● 右目は突き出た機械化した目。生身の目は好奇心でキラキラと光っている。 「頭から触角出てて、マッドサイエンティストでも、リア充。明日への希望を持たせてくれるけど、はしゃぎすぎはいただけない」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の一言は本音なのだろうか、冗談なのだろうか。 いつもどおりの無表情からうかがい知ることはできない。 「フィクサード主流七派『六道』首領六道羅刹の異母兄妹・『六道の兇姫』こと六道紫杏、彼女が造り上げたエリューション生物兵器『キマイラ』」 イヴの背後のミニターにこれまでアークが交戦してきた、『キマイラ』と、そう名付けられる前の「なんだかよくわからないもの」の戦闘映像が次々と映し出される。 「――それらが神秘界隈の闇で蠢き始めて早半年以上。キマイラと交戦した者も多いと思う」 イヴは無表情だ。 「さすがと言いたくないけれど、出来はどんどん良くなってきている」 端的に、事実を口にする。 アークのリベリスタの急成長は、扱う案件の多さと本人の情熱にかかっている。 そして、それに負けぬ勢いで、紫杏のキマイラはその脅威の度合いを深めている。 「――その出来の良くなったのが、大将である紫杏と共に三ッ池公園へ大挙して押し寄せてきた」 十二月の三ツ池公園。 嫌な気配しかしない。 「正直、このタイミングというのがわからない」 モニターが切り替わる。 死体と交戦するリベリスタ。 ケイオス一派『楽団』の木管パートリーダー『モーゼス・“インスティゲーター”・マカライネン』の攻撃を受け、辛くも場の支配権を保持したアークが警戒を強化したこのタイミング。 正気ならばありえない。 「――フィクサードに勝機とか、一般常識など期待してはいけない。もしくは、彼女にとってはきちんとした理由があるのかもしれない」 モニターが切り替わる。 当の魔女がインタビューされているシーン。 下にテロップが入っている。 「モリアーティ教授についてですかぁ? 『ほんとは誰』 かなんて知るわけないじゃないですかぁ。でも、小説のように天才的に閃いて、それが全部「悪いこと」ばっかりってのはホントですよ。ロンドンに強力な犯罪組織こしらえてるんです。怖いっ!」 イヴは早々に画面を引っ込める。 「紫杏には、アシュレイ曰くバロックナイツのモリアーティ教授の組織が援軍を派遣しているという。或いは競合する『ライバル』の存在が彼女を焦らせた事もあるのかも知れない」 ん? と、幾人かのリベリスタは疑問を表情に浮かべる。 「紫杏の狙いは『閉じない穴』」 多次元への開きっぱなしの『特異点』。 神秘を探る者にとっては、悪魔に魂を売ってでも手に入れたい宝の山だ。 「キマイラ研究の向上の為、手っ取り早く崩界度を上げるつもりみたい」 世界が崩れるほど、キマイラの性能が良くなる。と、考えているらしい。 「己が道を究める為に妥協を許さぬのは、如何にも六道らしい。ついでに、自分の師匠にも良かれと思ってるのかもしれない。意外と尽くす女」 イヴは無表情。 皮肉なのか、冷静な分析なのかわかり難い。 「強奪のために、襲撃計画を立ててたらしい。そこを『楽団』がチャチャいれて、こっちが警戒強めたもんだから、いろいろ計算狂って、それはそれは怒ってる」 紫杏本人がどう思っているかは知らないが、世界は彼女のために回っているわけではない。 「予知できたから、奇襲の効果は今回殆ど無かったのは幸いだけど――」 確かに、キマイラ来たから公園行けと出先でAFに連絡が入るのは、精神的にきついし、作戦の精度も落ちる。 「――少なくともうちも『楽団』一派の攻勢に苦労させられているから、好都合という話でも無い」 リベリスタは不死身ではない。 そして、体は痛み、心は疲弊する。 「だが当然、彼女等の好きにさせる訳にはいかない。大規模な部隊を編成して『本気で攻め落とす』心算の紫杏派に少数で対抗するのは困難。こちらも大きな動きを余儀なくされる」 何百人も入り乱れての大乱戦を覚悟しろということだ。 