● 完璧が好きだ。 だって完璧は完璧で無欠で完全で最強で最高だから。 完璧が好きだ。 だから、それを邪魔するモノは大嫌いだ。 「世界で一番凄いモノを創るの。世界で一番、『完璧』になるんだから」 まるで子供の夢の様な。 しかし『子供の夢』が変わらないという事は、『それまで決して妥協をしなかった』という事。常軌を逸した妄執。 理由なんて自分でも分からない。そうしたいからそうするのだ。 きっと生まれついての『運命』なんだろう。 高みへ。より高みへ。 その血に流れるは六道の因子、己が道を歩む者。 何人足りとも邪魔はさせぬ。 ●あの丘の上で 血臭を孕んだ鉄臭い風が、激戦の音を運んで来る。 「あ」、と声を発したのは誰ぞの口か。指差したのは誰ぞの指か。 果たしてそれは、言葉通り『粉砕』されて『塵』となる。 「――それじゃあ、聖四郎さん」 引き連れた『最高傑作』に暴力という名のスプラッタハイウェイを築かせながらも、可憐な見た目をした兇姫は甘えつく様に微笑んで凪聖四郎へと振り返った。彼の手に、機械の指をそっと絡める。揃いの指輪がキラリと瞬く。 されど彼なら分かるだろう、笑顔の下にて彼女がドス黒い殺意を抑えているのを。 そしてその理由は、この状況。綿密に進めていた計画を『楽団』に台無しにされた事。それに加えて、彼女が敬愛してやまないかの『教授』が、そして愛する『恋人』が協力してくれているのだ。二人を前に失態を見せるなど出来る筈がない。 混ざり合ったそれらの感情は、『自分を邪魔する奴は殺す』という濃密な殺意に昇華されて。しかし兇姫は微笑むのだ。恋人の前では可愛い女の子で居たいから。顔を寄せる。額を合わせて覗き込むのは虹色の瞳。アタクシの王子様。 「あの丘の上で会いましょう。きと、きっと来て下さいましね? アタクシ、待ってますから――愛してますわ、聖四郎さん」 まるで睦言、何処ぞの断末魔を背景に。取り合った手。絡めた指を名残惜しそうにそっと離して、自らが創り出した選りすぐりのキマイラ達に『ついて来い』と指示を送る。 振り返る事はしない。片目が機械化した視界で見遣る先には小さな丘。立ちはだかる名も知らぬ者達をキマイラ達に虐殺させながら。進む。進む。 ――と、その最中に。 感じたのは、空間の歪み。 「マスター……」 傍に控える懐刀、ベルンハルトが窺う様な眼差しを主人に向けた。眉根を寄せ、彼女は言う。 「無限回廊……『塔の魔女』ですね」 ――凄まじく上位の魔術だ。魔法に関しては恋人の方が詳しいが、それでも『この魔法の凄さ』は理解できる。文字通り『身を以て』。 呟いた言葉に返事はない。けれど、何処かで『魔女』が不敵に笑んだ気がした。 それに、笑い返す。 「あぁ、プロフェッサーの『予習』通りですわ!」 そして始めるのは演算、解析――愛する教授から受け取った『無限回廊の解析理論』に基づいて。 ――Resolution(分解)。 魔女の秘術が、破られる。 嗚呼、確かに『塔の魔女』は世界最高の魔術師の一人である。だがしかし、だ。『教授』も又、世界最高の頭脳の持ち主なのであった。 「嗚呼、嗚呼、嗚呼、御覧になっていて? プロフェッサー・ジェームス! 『塔の魔女』!」 そして声が鳴り響く。戦場に、高らかに。笑い声。 もう『閉じ無い穴』を護るのはリベリスタという名の肉袋に過ぎない。 あとは、もう、薙ぎ払って潰して鏖しにするだけだ。 覚悟しろ。 「――アローアロー! アークの皆様方、御機嫌如何かしら。さぁ、お死にあそばせ!!」 掲げた手を、振り下ろす。 斯くして。極悪極まりない生物兵器共が、唸りを上げて吶喊を開始した―― ● 「――そういう訳で、後はよろしくお願いしますね!」 それは『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア(nBNE001000)から送られてきた通信、あっけらかんとした声、そしてOVER(通信終了)。 それに次いで、戦場に展開するリベリスタ達の通信機に飛び込んで来たのは『歪曲芸師』名古屋・T・メルクリィ(nBNE000209)の緊張を含んだ声だった。 「一大事ですぞ! 『閉じ無い穴』を防衛していたアシュレイ様の『無限回廊』が突破され、六道紫杏様本人がキマイラを引き連れて『閉じ無い穴』に接近しております!」 その言葉に目を見開く。紫杏は確かに卓越した科学者であるが、アシュレイはあのバロックナイツ『厳かな歪夜十三使徒』の一員にして世界最高峰の魔術師だ。如何に紫杏といえど――一体どうやって。 「バロックナイツ『厳かな歪夜十三使徒』第十一位、ジェームズ・モリアーティ。倫敦で一番危険な男。数学教授にして神秘の研究者。『犯罪界のナポレオン』。彼こそが、彼女の言う『教授』なのです。 彼が教え子に無限回廊を突破する『解析データ』を手渡したようですな。情報を集めて確実に対処するモリアーティ様にとっては、『幾度目かの手品』なんぞ時に意味を持ちはしないのでしょう。……尤も、教授の『理論』をあっさりと実践してみせる紫杏様も只者では無いのですが――と、アシュレイ様は仰いました。 あ、因みにアシュレイ様ですが、『戦うのは嫌いです><』だそうで……それは兎も角。あぁ、本当、色々な事があり過ぎて。何処から驚けばいいんでしょうね? ですが、そんな時間はありませんぞ」 声に真剣を孕み、通信機越しにメルクリィは一間の息を飲む。 