●信頼と安心のスターゲート 疲れている。最近特にそう思う。 思えば、自由がないのだ。仕事場と自宅を往復するだけの日々。休みの日には疲れて眠ってしまう。どこかに足を向けるだけの気力も体力もない。 こんなことを毎日考えている、思考も自由がないのだろう。将来の見通しも立たない。今日明日を考えるだけで精一杯だ、出会いもないし。 嗚呼、草臥れたスーツを洗いに出さなければ。クリーニング代も馬鹿にならない、これも経費で落ちればいいものを。 経費といえば、今日も経理は……やめよう。自分で心労を増やしていれば世話はない。 やはり、疲れている。 だからだろう、こんなものが見えているのは。 目前に女が立っている。見たこともない程美しいと感じた。 妖艶で、それなのに純粋さを感じる瞳の色。扇情的な衣装に思わず喉を鳴らす。嗚呼、腹にぽっかりと空いた穴までもなんと麗しいことか。 女は腕を広げ、自分を抱き寄せる。彼女が近づいてくる。彼女の腹の穴が近づいてくる。ゆっくりと、ゆっくりと、金と璃の斑模様が近づいてくる。やがて私の鼻先がその膜に触れ、私は星界の向こう側へと第一歩を踏み出し原生の奥彼方から到来する満天の大海にその身を投じ成る成る銀の林檎を口に運び嗚呼歓喜嗚呼歓喜幸福だ幸福だ身体が変わっていくのを感じる身体がこちら側に順応していくのを感じる喜びに目尻から涙があふれる虹色に脂ぎった血涙は今にも我が身を溶かし粘性のそれに変貌させる私の自由は此処にありよって自由であって世界は世界は世界は世界は世界は世界は狂rrrrrrrrrrrrrrrrrrrr―― 嗚呼、王が為! ●空虚と後顧のトリップランナー 「ここのところ、行方不明者が続出しているの」 お気に入りのうさぎを抱きしめ、予言の少女は言う。 「これはアザーバイドの仕業。身体に開けた小規模のホールからこちら側の人間を向こう側に送り込んでるみたい」 目的は不明。下位層であるこちらを向こう側に輸入したとしてどういった利点があるのかは想像もつかない。 「たぶんだけど、人を惑わすような力もあるの、かな。持っていかれた人はアレに逆らえないような感じだった」 臓腑ゲート。それはそう呼ばれることになったらしい。目標はその打倒。残念ながら持っていかれた人らを取り戻すことはできそうにない。なぜならば、 「向こう側に連れて行かれたらあっちの法則に身体ごと持っていかれて変質してしまうの。完全に飲み込まれさえしなければまだなんとか帰ってはこれるけど……気をつけて。サルベージは、たぶんできない」 きゅっと、うさぎの生地が音を立てた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:yakigote | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年06月20日(月)22:20 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●逆流リボーン 家畜の品種改良を行うことは生産者として当然のことだ。より上質の素材、より上質の肉。衣食において役立つこの有能な家畜を更に上位のそれへと改良することで、我々の暮らしはより豊かなものになるだろう。だが、それをするにしてもあちら側の環境では上手く行えない。やはり生物の飼育環境には水と空気を最適なものにする必要があるのだ。だからこそ、今日も私はこちらへの移送作業に務めている。嗚呼、なんて真面目。 上位世界の異邦人。それの出現場所をあのうさぎ好きの預言者は精確に割り出した。リベリスタ達はその座標へと目標よりも先に到着。来る激戦に向け着々と準備を進めていた。 『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)が強固な結界を張り巡らせる。無関係な者は極力近づけないほうがいい。件のそれはただの殺人者であれば幾分かマシに思える程のものなのだから。 「異界は良い所、一度はおいでやす……なんて」 敵は倒す、依頼はこなす。仕事に対して余計な好奇心を挟まない『消失者』阿野 弐升(BNE001158)だが、異形のそれに思うところがないわけでもない。