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曰く、魔術組織ハーオスによる使徒招来


「さて、『ハーオスの魔術師』をご存知かしら」
 ブリーフィングルームに集まったリベリスタを見回して『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は問う。
『ハーオスの魔術師』。一世紀前にロシアで活動していたといわれる魔術組織だ。魔術組織――そう言ってしまえば崇高な者に思えるが、言い変えてしまえばロシアを拠点としたフィクサードでしかない。
「彼らは一世紀前に起こした『神秘事件』の再来を日本で――『極東の空白地帯』で起こそうとしているわ。
 ……一世紀の時を必要とした理由は単純に、彼らも神秘事件で被害を被っていたからね」
 何かを為すにはそれと相当の『対価』が必要となる。彼らの場合、その対価が人命だった。魔術組織を構成する面々が命を賭けたソレで組織は壊滅状態に陥り、100年の時を掛け復興したのだろう。
「神秘事件、ツングースカ・バタフライ……か」
 その言葉に世恋は頷く。ロシアで起きたといわれるツングースカ大爆発。一般論ではガスやマイクロブラックホール等と言われているが、事実はあるアザーバイドのフォールダウンの痕跡なのだ。
 フォールダウンの痕跡。その言葉にリベリスタは顔を上げる。
 この中には『フォールダウンの傷痕』を、13年前のあの日の傷跡を抱えてる者も居るのだ。
「……このままなら、もう一度、同じ事が起こる。小規模であれど、被害が出る事に違いはないわ」
 どうか、止めて欲しいと予見者は紡ぐ。
 モニターに映し出されたのは東京に存在する広大な自然公園だ。数ヶ月前に『ハーオスの魔術師』が『混沌の使者』というアザーバイドを召喚しようとしていた現場と同じ場所である。
「この場所、丁度『混沌の使者』が招来しやすい地形らしいの。
 ――さて、お願いしたいのはこの使者の招来阻止。魔術集団だけならまだしも、其れをサポートする日本人が存在しているの。其れが非常に厄介……サポートだけならまだしも当人の思惑が分からないという所からしても厄介」
 眉間に皺を寄せ溜め息を吐いた世恋にリベリスタは首を傾げる。
 尤も、一部のリベリスタに至っては「あいつか」と協力者を思い浮かべて呆れを浮かべているが。
「協力者は日本の主流七派、逆凪に所属しているフィクサード。
 儀式には逆凪フィクサードが協力して、彼らの援助をしているの」
「で、その協力者の名前は」
 うんざりしたように聞くリベリスタに予見者も困った様に首を傾げて、紡ぐ。
「――逆凪分家。凪聖四郎」


 円卓を囲む黒フードの男の前に座り凪聖四郎は表情を緩めないまま、ハーオスよと問いかけた。
「――もう一度取引を行う気はないかい?」
『取引』。それは凪聖四郎が彼の愛しの恋人、六道の姫君の六道紫杏の為に行った取引だ。
 彼らの呼びだすアザーバイドを紫杏の研究材料に、と恋人へのプレゼントにとしようとした取引。
 ――だが、其れは終わったことではないのか。思惑が分からない魔術師達は困惑をその顔に浮かべながら凪聖四郎の名前を呼ぶ。忌むべき『凪』の名前。世は逆凪でなければならない。凪ぐだけでは面白くないのだ。
「……巷では凪のプリンス、と呼ばれてるそうではないですか」
 皮肉も皮肉だった。一度は逆凪当主、逆凪黒覇にその実力を『或る程度』買われ二番目の地位を宛がわれたが、其れも『人望熱い義兄の部下』達の働きでなかった事にされている。
「ああ、プリンス凪とでも呼ぶかい?」
 唯の『凪』でしかない聖四郎は皮肉には応じずに水晶玉を差し出した。禍々しい雰囲気すら感じる其れ。
 一度、瞬きを挟み魔術師は問う。
「それは?」
「一度収集した君達の麗しの姫――使徒のデータを解析し、制御できるようにしたアーティファクトだ。勿論、俺の紫杏が作ったものだから効果はお墨付きだ。
 君達が俺との『取引』を成立させたら、此れを差し上げよう」
「万能薬がこの世に在るとは思いませんな」
 その言葉に頷いて、制約は有るだろうと目を向ける。けれど、可能性としては十分だ。本当に成し遂げたいのなればハイリスクであれど、僅かなリターンにも手を伸ばすだろう。
「今回は俺も援助しよう。逆凪のバックアップを与える代わりに君達には、目的を達成してほしい」
 利口な男が、アークを敵に回す様なリスクを作りながらも利益を求めない筈がない。
「それで、取引と言うのは――?」
 聖四郎は言葉を紡ぐ。
 その言葉にハーオスは頷き笑った。
 息を、吐く。虹色に煌めく瞳を細めて男は笑う。
「それにね、俺は知りたいんだよ。この世の神秘を。何、ちょっとした知的好奇心さ」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:椿しいな  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年12月12日(水)23:15
こんにちは、椿しいなです。
事件は突然に。
当シナリオは『<逆凪>ハーオスとの邂逅 』『ハーオスの強行』『<六道紫杏>ハーオスとの取引』の流れを汲んでおりますがご存じなくてもお楽しみ頂けます。

