● その行進は、とあるトンネルから始まった。 金管楽器の最低音を担うチューバの音色が、アスファルトの上に響く。 奏でているのは、すらりとした男装の女だった。 大型の楽器を軽々と肩に乗せ、眉一つ動かすことなく四本のピストンを巧みに操っている。 夜明け前の冷え込みにもかかわらず、頬はうっすらと熱を帯びていた。 重厚なマーチのリズムにのせて、死者たちが歩を進める。 既に白骨と化している者がほとんどだが、中には血肉をそなえた者の姿もあった。 列の最後尾を進んでいた女が、前方から迫る車のライトに気付く。 チューバの音が大きくなった時、死者たちが車に向かって突進した。 ――行進に加わる者が、また、ひとり。 ● 「バロックナイツのケイオス・“コンダクター”・カントーリオが動き出した話は聞いてるな? ――今回の任務は、その配下である『楽団』メンバーの対処だ」 アーク本部のブリーフィングルーム。集まったリベリスタ達を前に、『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は挨拶もそこそこに本題に入った。 「皆も知っていると思うが…… 『楽団』のメンバーは全員が音楽家にして、死者を操るネクロマンサーだ。 操られている死者の大多数を無力化し、その行進を止めることが作戦のメインになる」 ある意味で消極的とも取れる作戦目標は、それだけ敵の全滅――『楽団』メンバーの撃破が難しいという事実を示している。対症療法に過ぎないと分かってはいても、今は優先順位に沿って最善を尽くすしかない。そうしなければ、確実に多くの人命が失われるからだ。 「現れた『楽団』メンバーは『ジェルトルデ・ラヴァネッリ』。ジーニアスの女性だ。 大型の金管楽器――チューバの奏者で、楽器型のアーティファクトを用いて死者を操っている。 もっとも、演奏していなければ死者を動かせないってことはないみたいだが」 彼女はトンネルに赴き、人柱として埋まっていた白骨死体を手始めに揺り起こした。 そのまま死者たちを従え、街に向かって道路を行進しているのだという。 「夜明け前とはいえ、まったく車の通りがないわけじゃあない。 どんなに急いだとしても、犠牲者をゼロに抑えることはできないだろう。 ……辿り着く頃には、運悪く連中に遭遇した一般人が何人か行進の列に加わっている筈だ」 悔しげに眉を寄せ、黒髪黒翼のフォーチュナは言葉を続ける。 「予想される死者の数は、おそらく四十体あまり。 このうち、ほぼ四分の三――三十体ほどを無力化できれば、 ジェルトルデはひとまず行進を諦めて撤退するだろう」 ただ、それも言うほど簡単な話ではない、と数史は付け加える。 「一体一体はそこまで強くもないが、とにかく数が多い上にしぶとい。 腕や足が飛んでも、奴らは前に進むことを止めないからな」 この数を相手にするとなると、持久戦になることはほぼ間違いないだろう。 一般人が通りがかる可能性がゼロではない以上、極端に戦いを長引かせるのも考えものだが――まずは、この場で勝利を収めることが最優先だ。 「連中をここで食い止められなかった場合、街で大勢の死人が出る。 ジェルトルデ本人には深入りせず、死者たちの無力化に専念してくれ」 数史は説明を終えると、どうか気をつけて、と言って頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月12日(水)23:10 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 路上に、チューバの音が響く。 場違いなマーチの旋律に合わせて、死者たちが行進していた。 「あーもう、どれだけ来るんですかこの人達」 列の先頭を認めた『ブラックアッシュ』鳳 黎子(BNE003921)が、形の良い眉を顰める。今回のメンバーには、既に『楽団』と一戦交えた者が多い。彼女も、その一人だった。 「まったく、良い趣味をしている連中だぜ!」 不快感を隠そうともせず、『酔いどれ獣戦車』ディートリッヒ・ファーレンハイト(BNE002610)が吐き捨てる。