向こう側への招待などはた迷惑な話だ。柵の多いこの世界。厄介な最低位相。それでも此方が気に入っている。本当に移住は結構だ。 「おっかない話やよねー」 『箱庭のクローバー』月杜・とら(BNE002285)が持ち寄ったスクーターを並べている。戦闘が始まればライトの代用とするようだ。街灯があるとはいえ、暗がりではこちらの有利と働くことはないだろう。夜目が効くようにはできていない、少なくとも人間は。 「世界の理を乱し、人を傷つけるものは、叩き潰す!」 正義感。善行に人を動かす最大の理由にして最良の結論。この思いがある限り恐怖にも狂気にも負けはしない。否、負けてはならない。『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)は左の拳をぐっと握りしめた。 正気と狂気。存在を容易く別カテゴリに書き換える境界線。『飛常識』歪崎 行方(BNE001422)からすれば、その向こう側へと辿り着くことなど容易い。しかし、飽くまで他者の手ではなく自己行為によるものである。まして、物理的になどと。 「狂気の世界へ一名様ご案内、なんて。夢は眠りの中で見るものデスガ、狂気は現実の中で見るもの。異界だなんてお断りデスネ」 込み上げる笑みが弧を描き、今宵の月と相似した。 「もはや狩猟と言うより採集だな」 好き勝手に食い放題。意思確認断りなしの片道切符押し売りツアー。暴飲暴食もいいところだ、ならば食あたりでくたばろうと文句はあるまい。『ナイトビジョン』秋月・瞳(BNE001876)は頭部の異形を光らせた。機械的に、それでもどこか感情的に。 『戦闘狂』宵咲 美散(BNE002324)は思考する。以前出没した異界のそれ、鍵付マリア。少女を狩り、剥ぎとっていた化物。あれの本体は鍵そのものであったとも推測できる。ならば今回も身ではなく穴そのものが? 推測はともかく鍵はこじ開けられ、門は開けっ放し。これは不愉快極まりない。開けたら閉めろ。常識ではないか。 さて。 そこに一匹の獣がいた。砂色の毛皮。ずんぐりむっくりの容姿。愛らしくもどこか気の抜ける全体図。嗚呼、血に飢えた獣がここにいる。『バーンドアウト行者』一任 想重(BNE002516)はそれらしい構えを取り、同じ格好の仲間達を眺めた。今回えらい多いなモルぐるみ。 嗚呼、げっ歯類。 不意に世界が暗転した。冷水をかけられたかのような錯覚。血臭の悪寒。肩まで浸かった泥沼。歩み寄るという過程すら飛躍し、それは今からそこに居る。 薄く微笑む濡れた唇。透けるような白い肌。大きく開いた胸元。否応なく惹きつけられる魅力を振りまきながら、しかし明確な異常として彼女は現れた。 臓腑ゲート。悪意など欠片もなく、善意すら向けてもくれず、彼女はこれより月夜を踊る。 ●第二バースディ 予定よりも品種改良は上手くいっているようだった。嬉しい誤算である。自分の仕事が上手くいっているというのは喜ばしいことだが、度が過ぎるとワーカホリックにもなりかねない。中庸が良いとはよく言ったものだ。そうだ、休暇にはせっかくのあれらでご馳走としようか。丁度、食用に作り替えたやつらが成熟している頃だろう。鱗は上手く生えただろうか。オスしかできない問題も解決していればいいが。 門番が薄く微笑んだ。漂う色香。性差なく、老若の区別なく魅了しあちら側へと羨望させる。脳髄に甘い痺れ。意識に靄。視界は虚ろとなり、呼吸も曖昧になる。こちらへ、おいで。 精神の陵辱。芯管に埋め込まれる袖の下。意志という意志を染め上げ容易くこの世を切り離すだろう、常人ならば。 しかし、彼らはとうに目醒めている。眠り惑わされる以前から常界における普遍性とは一線を画している。只人へ向けた彼岸への誘いなど幾戦を克つした彼らにすれば日常のそれに過ぎなかった。 結果、彼らはこの世に立っている。 臓腑ゲート、異形の怪物の頬を一筋の気線が掠めた。 「今の環境は割と気にいっているんです。変に気を回すとぶち殺すぞ」 弐升のそれにより頬は裂けても、血が流れることはなく内側から気泡のように肉が膨れ、整い修復させた。美麗であるがために、一瞬見せた異形の本性が軽い吐き気を催させる。 修復、調整、完治。