「六道相手だけではない」 イヴの無表情は変わらない。 「第一バイオリンのバレット、歌姫シアー以下『楽団員』の動きを見れば、その目的が恐怖を撒き戦力を増強する『序曲』に当たるのは、明白」 人の口に登る噂。 連絡の取れなくなった地方自治体。 帰ってこない家族。 掘り返された墓地。 夜闇に隠れて蠢く死体の列。 世界は彼らの「演奏」で、確実に一角が崩された。 「今回の場合、期せずしてそういう形になった先のモーゼスの下見も効く。ケイオス一派がこの自分達に利する――つまり六道、アーク問わず『強力な死者が生まれ得る状況』を見逃す事はないだろうね」 漁夫の利を狙ってくる。と、イヴは無表情。 彼らが何を得ようとしているのか。 六道のつくったキマイラの死体? 六道のフィクサードの死体? アークの育て上げたリベリスタの死体? どちらを奪われても最悪だ。 「必然的に三ツ池公園には三つの勢力が集う事になる。どう転んでも良い事は起こらないのは火を見るよりも明らか」 三者まとめて、クリスマスパーティ。 そんな奇跡は、神の御子でも起こせそうにない。 「とにかく、死体にならないように。怪我してても、どんなボロ雑巾みたいになってもかまわない。生きて帰って。絶対に自分の死体を楽団にお持ち帰りされないこと」 イヴは無表情だ。 「私たちに、あなたたちを何度も殺す映像を見せないで」 クリスマスプレゼントはそれだけでいい。 ● 「場所。売店前道路。突入は北門から」 昨年ここには真っ黒い犬どもがごちゃごちゃいたが。 「今年はキマイラ。真っ黒いのは単なる偶然。識別名『フォービ』」 銃剣。 突き出る銃口。鈍く光る刀身。火炎放射器。 背中一面に生えた―― 「――ハリネズミ」 でかい。 道幅を完全に塞いでいる。 こいつを倒さないとかなり迂回しなくてはならなくなる。 「こいつ、こう見えて、すごく動きが早い」 イブの模式図に、「高速」と手書きキャプションが付け加えられる。 「このトゲトゲも、飾りじゃない。銃は火を吹くし、刀身も刺さる。近接で攻撃すれば、言うまでもなく「反」効果」 寄らば、刺す。寄らなくても撃つ。火炎を吹き出す。 「それから、こいつ、死角がない」 なんだって? 「ハリネズミ型オシツオサレツ。こいつ、頭が二つある。情報は同期されている」 手書きキャプション。 銃剣山の下の方。 二つあるぽっちりに、イヴは「しっぽじゃないよ、頭だよ」と書き加えた。 「それと」 まだなにか。 「これ、飛べるから」 うっそぉ。 「それと、六道派のフィクサード。癒し系クロスイージスと、覇界闘士。止め差しに来るよ。非常に献身的」 なんでまた、キマイラに。 「自分達の子供が素体になっている」 フェイトを使い果たし、炎に飲まれたノーフェイス。 いびつな転生。 それでも生きていてさえくれればいい。 狂気は応えた。 ならば、献身を。 ハリネズミが炎を出すのを見るたびに、そこに君がいることを思い出すの。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月27日(木)23:37 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 親の愛など、エゴだ。 子供に死なれるのが辛い。 病なら、なぜ兆候に気づかなかったのかと。 不慮の事故なら、なぜ身を挺して守れなかったのかと。 後悔先に立たず、結果は恐ろしい勢いで降りかかる。 生きてさえいれば。 その言葉を繰り返す。 ならばイカスという救いの手をとって何が悪い。 いかなる状況を指して、イキテイルと言う? 子供を構成していた組織が生きていれば? その能力が遺憾なく発揮されていれば? 親子として、意思の疎通が可能ならば? 彼らの子供の組織を培養して作られた二体。 ならば、キマイラ・フォービは確実に彼らの子だ。 産めよ増やせよ、地に満てよ。 生むことができないならば、培養すればいいじゃない。 あなたたちの子供は死なない。 科学万歳、科学万歳。 この中で、まだイキテるわ。 ● 「初仕事から大した戦場だな」 『無銘』熾竜 伊吹(BNE004197)は、傷が残る目を細める。 受けたものをすくませる眼光の先。 双頭の巨大なハリネズミが二匹、体から陽炎をゆらめかせながら立っている。 伊吹本人のものではない記憶が、この戦場が尋常ではないことを告げている。 (他所で死線を辿る者達のためにも、ここを崩されるわけにはいかん。これ以上奴の後を追う者は出さん) 後を託されるまで、小規模とはいえリベリスタ組織の頭だった男は、一歩も退かない構えだ。 「この公園は何か呪いでも掛かってるんでしょうかね……去年に引き続き」 『Fr.pseudo』オリガ・エレギン(BNE002764)の氷の容姿に蒼い影が指す。 (まあ、塔の魔女の呪いなら納得です。アーク、六道、蜘蛛の巣、楽団……) 呪われているようだと教会を追放されたオリガに納得されるなら、当の魔女の面目躍如だろう。 「――本当に運が悪い」 誰の運が悪かったのかは、この喧騒が去ればわかるだろう。 「自分の子供をキマイラに、か。まさに狂気、愛深いならそういう事もあるのかもしれません」 『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)は、否定はしない。 完全なる防御の加護を張り巡らせる。 「その二人は、本当に親か? 子を失う気持ちも、守りたい気持ちも分かる。でも、子を他のものに混ぜ込むその狂気は、理解したくない。それは本当に生きてるのか?」 血の繋がりは持たなくても、「親」に愛されたと自覚している『玄兎』 不動峰 杏樹(BNE000062)は、疑念を口にする。 黒い兎を銘に持つ銃と、暴れ兎の名を持つバンテージと。 「子供が望んでこの姿になったのか、それが気になるよぅ」 『灯色』アナスタシア・カシミィル(BNE000102)は愛を信じている。 「一緒に居たかったのは子供と親、どっちなのかな――どちらでも、どんなに歪んでいてもそこには家族愛があるんだろうケド」 どちらにせよ、ここで死ぬのだ。 どこにも行かせない。 ● 『やわらかクロスイージス』内薙・智夫(BNE001581)は、震える声を平静に保とうとしている。 「どんな形であれ生きていて欲しいっていう気持ちは判るよ」 嘘である。頭二つあるハリネズミが二匹もうごめいているのも、「一部が子供の生体組織」なのも、半泣きになるほど怖い。 「だけどアークはセイギノミカタだから、ね」 寂しそうに笑う。 虚勢だ。 「ちなみに……子供達は『貴方達の事も忘れて怪物になってでも生きたい』って言ったのかな? 『僕達の分まで生きて下さい』って、願ったんだと思うけど、ね」 泣き言と鼻水の果てに、智夫の中に最後に残ったのが本物だ。 「ボクには全然わかんないー。死んだ子の年を数える、ってやつなのかなー」 『世紀末ハルバードマスター』小崎・岬(BNE002119)は首をかしげる。 年より幼げな仕草に漂う愛嬌。 「それでも、上に言われて戦場だすのー?」 つまり、連中は、この戦でこのキマイラが死なないと思っている。 「――つまりは舐めてんのかよー」 首を傾げたまま、岬を目を細める。 「そのとげとげも、上の奴らも、この公園も、なによりもボク達をー」 それは許せない。 吹き上がる闘気が、完全勝利を自らに課する。 「……ぶっ潰すぞー、アンタレス」 少女の手の中に収まった禍々しい斧槍が少女の声に感応し、禍々しい巨大な眼を見開いた。 凶眼を直視したもの、滅ぶべし。 「なんというか、なんていうか。私に似てるスペックですね。このキマイラ」 頑丈で炎が得意な針鼠。 『棘纏侍女』三島・五月(BNE002662)の表情が硬い。 「真似されてるみたいで何だか腹が立ちますが、まあいいです」 銅の荊棘が林立する手甲をつけた拳が、フォービの鼻先に突き出される。 「私の方が上だと、証明してあげますよ」 ● 「情ケ無用! 戦闘開始!」 巨大な斧槍が起こす風が、目の前ではなく離れたフォービに叩きつけられる。 見えない斬撃がその背を断ち割り、捻くれ折れた銃剣の刃が岬に報復する。 