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<裏野部>Bad End Dream D Side

●夢のサイハテ~Dead Side~
 某日某所、遠足へ向かっていたとある幼稚園のバスが予定のコースを外れ、突然謎を失踪を遂げた。
 子供達の親族、関係者各位は今はまだ気付かない。今はまだ――気付いていない。
 けれど、それも時間の問題である。全てはもう始まっていた。いや、終わっていたとすら言えるだろう。
 バスに乗っていた子供。実に20人の園児達は既に舞台上へと上げられてしまったのだから。
 
「……どういうことだ」
「何がダイ?」
 古く、広い、教会。半ば廃墟と化しているその建築物が、
 何故未だ取り壊される事無くその場に佇んでいるのか。その疑問に答えられる者は居ない。
 だが恐らくは、何か神秘的な隠蔽処理をしてあるのだろう。
 でなければ住宅街に80坪近い無駄な敷地が確保されている理由が説明できない。
 神奈川県北東部、川崎市。都心と直接繋がっているベッドタウン。
 閑静な住宅街の一角にあるあからさまな異物。その中で彼らは対峙していた。
「あの子供達だ。知らないとは言わせない」
 片や、銀の鎧に身を包んだ騎士。
「あレはアの女の趣味ダロ、僕に聞かレテも困るナァ」
 片や、顔の半分にピエロの仮面を着けた道化。
「そんな言い訳が通ると思っているのか。人形遣いから話は聞いている、彼らを解放して貰おう」
 さもなければ、交戦も辞さない。明確にそう告げている男の双眸を見つめ、
 道化の口元が弧を描く。なるほど、『彼』ならそう言うだろう。
 なるほど、『彼ら』ならそう言うのだろう。あたかも英雄譚の主役の様に。
「おヤオや。全く本当二喰えナイなァ。何時の間二あノ女を誑シ込ンだんダイ?」
 くっくっ、と喉を鳴らし笑う仕草。指を鳴らせば其処に展開された幻影が解除される。
 部屋の奥、壁だと思っていた物はその実鉄格子。礼拝堂だと思っていた物は、その実牢獄。
 謀られたと、騎士が確信した頃には既に手遅れだった。
「マァ、ばれチャ仕方無いネ。でモ――」

 そう、其処が『舞台裏』である事に――彼が気付いた時には、既に。

「僕が『彼』ジャ無い事にハ、気付ケなかッタみタいだネェ?」
 不吉を冠する七本のはナイフは其処に無い。右から左へ写し変わる道化の仮面。
 どう見ても『バッドダンサー』以外の何者でも無いそれは、騙し絵の笑顔で開幕のベルを鳴らす。
「――!」
 謀られた、と気付いた次の瞬間、何かが体躯を切り裂き駆け抜ける。
 攻撃、何処から、と意識を向ける時間すらも無い。紛い物は朗々と、朗々と詠い上げる。
 震える子供達の眼前で、『歪曲道化』が口上を述べる。
「レディース、エンドジェントルメン、今宵こノ場デ奏でラレるは少年少女ラのカクも勇敢なル喜劇。
 一人まタ一人と化生へ変ジル輩かラ、彼らハ如何なる勇気ト希望と閃キヲ以っテ脱すルカ。
 ハ、ハ、ハ、ハ、さァサぁ! とクト! 御照覧あレ!!」  
「貴様――――!」
 歩みを進めんとする騎士の、その眼前に広がるは虚空。けれど其処には何かが居る。
 一つ二つでは無い。最低でも三つ、或いはそれ以上の『何か』が彼の行く手を阻んでいる。
 見えず、聞こえず、香りすらない。だが、そんな事を加味している余裕は無い。
 守ると――全てを守ると言う、『理想』を果たさなくてはならない。
 例え誰に届かずとも、その理想論を、彼だけは否定してはならない。
 だから。
「ケレど観衆ト言うノハせっカチな物でネ、余リ前振りガ長いと飽きらレルんダ。そうダナァ」
 差し向けられた掌が、その仕草が永遠の様にすら感じられる。
 それは悪夢を孕む即興喜劇。枯れ果てた夢のその末路。
「例えバ、もしモ、君が英雄的自己犠牲で以ッテ彼らヲ救ウと言うナラ。
 僕モ鬼じゃ無イ。その演出ヲ快く受け入レこノ哀れナ子羊達ヲ手放そうジャないカ」
 悪夢の舞台に――奇蹟など――無い。

「タイムリミットは、皆平等二1分トしヨウ。どうダイ――英雄君?」
 万華鏡は映し出す。神の眼は見逃さない。それが幸いであるか、不幸であるかはさて置き。
 神秘によって象られた歪なる舞台へのパーティチケットは観衆へと辿り着く。
「さァ、僕らノドリームワールドへようコソ!」  

●招待状~The Bad Dream Another~
「手短に言う」
 万華鏡の姫。『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、けれど静かに周囲を見回し声を上げた。
「三ッ池公園、『楽団』、幽霊船、剣林、黄泉ヶ辻」
 一つずつ挙げられるその単語は、昨今搬出している事件の中でも極めて危険度の高いそれだ。 
 場合によっては――よらずとも――その事件の解決だけで死亡者が出得る。
 それだけの出来事が、これだけ重なっていると言うだけでも尋常では無い。
「そういう事件に関わってる人は、避けて良い」
 それはアークの判断ではあるまい。けれど多分、イヴの本音だ。

「こちらが資料で、こちらが『招待状』です」
 急遽出動を要請された『敏腕マスコット』エフィカ・新藤(nBNE000005)が資料を配布する。
 時間が無いのは事実なのだろう。逆を返せば“時間は無いが急げば間に合う”と言う事か。
 嫌らしい、と言う表現すらが生易しい。まるで――
 けれど、リベリスタ達とてモニターに映し出された“それ”を見ているのだ。
 今回の事件がどう言う物であるか、既に十分伝わってはいるのだろう。それでも、尚。
「……死なないで欲しい」
 恐らくは、誰よりそれを言ってはいけないだろうイヴが、そう告げる。
 『招待状』を送って来るフィクサード等そうは居ない。
 それがこれほど――アークが無理難題を無数に抱えている時を殊更に狙って来る事などは更に無い。
 だが、あった。過去にも同様のケースが確かに、あった。
《 やあ聖櫃に籠る英雄の雛達、ゲームの時間だ 》
 モニターに映し出されたそれは、『バッドダンサー』と呼ばれるフィクサード。
 イヴが視線を巡らせる。リベリスタ達はブリーフィングルームから出て行かない。
 消える様に毀れた嘆息。けれどだからこそ、此処はアークなのだ。

「今回の任務は、とある『破壊器』の破壊と――『バッドダンサー』の討伐」
 告げられた言葉にリベリスタ達が頷く。それで終わるならば、普通の仕事だったのだろう。
「こっちの皆には、破壊器の破壊をして貰う。場所は神奈川県の僻地にある廃教会」
 神奈川県、と言う語句に嫌な気配が混じる。其処は“閉じない穴”の近郊ではないのかと。
「近くは無いけど、遠くも無い。この辺が安定して不安定なのは、皆も知ってる通り」
 安定して、不安定。塔の魔女の実力を以ってしても世界は徐々に壊れていっている。
 この意味深に過ぎるロケーションに、意味が無い筈も無い。
「……とりあえず、今回の『バッドダンサー』の目的は」
 呼吸、一つ。
「崩界を進行させる事、それその物……みたい」
 崩界の悪化。それは本来、この世界の誰も望みはしない事の筈だった。
 けれど、伝説的都市伝説、ジャック・ザ・リッパーがそうであった様に、
 そんな物を歯牙にもかけない狂人と言うのは厳然として存在する。
 果たして、『バッドダンサー』がそれに相当するのかはまた別の話で在ろうが――
「放っておけない」
 放ってなど、おける筈が無い。例え其処に、どれ程の障害が立ち塞がろうと。