●Danger!
 このシナリオはフェイトの残量に拠らない死亡判定の可能性があります。
 参加の際はくれぐれもご注意下さい。

●成功条件
『混沌の使者』の招来阻止、または『使者』の殲滅

●場所情報
東京某所。公園内の多目的広場で儀式はおこなわれます。
儀式場所は大きな風力発電塔が目印の見晴らしの良い場所です。
時刻は深夜、光源等は月明かりや周辺の電灯で確保されています。急行した場合は儀式前に戦場に到着できます。

●混沌の使者と招来儀式
アザーバイド『混沌の使者』を呼びだす為の招来儀式です。大きな魔法陣の上に魔術師が向き合って立ち呪文を唱える神秘的なもの。
儀式の成立には時間にして約20Tを要します。
また『混沌の使者』の力は未知数ですが、アザーバイドであるため、その力が強大である事は確かです。

●『ハーオスの魔術師』チェレンチー
●『ハーオスの魔術師』アレーク
二人ともジーニアス×マグメイガス。
一世紀前、ロシアで名を知らしめたという魔術組織の一人。黒いローブを纏った老人。
リベリスタとの戦闘が儀式前、儀式後であれば戦闘に応じ、儀式中であれば戦闘に応じず儀式を継続させます。

●逆凪のフィクサード『継澤イナミ』
かなりの実力者で凪聖四郎の側近の一人で性別不明。ビーストハーフ×デュランダル。
凪とは直接連絡を取る事ができ、凪の言う事には従順です。
ハーオスの援助を第一としています。

●逆凪のフィクサード『久慈クロム』
凪聖四郎の側近の一人。ヴァンパイア×レイザータクト。戦闘指揮Lv.3。
主に情報収集などをメインに動いています。
(初登場時『<混沌組曲・序>ヴァイオリニストは愛を奏でる』で楽団に襲われ居た逆凪フィクサードの一人です)

●逆凪のフィクサード×6
ジョブ、種族は雑多。基本はイナミの指示に従い戦闘を行います。
凪聖四郎の命を受けチェレンチーとアレークの儀式の補助を行います。
魔術師に命の危険が生じた場合は彼らを連れて戦場を離脱する事を優先します。

●六道のフィクサード×4
ジョブ、種族は雑多。逆凪のフィクサードの混じって儀式のデータを収集しているフィクサードです。
凪聖四郎が六道紫杏から貸してもらった研究員です。

●凪聖四郎
逆凪分家。逆凪当主・逆凪黒覇の義弟にあたる青年。
『何らかの目的』の為にハーオス達にも力を貸しているようです。当人は現場にはおらず、自身の部下らから情報を集めています。

凪、ハーオス共に次の展開なのです。
どうぞ、宜しくお願いします。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
クロスイージス
アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)
デュランダル
鬼蔭 虎鐵(BNE000034)
クリミナルスタア
エナーシア・ガトリング(BNE000422)
ソードミラージュ
リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)
ナイトクリーク
リル・リトル・リトル(BNE001146)
プロアデプト
イスカリオテ・ディ・カリオストロ(BNE001224)
マグメイガス
風宮 悠月(BNE001450)
ソードミラージュ
鴉魔・終(BNE002283)

劉・星龍(BNE002481)
デュランダル
蜂須賀 冴(BNE002536)


 からから――

 風車が廻る。公園の多目的広場に立っている風車が廻る。
 深夜のその場所に在る影は、不吉のみ。


 頬を撫でる風はやけに冷たかった。
 冬だからか、深夜であるからか。季節、時刻、その他全てを合わせたとしても体感する風は異様な冷気を保って居た様にも思える。
「――寒い。こんな忙しい時期に活動再開とか……、全く益体もないのだわ」
 溜め息とともに吐き出された『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)ぼやきはご尤もだ。
『箱舟』は忙しい。外より来襲したバロックナイツ『福音の指揮者』ケイオス・“コンダクター”・カントーリオと楽団への対応に追われる中でも、フィクサード主流七派の動きも活発なのだ。
 六道の姫君たる天才『六道紫杏』の研究や黄泉ヶ辻の迷い子『黄泉ヶ辻糾未』たる縁者達だけではなく彼らをも率いる七派の当主達も何やら不穏な気配を漂わせている。
「凪聖四郎……」
『デモンスリンガー』劉・星龍(BNE002481)が煙草の煙と共に吐き出した名前こそ『凪』ではあるが、紛れもなく主流七派の一つ、全てを含む伏魔殿たる最大手『逆凪』の縁者だ。
「凪ですか。……凪の言葉ではないのですが」
 小さく息を吐く。『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)の静謐を湛えた黒き瞳はこの公園――夏際に儀式を行った東京に存在する海浜公園――の多目的広場に存在する大きな風車を見据えた。
「確かに興味深い。歴史ある魔術結社の秘儀……異世界の上位存在を召喚する儀式魔術。知りたくもあります」
 魔術師である悠月にとっては興味深いものなのだろう。凪聖四郎が求める『神秘』は彼女にとってもとても興味深く、目にしてみたいものなのかもしれない。
 一度問いかけた。彼の目的とは何か、と。
「覆いかぶさる影が――『あの男』が何を考えているかは兎も角、私達は防がなければなりません」
 彼女は月だ。この公園を照らす煌めく金。差し込む金を隠すが如く雲が覆いかぶさった。彼女の黒い姿は影を落とす。
 表情は、隠される。黒き瞳は笑わない。淡々と紡がれる言葉に浮かぶ感情は何色だろうか。

