捨てるようにそう言うコピー・キルコ達。手首に巻いた包帯に手を伸ばし、それを剥ぎ取った。ドロ、と手首に走った裂傷から血が垂れる。垂れた血は、そのまま重力を無視して上に上がっていった。形を変え、剣のような形状になる。 「こういう人にお話が通じるとは思えませんが、まぁ努力するべきでしょう」 溜め息混じりにそう呟いたのは、『超守る空飛ぶ不沈艦』姫宮・心(BNE002595)だった。心がそう言ったのを合図に、竜一、いりす、心はそれぞれ別の方向へと駆けだした。竜一はアパートの裏へ、いりすはそのまま、アパート一階の管理人室へと駆けこんでいく。若干出遅れた心は、アパートの隣にある駐輪場へと駆けていった。 「なんのつもり……?」 「なにを企んでいるの?」 「邪魔しに来たんでしょ?」 「帰ってよ」 口ぐちに文句を言いながら、それぞれに対し2~3体程のコピー・キルコが追いかけていく。あと2体程、コピー・キルコは残っている筈なのだが、今のところ姿を現す気配はない。 「これは『恋は盲目』どころのお話ではありませんね……」 はぁ、と溜め息を吐いてアパートへと進む『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂 彩花(BNE000609)。その後から、更に4人のリベリスタが続く。 「独占欲なんてモノは誰にでもありますわ」 呆れたようにそう言って『プリムヴェール』二階堂 櫻子(BNE000438)が彩花に続く。そっと優しい手つきでブレスレットを撫でた。きっとそれは彼女にとって、何がしかの思い出の詰まったものなのだろう。 コピー・キルコに見つかる前に目的地の6階へと辿り着く必要がある。建物に入ってすぐの所にあったエレベーターを開き、5人はそれに乗り込んだ。 「愛に溢れたアザ―バイドさんなのですね」 苦笑いを浮かべる『番拳』伊呂波 壱和(BNE003773)が6階のボタンを押す。鈍いモーター音と共に、エレベーターが上がっていく。 6階に到着し、エレベーターの扉が開く。 扉が開いた瞬間、5人の視界が紅く染まった。 「!?」 真っ先に反応したのは『カゲキに、イタい』街多米 生佐目(BNE004013)だった。ビーストハ―フ特有の反射神経に加え、先読みのスキルを駆使しての反応速度である。残像すら生じるほどの速度で、槍を回転させて視界を埋め尽くす赤を弾く。 「これは……血ですか?」 頬に付着した赤い液体を舌で舐めとり、生佐目は首を傾げる。瞬間、頬に付いた血がずるりと動いた。何か、複雑な模様を描くように這う血。見ると、他の仲間たちにも、同じように血が張り付き、なにか刻印のようなものを描いている。 血を放ってきたのは、2体のコピー・キルコだった。どうやら、本体からの命令でこの場を守っていたらしい。 「邪魔だから。消えて。誰でも、この階には立ち入らせない」 そう言って、血で作った剣を構えるコピー・キルコ。6階に踏み込んだものを、問答無用で攻撃するよう命令を受けていたようだ。 「コピーね。下手に騒がれる前にぶん殴って黙らせる!」 拳を握りしめ『炎髪灼眼』片霧 焔(BNE004174)が矢のような速度でエレベーターかた飛び出した。走る勢いそのままに、コピー・キルコの片方を殴り飛ばした。その隙に、彩花、壱和、櫻子がエレベーターから転がり出る。 最後に、生佐目が出ようとしたその瞬間、ブチっと奇妙な音がしてエレベーターが急速に落下を始めた。エレベーターを吊っていたワイヤーが切れたのだ。 「運の悪い奴」 クスクスと、コピー・キルコが笑う。エレベーターには制御装置が付いているので、一番下までそのまま落下することはないだろうが……。 「街多米さん、聞こえますか?」 AFを使って、櫻子が落ちていった生佐目に連絡をとる。すぐに返事があった。どうやら無事らしい。それを聞いて、ほっ、と安堵の溜め息を零す櫻子。 