智夫のふわふわとした詠唱が羽根に変わって、リベリスタの背に仮初の翼を付ける。 ぶちまけられるモロトフゼリー。 まともにかぶったアナスタシアが爆煙に包まれる。 「いいこね」 乳母の弄い。 十字の加護がいびつな家族を戦いへ誘う。 意気軒昂。 リベリスタの作戦は、集中攻撃。 お返しと叩き込まれるアナスタシアの掌底から堅固な守りを貫いて中を破壊する衝撃が徹る。 初めて使う技。 掌の奥から発せられるそれに、アナスタシアはわずかに口元をほころばせる。 「土砕掌か……今回初めて使ったケド、あたしコレ好きかも……」 銃口がアナスタシアに向き、自動的に斉射される。 防護を貫く火線。 望むところだ。 カウンター攻撃はアナスタシアの十八番でもある。 殴り合い上等だ。 (終わらせなきゃ。あたしたちが手を汚してでも、シッカリと) 「……こんな献身、親のするコトじゃないよぅ。可愛がるより先にするコトがあると思うよぅ、あたしは」 アナスタシアの唇から漏れる言葉に、乳母が反応する。 「母」と名乗らせてもらえない――これは六道所有のキマイラであり、共に行動させること自体が温情だと言わんばかりの――コードネーム。 「役に立たなきゃ、データが取れなきゃ、廃棄されるのよ!」 悲鳴にも似た声。 生きてさえいてくれればいい。 そのために払わなくてはいけない代償は如何ばかりか。 いや、払い続ける。 我が子が「イキテイル」限りは。 「貴方達のエゴはただ子供の成れの果てを苦しめただけだ」 アラストールが言う。 (フィクサードに少しでも正気や理性があるなら言葉で揺さぶれるかもしれません) 常のアラストールならば、そんな真似はしなかっただろう。 だが、アラストールは憤っていた。 どちらかといえば、戦術、戦法を隠れ蓑にした心情の吐露だ。 (自分の子供をこうする事、自己満足、エゴとしか取れない) 繋累はない。 気がつけばボロ布をまとって、アーク本部前に出現していたアラストール。 (こうなる事を、子供が望んでいるとでも?) 親という温かい言葉の奥に潜む、恐ろしく醜いものが赦せない。 ほとばしる色なき衝撃が、アラストールの疑念の火花だ。 「死んだ者は死んだままに、灰は灰に、塵は塵に還る」 それは、死せる者を葬る言葉。 輝きを放つ破邪の剣で貫かれるなんて、まるで死霊狩りのよう。 違う。あの子は、死んだことなんかない。 乳母の絶叫。 母の嘆きの呼応するように火を吹き、アラストールに突き立てられる刃。 アークの技術の粋と魔術を練り合わせて出来た新型機甲の隙間からねじ込まれる切っ先に歯を食いしばる。 今一方の背中の無数の銃口から吹き出す炎の雨。 炎弾がリベリスタの体を蜂の巣にし、空いたところから体の骨も焼け落ちろと灼熱が血管のすみずみまで駆け巡る。 頭めがけて、杏樹の銃弾がハリネズミの頭に打ち込まれる。 狙い澄ました殺意が、頭蓋を砕く。 してやったりの一撃も、ブクブクと吹き出す血泡の向こうにすぐに隠れ、杏樹に向けて自動追尾の火弾が撃ち込まれる。 (ハリネズミなら、常に地面に向けてる腹部が柔らかいけど、コイツはどうかな) 腹に灼熱感を感じながらも、杏樹はフォービを凝視する。 ブロックに三人を必要とする巨体。 力任せにひっくり返るのは難しい。 狙うなら、飛行して腹の下に滑り込むことができるようになってから。 (武器の針山ごと叩き潰してやる。その針山をぶっ壊せば、少しは柔らかい皮膚に攻撃も届くだろう) ならず者の行き方を選んだシスターは、口元に不敵な笑みを浮かべた。 「転生など、ありません。この子は貴方がたの子供だったもの、でしかありません……」 元神父は、指先に道化のカードを召喚する。 愚かな道化。 夢想に溺れたまま、後一歩で崖下に落下する。 子供がまだ生きていると盲信している両親は、足元に崖があるとわかっているのに踊っている。 (その愛情は美しいですが、貴方がたの子への愛情も、その子も、利用されているだけ) 六道にとっては、いいサンプルだろう。 キマイラを気味悪がらずに献身的にサポートする人材が二人もいるのだ。 やるせない思いを載せたカードが、ハリネズミに突き刺さる。 