「皆々様に課せられたオーダーは『六道紫杏ユニットの撃退』! 防衛して下さい、何としてでも。 『閉じ無い穴』に関しましては、紫杏様は凪聖四郎様と二手に分かれて目指しているようです。聖四郎様につきましては世恋様担当の皆々様を信じましょう。大丈夫、彼らならきっと上手くやってくれます。 さて……今回、紫杏様達はこちらを『本気で攻め陥とす』心算です。頭数こそ少ないですが、彼女の率いるキマイラは『選りすぐり』で『自らの最高傑作』です。ぶっちゃけて言うならば、まだ有象無象を大量にわらわら連れて来てくれた方が有難かったレベルですな。 紫杏様自身も『本気の武装』です。決して侮ってはなりません。『六道の兇姫』という二つ名は伊達なんかじゃないのですから。 ――故に、この作戦の危険度はトリプルS。非常に厳しい戦いとなるでしょう」 紫杏勢力だけでなく、『楽団』が不穏な影を落とす最中。ここで失敗は許されない。リベリスタは表情を引き締める。 そんな中で、「ですが」と。メルクリィは言葉を続けた。 「皆々様なら――大丈夫! なんせ、貴方達は『リベリスタ』なのですから」 不安な気持ちを押し殺し。彼等の顔を見る事は出来ないけれど、声を伝える事しか出来ないけれど。 もう誰も失いたくない。居なくならないで欲しい。 強く祈った。どうかご無事で。どうかどうか。 「必ずや、御生還を……!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ガンマ | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月31日(月)00:02 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●ding-dong 倫敦の鐘が鳴る。遠くて近い想い出の中で。 思えば失敗なんてした事がなかった。 挫折した事も、妥協した事もなかった。 欲しいと言った物は何でも手に入った。 やりたい事は何でも出来た。 言われた事は何でも出来た。 完璧無欠で絶対完全。 些細な傷一つ、赦す事は出来ない。 そんな彼女を人は『気狂い』と言い、いつの日か付いた二つ名は『兇姫』。 ――どこまでも人間的な化物。 完璧を求めながら完璧からは程遠い生物。 ●before 戦場へと赴く前に、『墓守』ノアノア・アンダーテイカー(BNE002519)は声をかけた。背中越し、機械の予言師へ。 「よお、帰ったら酒。飲みに行くぜ」 「――えぇ、楽しみにしてますぞ」 メルクリィは下戸だった。それでも『楽しみにしている』と答えたのは、安っぽい気遣い等ではない。彼女を、その帰還を、強く強く信じているが故。 それ以上の言葉は無粋。遠退く足音を、静かに聴いた。 ●clump、thump 吹き抜ける風は何処までも冷たい。たっぷりの剣呑さを孕んで肺腑の奥に突き刺さる。 一呼吸。息を整えた『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)の黒い猫耳に届いたのは兄の声。幻想纏い越しに彼は問う。己の名を呼び、『大丈夫か』と。 「――、」 また風が吹いて。木々が葉擦れる音が、聞こえた気がした。彼女の表情を確認できる者は居ない。されど「兄さんこそ」と返すその声は、何処か悪戯っ子を思わせる様な物言いであった。 「了解」 後で落ち合おう、という言葉にそう言い残して、通信終了。顔を上げ振り返った黒猫の表情は、接近する『殺意』に応えるが如く引き締められていた。 同じく、『三高平の悪戯姫(真面目ver)』白雪 陽菜(BNE002652)も普段は飄々としている表情をきっと引き結ぶ。世界がどうとか、そんな大きな事は考えていないけれど。それでも退けない理由が、少女にはあった。 ――この三ッ池公園がある横浜には、大事な大事な家族が居る。 ここで負ければこの地はどうなる? 家族はどうなる? 故に。故に。 「……この戦い、絶対に負けられないよ!」 握り締める拳の内に在るは不可視の魔力弓(インビジブルアーチェリー)。決意と戦意を碧眼に宿す。 「六道紫杏……」 童話の主人公の少女が着ている様な空色のエプロンドレス。その裾をきゅっと掴む手の主の名は『リベリスタの国のアリス』アリス・ショコラ・ヴィクトリカ(BNE000128)。呟いた人物の名は、実験と称して沢山の生物を犠牲にして、数々の怪物を作り出した張本人。それだけでない、アリスが深く好意を寄せる『塔の魔女』の秘術すらも破るとは。 ――己の様な未熟者では、『勝つ』なんて絶望的かもしれないけれど。 「でも……これまで犠牲になった動物さん達の為にも、世界の崩壊を止める為にも……何としても、食い止めなきゃ……!!」 想いは十全。ここで頑張らねばいつ頑張るのだ――愛するメイドと、塔の魔女の顔が脳裏を過ぎる。 待ってて。必ず、帰るから。 「なんだってこう正念場が続くのかねぇ。日本は一体全体どうしちゃったんだい」 一方で『三高平の肝っ玉母さん』丸田 富子(BNE001946)は眉根を寄せて死と暴力に満ち満ちた一帯を見渡した。最中に呟く。「厳しいねぇ」、と。 「あぁ、厳しい。本当に厳しいよ。考えれば考えるほど何から考えていいのかわかんなくなるね」 それでも溜息は噛み殺し、傍の少女達の背を励ます様に掌で叩いた。 