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<三ツ池公園大迎撃>狂恋ヴァルネラビリティー


 この世界には『完璧』と言えるものはない。
 自分だって、『彼女』だって、完璧でないし、完璧なままでは居られなかった。
 完璧がいい。完璧が好きだ。
 自分がなんとも烏滸がましい下らない妄執を追い求めるのと一緒で、彼女だって追いかけ続けていた。
 彼女が『完璧』を望むのであれば、何時だって口にする言葉は一つだけだった。

 追い求めるなら、何時だって。君の傍にいるよ。
 ――それが、恋人というものだろう?


 風が、騒がしいとありきたりな事を思った。
 言葉を発する事も出来ないままに無残にも風に攫われる『塵』となる。
 冷たい機械の指先であれど、其れが恋人の手である事には違いない。絡められる指先をそっと絡め直す。
 殺意と恋情の混ざり合った気味の悪いほどに『甘ったるい』女の瞳は熱を孕み、恋に恋する幼い子供の様にも思えた。手を繋ぐだけでいい――なんて子供じみた恋愛だろうかと凪聖四郎は想う。
「ああ、紫杏――」
 感情論では語れない、一般論では定義できない。混ざり合った感情は、ありきたりな言葉で表すなれば、やはり『殺意』に他ならない。今だけは、自分の物にしてしまおう。嗚呼、なんて『馬鹿らしい』感情だろうか。近づく彼女と額を合わせ、囁かれる睦言に優しく答えを述べる。
『天才』であって、そして子供のように無邪気な可愛い可愛い俺のお姫様。
「ああ、約束だよ。紫杏。俺は君に会いに行く。大丈夫、待っていておくれ。愛してるよ」
 絡められた指先で揃いの指輪が煌めいた。恋人同士の逢瀬にしては余りに血生臭くて、余りにプラトニックで、余りに滑稽なその様子。
 名残惜しげに離れた指先を見送って、背を向けた彼女の長い髪に触れて、口付ける。『恋人』はその胸にありったけの殺意を乗せて、笑った。
 振り返らない、聖四郎も背を向ける。目指す場所は只一つだ。見据える丘の上では魔女が嗤っているのだろう。不吉を告げる塔の魔女。
「愛してるよ、紫杏」
 浮かぶ笑みは、もう、恋人に見せていた優しげなものではなかった。
 歩む、彼女との約束の場所へ。ドス黒い感情をひた隠しにする。醜く生を歪めた恋人の玩具は小さく唸り声を上げていた。
 凪聖四郎は己の目的からは外れない。未だ知らぬ神秘。触れる事の出来ない其れに『触れられる』とならば人間は誰だって手を伸ばすだろう。据膳食わぬは何とやら。こんな機会二度とない。
「無限回廊。ああ、それも非常に興味深いよ。魔女」
 振り仰ぎ、空間の歪みに、彼女がこっそりと囁いてくれた言葉を思い出す。睦言を紡ぐ様に――幼い子供が愛を語る様に聞かされた『教授』の理論。机上の空論ではない、その方程式は正しい。姫に愛される男とて『実践』は可能だろう。
『塔の魔女』たる猫の様な女は確かに最高の魔術師である。しかし、同時に『教授』は世界で最高の頭脳の持ち主なのだ。パズルが如く組み立てられた方程式は兇姫が解を与えた。
「さあ、行こうか」
 ずるり――引き摺る音。振り仰ぐ、虹色の瞳は煌めいて、キマイラを仰ぎ見る。『閉じない穴』はぽっかりと口を開いて無防備な姿を晒しているのだろう。リベリスタ。嗚呼、其れさえも障害には思えない。

 ――我が愛しの兇姫――

 恋は時に打算的だ。劣情に駆られる事もなく、天才である男は恋人の用意した『メインディッシュ』を楽しむだけだった。
 さあ、逢瀬を始めようか。


「――ってなわけで、お任せしました!」
「お任せ、された訳なのだけど。心して聞いて頂戴。『閉じない穴』を防衛していたアシュレイさんの『無限回廊』が突破された様なの。現在、穴に向かっている敵の姿が確認されているわ」
 ぷつりと切れた『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア(nBNE001000)の通信に序で、呆れの色を浮かべながらも緊張で声が震えている『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)の通信がリベリスタらに飛び込む。
 無限回廊の突破と言う言葉にリベリスタらは驚きを隠せないままに、言葉を促した。『厳かな歪夜十三使徒』の一員であるアシュレイは最高の魔術師と言っても良い。ソレを破る敵など想像がつかないからだ。
「最高の頭脳を持った男が一人。『厳かな歪夜十三使徒』にして『犯罪界のナポレオン』――そして、六道紫杏の『教授』であるジェームズ・モリアーティ。彼が六道紫杏に無限回廊の突破方法を伝授した様ね。
 情報を、パズルを組み立てる様にピースを宛がったの。『幾度目かの手品』では、通用しないのね。
 まあ、その教授の『理論』を実践する紫杏も――それから、皆に対応してほしい『あの男』も只者ではない、って所……かしらね」
 含みのある言い方をする世恋にリベリスタ達はあの男、と呟く。対応してほしいという事はこの度の彼女からのお願いに当たるのだろうが、歯切れ悪そうに予見者は溜め息をついた。
「六道紫杏の恋人にして、逆凪首領である逆凪黒覇の異母兄弟。分家の男である、凪聖四郎。
 彼が『閉じない穴』に紫杏と二手に分かれて向かっている様よ。曰く、恋人同士の逢瀬らしいわ。
 紫杏についてはメルちゃんが対応してくれてるの。皆には聖四郎達と、彼らが連れているキマイラの撃退をお願いしたいのよ。紫杏が本気である以上、聖四郎だって手は抜かないわ。
 勿論『秘密』も『謎』も多いでしょうけれど、彼は徹底的に此方と戦う気で居る。
 ……何を考えてるか分からない。だからこそ、危険な人物であると言えるわ」
 一息で。躊躇うことなく世恋は紡ぐ。不安を押し殺す様に、震える声を無理やりに抑えて。
「今は『楽団』達も不審な動きを見せているけれど、でも、大丈夫。皆ならできるわ。
 だって、皆はアークが誇る『リベリスタ』ですもの。さあ、魅せて見せましょう」
 友人の、メルクリィの不安そうな表情を想いだし、ぽつりと、漏らす。
 喪うという怖さを、知ってしまった。其れに怯える様に、子供の様な声色で囁いた。
「どうか、ご武運を――」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:椿しいな  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年12月31日(月)00:00
こんにちは、椿です。全体依頼のお時間です