「世界に穴を開ける破界器『フォールントリック』は教会の地下にある。
 守っているのはE・フォース識別名『歪曲道化師』。以前戦った『守護騎士』なんかの同類」
 つまり、破界器によって人工的に生み出されたE・フォースと言う事だろう。
 そして同時に、誰かの描いた夢の「裏側」でも、ある。
「それに、何かおかしなのが沢山。この上相手は人質を取って皆を揺さぶって来る。
 資料に有る、罪も無い子供が20人。
「でも、これは無視していい」
 壁際で聞いていたエフィカが息を呑む。
 けれど無視出来なければ――そうして失敗したなら、問題は世界にまで及ぶ。
「私達の目的は世界を護る事。皆が何でリベリスタなのか、それを忘れないで」
 それは、取り様によっては、酷く残酷な言葉だろう。
 それは、受け取り方によっては、酷く薄情な理念だろう。
 けれど、イヴは表情を殺し、両手をぎゅっと握り締める。弱音など、吐きはしない。
「私達は、運命だって支配してみせる」
 見回す眼差しには、幼さを残しながらも強い意志が宿る。
 それはこれまで積み重ねてきた、此処まで培って来た自負と言う名の信頼。
「こんな劇、もう終わらせよう」
 
 ――――これを、最後の悲劇にする為に。

●2nd sentence
 劇場の主は謳い上げる。
「とコロで君達は疑問二思っタ事は無イかナ?」

「何故、君達だけガ常二世界の危機ト相対さナクてはイケないノか」
 災厄の担い手は紡ぎ上げる。
「何故、同じ世界ノ住人であるニモ関わラズ、僕らはソレをしなイで居らレルのカ」
 不運の舞踊へと仕立て上げる。
「何故、君達ガ心血を注いデ護るアノ何も知らナイ人々は何モせズ平和を甘受しテ良いノカ」
 歪曲の道化は狂おしく語る。
「君達“ダケ”が! 涙を! 血ヲ! 汗を! 命ヲ!! 流し戦ウ必要が有ルのカ」
 故に――最悪の『夢』は此処にある。
「ハ、ハ、ハ、分かラナいかイ? 分カラなイダろうネェ」
 故に――――『悪夢の道化』は此処にある。

「そレハね、君達が居ルからサ。リベリスタ」 





■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:弓月 蒼  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年12月25日(火)23:16
 80度目まして、STの弓月蒼です。
 Bad Dream。決戦を御送りします。

●Danger!
 このシナリオはフェイトの残量に拠らない死亡判定の可能性があります。
 参加の際はくれぐれもご注意下さい。


●作戦成功条件
 破界器『フォールントリック1st』の破壊
 リベリスタ8名以上の生存

●特殊ルール・Bad Dream
※『歪曲道化師』がシナリオ終了時に健在である場合、
 「重傷」状態で出発するリベリスタには以下のペナルティが発生します。
・戦闘不能時の死亡確率の向上
 
E・フォース『歪曲道化師(ジョーカー)』
 「絶望」のE・フォース。
 区別が付かないレベルで『バッドダンサー』と同一の風体。
 ピエロの仮面の位置のみ真逆。能力傾向、特徴等も同個体に準拠します。

・戦闘能力
 三重幻像:P.任意の攻撃を1ターンに合計2度まで完全回避します。

 歪曲喜劇:P.バッドダンサーが戦闘不能になった際『歪曲道化師』が健在である場合、
 『歪曲道化師』はバッドダンサーの身代わりとなって砕け散ります。

 不吉の月:
 神遠全、低命中、中威力、【状態異常】[不吉]【追加効果】[呪殺]

 感染即興恐怖劇~再演~(EX):神遠全、高命中、溜1
 【状態異常】[猛毒][流血][業炎][氷結][雷陣][不運]【追加効果】[ダメージ0][呪殺]

●使用破界器
・虚現の宝珠
 白い宝石。リアリティオーブ。『歪曲道化師』が2つ、『守護騎士』が1つ所有。
 世界に拒まれるフェイトを持たないエリューションやアザーバイドを、
 擬似的に世界へ適合させる効果を持つアーティファクト……だったものの、
 現在は破界器『フォールントリック1st』の動力源になっており効果も強度も弱体化しています。

・フォールントリック1st
 六芒星を描く楔型のアーティファクト。
 『歪曲道化師』の足元に埋め込まれており、動力が無くなるか破壊されない限り稼動し続けます。
 半径500m圏内で1つの大きな力か、小さな命が10贄として捧げられる度
 星芒に光が灯り、6つ灯る事で効果が発動します。
 また、非常に頑丈であり単純破壊には相当の時間を要します。

『殺戮狼(ティンダロス)』
 「拒絶」のE・フォース。
 如何なる神秘を以っても実体を視認する事が出来ず温度も無い。
 暗殺の為に存在する様な形状不明の獣。速度・回避に長け、物理攻撃も高めです。
 が、防御力はいずれも皆無に等しく、捕捉さえ出来れば非常に脆いです。
 リベリスタ到着時点で4体の『殺戮狼』が存在しています。

・戦闘能力
 認知拒絶:P.視認・熱探知不能、ブロック不能、味方の概念が存在しない。

 不在証明(EX):P.毎ターン場に存在する『殺戮狼』の数が1体増えます。

 無影刃:物遠単、中威力、中命中【状態異常】[ショック]【追加効果】[連撃]

『守護騎士(ガーディアン)』
 初出シナリオ:<裏野部>理想と言う名の死神』
 「理想」のE・フォース。
 大きな盾と剃りの有る剣を携えた大学生程の男性。
 防御力は総じて高い物の、命中、回避は程々。ですがそれら欠点を戦闘技能で補っています。
 到着時点で『歪曲道化』と『殺戮狼』を向こうに回して交戦中。HPは3割ほど減少しています。

・戦闘能力
 守護者:P.近接範囲の複数名をかばう事が可能。

 不可侵:P.精神無効、麻痺無効、呪い無効【追加効果】[反射]

 リバースクロス:
 物近単.高命中、威力+(物防/2)+(神防/2)【状態異常】[虚脱]

 アスパイア:HP15%以下で使用可能。
 物近範.高威力、CT+100、溜1

 理想と言う名の死神(EX):HPが10%以下で使用可能。
 神遠2全.HP/EP回復大、状態異常解除99%、反動大
 
●人質
 牢屋に閉じ込められた人質である子供達。総勢20人。気絶中。
 牢は何らかの神秘的加護により、フォールントリックと同程度に頑丈です。
 内1名は遅溶性の特殊なカプセルにアザーバイド『憑鬼α』を詰めた物を飲まされており、
 交戦開始後1分(6ターン)が経過した時点で感染、アザーバイド化していきます。
 制限時間内であれば外科的手段で無くとも内容物を吐かせる事が可能です。
 アザーバイド化した子供は4ターン後に食人鬼としての片鱗を見せ、
 魘されながら間近の子供に噛み付く為、被害者は11ターン目には2人、
 12ターン目には4人と倍々で増加していきます。

●憑鬼α
 初出シナリオ:<黄泉ヶ辻>憑キ鬼
 細菌大のアザーバイド。人間に憑き、鬼へと変じる異世界のウイルス。
 安定性を犠牲に侵蝕速度を拡張したαテストタイプです。
 変質した人間は超人的な能力を得る代わりに急速に自我を失っていきます。

