● 「全く、『教授』さんも無茶を言うわねえ」 舞台は、或いは彼らにとって見慣れた赤と黒のセカイの中。 三ツ池公園内の『とある場所』にて、初老の女性は苦笑を交えつつ、淡々と呪印を描き続けている。 旅装に身を設えたままの彼女は、その容姿の割には何処か幼さのようなものも感じられた気がした。茶目っ気を含めたその快活な笑顔に、口調に、しかし所作は反比例して、恐ろしくも鬼気迫ったもののように執り行われ続ける。 「可愛い教え子さんの為とはいえ、私たちのような下っ端の苦労も少しは考えて欲しいんだけど」 「シスおばちゃん、眠い」 「我慢しなさい」 時差ボケで眠い目を擦る少年達に対して、ぴしゃりと言葉を返した女性は、ある程度の時間が経った時点で手元を止め、ふうと一息を吐いた。 「……よしよし、急拵えにしては上手くいったわね。 良い? これから怖い人がたくさん襲ってくるけど、私は動けないから、貴方達で対処しなさい」 「ご褒美は?」 「特製のフィッシュパイ」 「やる!」 きらきらと目を輝かせる少年達と、女性。 その在りようは、崩界の導とも成り得る凶兆の穴の身近に於いて、余りにも団欒とし過ぎている。 「……それじゃあ、アークさん、だったかしら? 恨みはないけど、ちょっとばかり酷い目にあって貰うわね」 ――だが、その瞳こそは。 ● 「三ツ池公園に、キマイラ達が大量になだれ込んできた」 言うと共に、忸怩たる表情でモニターを展開したのは『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)である。 余程大量の未来を予知し、その都度リベリスタ達に説明し続けてきたのであろう。白い肌にうっすらと浮かぶ汗が、幾許の髪の毛を肌に張り付かせている状態すら、今のリベリスタ達は見とれてしまう。 「キマイラについての詳細は?」 「……六道紫杏が作り出したエリューションの生物兵器、って程度」 「十分」 頷いたイヴはモニターに表示された画像……三ツ池公園の衛星写真を展開し、そのあらゆる部分に赤いポイントを点けていく。 「繰り返すけど、六道紫杏は今回、完成状態にあるキマイラの大勢、更には協力者であるモリアーティ教授の麾下である組織の人員を揃えて、三ツ池公園に押しかけてきた。 先に『楽団』の木管パートリーダー、モーゼス・“インスティゲーター”・マカライネンの襲撃を受け、警備を強化したこのタイミングで彼女たちが襲ってきた理由は不明だけど……」 今は、其れに拘泥するときではない。 頭を振った予見の少女は、それと同時にリベリスタ達へある資料を配付していく。 「今回の戦闘は、当然三ツ池公園の防衛戦。 敵は六道紫杏と、その研究物であるキマイラ、そしてモリアーティ教授の組織の人間達と……『楽団』」 「……なんだって?」 「どこからかかぎつけたのかは解らないけど、ね。 およそ大規模な交戦となるであろう今回、必然と『発生する可能性の高い死者』の回収のために、彼らが動き始めたらしい」 要は、今回の激戦は単純なぶつかり合いではなく、三つの組織による神算鬼謀まで絡み付いてくる、と言うことだ。 面倒な。そう呟いたリベリスタの誰かを、誰も咎める気力など有していなかった。 「……続けるよ。『万華鏡』の測定を受けた私たちは、即時に行動することでどうにか六道紫杏・『教授』の連合軍に先んじて布陣することが出来る。 その上で、みんなには今回、此処に向かって貰う」 言って、イヴがポインタで指し示したモニター上の地図の『ある地点』は。 「……おい」 「何」 「其処、池の上だぞ」 「知ってる」 ――三ツ池公園内『中の池』。その丁度中心部に当たる場所だった。 「具体的な説明を行う。今回みんなが対処すべきは『教授』側のフィクサード、名前をシスという、外見年齢50代の女性。そしてその仲間の少年少女によるフィクサード勢。 彼女らは非戦スキルである簡易飛行を以て、上空から此方に布陣、何らかのアーティファクトを介した術式を弄してきてる」 「効果は?」 「『自身を視界内に入れた対象を誘引する』能力」 「……」 重ねて言うが。 彼女らの居る地点は『中の池』。『遊びの森』、『花の広場』、『展望広場』、『百樹の森の碑』『丘の上の広場』から臨むことの可能な地点である。 