●Danger!
 このシナリオはフェイトの残量に拠らない死亡判定の可能性があります。
 参加の際はくれぐれもご注意下さい。

●重要な備考
『<三ツ池公園大迎撃>』はその全てのシナリオの状況により『総合的な結果』が判定されます。
 個々のシナリオの難易度、成功数、成功度によって『総合的な勝敗』が決定されます。
 予め御了承の上、御参加下さるようにお願いします。

●成功条件
 凪聖四郎勢力の撃退

●場所情報
三ツ池公園、百樹の森の碑から丘の上の広場へ通じる大橋(丘の広場寄りの位置)

●凪聖四郎
ジーニアス。主流七派『逆凪』首領『逆凪黒覇』の異母弟。分家である凪家の養子であり『六道の兇姫』である六道紫杏の恋人。
神秘、魔術と言った分野に強い興味があります。一言で表すならば『天才』。『ハーオス』や彼個人の目的など謎が多い人物です。恋情と共に打算的な感情を持ちあわせているようです。恋人の為、という『名目』の元戦闘に参加しています。
・Ex魔力の障壁:持続に集中と、毎ターンX点のEP消費が必要で 尚且つ一度に500点以上のダメージを受けると破壊される防御技
・Ex十三月の悪夢:神遠距全/詳細不明
・Ex詭弁心中:範/高火力/詳細不明
・アーティファクト『Creative illness』:スキルを含む全ての攻撃に混乱を付与。その他不明。
・アーティファクト『君が為の紫羅欄花』:ストックの花がデザインされたペアリング。恋人同士で着ける事で効果を発揮し、持ち主にブレイク不可のリジェネを付与する。ガンマSTの『<三ツ池公園大迎撃>リクドウノキョウキ』に登場する六道紫杏がダメージを蓄積する程に回復力を増す。

●逆凪のフィクサード『佐伯天正』
メタルフレーム×クロスイージス。Rank2まで使用可能。物理防御高。
アークのトップクラス相当の実力。凪聖四郎の側近。凪聖四郎を庇う、逃がす等を第一に行います。

●逆凪のフィクサード『継澤イナミ』
ビーストハーフ×デュランダル。Rank2まで使用可能。アークのトップクラス相当の実力。凪聖四郎の側近。アーティファクト『厭世の櫻』(日本刀/全ての攻撃に致命を付与)を所有。
・Ex円環ノ花:遠2貫/猛毒

●逆凪のフィクサード『竜潜拓馬』
フライエンジェ×ソードミラージュ。速度高。Rank2まで使用可能。

●六道のフィクサード×4
六道紫杏から貸し出された六道の研究員です。種族雑多。
ホーリーメイガス2、マグメイガス1、デュランダル1。

●キマイラ『アモソーゾ』
人間時の名前を神木実花。見目麗しい女性の顔に緑色の鱗に覆われた胴体と長い尻尾を持っています。両の手には鈎爪を持ちます。例えるなれば蜥蜴との融合体であり幼児程度の知能は持っています。
自己再生能力を有し、生命力も異常に高くなっています。
・右鈎爪(近単/大ダメージ/BS失血):大きく発達しています。
・左鈎爪(近単/BS出血):かなり小さいですが、素早い攻撃を行えます。
・血色五線譜(神遠全):葬操曲・黒の強化版と言っても過言ではない攻撃です。
等、その他詳細は不明。

●キマイラ『ストラッスィナンド』
少女の体に翼を生やし、その背にはピアノの鍵盤が浮かび上がっています。
・火の旋律(遠範/BS火炎) ・氷の旋律(遠貫/BS氷像) ・翼で打つ(近単)
等、その他詳細は不明。

●キマイラ『ノイズノイジィ』×3
脈を打つ触手のある肉片。サイズは人間の子供程度。自己再生能力有。
・騒音(遠範/ブレイク) ・絡めとる(近複/麻痺) ・リズムノイズ(遠複/致命)

※全てのキマイラにはExP親和性が活性化されている。
ガンマST『<三ツ池公園大迎撃>リクドウノキョウキ』に登場するキマイラの蓄積ダメージに比例して、このシナリオのキマイラの攻撃力が上昇。

非常に危険な任務となっております。
どうぞよろしくお願いいたします。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
覇界闘士
御厨・夏栖斗(BNE000004)
デュランダル
鬼蔭 虎鐵(BNE000034)
マグメイガス
ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)
クリミナルスタア
エナーシア・ガトリング(BNE000422)
デュランダル
新城・拓真(BNE000644)
ソードミラージュ
天風・亘(BNE001105)
クロスイージス
ゲルト・フォン・ハルトマン(BNE001883)
ソードミラージュ
リセリア・フォルン(BNE002511)
ホーリーメイガス
エルヴィン・ガーネット(BNE002792)
ホーリーメイガス
氷河・凛子(BNE003330)


 彼女は完璧が好きだった。
 完璧が好きだったけれど、彼女は何時だって砂の城を作っていた様に思える。

 ――だって、この世界に完璧なんてないだろう?――

 理屈では制御できない感情が其処にはあった。
 狂気、殺意、愛情、恋情、生み出される感情は人間味溢れ、彼女を完璧から遠ざけてしまったのだろうか。
 彼女は『完璧』が好きだった。生まれついた場所が彼女の『運命』を歪めてしまったのだろうか。
 嗚呼、其れでも。