●英雄志願<裏>
 名声が300を超えるリベリスタ1人以上が武具を捨て、
 自身を身代わりにする事を希望した場合 『歪曲道化師』は人質を解放します。
 但し人質の身の安全までは保証しません。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
インヤンマスター
朱鷺島・雷音(BNE000003)
ナイトクリーク
ウーニャ・タランテラ(BNE000010)
クリミナルスタア
不動峰 杏樹(BNE000062)
ホーリーメイガス
アリステア・ショーゼット(BNE000313)
クロスイージス
新田・快(BNE000439)
ソードミラージュ
絢堂・霧香(BNE000618)
デュランダル
源兵島 こじり(BNE000630)
ホーリーメイガス
丸田 富子(BNE001946)
★MVP
デュランダル
宵咲 美散(BNE002324)
スターサジタリー
雑賀 龍治(BNE002797)

●英雄志願―Dead Side―
 下る階、開かれた扉。対峙する銀の騎士と不可視の獣。そして最奥に控える偽りの道化。
「ボクは兄のように快と並ぶことは出来ないけれど」
 『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)が進み出る。その手に、武器は無い。
 眼差しは、彼女の義兄を重ねる様に真っ直ぐに。道化を見つめ揺ぎ無い。
「待、」
「それでも誰かの夢を守る彼の役に立てるなら」
 その様を見て、道化がわらう。哄笑を上げる。突然の乱入者に瞬く銀の騎士が制止する暇もあればこそ。
「――君ハ、自殺志願者かイ?」
「違うのだ。僕は――」
 英雄志願、その意義の重さをけれど。
 この場の誰一人として完全には理解をしてはいなかった。
 かつて其の先に、“何か”があると信じていた。真なる悪夢の道化であればともかくも。
 この場の主は『絶望』その物。『歪曲道化師』に――甘えも慢心も有りはしない。
 Dead Side――悪夢の裏側を支配するは純然たる“死”の法則のみ。
 この牢獄で、失われ行く命の全ては世界を穿つ楔となる。
「ハ、ハ、ハ、結構。けレド君は勘違いヲして居ルネ」
 武具とは戦いの道具、その全て。武器だけでは足りぬ。防具も装飾も、その総てを奪われる。
 指示されるままに、牢獄の扉を潜る。牢獄の中の子供達は気を失い動かない。
 牢の扉は開かれたままだ。まるでいつ出て行っても構わないと言う様に。
「約束通リ、君達は自由ダ。素晴らシイ実に英雄的決断だっタヨ。そしテ……」
 牢屋へと一歩。リベリスタ側から見れば後衛の位置取りに道化が踏み込む。
 続く言葉、雷音が瞬く。扉を潜っていたリベリスタ達もまた。
「サヨうなラ」
「……えっ」
 ずぶり。と何かが雷音の体躯にめり込んだ。
 虚空より現れたのは、死神の鎌。

「あんたっ……!」
「オヤ、人質っテ言うノはこウ使う物ジャないカナ?」
 『ピンクの害獣』ウーニャ・タランテラ(BNE000010)が駆け寄りかけ、足を止める。
 手を翳したのは『デイアフタートゥモロー』新田・DT・快(BNE000439)。
 ここで彼女を――“身代わり”を救おうとすれば志願その物が台無しになる。
 その上彼は“それ”を見たことがあった。避け得ない終わり。自由も命も根こそぎ奪い去る悪夢の具現。
 フィクサード『バッドダンサー』の鬼札――感染即興恐怖劇。単独で近付くのは、二重の意味で危険だ。
 毒を流され、血を流し、凍りつき、燃え盛り、雷に身を苛まれた雷音は激痛の余りに両膝を付く。
 彼ら――リベリスタらは果たして何と聞いていたか。そう、英雄志願は“人質の身代わり”だ。
 そしてこの場合の人質とは当然の如く“破界器「フォールンダウン1st」への生贄”を兼用する。
「子供達と同様ダよ。彼女の命、1分間はコノ僕が保証シヨう」
 何故、この最悪が籠の鳥を自由にしておく等と思ったのか。
 人質となり、尚何かを為さんとするなら、最低限『歪曲道化師』に対する耐性が必要不可欠だった。
 牢獄は安全圏などではない。危惧していた筈だ、“人質に手を出してくる可能性”を。
 分かっていた筈だ。『殺戮狼』が居る限り『歪曲道化師』は自由に動けるのだと。
 油断した心算は無かっただろう。甘く見た訳では無かっただろう。
 けれど二兎を追えば二倍のリスクを背負うは必定。『絶望』はいつだって、人の想像の更に上を行く。
 眼前に灯った思える希望こそが、甘い甘い、毒であると。
「他に英雄志願者ハ居なイかナ? 結構結構、ソレじゃア喜劇を再開しよウ!」

 狂言回しは謳い上げる。大仰に、華美に、荘厳に、戯れに。悪夢と恐怖は感染する。
 今宵この場に今一度――――即興劇の幕は開く。

●運命の楔―Bad Select―
「――あたしの剣は、大切な人達を守る為に!」
 『禍を斬る剣の道』絢堂・霧香(BNE000618)が駆ける。彼女の動作はこの場に於いて抜群に速い。
 時間の流れをすら置き去りに、動画をコマ送りするかの様な剣速で以って一撃。
 道化師の体躯へ降り抜かれたのは幻影を残す程の鋭い降り抜き。
 けれど、その切っ先が道化に触れたと感じた次の瞬間――不可解な手応えと共に刃が実体をすり抜ける。
「おヤ、今何カしたかナ?」
 事前に聞いてたとしても、実物と相対せば流石に驚かざるを得ない。
 間違いなく、彼女の剣閃は道化を捉えていた筈だ。
 そして柔剛併せ持つ彼女の攻撃精度と歪曲道化師の回避能力はほぼ拮抗している。
 例え直撃せずとも掠めておかしくはない。その結果を歪めるのだとすれば、それは神秘に他ならない。
「E・フォース……実体何て有ってない様な物って訳ね」
「ハ、ハ、ハ、まァ僕ハあクマで偽者ダかラネ」
 ウーニャの言に軽快に嗤い肩を竦める道化師。その仕草が酷く勘に障る。
 彼女にはやらなくてはならない事が有る。ケジメをつけなければならない相手が居る。
 こんな所で立ち止まっている時間は微塵としてない。
「あいつは必ず殺すけど……まずはあんたが先よ!」
 そう告げ、一歩踏み出した時だ。何かの気配を感じてすぐさま飛び退く。
 見えなかった。香りも音も有りはしなかった。けれど何かが――
「……気をつけろ、居る」
 眼前の道化に視線を固定させた銀の騎士が声を掛ける。リベリスタらは彼にとって味方ではない。
 味方ではない、が――彼らが子供達を守る為に仲間を一人捧げたと言うのなら。
 その目的は『守護騎士』のそれと共通する。強いて敵対する理由は、無い。
「―――」
 音も無く、形も無く、色も無く、けれどウーニャの研ぎ澄まされた直感は告げる。
 其処に居る。居るなら――倒す事だって、出来る筈。
「私は弱い。でもね、ここでは負けられない!」
 手にした道化のカードと共に、舞う様に周囲一帯を切り付ける。彼女なりの剣の舞(ダンシングリッパー)。
 それは『殺戮狼』に対し本来であれば鬼手と言える札。けれど――けれどだ。
「――――――」
 流石に、何一つ手繰る要素も無しに放った攻撃が当るほど、この無形の狼達は容易い相手では、無い。
 お返しとばかりに突き立てられた爪が、牙が、その柔肌に朱線を引く。