「だがやらにゃぁいかん時もあるさ! さぁ、正念場だよっ」 からから、笑う。己の言動で仲間が欠片でも勇気付いたら何よりだ。自分は彼等を支える為にここに居るのだから。 その声を聞きつ、『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)はロザリオの代わりに「十戒」「Dies irae」二つの聖別済み銃を握り締め、遥かな天を仰ぐ。風に青黒の髪を靡かせそっと目を閉じた――捧げるは祈り。天に近付ける意識と共に覚醒させるは射手としての感覚。 両の手に教義を。この胸に信仰を。 「我等に十字のご加護を。道を外れた者へ裁きを。――さあ、『お祈り』を始めましょう」 目を開けた。頭上の月が輝いて、その白い指を飾るプロミスリングが小さく煌めいた。 直後。リベリスタ達全員の感覚を穿ったのは――殺気。 来る。近い。数秒も経たない内に。 足音。気配。声。殺しに来る。 気を引き締めた。武器を握り直した。 覚悟なら出来ている。 斯くして、響く声が鼓膜を打った。 「――アローアロー! アークの皆様方、御機嫌如何かしら。さぁ、お死にあそばせ!!」 高らかに嗤う声。リベリスタ達の真正面から迫り来る化物の群。それを指揮する女の名前こそ――『六道の兇姫』、六道紫杏。キマイラ達の創造主にして『アークの敵』。振り下ろされる手と共に、吶喊を開始する生物兵器キマイラ達。 「アイツが噂の六道のお姫さんねぇ。もっとエゲツねぇ顔してるかと思ったら……可愛い顔してんじゃん」 オツムの方は想像通りみたいだけどね。ごきり、拳を鳴らし『ザミエルの弾丸』坂本 瀬恋(BNE002749)は刃物の様な視線で躍り掛かって来るキマイラ達を見る――数は四。たった四。されど、どれもこれも顔を顰めたくなるような連中である事は明らかだ。 その中の内、瀬恋の目に映っていたのは機械と肉が混ざったような巨大な獅子『バイオロボライオン』。彼女は、アレは知っている。二度も取り逃がした相手。故に本心を言えばあのライオンを今度こそ仕留めたいが……残念ながら、裂く戦場そうはいかないらしい。 「しゃーねーから飼い主ぶん殴って我慢するわ。殺られる前に殺ってやらぁ……!」 言葉と共に自らへ違えざる血の掟を刻み込む。瞳に拳に魂に宿すは強い意志、運命すらも引き寄せる。 「生命を、神秘を冒涜する者よ。六道紫杏、私は貴女を認めない」 近付く距離。未だ射程の外。されど数秒後には。リリの声は大きなそれではないものの、不思議と戦場に凛と響く。 「道を歩む者として、今再び、貴女の全てを否定する為に参りました――ここで死ぬのは貴女の方です」 構える双銃。睨み付ける銃口。 その傍ら、ぴょんと跳ねた『Trompe-l'œil』歪 ぐるぐ(BNE000001)はこの場にはあまりにも不釣り合いな表情――即ち満面の笑顔で紫杏へと手を振った。 「ハローハロー、紫ー杏さーんあーそーぼー!!」 彼女が『遊びに来てくれた』、それが常識や普通を嫌う彼女には何よりも喜ばしくって。嬉しくって。だから今日は両手からお鼻を出す手品でお出迎え! 「ごめんあそばせ、貴方はだァれ? アタクシ、もう予定がありますの!」 しかし、嗚呼、彼女はぐるぐの事を覚えてないらしい。そして何より優先するはリベリスタを蹴散らして最愛の人と出会う事。 むぅ、とぐるぐは頬っぺたを膨らませた。駄々をこねる子供の様に。 「やだっ! やだやだやだやだやーーだーー! デートとか知らないし! ぐるぐさんも遊んで欲しいし! ぐるぐさんだって紫杏さん好きだもんね! ね! ねーーーっ!!」 冗句でできた騙し絵人間。両手のお花がぽんと爆ぜて、その両手には改造銃L・ドッペルガンナー(EX)と改変ナイフR・コラージュ(EX)。 「ところで……何で『最高』傑作が二つもあるんだい?」 一歩前へ、手にした『最凶のナイフ』リッパーズエッジをぶらつかせ『続・人間失格』紅涙・いりす(BNE004136)は首をゆるりと傾げる。 「『最高』は。誰も並べないから『最高』なんだ。全にして一。一にして全。完璧は完璧で無欠で完全で最強で最高だと言うのなら。結局、君の作品は、どうしようもなく「完璧」では無いんじゃないかな?」 ケダモノは息を吐く。まぁ言ったところで聞く耳持たずなんだろう、恋は盲目。そして聾。 「それはそれとして、テレジアくれ」 言いながら――突撃開始。リベリスタ達も走り出す。 その中で群を抜いて速く速く駆け抜けたのは『デンジャラス・ラビット』ヘキサ・ティリテス(BNE003891)、空を切りつつ言い放つ。 「六道紫杏、正直テメェの計画なんざ知ったことじゃねェ。けどテメェが平和を壊して、誰かを傷つけるってンなら見過ごせねーのさ――なんせオレたちは『リベリスタ』だからな!」 不敵に笑うも、帽子の中で兎の耳がふるりと震えるのを確かに感じた。本能が『あれに近付いてはならない』と警告をがなりたてている。それでも兎は、前へと走った。距離が詰まる。息を吸い込む。集中する。 「……『さぁ、かかってきやがれッ!!』」 大きく大きく張り上げた声は、敵の神経を焼く激しい言霊。 それに轟と応えたのは――機械の肉を持った獅子兵器と、触手が寄り集まったような虐殺用の生物兵器。ぞくり、と背骨が戦慄く。彼の役目は、この化け物共をたった一人で引き付ける事。 (ハッ……ヤベェな、体がブルッちまってる……) 震える歯の根をぐっと噛み締め、震える手指をぎゅっと握りしめ。背中から仲間達の信頼と心配の入り混じった視線を感じる――彼等の為にも、後には退けない。 絶の大量の弾幕と光線が、バイオロボライオンの巨大な脚がヘキサ目掛けて叩き込まれる。 来た――集中しろ、大丈夫だ、俺なら出来る――地面を強く踏み締めた。鋭く、バネの様に飛び上がる。猛スピードのステップで降り注ぐ弾幕を回避してゆく。影をも立つ稲妻の速度。 「当たるかよッ!」 ぐんと速度を上げて、突破――次いで襲い掛かるは獅子の巨大な脚。鋭い爪が命を抉り取らんと振り下ろされる。咄嗟に構えるは左手を覆う純白の篭手ミラージュトリック、揺らめく神秘の蜃気楼。一閃して、音もなく攻撃を往なし払った。 眩しい程に純白、圧倒的なまでに華麗。触れることすら至難の業。Sword Mirage(刃の蜃気楼)たる動作。 「いーか? テメェらに教えてやるよ」 浅く一文字に裂かれた頬を手の甲で拭い、指を突き付けた。 「こんな小せェウサギでも、守るためならデケェ壁にだってなれるンだぜ!!」 白い兎がひた跳ねる。絶が全体へ放った弾幕が地面に着弾して砂煙が濛々と立ち上る。そんな舞台に鳴るは銃声の手拍子か、断末魔の喝采か。 機械の指が鳴る音が響く。戦場を包む立方体の『部屋』が形成される――この感覚を、ぐるぐは知っていた。ヘキサが造り出してくれた道を走り、思い出す。あの日。初めての邂逅にてあの子が見せてくれたモノ。The Room。こちらの神秘能力と物理能力を入れ替える紫杏の発明品。 「……この前遊んで貰ったお礼してないよね」 予定外は想定内。どんなハプニングだろうといつも通りに『楽しむ』心意気で居なくては。慌てず、騒がず、楽しく遊ぶべし! 「ぐるぐさんとつげーーき!」 キーンと両手を広げて駆けて往く。それと並走するのはいりす、目標は白い生物兵器――完璧無欠のベアトリーチェ。 「さて、往くか」 地を蹴って、左右に展開し襲い掛かる。紫杏の発明品によってその火力は常よりも低くなっているが、攻めねば始まらない。何も。 ぐるぐが放つは弱点を狙う怒涛の攻撃、いりすの紅に染まった双刃が繰り出すのは命を貪る剣閃。ベアトリーチェが纏う神秘のヴェールでその猛打を防御した。そして二人へ向ける掌。浮かび上がる魔法陣。純白の光が二人を血と毒に溺れさせ石に変えんと襲い掛かる―― 白。白。戦場を塗り潰す色。機械をも超える思考演算を繰り返すレイチェルが翳した掌。黒猫は不吉の象徴。その赤い目が、兇姫を睨ね付ける。 「魔女の手品だけが箱舟の切り札だと思ってもらっては困ります。お引取り願いましょう、六道紫杏」 「――貴女の作品を否定します。貴方を、斃します」 「絶対に負けないんだから!」 レイチェルの言葉に続いたのはリリ、陽菜、二人の射手(スターサジタリー)。プロストライカー。コマ送りの視界。構えるは双銃、そして赤白く発光するエネルギー体に浮かび上がる不可視の弓。 「物理攻撃しないってことにしてたけど……そんなこと言ってられる状況じゃないよねっ!」 この弓を装備している時は神秘攻撃しかしない、そんな暗黙のルール。だが、ルールは破るモノ。 銃声、弦の音。放たれた弾丸と矢は、硬貨をも撃ち抜く精密な軌道。彼女等の放つそれは寧ろThe Roomによって威力が高められ、立て続けにベアトリーチェへと着弾した。 「――ぐッ!!」 一方で、くぐもった悲鳴。黒い生物兵器:絶対完全のウェルギリウスの往く手を阻む瀬恋の身体にキマイラの斧手が突き立てられた。派手に噴き出す真っ赤な血。強烈な、強烈な一撃。弧を描く血の虹。 ふーっと息を吐いて痛みを堪えた。強力で凶悪で厄介そのものだが、守勢に回ってもジリ貧。せり出すTerrible Disasterの砲門をベアトリーチェに向け、撃った。 着弾と共に全てを狙い光ったのは、集中したアリスが放つ神気閃光。 「沢山の命を犠牲にして、弄んで……動物さん達は……こんな物になる為に、貴女に実験される為に生まれてきたわけじゃないのに……!」 張り上げた声はキマイラの咆哮に掻き消える。絶がリベリスタ達全員へ放つ弾幕が悉くを殴り付ける。 硝煙と、土煙。踏み締める。ノアノアの視線の先には、紫杏の傍に控えるベルンハルト。ヒュイッと口笛を吹いて注目させた。 「よう。私と遊んでくれよ」 「君達リベリスタは戦いを『遊び』と形容するのが好きですね。裏野部に転職した方がいいんじゃないですか?」 「何だよつれねーなぁ、おっぱいでっかいねーちゃんはお嫌い? それとも何だ、キマイラの子守しねーと心配かい?」 「マスターのキマイラが貴方達に後れをとる等ありえませんね」 「じゃ、万が一負けちまったらお姫様が欠陥品作る欠陥女だってバレちゃうなあ? 使われる懐刀が鈍らなら使い手も鈍らって道理だわ」 「万が一も億が一も兆が一も有り得ませんね。絶対に」 なんでぃ、とノアノアは肩を竦めた。だが、まぁ、安い挑発に乗らなかったら乗らなかったら、で。吊り上げる口角。「ははは」と嗤い。 「へぇ~~、あぁ、ははーーん。アハハハハハハハハハ」 「そんなに愉快か?」 「あぁ、愉快さ。これが愉快じゃなかったら何なんだ? おまえさん、軽口程度なら敬愛するお嬢ちゃまへの罵倒も許しちまう。