●インタールード 真っ暗闇の部屋。ディスプレイが数度点滅する。立ち尽くすのは一人の少年。 起動しているPCへは手を触れる事も無い。自身と接続された電脳は勝手に彼の思考を記述していく。 アルファ:>>これが約束の情報。早く受け取ってよ、これ以上立場が悪くなるのは御免だ。 フェイク:>>ご苦労様でした。……にしてもこのカレイドシステム?本物なんですか? アルファ:>>何、信用出来ないの。アークの人間に直に聞いたんだ、本物だよ フェイク:>>完璧な未来予知、ね。本物ならまるで夢物語か御伽噺です。 そう言う以上は信じますけど……んー、偶には上の話も真面目に聞くべきでしたか アルファ:>>全く、自信家なのも程ほどにしときなよ フェイク:>>あなたには言われたくないですね。まあ良いです、なら少し手伝ってあげましょう アルファ:>>へえ、対価にしちゃ気前が良いじゃない。どういう風の吹き回し? フェイク:>>あの組織には少し借りがあったんですよね。でも表には出ませんよ アルファ:>>分かってる。あなたには色々教えて貰った恩もあるからね フェイク:>>その割に、勝手に蝮の下なんかについて。あんな前時代の生き残り。 アルファ:>>あなただって人の事は言えないじゃない。まあ、でも助かるよ。任せて良いのかな。 フェイク:>>いっぱしの口を効く様になった物ですね。前回は散々痛い目を見せられたくせに アルファ:>>あれは、僕が未熟だった所為だ。今度こそ上手くやってみせる フェイク:>>そう上手く行くと良いんですけど アルファ:>>彼らと決着を付けるのは僕の仕事だ。期待してるよ“魔法使いさん” フェイク:>>あなたが女の子だったら綺麗な剥製にしてあげたのに、残念です、ぼうや アルファ:>>ああ、それと フェイク:>>? アルファ:>>幾つ人形を遣い潰しても良いけど、壊すのはやめてよね フェイク:>>おかしなことを言いますね、どういうつもりです? アルファ:>>別に。僕があいつらより優れてるって事を証明する為だよ、他意はない フェイク:>>あら?変な影響受けてないと良いんですけど アルファ:>>なんだよそれ フェイク:>>いいえ別に。それではまた後日。お休みなさい フェイクさんがログアウトしました アルファ:>>これでこっちも命懸けだ……さあ、殺しに来い、アーク。 アルファさんがログアウトしました それは静かに記された一片の通信録。記録にも残らないほんの些細なやりとり。 けれど幕間があってこそ、物語は厚みを増す。2つの糸が絡み合い、第二幕が幕を開ける。 ●マリオネットシアター ブリーフィングルームにリべリスタ達が集う。全てのモニターが一つの施設を映す。 画面内は全て真夜中。人気も無く薄暗いその場所で、複数人の人間が何か作業をしている。 「以前逃がしたフィクサードがまた現れた。以前はまだまだビギナーだったが 今度は立派なリベリオンって訳だ。子供の成長は早いね、エリューションも吃驚だよ」 『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)が苦笑いを浮かべながら肩を竦めてみせる。 映っているのは総勢10余名。良く見ればそれは何処かの映画館の様だった。 独特の狭い廊下と無数に並んだ椅子、何より大仰な無地のカーテンが壁一面を覆っている。 「これは三高平市内の映画館の1つ。新築の上オープン直前だったんだけど、これが従業員ごと占拠された。 多分誰か参謀か黒幕が付いてるんだろうね。子供の発想にしてはロジカルかつシステマティック過ぎる」 従業員ごと。普通に考えればそれは人質を意味する物だろう。またか、と思わないでもない。 けれどそれは人質であって、人質に非ず。モニターを見ていれば分かる。 彼らは皆、映画館の開館作業らしき動作を続けていた。