「……っ、本当に其処に居るのか!」
「居るヨ。間違い無クネ」
 見えず、温度も無い。大気位は動くだろうが、それを縁とするには範囲が広過ぎる。
 『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)は耳を澄ます。だが何も聞こえない。視線を巡らせる。だが何も映らない。
 認識出来ない物は攻撃出来ない。それは戦いの基本原則だ。彼単独では、其処に居る何者かを捉えられない。
「全く……本当に悪夢じみているな」
 他方、『玄兎』不動峰 杏樹(BNE000062)は香りを辿る。それは血の香り。
 獣達は無差別に場に居る対象を切り刻む。そうすれば自然と返り血を浴びる事にも繋がる。
 この場で最も強いのは雷音の発する血の香りだ。それに続いて彼女が仲間達に着けた香水。
 血の香りが感じられないのは『守護騎士』がE・フォースである事と無関係では有るまい。
 彼を構成する物は力場であり物質ではない。だが、逆に言えばこうとも言える。誰かが『殺戮狼』に狙われたなら――
「あの……騎士さん――!?」
 おずおずと、最後衛より銀の騎士へ声を掛け様とした、
 『いつか出会う、大切な人の為に』アリステア・ショーゼット(BNE000313)
 その瞬間だ。何をした訳でも無い。誰が動いた訳でも無い。けれど、彼女の体躯に3本の爪の跡。
 噴き出す鮮血に、続く筈だった言葉は無い。痛みに声が出ない。確かに、その攻撃にすら音が無い。
 奇襲に耐性を持つウーニャであればともかくも、それ以外の人間がこれを避けるのは困難と言う次元ですらないだろう。
 けれど、誰かを傷付ければ必ず、それには血が付着するのだ。
「居た! 雑賀、真後ろ!」
「――くっ、そこか!」
 構えられた火縄銃。時代がかった様に見えるその銃は、けれどアーク内でも有数の精度を誇る必中の狙撃を実現する。
 放たれた銃弾が何かに触れ、金属を引っ掻いた様な高い音が響く。当った? いや、精々掠めた程度だ。
「理想も英雄も知らない。血に塗れようが、私は一人でも助ける」
 続く銃声。杏樹に至っては当てると言う以前の問題だ。
 実像と所在とが共も曖昧な物を香りだけで撃ち抜くには、彼女の射撃精度は物足りない。
 直撃させられたなら1撃と保たないだろうその“不可視の狼”。
 けれど、彼らはこれははっきりとその存在を軽く見過ぎていた。
 「捉えられない事」はその獣達の命脈であり、それら群体は『道化師』や『守護騎士』と同格なのだ。
 通り一辺等の手段で悠打破出来る様な代物では決して、ない。

「大丈夫か、アリステアさん」
「う、ん。大丈夫……」
 続くもう一つの斬撃を、快が阻む。そうして上がった問いに大きく頷くも、刻まれた傷は相応に深い。
 アリステアとて足手纏いにならない様にと研鑽を積んで来たのだ。後衛とは言え決して脆くは無い。
 だが、畳みかけられたとしたらそうも言ってはいられないだろう。じわりとした汗が滲む。
「酷い事を……みんなっ気を抜くんじゃないよっ!」
 濁った空気を裂く様に、『三高平の肝っ玉母さん』丸田 富子(BNE001946)が威勢良く鼓舞の声を上げ、
 移動を補佐する聖なる加護はその場の全てに光の翼を与えたか。
 けれど何より、彼女の意気こそがリベリスタ達の背中を押す。何所か澱んでいた空気を押し返す。
 見方を切り替えなくてはいけない。この『殺戮狼』らは決して“前置き”ではないのだと。
「婆さんの遺言でな――」
 一歩。『戦闘狂』宵咲 美散(BNE002324)が歩みを進める。狼が居ればぶつかるだろう。
 まるでそんな何気ない歩みを、けれど彼らは圧し留めない。
 いや、圧し留めないのではない。止められないのだ。『守護騎士』、快、ウーニャ。
 そしてアリステアに仕掛けた一匹。狼達は既に全て動きを終えている。
 故に、美散は悠々と、その狼達と道化師とを分かつ境界線を踏み越える。踏み越えながら、己が限界を突破する。
「女子供と言うのは、護るべき物だろう?」
 ちらりと『守護騎士』一瞥し、薄く笑むと構えられる赤い槍。ここからなら例え、道化が何所へ逃れようと当てられる。
「出来ルかナ、君達に」
「貴方、道化の癖に饒舌ね」
 曰く――ただ気に入らない。
 それを表情から隠す気も無しに、『毒絶彼女』源兵島 こじり(BNE000630)が道化との間の距離を詰める。
「此処が舞台裏だとしても、私にとっては表舞台。なら、私の美学を貫くだけでしょう」
「Exactly、ツまりハコレもまタ僕なリの美学と言ウ事さ」
 手にした物は大戦斧。首狩る王の銘を持ち、首刈る路を敷く絶対暴政。
「悪趣味ね」
「オ互い様だヨ」
 込められた膂力は猛火の如く。或いは冷え切った凍土の如く体躯を灼く。臨界、突破――

 けれどこれにより生まれた10秒という時間。誰もが己の性能を最大限引き出さんとしたが為の空白。
 其処から誰もが目を逸らしたが為に。彼らは結局この段階まで気付かなかった。
 最初の手番のその重みを。狼と、道化。前衛と後衛。必然的に分断されたそれは見事に6と3。
 それが即ち――どういう意味であるのかを。 

●捩れる理想―Ideal Avatar―
 熱く、寒い。苦しくて、痛い。凍り付いて、痺れて、まるで身動きが取れない。
 牢獄で倒れている雷音には、仲間達が見えていた。何かしなくてはいけないと思う。
 地面を引っ掻いて足掻く。けれど体躯の自由は戻らない。
 勿論。その存在は無駄ではない。神秘による指揮補正、それはカリスマ性の様な物だ。
 彼女が居ると言うそれだけで、仲間達はより適切な動きをする事が出来る。
 だが、それより尚重要な役割が、彼女には有った。子供達を救わなくてはならない。
 それには30人の内、どれが“ジョーカー”なのかを特定しなければいけない。
 彼女の持つ物質感応の異能はその最適解の1つだった筈だ――けれど。けれど。
(神様)
 少女は祈る。今はただ、祈る事しか出来ない。
(――お願いします、神様)
 けれど、例え幾度祈ろうとも……その祈りは届かない。