てめーの姫様に対する想いなんざ、その程度って事なんだろうさ」 「挑発には乗りませんよ。それに、マスターに蔑まれるのもまた一興」 「へんたいだ」 苦笑を漏らして、振るう刃の名は『一方的に執り行われる理不尽な契約』。放たれる十字の光がベルンハルトへ飛び、彼が構えた大フォークに阻まれた。 「私と戦いたいなら最初からそう仰って下さればよろしかったのに」 被虐趣味。特に、偉そうな女から文句を言われるのが好き。ニヤッと笑う。 「マスター」 「えぇ、ベルンハルト。殺しなさい」 「御意のままに」 地を蹴りつつ、ノアノアへ返すのは同じ技。しかしそれもまた、彼女が構える『盾として誇り高き古城の外壁』に阻まれ霧散して消えた。 不沈艦、守護者(クロスイージス)同士が相対する。次手もまた、同じ技。オートキュアー。 「お前の武器は血を流すんだってな」 「えぇ、良く御存知で」 「だからどうした」 言い捨てた。踏み込んだ。振り抜いた。ワンサイドゲーム、契約は執行される。理不尽に、強引に、其の血を用いて――インカムゲイン。奪い取る。 奇遇だと、フィクサードは思った。3手目。それは奇しくも、両者ともクロスイージスの技でもどの職種の技術でもない技。即ち、ベルンハルトがノアノアへ叩き付けたのはメテオクラッシュ。隕石が落ちる様な轟撃が山羊を襲う。 血が、出る。だが、直撃じゃない。 痛くも、痒くも、ない。 ――『僕』はもっと痛い物を知っている。もう二度と味わう事の無い痛みを。『喪う』という消えない痛みを。 「こんなモンじゃ僕はやれねぇぞ」 盾よりも鉾らしくあれ。鉾として誇らしくあれ。構えた『城壁』は揺るぎはしない。 (今の私は『僕』だ) 今の彼女は『墓守』ではなく、『魔王』を名乗る。最弱の魔王様。己の為に、愛した者の為に。 喰らい尽す。隕石砕きだろうが何だろうが。喰らい付いて噛み砕いて飲み込んで消化して、奪い尽してやる。 齧り付いてでも立ちはだかり続けてやる。 「オラオラ、全然効かねえぞ!」 踏み込み、揮う。不当なる配給確保。啜り上げる。その中で――アイツは剥れるだろうかね。脳裏を過ぎる、羊の面影。あの子はきっとこう言うだろう、「ねーちょんばっかり食べてずるい」って。 刹那、戦場に満ちたのは絶が放つ強力な全方位レーザーとベアトリーチェが繰り出す神気煌光だった。強力に焼き、穿つ。抉り取る。リベリスタ達の生命力を運命を削り取る。 「うぅ、っ……!」 陽菜が防御に構えた腕が真っ赤に焼けた。激痛に顔を顰め――はっ、と。息を飲んだ。ゾッとした。悪寒。息も止まる程の恐怖。 直死嗅ぎ。濃密な濃厚な死の臭い。この戦場に立った時から眩暈がしそうなほど死の臭いが充満していたが、それ以上に背骨を舐め上げた感覚。気が付けば叫んでいた。「危ない!」と。「避けて!」と。大切な人が居る人を死なせたくないから。 「砕けあそばせ」 紫杏が掌を構えた。修羅戦風――召喚されるは修羅道にて猛る武器の群。360度を切り刻み、切り裂き、圧倒してゆく。 「っ!?」 喰らった者の全身から大量の血潮が迸った。凶悪な状態異常、と言うよりは威力に比重を置いた攻撃。しかも大量の失血だけでなく、その発明品の能力によって魅力までもが付与される。 が、瞬間。 「オラァお前等、しっかり暴れやがれ!」 張り上げる声と共に、邪気を砕く神の光がリベリスタ達の身体を包み込んだ。眩い白の先、その発生源にはノアノア。不敵な笑い。 「魔が魔を祓う。最高の二律背反だろう?」 魔王が放つ『神』の光。破壊神とか邪神だったら尚更愉快だ。なんて。その言葉の後に響いたのは富子の豪放な笑いだった。 「HAHAHA! なんだいこの蚊が刺したような攻撃はっ!! ――さぁいくよっ! アンタ達気合をいれなっ!!」 戦場を吹き抜ける、聖神の息吹。力強くも優しいその神秘の力が仲間達を回復する――回復、そう、彼女の役目は回復。仲間を倒れさせない事。その為に自分が倒れない事。その為に、ベストを尽くす。 「そのために鍛えたんだ、この体も精神もっ……さぁさアンタ達っ! 後ろの事は気にしなくていい、しっかりと戦っておいでっ!」 励ます声にしっかと頷き、紫杏からうんと離れていた為に被害が少なく済んだレイチェルは練り上げる気糸の罠をウェルギリウスへと放った。アーク指折りの精密さ、脅威的な命中精度を以て絡め捕る。 「……進ませるものですか」 殺意の眼差し。ここは皆の命と想いが込められた場所。これ以上踏み込ませる事など赦しはしない。 「この先で兄さんが待ってるんだ、負けてなどいられない!」 張り上げた声。同時に、ベアトリーチェが光の束を打ち放つ。肉を抉られいりすの体から派手に血飛沫が飛び散った――最高傑作の名は伊達じゃない。ぐるぐと共に抑えているが、二人共運命が削れ満身創痍だった。 ごほ。ごほ。血を吐く。赤に染まる。赤。赤い色。嗚呼、何時も。何時でも。何時だって。思い知らされて生きてきた。歪んだ暴力の目で『じっ』と見詰め、て。握り締める二振りの刃。 ――この身、非才にして持たざる者なれば。惜しむ物など何もない。 求めるモノは唯一つ。強く。強く。ただ強く。折れず。曲がらず。貫くのみ。 「お前達からすれば、それは路傍の石の様な物だろう。だが持たざる者とて意地がある。舐めるな。天才」 獰猛に、貪欲に。牙を剥く。踏み躙られた者で肉袋と罵られた者は真紅に染まった無銘の太刀とリッパーズエッジでベアトリーチェを刻み付けた。