 君がため――


 三ツ池公園の夜は冷える。『下の池』と『中の池』に囲まれた大きな橋はただ冷たいコンクリートの足場を晒しているだけだった。池と、雑木林に囲まれたその場所は何処か周囲と隔絶された感覚がした。
 幻想纏いを通し『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)は橋を渡り切った先――三ツ池公園の『丘の広場』での防衛に急行した妹へと問いかける。
「レイ、大丈夫か」
 生きたがりの兄は殺したがりの妹に問う。雑木林の葉が静かに擦れる音とともに妹は緩く笑うのだろう。大丈夫、そんな甘ったるい言葉は返らない。大丈夫だとも、無理だとも彼女は言わないのだろう。悪戯っ子の様に『兄さんこそ』と紡ぐのだ。
「……じゃあ、後で落ち合おう」
 了解が返された事に頷きながらエルヴィンは幻想纏いから手を離す。愛用のミセリコルデを利き手でぎゅ、と握りしめる。彼の武器でレェスとリボン、真珠を交わらせたアクセサリーが揺れた。
「さーてと、お任せされましたっと!」
 炎顎を握りしめて伸びをした『覇界闘士-アンブレイカブル-』御厨・夏栖斗(BNE000004)のポジティブさは今に始まった話ではない。前向きに、直向きに、只、己の正義を貫き通す事こそがアンブレイカブル――破壊不可能である彼の強き意思なのだ。
 金の瞳を煌めかせ、一度仰ぎ見る。背後に広がる丘の広場は踏み入れさせてはいけない場所だ。自分が、此処に立つ自身の養父、『ただ【家族】の為に』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)や仲間達が最終防衛線である事を自分自身で認識している。
「ここを越えさせる訳には行かないんだ」
「ああ……。かなりの実力者だとは聞いている。だが、油断も慢心もない」
 夏栖斗の隣に立ち『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)はすぅと目を細める。気味の悪い鳴き声が鼓膜を擽る。ぽろん、ぽろん――不揃いな音色が聞こえた。芸術家が演奏するには陳腐過ぎる其れは何かの脈動に合わせて不定期に漏れだす音の様だ。
 橋の向こうにうすぼんやりと人影が見える。ちゃき、と拓真の手が刀の鞘に添えられた。
 ぞくりと背筋に走る衝動は何だろうか。『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105)の青空の様な瞳が捕えるものは何だろうか。背に走る衝動は普段はロマンチストであり、穏和な雰囲気を持った青年には似合わぬ『殺意』にも似た感情だ。
 羽が広がる。眼鏡の奥で蒼い瞳は笑っていた。唇から漏れでるのは何だろうか。sky giftがはためいた。空を映した鮮やかな青が風を求める様に揺れ動く。
「凪……聖四郎……」
 一つ、虎鐡の呟きが漏らされる。彼は凪聖四郎とは相対した事は無い。虎鐡が知っているのは彼の下へ行く前の佐伯天正と竜潜拓馬の二人と彼が裏で手を貸しているという魔術組織ハーオスの事だ。其れだけでも凪聖四郎が――逆凪分家の男が強大な敵である事を実感していた。
 真打・鬼影兼久の束を握る手に汗が滲む。視線は一歩、虎鐡より前に踏み出した息子の背中に向けられている。正義を重んじ、己の意思を貫く息子。
「……これ以上、世界を壊させないためにも、絶対此処で阻止するでござる」
 脳裏に浮かぶのはこの公園内の別の場所で戦いに向かう娘の姿。共に居る息子と何処かで戦う娘の為にこの世界を守る。ただ『家族』が為に。振り仰ぐ丘の上でぽっかりと口をあけた穴の存在が、彼の胸を過ぎった。
『聖四郎さん、アタクシ、アレが欲しいの』
 睦言が如く、子供の駄々の如く、兇姫は甘えた様に恋人に言ったのだろう。だが、其れさえも阻止して見せようと彼は一度、両目を開く。めったに見せない青い左目が三ツ池の景色を捕える。
「所詮、只の夢追い人、という事なのでしょうか。完璧を望むだなんてね」
 光の加減で茶にも見える『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330)の髪は今夜は月の光を浴びても黒く、揺らめくのみだった。
 完璧を望む女は何を基準に完璧だと成すのか。其れは『彼女』しか分からないだろう。彼女らの視界に段々と迫りくる男には答えられない問い。
 この場の人間では決して答えに辿りつかないソレであれど、凛子は一つだけ分かる事があるのだ。
 生物を抉り、殺す。彼女の完璧の象徴たるキマイラは生物の尊厳を貶していく。戦場で幾度も命を救い、時にはその命を喪う事だってあった。
「私の信仰に反するのです。ここは、全力で阻止させて頂きましょう……」
 白衣がはためく。手術用手袋に包まれた指先がオペの開始を告げる様に掲げられた。やる事は決まっている。ただ、只管に治療を努めるのみ。
「……さあ、来ましたよ」
「ええ。見覚えのある顔が居ますね」
 セインディールを構えた『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)の鮮やかな紫の瞳が鋭く戦意を漲らせる。彼女も一年前にこの公園の敷地内で死闘を繰り広げたのだ。あの時に感じた強さは紛れもなく本物だった。だからこそ、彼らが、天正と拓馬が揃っているとなれば。
「……本気、という事ですか」
 息を呑んだ。戦いに制する事ができると確信はできて居なかった。けれど、欲しい欲しいと子供の我儘を付き通させるほど彼女は柔和ではないのだろう。
 リセリアは見た目の可憐さとは裏腹に強かであった。胸に抱くは姉への憧憬。ただ、其れに焦がれるのみ。
 切っ先が、向けられる。リセリアの刺す様な気配を眼前に捕えつつも『鋼鉄の砦』ゲルト・フォン・ハルトマン(BNE001883)は薄らと笑みを漏らすのみだ。
 言葉にするにしてはチープだ。だが、言わずには居られない。義兄の企てで襲撃事件を起こした時に一度相対した男が其処に居るのだ。
「大使館の時の事を、思い出す。
 俺達がお前を防ぎ、お前は押し通る……なあ、あの時とよく似てると思わないか?」
 背に感じる高揚感。亘や、リセリアが見知った顔にその想いを傾ける様にゲルトも意識全てを傾けたのだ。
 記憶にあるあの時、リベリスタの頭上をすり抜けて駆け抜けて行った虹色の瞳の男。前回は『此方の負け』であった。なれば、今回は勝ちを手にしたい。橋を渡り切られては此方の負けなのだ。通さなければいい。防げばいいのだ。
 かつん、コンクリートを蹴る音がする。視線が、交わった。
「今回は防がせてもらうぞ、凪聖四郎!」
 虹色の瞳を緩めて男は優しげに微笑んだ。


「凪聖四郎と、その一派か……」
 砂を被ったコンクリートを踏みしめる。懐に閉まったままのブレイドライン。黒い瞳が真っ直ぐに聖四郎に向けられる。
「――リベリスタ、新城拓真。……悪いが、デートなら余所でやって貰おうか、色男」
 す、と鞘から抜かれた二式天舞の切っ先が鈍い光を放ちながら聖四郎へと向けられる。聖四郎は怯まない。其れすらも寛容に受け止めるのだ。デートにはハプニングも必要だ。これは未だハプニングの内なのだろう。
「御機嫌よう。Princeさん」
『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)は銃口を向ける。吐き出したい言葉は山の様にあるのだ。信仰者たるエナーシアにとって凪聖四郎は主の告げる事の真逆を向いている。
「神秘がお好きらしいわね。神秘? さあ、見たこと無いわねぇ……ご存じ? 主は何物も隠さないわ」
 エナーシアは『一般人』だ。姿も変わらず、ただ銃弾を吐き出す事のみ――『銃の使える一般人』たる何でも屋はにまりと笑う。
「神秘、君が見た事が無くともね、存在しているんだよ。見せてあげようか」
 