「……現在一般のリベリスタを要して闇の世界等の対策を行ってるけど、これが成った場合、最悪、西側の戦力が瓦解する。 みんなの目的は、彼女の術式が完成するまでの間に彼女を倒すか、最低でも撤退させること」 容赦も慈悲もない宣告を受ければ、否応なくリベリスタ達は拳に力を入れてしまう。 責任の重さを改めて知った以上、彼らはこの時点で退くという選択肢を捨てなければ成らなかったのだ。 「……ごめん」 故に、 予見の少女は、罪悪感に苛まれた表情を隠すことなく、リベリスタ達に詫びた。 「でも、お願い。此処の『穴』は、何としても彼らに渡すわけにはいかない。 私には、祈ることしかできないけれど――どうか」 勝って、そして何よりも、生きて、帰ってきてと。 イヴは言い、リベリスタ達は、それに小さく、けれど確固たる首肯を以て、死地への覚悟を新たにした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月10日(木)22:49 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 水面と言う戦場をものともせずに歩く者、或いは飛空する者。フィクサード達に向かう八人のリベリスタの姿は、異界の影響を色濃く受けたこの戦場に於いて、一つの光明がカタチを為したかのようにすら思えて。 「水蜘蛛、とでも言うつもりかね」 皮肉げな笑みさえも浮かべて、『デイアフタートゥモロー』 新田・DT・快(BNE000439)が小さく笑った。 「倫敦からわざわざ、ご苦労様だ」 「お解りならば退いてはくれないかしら?」 応えたのはフィクサード達の中核であろう老女――シスと名乗る人物。 「この子達もね。日本に着いてからは特に喧しくて叶わないのよ。 時差呆けで眠いだの、御飯が一々美味しく無いだの、街中が五月蠅くて仕方ないだの、これ以上厄介事作って、此方の心労も増やしたくはないのよね」 「――――――冗談」 くつ、と笑った――嗤ったのは、果たして少年と呼ぶべきか、少女と呼ぶべきか。 『偽りの天使』 兎登 都斗(BNE001673)。身の丈には決して合わないであろう死の大鎌を握り、誰よりも早く突出して狙ったのは、言うまでもない、語る老女その者。 「こんなの完成させちゃったら、面倒なことになるの間違いないよね? それなら今のうちに潰しとくのが最良だ」 おや、と声を上げ、傍らの子供達を見るシスではあるが……ふと気づけば、その周囲に彼らは居ない。 彼女がそれと気づくより早く、子供達は快に、彼の『挑発』の異能に誘われていた。 わあわあと楽しげに声を上げて、それぞれの身に握る破界器が、それを起点とした異能が、彼に叩き込まれるが……それを満身で受け流す彼は、シスに対して優越の笑みを浮かべている。 否、其れのみで終えるリベリスタではない。 「悪い子さんは燃やしちゃえ~!」 快に接敵し切るよりも早く、『ものまね大好きっ娘』 ティオ・ココナ(BNE002829)のフレアバーストが、彼らを覆ったのだ。 初手にしては上々。失われた体力を補う術も、しかし快の異能は許す事無く、彼らを攻撃に誘い続ける。 「嫗よ。生憎と此の地は自分達にとって掛け替えのないものが在る場所に御座る」 同時に、また、一人。 『影なる刃』 黒部 幸成(BNE002032)が囁くように言い放ち、暗器――『凶鳥』を双手に手挟んだ。 「ゆえ、この場所を自分達から奪うのであれば……総ゆる手段を、以てしても」 黒気を纏い、更なる威力を増したそれが、きゅるん、と軽い音を立てて、彼女の頭部を狙い、穿つ。 が、 「……良い覚悟ねえ」 「っ!」 穿った――と思われた其れは、いつの間にか彼女の腕――聖銀の籠手に受け止められていた。 放つ精度は低くない。単純に、受ける彼女の技量が、予想より高いのだ。 「けれど、まあ。一念を以て挑むと言うのなら、此方にも理由はあるわ」 「……何?」 「バロックナイツの手下だからと言って、感情では動かない、なんて決めちゃあいけないわよ?」 からからと、笑う老女。 訝しげに見る幸成ではあるが、だからといって攻手を止めるわけにはいかない。 戦力配分は5:3。フィクサード側に対応する戦力を大幅に削った代わりに、シスに与えるダメージソースは大きい。 