虎の因子を宿した青い瞳は、楽の音に操られる死者たちを真っ直ぐ見据えていた。 その多くは肉を持たない白骨だが、中には生々しく鮮血を滴らせた死体も含まれている。リベリスタ達が現場に辿り着くまでに、行進の犠牲になった人々だろう。 「……本当に、巻き込む事を何とも思ってない」 怒りを込めて呟く『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)の口中で、奥歯がぎり、と鳴った。神秘とは無縁の一般人を容易く踏みにじる存在こそ、彼女が憎んでやまないものだ。 バロックナイツが一人、ケイオス・“コンダクター”・カントーリオ。 彼に従う『楽団』の奏者達は、この短期間のうちに日本の各地で事件を起こし続けている。対応に奔走するアークとて、全てを阻止できたわけではない。『紅炎の瞳』飛鳥 零児(BNE003014)の脳裏に、守りきれなかった村の惨状が浮かぶ。 暴虐の限りを尽くす『楽団』は勿論、それを止められなかった己の無力が腹立たしい。 鉄塊の如き大剣を強く握り締める零児の右目に、紅い炎が宿る。 ――このまま、連中の好きにはさせない。 彼我の距離が縮まり、行進の最後尾に位置するチューバ奏者の姿が視界に入る。 スーツに身を包んだ、男装の女。 仲間達に小さな翼を与えながら、『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)が彼女に声をかけた。 「初めましてジェルトルデさん、犬束うさぎと申します」 うさぎの名乗りを受けて、女――ジェルトルデ・ラヴァネッリが視線を返す。マウスピースに隠された口元が、薄く笑みを湛えたようにも見えた。 その姿に、『親不知』秋月・仁身(BNE004092)は、思わず亡き母の面影を重ねる。 写真で見た母は、彼女と同様にスーツを愛用していた。どことなく、雰囲気が似ているかもしれない。 だが、死者に弓を引く少年の口をついたのは、まったく別の言葉だった。 「……よくもまあ、そんな大きい楽器でマーチング出来ますね」 革醒者ならずともチューバでマーチングを行う奏者は存在するが、音階の限られた信号ラッパしか扱ったことのない身としては些か感嘆を禁じえない。 放たれた矢が、最前列に位置する死者の脚を貫く。アンナが自らの全身を輝かせて戦場を照らす中、ディートリッヒが肉体のリミッターを解除した。 「気色悪い連中には、とっとと退場を願うとするぜ」 背に現れた翼を操り、黎子がふわりと浮き上がる。その足元から、意思ある影が伸びた。 後方で愛銃“マクスウェル”を構える『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)が、神の目と称するゴーグルのレンズ越しに白骨死体の群れを見やる。 彼らは皆、トンネルの人柱に立たされた者らしいが――。 「トンネルに人柱埋まってるのって大変なことですからね」 神秘が関わらぬこととはいえ、軽く流して良い事件ではない。 逆に言えば、それを些事と扱わなければならないほど事態が逼迫しているということでもあるのだが。 「……色々と気分が悪いぜ、今回」 忌々しげに呟き、銃のトリガーを絞る。ロングバレルのピストルから吐き出された弾丸が、死体の膝を正確に砕いた。 最前列に躍り出た『不屈』神谷 要(BNE002861)が、全身のエネルギーを防御に特化させる。 「魂を冒涜された死者に安息を。――必ず、ここで止めましょう」 黒いコートの裾を靡かせ、彼女は迷い無く声を放った。 ● 行進曲にのせて、死者たちが一斉に襲いかかる。 総数は四十体あまり、リベリスタ達の実に四倍だ。ブロックは焼け石に水と分かってはいるが、後衛に向かう敵の数は一体でも減らしておきたい。 幾つもの照明を仕込んだ上着――懐中電灯ならぬ懐外電灯――を纏ったうさぎが、敵陣に切り込む。軽やかなステップと同時に、半円のヘッドレスタンブリンにも似た奇妙な武器が弧を描いた。 