同時に、集中力を高めたぐるぐもノックダウンコンボを叩き込む。 たった今味わった技――『技盗り』は1つだけじゃ満足できない。彼女の目も、殺意も、全部、全部写し取る心意気。神に祈るなんて野暮ったい、本物以上に完璧へ。真似――背中を追うなんて自分には似合わないのだ。自分は常に、背中を見せ続けていたい。己の才と自由を身の程を弁えぬ程に信仰する。どんな時でも楽しく楽しく楽しもう。 「だってぐるぐさんだし!」 血みどろになりながらも笑顔を絶やさず挑みかかる。そんな彼女を励ますのはノアノア、庇う為の射程距離外に居る為にそうする事は出来ないが、破邪の光で彼女を仲間を支える事は出来る。 「生きてねえと遊べもしねえぞ!!」 誰も死なせるものか。この自分が立っている限り。 死ぬものか。仲間の為にも。 (ムカツク六道なんざ片付けて、全員で生きて帰ろーな――だからサッサと親玉ブッ飛ばしてきてくれよ) 待ってるぜ、と。集中し始めたキマイラに対抗して身体のギアを上げ、ヘキサは絶と獅子をきっと見澄ます。この二体が仲間へ向かわないのは偏に彼のお陰だろう。しかしその代償に少しずつ攻撃力の増すキマイラ達の攻撃にボロボロで、ズタズタで。息を弾ませる。それでも諦めない。 「ウサギは寂しいと死んじまう……けどな、覚えとけ……仲間のいるウサギは、無敵だぜッ!!」 振り下ろされる猛撃を躱し、躱し。繰り返す言霊。纏めてかかってきやがれ、と。 想定内に戦いは伸びる。 ベアトリーチェは降り注ぐ攻撃に損傷が酷かったが、まだ沈黙していない。すぐに倒せる『最高傑作』ではない。況してや完封出来る存在でもない。加えてその火力が上がっていくのは――『兇姫を侮るべからず』。そう、レイチェルの持つ通信機より伝わった声の、その余裕の無い声から知れる『向こう側』の戦況の通り。 ウェルギリウスの永久闇が後衛目掛けて放たれて、彼等の命を大きく削る。或いは、奮戦の末に倒れる者。そしてエンピレオ。咲き乱れた白い薔薇に血潮が、散った。 「っ、く……げほ、ッ!」 咳き込むリリが血糊を吐く。襲い来る弾幕と硝煙の彼方を見据えて、それでも銃を向ける。一発でも多く。一撃でも多く。傷がどれだけ増えようと。危険なのは自分だけではない、その仲間の為にも全神経を集中する。 「……以前の様には参りません」 今度は本当の意味で剣と盾にならん。六道滅ぼすべし。全員で生きて戻る為に、必ず当ててみせる。躱させはしない。 (嗚呼、主よ、天に召します我らが主よ。願わくは、御名の尊まれん事を……) 脳内で繰り返すのは経典、信じるは尊き教え、銃に込めるは祈りの弾丸。 我らを悪より救い給え。天に背く者に、必ずや断罪を。 「――Amen!」 全ての者は神の御前にて等しく裁かれん。引き金を引き、銃火が奔る。 真っ直ぐ。真っ直ぐ。真っ直ぐ。 螺旋を描く聖なる鉄が――ベアトリーチェの頭部を、貫いた。 声なき断末魔が響き渡る。白い装甲が赤に染まる。『最高傑作』が倒れてゆく。 紫杏の目が驚愕に見開かれた。まさか、と。最高傑作の一つが倒されるなど。そんな馬鹿な。信じられない。 その瞬間をレイチェルは見逃さなかった。 「……今です、塔の魔女」 それはブラフ、罠だった。一瞬でも気を逸らせる為。その結果――しかし紫杏は更に慌てふためく事はなかった。来るなら来い、と云う心持ち。放たれる犯罪王の密室定義がリベリスタへ襲い掛かる。 「ベアトリーチェを落とすなんて……少し、アタクシは貴方達を過小評価していたようですね」 「貴女自身ご理解の通り、まだ彼女がいる。彼女が楽できる程度に、せいぜい頑張らせてもらいますよ!」 神秘を完全に防ぐ術が切れた今。攻撃が紫杏へ降り注ぐ。ノアノアが匠にブロックしている為にベルンハルトが紫杏を庇う事はない。 「この痛み、テメェにぶち込んでやるよ! ぶっ殺す!」 「お覚悟を。削り取ります!」 瀬恋の断罪の魔弾が、レイチェルの神気閃光が、紫杏を傷付ける。一歩、二歩、くぐもった悲鳴と共に蹌踉めく兇姫。 このまま決める――意気込むリベリスタ達であったが、刹那。響いた咆哮。横殴りだった。確率の悪戯、あるいは『100%』などないが故。遂に倒れたヘキサを飛び超え、バイオロボライオンと絶の弾丸が襲い掛かって来たのである。 「ッ――大丈夫、アタシが少しだけ時間を稼ぐからその間にっ!!」 その進行を少しでも止めようと、富子が前へと躍り出た。既に魔力は枯渇しているが、それでもやれる事を一つでも。ウェルギリウスの永久闇が再度、煌めいた。 削れる。削れる。削れていく。 それでも尚、抗った。 運命を代価に、声を張り上げて。 「イタタタ……さすがに効くねぇ。だがそんなもんじゃぁアタシの膝を折ることは出来ないねぇ」 富子の顔から笑顔は消えない。その身を盾に、獅子が放つミサイルの雨から仲間を護る。死なないし、死なせやしない。 絶対に。 絶対に、負けたくない。 「主よ、これまでのご加護に感謝致します」 壮絶な戦場の中で、リリは目を閉じ天を仰いだ。心臓の音が聞こえる。ヤケに大きく。生きている何よりの証だった。 深呼吸一つ。銃を強く、握り締め。 「天の尊き教えを、地上の大切な仲間を――今、全てをこの手で守る為。頂いたご加護をお返しします」 誰も死なせない。 一番大切なひとも一緒なら、怖くない。 眼を、開ける。凛然。青。指先に輝く約束の指輪。