逆を言えば、それだけを要した以上、手早く、そして確実に攻め落とさなければ、被害は平時の敗北よりも更に大きなものとなるのだ。 「全く……唯でさえこの前、楽団やら何やらを追い返したばかりですのに!」 苛立たしげに、或いは呆れ混じりに声を上げたのは『絹嵐天女』 銀咲 嶺(BNE002104)。 光の衣を解くかのように、己が身より次々と舞い出でる気糸の精撃が子供達を狙い撃ち抜き、けれど、未だ彼らは倒れない。 「とつげきー!」 子供達は緊張感の欠片もない声を上げて、快を、それ以外も時に狙っている。 語らせて貰えば――大凡、子供達の力量はこの戦場に在るリベリスタ達とほぼ同等を有している。 その攻撃が、彼一人に集中する結果などは、説明するまでもないのだろう。 「っく……!」 武器がひび割れる、防具が爆ぜる。除いた素肌が裂かれ灼かれ砕かれ、数十秒と経たずに血に濡れる快を、 「痛いのぜーんぶ、飛んでいけ……!」 『みにくいあひるのこ』 翡翠 あひる(BNE002166)の癒術が、瞬く間に癒していく。 光輝、清風、聖神の息吹と呼ばれる彼の異能は、頽れる彼に今一度の活力を施し、その度に子供達は辟易とした表情を浮かべた。 「おにいちゃん、硬あい!」 「あのお姉ちゃんもだよ、どんどん治しちゃう。つまんないよ!」 つまらない遊戯に、不平を上げる子供達。 そう、正しく――『遊戯』だ。 大勢の仲間達が血を流したこの場を、 数少ない仲間が地の下に眠る此の地を、 遊びのように、序でのように、彼らは奪おうとしている。 咆哮と共に、快が、出る。 予想を超え、自身の挑発に耐え続ける、子供達への阻止も合わせて。 が、それは良策とは言えない。 子供達の対応を務める班は、事実上前衛をほぼ快のみとした前のめりな構成である。 即ち、快が離れれば、その時点で凡そ彼らの班は瓦解するのだ。 「ったく、あんまり無茶させるなよ……!」 リソースの消費を無視し、B-SSでの複数攻撃に全力を注ぎ続けた『足らずの』 晦 烏(BNE002858)が、此処で飛び出した。 なれど、抑えた数は唯一人。誘われた快の側に付く三人を除けど、総じて四人が後衛陣を襲うこととなる。 神の光がセカイを灼き、炎の嵐が彼らを焼き、その傷口が氷雨に凍り、眩んだ彼らのうち、回復役足るあひるには、もう一撃が。 「ふ、ぅ――!!」 ……リベリスタ達の誤ちを指すならば、其れは二つ。 一つは、守りの要足る快に信頼を置きすぎた事。 攻撃誘因の能力であるアッパーユアハートは確かに自身に攻撃を向けさせるには有用なアビリティだが、逆を言えば其れは『彼にダメージを与える方法』を含めば、如何なる行動をとっても構わないと言うことになる。 例えば、彼諸共に全体を巻き込むように距離を調整した全域、複数攻撃。 若しくは、彼に『庇わせる』事を狙った状態異常攻撃等も、そうだ。 子供達への対応班の行動は、基本的に快が敵を引きつけているが故に成立している行動が多い。一度でも其れが崩れれば、どうなるかは想像に難くない。 尚かつ、気づくべき点はもう一つ。 未来映像に有った会話。彼女――シスが子供達に命じたことは、『リベリスタ達への対処』であり、『自身(若しくは儀式)の防衛』ではない。 自身を庇わせる必要がないと言ったシスの意味は、つまり。 「……此処まで来ると流石に苦しいわねえ」 凝った肩をほぐすような姿勢を取る彼女は、幾許かの時が過ぎて尚、余力の大半を残している風にすら見える。 余計な妨害がないのを良いことに、ひたすら攻手に撃ち込み続けた都斗と幸成、念のために水中の調査を終え、二人に加勢した『くまびすはこぶしけいっ!!』 テテロ ミミルノ(BNE003881)でさえも、その気力の半分以上を注ぎ込んだというのに。 「……硬いねえ、君。防御重視だったんだ」 「正確には耐久力重視でもあるけれどねえ。飽きたら何時でも帰ってくれて構わないわよ?」 「冗談。面白そうな事をやってるからって、折角混ぜて貰ったのに」 呆れ混じりの苦笑、愉悦混じりの嘲笑、 振りかぶるのはこれで何度目か。過ぎた膂力に腕から血しぶきを上げつつも、デスサイズは彼女の肩を深々と抉る。 「ひっさつ! ミミルノくまくまパーーーンチ!」 追うように、更なる一撃。 構えた巨大なくまぐろーぶからの、大胆不敵なる一撃。