「戦っているのはあたし達だけじゃない。皆どこかで戦ってるんだ!」
「ソウだろうネそウダろうトモ。命ヲ賭けル事も無ク、明日死ぬ恐怖ヲも知らズネ! ハ、ハ、ハ!」
 霧香の剣戟が空を斬る。彼女の圧倒的なまでの速度は、けれど哀しいかな。それ故に決して痛打を許さない。
 偶にその体躯を掠める事が有ろうとも、的中した時に限って道化は幻像へと逃げ込むのだ。
「リベリスタが正義の味方ばかりだと思ったら、大間違い」
「そう、君達は唯ノ我侭なお節介サ。僕らト同様にネ」
 繰り返される首狩りのロンド。強大な威力を秘めた大戦斧が続け様に舞う。
 一撃、重いのを見舞った物の、けれど流石に2撃は通らない。幻像が彼女の追撃を阻む。
「リベリスタが居なければ世界は容易く滅ぶだろう」
「――まさカ、君達は本気デそんナ事を思ッテいルのカナ?」
 愉快極まると言う口調で、嗤う道化が美散の槍による連撃を完全な形で見切る。
 類稀なる回避能力、それ以上に攻撃に極端に偏った美散の刺突は当れば大きいを地で行っている。
 言うなれば、能力の相性が悪い。それも極めてだ。
 或いは意識を研ぎ澄ませれば、けれど迅速に痛打を望むには時間が余りに無さ過ぎる。
「先のナイトメアダウン。もしリベリスタが居なカッタなラ、フィクサードが戦ッタろう。
 思い当タル節は無イかナ? フィクサードは全て世界が滅ンデも良い狂人ばカリだっタカい?」
 空々、狂々、道化が廻る。歌う様に詠う様に唄う様に謡う様に謳う様に――まるで劇場の如く。
 本来続くべき追撃は無い。本来届くべき脅威は無い。
 土台、3人では幻像を超えるのが精一杯だと言うのに。
「こんな、下らない劇はここで終わらせる!」
 黒兎の魔銃から放たれた無数の弾丸が地下室の床を削って行く。
 杏樹の決断は『殺戮狼』に対する一つのブレイクスルーである。
 彼らは見えない。温度もなく、聞こえない。
 この様な敵と相対したことのあるリベリスタなら解を導くのは比較的容易で在ったろう。
 所在が分からないならば、所在が分からざるを得なくすれば良い。
 細かい粉末を撒く。色を付ける。香りを付ける。
 聴覚で、視覚で、嗅覚で、捉えられないならば“捉えられる様にする”必要が、ある。
 ただ神秘を用いるだけでは届かない。これは如何に自らの持つ神秘を生かすか、と言う次元の問題だ。
 其処に彼女だけが辿り着いた。それ故に――
 ――ぱり、と。
 “それ”が床の破片を踏んだ瞬間に、龍治の銃口は既に向けられている。

「漸く逢えたな」
 実体は見えない。けれどその足音を聞き逃す事など、余人ならばともかく聴覚に優れる龍治に有る物か。
「さあ、狩りを始めよう」
 銃声。確かな認識の下に放った銃弾は狙い違わず『殺戮狼』を射抜く。
 続く音。ぱり、ぱりり。大凡の位置さえ掴めたならば、この戦場ではむしろ銃より剣の方が優れている。
 音の中心へ踏み込むピンク色のシルエット。長い髪をはためかせ、『ピンクの害獣』が駆け抜ける。
「私は確かに弱いけど、」
 道化のカードが手応えを返す。巻き込んだ狼は、実に4匹。
「今はあんた達の方が格好の獲物よ!」
 薄いガラスを叩く様な感触に、金属の様な音。この世の物とは思えないその獣達を害獣は荒々しく喰い散らかす。
 けれどそれで漸く振り出しだ。最初に一匹も潰せなかったのが大きかった。
 狼の爪が杏樹と富子を繰り返し刻む。刻一刻と、時間は過ぎる。
「――止むを得ない、か」
 『守護騎士』へと視線を向ける。それを口にする事に葛藤が無かったとは到底言えまい。
 けれど周囲の状況を見るだに癒し手が前に出でもしない限り、彼が子供達の所まで辿り着く事は有り得ない。
 初動からの戦力分散、『殺戮狼』索敵の乱れ、そして人質のリスクを軽く見積り過ぎていた事。
 1つ1つの要因は小さくとも積み重なったそれらは完全に場を膠着させている。
 決断するなら、今しかない。快が視線を向ける。護りに徹し、打開策を探る騎士。
 何所となく彼に良く似た――けれど、彼と異なるそれに。
「子供達を助け、悪夢を終わらせる」
 向けられた、眼差しが交わる。己の理想と今一度、対峙する。
「何度だって言う。俺は理想を束ねる」
「――それが無謀だと言っている。何故分からない。
 お前が束ねると言うそれは唯の一つとしてお前の想いと同一ではない」
「だとしても」
 人なのだから、違う事こそ当たり前だ。人なのだから、異なる事こそ必然だ。
「絵空事だ。束ねた幻想はいずれ飽和し元の形を見失う。
 集えば集うほどに純度を失い醜く混沌とした、理想とは異なる何かに成り果てる。この俺の様に」
「それでも」

 盾を握り締める手。眼光は憎しみにすら程近い。相容れない、それは既に分かっていた事。
「子供の我侭か! その先に在るのは破綻と絶望だけだ! 誰もが救われる道など有りはしない!」 
「それがたとえ毀れた理想でも、手を伸す事を諦めたら俺でなくなる!
 我侭だよ! 足りない事何て承知の上だ! だから!」
 けれど、それは彼の理想で。けれど、それは彼の『理想』より生み出された騎士なのだから。
「だから、お前の想いも貸してくれ! 子供達全員を庇ってほしい!
 彼らの……雷音ちゃんの前で、出来ないとは言わせない!」
 例え対立したとして、例え反発しあったとして、その眼の向く先が、異なる筈もない。
「……この、中に」
 声。
 その声は、牢獄から。
 英雄を志願した少女はその動きを封じられ、紡げるのはただ声だけ。
 それで何が出来るのかと。それで何を成し遂げられるのかと。或いは『道化師』ならばそう嘲笑ったろう。
 勿論、何も出来てはいない。彼女は彼女に与えられた役割を半分も遂行出来てはいない。
 祈った神は、救いなど齎さない。
 人を救うのは、いつだって人だ。
 けれど、それでも。
「……この中に、化生に変わる子供が……混じってる」
 何も出来ないことに、絶望などしない。
 何も出来なくても、出来る事は有ると信じている。
 世界はもう少し、優しいのだと。そう、信じている。
 上げた声は掠れながら、悲痛な程の祈りを込めて、彼女は救いを求める。
「僕ら……と、子供を……」
 革醒者になろうと、英雄を目指そうと、人は一人では何所までも、無力だ。
 けれどそれでも、何処かへ届くと信じて、手を伸ばす。
「皆を、助けてください」

 それが無駄ではないと信じて、どうしようもないこの世界ですら足掻くのだろう。
 あるいはそれを理想と言うならば。
「――――ッ」
 答は至極簡潔極まる。
 銀の騎士は『理想』の体現者として、それを断る事など元より出来はしない。

●幻想の壊れる時―Limit Break―
「良いネェ」
 徐々に、けれど確かに傷付きつつある『道化師』に対し、攻め立てるリベリスタ達は驚くほど無傷である。
 類稀なる防御力を誇る訳ではなく、誰もが回避に特化している訳でも無い。
 単純に、道化が攻撃をして来ないのだ。受動防御に専念している以上「溜め」は終えているのだろう。
 けれど、それを放ってこない。まるでじっくりとタイミングを見計らう様に。
 いや、こじりの言葉への答を考えるならば、それこそ“美学”とでも言う心算か。
「舞台には劇的な演出が必要、ってわけ?」
「御明察だヨ、聡明ナお嬢さン」
 『殺戮狼』は3体にまで減っている。
 そして子供の誰かが“憑かれた”時に他の子供達全てを庇えるのは『守護騎士』唯一人だ。
「全てを手に入れるのは難しいことなのかな……」
「……っ」
 快は、まだ動けない。ダメージと言うダメージはアリステアが聖神を降ろす事で片っ端から癒している。
 だが癒し手である所の富子でさえがアリステアを庇っている状況下、彼が龍治に張り付かない訳にもいかない。
 そして何より、今彼が『守護騎士』の後ろを追った所で何も出来ない様に思える。
 その存在が。その『理想』が。全てを護ると誓ったその背中が、遠い。
 『守護騎士』は彼の。或いは“彼ら”の想い描く一つの願望の具現である。
 世界を壊す者として顕現しながらも、理由すらなく当然と、彼は子供達を護ろうとする。
 それがどれ程無謀な願いで、それがどれ程不可能な祈りかを知りながらも。関係なく手を差し伸べる。
 それは快が追い求め、辿り着きたいと願う“無力なる者の守護者”である。
 あらゆる意味で、純化された理想像と言うのは「ただの人間」を任じる快の上を行くだろう。
 だがそれは決して、“強さ”ではない。
 それをこの上なく理解しているから、この現状は歯痒い。
 まるで全てを、『理想』と言う名の幻想に押し付けている様で。
 まるで、自分が無力である事を証明されている様で。
「俺は……」
 拳を握る。銀の騎士が駆ける。失われゆく命を救う為に。全てを、護る為に。
 牢獄より手を伸ばす、一人の少女に乞われるままに。