 ――神秘、というやつをね?――

 聖四郎がそう紡ぐと同時にフライエンジェの男が飛び出した。それが戦闘開始の合図。
 男が手に握りしめたナイフの切っ先はリベリスタへと向いている。竜潜拓馬の速度は驚異的だ。速度に焦がれ、空に焦がれる亘は羽を広げ拓馬へ向けて走り出す。その表情は戦場に居ると言うのに明るい。恋焦がれるとはまた違う、憎悪にも、畏怖にも、憧憬にも似たごちゃ混ぜになった名状し難き感情が浮き彫りになる。
 アークが誇る最速達と同等クラス――否、亘に言わせてしまえばそれより上である彼を亘は追い抜かす事のみを考えて過ごしてきたのだ。 
「お互い主を得て一年前に戦ったこの場で出逢う。運命的ですね。素直には、喜べませんが」
 其処まで紡ぎ、彼らへと一直線に飛び込んでくる拓馬の刃をAuraで受け止める。ぎん、と鈍い音が橋の上に響き渡る。
「ふふ、お久しぶりです! 竜潜拓馬さん!」
 どれ程想い焦がれたか。どれ程待ち焦がれた事か。刃が交わる。互いが互いに『同系』であるからこそ、瞬時に彼は風となる。
「この様な形なのは不本意ですが……再び全てを賭け挑ませて頂きます」
 光の飛沫が上がる。瞬時に飛び出した亘に続き、前衛に特攻してきたのは『六道の兇姫』六道紫杏の玩具であるキマイラだ。緑色の体は鱗に覆われている。美しい女性のかんばせをその緑の体から生やしていると行っても其処に生気は感じられない。虚ろな瞳がじろりと拓真を見たのだ。
『彼女』にとっては誰でもよかったのだろう。唯、彼女の眼に付いたのが偶々前衛に居た拓真であっただけの話だ。彼女は誰よりも早かった。兇姫の玩具の完成度は高まっていたのだ。深く抉るように右の鈎爪を振るう。
 ぎん、と大きく発達した鈎爪は彼の刀とぶつかる。――だが、女は楽しそうに虚ろな瞳を向けて笑ったのだ。けたけた、けらけら。伸びた長い舌から唾液が滴る。
「――早いッ!」
 緩く低空飛行をし『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)はやや上空から戦場全体を見回していた。エナーシアの傍に居ながらも、彼女の視界に真っ先に飛び込んだのはアモソーゾの姿だ。
「素早さ、ですか。大丈夫、例え無限回廊を破ろうとも、私達を破らない限り、『穴』へは辿りつけません」
 だん、と地面を蹴った。魔力を帯びたセインディールが鈍く煌めきながら前衛位置で厭世の櫻を構えていた継澤イナミへと真っ直ぐに蒼銀の軌跡を刻みこむ。
 ぎん、と刃がぶつかる音が響く。イナミの瞳が真っ直ぐにリセリアと交わった。
「今度こそ――抜かせはしない!」
「『直刃』継澤イナミ。お相手致しましょう」
 リセリアの体内のギアが加速する。受け止めたイナミの脚が一歩、下がるが力負けはしていない。イナミがゆるく唇を歪める。イナミの隣に存在していた少女が「あ」と声を漏らした。
「……ストラッスィナンド」
 その体には翼を生やし、背にはピアノの鍵盤が浮かび上がっている。少女と言ってしまうには余りにグロテスクであり、其れを別のものと言ってしまうには人間的だった。六道紫杏の恋人が連れて居るにしては余りにも不完全なその個体は翼をはためかせ、蠢く。
 ぽろん、ぽろん――奏でられた音色は熱く、燃え盛る炎を産み出した。ソレはエルヴィンや近くにいた凛子を包み込む。
 熱さが体を焦がす様な痛みを与える。だが、エルヴィンは燃え盛る炎に怯まない。後衛位置にいる彼は戦力の偏りなど違和感を見逃さぬ様に周囲の魔力を己に取り入れながらも視線を逸らす事は無かった。
「なあ、凪聖四郎。一つ、借りを返させて貰うぜ!」
 はっきりとした声でエルヴィンは告げる。その声音は真っ直ぐに聖四郎へと響いたのだろう。話を促す様にエルヴィンを見据えた聖四郎に最後の教えで身を庇い青年は叫ぶ。
「春めく灯籠の借りきちんと返させて貰うぜ。尤も、アンタは気紛れで狙った相手の事なんていちいち覚えちゃ居ないだろうがな!」
「ああ……」
 何処か悩む様な仕草を見せた聖四郎は応えない。彼らの視界の端、鋭く大太刀を抜き放った虎鐡の真空刃が中衛位置で蠢くノイズノイジィの一体へとぶつかった。その身を削った真空刃に騒がしくノイズノイジィが鳴き声をあげる。
 悍ましい声であった。神秘界隈で言えばマンドラゴラの様なものだろうか。鼓膜を劈く様な鳴き声を漏らす其れに眉間に皺を寄せながら凛子が施したのは小さな翼だ。
 目の前に存在するアモソーゾ。行く手を阻む其れに、懐から取り出したブレイドラインで弾丸を繰り出した。拓真の弾丸がキマイラやフィクサードを撃ち抜く――しかしその対象にアモソーゾは含まれない。生気のない瞳でただ、拓真やリベリスタを獲物として捕えるのみだ。
「……何か、来ますよ!」
「OK、何でも屋JaneDoeOfAllTradesにお任せあれ!」
 凛子の声に反応し、部分遮蔽を手にしたエナーシアが動く。同時に動いたのはゲルトだ。凛子とウェスティアを其々庇う態勢に入った瞬間、ひゅん、と真空刃が飛んだ。
「十三月の悪夢。先ずは小手調べで如何かな」
「随分と自信家だな、聖四郎。俺はアークの盾だ。砕けると思うなよ……!」
 全体に広がった其れでずん、と身体が重たくなる。崩壊。猛毒。出血。様々なバッドステータスが散りばめられる。聖四郎のその身は未だ側近らに守られている。
『高みの見物』という訳ではないのだろう。彼とて人間だ。狡猾で頭が良いとされる人間なのだ。後衛での攻撃を得意とする『神秘』の男が前衛に特攻してくる事はまずあり得ないのだ。
「ッ、随分な攻撃じゃないの」
 部分遮蔽でその身を庇い、背後の凛子の無事を確かめたエナーシアが小さく舌打ちを漏らす。其処までのダメージ量では無いがその身が全てを避けきるには適わない。
「有難う。ちょっと、待ち合せに急いでいるんでね」
「――待ち合せ。恋人の為だったかしら」
 瞬く、エナーシアの瞳は冷え切った大人の女の眼をしている。愛らしくも幼さを残すかんばせに浮かぶのは冷徹な意思。凪聖四郎を真っ直ぐに見据えた彼女の金の髪が靡く。
「恋人の為、これ程胡散臭く言えるのはある意味凄いわね」
「胡散臭い、かい?」
 聖四郎の瞳が厳しくなる。恋愛感情、其れが人間の感情の中で尤も制御が効きにくいものだとしても。飄々と愛であると告げるこの男の『恋情など作りもの』にしか見えないのだ。
「私は経験ないので良くは判らないけど、恋愛とは自分の一番を決めて行くこと、らしいわよ」
 視線が交わった。嘲る様に唇から吐き捨てたのは彼女にとっての単純な疑問か。
「だとすれば、既に一番が揺るがない貴方がやっているのは何なのかしら」