ボールドコンバットと呼ばれる其れが違い無く彼女の姿勢を揺らがせれば、それを好機と見た幸成が次撃を振るう。 水面には、微かな音も立たず、唯黒の影が這い寄るのみ。 続けざま、三撃の有効打を受け、終ぞ揺らいだその姿は、しかし運命の消費こそ行わずして、未だ立ち続けている。 「……そろそろ、退くのは如何で御座ろうか? 屍を晒して楽団の人形にされるのも、お互い面白くないで御座ろう」 「……難しいラインね」 苦笑しきりの老女は、並び立つ三人の背後を指差して、言葉を継げる。 「貴方達の側も、そろそろ限界が近いみたいだし」 「――――――!!」 ● 吐き出した血が黒く見えた。 視界は眩み、身体は冷たく、聞こえる声もまた胡乱。 運命の消費をして尚、ティオの身体は悲鳴を上げ続けていた。 けれど、 けれども、 「おめめチカチカ、ピカピカリン~!」 彼女は笑う。 笑い、続ける。 苦境となりつつある戦場、自らが倒れつつある戦況に於いて、それでも、その心だけは、仲間達を賦活しようと。 光輝。撃ち放った神秘の閃光弾が、一気に子供達の大勢をぐらりと崩した。 だが、未だ、未だと彼女が繊手に次なる閃光弾を練り上げた、瞬間。 「――――――あ」 ぱしゃん、と、首元が血に濡れた。 ナイアガラバックスタブ。背後より誘われる死の一撃が、彼女の頸動脈を易々と切り裂き、 「お姉ちゃん、おしまい!」 最後の意識が、自らを水面に沈ませぬよう願い、祈り。 其れが届いたと同時に、彼女の意識は、闇に消えた。 「ティオさん……!」 嶺の叫びが、更なる異能の猛りを呼ぶ。 気糸を舞わせ、時に気力の賦活を行い、それでも、それでも少しずつ、その動きからは精彩が消えていく。 必死に回復を施し続けるあひるも、その息を荒がせ、覚束ない脚をどうにか立たせている現状だ。 ――隙を見れば、アーティファクトを破壊する。そう考えていた嶺すらも、生憎と超直観のみでの探索は難度が高すぎた。 そうで無くとも――これはリベリスタ達の知らぬ事だが――池全体に術式を施すために『溶け込ませた』アーティファクトの破壊は、即ち池全体を破壊するに等しい行為であり、そもそもその手段が作れるはずもなかったことは、語るべくもないのであろうが。 「手を動かすのをやめなさい……! じゃないと、これからあなたを、倒さないといけないの……」 叫ぶあひるも、また違う意味で逼迫している。 リベリスタ達の被害ばかりが語られていはしたが、対するフィクサード達も、そろそろ少なからぬ被害を呈し始めてはいたのだ。 前衛方の覇界闘士、耐久力の低いホーリーメイガスは、快への攻撃を強いられ続けている内にその体力の殆どを損ない、そうして回復能力を失した彼らが積み重ねるダメージは徐々に限界に近づきつつある。 だが、どの子供も飛空の異能は有していても、水上に身を横たえるだけの力は有していなかった。 誰もが、 誰もが、一人ずつ、笑顔で、 深くも暗い、水底に身を沈めていく。 それを見る度、あひるはおぞましさに似た何かすらも感じた。 死に瀕して尚、笑顔を浮かべる子供達の狂気に対してではなく、 歪んでいても尚、未来有る子らの命を奪う行為に荷担する、自身への嫌悪感が故に。 「ここにいる子供たちも、死者になってもいいの……?」 必死に、言葉を振り絞って、 あひるが語る先は、子供達を統べるフィクサード、シス。 次いで、子供達への変わらぬ阻止と、止めどない豪砲を浴びせ続ける烏も、また同様に語りかける。 「教授への義理も判るが――その弟子にまで慕ってくれる子供達までが命をかける必要はあるかい? お互いケイオスのデコッパチに漁夫の利を得られ、死後も操られるのはごめんだろ。義理は充分果たしたんじゃないか?」 「……勘違いはしないで欲しいけれど」 ふむ、とシスは嘆息する。 問う烏も、応えるシスも、お互いその身は朱に染まっており、彼の言葉が何一つ本心以外から語られていないことは容易に理解できる。 が、しかし。 「今回の件による行動を、私がこの子達に命令したことなど何一つとしてないわ。 したのは選択だけ。其れに是と応えたのが、私たちのコミュニティの内、およそ数割程度の、この子達よ」 「………………」 「それと、もう一つ。確かに私たちは教授のお弟子さんに命を賭ける理由は全くないけれど」 ――ぎち、と。 