 ――もう、見送ることしかできなかった『あの時』とは違うでしょう。

「防ぎましょう。……『この国』で、私達の前で、二度と為してはならないのです」
 混沌の王に至る道を。その、茨に覆われた道を行き止まりでなければならない。頷きを漏らし、困った様に『原罪の蛇』イスカリオテ・ディ・カリオストロ(BNE001224)は髪を掻き上げた。
『神秘』が絡むとなれば、興味深い。自身の過去を思い出す。我武者羅に神秘を探究し、集めたあの時。
 今は、祖国の為に集めるのではない――自身の為だ。それなれば、祖国を捨てた身なれど捨ておく事など出来まい。遺産管理局局員の端くれであったのだから。自身はそれを『視』なければならない。
「その神秘も、奇蹟も、根こそぎにさせていただきましょう」
 遺産管理局研究報告書の頁には刻まれていない神秘。
 眼鏡の奥で赤い瞳が細められる。
 神秘、強大なる存在。知り得ない多いなる存在に、緊張が走る。何かを喋ろうと口を開きかけたエナーシアに向かって、落ちついた騎士の声がかかる。
「……E・M・Pの称号の下、頑張りましょう」
 エナーシア・マジ・プリティ!
『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)の一言にくすくすと笑い声が上がり、緊張を浮かべていたエナーシアが頭を抱える。うぎぎ、なんて声を漏らすその姿は幼い少女のようにも思えた。
 度の過ぎる緊張は己の力を最大限に発揮するには、向かない。適度な緊張感が必要となるのだ。
「言いたくなって、言わなければもやもやするでござる。エナーシアかわいいでござるな」
「うぎぎぎっ!」
 なんて、リベリスタ達はブリーフィングルームで行ったやりとりと変わらぬ『何時も通り』の日常を送っていた。悠月が優しげに眼を細めて「うっかりエナーシアさん」と笑う。
 だが、此処が戦場に向かう一歩手前だという事が、目の前の冬の風に廻る風車で思い出された。
「しかし、混沌の使者を呼びだすでござるか……」
 どういう奴なのかと『自称・雷音の夫』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)は困った表情を浮かべる。上位世界の住民であるアザーバイド。その中でも『王』とまでも称される存在が居る。
 高位な存在はボトムチャンネルの住民たちに痛みを齎す事がよくある。1909年にロシアで起こったツングースカ・バタフライだってそうだ。
 被害はツングースカ大爆発を引き起こした『ハーオス』と呼ばれる魔術集団の中では大きかったのだろう。その時活動していた主だった魔術師たちは大爆発――若しくは召喚の何らかの作用――に巻き込まれて死に絶えてしまっている。真実を知るものは誰も居ないのだ。
 粗方、調べ物を済ませ、ハーオスとの幾度目かの逢瀬に臨む『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)は常に浮かべた微笑のまま不思議だね、と笑う。「><」なんて顔文字が語尾について居そうな程に楽しげな終の笑みが一度、消える。
「一般人からしたらさ、ツングースカバタフライって唯のミステリーなんだよね」
「ミステリーでござるか」
 虎鐡が顔を上げる。疑問を浮かべた木の実の様な橙色を受けて、終は書庫やインターネットで手に入れた情報を並べていく。
 ツングースカ大爆発は現在においても解明されていない神秘事件だ。

 ――”神秘は隠匿すべき”――

 その常識の下、一般人たちは魔術師が、アザーバイドが、などとは言わない。曰く、彗星説。曰く、ガク噴説、曰く、バイクロブラックホール説。様々な考察が様々な科学者の下で『そうであるか』の如く語られている。強烈な爆発の後、残ったものがまるで翅を広げた蝶々の様であったことから『ツングースカ・バタフライ』と呼ばれているのだ。
 まるで翅を広げた蝶々。引き起こしたアザーバイド『混沌の王』はその痕を残し何処かへ消えた。飛びだったのだ。人智を超えた何ものかである事を示す様に、彼らの前から、あっけなく。
「怖い事件だよねっ!」
「うむ、アザーバイドはこの世界を壊す。阻止、させて貰うぜよ」
 何が為か。嗚呼、そんな物決まっている。護るべきは娘と息子だ。愛らしく、優しい愛娘。鮮やかな翡翠の瞳を向けて、共に出かけて微笑みかけてくれる可愛い小さな自分の『王』。
『虎鐡!』
 ――それを、護らない訳がないだろう。
 誰かがその想いを下に動くなれば、其れは魔術師達だって同じだろう。虎鐡がこの世界を守る為にだというなれば。
「真理を探究する者が魔術師、か」
 呼び出される混沌は、その思考回路さえも深みへと連れ去ってしまいそうだというのに。如何なる『真理』を目指すというのか。息を吐いてアラストールは鮮やかな新緑と空色を細めて、祈りの鞘に収めたブロードソードに触れる。
 彼らが求める真理に理解はできなかった。万人受けするものなどこの世界には存在していない。騎士道を重んじるアラストールの信じる道も、『ハーオスの魔術師』が目指す真理の道さえも。
「……相容れぬなら、閉ざすのみ」
 相反する感情は時に感情を殺すらしい。それは、彼らを倒すという思惑。目的は只一つ。
「魔術師二名を、この手で――」
 強い風が吹いた。瞬いて、『斬人斬魔』蜂須賀 冴(BNE002536)の目の前に存在する『敵』の姿に彼女は剣に手を添えた。
 魔法陣の上に黒いフードの魔術師が立っているだなんてちょっとしたファンタジーや、ドラマ見たいじゃない?
 何処かで、誰かがそう言った気がした。
 嗚呼、それでもこれは紛れもない現実だから。鬼丸を手に冴は眼を細める。
 此れがアニメーションでもドラマでもない。それが、ドラマやアニメだったら、ちょっとしたムービースターだ。虎鐵は自身の子の顔を思い浮かべる。ヒーローを目指す息子に、兄を目指す心優しき娘。
 ――これって、ちょっとしたファンタジーやドラマみたいじゃない?
 その言葉に囚われる気がする。其れに拘泥してしまってはいけない。
 だからこそ、少女は、冴は自身の誇りに非ず。義務に非ず。愉快に非ず。ただ、『正義を為す』為に――自身の生きるその道が為に。
「蜂須賀弐現流、蜂須賀 冴。参ります」