「ここは私達だけの聖域。邪魔者は立ち去って」 焔に殴り飛ばされたコピー・キルコがゆっくりと立ち上がる。そんなコピーの前に、彩花が立ち塞がった。 「優しさが生んだ偏執的な愛ですから。さほど優しくはない私が断ち切って差し上げましょう」 ガントレットに包まれた腕を伸ばし、コピー・キルコを持ち上げる。そのままコピー・キルコを床へと叩きつける。 残ったもう片方も、焔の燃える拳に殴り飛ばされ消えた。 2体のコピー・キルコが消えたのを確認して、壱和が6階の真ん中、青年・トモエが監禁されている部屋へと向かう。ノックはせずに、ドアノブを捻ってドアを押す。 意外なことに、ドアはあっさりと開いた。部屋の電気は点いていない。カーテン越しに差し込む薄明かりの中、ベッドの上に人影が見える。影は2つ。片方がキルコだと判断した壱和が声を張り上げる。 「貴女がキルコさんですね。トモエさんへと愛を賭けて、屋上でしょう……」 勝負しましょう、と続けようとしたのだろうが、ピタリと壱和の口が止まった。固まった壱和の視線の先には、じっとりした半眼でこちらを見つめるキルコの姿。 「邪魔」 と、小さな声でキルコは言う。どうやらこちらの話しを聞くつもりはないようだ。 それなら、と壱和を押しのけ、彩花と焔が室内へと駆けこんでいく。このまま強引に、トモエの身柄を確保するつもりなのだ。その間に、櫻子が壱和の治療に移る。 トモエは、血で作った武器を手に「消えろ」と一言、呟いた。 時間は少し遡る。 本体が6階に辿り着いた頃、竜一は3体のコピー・キルコと相対していた。血で作った武器を手に、襲いかかるコピー・キルコの攻撃を避けながら、コピー・キルコへと声をかける。 アパートの壁を背に、笑顔を浮かべて懐からいくつかの手袋とマフラーを差し出した。 ? と、首を傾げるコピー・キルコ。そんなキルコに竜一は言う。 「大丈夫かい? 君。そんな格好で外に居て、寒いだろうに。これを使うといい。風邪ひかないようにね?」 なんて、優しい言葉を投げかけそっとコピーに手を伸ばす。驚いたように、3体のコピーが後じ去る。そんなコピー達に、怯えなくていいと伝え、腰に下げていた武器を地面に落とす。 「君らはあれかい? 三つ子かなにかかい?」 そういって笑う竜一。半ば強引にコピー達の手に、マフラーと手袋を押し付けた。どうすればいいのか分からないといった風に、コピー達は首を傾げる。 「オレは、別に君達の邪魔をしに来たわけではないんだ。ただ愛を囁きに来ただけなんだよ」 「……愛?」 「貴方は私達に愛を囁くの?」 「告白なの? このマフラーと手袋は、優しさなの?」 戸惑うコピー達。竜一は、コピー達に見えない角度で「よしっ!」と拳を握った。足止めの役目は、これで果たせたと、そう思ったのだ。 しかし……。 「でも、ごめんなさい」 「貴方の気持ちに応えたいけど」 「私達は、此処に来る人達を排除しないといけないの」 なんて、言って。 涙を流しながら、血で作った武器を振りあげコピー達は竜一に襲いかかった。悲しそうな顔で、それでも笑いながら、コピー達は竜一に切りかかる。 「うっそ……」 慌てて足元の武器を拾い上げ、竜一はコピーの攻撃を受け止めるのだった。 所変わって、駐輪場。 降り注ぐ赤い矢を、盾で受け止める心。ピンクの鎧に身を包み、完全防御の構えである。 「は、話しを聞くのデス! 私も誰かを愛するということは、とても素晴らしい事だと思うのデス!」 そう叫ぶも、コピー達は心の話しを聞くつもりはないようで、それぞれ血で作った槍を手に襲い掛かってくる。 「どうか私の話しを聞いてほしいのデス!」 「ダメ。邪魔になりそうな奴は、排除しないとだから」 そう言って、心に向けて槍を突き出す。心は咄嗟に盾を掲げて槍を弾く。しかし、別のコピーが突き出した槍が、鎧の肩に突き刺さる。鎧の隙間から血が流れた。それを見て、コピーは笑う。 