 まるで子供の様だった。
 駄々っ子の様にアレがいいアレがいいと手を伸ばす。我儘な子供の様だったのだ。
 女は気紛れな生物であるけれど、彼女はその中でも非常に利口であったから傍に置くには丁度良かった。
『凪にとって、所詮は駒でしかない』
 そう言われてしまうのも仕方が無い事だったのだろう。愛は常に『形ない』ものであるから。打算的な欲に塗れた男の愛など所詮は紛い物にしか想われないのは当たり前のことだった。

 ――倫敦の鐘が鳴る。
 ただ、感情論しかなかったのだ。その手に触れるだけで、その額に口付けるだけで。幼稚な恋愛だったのだ。
 だからこそ、大切だと言えよう。
 指輪が、煌めいた。


 ノイズノイジィそう名付けられたキマイラが脈動を繰り返す。ウェスティアの放つ黒鎖がじゃららと音を立てながらキマイラを絡みとる。
「聖四郎さん、最初は賢い人なんだなって印象だったんだけど――やっぱり七派の上の方に居るだけあって」
 其処で言葉を途切れさせる、彼女の攻撃に絡め取られたキマイラが酷い鳴き声を上げたからだ。だん、とイナミが踏み出した。だが、その行く先はリセリアが止めている。肉薄する。刃が幾度もぶつかった。
「やっぱり、相応に『壊れてる』んだね」
 再確認でも再認識する訳でもなかった。フィクサードとリベリスタ。同じ人であれど、思想が違えば『壊れている』事になる。ウェスティアが知る範囲で六道紫杏や黄泉ヶ辻京介、糾未兄妹であるだとかも十分に壊れている。
「……もう、言う事はないね、止めよう、必ず」
「君の思う壊れてるは『君の常識』じゃないのかね」
 天正の声がウェスティアに掛かる。聖四郎を敬愛する男からすれば聞き捨てられない言葉だったのだろう。だか、男はあくまで『聖四郎』の盾であったから、その場を動かない。ちらり、視線を動かせる。
 聖四郎と共に居た六道のフィクサードがゆるやかに笑った。リベリスタ達は一直線にノイズノイジィを狙って居たのだ。其れを阻害するのは第一にアモソーゾの存在と言えよう。
『何らか』の方法でキマイラを操る六道のフィクサードは戦闘能力を持っている。ホーリーメイガスは凪聖四郎陣営の癒しを行い、片割れが放つのは神秘の閃光。続き、マグメイガスが放つ攻撃は荒れ狂う雷だ。
 全てを呑みこもうとする雷はリベリスタ達を打ち抜いていく。ほぼ乱戦状態だったのだ。ノイズノイジィ自体は三体。其々が自己再生能力を有し、中衛域に存在していたのだ。防衛線であるリベリスタの陣営に真っ直ぐに突っ込んでくるアモソーゾ自体がイレギュラーであったと言えよう。
「ここがボーダーラインだ!」
『マブダチ』の言葉を口にする、前衛に走っていく。前衛は仲間達が押さえている。一歩、走り出した。炎を纏った腕を振るう。燃え滾る様なトンファーがノイズノイジィを巻き込んでいく。
 瞬間、仲間達に深い安堵が襲う。攻撃を与えられていても、前衛でノイズノイジィの前へと出れた人間は夏栖斗一人だけだったのだ。走り回るアモソーゾの、ノイズノイジィのストラッスィナンドの動きが代わる。
 六道紫杏の施したキマイラへの改造――親和性の向上で、聖四郎が所有する『彼女達』の凶暴性があがっているのだろう。
 きん、と刃がぶつかる。視線を寄せながらも亘は止まらない。此処を抜かせれば拓馬が背後に行ってしまう事に気付いているからだ。
「やーっと顔が見れたね。聖四郎。顔合わせは初めてかな? イッケメーンプリンス!
 ごめんね、残念だけど今日のデートはキャンセルだってさ!」
「……アークの御厨夏栖斗くんか。残念だけど、紫杏は約束を破らない女なんだよ」
 全く持って危険な場所でのデートである。リア充爆発しろよ!――なんて叫びながらも夏栖斗の金の瞳は何処か焦りを感じていた。
『凪聖四郎』という男が義兄、逆凪黒覇に歯牙にもかけられない程であれど、アークのリベリスタ等にとっては『強大な敵』であり、自身らより強い力を持っている術師である事は夏栖斗も承知していたのだ。
 天才だと言われていた。かの天才『兇姫』が愛する頭脳。其れに対して焦燥を覚えない訳が無い。だからこそ、余裕を持たなければならないのだ。焦りは仲間を巻き込んで、負を纏う。
「――負けらんないっしょ」
 口の中で呟いた。息を吸い込む。前衛に特攻した夏栖斗が一番聖四郎との距離が近いのだ。至近距離……それでも、真っ直ぐに向きあうにはまだ遠い手の届かない距離。
 吐く息と共に吐き出すのは『箱舟』たる意思だ。
「意地でも此処からは進めさせない――! ボクはヒーローじゃないけれど、それでも人を救う事はできるんだ!」
 炎を纏うその拳は耐えずノイズノイジィを巻き込んでいく。ストラッスィナンドが一つ呻く。彼女が放つ氷の旋律が、ノイズノイジィの触手が夏栖斗の体を貫いていく。
「ッ――夏栖斗!」
「ああ、拓真!」
 二人、頷き合った。目的は背後で柔らかに笑う男だ。恋情に、熱に浮かされる訳でもなく理性的に見える『逆凪』に『凪ぐ』男。
 この時、彼らの瞳に映っていたのは何だろうか。
『愛してるよ、紫杏』
 そう口にする只の男だろうか。それとも、七派を統一する事を夢見る幼い少年の様な魔術師か。
 どちらであろうとも、凪聖四郎をただ一直線に見ていた事には変わりないのだろう。