だがその刹那を見逃すリベリスタではなかった。 「今だ! 一斉に撃ちこむぞ!」 フツの掛け声に合わせ、全員が妖女の腹部に狙いを定める。ブレイクゲート。最下位層において上位からの侵入を封じる最もメジャーな一手。 張った氷の膜が割れたような小気味のよい音。加虐性の完備を植えつける破砕のそれ。そして音を起因とした結果に相応しく、異形の腹に納まった虹色の転移陣は粉々に砕け散った。 「やったか!?」 嗚呼無情。こう言ったならば、慣わしとして未来は逆説である。筒抜けの空洞となった向こう側。周囲に等しく闇夜を映す先は、しかし虹膜に遮られ世界を閉ざした。 ケタケタケタ。声なき幻聴の笑いが響き渡る。矮小の獣共よ。あがけば良い、しがみつけば良い。可愛いものだ。許されはしないのだから。 妖女が腕を広げる。風は止み、夜は色濃く深さを増す。前座は終わり。痛みを分けることもなく戦いは次の展開に向けて加速する。此処からは血みどろを肯定し、肉も心も狂気に染まる。 ●自愛メタモルファ 休みがない。ここのところ仕事漬けだ。これでは労働中毒を通り越して過労になりかねない。品種改良業務に当たってるんだが私はもう駄目かもしれない。嗚呼、これいけそう。何れ書いて出版しよう。その前に倒れそうだけど。嗚呼やだやだ、もう嫌だ。休みたいごろごろしたい眠りたいうだうだしたい買い物したい遊びたいやりたいないないないならない。あー……時間だ。今日もお仕事。偉いね私、ホント。 「こんばんは、異界のお方。さあその名の如く臓腑を撒き散らして肉片になるデス。お手伝いするデスヨ」 振り回す包丁。血とも錆ともつかぬ濁りが染み付いた暗い暗い淵のそれ。叩き込む。斬りつける。引き裂く。噛み切る。化物は化物らしく、凶刃から逃げたりはしない。防いだりもしない。薄く微笑んで切られるがままに、ゆっくりとこちらに手を伸ばしてくる。差し伸べてくる。ゆっくりと、そうゆっくりと。彼女らの基準でゆっくりと。 捕まれぬよう刃に這わせて禍腕を滑らせる。速度のせいで焦げ付いた悪臭が鼻をついた。耳横を通り過ぎる腕を刻み、筋を頂いても止まらない。やはり似せているのは外見だけか。 そのまま前へ。次の悪意はまだ来ない。脳天に向けて刃を振り下ろす。頭頂から下に、目を縦一文字に裂いて潰し、顎を砕いて振り抜いた。絶命の路線。無論人間ならば。 悪寒から前へと転がり、異形の横を抜ける。振り返れば彼女は意にも介さず逆襲の手を虚空に突き刺した後だった。皮膚と同じ色の内側が蠢き、合わさり、屍骸を美女に引き戻す。 なんて気持ち悪い。なんて気持ちいい。 「一欠け、二欠け、三欠け!さあさあどんどん切れて削れて細かく失せろ!アハハハハハ!」 エネミースキャン。敵の今を知る秘術。敵の此処を知る技術。瞳は脳の歯車を回転させ、異界の形に触れる。異形の心を触る。貴女の心と同化して、私と私の境を無くす。 死にたい。 死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい―――― 嗚呼、そうだ。死のう――自分の首に手をかけたとき、機械の頭部は索敵を強制終了させ瞳をこちらに引き戻す。 空白。 どっと冷たい汗が流れた。荒れる息、混乱する感情。人間らしいと言えばあまりにも人間らしい心の根。しかし、強すぎる。いっそ喜びになる程強すぎる感情の奔流に自分と錯覚して流されかけた。見るということ、知るということだけで引きずり込まれた。頭を振る。心中に残る死の賛美、誘惑を懸命に振り払う。 「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている、か。あまり長くは見たくないものだな」 味方の傷を癒し、己の役目を再認する。まだ此処は戦場なのだから。 味方の傷を癒す。癒す。とらの贈る淡い光が味方の傷を癒していく。対称に、敵の傷は肉の膨れ上がりにより結ばれていく。福音と過禍を交互に見る戦場。防ぐ、避ける、嵌める、それらを是としない戦場は自然ボトムを覗き合う血祭りに発展する。 それにしても、どうやって此方に来たのだろう。やはりあの腹のゲートを通ってきたのだろうか。 