 魔術師達が位置につく。儀式が始まったのだと直感が告げた。『瞬神光狐』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)は色違いの瞳を細める。口ずさむのは故郷の歌だ。
 ――さあ、風も、時を越え、加速せよ!
 だん、と地面を蹴った。体内のギアが加速する。魔力のナイフを握りしめたままに真っ直ぐに狙う魔術師。
「いくぜハーオス! リュミエール・ノルティア・ユーティライネン・リトヴァクが相手ダ!」
 ぎん、と魔力のナイフが日本刀とぶつかった。ハーオスの魔術師を庇う様に立ちはだかったフィクサードはゆるりと笑う。
「逆凪――いいえ、『直刃』の継澤イナミ。参ります」
 切りそろえられた黒い髪が揺れる。腰にも掛かる長い黒髪。『直刃』というのは何だろうか、瞬間的に思考を行ったリュミエールの隣、すり抜ける様に踊り子が顔を出す。
 一歩踏み出して、其れはダンスの始まり。二歩目、指先は地面を弾く。ふわりと浮きあがる様に『Line of dance』リル・リトル・リトル(BNE001146)はLoDを握りしめたまま、逆凪のフィクサードへ向けてその凍てつくタンバリンは振るわれる。
「まるでチェス盤の上ッスよ」
 駒だ。黒と白。チェックメイトには未だ遠い。余裕ぶった笑みが脳裏によぎる気がする。嗚呼、癪に触る。
 魅せる様に、踊り子の衣装が揺れる。リルは目の前の敵へと――チェス盤の上の駒へとゆるりと微笑んだ。
「そろそろ番狂わせでひっくり返してあげるッス」
「ゲームは先が見えぬ方が、いいで御座ろう? 切り開く……!」
 真打・鬼影兼久を手にして虎鐡が走り込む。リルが抑えるフィクサードではない、別の逆凪のフィクサードへと接近し、一閃す。
 振るわれる其れは彼らの背後に控えている仲間達がハーオスの魔術師の元へ迎える様に道を切り開く為のものだ。虎鐡の強烈な刃の衝撃に、仰け反りはするが、吹き飛ばれるまでは届かない。
 かっ、と周囲に広まった閃光にリュミエールが目を細める。神秘の閃光弾。投擲される其れは久慈クロムのものだろう。
「邪魔をする気か」
「ええ、邪魔を」
 する気しかないと悠月は笑う。白い指先が捲くる朔望の書。月の満ち欠けを、銀の車輪が動く様。魔術師たち遺した夢の欠片を彼女の指先がなぞる。
「――させていただきます。久慈クロム」
 探求し、追及する為にこの場に居る久慈という男と、その探究心を胸に抱きながら二度とは成させる訳には行けないと運命を追求する悠月。白鷺の羽根がまるで雪の様に舞う。ぶわ、と周囲を包み込む無数の氷の刃は魔術師たちを狙って刻みつけられる。だが、其れを庇う六道の存在に気付き目を細めた。
 何故、六道のフィクサードが四人いるか。其れは簡単だ。観察だけならこの『探求』し『追求』し、己の欲のまま学徒としての道を突き進む派閥の彼らであれば一人で十分だ。観察は一人でいいのだ。
 儀式を徹底して完成させる為。その為なれば、観察の為に存在する久慈クロムや六道のフィクサード達だって戦闘する事を恐れない。ましてや、魔術師たちが狙われているのだ。此処で、黙っている訳がない。
 だが、護衛が居たとしても、彼女は自身の攻撃自体を上手くいくとは思っていない――全ては次につなげるためだ。
 頭の中の回路がかちかちと音を立てている気がする。演算が脳内を廻る。双頭蛇のカソックを風に揺らしイスカリオテは遺産管理局研究報告書を手にしたままに、一歩踏み出した。
 魔法陣の周囲に布陣しているフィクサード達を狙って放つ攻撃を瞬時に選ぶ。未だ、その時ではない。あの砂蛇から奪った荒れ狂う砂嵐の出番ではなかった。
 神秘の光が、周囲を焼き払う。動きを阻害される仲間達を目に、此方も同じ事を――全ては魔術師を狙う為だ。全ての動きを止める等、あちらも此方も叶わない。
「ねえ、ハーオスさんたち。グレゴリーさんはどうしちゃったの?」
 笑みを浮かべて笑った終の脳の集中領域は素晴らしい域にまで発展している。澱み無き連撃で彼の前の前に立ちふさがる敵へと二刀のナイフを振るう。一手、そして二手。
 立ち塞がる者あらば、これを斬れ!
 彼の親愛なる友人が、ある意味での『盟主』の常の言葉だ。告げて、笑みを浮かべる。彼の声が届いたのだろうか、目は魔法陣から離さぬまま、魔術師は嗤う。
「さあ、どうだろうな」
「アヤツはアヤツなりに想う所があるだろう」
 ましてや、二度の失敗があったのだから。その言葉に終は頷く。二度の失敗を経て、ある意味『馴染み』になってしまっていた魔術師の姿は今、彼の目の前には無かった。
「任務解かれちゃった?? 奴はハーオスの中でも最弱。ハーオスの面汚しよ、とか言われちゃってるのかも!」
 笑みはあくまで薄めない。彼にとって護るべき物がある、進むべき物があるという信念があった訳でもない。特に、何かがあった訳でもない。
 けれど、望むものは沢山ある。死にたいと思うけれど、其れにだって、理由があるから、死にたい。
 折角死ぬなら、この命に少しでも価値がつけばいい。