絶えず、呪印を描き続けてきた手が、其処で、止まった。 「其れが『教授の命』で有るならば――従う理由は、この運命全てを賭したとしても、尚余りあるわね」 ばしゃん、と、水音が聞こえた。 見れば、其処に倒れたのは嶺と、それにほぼ相打った子供の一人。 残るあひるも運命を消費し、立つ者は、あと、六名。 ――結論から言えば、両者の戦力は殆ど拮抗を呈していた。 肩で息をするリベリスタ、練るはずの気勢すら削がれきった少年少女に……身を朱に染めつつ、尚も所作に滞りない初老の女。 描く呪印は、紡ぐ詠唱は、そうして長きに渡る時を越え、今此処に『成』ろうとしていた。 「――ふざけるなよ」 それを、見て。 誰よりも傷を負い、誰よりも闘志を燃やす快が、吐き捨てるように呟いた。 「負けない、負けられない。皆も、今頑張ってるんだもん……!」 祈るように声を上げるあひるもまた、意志は固い。 けれど、けれども、だ。 どれほどの癒しを届かせても、どれほどの思いを叫んでも、眼前に佇む老女――シスの面立ちは、最初から変わることはない。 負傷は軽くはない。リベリスタ達は与えうるリソースを思うさま彼女にたたき込めるように、戦術を決めたのだから。 だが、それでも。 「……残りは、そう。大体三十秒かしら?」 くすり、小さく老女が笑んだ。 その言葉が唯の嘘でないことは、目にして解る。ゆるりと中空に弧が描かれる度、彼らの立つ『中の池』は光を放ち始めているのだから。 「止められるなら止めてみなさい。聖櫃の子供達。為れぬと言うなら、逃避をお勧めするわ。 往くも帰るも、此処が胸突き八丁よ?」 「ミミルノたちは、にげないよっ!!」 試すような言葉に対して、堂々と答えたのはミミルノ。 大きなクマのかぶり物とグローブ。着ぐるみのような衣服は裂け、中に着込んだ防具すらも最早性能は怪しいながら、 「みんながぴんちになる、そんなぎしきはミミルノがとめるよっ!!」 「あらあら、もう限界も近いでしょうにね」 苦笑した老女は、けれどそれを嘲笑うことはない。 戦振りに畏敬を得て、其れに負けじと己が役目を全うし続け、故、彼女は立っている。リベリスタ達も、立っている。 ――嗚呼、無粋だった、と、ぽつり零した彼女が、萎びた腕を吃と構える。 ならばと応えたフィクサード達に、リベリスタ達も声を上げて得物を構え、挑む。 鬨の声が、谺した。 ● 戦況は終わりを告げる。 倒れた子供は五人、その何れも運命を消費することを選択せず、 対し、リベリスタ側に倒れた者は、先の数にあひるを加え、三名。 そして、彼らの中核、シス。 唯一人、フィクサードの中で運命を消費した彼女は、何処か満足げに、「此処までね」と声を上げ、両手を挙げた。 「で、どうするかしら。私たちを此処で殺す?」 「……」 「それとも、捕縛? それなら私たちも本気を出すけれど」 「……馬鹿な」 幸成が、頭を振るう。 文字通り、此処で死闘を行えば、その『結果』に引き寄せられたハイエナ――『楽団』のフィクサードが介入してくることは想像に難くない。 双方、どちらかの目的が達せればその時点で戦闘は終了。 口には出さずとも、それが彼らの暗黙の了解であるのだ。 「有難いわね。それじゃあ、私はこの子達を連れて帰らせて貰うわ。 ま、発動したとしても、術式が保つのは、精々一分半、くらいだったでしょうし。……こら、アンタ達も手伝うの」 「……あれだけ時間を掛けておいて、随分短い時間だな」 イヤそうな顔をする子供達にてきぱきと指示をする彼女に、鳥は疑問の声を上げる。 「……そう、ねえ。まあ見逃して貰うお礼として言うなら、『勝ちすぎると困る』のよ」 「……?」 「まあ、その辺りは追々、ね」 幾度となく見た、シニカルな苦笑を浮かべて、彼女は水面に沈んだ子供達(水中呼吸を有していたらしく、怪我以上に被害は見受けられなかった)をすくい上げ、その場から撤退していく。 戦場には荒涼とした風しか吹かない。 けれど、それはリベリスタへの、確たる勝利の証明であった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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