●騒乱 三ッ池公園。かの“伝説”がここにて暴れてから時が経った。 しかし未だに“穴”は閉じない。その影響は崩壊率を乱してなお、残存し続けているのだ。 そんな公園に、 「アッ、ハハハ、アハハハハッ――! いいねぇいいねぇ良い所だねぇ! ここが噂の三ッ池公園かいヒャッハァ――!!」 「……テンションの高い男だな。貴様は……」 武装した男女が侵入を果たした。 一人は白衣を着た何故かやたらテンションの高い男だ。もう一人は女性で――どうも日本人ではない。ロングコートに身を包んだ、白人の女性だ。 「おお? ああ、申し訳ないでございますなぁ。えーと、その……」 「ジナイダ、だ。もう忘れたのか貴様……“教授”の御命令で来た者だよ」 ジナイダと名乗った女性が口にした『教授』 その名の意味は言わずもがな……バロックナイツの一人、モリアーティ教授の事だ。 紫杏派の援護に来た『倫敦の蜘蛛の巣』の一人。それが、彼女。 「ああ、ああ、ああ。これは失礼ィ? そーだったね。ウチらの可愛い可愛い大将が頼んだったけか。遠い所から御足労有難うございます――て言っときましょうかねぇ?」 「何か、不満か貴様?」 白衣の男が紡ぐ言葉は一々挑発的だ。 元よりあまり丁寧な言葉を使う者には見えないが、それにしても必要以上に柄が悪い気がする。何故かと言えば、 「不満つーかなんつーかさ……いやぁ、手伝ってくれるのは有難いぜ? だけどよ……いきなり現れた連中と仲良しこよしで手繋いで、きゃっはうふふと――出来る訳ねぇだろ」 「……」 そう、単純に信頼が無いのだ。 紫杏の決定に逆らう気は無い。しかし、だからと言っていきなり現れた外国勢を受け入れられるかと言えば、否だ。 「ま、最低でも邪魔さえしてくれなければ俺は良いけどな? 今回はテストって訳じゃあねぇ。折角の俺の“蜘蛛”の――お披露目なんだからよ」 「キマイラ、か……」 ジナイダが視線を移した先。そこにいたのは巨大な蜘蛛だ。 白い……いや、透明だ。若干だが、透明の表皮を持つ蜘蛛がそこに居た。外見だけで言えばとても複数の種族を混ぜ合わせた“キマイラ”とは思えない程綺麗な姿だが―― 「中はもう何混ぜ合わせたかわかんねぇぐらいグッチャグチャだけどな! えーと、人とか後……何混ぜったけ……」 「説明なんぞいらんわ。どうせ私は元より、援軍の役目だ。戦闘になれば支援するから、貴様も真面目にやれよ?」 おお分かってる分かってる! と調子よく男が言う。 この男、たしか名前を五百蔵・九(いおろい・いちじく)とか聞いたが――協調性も無く、あまり好きな男では無い。 とは言え、ここに来た役目は忘れない。ジナイダはあくまで冷静に、己が“役目”を賭さんと集中する。と、 「ああそうそうさっきはああ言ったが……俺はアンタラの事、そこまで嫌いじゃあねぇぜ?」 何故なら、 「あんたらの組織って『倫敦の蜘蛛の巣』って言うんだろ? いいねぇいいねぇ! “蜘蛛”の名前が入ってるとかそのセンスマジイカす! いぇあッ! 蜘蛛最高イヒヒヒ、ヒャアハァ――!!」 「…………」 溜息一つ。それだけで喧しい男の声を脳からシャットアウトし、再び集中する。 三ッ池公園で行われる争乱は、間近に迫っているのだから―― ●三ッ池公園へ 「緊急事態――紫杏が、動く」 ブリーフィングルーム。そう語り出したのは『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)だ。 「彼女が動き始め、キマイラの存在が確認されてから半年以上…… とうとう大規模攻勢だよ。場所は、三ッ池公園。“閉じない穴”を狙ってるみたい」 モニターを操作し、映像を映し出す先は件の公園。 イヴの言った通り、紫杏が狙うは“穴”だ。崩壊率を意図的に上げ、キマイラ研究のさらなる糧とするつもりだろう。被害なんぞ気にしないフィクサードらしい、いや己が道を追求する六道らしいとでも言おうか。 ただ、先日楽団のメンバーにより襲撃された三ッ池公園では、警戒が高まっている。