深夜に電気も付けずにである。 影だけが蠢くその光景は、ナイター営業にしては余りに不自然。更に伸暁が頭を振る。 「彼らの過半数は操られている一般人だ。呪縛され、気糸で遠隔操作されているらしい。 何処かで見た手口ではあるね、差し詰めマリオネットシアターって訳だよ」 けれど問題はそこではない。残り半分がフィクサード、それもジーニアスばかりと言う点である。 「外からは区別が付かない。上手い迷彩だと言って良いだろうさ。けれど人形劇としては二流品だ。 人形に人間が混じる何てね、ハーモニーにしたら不協和音も良い所さ」 とは言え、有効性は否定出来ない。一般人が何人混ざっているかは知らないが、最大で2桁超。 1度の事件で出す犠牲としては余りに多過ぎる。一般人もフィクサードもまとめて、とは行かない様だ。 「序でに、主犯のフィクサードは、部下を一人連れてシアターの最奥で待ち構えてる。 退路らしい退路は無いね、逃げる気も無いんだろう。クローズドゲームさ。相手も命賭けだよ」 けれどそこには、いや、何処にも“繰り手”の姿は無い。 恐らくは関わっているだろうもう一人の主犯の姿は。であれば厄介極まると言えるだろう。 例え人質とフィクサードの区別が付いたとしても、人質が呪縛されている以上は足手まといにしかならない。 その間フィクサード達が仕掛けてくるとなると実力差など有っても容易く埋まってしまうだろう。 と言って人質を犠牲に事件を解決したとしてもそれは実質的な敗北に他ならない。 「人質は生かし、フィクサードは倒し、且つ奥の主犯を討伐するなり捕縛するなり。 ハードでロックな仕事だ。難題のポリフォニーさ、生半可な覚悟じゃ山ほど人死にが出るだろう」 そこまで分かっていて尚、伸暁はニヒルに笑む。それは信頼の証と言うべきか。 いや、これが伸暁一級の生き様である。常に揺るがず自分の世界を貫き通す。 「だがま、つまりお前らなら余裕って事だ。そうだろ?」 極上のウインクを投げ、伸暁は笑ってリベリスタ達を送り出す。人形と人間の悪意が織り成す劇場へと ●トリックスター 「全てを見通す万華鏡。私達を追い回す厄介な神の眼。確かにキャッチコピーは魅力的ですけど……」 件の映画館より離れる事大凡200m弱。とあるマンションの上から一人の女が双眼鏡で見つめている。 何処と無く儚げな容貌に、けれど似合わぬ酷薄な笑みを浮かべて。 「でもね、貴方達が追い回すのは、あくまで“私達かその同類”。 この世の犯罪全てではないし、悲劇の全てを知る事も、防ぐ必要も無い。違いますか?」 問い掛ける、問い翔ける。思いを馳せる。盲目的な信頼、信仰、摂理が焼け落ちる瞬間を期待して。 「貴方達は警察でもなければ、ましてや正義の味方でもない……完璧な人形なんていりませんよね?」 語りかける様に、紡がれるのは或いは愛の歌。とても楽しげに、愉しげに、自分達の敵へと詠う。 愛しい人へ届ける様に、細めた瞳に悦びが踊る。完璧なんてつまらない。どうかどうか、私にあなたを壊させて。 「可愛らしい万華鏡。ねえ、ねえ、だったらこれも見通してくれますか? 人の築き上げた悪意の全てを、あなたは防いでくれますか?」 くすくすと、くすくすと。女は笑う、静かに笑う。万華鏡の光の影で、闇その物であるかの様に。 瞳を閉じれば瞼に浮かぶ赤い赤い紅蓮の花。夜に咲く花火を待つ童女の眼差しで、女は最上の喜劇を臨む。 「……手早く済まさないと、死んじゃいますよ、ぼうや」 芸術はいつだってスマートに。繰り手は望む、出来損ないの人形劇を。