 ――ギィン。
 厭世の櫻が軌跡を残す。リセリアのセインディールにぶつかった。蒼い飛沫をあげて銀の軌跡を残すその一撃。
 彼女の髪で青いリボンが揺らめいているのを見つけ、イナミがにぃ、と笑う。
「そのリボンは贈り物ですか? 例えば、恋人――?」
「さあ、今は関係ありませんよね?」
 一歩、芸術的なその一撃がイナミの剣を握りしめる腕を打つ。だが、イナミも負けはしなかった。下がった足を踏み出して、下から撃ちつける。
 生と死を込める。デッドオアアライブ。強き一撃はリセリアの細腕を痺れさせた。
「お名前、聞いてませんでしたね。教えてくださいますか? リベリスタ」
「……『蒼銀』リセリア。リセリア・フォルンです。――もう一度告げましょう。穴へは辿りつかせませんよ」
 リセリアが踏み出した。蒼銀の軌跡を、彼女の通り名が如き輝きを放つ剣戟に逆凪のフィクサードは楽しげに笑う。凪ぐ如く身体を逸らし、放ち続けるデッドオアアライブ。肉体の限界までを込めた其れはリセリアの体を抉る。
 少女は其れでも負けはしないのだ。継澤イナミというフィクサードはリセリアと比べれば攻撃を当てることがやや苦手な所が見受けられた。しかしパワーはイナミの方が勝っている。剣士としては同じでも別の『力』を持った二人の戦いは苛烈を極めていく。
「アハッ、ハハハッ! 『蒼銀』――! 私を負かせてくださいますか?」
 浮かべる笑みは余裕からくるものではない、戦いに飢えたかのような『フィクサード』だ。正義を大義名分とするリベリスタと比べれば自己の欲に満ち溢れるフィクサードはある意味でも解り易い。そして、ある意味でも理解し難い存在であったのだ。
「言われなくとも、負けさせて差し上げましょう――」
「私はイナミ。ただのイナミです。『蒼銀』の少女。此処を通して頂きましょう!」
 蒼が、銀が、力の拮抗が。絶えず火花を散らす刀が、限界を示すまで、少女は只、自身が信念をつき通す為に。

 ――私が『あの人』の役に立つ為に――

 煩わしくて仕方が無かった。早く、と友人の元へ行きたいのだ。目の前では美しい女が――その体が緑の鱗で覆われて居ないならば是非とも歓迎したい限りの美貌だ――へらりと笑っているのだ。
 刀を向ける事はしない。剣でアモソーゾを牽制しながら、銃弾を打ち出した。段々と数の減るノイズノイジィだがその回復を行う六道のフィクサードは二人だった。
 厚い回復体制の中、自己再生能力を持つキマイラを倒すというのは中々骨が折れたのだ。尤も、後衛陣のサポートのお陰で其れなりのダメージは与えられていたが、力は拮抗していたとも言えよう。
「油断も、慢心も何もない。俺は只、全力で貴様を叩き潰すのみだ! 凪聖四郎!」
 弾丸の雨が襲う。梅雨払いが如き其れは厄介であるからこそ必要となっていた動作だ。撃ち抜く、撃ち伏せる。ノイズノイジィが一体一体力尽きて行く。
「拓真さん! 今だよ!」
 ウェスティアの声がかかる。踏み出す。銃口から放たれる其れがノイズノイジィ全ての動きを止めきったのだ。
 は、と凛子が顔をあげる。回復手として癒しを続けている彼女の視界に入ったのは紛れもないアモソーゾの『奇妙』な動きだった。
 叫び声を上げ、其の体を仰け反らせる。ゲルトが、エナーシアが、エルヴィンが身を護る様にウェスティアと凛子の前に立った。『彼女』は酷く上機嫌だ。目の前で行く手を押さえる拓真の警戒も濃くなっていく。
 振り仰ぎ、夏栖斗が炎牙を構えたのだ。――ゆったりと、聖四郎が嗤う。
「キェェェェェェッ」
 その体から放たれたのは血色五線譜。『彼女』は元は人間だった。生前愛用したスキルだろうか。元となった女の力を弾きだす様に、赤黒く血に塗れた鎖をその身から吐き出していく。
 アモソーゾは大人しくないのだ。『攻撃力』を増していく。己の体に込められたその力を秘めることすら彼女には惜しいのだろう。
「これが、キマイラってわけか――!」
 ゲルトの鼓膜を撃つ女の声。鎖が、彼の体を包みこむ。毒が染みる、血が滴り落ちる。だが、その身を苛むものに彼にはない。庇われていた凛子もそうだ。
「癒し賜え!」
 その声と共に癒しを施した。仲間達の動きを阻害するソレ全てを解き放つ上位の存在。問いかける女医の額にはうっすらと汗が滲んでいた。回復役で在る事がばれてしまっている――其れは『自身を狙う』という行動を取られると同義なのだ。真っ直ぐにイナミの放つ花が、四色の魔術の光が、真空の刃が凛子へと飛ばされる。
 全てを受け止めながらもエルヴィンは己の力の補充を待った。此処で、倒れる訳には行かないのだ。
「……キマイラ、圧倒的な力ですね」
 絶えず癒しを送っていても、続く戦闘で疲弊しているのはどちらも同じだ。攻勢の色を見せるのはアモソーゾだけではない。ストラッスィナンドも一緒なのだ。
『全員で狙えば直ぐに落とせる』――そんな事は無いのだ。キマイラは人間ではない、どのエリューションタイプでもない、何もかもを混ぜ込んだ異色の存在だ。其れこそ、普通のキマイラとは訳が違う。
 六道の姫君が――探求者たる天才が『自身の創り上げたアーティファクトのペアリングを手渡す程に愛している』と公言している男に渡した『研究結果』なのだ。
 ノイズノイジィの自己再生能力もそうだが、それよりも目を見張るべきはアモソーゾという『自我』をも持ったキマイラの能力だったのだ。六道の姫君の持つ『最高傑作』が傷つけられるたびにアモソーゾ達の攻撃力はあがっていく。