それを承知の上で何故この様な攻勢を掛けてきたのかには分からないが……おかげで彼らの奇襲はほとんど意味を成していない。この点は幸いだった。 「ま、何にせよアークとしては勿論見過ごす訳にはいかない。だから、彼女らの目的を阻止して欲しい。この気に乗じた楽団のメンバーもいくつか確認されてるけど……まぁ貴方達の行く場所には現れないみたいだから、楽団に関しては気にしなくていいよ」 「了解だが――俺らが行く場所は、三ッ池公園の具体的にどこだ?」 「公園にあるプールのちょっと南側……木々が乱立してる所だね」 比較的北口に近い、三ッ池公園プール場。 その付近は他の建物、施設の類がなく、木々によって満たされている。戦場と成るのはそこだ。 「ここに来るのは『バギーラ・キプリンギ』と呼ばれる六道フィクサード、五百蔵・九。『教授』の派遣した援軍、ジナイダ。そして……キマイラだよ」 六道所属研究員、五百蔵・九。 『倫敦の蜘蛛の巣』所属、ジナイダ。 E・キマイラ、識別名マザー。 それぞれが一定以上の戦闘力を持つ侮れぬ者達だ。特にキマイラたるマザーは、 「戦闘中に子供を産み落とすみたいなんだよね…… 子供達は耐久力が低いみたいだけど、数が多い。その点は気を付けて欲しい所」 キマイラがキマイラたる因子を持つ子を産み落とす。 情報によると生まれたばかりで戦闘参戦するからか耐久力は低い様だが、放っておけば数を増して脅威となるだろう。早めにしっかりと潰しておくが吉だろうか。 「それから最後にもう一点。ジナイダの事で報告がある。 彼女はどうも敵と認識している者の身体強化を妨害するアーティファクトを所持しているみたいなの。 詳しい事は資料で纏めて渡すけど、付与の類が意味を成さない公算が高い。それも気を付けて」 かの『教授』が派遣した援軍の一人だ。やはり、AFの性能も含めて強敵であるのは間違いない。 しかしそれがどうした。 その程度で諦める理由にはならない。六道もキマイラも『倫敦の蜘蛛の巣』も、倒せない敵では無いのだ。 「厳しい闘いは予想されるけど……皆、どうか無事でね」 かくして集う。様々な勢力が、三ッ池公園へと。 聖夜を間近に、血で染まる。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:茶零四 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月29日(土)23:01 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●開戦 聖夜を前に鮮血が舞う。 三ッ池公園。以前も決戦の舞台となったこの地にて複数の思惑が乱れて混じる。その中で、 「先には――行かせないよ」 『禍を斬る剣の道』絢堂・霧香(BNE000618)が閃光の如く先陣を担った。 狙うはマザー。右脚と体を前のめりに、己が持つ妖刀に手を添えて、 振り抜く。 頭部を一閃。三尺の刃が肉を抉って血を飛ばす。さらにそこから左足でもう一歩踏み込んで、刀を下から円弧の動き。直後、顎肉を削り落とせばマザーの動きが鈍くなる。連続的な攻撃は敵を抑えて、着実な傷を生み出しているのだ。 「誕生おめでとう」 そこへ祝いの言葉を送るリベリスタが一人。マスケットを構え、狙いを定め、 「そしてさようなら!」 こんにちは。死ね。 マザーへ向けて『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)が銃弾を放つ。連続する射撃音。銃弾が地を抉り、肉を穿ち、木に着弾する。弾幕張ったその攻撃はマザーのみならず、捉えるはフィクサードもだ。 いくつかの銃弾は吸い込まれるかのようにフィクサードらへと向かえば。 「アハ、ハハッハァ! おいおいいきなりなご挨拶じゃあねぇか塵どもがよぉ!」 ナイフ片手に白衣を来たフィクサードが前に出た。研究員、九だ。 銃弾を受けながらも止まらない。木々を足場に、跳び移りながら大声を発し。 