あのひとの笑顔が脳裏を過ぎる。 滅ぼしてみせる。 この魂を弾倉に込めよう。祈りと加護で聖別して。 さぁ往こう、邪悪を滅する神の魔弾となり、敵を殲滅するまで―― 「はぁあああああああッ!!」 ――銃声。 紫杏の身体が大きく仰け反った。 血が飛び散った。 だが、 兇姫は、 倒れない。 目に殺意を。怒りを。向ける掌―― ●その拳は砕けない 傷だらけで。血だらけで。 「はぁ、ッ……はぁっ――ごほっ、ちっくしょうが……」 口から漏れる血反吐と共に瀬恋は悪態を吐き捨てた。朧な視界に映るのは、空。夜の空。暗い空。そして知る。自分が仰向けに倒れている事を。 戦いが長引く程にキマイラ達の凶暴性は増していった。リベリスタ達は勇猛果敢に立ち向かった。死力を尽くして。そして。それから。 「はっ、」 情けねぇ。心の中で毒突いた。 根性だせや。自分自身に喝を入れた。 『アタシ』は誰だ? 言ってみろ、その名前を。 「くそがぁ……! なめやがって……!」 ぼとぼとぼと。大量の血を垂らしながらも、無理矢理に立ち上がる。骨が折れている。内臓が拉げている。それでも生きている。立ち上がれる。 ――戦える。 「未だだ……! アタシは未だ――」 だが。 だが、現実は、少女の前に果てしなく非情な姿で、立っていて。 言葉を、失う。 仲間の、誰も彼もが倒れていた。戦闘不能を奇跡的に免れた者は極僅か。そんな彼等も瀬恋同様血みどろで、傷だらけで、目の焦点が定まっていない。 そんな彼等に、瀬恋に、躙り寄るは極悪無比な生物兵器共。 死が迫る。刻一刻と。牙を剥いて、手を伸ばして、今か今かと。 「は、は、アハハハハッ」 呆然と戦場を見渡すその最中、響いたのは紫杏の笑い声。凶器と凶暴性に満ちた目で、見る。肩を揺らして。 「貴方も。その人達も。どいつもこいつも。もう、もう、御終いね。最期に言い残す事はあるかしら? 聞いてあげても宜しくってよ」 「……へぇ? じゃあよぉお前……お前背負ってるもんってあるか?」 ふらつきそうな足を踏ん張って、瀬恋は眼光凛然と兇姫を見据え問う。 「背負っているもの? あぁ――アタクシ、重たいモノは持たない主義ですの」 「へーーー。アタシはあるんだよ。……くそったれの親父と『坂本組』の組員が残した生き様って奴が」 持ち上げた手。握る拳。親指を立て、それで指すのは自らの左胸。 今ではもう遠い記憶。どれだけ手を伸ばそうが泣き喚こうが戻らない過去。組長である父親も、家族も、組員も、皆々死んだ。生き残ったのは自分だけ。 それでも、失われていないモノがある。 「アタシが――アタシ自身が、坂本組なんだよ」 流れ出るこの赤い血潮。そこに刻まれし『血の掟』は、死んでいない。誇りは、くすんでいない。魂は、砕けていない。 「『坂本』の生き様をよぉ……舐められる訳にだきゃぁいかねえんだよぉおッ!!」 轟、と吼えた。響き渡る。この声を聴け。戦場中に。地面一杯に。空を劈いて。この声を聴け。 嗚呼、少女よ。その魂は燃えているか。 嗚呼、少女よ。命を燃やす覚悟はあるか。 刮目せよ、この美しき魂の輝きを。 刻まれし血の掟を。 祈りすらも超えて、掴み引き摺り下ろして従えた『運命』を。 「おぉおぉおおおあああああああああああああああああああああああああ!!!」 ――歪曲運命黙示録。 斯くして奇跡は現実となる。 少女の魂を燃やし、燃やし、煌めかせながら。 「テメェのそのスカしたツラにこの拳をぶち込んでやる!!」 握り締めた瀬恋の拳が真っ赤に燃え上がる。運命を燃料に、その激情を表すが如く何処までも激しく。 地面を、蹴った。 「よぉく覚えとけ、六道紫杏――」 有り得ない速度。目を剥く暇すら与えぬ、振り被る拳。文字通りの、爆発。 「アタシは、坂本瀬恋だ!!!」 あらゆる法則を状況を状態を条件を全て無視して叩き込まれた一徹。 重い、重い、拳。 豪撃と共に運命が弾け飛ぶ。煌々と輝き、まるで雪の様に降り注ぐ――それは倒れた仲間達の身体を柔らかく包み、途切れていた筈の意識すら呼び覚ます。 立ち上がれない筈の傷を負ったリベリスタ達が続々と意識を取り戻していく『有り得ない光景』。 そして、キマイラ達までもが強烈な力に押しつぶされた様にボロボロになり、絶とバイオロボライオンが戦闘不能にまで追い込まれた『信じられない光景』。 「―― え ?」 紫杏には何が起こったのか理解が出来なかった。あの『兇姫』の脳味噌が、『理解不能』を叩き出したのである。 「え? え? え?」 視たのは、駆けだした瀬恋。それから? 視界がシャッフルされて。気が付いたら地面に倒れていた。 「マ、マスターッ!?」 血相を変えたベルンハルトが主人を呼んだ。彼もまた、俄かには信じ難い『奇跡の力』によって手酷い傷を受け武器すら砕け散っていた。最中にも思う。「何だ、今のは」。あの女が拳を振り抜いた瞬間、こちらの勢力全員に叩きつけられた凄まじいまでの衝撃。重機か何かに撥ねられた、という表現すら生温い。 「……なに なに なんなの なんなの なんなの」 紫杏は自らの頬に手を遣った。ジンジンと痛い。痛い。痛み? 痛い。痛いのだ。口の中が切れて、唇も切れて、鼻血がどろどろ垂れる。腫れた頬。ひりつく。痛い。痛い。殴られた。生まれて初めて、顔を殴られた! 父親にも母親にも教授にもぶたれた事なんて無いのに! 「な、殴った、殴ったぁああああ! うわぁああああん!! 