 ――兇姫、侮るべからず――

 相手とするにはノイズノイジィは狙い難い的であったのだ。自己再生能力を有する其れは確かに遠距離攻撃を持ち厄介な性質であったのだろうが、それ故に『前線には出てきにくい』のだった。
 前線でイナミを押さえるリセリアの、拓馬を抑える亘の、六道フィクサードの往く手を遮る虎鐡の表情が変わる。初動からノイズノイジィを狙ったリベリスタの攻撃は初手の段階で『遮られた』物が殆どであった。その間に動きまわるはアモソーゾ。自然に攻撃力を増し、凶暴になっていく其れは笑い声をあげて舌をだらりと垂らしていたのだった。
「おっと――此方を見て貰おうか!」
 攻撃動作を示すことなく仲間達の盾として立ちはだかっていたゲルトが動く。ノイズノイジィが倒れるまでの大凡の時間を彼は仲間達への支援を中心としていた。その身は固く、倒れにくいのだ。放ったジャスティスキャノンがアモソーゾの意識を向けるにはそうは掛からない。
 俺を見ろ、とその声に誘われる様に拓真の目の前から走るアモソーゾは前衛へと飛び出したゲルト一直線にその左の鈎爪を振るったのだ。小さいが故に素早い。切り裂く其れに全力の防御を見せる。
「凪聖四郎! 聞こえるか―――!」
 ゲルトの声が響く。その声に魔力の障壁を展開させたままの聖四郎の目が、ちらりと向けられた。
 大使館で見た姿よりも何処か人間的な感情を持っている様にも見える男。只の男にも見えるのだ、脆い男。
「以前、お前は自分の力を過信してないと言っていたな。……今なら意味が分かる」
「――と、言うと?」
 だからこそ、感情があるからこそどの部位が冷静であるかが解るのだ。痛いほどに、思い知らされる。
『凪聖四郎は冷静に自身の力を、知恵を量って』いたのだ。そのうえでの目的達成――主流七派の統一を出来ると思い込んでいるのだ。それがこの男なのだろう。凪ぐだけでは終われなかった男。
「全くもって大した自信家だな」
「褒めて頂けるなら光栄だ」
 名も知らぬ男の言葉に聖四郎は笑った。大した野望であれど、ゲルトは其れを許容しない。傷つきながらも攻撃力を増したストラッスィナンドの放つ旋律がエナーシア達へ向かい放たれる。
 ストラッスィナンドへと放たれた夏栖斗の炎。実感していた、体感していた『キマイラは甘い存在じゃない』。解っていた。ストラッスィナンドが首を振る、嫌だいやだと放ちだす炎は夏栖斗が放ったものと似通っていた。
 魂の形とでもいうのだろうか。ストラッスィナンドの『元』の魂が、夏栖斗の『英雄』としての魂を刻みつけている。
「僕はさ、大事な人が居るんだ」
 愛しい人の名前を呼んだ。大事だった、彼女が居れば、其れで良いと思えた。背後に感じる義父の存在も後押ししてくれている。彼は覇界闘士。完璧なる戦士の魂が深く、燃える。
 トンファーから手を離す事は無い。癒しが間に合わなくとも夏栖斗は運命すら投げ捨てた。
「――完璧なんて望んだって無理なんだよ! 恋人騙して大穴に触れて奪って、七派を統一してどうするつもりだ!
 世界征服か? んなもん子供でも望まねぇよ!? ふざけんなっ!」
 放つ蹴撃はストラッスィナンドの体を引き裂いた。荒れ狂う雷がその身を打つ。傷ついたって、止まる事はしなかった。
「恋人を騙す? 人聞きの悪い」
「じゃあ、何だってんだよッ! あと、アシュレイちゃん虐めんな!」
 叫んだ言葉に、聖四郎は『これに勝ったら教えてあげよう』と緩やかに唇を歪めた。


 曰く、男と女は恋愛の仕方が違うらしい。
『まあ、それは完璧とは言えませんわね』
 頬を膨らまし、拗ねたように呟く恋人に聖四郎は小さく笑った。
『ああ、でもソレだからこそ俺は君を好きになったんじゃないかな。君もきっとソレだから俺を好いてくれたんだ』
 彼女の事は本当に愛していたのだろう。だからこそ、気付いたこと全てから目を伏せるのだ。
 彼女が『何』であろうと『何処』へ行こうと『如何』しようと彼女が闇に飲まれようと、狂気に飲まれようと。
 止める事は適わないのだ。

 リベリスタ達が、この戦場に望むものがある様に。
 何も止められない、どれもただ凪ぐだけなのだ。


 エナーシアの撃ちだす弾丸が、六道のホーリーメイガスを打ち抜いていく。
 だが、其れに対抗する様に、マグメイガスが、聖四郎が彼女の体力を削り取っていった。
「創造の病? いい名前ね、そのアーティファクト。
 けれどね、そんなのに掛かる位なら自己啓発セミナーにでも行ってなさいよ!」
 撃ちだす其れは、ホーリーメイガスの額を打ち抜いた。一般人は神秘によって得た翼では飛びあがらなかった。小柄な体を生かして身軽に動きまわる。スカートがはためく。
「残念だけどね、私、そんなに優しくはないの。――magicじゃなくてtrickなのでしょ?」
 神秘ってやつを見せて頂きたかったのだけど、紫の瞳がにぃ、と細められた。
 時がたつたびに攻撃力が上がる。癒し手の存在するリベリスタ達もそうだが、敵陣も『余力』を遺していると言っても過言ではないのだ。
「――其れが神秘でござるか、凪聖四郎!」
 虎鐡の橙と蒼が、真っ直ぐに魔力の障壁を張った男を見据えた。エナーシアへと告げた『神秘』を見せるの言葉の通り、彼は一介の魔術師としての神秘を作り出したのだろう。
「凄まじい神秘でござるな……、だが、そんなもの、そよ風でぶっ壊すでござる!」
 真打・鬼影兼久がチャキ、と音を立てた。彼の魂が彼の一部が放ちだす風は佐伯天正が身を挺して庇う。渾身の一撃は、佐伯の体を傷つけるが――聖四郎には届いていない。
 虎鐡の目の前で剣を振るうデュランダルは傷が少ないのだ。彼は『虎鐡』との直接対決を行っていない、只、『その場に居る』だけだったのだ。渾身の力が、虎鐡の体を吹っ飛ばす。まぐれとも言えようか、だが、その目の前に撃ちこまれるのはウェスティアの黒き鎖だ。
「いかせないよ!」
 行かせはしない、抜かせはしないのだ。運命を燃やす仲間達を見つめながら後衛で支え続ける彼女の鎖はアモソーゾをも捕える。アモソーゾの鳴き声が鼓膜を劈く。
 気に留めることなく癒しを続けるエルヴィンの身体を聖四郎が放つ『詭弁』が貫いた。呪詛が如く広まる其れは彼が身を挺して庇う凛子には届かない。
「ッ――頂点を目指す男が随分メルヘンなこった! お姫様とふたりで夢への二人三脚、ってか?
 あの手のタイプは興味を無くせばあっさりサヨウナラだぜ。精々見限られない様な点数稼ぎを頑張りな!」

 ――アタクシ、聖四郎さんの天才な所が好きですわ――

 軽口が如く吐き出される兇姫の言葉が聖四郎の脳裏を過ぎる。嗚呼、そうだ。『白馬の王子様』は見限られる可能性もあるのだ。
 す、と瞳が細められる。冷静さを殺ぐ目的であったエルヴィンの言葉はある意味でも的確だったのだろう。
「……君、名前は?」
「『ディフェンシブハーフ』エルヴィン、エルヴィン・ガーネットだ」
 激昂する事は無い、あくまで冷静を装った男は視線を逸らす。覚えておこう、とだけ遺して。

 ぎぃん、ナイフ同士がぶつかった。
「竜潜拓馬ッ!」
 名を呼ぶ、叫ぶ、羽が散る。二人のフライエンジェは互いの速度を只最大限に高め続けた。
 お嬢様、お嬢様。
 奇蹟を起こしたいと手を伸ばした。勝つ。どんな事になっても良いのだ。段々と攻撃をする手が弱まっていく。
 