「そんなに俺らが待ち遠しかったのかァ!? んなに期待してなくても俺はお前らの事なんざ眼中ねぇから安心して――」 「やかましいぞテメェ」 影が跳び出した。『消せない炎』宮部乃宮 火車(BNE001845)だ。 木々の間を移動する九の動きに合う様に、炎の拳を顔面にぶち込み、叩き落とす。そして、 「ぴぃぴぃとよぉ……こちとら人間だから虫の言葉は分かんねぇんだよ。 そもそも。人様の庭先荒らしに来たテメェはもう許されねぇ。分かってるよなぁ?」 顔の前で手の甲を前に。人差指と中指を立て、紡ぐ言葉は九に劣らぬ挑発。 「“ごめんなさい”か“すいません”――その二つを口にしてももう遅いからな。 テメェは! 地べた這いつくばって無様こきながら! 死ねば良いんだよクソがッ!」 「……ン、上等だテメェ……その言葉ァ、テメェに言わせてやらぁゴミ畜生がァアア!」 敵意を全開に。双方が睨み合い、今すぐにでも喰って掛らんとする勢いだ。 ただ、九を相手するのは火車だけでは無い。もう一人彼を倒さんとする者がいる。 「よぉ引きこもり。久しぶり……って一応言っておこうか?」 それは『Spritzenpferd』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)だ。 彼と九は直接的にあった事は無い。以前に一度、間接的に、声で話した事があるだけである。 「覚えてるか? 脳髄まで昆虫か蛆虫並みってんならまぁ仕方ないがな?」 「んぁあ? ハンッ、テメェなんざしらねぇなぁ。一々アークのクズ顔なんて覚えてられるかよ」 「あぁそうかい。なら……」 本気か。挑発か。真偽は分からないが、知らぬと九は答えた。 ならば、とカルラは視線を僅かに後方に傾ける。俺の事は覚えて無いと言うのなら、 “彼女”はどうだ。 「響き、奏で、包め。天上の調べに乗せて地獄の呪いを」 詠唱が紡がれる。高い、女性の声だ。 「地獄の旋律に乗せて至上の祝福を。我紡ぎし祝詞は世界を憎む怨嗟となる」 しかも早い。本来なれば十秒では足りぬこの技を、瞬時に唱え切り、 「久しぶりねバギーラ・キプリンギ。私の事は、覚えているかしら?」 「テ、メェ――」 直後。言葉も途中に、血液を元とした黒鎖の波が戦場に炸裂した。 視界に映る敵を見据えて三方へ。高速の攻撃魔術を使用したのは、リリィ・アルトリューゼ・シェフィールド(BNE003631)。彼女である。本来なれば溜めの必要になる技も、高速詠唱により短縮。見事に放った。 「私も行くよ……本当ならバギーラの方を殴りたいんだけど、ね」 「蜘蛛に蜘蛛に蜘蛛……あぁ最高だ。焼き払ってやる」 さらに続く。『本屋』六・七(BNE003009)の鉄爪が至近のマザーに死の運命を刻まんと横に薙ぎ、『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)の重弓が空を切り裂き業火を撒き散らす。 彼らと同じ蜘蛛の因子を持つ七が彼らを否定し、 蜘蛛の天敵たるトリの因子を持つ七海もまた彼らの在り方を否定する。 「……で、だ」 されどいる。もう一体の蜘蛛にして全く別種たる“蜘蛛”の名に属する者が。 彼女は自身の眼前に立つ一人のリベリスタを見据えていて。 「私の相手はお前一人か? リベリスタ」 「ええそうです。お相手務めさせていただきますよ、存分にね」 応えるは雪白 桐(BNE000185)。大剣構えて静かに迸るは闘気だ。 倫敦の蜘蛛の巣の一員たるジナイダ。彼女の援護を止める為に桐は一人で往くつもりだ。己が攻撃で相手を吹き飛ばし、そのまま抑え続ける。上手く行けば援護のほとんどを封じる事が出来るだろうから。 故に往く。姿を捉えて真っすぐに、柄を握りしめて、 剣撃一発、まずはぶち込んだ。 ●三場 戦場は三つに分かれた。 一つは桐とジナイダ。剣撃での吹き飛ばしが思ったよりも容易く成功し、距離を取った地点だ。 もう一つはカルラと火車が相手取る研究員、九との戦場。