痛いよぉおおおーーー!! プロフェッサぁーーーっ!! 聖四郎さぁーーーん!!」 「ぴーぴー喚くんじゃねぇ耳触りだ!!」 生まれて初めてのショックに子供の様に泣き喚く紫杏の声を、瀬恋の怒号が切り裂いた。 「……おめーさぁ、舐めてるよなぁ? 自分を邪魔出来る奴なんていねぇって、そう思ってんだろ?」 指先を突き付け、言い放つ。 「今まで会った奴らの中でもサイッコーにむかつくね。その痛み、一生忘れんじゃねぇ」 その、姿。 修羅の如く仁王立ち、戦風に黒髪を靡かせる瀬恋の姿に。 紫杏は生まれて初めて、『恐怖』というものを知った―― ●smack 時は少し遡り。瀬恋の歪曲運命黙示録によって引き起こされた奇跡がリベリスタ達を包み込み、その意識を呼び覚ました直後。 ふ、と。先ず目を開いたのは富子だった。 「う、っ……な、何が起こったんだい……?」 倒れ伏していた状態から蹌踉めく様に起き上がり周囲を見渡した。そして、違和感。不明。奇怪な。可笑しい。自分は手酷い傷を受けて、倒れた。今も傷が生々しく刻まれている。なのに何故、『立ち上がる事が出来る』……? 「これは……?」 「どうやら小生達は死にそびれたみたいだね」 レイチェル、いりすも続々と意識を取り戻す。 何故? 倒れ意識を失った筈。戦えるような力は残っていないが、本来なら立ち上がれない様な傷が刻まれているが、起き上がる事が出来た。 理由は誰もが、察する。 「歪曲運命……黙示録……」 呟いたリリの言葉が、皆の視線の先にて立つ瀬恋の背が、全てを物語る。燃え上がり弾け飛んだ彼女の運命が齎した『奇跡』。 「おいおい、驚いてる暇ァあるのかい?」 「ぶえー」と舌を出すぐるぐを引き起こしながら放ったノアノアの言葉が皆を振り向かせた。それ以上は彼女が言わずとも。限界の状況。余力は零。もう奇跡には頼れない。 「……退くよ」 口を開いたのは富子だった。立ち上がれる限り、戦いたい気持ちは痛い程に分かる――されど、されど。彼女がこの任務に参加した理由は唯一つ、『誰一人欠けず帰る為』。 「死ぬ美学なんてのはありゃぁしない。いいかい、生きてこそ、生きてこそなんだよ……!!」 死んだら全部、終わりなのだ。 命はそんなに安っぽいモノじゃない。 生きていれば、どれだけ泥まみれになろうとも傷だらけになろうとも、立ち上がって歩き出す事が出来る……! 「――了解。往きましょう、援護は任せて下さい」 レイチェルの声と神気閃光を切欠に、リベリスタ達は動き出す。最中――瀬恋は紫杏を睨みつけていた。紫杏もまた、怒りに満ちた目で瀬恋を睨みつけていた。 「嫌い。嫌いよ。邪魔する箱舟も。楽団も。貴方達も。貴方も。全部全部、嫌いよ」 「そーかい、ありがとよ。アタシもアンタが大ッ嫌いだ」 構える戦闘態勢。振り被る拳――されど、その肩を掴んだのは富子。ひっぱたいてでも止める。死なせない為なら何だってやる。じっと見据える目。そこまでだ、と。 (畜生……畜生が……!) 心の中で呟いた。奥歯を堅くかみしめた。 そう言えば、なんだか、異様に寒い。身体も上手く、動かない。何かがごっそり、消えうせた様な――嗚呼、この感覚を知っている。 ふらり。 「瀬恋っ!」 倒れそうになった彼女の身体を富子が受け止めた。瞬間、紫杏の放つ気糸が襲い掛かる。それから瀬恋を庇いつつ、富子は走った。全力で駆けた。 「逃がすものですか……! 追いなさい! 殺しなさい!」 紫杏の指示の下、キマイラが懐刀が追い縋る。攻撃を繰り出す。猛撃の中、リベリスタ達は走った。走った。 その最中、薄く眼を開けた瀬恋は己を抱える富子に問う。か細い、乾いた声で。 「なぁ……アタシ、まだ、生きてるか……?」 「大丈夫、……大丈夫だよっ!」 ギリギリだった。首の皮一枚。まだ彼女は『失って』いない。命も、世界の加護も。 「そうか――……」 良かった、と言うべきなのだろうか。すまない、と言うべきなのだろうか。ゆっくり、閉じる視界の中で――瀬恋は意識を手放した。 ●after 自陣へと辿り着いたリベリスタは悉くが倒れ込んだ。重傷の者は本来なら一人で全力疾走する事など出来ない。 それでも、例え足があり得ぬ方向にへし折れていたとしても、『生きて戻って』これたのは――文字通り、奇跡。 それだけでなく、あの兇姫の戦意を大きく削ぐ事も出来たのも何よりの功績であろう。 本当に、本当に、奇跡だった。 ●Because I love U 痛いのが、少しずつ癒えていく。嗚呼、吐息と共に呟いた。愛しい愛しい恋人の名を。アタクシを護ってくれてるのね。 喧騒が遠くに聞こえる。一歩、一歩、彼女は歩く。丘の上へ。丘の上へと。約束を護る為に。ボロボロの血に染まった姿だけれど、歩む度にその顔は綻んでゆくのだ。 思い出そう、彼の言葉を。彼の指先を。彼の瞳を。彼の顔を。 ――愛してるよ、紫杏―― 遠巻きからでもその虹色は輝きを失わなかった。いつもの優しい笑顔で迎えてくれるだろうか。 名前を読んだ。大きな声で。あの丘の上で。 伸ばした指先を受け止めたのは――…… 「……紫杏、お待たせしたかい?」 『了』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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