「本当の姿は、きっとげるげるちゃんだから、体が柔らかいんだねぇ」 呑気にそんなことを考えていると、あれの視線がこちらへ向いた。あ、やば。 危機感。生命を鷲掴みにする恐怖は奥底のもう一人を呼び覚まそうとするも、金色の襲来により深い眠りへと沈んでいく。 死線の隙間を舞姫が絶ち切った。 高速の斬撃。拘束の追記。斬って斬って斬って斬って戻って繋いで斬って斬って開いて斬って斬って絆て。それでも戻る肉。偏頭痛を促進させる再生。小撃の連打を無駄と悟ると、戦乙女は一旦剣を引き、正眼に構え直した。 息を整え、身を幾重にぶらせて見せる。正中の一刀。残心と共に振り返る。もう一度。狂気を打ち負かすまで何度でも。 唸る鉄槌。叩き伏せる殴打音。鈍痛を響かせる余韻が夜闇に浸透する。骨が折れる音、肉が爆ぜる音。組み直される音。歪に折れ曲がった腕に、消し飛んでも同じ色を見せる内腑に、それでも歪が歪さをまして人型を取り戻す様に嫌悪感が溢れ出る。理解出来ないという結論の前に、理解したくもないという生理感が精神を防護する。 「それなりの威力だが、遠慮無く味わって逝け」 自分達とは根本的に違う何かに美散の極打が叩き込まれる。逆振り子。頭蓋がひしゃげ、首が陥没し、目玉が溢れる。そしてまた戻っていく。手応えは感じていた。再生の速度は目に見えて落ちている。嗚呼でも、緩やかな巻き戻しが余計に心臓を震わせる。早く終われ。奥歯を噛み締めて異音を止める。今一度と鉄槌を振りかぶった。 「手執利剣、聞鍔鳴聲、十方一切、法界囲繞!!」 鍔鳴りの音。同時、想重を中心に堅護の環が広がる。結界を貼り直し、再度前へと重心を傾けた瞬間に肩を掴まれた。 眼前に美女、目前に異界。抵抗も虚しく怪力は想重を向こう側へと―― 「ぬおおお?! これが吸引力の変わらないただ一つの臓腑?!」 モルぐるみの頭だけを先に送り込み、そちらに引力が傾いてる内に脱出を試みる。ごろごろと転がり、妖女へと視線を送る。虹色の扉の向こう側、あちら側へと規則が変質し変異していく頭部。空を泳ぐ鯨が見えた気がした。 刹那の判断。遅れていれば自分がああなっていたのだと思うとぞっとする。小太刀を構えた。満天の海が目に焼き付いて離れない。 ●再三オーバーワーク 欝だ、死のう。 それが斬撃であったのか、殴打であったのか、駆動であったのか、魔導であったのか。今となってはもう知るすべがない。 ぼとりと、腕が落ちた。ぐしゃりと、脚が崩れた。痙攣、倒壊。倒れ伏した化物は起き上がる様子を見せない。人型を繰り返す様子を見せない。再生力が尽きたのだ。寿命の果て、終着点。此処から先は奈落行き。 月を見上げるそれを行方が見下ろした。振り上げられる肉切り包丁、振り下ろされる肉切り包丁。どちゃり。どちゃりどちゃりどちゃりどちゃり。丁寧に、細かく、肉片に変えていく。嗚呼楽しい。嗚呼面白い。大丈夫大丈夫、ほら彼女も笑っている。こんなに楽しそうに細切れにされていく。 「念入りに、念入りに。今生のおさらばなのデス、アハ、アハハハハ」 目を背けたくなる絶景。最早動かなくなったミンチのひとかけを瞳が拾い上げた。真空パックへとしまいこみ、懐へ潜らせる。 「サンプルが欲しいのはそちらだけじゃないんでね」 あれも怖いが、こちらも怖い。 上手く勝利に酔いしれられぬまま、リベリスタ達は帰路へついた。胸中の安堵が任務の成功によるものか、自己愛によるものか定まらぬまま。 何も無い場所。周辺に穴のひとつも見つからず、今や饗宴と飢餓の後も残らぬ場所。 小さな環が広がった。景色の向こう側を映さぬ虹色の膜。指をひっかけ、何かが這い出てくる。 美女であった。一糸纏わぬまま粘液にまみれたそれ。膜は今や腹に収まり、彼女に故郷の記憶と役割の知識を植えこんでいく。数世紀を凌駕する莫大な学量を数年というノルマで溶けこませていく。 刻まれる信仰心。写される心象風景。自分であることを自分で分からぬままに塗りつぶされ、書き換えられていく。 合理的に組み替えられながら。彼女は今日、無音の産声をあげた。 了。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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