そして最後に、 「ク、カガァカ――!」 リベリスタの過半が集中した――マザーとの戦場だ。 マザーは生み出す。木の上にて、子供達を大量に。木に登ったのは囲まれて集中的に攻撃されるのを嫌った為か。八つの足を巧みに動かし、陣取って叫ぶ。威嚇の様な、叫びを。 「全く、煩い上に数だけは多いんだから……! 私の魔術、とくと味わいなさいッ!」 再び血液の鎖がリリィの詠唱と共に放たれる。 狙いは子も含めた敵。本格的な行動に移る前に倒さんと、全力の一撃を撃ち込んで行けば、 「子蜘蛛も子蜘蛛でグロテスク過ぎるわね、ホント」 「何。全て焼き払えば問題なし――さぁ潰そうか」 ミュゼーヌと七海が追撃する様な形で子を狙う。ミュゼーヌは前衛としてキマイラ達に近い距離から即座に子を撃ち落とし、一方で七海は退きながら炎矢を撒き散らしていた。 否。退いている、と言うよりは距離を取っている、と言った方が正確だろうか。彼は癒し手としても動く事が出来る為である。子蜘蛛が増えれば被害が増えるは必然で、そうなれば回復手として動くつもりだが――そんな折に自分が負傷していては本末転倒である故、距離を取っているのだ。 「貴方は……生き物って呼べないね」 そこへ七が行く。 面接着の力だ。マザーと同じ様に木を垂直に登りながら、子をなるべく無視して七は接近する。そして見るのだ。マザーの体。透明な皮膚の内に込められた数多の“肉塊”を。 こんなモノが生物なのか。こんな歪で、不自然なモノが。 「幾つの命が込められて、幾つの種族を埋め込んで……幾つの犠牲で作られたのか、分かってるの?」 木を駆けながら登り、構えた鉄爪でマザーを刻む。 言葉は一体誰に向けたモノか。答えたのはやはり“蜘蛛”で、 「あぁん、幾つの命……だとぉ? しらねぇよ、んな“些細”な事はなぁ!」 九だ。七と同じ様に木の幹を地として、カルラと相対。 速度に身を任せ、乱暴に振るう刃で彼の体に傷を生み出しており。 「研究に犠牲は付き物って言うだろうが! ク、カカカハ! そうさ! 犠牲じゃねぇ、俺の研究品の礎って言えよ! 人類繁栄の為の技術の生贄になったてなぁ!」 笑う。笑う。笑って斬り付ける。 些細だと。そう言うのだ彼は。犠牲は礎。未来の為の役に立っているのだからむしろ誇れと。 そうだ。 命を使い潰し、死んで、ようやく役に立てるのだから喜べと。 「御託は良いから――」 瞬間、攻撃を受けていたカルラが動く。ナイフの一撃を物ともせず、足を動かし幹を足場に飛び跳ねて。 木から木へと移って回るは九の背後。拳を握り、息を吸って、 「さっさと死ね。今すぐ死ね。いいから死ねッ! 汚物が調子に、乗ってるんじゃねぇよ!」 「お、ぐぎぃ!?」 全体重を乗せた一撃をぶち込んだ。 上から下に。重力に従う様に拳を繰り出し、威力を増す。 更に、まだ終わらない。短い悲鳴と共にバランスを崩した九の背に、 「何だ、やっぱただの猿じゃあねぇか。キーキー喚いて、木を飛び跳ねて。 面白くもなんともねぇ……動物園の檻の中にでも帰ってろオラァッ!!」 下で待ちかまえていた火車の一撃が捻じり込まれた。 骨にヒビの入る音が腕を通して伝って来る。ああ、いい気味だ。愚鈍な動物に対して“躾”を行うのは。 動物に対して必要なのは語りかける事では無い。力で、上下関係を分からせるのが一番なのだ。 と、 「――!」 金属音が鳴り響いた。武器と武器が接触した音であろう。桐とジナイダだ。 ジナイダは常に距離を取る様に動き、桐はその距離を詰めんと蛇腹剣の攻撃を弾きながら駆ける。自由にさせる訳には、どうしてもいかないから。 故に一歩で跳ぶ様に距離を詰めて接近。二歩目を更なる踏み込みとする為に、力を込める。 地を踏み砕かんばかりに。大剣をコンパクトに構え、奥歯を噛み締め、 急加速。 「ふむ」 ジナイダの声が聞こえる。が、関係無い。桐は前進する力を突進と成して剣を更に前へと。 突きだ。前進力を加えて、己を弾丸の如くにして、往く。 「……!」 その時だ。剣先が見えた。 桐のでは無い。