 ――無価値だってさ、足掻いたら届くかもしれない。

 ハッピーエンドって、そういうものだよね?
 その信念の下、へらりと笑った死にたがりのピエロ。無価値、無意味、無味無臭。価値がないと己が己を定義してしまうなれば、その命に少しでも価値を与えられるように。
「俺が、切り開いてあげるから」
 へらり。笑みを浮かべる。彼の体に、リベリスタ達に降り注ぐ氷の雨。蝕む其れに対しても彼は唯、笑う。
 其れこそが、『ハッピーエンド』――望むエンディングは価値ある死!
 その祈りに呼応して、美しさを湛えたままに――美少女であり美少年である優しい美貌をに強き想いと浮かべたままに、祈りの鞘から引き抜いた剣を振るう。
 その目的は黒髪のフィクサード。髪が、はらりと散る。継澤イナミ。剣士たるイナミと、騎士たるアラストール。
「――貴公の相手は私だ。容易に抜けるとは思わぬ事だ」
「改めて名を。私は逆凪の、『直刃』の継澤イナミ。あなたの名は?」
「アークのアラストール・ロード・ナイトオブライエンだ。祈りこそが我が存在」
 相手として相応しい、互いがそう思ったなれば至上の戦いが其処で行われるだろう。互いが見つめ合い、先に動くのはアラストール。一点の曇りなき鮮烈な光はアラストールそのものだ。踏み込まれ、斬りこまれる。
 イナミの日本刀とぶつかる其れは、強烈な威力を放つ。輝きに瞬きを一つ、そして、そのまま踏み込む。刀が、触れあい続ける。
「ダシに使われるご老体ってのもどうかと思うのだわ。こんな忙しい時期に!」
 本隊から離れ廻り込む。部分遮蔽の其の奥で、小柄なエナーシアはその幼さを残す顔に似合わぬスナイパーの瞳で銃を構える。
「本命は他にあるんでしょうけれどッ! 手ぶらで帰って貰うわよ! Princeさん」
 笑い、放つのはバウンティダブルエス。神速の撃ち抜きは、弾丸は、フィクサード達を抉る。尤も狙える範囲に――だが、まだ庇い手の存在が邪魔をする。
 調べてきた航空写真の風景は全て叩き込んだ。併せ持った超直観が、六道のフィクサードへ向けられる。
「あなた――何がしたいのかしら」
 エナーシアの紫の瞳が細められる。鼻で笑うかの如く冷めた声音は冬の風の様に冷たい。
 銃火器の祝福たる『なんでも屋』の胸元で赤いネクタイが揺れる。嗚呼、神よ、我が創造主よ。世界は尤も素晴らしい。けれど、素晴らしさを穢すが如き影は許す事はできない。
 この世は不条理だ。この世は驚くべき残酷さを併せ持つ。優しさの中にある『よくある不幸』が浮き彫りになった時、エナーシアは容赦しない。
 銃弾が、重なる。エナーシアの放った銃弾とクロスするように、狙うのは星龍だ。ワン・オブ・サウザンドから放たれるスターライトシュートはエナーシアの事前報告のお陰か、より多くの敵を狙う。
 ――だが、此方の斜線が通るという事は敵も同じだ。放たれる銃弾が星龍の体を抉る。
 弾丸をすりぬけて、冴は踏み込んだ。出来うる限り此処で切り捨てる。黒い瞳が細められる。にたにたと後衛位置で笑みを浮かべているホーリーメイガスへと一直線だ。赤いスカーフが揺れる。短く切りそろえた風が揺れる。
 だん、と踏み込んで、鬼丸を振るう。
「はあああっ!!!」
 切っ先がホーリーメイガスの肩に食い込む。六道のフィクサードである事に気づき、冴は緩く唇を緩めた。
 凪聖四郎が『恋人』から借りた研究員。そうとなれば、凪聖四郎の目的を知っている可能性は高い。彼女にとっての世界の害悪は、目の前のものだけではない。

 ――等しく斬る。

 切っ掛けが、『無害』なノーフェイスが敵でない、等しく斬る事に迷いが生じる『片鱗』があった。心の変化に未だ、身体は順応していない。悪を倒し正義を為す。其れが全てだった、その為だけに己は此処にいる。
 この世界を崩界に導くものは等しく悪だった。切り捨てる他にない。
 私は。私だから。私であって。私でなければならない。――私は何だ。