アラストールの破邪の刃によって突破口が開かれていた双頭のハリネズミの神秘防壁を平面の道化が切り裂く。 絶叫。 今まで包まれていた加護の外套を引き剥がされて、子供は寒風の中、悲鳴を上げる。 よけようのない死角からの報復攻撃に顔を歪める間もない。 「だからといって、この想いがなくならないんだから仕方がないだろう!」 苦悶の表情を浮かべた保父が、オリガめがけて駆け込んでくる。 理性は、自分たちの行いが間違っていると決断を下す。 それはただの共通因子を持ったタンパク質でしかなく。 この先繁殖しない以上、労力を傾けるのは無意味であると、利己的遺伝子が言っている。 とっとと見限り、新しい子供を作るほうがよっぽど建設的かつ健全だ。 それが生き物としてあるべき姿だ。 だが、愛しいと思う気持ちは消えないのだ。 消えないならば、それのために生きてもいいだろう。 振り上げる拳に吹き上がる火柱。 フォービが火を噴くのは、父親の因子を使ったからかもしれない。 「おまえの相手は、俺だよ」 伊吹が割り込む。 火柱が伊吹を飲み込む。 オリガは息を飲んだ。 あの火力では、動きが鈍いオリガでは骨まで焼かれて灰も残らない。 「これ以上持って行かれてはかなわんのでな……」 これ以上。 伊吹の視界の隅にちらりと動く幻。 少し気弱げな笑顔。 伊吹と並んで立つと同年代に見えた、黒い羽根。 本当は親子ほども年が離れていた。 (奴はおよそ戦いというものに向いていなかった。能力ではなく、生き方が戦場に立つ者のそれではなかった) あまりにも純粋すぎた。 戦場では時として目をつぶり、耳を塞ぎ、心の動きを鈍らせて、看過しなくてはいけない事態がある。 そこを凝視すれば、自分も仲間も殺してしまう、情の罠だ。 伊吹に記憶を託した彼は、そこで自分の目を塞ぐことはできなかった。 「――腕をへし折ってでも引退させるべきだったかと今は思う」 全身の骨を折っても聞き届けてはくれなかっただろうが。 それでも。 それだけが、喉から絞り出される。 『息子』を失った父親の後悔。 この男も味わったのだろうか。 涙の代わりに炎の拳を振るう目の前の男も。 「お前はどうだ。後悔することはないか? 子供の話を聞かせてくれ。親が子を殺し子が親を殺すことも珍しくない世界で、お前達のような人間は嫌いではない」 それは、キマイラが撒き散らす全面攻撃をフォローする保父の足を止めるための方便ではあったのだけれど。 言葉そのものに嘘偽りはない。 「何であれ我が身を捨ててでも守りたいものを得られた人生は幸福だ」 ● 大火力。 炎は力だ。 炎上したあとも、じくじくと蓄積する熱が体を蝕む。 熱せられたアスファルトが悲鳴を上げる。 靴裏がべとつく感触。 靴底がいくらか持っていかれるかもしれない。 立っているだけで、周囲を漂う火の粉を吸い込んで肺から火傷しそうだ。 ブスブスと銃口が熱を散らす。 二匹がかりのチャージ。 六人のリベリスタが面白いように跳ね飛ばされた。 恩寵がリベリスタを立たせる。 おねんねにはまだ早い。 岬は、ぐいっと血で濡れた口元を拭う。 「まだ、倒れてらんないよー」 顔をすすで汚しても、杏樹は強気に笑ってみせる。 「頑丈さなら、私もそこそこ自信があるよ。根競べと行こうか」 直撃だった。 恩寵によってわずかに残った気力、体力。 しかし、そこをを守りきる。 拳の布が、身を燃やす炎と火の粉を振り払った。 「伊達で技巧派名乗ってるわけじゃない」 (根競べは、気合と意地の勝負。心じゃ絶対に負けない。お前の全てを受け止めて、全てを叩き潰してやる) ならず者の真髄は、心意気と見つけたり。 「最期まで付き合ってやる。全力で来い」 五月とアナスタシアにはらわたの中から潰されているフォービが苦悶の声を上げる。 「余裕もありませんし、全力で攻めていきましょう。このキマイラには負けたくありませんから」 と言いながら、五月はまだ恩寵を使わずに立っている。 ハードタンカーは伊達ではない。 いつもどおりに。と、五月はメイド服を己とフォービの血とガンオイルで汚しながら、体をねじ込むようにして前に踏み出す。 