ジナイダの蛇腹剣の、だ。カウンター気味に叩き込まれんとするその剣先が、伸びる。 瞬時。反射的に顔を逸らした。頬を掠め、鋭い痛みが走るが、重くは無い。 「私は――」 だから、 「貴方が女性だからと言って、手を抜く程甘くは無いですよ? 男女平等に、ね」 容赦無く、防御する武具諸共砕かんと叩き込んだ。 「……中々の威力だ。しかし、そこまで必死になるかね。彼らを止める為に」 「穴を広げられては困るんですよ。こっちとしては、大層に。 だから、貴方達の思惑は必ず阻止させて頂きますよ」 口の端から僅かな血を、唾の様に吐き出すジナイダ。 防御に秀でている為か大きな傷を与える事は出来なかったようだ。が、それでも良い。 桐の役目は足止め。倒せずとも支援を妨害出来れば上々だ。 ただし、支援妨害出来ているからと言って安心は出来ない。なぜならば、 「――ッ!」 霧香が膝をつく様に―― 支援を妨害したからと言って、勝てると決まった訳ではないから。 ●蜘蛛蜘蛛蜘蛛 子の集中だ。 彼女が、霧香が集中的に子らに狙われた事。それに“理由は無い”。 彼らには突撃観念しかない。故に、ただ偶然に前衛に居た者の一人として目を付けられただけだろう。 しかしてマザーはほくそ笑む。如何なる理由であれ敵が餌と成り果てたと、そう思い、 大口開けて止めを刺さんと急降下。霧香を喰らわんとして―― 「――!?」 口の端に痛みが走った。 剣撃だ。この痛みを生み出した者は、 「まだ、だよ……!」 霧香である。 彼女は叫ぶ。まだ終わっていない。何があろうと、 「諦める訳にはいかないんだ……!」 ここは、この地は。 ジャック達から始まって。何度も何度も闘った。 犠牲に成った者もいて。それでも生きている者は闘い続けて、 ここまで来たのだ。 例え相手が六道だろうと、楽団だろうと、倫敦の蜘蛛の巣だろうと、 「あたしは! 此処を! 必ず護り通してみせる!」 身、傷付き。視界が揺らぎ。運命を削ろうと。 刀を握る力は劣らず。心は折れず。 刀身に映る己の目は――生きている。 「何度でも来るのなら、何度でも護ってやる! 絶対に、」 一息。 「退く……もんかッ――!」 「グ、ガアアアァ!」 霧香が。マザーが。吠える様に叫び、相対する。 歯で肉をこそぎ取り、刃が透明な皮膚を切り裂いて内部を露出。 そこへ子が来た。故に足の捌き方を変えて対応する。 数多の幻影を発生させて一斉に薙ぐのだ。高速の一閃は大気を突き破り、そのままの勢いで子らをも切り刻む。 木の上。マザーに刀が届かなければ、風の刃で足を狙い、削ぎ落す。 何が何でも。意地でもここは、 「通さないわよ……! 集中……練成、解放ッ……! 血の鎖よ、開け、彼の敵を捕え、締めつけよ!」 リリィも往く。消耗激しい葬操曲を、必要だと己に言い聞かせて放ち続ける。 負担が掛ろうとも手は緩めない。ここで潰すのだ。ここで倒すのだ。 複数の子らが痛みに嘆き、動きを縛られ、なんとか逃れた子は尚も突撃を再開する。 そこを狙うはミュゼーヌだ。銃口を定めて、しかと両の手で支えて、 放つ。 「ギ、ガガッ!」 接近する子蜘蛛を一体一体正確に、片っ端から撃ち抜いて行く。 内の一体が奇声と共に跳ぶのが見えた。大量の唾液と共に大口開けて突っ込んでくる。 弾幕を避けて攻撃に転じたつもりだろう。即座に反応。両手で構えていた銃を右手だけに。落下の軌道に合わせて子蜘蛛の口、喉奥へと銃口を叩き込めば、 「――Bye」 引き金を絞り上げて炸裂させた。 飛び散る小さな肉片が右目の下頬に貼り付く。故、 「貴方達……」 左の指で弾く様に拭き取って、 「生命を冒涜しておいて、ここから無事に帰れると――思わない事ね」 言い放つ。こんな悪趣味な研究は元より嫌いなのだ。 マザーの負傷個所から内に込められた肉がはみ出て来ている。再生と破壊が繰り返されて、初期の整った姿はどこへやら。蛆に喰われたかの様なデコボコがグロテスクな事この上ない。その造形は、見ていて不快だ。 「グ、ガ、ヵァ――!」 さりとて終わらぬ。