 ――ただの、正義の二文字――

 その想いが侭にホーリーメイガスを斬り伏せる。全身全霊を込めて放つは生か死か。デッドオアアライブ。踏み込み切り伏せる。
 彼女の視界にちらりと見えるのは久慈クロムの笑みだ。戦況は互角と言っても良いだろう。ハーオスの魔術師たちはちょっとの怪我でも、負傷でも止まらない。己の命を掛けて儀式を完遂させるのだ。
 戦いが長く感じる。尤も、短い時間なのだ。瞬間の行いでしかない。3分20秒。瞬く間の戦闘は時間の戦いだ。
 イスカリオテの放つ砂嵐と悠月が放つ荒れ狂う雷をその身に撃たれてもハーオスの目線は魔法陣からは離れない。
 彼女らの隣でぐらりと星龍の体が揺れた。回復手である悠月とて余裕はない。トップランカーのリベリスタ達の攻撃にフィクサード達も倒れて行っている。時間に焦りを感じ始める。
 余力が尽きる前に――肩で息をするのはどちらも同じだ。
「エナーシアさん、協力願えますか?」
「OK、何でも屋『JaneDoeOfAllTrades』にお任せ願うのだわ!」
 エナーシアの放つ弾丸が、悠月の雷が、魔法陣へ向かって落とされる。続き、フィクサード達をすりぬけて、フィンランドとロシアの軍歌を口ずさむリュミエールは全身のギアをも加速させた。
「Ураааа!」
 歌声は、響く。ナイフを手に、彼女は狐の尻尾を揺らした。運命は一度支払った。その対価だ。でも、この機会を逃す訳にはいかない。
 悠月は告げていた。前回の儀式の事を。魔法陣は『何らかの魔力』でもあるのだろうか――定義されない『神秘』――それで破壊する事は難しくとも、妨害する為に陣そのものに影響を与えればよい。
 革醒者である魔術師たちの体はリベリスタ達と同じく頑丈だが、地面に用意された『陣』までもがそうと言う訳ではない。魔術師達を視界の端に捕えながらも彼女のナイフは光の飛沫を上げて地面へと付きたてられる。
 ――固い。
 エナーシアと悠月の攻撃によって乱される陣へと叩きつけられたナイフ。芸術的なそれに陣が歪む。魔術師の表情がやや、変化した。
 前回がそうであれば今回は対策をする。それはリベリスタ達も良く行うものだ。それが、フィクサードに出来ぬ訳が無い。ましてや、この布陣。逆凪だけではなく儀式を観測する六道も居る。
 陣は未だに光を放っている。唇を噛みんで、リルはLoDをフィクサードへと与える。ハイ・バー・チュン。革命を起こした英雄姉妹のその名前を持った拳を振るいこむ。死角ゼロ――踊り子のダンスは完璧だ。
「ダンスは澱みなく、くるりと綺麗に回る方がいいッスよね?」
 超直観と、仲間達の集めた情報が彼の脳内で整理されて行く。タクト(指揮)はできなくとも情報網は敷ける。
 リルが思い当る逆凪との取引は『水晶玉』の実験だろう。恐らくは、そう思う。けれど、確証が得られぬまま、視線を揺れ動かして水晶玉のありかを探す。
 ぐらりと体を揺らした逆凪の攻撃は鋭い。自身の痛みをおぞましい痛みに変えて、放たれる。蝕む其れが、リルの運命を燃やす。
「久慈クロム、凪聖四郎の目的とは一体何だ?」
 冴の目が細められる。クロムに向けられた言葉を耳にしながら、イナミは目の前のアラストールと剣を交えた。
 逆凪の乗っ取りか。バロックナイツとの神秘の接触か。どれも始まりであり手段だ。
 正義という二文字の為に生き抜いてきた少女の想う凪聖四郎は邪悪だ。邪悪で、敵である。
「目指すものは、なんだ」
 ぴくりと。イナミとクロムの肩が揺れた。
 臨む其れは『遠い』のだ。
「全ての、この世界の頂点――世界征服か」
 剣を握りしめる。最早、時間は残されてなかった。庇い手へ向けて放つ攻撃。
「我が名は蜂須賀 冴」
 我ながらに滑稽な言葉を口にしたものだとも思った。だが、冴の『正義』は踊らない。其処に根を張って、世界の為に剣を振るう。信念と言う名の誇りでも、こうあるべきだという大義名分の義務でもない。狡猾なまでに愉快を否定し、ただ、己を定義する。
 同類の白き娘の顔を思い出す。嗚呼、彼女は何と言ったか。
『わたくしは正義を貫くだけです』
 それは、冴とて同じだ。セーラー服が揺れる。頬から血が流れようと気にしない。早く。早く――早くしなければ、邪悪が生み出されてしまう。
 滑稽で、何とも子供じみた目的をもう一度問いかける。
「もしそうならば、凪聖四郎。貴様は私の不倶戴天の敵だ!」
 切っ先は庇い手へと向けられる。踏み込む、一歩踏み込んだ。
「チェストォォォォォオオ!」


 その場所を象徴するように、公園に建てられた武骨な風車がからからと廻る。
 嗚呼、そういえば、この公園は海が近かったのだろうか。海風が風車を回した。

 ――からから。

 なんて空虚な音だろう。唯の武骨な鉄の存在。触れれば掌に冬の寒さで冷やされたその温度が伝わるだろう。
 糸の備え付けられていない糸車。解けていく毛糸玉。風車はただ廻るのみ。