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月 蒼 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2011年06月30日(木)02:24 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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●ブレイクスルー 『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)を先頭に3対、暗闇の映画館に光を帯びて翼が舞う。 『二重の姉妹』八咫羽 とこ(BNE000306)、『未姫先生』未姫・ラートリィ(BNE001993)の両名が 地上3mギリギリまで飛び上がれば、1階各所に散ったフィクサードらにとってそれは格好の的。 照らされた視界に走る火線。1$シュートで狙われたのは、とこの懐中電灯。破裂音と共に光度が落ちる。 「まず一人なの!」 けれどこれは同時にフィクサードの存在も浮かび上がらせる事となる。 敢えて光源からから離れた位置で気配を殺していた『通りの翁』アッサムード・アールグ(BNE000580)にとって、 それは迂闊以外の何物でもない。一息に距離を詰め、纏った黒いオーラを叩き込む。 「私を見たな。それが貴様の走馬灯だ」 奇襲にフィクサードが仰け反ると、そこに走り寄るは戦斧を構えた女の姿。 『優しい屍食鬼』マリアム・アリー・ウルジュワーン(BNE000735)が放つ全力の一撃。 「私、お馬鹿さんだから手加減出来ないの。御免なさいね?」 瞬く間に両断され沈黙する銃撃手。けれどそこに続けて響く警鐘。 「マリアム、後ろ、人形だ!」 リーディングを用いた『生き人形』アシュレイ・セルマ・オールストレーム(BNE002429)の脳裏には、 恐怖一色に彩られた思考が映し出されていた。彼らは意識を奪われる事無く、自由を奪われている。 「この手口……気に入らんな」 間一髪、身を引いたマリアムと人形の間に『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)が割り込めば、 思い浮かぶのは繰り手との因縁。眼を凝らせば見憶えのある細い糸。 間違えよう筈もない。組み付かれた人形を引き摺り、ダガーで気糸の切断を試みる。 しかし見えようと切れない、それはあくまで糸の形をした力場。 縛られているのがリベリスタであればともかく、抵抗力の無い一般人では干渉すら覚束ない。 「切れんか、どうする」 (今、うさ子さんとヴィンセントさんが――) 向かっています。と、『水底乃蒼石』汐崎・沙希(BNE001579)のハイテレパスが響く。 そこに続く二度目の銃声。未姫のスタッフの先で揺れる懐中電灯が、割られて落ちる。 「何て事を! 先生許しませんよ!」 けれどそうすることで彼らは一つの役割を見事に果たしていた。 囮を利用して上手く忍び込んだ『カチカチ山の誘毒少女』遠野 うさ子(BNE000863)が、 チケット売り場の管理PCを見つめる。ディスプレイに映っているのは警備システムのデータ群である。 見事に全てが外部から乗っ取られている。これを書き換えるとなればかなりの手間……かと、思われたが。 「あれ?」 まるで無反応。監視カメラの支配を取り戻した時点で余りの呆気なさに罠を警戒するも、 その様な気配も無い。電子の妖精の使い手である彼女にとって無抵抗のシステム掌握は至極容易い。 何らかの意図を感じ、改めてカメラの映像を確認する。 「どうです、何か見つかりましたか!?」 人形に組み付かれつつも現場を死守していた護衛役。 『ネフィリムの祝福を』ヴィンセント・T・ウィンチェスター(BNE002546)が問い掛ける。 一方のうさ子は画面を見つめたきり返って来ない。 気になったのは殆どのカメラに人形達が映っている事ではない。