冷や汗を流し、心は思った。 説得が通じるなら、そもそもこんな事態に陥っていなかったのではないか、と……。 更に数本、血で出来た槍が心に迫る。盾でそれを受け止め、心は後ろに下がった。しかし、そんな心に血で出来た矢が降り注ぐ。盾を頭上に。すると今度は、開いた胴へとコピーが槍を突き出す。盾を手放し、槍と矢から逃れるように背後に転がる心。自転車を巻き込みながら、駐輪場を転げまわる。 「貴女の為にも!! 簡単に倒れるわけには行かないのデス!」 心は知っていた。今回、キルコの送還に乗り出したメンバーの中には、好戦的な性格のものも混じっていることを……。 もし自分が倒れれば、きっと他のメンバー達はコピー達相手に、容赦ない攻撃を加えるであろうことも。 自転車を踏み越え、盾を拾い上げ、心は再びコピー達に向き直る。肩から溢れる血は、もう暫く止まりそうにはなかった。 現在無人の、管理人室。 その中を、縦横無尽に跳び回る3つの影。1人はリベリスタ、いりす。残る2人はコピー・キルコだ。コピーの放つ血の刻印を避け、テーブルを足場に天井へと飛び上がるいりす。懐から取り出したネットショットを真下に向けて放つ。 「あう!?」 「網!?」 降り注ぐネットに囚われる、コピー・キルコ達。すぐに血で作った刃で、ネットを切ろうともがく……。 だが、遅い。作りだしたばかりの刃を、いりすのナイフが切り裂いた。いりすは、ナイフに付いた血を舌でなめとって、にやりと笑う。 「優しいのが好きなんだよね……。良いよ」 優しい目で、そう言って。 躊躇なく、ナイフをコピーの手に突き立てた。目を見開き、コピーは悲鳴を上げる。 「それじゃあ、もう殺してって哀願したくなるほどに、ヌルく、ユルく、虐めてあげる」 そう囁いて、もう片手に持った太刀を、コピーの肩に浅く突き刺した。突き刺したまま、手首を使って傷口を刃で抉る。コピーの身が痙攣する度に、血の飛沫が飛び散った。 サディスティックな笑みを浮かべ、コピーを苛めるいりす。だが、コピーもまた悲鳴を上げながら、笑っていた。流れる赤い血を、楽しそうに眺め呟いた。 「いいわ。痛いけど、良い! 愛の前では、これくらいの痛みも気持ちいいわ!」 そう叫んで、コピーはナイフで床に縫いとめられた手を、思い切り引っ張った。ぶち、と肉のちぎれる音。血が飛び散る。半ばちぎれかけた手を、もう1人のコピーへと伸ばす。コピー達は手を取り合って、いりすに向けて血の刻印を放つのだった……。 「うまく処理できれば、本体の応援に行きたかったけど」 厳しいか、と、いりすは笑う。 ●愛に包まれて……。 エレベーターから抜けだした生佐目が屋上に辿り着く。緊急停止の際に衝撃でぶつけたのか、彼女の鼻と口には血が付着していた。 屋上では、トモエを抱えた彩花と、それを追うキルコ。そんなキルコを止めようと駆け回る焔と壱和の姿があった。視界が赤に染まるほどの激しい攻防。赤いのは、キルコの髪と、キルコの生み出した分身体の残像だ。 「とりあえず、入口でも塞いでおきましょうか」 屋上のドアを閉めて、その前にAFから取り出したバス亭そ置いた。生佐目の元に駆け寄って来た櫻子が、呆れたように訊ねた。 「それ、どちらから?」 「持ち帰ってしまったんです」 なんて、答えになっていない答えを返す。櫻子はそっと生佐目に手を翳し、その傷を治療する。 「癒しを、皆さまに」 淡い光が、生佐目の身体を包み込む。傷が癒えたのを確認し、生佐目は槍を構えて戦場へと駆けていった。 「返して! 彼を返してよ! 邪魔しないで!」 涙を零しながら、半狂乱のキルコが叫ぶ。虚ろな目から溢れた、黒いオーラがリベリスタ達に襲い掛かる。彩花がギリ、と歯を食いしばった。一瞬、肩に抱えたトモエに視線を移し、それから背後に跳ぶ。彩花が向かったのは屋上の端。手摺を跳び超え、そのまま空へ飛び出した。 「安易な優しさは、時に凶器になるといいますけど……」 悲鳴を上げながら、キルコが駆けてくる。