 からから―― 


 嗚呼、時間が惜しい――
「ねえ、君達は聖四郎さんが自力で召喚する為にここにいるの?」
 後衛位置にいる悠月達を庇うべく斜線を塞ぐ終自身も余裕がない。けれど、幾度となくハーオスに関わってきた彼だからこそ出来る事がある。
 応えない六道にナイフを突き立てる。動きを阻害して、仲間達が魔術師に向けて攻撃を放てる様にと懸命に動く。その身に、黒き鎖が巻き付く。終に、リュミエールに、虎鐡に。
 虎鐡は怯まない。此処で、召喚を許すわけにはいかないからだ。
 ――世界が壊れるなんて、ちょっとした御伽噺だ。
 そんな御伽噺、優しい愛娘の身に降りかからせてはいけない。
「イナミ! おぬし達は分かっているのでござるか? アザーバイドをこの世界に呼ぶ危険性を!」
 自身達の世界を崩界させてしまう痛ましい可能性を。息子や愛する娘の顔が浮かぶ。アラストールの齎す癒しは仲間達の行動を『可能』にさせていた。其れはフィクサードも同じだ。個々の力ではリベリスタらの方が上であるかもしれないが、数の差があった。
 数の差が、久慈クロムという指揮者と継澤イナミという司令塔の二人の存在が、フィクサードの行動をハッキリと位置付けていた。多少のばらつきが大きな『差』となった。
 幾人かが行動を阻害し、其の侭魔術師へ至る――それは正しい選択だったのだろう。現に魔術師たちの体も傷ついている。癒し手は後衛に居るのが定石だ。彼らを倒しきるにしてはリベリスタ達は前のめり過ぎた。
 互角だ。あと少しと言う所でイスカリオテの表情が歪む。
「――もう持ちませんよ!」
 その声に駆けだしたのはリュミエールだ。光の飛沫が、芸術だと定義してしまいたくなるような美しい一本筋の通った斬撃。それが魔術師の腹を裂く。血が出ても、二人の魔術師は動かない。
 鈍く光を放つ魔法陣へ踏み込んで虎鐡は真打・鬼影兼久を振るう。
「お主ら、其処をどけええええっ!!!」
 踏み込む、一閃する。チェレンチーの体が瞬間的に他の六道のフィクサードの元へと飛ばされる。ぶつかった其れに、アレークの目が見開かれる。
「ほら、惨めに使われた儘死にたくないならさっさと退く事ね! WageWorkers!」
 撃ちだされた弾丸がアレークの額を掠める。血が伝っても、彼らは動かない。癒し手を巻き込んだ荒れ狂う灼熱の熱砂は包み込む。荒れ狂う其れによってホーリーメイガスはその身を絶える他なかった。
 あと少しだと、アラストールは最後の一撃と言わんばかりに渾身の力を込める。傷だらけで、血だらけでも――許せないものがあるから。
「ハアアアッ!」
 イナミの腹を裂く。目を見開いて、仕返しと言わんばかりに撃ち合い。一閃する。どん、と木へとぶつけられた体にアラストールが息を吐く。上手く息ができずに胸が詰まる。
 魔術師の近くで癒しを齎し続ける悠月の指先で煌めく指輪が彼女を勇気づける。愛しい人の、愛らしい友人の、あの『厭らしい魔女』の顔が浮かぶ。
 ――嗚呼!

 足掻け、運命に手を伸ばす。縋るべき物には届かない。届きそうにも、ない。

「――いけません。もう……」
 時間だと、周囲を見回す。回復手の少ないリベリスタにとっては短期決戦を強いられていた。仲間達の傷の具合もそうだが、時間の猶予が無いと悠月は首を振る。
「チェレチーさん達は二人じゃないと召喚できないの?? グレゴリーさんは一人で召喚してたのに!」
 へらりと笑みを浮かべて、その言葉に傷を負いながらも厭らしい程の笑みを浮かべた魔術師は嗤う。終の目はバッドエンドを振り払う様に、細められた。
「ハーオスなんて弱小組織、聖四郎さんのいい踏み台だよね☆」
 その言葉に、逆凪のフィクサードは動きを止める。踏み台。嗚呼己たちもそうだろう。あの男は高みを目指すのだ。
『直刃』と告げたイナミの咽喉が震える。
 直刃――すぐは。日本刀の真っ直ぐな模様。筋の通る一つの物は自身を喰らう蛇たる逆凪には似合わぬ言葉だった。その言葉の意味が何であるか、逆凪のフィクサード達は告げない。
 終の目は、其方に向けられて、逸らされる。
 考える前にハーオスの魔術師は笑ったのだ。終の言葉に応えるように、下衆が如き笑い声を上げて。
「踏み台であろうと――我々は、召喚ができれば良いのだ!」
 リベリスタ達は後退するほかなかった。魔法陣の傍が危険ではないかと。直接自分の目に其れを刻みつける六道達。逆凪のフィクサード達もじりじりと後退した。
 嫌な気配がするのだ。己たちの知りえない、何かの気配が――
 魔法陣が赤く、鈍く輝いた。いけない、と思うと同時に赤黒い光が周囲を包み込む。
「やったぞ――!」
 魔術師の声が聞え、六道のフィクサードはじりじりと後退した。其れは危険だという合図。その背中を見つめながらも傷つく体を引きづってリベリスタ達は離脱を謀っていた。
 肩で息をしながらアラストールは魔法陣を見つめた。背筋に汗が伝う。彼女が相手にしたフィクサードが腹から血を流しながらアラストールを見上げていた。
 嫌な風が頬を撫でた。冷たい、冬の風ではない生温かい――言うなれば、誰かが近くで吐息を吐きかけるかのような――風が吹く。
「嗚呼、これが『あの時』の――」
 黒いローブがはためいた。ファンファーレの様に鳴り響く音。耳障りな其れに眉をしかめて虎鐡は剣から手を離さない。いざという時は止めるしかないと、そう思う。可愛い娘の笑顔が頭から離れないのだ。
「チェス盤は、ゲームはひっくり返さなきゃ面白くないッスよ」
 運命を対価に奇跡を起こそうとする、縋りたくなる。縋らねば――だが、其れには手が届かない。リルの頬を撫でる風は厭らしいほどに優しかった。
 だが、悠月やエナーシア、リュミエールには賭けがあった。一人の魔術師の力だけで、傷ついた魔法陣で。完璧なものが生み出されるか。
 召喚陣は歪んでいる。歪み切った扉が、目の前に浮かびあがった錯覚が見えた。もしかすると其れは本物なのかもしれない。其れがゲートなのかもしれない。無理やり訪れる場所を作ったのかもしれない。
 目の前に浮かびあがる生物からは禍々しい気配を感じる他なかった。
 もしも、あの生物と戦う事になったらと終はぞっとする。ナイフの切っ先は歪んだ扉に向けられたままだ。
 もしも、『あの時』の様に凪聖四郎がここにいたら――
「……いけませんね」
 どうなっていたのだろうか。悠月らは敗走する。これ以上は、無理だ。全員が生きて帰る事を是とたリベリスタ達の撤退条件。魔法陣を視認できる場所でじっと彼女らは前を見据えた。
「嗚呼、混沌の使者よ!!」
 感極まったアレースの声にこたえる様に鳴り響くファンファーレ。だが――