それらに共通する…… と、離れた場所で銃声と、直後ぱりん、と言う音と共に光源が消える。 その瞬間、光と影が暗転する事で気付く違和感。カメラ全てに映るひっそり置かれた黒い小箱。 伸暁であれば更にこう答えただろう。それらは全て従業員達が“何かしていた”場所に置かれていると。 「……爆弾だ」 「どうも、こういう悪い予想ばかり当たる物ですね」 ヴィンセントの予想通り。いや、予想以上か。その数は実に10箇所にも及ぶ。 小型と言ってもこれだけの箇所で同時に爆発が起きれば館内は間違いなく火の海である。 即座に幻想纏いを起動する。予期していたとは言え、ある意味予想外の事態。 「皆、館内に爆弾が設置されてる。それも沢山。場所は――」 ●ライトニングナイトメア 館内にしとしとと雨が降る。起動させたスプリンクラーが彼我の体躯をしとどに濡らす。 「手分けするしかないと思う」 雷音の言に応じ、うさ子とヴィンセント、未姫と鉅を除いた6人が2階へと駆け上がる。 本来は前者2人も追うつもりであった。が、こうなってはそうも行かない。 口頭で説明しただけでは爆弾位置の特定は非常に困難である。監視カメラを掌握し続けるしかない。 「次の爆弾は? 軽食店のレジの下ですね、分かりました」 「待て、フィクサードが居る。気をつけろ」 ヴィンセントが暗視で駆け、これを鉅がフォローする。 幸いカメラを支配して以降人形の動きは殆ど停止していた。逆説、動いた者はフィクサードである。 「一刻も早く爆弾を処理しないと」 けれどこちらはこちらで難敵である。ほぼ完全な暗所の為攻撃がまともに当たらない。 未姫のマジックミサイルが度々閃き、鉅が超直観で警戒を促すも、一進一退の攻防。 間を抜けて爆弾を集めるヴィンセントこそが命賭けである。 「リベンジだね」「リベンジなの」 一方、2階。妨害を乗り越え突き進むは最奥に佇む劇場入口。 一人二役でとこが扉を開くと、静寂を割る拍手の音。 「大勢でようこそ」 最上段の席に座る少年と、後ろに佇む若い男のペア。淡い照明がその影を映す。 「久しぶりだ。男子3日見ずなら刮目して見るべしとは言うが、ボクはまた君に会えたのを嬉しく思う」 進み出るは雷音。そしてマリアム。2度目の対峙となる3人を眺め、麻人は何処か不機嫌そうに答える。 「僕もだよ百獣の王。お互い無事での再会を祝おう。そして次は僕が君に問う番だ」 ブーストを掛けられた魔力が圧縮されていく。それは紛れも無い才能の結露。 少年は敗北から様々な物を学んだ。痛み、屈辱、そして戦いその物を。 「――どうだい? 楽しいかい?」 躊躇は無い。最初手から最大の一手。 (来たら――駄目――) 沙希のハイテレパスに足を止めたアシュレイの眼前で、荒れ狂うは極大威力の広域雷撃。 「隊長、程々に頼むっすよ」 二本のナイフを抜いて飄々と語る犬塚ですら、その威力には舌を巻く。 十分な準備の上とは言え、一撃で視界内に踏み込んでいた四人の体力を大幅に削り取る雷の嵐。 蝮原があんな子供を一線に立たせる理由が分かる。これを放置するのは余りに非効率だ。 「どこを向いてる。お前の相手はボクだ」 「余所見する暇は無いぞ、ヤクザの犬っころ」 その思考を阻むのは、雷光の網から抜け出した雷音と、無傷のアシュレイ。 立ち塞がった二人に犬歯を剥き出しに犬塚が笑う。 「社会にも出てねえ雌餓鬼2匹で俺を止められるつもりっすか? 舐めんなっ!」 その傍らではハイスピードを使ったアッサムードととこが麻人に対し距離を詰める。 「恨みは無いが、これが私の務めでな」 「お仕置きなのっ!」「ちぃっ」 黒い影が肩を射抜き、空から舞い降りる死の爆弾が小柄な身体を吹き飛ばす。 煽られ顔を顰めるも、その眼光は周囲を睥睨して揺るがず彼が最も警戒している相手から逸らされない。 