 ――けれど、例えそれが人ならざる存在であったとしても。
 一人で有ると言う事は、独りであると言うことでしか、ない。

「――あいつ」
 直感に優れるウーニャが総毛立つ。実体を感じるほどに凝縮された嫌な予感が駆け上がる。
 騎士は脇目も振らず道化の眼前を駆け抜ける。交わす言葉など今更存在しない。
 道化は霧香、こじり、美散に囲まれ身動きが取れない。そもそも初動以来動いていない。
 騎士が牢獄に辿り着く。それは彼の防衛圏に子供たちが入った事を意味する。
 雷音が地面を引っ掻き立ち上がる。氷結した体躯が漸く自由を取り戻す。時間がない。
 既に残り10秒。それでこの子供達の中のどれかは“手遅れ”になる。
 けれど、彼女が牢獄の記憶を読みそれを吐かせる事さえ出来たなら。
 間近には騎士が控えている。彼が助力さえしてくれれば、救える。全てを。
 地面に手を付き思念を辿る。薬を呑まされた筈の子供の姿だけを追う。
 紺のジーンズ。赤いセーター。緑のマフラー――
「その子、なのだ」
 意識が現実感を取り戻す。雷音が一人の子供を指差した――その時。
 まるで場違いな拍手の音。
「ハ、ハ、ハ、お見事。素晴らシイ、我が身ヲ省みズ無力なル者を救ウ。実に英雄的ダ」
 太刀を振り切った霧香には良く見えた。道化は満足気に、とても、とても、満足気に。
「けれド、残念。コれハ――喜劇なのサ」
「や――め」
 頭上。
 全ての子供達。そして『守護騎士』と、4人のリベリスタ達。
 その頭上に現れたのは血色の大鎌。その動きがゆっくりと見えた。騎士が盾を構え、宣言する。
 ――その身は、弱者の守護者であると。
 振り下ろされた死が騎士の体躯に突き刺さる。
 牢獄に在る誰一人、傷を追う事無く。誰一人、失われる事無く。

 けれど、騎士はその身を凍て付かせる。『理想』の騎士に、自由は無い。
 それは、牢獄へと走り込む事が出来たろう、『道化』と相対する3人もまた同じ。
 時間を掛けて重ねられた集中より放たれたる恐怖劇は、その場の誰をも逃さない。
 独りであると言う事は、たった一つのボタンの掛け違いすら正す事は出来ないと言う事。
 『守護騎士』も『英雄志願者』も、為した過ちは唯一つ。
 リベリスタ達はこの両名を信じた。信じ――過ぎた。せめて誰かが寄り添っていたならば。
 掛かり過ぎた過負荷は、僅かなすれ違いで破綻を産む。
「Game Over」
「――、貴様あああぁ――ッ!」
 杏樹が、龍治が、快が、ウーニャが。『道化師』の元へと歩を進めようとする。
 だが、其処には6体に増えた『殺戮狼』が立ち塞がっている。距離を詰められない。進めない。
 刃が、銃口が泳ぐ。狼達の何匹かが地面の破片を踏み音を立てる。打ち抜かれる。
 けれど幾つかはどうしても取りこぼす。それを放っておけばどうなるか。
 彼等は繰り返し繰り返し牙を剥く。小柄な影に、鈍い長銃に、奇妙な黒兎を携える神の娘に。
 執拗に、絶え間無く。昇華せんと試みる。アン、ドゥ、トロワ、さあもう一度。
 痛みのワルツを死の舞踏へと。増える傷跡、滴る血液。
 「っ、捉えられない程じゃないが……」
 まともに当てられるのが竜治だけではキリがない。僅か数秒目を離しただけで倍する数に増えるのだ。
 庇われている後衛はともかく杏樹もウーニャも血まみれだ。
「来なさいよ、私は弱い」
 或いは己が鮮血を以って、格好の獲物と囮を買うピンクの少女の気概すらも、狼は全てを『拒絶』する。
 その上に、アリステアと富子が後衛に寄り添っていたのも災いした。
 狼達に対するリベリスタ達、その更に後衛の位置を取る彼女らと、
 狼達に対して後衛の位置を取る道化師との距離は、回復射程である20mを越える。
 『殺戮狼』が前に、『道化師」が後ろに下がった事で引き伸ばされた戦線。
 癒し手が落とされない為に必要であった安全策。その何れもがリベリスタ達に掛かる負担を和らげる。

 だが、ノーリスクな選択肢など存在しないのだ。全てを救いたいと願うなら。
 びくん、と。子供が跳ねる。意識を失っている筈のそれが、"違う物"へと変じていく。

●矛と盾―The Guardian―
 何も、してやれなかった。
 それは、絶望と呼ぶには突然で。
 それは、挫折と言う程の躓きではなかった。
 それはきっと、小さな棘の様な物だったろう。
 けれど、その傷が彼をここまで走らせてきた。その痛みが、彼をここまで導いてきた。

「なぁ、守護騎士よ」
 体躯は凍て付き傷んでいる。絶対命中の閾値を越えて研ぎ澄まされた“恐怖劇”はその自由の全てを奪う。
 『理想』の体現者たる『守護騎士』には氷の耐性が欠けている。
 眼前で鬼へと変わり果てるそれを見つめ続けるしかないのは、さぞ苦痛だろう。
 瞳を閉じれば思い出せる。彼もまだそうだった。
 妹が祝福を失った時。人より“無貌”へと変じてしまった時、何もしてやれなかった。
「お前が守護者の理想ならば子供達を護ってくれ」
 何も出来なかった。何もかもが足りなかった。力も、意志も、時間も――殺す事も、救う事も。
 視線が、向く。盾となり、動きを封じられた騎士の眼差しが男へと。
「俺は攻める事しか、護る術を知らない」
 けれど今は、そうではない。
 例え体躯が動いたとて、集中する時間が十全ではない。今一撃を放っても掠めるのが精一杯だろう。
 縦しんば一撃を入れたとして、それで道化が倒れる訳でもなく子供達が救える訳でもない。
 状況は既に詰んでいた。そしてその先も大凡見当が付く。
 無謀と呼ばれるほど我武者羅に、前線に立ち続けてきた美散だ。戦場の気配には相応に敏い。
 これは負け戦だ。全てを護り、全てを救うには、足り無い物が多過ぎた。
 誰かが鬼へ変じた子供を殺し、そして騎士は彼らと対立する――その、必然。
 世界を護るでなく、命を護るでなく、全てを護ると言う根源的矛盾。理想と言う名の死神が、彼らを殺す。
 ――拳を、握る。凍て付いた指先が罅割れる。
 空も見えない地下の牢獄。眼前には未だ息の在る子供達。そして、絶体絶命とすら言える戦況。
 奇妙な事に漏れそうになった笑いを噛み締める。
 ああ、今日は良い日だ。
「……真白は無視して良いと言っていたが、な」
 出来る事がある。このどうしようもない袋小路で。
 子供達にしてやれる事が在る。己が力で“全てを救える”と言うのなら。
「やりもしない内に諦めるのは性に合わん」