 ――チャンスは一度きりだ――

 羽を広げる、幾度も攻撃を受け続ける。運命は投げ捨てた。支援を受ける事も彼はしない。
「もう終りか! 天風亘ッ!」
 蒼い瞳が真っ直ぐに拓馬を捕える。
 お嬢様、嗚呼、大丈夫。簡単には死ねません。貴女が笑ってそこにいてくださるから。
 挫ける事すらなかった、彼女が居るから、彼女のぬくもりを、その手を取りたいと思うから。
 は、と小さく笑みが漏れた。嗚呼、またと笑われるだろうか。
 幾度となく、戦い続けた、相手だった。強いと、そう認識していたから、自分ができるのはこの一つだけだろう。
「自分には翼があります。己の意思で空を飛べる。其れだけで充分、とはもう言えません。
 あの方が為に! 竜潜さん、自分は貴方を越える!」
 翼が広がる。最後の最後だった。Auraの切っ先が拓馬の胸へと突き刺さる。抉る様に、其処へと突き立てた。
 重ねた集中。七度重ねた攻撃に切れかけた力を温存し、只管に彼はチャンスを待った。
 解っている、此れが『突破口』になるかもしれないのだ。自分は、誰かの為に。
 其処に矜持があるから。愛しい女性の顔が浮かぶ。
「最善を尽くす――!」
 身体がぐらりと揺れる。呼び声がする。嗚呼、大丈夫、自分は――

 かちかちかちかちかち。
 何の音だろうとウェスティアは思う。嗚呼、この感覚は一度味わった事があった。
 奇蹟を望んでいるのだ。運命を抉りとろうとする手がある。
 其れにその身を任せてしまいたいのに――届かない。
「ッ――」
『奇蹟』は起きないから奇蹟なのだ。願っても、祈っても、其れでも、届かないそれ。足掻く。
「ここは……ここはね、大切な仲間が命を賭けておさえた場所だよ……?」
 だから、何に変えても絶対に――絶対に通す訳には行かないのに。
 其れでも神は嗤わないのだ。ウェスティアの黒い鎖がアモソーゾへと伸びる。その動きを阻害する、嗚呼、けれど、『彼女』を癒すものがある。
 佐伯天正、彼の人は盾でありながら援護者でもあるのだ。行動を阻害し切れぬ其れにウェスティアの赤い瞳が歪めらる。
「……頑張って、いかなきゃ……っ」
 此処は誰かが護った場所だから。大切な仲間が、防衛した場所だから。此処は、遠してはいけないのだから。 
 彼女の前でエナーシアが膝を付いた。耐久力のある彼女であれど、絶えず与えられる高火力には抗え無かったのだろう。
「エナーシアさん!」
「うふふ、大丈夫なのですよ……?」
 運命を擲ってでも。ふら付く足が、震える掌が、ガチガチと音を立てる魔力銃が。銃を構えたままにエナーシアは撃ちだした。
「ハッ! やってくれるじゃない――一般人に負ける神秘の魔術師ってdramaticじゃないかしら? Prince!」
 命を燃やす様に弾丸を繰り出した。
 弾丸の雨を掻い潜り、アモソーゾの増す攻勢さえも受け流し、夏栖斗と共に流れを作る。拓真は踏み出していく。
 庇い手たる天正の体を吹き飛ばし、凪聖四郎の虹色の瞳が間近に見据えられた。
「ちーっす、護りにはいかせねぇぜ? 逆凪に革命でも起すの? ねえ、あんたも黒覇に『逆凪ぐ』ってこと」
「この身は彼が為。それ以外に何があると言うのだ」
 トンファーで受け止める。光を纏う武器が撃ちつけられる、一歩下がる、二歩、下がる。
 だが、その隙を逃しはしない。だん、と踏み込んだ。二式天舞の切っ先が真っ直ぐに魔力の障壁を打ち破る。
 ぴきん――音を立てて砕けるソレ。拓真の体を抉るマグメイガスの攻撃。酷く、痛む其れにも彼は撃ち負ける事が無い。
「――此処で逃がす心算は無い、凪聖四郎ッ!!」
「『誰が為の力』――『誠の双剣』の孫か」
 ぴくり、肩が揺れる。心に刻みつけられたものが疼いた気がした。嗚呼、だからこそ想うのだ。
「その首、貰い受ける――!」

 力の拮抗が、崩れ去る気がした。アモソーゾの攻撃は広範囲に渡るのだ。攻勢を増し続けるキマイラが鳴き声をあげる。
 その怒りを一心に受けていたゲルトの意識は失われている。その体を背後へと渡したエナーシアとて、立ってる事で精一杯だ。
「抜かす訳にはいかないのだわ」
 傍に立つ、ウェスティアの賢明なる行動阻害を受けてもまだ、止まらない。一心に攻撃を受け続けていた虎鐡も、凪聖四郎と真っ直ぐに向き合った拓真ももう長持ちはしないだろう。
 癒し手たる凛子も集中砲火に合い、運命を燃やしている。ぐらぐらと揺れる意識の中、懸命に支え続けるエルヴィンの膝が、がくり、と折れた。
「凪ッ、聖四郎―――!!」
 拓真の声が響く。彼の体を打ち抜いたのは広範囲にわたる十三月の悪夢。指輪が煌めいている。兇姫に与えられるダメージが『強大』だったのだろう。
 癒しを得て、男は笑ったのだ、傷つく体であれど、待ち人へは『格好いい姿』を見せて居たいから。
「さあ、待ち合わせに遅れてしまうね?」


 シン、と静まった道を男は行く。
 丘を登るその足は止まらない。仕立ての良いスーツは埃を被り、所々破れては居たけれど、それでも男はそのかんばせに笑みを浮かべていた。
 心は狂気を孕む恋情に煽られる様にその弱さを引き立てた。暴力性を誘発させる様に戦場に存在していたのだ。

 ――アタクシ、待ってますから――

 鮮やかな紫色の髪。浮かべる笑みは狂気をはらんでいるのだろうか。ああ、鼻をつくのは激戦の痕だ。
「……紫杏、お待たせしたかい?」
 一歩、一歩。土を踏みしめる、前を向く。
 振り仰ぐは、リクドウノキョウキのみ――

■シナリオ結果■
失敗
■あとがき■
お疲れさまで御座いました。

気合いを感じさせるプレイングばかりでございました。
三ツ池公園と言う因縁の場所、凪聖四郎やその側近と今まで培ってきた関係性。
全てが込められ、非常に熱い想いが伝わってまいりました。

判定につきましてはリプレイに込めさせて頂きました。
お気に召します様に。ご参加有難うございました。