その虚ろな目は、とても正気とは思えない。狂気に満ちた目をしている。苦笑いを浮かべ、彩花は呟く。 「自身への災いとして降りかかることもあるのが、怖いです」 落下制御を使いながら、アパートを飛び降りる彩花。 「いやぁぁぁぁ! 返してよ!」 そんな彩花を追うべく、キルコも手摺を跳びこそうとするが……。 「し、死んじゃいますよ!」 旗の付いたハルバートで、キルコの進路を塞ぐ壱和。キルコは、憎悪に満ちた眼差しを壱和に向ける。瞳からは涙が溢れ、噛み締めた唇は切れて、血が流れている。 キルコの形相に、一瞬肩を震わせ驚くものの、しかし壱和はその場を引かない。殺意を込めた視線で、キルコを睨む。キルコの表情が、強張った。 「じゃ、邪魔しないでよ!」 キルコが叫ぶ。同時に、壱和へと2体の分身体が襲いかかった。赤い髪を振り乱し、血で作った刃で壱和を切り裂く分身体。倒れそうになる所を、旗を支えにギリギリで踏みとどまる。 そんな壱和に、キルコが迫る。だが……。 「髪が真っ赤に染まって、まるで私みたい。中身はまったく違うみたいだいど、ねっ!」 壱和とキルコの間に割り込む焔。炎を灯した拳を、キルコの胸へと叩きつける。キルコを「守ろうと、分身体が動くが……。 「彼方達には、元居た場所に帰ってもらいますよ」 背後から駆け寄った生佐目が、分身体を槍で貫く。槍から溢れる暗黒のオーラが、分身体を包み込んだ。その隙に、と焔が駆ける。気合い一閃。思い切り踏み込み、掌打をキルコの胸に叩き込んだ。キルコの身体が宙に浮く。手摺を跳び超え、空へと投げ出される。 「焔さん!」 「えぇ!」 胸や肩から血を流しながら、壱和が旗を掲げる。掲げられた旗に向かって、焔が跳んだ。壱和が使っている旗は、本来ハルバートという巨大な斧である。斧の部分に足を乗せ、焔が身体を縮める。 「そぉ……れっ!」 壱和が旗を振り抜いた。旗が風になびく。と、同時に焔の身体が弾丸みたいに飛び出した。まっすぐに、宙を舞うキルコへと跳びかかっていく。 「なぜ、邪魔をするのよぉぉぉ!」 キルコが叫ぶ。血で作り出した刃を、焔へと投げつける。焔は刃を肩に受けながらも、キルコへと手を伸ばした。ガシ、とキルコの襟を掴む。 空中で無理やり姿勢を変えて、キルコの身体を地面目がけて投げ飛ばした。キルコは地面へと投げ飛ばされる。一方、空中で身動きの取れない焔を受け止めたのは、翼の加護で得た羽で空を舞う、櫻子だった。焔を抱え、屋上に戻る。 「終わりですかね?」 そう呟いたのは、生佐目だった。手摺に近寄り、下を見下ろす。落下するキルコの真下に居たのは、両手をまっすぐ上に向けた彩花だった。 開いたガントレットでキルコを掴むと、そのまま力任せに地面へと叩きつける。 「一緒に……いたい、だけなのに……」 血を吐いて、キルコはそのまま意識を失った。そんなキルコを見降ろし、櫻子は言う。 「身勝手で押しつけがましい想いなど、愛ではありません」 そう言って、彼女は屋上を後にした。 意識を失ったキルコを、公園まで運びディメンションホールに押し込む。キルコの傷は、一応治療し、お詫びに洋菓子も持たせていた。 「手荒くてすいません。もし次に会ったらのんびりお茶でもしましょう」 申しわけなさげにそう告げて、壱和が深々と頭を下げた。キルコの姿が見えなくなったのを確認して、心がホールを破壊する。意識を失ったままのトモエは部屋に残して来た。 キルコとの遭遇が、夢なのか現なのか、起きた時には分からなくなっているだろう。 ただ、枕元に置かれた知恵の輪が1つ。 それだけが、今回彼に与えられた、変化であった……。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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