「だめ」
 間近に居たから、そればかりではない。より終端に近しい霧香には分かってしまった。
 焦げ付く様な、ひり付く様な、張り詰めた死の香り。
 『道化師』には分からない。運命の祝福を噛み砕き、ボロボロになって這いずり失って壊れながら足掻いてきた。
 彼ら、彼女らにしか、分からない。赤い槍にゆらめく陽炎が。身体に張り付いた氷が融けて行く様が。
 何を燃料として、何を焼き尽くして、今、この場で燃え盛ろうとしているのか。
「――後悔は、しないんだな」
「愚問だ。お前は盾になれば良い。俺は――」
 何所か遠くで、歯車が噛み合う音が聞こえた。美散の体躯に火が灯る。
「俺は、刃となる」
 灼熱する魂は刹那すら置き去りに疾駆する。其は決定された運命を覆す“歪曲する運命の黙示録”
 手にした一振りの槍は炎を灯し平常に数倍する距離をも零へと変える。
 振り抜かれた一撃を、『道化師』が視界に捉えるよりも早く。槍の穂先が身体を跳ねさせた子供を穿つ。
 祝福を燃やし、発火した魂が今正に浸透を始めた筈の憑鬼のみを焼き尽くす。
 それはまるで、御伽噺の様な奇蹟。
 それはけれど、一人の男が抱き続けた理想の顕現。
 道具などいらない。補強など必要ない。人はただそれだけで己の願いを実現出来る。
「……ハ、ハ、何だイそれハ。反則だロウ」
「いいや、俺はただの戦闘狂だがな」
 『道化師』の言葉は精彩を欠き、それをすら火種に狂える戦刃が動き出す。
 ちりちりと、現実と幻想の境界線を超えながら、ただ戦う為だけに鍛え上げられた命が貴く咆哮する。
「世界が理不尽である限り、ソレに抗う者が現れる」
 それは物語に終焉を打つ、御都合主義の英雄(デウス・エクス・マキナ)の如く。
「必ずだ」
 それは悪夢を貫き穿つ、ただ一本の楔の如く。
「俺達(リベリスタ)が居なくなる事は、無い」
 散りうる様とて尚美しき華として。
 ――――宵咲の刃は、闇の中でこそ咲き誇る。

「馬鹿が多いとは思ってたけど……」
 歯噛みする、自由にならないその体躯。こじりの眼前で発火する男が道化へ追い縋る。
 霧香が氷の呪縛を越え、刃を片手に切り込みを掛けるも、美散はそれに更に先行する。
 流石に直撃を受けては不味いと判断したか、一撃、二撃。赤い槍が幻影を貫く。だがそれで打ち止めだ。
 腰溜めに構えた刀の感触を確かめる。悔しい。不甲斐ない。辛い。苦しい。哀しい。
 元々心の修練に長じていない、霧香の感情は千々に乱れる。けれど、それでも、この好機を無駄に出来る筈がない。
「あたしだって、いつ折れるか判らない」
 だから何時だって、その一閃は命懸けの一撃だ。疾く、速く、雷光の如く。
「けどだからって絶望なんかに――お前如きに、惑わされない!」
 振り抜いた一撃は音速を越え突き刺さる。捉える。実像である『道化師』を。
「――ッ、冗談ジャ、無い!」
 振り上げた手。空には血色に染まった不吉の月。赤い呪いが周囲を飲み込む。
 子供達を、雷音を庇う『守護騎士』の鎧に亀裂が入る。重い一撃がこじりの余力を抉り取る。
 だが、それとて霧香を、美散を止めるには未だ足りない。
「冗談じゃナイ何だコレは! 馬鹿じゃナイのカイ、アンまりダ! 僕ノ会心の喜劇ガ台」
「やかましい」
 一喝したのはピンク色の少女。紫紺の瞳を燃やして牙を剥く。
 彼女は怒っていた。心底から、怒っていたのだ。
「まったく、これだから男って奴は……」
 痛みを堪える様な、富子の声に心の内で頷く。そうだ、自分勝手甚だしい。
 皆美学とか拘りとか信念とか理想とか、そんな物の為に命を賭ける。魂を燃やす。
 そうして残された方の気持ちなんて考えない。
 家族が消えるのが。一人で灯す蝋燭が。生誕を祝う日に居て当たり前の影が無いのがどれだけ寂しいか。
 喪われて行く命を看取るのが、どれ程重いのか、考えてなんてくれはしない。
「あたしはね、この目の黒い内は、もう誰も死なせやしないよ」
「叶わぬ夢を追う愚かさも、諦めることの弱さも知ってる、でも」
 奥歯を噛み締め、朱月を描く。『道化師」の声は不快以外の何物でもない。
 そうやって、美学だ喜劇だ筋書きだ運命だ何て言って、それが彼女の大切な物を奪って行ったのだ。

 かちり。
 どこか遠く。命を、祈りを、運命を賭したその願いに僅か、歯車が狂う。
 
 ちゃぷりと音。足元は赤。彼女と彼女の仲間達が作り上げた特製の血溜まりだ。
 幾ら姿を隠そうが、どれ程巧妙に存在を消そうが運命すら流し込んだ決死の罠からは逃れられない。
 波紋、足跡、血の香り。何も見えない聞こえない。けれど何処に居るかは丸見えだ。
 幾ら『拒絶』されようが、もう逃がさない。
「あんたが、それを嘲笑うな――!」
 惨劇の月光が地を照らす。煌々と、赤々と。其処に浮かび上がった不吉の影が――『狼』達の命運を指し示していた。

●悪夢のオワリ―Dead End―
 癒しの光が降り注ぐ。守護の騎士が向けた訝しげな視線を受け、アリステアが苦笑する。
 上手に笑う事が難しい。眼前の光景を直視したならば。
 全員で、無事に帰りたかった。皆を待っている人が居る。
 最後は笑って終わりたかった。本当に、全てを守り抜けたなら。でも、そうだとしても。
「私は、あなたに倒れてほしくない」
 その存在は、いつか世界を苛むのだとしても。
 それでももう、これ以上悲しいのは嫌だと思ってしまうのは、甘えだろうか。
「だから回復するの。一緒にがんばろ?」
 きっと、それは他の誰にも言えない言葉。ほんの僅かに苦笑いを返した騎士は、守護者として其処に在る。
「大嫌いよ、貴方みたいなの」
 陽炎を纏った赤い刃。既にそれが何で在るのかすら分からない。
 それを揮う人影の周囲を覆う炎。それが祝福と呼ばれる存在その物を削っているのは明白だ。
 軌跡を描き幻像を喰らう奇蹟が『道化師』の優位を消し飛ばす。戦斧を揮い、そこに手応えを感じながら。
 何所か虚しく響く声音でこじりが吐き捨てる。
 理想を追い求める人間の末路何てこんな物。それは砂を噛む様な実感だ。
「女は男より現実的なのよ。それなのに、貴方たちと来たらいつだって」
 いつだって、理想とか浪漫とか希望とか、そんな御伽噺に、夢物語に、戯れ事に憧れて。
 格好ばかりつけて、地に足を付けないで、血に足跡ばかり遺して無茶をするのだ。
「貴方は貴方の思う『理想」を貫けば良い」
 でも、覚悟しておけと、思うのだ。
「でも私は私の『現実」で、私にとってのハッピーエンドを掻っ攫うわ」
 『貴方』が出来ない、『貴方」に足りない、それを私が補ってみせる。
 その想いは果たして何所へ向けられた物か。
 けれど続け様に放たれる斬撃、その妄執にも等しい鋭さを見て、一体誰が否やと言えるだろう。
「――ヒとツ、聞いテも良いカナ」
 罅割れた仮面。擦り切れた燕尾服。そして切り刻まれた四肢。
 一度流れた優位を覆す事は、『道化師」には叶わない。彼は舞台演出家だ。
 圧倒的に優位な、どう転んでも決して敗北はしないだろう戦場で堅実に勝利する。
 その一点に特化している以上、これは最後の嫌がらせに過ぎない。