踏み出す足から流れるように力が刹姫の掌底に蓄えられ、フォービの分厚い外皮の向こう――柔らかな幼子の肉を直撃する。 「負けるのは嫌いです」 もんどりうつフォービ。 乳母の喉から変な悲鳴が漏れる。 「あ、うあ。あぁあっ!」 もつれる舌が紡ぐ、複雑な詠唱。 智夫にはわかった。 智夫には唱えられない回復請願。 智夫があれを唱えたら、1分持たずにからっけつだ。 「みんな、できるだけ怪我しないようにしてねッ!」 よく言えば攻撃重視、悪く言えば倒れるときは顔面からのオフェンス寄り。 回復は、智夫一人、その智夫も専任職というわけではないから、回復量は微々たるものだ。 暴れるフォービは麻痺しても、もともとの性質である指導追尾攻撃がなくなるわけではない。 確実に蓄積する怪我を癒すのを一時中断しても優先すべきことがあった。 「そんなの、唱えさせない……っ!!」 指先からほとばしる気糸が、血迷った乳母の死角に罠を編む。 「アグっ!?」 乳母の肌を急速に変色させる毒。 ほっと、智夫は小さく息をつく。 「アークはセイギノミカタだから……」 ぎしりと、握り締めた気糸が音を立てる。 「目的は、キマイラとフィクサードの撃破。そのために、乳母さんを止めるのが再優先事項なんだ」 ● 最高峰の再生能力。 それも、アークのリベリスタの集中攻撃の前では、瓦解まで時間の問題だ。 オリガがプレゼントし続けた不運が、時として重厚な剣山を無効にする。 一匹目が墜ちた。 「次はお前の番だー。血ぃ噴き出せー」 そのための至近距離からの居合切り。 モーゼの杖のひと振りで海が分かれていくように、岬のひと振りでふぉー日に肉が割れてめくれていく。 まっすぐ行って、ぶっとばす。 どれほど技量があろうと、気迫と根性が乗らない拳は相手の心を折れない。 杏樹の突き出す拳は、きれいにそれが載っていた。 容赦なく、回復を上回る攻撃を徹底的に。 上から叩きつけるように、フォービの頭に拳を振るう。 「拳骨。親に受けたことはあるか?」 おそらくないだろう。幼子には、まだ拳骨は早い。 覇界闘士の父親なら、なおさら振るってはいけないレベルだ。 ママのデコピンくらいはあるかもしれないが。 (親より先に逝くのは罪だというけれど) フォービの奥の幼子に声なく問いかける。 (こんな姿にされてもまだ、お前は彼らを親だと思ってくれるか?) 答えはない。 答えは、ない。 あるのは、報復の火炎だけだ。 そう。答えが返ってくる訳がない。 幼子は、もうこの世にはいないはずなのだから。 ● 最後の力で気糸を振りほどき、乳母はキマイラのために身を投げだす。 親として全うする最期。 投げ出す恩寵もありはしない。 「やめてくれ。殺さないでくれ。俺の女房、俺の子供……」 格闘戦で最も消耗するのは、相手に攻撃が当たらないこと。 当たった攻撃が、有効打にならないこと。 伊吹の口元は、保父の血で濡れている。 傷つけても傷つけても、相手が回復していくこと。 戦っているうちに、保父の心がすり減る。 当たらない訳ではないが、ギリギリのところで急所を外してくるのだ。 「――運命はお前達の子供を選ばなかった」 残酷な現実を、吸血鬼――伊吹は告げる。 「俺は運命に献身する身。拒絶された忌み子は屠らねばならない」 遠く離れた娘の顔が伊吹の脳裏をよぎる。 「抗うならば、まず俺を退けるがいい」 「熾竜さんー。手伝いに来たよー」 邪悪な斧槍を手に岬が飛び込んでくる。 「あっちは倒したー。ボクらを舐めすぎだぞー、六道ー」 そうか、俺の家族はもういないのか。 心がへし折れる音がした。 岬と伊吹は、それを聞いた気がした。 「殉じるならば、弾丸をもって死を手向けよう」 伊吹は応える。 それは、フィクサードが逃走するのを防ぐための方便であったけれど、言葉自体に嘘偽りはなかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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