「麻人ちゃんっ!」 その声に、反射的に身が強張る。その痛みを覚えている。そこには苦い印象しかない。 その涙を憶えている。理由も分からぬ苛立ちに、少年は自身のマジックシンボル。指輪を向ける。 「貴方が命を賭けてくるのなら、私も命を賭けて止めてあげる」 「止められるもんなら、止めて見せろよっ!」 振り下ろす戦斧と指輪がぶつかる澄んだ音色。それら全てを飲み込む雷撃の第二波が降り注ぐ。 ●ラストステージ 「これで幾つだ」 暗闇の中、正面突破でフィクサードを撃退した鉅が血の息を吐きながら問う。 「8つ、後2つですね」 「時間は」「突入後6分です」 答えた未姫も嘆息する。何時爆発するか分からない爆弾を前に緊張感はピークに達していた。 「内1つはスタッフルームでしたか」 「最後の1つは2階なのだよ」 ヴィンセントとうさ子が顔を見合わせる。そこまでは何とかなる。しかし、だ。 「それで、どうするんだこれ」 鉅が呟く。そこが問題である。時限爆弾の所在までは予期していた物の、それをどうするか。 誰にも案が無い。人形達の時間は未だ止まったまま。 鉅がフィクサードを追いながら1階のロビーに集めはしたが、彼らは独力では動けない。 「……出来るだけ狭い場所に押し込める」 結局導き出された答は酷く原始的な解決法。 トイレに放り投げ鍵を閉め、人形達を極力遠ざける。出来ることはこれが限度。 せめて事前に対処を考えておけば、しかし今となっては後の祭りである。 「格上を二人で対処か、少しきついな……ふふ」 血塗れになりながらも笑い混じりに相対するはアシュレイと犬塚。 雷音の放った式符・鴉と彼女のピンポイントが交差した結果、 狙われたのはコンセントレーションを上乗せしたアシュレイの方であった。 しかしこれは余り好相性とは言い難い。足を射抜いた際距離を詰められ、視線を切ったのはほんの刹那。 次の瞬間には無傷であった彼女の体躯は見事に血に塗れていた。 首を切り落とされなかったのは運が良かったと言えるだろうが、出血が止まらない。 「く、これは厄介なのだ」 傷癒術による治療を施そうにも、度々広範囲魔法に巻き込まれているのは雷音もまた同じ。 沙希による天使の歌が幾度響き渡るも、ダメージを癒し切るには到底足りない。 「そりゃこっちの台詞っすよ、人の足こんなにしやがって」 言い合う間にも間近では3対1の戦いが続く。しかし所詮は子供の耐久力。 アッサムードのブラックジャックと、とこのハイアンドロウ。 繰り返し被せられる影と爆破の連撃に、耐え切れず地面へ膝を付く。 そこへ駆け寄り振り被ったマリアムが、何を思ったか少年を捕まえる。 慌てる麻人に牙を立て、発揮されるは吸血鬼としての真価。 傷付いた体躯を癒すと同時に相手にダメージを重ねる、攻防一体の吸血に、小さな体躯が眩暈を起こす。 「……れるな」 だが―― 「甘えて何ていられないんだ。一分一秒でも無駄には出来ないんだ。 僕は認められなきゃいけない。でなきゃ生きてる意味が無い。生まれてきた価値が無い。 母さんに認められるまで、こんなところで」 運命に祝福された魂が、強引に流れを引き寄せる。付いた膝を震わせ立ち上がる。 他の誰も動けない。掲げる指先、それは勝敗を分ける分水嶺。 「僕に死ぬ権利があるだなんて、甘ったれるな――!」 3度撒き散らされる雷撃。弾け、轟き、迸る。閃光が走り抜けた跡、立っていた影は僅か3つ。 「……こりゃ、驚いたっすね」 犬塚の声が虚しく響く。残されたのは、十分な神秘防御を固めていた雷音のみ。 墜落したとこ、痛打を被っていたアシュレイに到っては倒れ伏したきり動かない。 「後は君だけだ、百獣の王」 肩で息をしながら麻人が呟く。一歩進み、一歩退く。戦いの趨勢は決していた。 いや、果たして本当にそうか。かたん、と立った音に少年は目を見開く。 