 ――バァンッ!

『ギィィィィイイイイッ!』
 何て声だろうか。声だと言えるのだろうか。叫び声の様に響き渡る其れは余韻を残しながら闇に飲まれる。破裂した。リベリスタらが魔法陣に遺した跡。疵ついた其れの影響か。アザーバイドは破裂した。
 未完成の召喚途中の物だったからだろう、被害は大きくない。だが、明らかにその魔法陣の中に居たアレースは無事では済まない。後退した逆凪達やリベリスタ達に被害が出ていない事に安堵を浮かべていた。
 予定調和だったのだ、全て。制御できない事すら解り切っていた。水晶玉は此処には無かった。ただ、召喚を成功させれたなれば、次だって『成功する』だろうと踏んでいたのだろう。
 破裂して、霧散して、そのまま公園には静寂だけが残る。

『取引をしようか』
 イナミの脳内で自身の敬愛する主たる男の声が響いた。ハーオスの魔術師に告げた言葉。
 ある意味、凪聖四郎と言う男は阿呆であったのだろう。天才ゆえの、愚かさを同時にその身に持ちあわせ居たというのが正しい。誰しも欠点はある。だが、この男はその欠点を簸た隠しにし己の才覚を顕現させ続けていたのだ。
 あくまで凪聖四郎とは『実に逆凪らしい男』だったのだ。逆凪邪鬼などは身を弁え逆凪の当主である実の兄に――逆凪黒覇には逆らう事などしない。蛇蜴相食む呪われた血統。その頂点たる黒き王は告げていた。
『アレは最初から私に従い続ける心算等無いのだよ』
 継澤イナミは理解していた。その言葉の意味を。その身を持って感じていた、凪聖四郎の思惑を。
 其れでも、彼らが『黒き王』は誰にも負けるつもりはない。彼の秘書たる崎田が問いかける事を辞めた様に、イナミの『王』――凪ぐしか叶わぬ哀れな男に問う事さえも愚問だった。
 あの時、何と言ったのだっただろうか。
 ハーオスは問う。
『それで、取引と言うのは――?』
 理知的な虹色の瞳。蛇の様に絡みつく事もなく、只、静かな風の如き男は柔らかく笑うのだ。まるで最愛の恋人にでも囁くかのような声音で、愛おしげに。其れで居て壊れ物をに触れる様に、優しげに。
『俺に神様って奴を見せてくれないかな。何、大丈夫さ。簡単な事がしたい』
 彼女が言っていた。あの、煌めく黒き瞳の少女は正義を語りながらイナミへと叫んだのだ。
「全ての、この世界の頂点」
 ――嗚呼、思い出すだけでも滑稽だ。口にすると何と己が主が愚かなのかと思い知らされる気がした。
 彼女は何と言っただろうか。嗚呼、彼女は使い古された悪いジョークだと皮肉ったのだ。世界は案外単純だ。熱に浮かされたが如く男は只、口にするのだろう。
「世界征服か」
 幼い少年が夢を語るが如く、熱に――才覚に魘された男は醒めぬ夢の中で惑い続ける。

『俺は日本のフィクサードを……主流七派を統一する』
 彼の見据える摩天楼は未だ遠い。


 からから――

 風車が廻る。武骨な鉄はその存在を、その影を伸ばしたままに、ただそこで見ていた。
 嗚呼、空から見れば、魔法陣の周りにはまるで小さな蝶々が居るじゃないか。翅を広げた蝶々が。
 歪んだ蝶々は飛び立つ事も出来ぬまま、ただ、そこで破裂した。
 土色に不吉な痕を其処に刻みつけて。

 ――からから。

■シナリオ結果■
失敗
■あとがき■
 お疲れさまでございました。
 魔術結社『ハーオス』と凪聖四郎でございます。
 判定についてはリプレイ内に込めさせていただきました。

 お気に召します様。ご参加有難うございました。