終わらぬと。強引な再生に物を言わせて放つは、糸。 大量に束ねたソレは波の様に。後方にて回復行動を行っていた七海を呑みこむ――が、 「無駄だ……! そんな物で止められはしない……!」 呑み込まれた振りをした後に、糸から脱出。耐性持ちであった為にその動作は容易かった。 そうして即座に負傷者へと掛けるは光の鎧。防御の効果はAFの妨害により望めないが、体力の回復と反射の付与だけは確実。こうしてマザーや子から受ける被害を七海は減らしつつあり、 「そろそろ、終わらせようか……行くよ」 そこへ七がマザーに止めを刺さんと、向かう。 邪魔な子も纏めて薙いで、鉄爪の威力を見せ付けて。跳び込む先はマザーの懐。 直後、引っ掛ける。顎に。鉄爪の先を。そして直上に思いっきり振り抜けば。 「――ヵ――」 短い悲鳴がマザーの喉奥から漏れた。 再生が追いつかない。割かれた頭部の損傷が、戻らない。痙攣がマザーの全身に襲いかかって、足が木より離れて落ちる。 背中から地へと。巨大な音を鳴り響かせて――キマイラ・マザーの命はここに朽ちた。 「ぁ……ぁああ? なんだ、とぉ? 俺の、研究品が……俺の研究の成果がァアア!?」 その時、別種の悲鳴が林の中に鳴り響いた。 九だ。マザーが敗れたのが信じられないのか、取り乱している。すると、 「……ここまでだな。研究者の計算した勝率など、所詮は……」 ジナイダの冷静な声が遠くで紡がれた。 遠い。どういう訳か、ジナイダは戦場域としてはギリギリの範囲にまで移動していた。無論、その近くには抑えていた桐も居て、 「……おや。もしや逃げるんですか?」 「あぁその通りだが。追ってくるかね?」 追撃の選択肢――は、無い。 多数の再生能力により継戦していた桐だが、一対一の戦闘ではあまりにも不利だった。もう少し闘いが長引くか、ジナイダが“積極的”に攻撃を仕掛けて居たら、倒されていたかもしれない。 故に戦場から全力で離脱する彼女の背は追わず。代わりに、 「ぐ、ぁ、ぁあ? あの女ァ! 幾らなんでもあっさり退き過ぎじゃ……!」 一人。戦場の中心に残された九の包囲に加わった。 この時点で勝敗は決したと言っていい。元より人数ではリベリスタが上なのだ。数の優劣を覆せるマザーが消えた上にジナイダすら撤退すれば、どちらが勝つかなどもはや明白で。 「雑魚ばっか相手してるから見誤るんだよボケがぁ!」 瞬間。状況の変化にうろたえた隙を、火車は見逃さない。 炎の拳を叩きつけ、上へと押す様に殴りつければ。 「ッ……ラァ!」 息を吐き、同時に名を叫ぶ。 上。居る彼の名を。酸素を求める体を強引に抑え、 人差指で指差せば。 「ぶ、ッ、潰、せぇぇぇえ!!」 「任せろォ――!」 短いやり取りで、全ての意思を託して受け取った。 窮地に達した九が喚く様に何か言っているが、知らん。あんな言葉はただのノイズだ。 故にと構えた拳を全力に。向けられたナイフの刃すら纏めて捉え、 「うるせぇんだよ。あの世で思いっきり喚いてな――負け“虫”野郎」 拳を一発ぶち込んだ。 顔面だ。勢いで殴り飛ばされれば頭から地上に落ちて、衝撃と同時に体が跳ねた。 痙攣する。マザーと同じ様に、虫の様に痛みにもがきながら。しかして逃れられずやがて――動きを止めて。 死亡する。 蜘蛛を愛し、蜘蛛に全力を興じた男は今ここに、三ッ池公園にて死に果てた。 周囲の喧騒はまだ止まぬも……少なくともこの戦場は、終わりを迎えたのだ。 蜘蛛は死んだ。 たった一匹だけを、除いて。 ●“目的” 走る。木々の中を、走り抜く。 キマイラは朽ちた。研究員は死んだ。 故に“予定通り”目的は達したのだ。 「帰還します――教授。モラン大佐」 己が上司に心の中で任務終了を呟いて。 彼女は退く。“目的”は、達したから。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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