それは自分の足元だ。瞬く。一番傍に居たその相手が立ち上がった事に。 「……駄目、よ。そんな哀しい事、言ったら」 「運命すらが人を選ぶこの世界で……死ぬ権利など、誰にであろうとある物か……」 マリアムが、立つ。その向こうではアッサムードもまた。 「何で……立つんだよ……っ」 歯を食い縛り、嫌がる様に頭を振る。駄々を捏ねる子供の様に。 だから、マリアムは放っておけない。唯一人、彼を齢相応に汲めばこそ。 才能に引き摺られてこんな所まで来てしまった、8歳の彼をこそ想う。 「貴方を愛してくれる人はきっといる。それを、捜したって良いんだよ」 手を伸ばし、抱き寄せる。無防備に、無抵抗に。 「世界は麻人ちゃんが思っているよりも、ずっと広いものなんだよ」 涙脆い屍食鬼は静かに瞳を濡らす。語りかける。それが余りに一生懸命で。 誰かに抱かれた記憶なんて、まるでなくて。だから―― 「――――」 鮮血の花が、咲く。 ●フィナーレ 「どんな凄くても、所詮餓鬼っすね」 チン、とナイフを納めた音が響いたか、抱き寄せられていた少年には避ける術も無い。 吹き上がった血飛沫は、完全な形で技が決まった事を示していた。 「ヤクザ者にゃヤクザ者の流儀があるんすよ、裏切りには、けじめを付けなきゃなんねえ」 絆された空気を見逃す程、犬塚は既に子供ではない。 先の魔法の威力を目の当たりにすればこそ、彼が裏切った場合組が被る害は計り知れない。 その為の目付け、優先順位は誤らない。 「貴、様――っ!」 雷音の手元から符で編まれた鴉が羽ばたく。間髪入れず、アッサムードから影が奔る。 けれど犬塚は避けない、否。避けられない。先の一撃で片足が完全に駄目になっていた。 身を朱に染めながら、犬塚は苦く笑う。されど事は此処に成れり――と。 「麻人ちゃん! 麻人ちゃんっ!」 抱いているマリアムには分かる。既に祝福を用いた以上、裂かれた首の傷は致命傷だと。 それでも呼び掛けずにはいられない。 「駄目、駄目よ、麻人ちゃん、こんな詰まらない終わり方、しないで!」 はらはらと、毀れる涙と呼びかけに、手を伸ばして少年が呟く。 これがきっと最後だから。 「……詰まらない、何て、言わないでよ……」 彼は彼なりに、考え抜いて行動した。最後に残ったのが、自負しかないと言うのは笑えるけれど。 そっと触れて目を細める。本当に、馬鹿みたいに甘い吸血鬼。 こんな自分の為に誰かが泣く何て、考えたことすらなかった。 ゆっくりと手から力が抜け落ちる。でもこれだけは伝えないと。 本当は、きちんと負けたなら、言ってやろうと思ってた。 「……爆発する、逃げて」 敵に塩を送るって、一度やってみたかったんだ。 どん、と――館内全てが鳴動する。 燃え上がる。燃え落ちる。予定よりも随分長くかかったのは、リベリスタ達の行動あっての事か。 離れた場所からそれを眺める女には、劇場の中で何が起きたかは分からない。 けれど入り口からぞろぞろと、彼女の人形達を背負って出てくる人々の中に彼女の同胞の姿は無い。 「何だ、負けてしまったんですか」 それだけで興味を失った様に背を向ける。やはり爆破は阻止されなかった。 一般人の手を介し持ち込み、一般人の手で組み立てる。その程度のトリックすら、万華鏡は見抜けない。 「まあ、退屈しない見せ物でしたよ。お休み、ぼうや」 何故だか消沈した素振りで帰路に着くリベリスタ達へと背を向けたまま。 くすくすと、くすくすと、女は嘲笑う道化の様に。 そこに込められた子供の想いなど、終始欠片も図らぬままに。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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