「君達ハ、本気で自分達ガ世界を救えルと思ッテ居るのカイ?」 
 神の息吹が不吉を祓う。光を放つ両翼をはためかせ、富子が頭を振る。
「世界、何て御大層なことは考えちゃいないよ」
 彼女の眼の届く場所は、決して広くなどない。手の届く場所は、より狭いだろう。
 けれどだからこそ、彼女にしか出来ないことがある。
「それでも、美味しいもんを腹一杯食べさせれば皆笑顔になってくれる。
 そいつは、この手で掴んだ幸せって言えるんじゃないかい?」
 果たして、彼がその答えを予期していたかどうか等この場合関係がない。
 『道化』は喉を鳴らす様にして、一歩後ろへ退いた。恐らくは、声もなく笑いながら。
「道化師よ――お前の正義とは何だ」
 龍治の問い、同時に放たれた銃弾が突き刺さり、罅割れた仮面が壊れて落ちる。
 口元だけを歪めた『歪曲道化師』が礼の様な仕草を取る。
「そレハ、君達で突キ止めルと良イ。けレド確約しよウ』
 星が降る。静かに降る。指先は真っ直ぐに揺らぐ事無く。
 傷だらけの身体を立たせているのは守護を担う青年だ。
「君達ノやリ方ジャ何も救えナイ」
 一つだけでは、足りなくとも。二つでも尚不足だろうと。十も束ねれば、それは。
「偽りの『絶望』。けれどお前は本物の『悪意』だ」
 きっと、英雄と言う名にすら負けはしない。
「それでもボクは、ボク達は、そんな『悪意』には飲み込まれない。蝕まれない」
 背には30の命。守護の騎士とその似姿を控えさせ、英雄見習いは悪夢に終止符を打つ。
「悪夢よ、終われ」
 星は結末を示し、道化は最後の最期まで不吉と共に舞い踊る。
「ハ、ハ、ハ――――――まァ、精々頑張るト良いヨ」
 ぱきんと。小さなコインが拉げる様な音を残し、悪夢の道化は幻想へと融ける。
 役割を終えた役者が幕を退く様に、静かに。ただ、静かに。

 そして陽炎は、其処に居た。

 未だ消え去ってはいない。けれどちりちりと、ちりちりと。
 その体躯が焼かれているのは良く分かる。見て取れる。けれど――未だ消えてはいない。
「それで」
 牢獄に背を預けた銀の騎士の声に、リベリスタ達が視線を向ける。
 彼は見ていた。刃を名乗るそれの有り様を。それが護り抜いた者達を。
 運命を覆す奇蹟の代償に、それが何を捧げたのかを。
「ここが、お前達の限界か?」
 誰かを犠牲に、何かを代償に、より大勢を救う。それでは全ては護れない。
 自らを武器に例えたその男を、敬意と共に騎士は見送る。自らもまた盾であればこそ。
 けれど、それでは何も変わらない。
 けれど、それではきっと届かない。
 故に、『理想』とは死神でしかない。その果てに挫折しかないのであれば。
「守護騎士よ、お前の正義とは何だ」
 龍治には、その騎士が全てを受け入れている様には見えなかった。
 だからこそ問う。彼は別段善き者で在ろうと思ってはいない。
 その在り方は職業人だ。役割を果たす事を良しとする。それでもその問いが、何故か必要と思ったのだ。
「――正義、か」
 答えは無い。彼は装置だ。与えられた理想を遂行する。ただその為だけの存在。
 何が善で、悪で、だからどうと言う訳ではない。護るべきだから、護るだけ。装置は、人ではないのだから。
「……美散、ボクは嫌なのだ。こんな」
 雷音が陽炎へ手を伸ばす。祝福されたその身に、奇蹟の火種は灯らない。
「快。ボクらは、無力なのか?」
 項垂れた青年へ少女が問う。龍治が騎士へと問いかけた様に。

「俺は……」
「私は――こんな結末は、認めない」
 拳を握って、杏樹が呻く。こんな終わり方じゃ駄目だと天井を仰ぐ。
「全ての子羊と狩人に……安息も、安寧もいらない。神様なんかに、持っていかせやしない!」
 陽炎の手を引く。ピンク髪の少女が強く、強く。
「受け継がれていけば、それが滅びることは決してない。理想ってきっとそういう物。
 次があるから。次があるけど。次が――例え、有るのだとしても。
「でも、結局、私もあの馬鹿兄の妹みたいなのよね」
 それでも、今この瞬間の奇蹟を願ってしまうから。
「……約束が一杯あるんだ。大切な人達との、大切な約束が」
 霧香が手を翳す。口だった筈の場所に手を伸ばす。護られてばかり何て嫌だ。
 護れる位強くなりたい。例えそれが、身も心もボロボロにすり減らす結果を産むのだとしても。
「美散にだって、あるよね」
 彼のことを然程知ってる訳じゃない。けれどその生き様は彼女の想い人そっくりで。
 だからそうであって欲しいと、願う。満足の行く死は尊いのかもしれない。それでも、だとしても。
「必ず皆で生きて帰ろう」
「絶対に、誰も死なせやしないよ!」
 アリステアが、富子が言葉を継ぐ。帰ろう。一緒に。でないと嘘だ。
 きっと誰かが待っている。死んで良い、人なんて居ない。癒しの息吹が空間を満たす。
「勘違いしないでよ、他人の命なんてどうでも良いんだから」
 空いたもう片方の手を、こじりが掴む。消えさせないと言う様に。
 奇蹟を祈る事は無償ではない。失われる物は確かに其処にある。届くかすら分からない。
 けれど。
「なあ、見ているか」
 既に背を向けた騎士へ、青年が問う。互いに、互いを見てすらいない。
「俺の力はきっとお前に及ばない。けれど、『装置』に願いを委ねる人は居ない」
 不確実で、理不尽で、不条理で、どうしようもない奇蹟。
 そんな、形すらない物掴む事が出来るのは、多分『装置』ではないのだろう。
「だから、この理想がたとえ届かないものだとしても」 
 悪夢は終わる。その最後の一瞬に、毀れ落ちた祝福を。
「俺は、人で在り続けるよ」
 陽炎が晴れる。

「――――――――ああ」
 ほんの僅かだけ、狂った歯車。
「また、死に損なうとはな」
 からんと落ちた、槍の音。

 言葉も残さず、騎士は去る。
 赤き刃を受け止める、ほんの小さな奇蹟を背に負いながら。
 眠る子供達は誰も穏やかに、沸いた歓声は悪意に満ちた夢すらも吹き散らす。

 けれど全ての幕を閉ざすには――未だ、幾許かの時間が必要だった。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
参加者の皆様、お待たせ致しました。
ハードEXシナリオ『<裏野部>Bad End Dream D Side』をお届け致します。
この様な結末に到りましたが、如何でしたでしょうか。

ギリギリでした。原因は作中に込めさせて頂きました。
戦闘シナリオでは能力もさる事ながら、行動順と隊列。
火線の分散等は戦い方その物を左右します。
また、どんな場合も善意をもって接して来る相手には善意が、
悪意をもって接して来る相手には悪意が有る事に御注意下さい。
MVPは、その戦況を覆した宵咲美散さん。
刃と言う銘に相応しい苛烈にして果断、けれど冷静な判断お見事でした。

この度は御参加ありがとうございます、またの機会にお逢い致しましょう。