涙滴型をした十一枚の刃が次々に肉を抉り、骨を断ち切る。後方で味方全員を回復射程に収めるアンナが、視界内の敵を睨んだ。 仲間のダメージが蓄積する前に、少しでも敵の戦力を削いでおきたい。厳然たる意志を秘めた聖なる輝きが、死者たちを灼いた。 「……殺す光じゃないけどね。削るには十分な威力のはずよ」 身を捩る死者たちの叫びが、リベリスタ達の耳朶を打つ。流れるような動作で、仁身が魔弓に矢をつがえた。 「日本じゃあオバケに足が付いてないのが基本ですよ」 言うが早いが、目にも留まらぬ早業で死者の大腿部を射る。彼と同様、精密射撃で敵の膝を撃ち抜くあばたが、ふと口を開いた。 「よそで戦った経験で、確信していることがあります。――死者どもは只の肉人形だ」 彼女の言葉を裏付けるかのように、死者たちは脚を折り砕かれてもなお動きを止めない。二本の腕で這いずり、リベリスタ達に迫る。 「生前の記憶があるでもなし、脳をぶち抜いても行動に変化もなし。 そこに意思だのは全くないんですね」 唯一あるとしたら、決して終わりのない苦しみ。それすらも、彼ら自身は認識できていないかもしれない。衝き動かされるまま生者を襲い、新たな犠牲者を増やしていくだけ。 周囲に漂うマナを取り込んで力を増した『おとなこども』石動 麻衣(BNE003692)が、癒しの福音で仲間の傷を塞ぐ。逆手に大盾を構え、要が前方を凛と見据えた。 「楽団の暴挙も、死者の望まざる破壊行為のどちらも許す訳にはいきません」 魂を削り、心を掻き乱す神秘の言葉が、少女の可憐な唇から囁かれる。あばた曰く“肉人形”に過ぎない死者たちが果たして怒り狂うものかと、若干の危惧はあったが――結果として、要の挑発は奏功した。比較的リベリスタ達に近い位置にいた死者たちの一部が、彼女に殺到する。自らの頭脳を超集中状態へと導いた『無何有』ジョン・ドー(BNE002836)が、すかさず聖なる光を放った。 それでも前衛をすり抜けて接近しようとする死者たちの前に、零児が立ちはだかる。肉体の枷を外した彼は、己の身を焼き焦がしながら漲る闘気を爆発させた。あらゆるものを断ち割り、生死を分かつ強烈な一撃が、まだ命尽きて間もない死者の一体を砕く。引き裂かれた四肢がアスファルトの上に転がり、そこから滲み出した血が赤黒い模様を描いた。 決して気分の良い戦いではないが、死者たちを徹底的に破壊し尽くし、一体ずつ確実に処理していかなければ行進は止められない。 漂う死臭の中、零児は血と肉片がこびりついた大剣を構え直す。 「暫くは奇をてらわず、丁寧に役割をこなすのが大事だな」 「ええ、着実に参りましょう」 前方で刃を振るい続けるうさぎが、彼に答えた。 目標は全滅。それが叶わずとも、可能な限り数を減らす。 死者を残せば残すほど『楽団』の戦力が増強することを、全員が理解していた。 引きも切らず押し寄せてくる死者たちの攻撃を凌ぎつつ、ディートリッヒが舌打ちする。並外れた自己治癒能力を持ち、多少の傷は物ともしない彼だが、とにかく敵の数が多すぎた。個々の攻撃はさほど脅威ではないものの、それが短時間のうちに積み重なるとしたら話は別である。塵も積もればとは、よく言ったものだ。 大きく踏み込み、気合とともに剣を振り下ろす。集中を高めたディートリッヒの一撃は、文字通り眼前の死者を圧倒した。 「最近、毎日やってる気がしますよ!」 光の翼で低空を翔る黎子が、双頭の大鎌を鋭く旋回させる。互いを追うように奔る赤と黒の三日月が、死者たちを次々に切り裂いていった。 あばたの体内で、無限機関が唸りを上げる。絶え間なく供給されるエネルギーを力に変えて、彼女は銃のトリガーを絞り続けた。 「意思のない肉体を始末するのに後ろめたさもありませんが、 代わりに背徳の楽しみもなくてつまらないな」 唇を歪め、不愉快げに悪態をつく。 「人間の形してさえすればいいなら、ダッチなワイフでも使ってろよ」 死者たちの向こう、四本のピストンを操ってマーチを奏でるジェルトルデに視線を走らせた時――酷薄に笑う彼女と目が合った。 ● 胴を断ち割られ、四肢を斬り飛ばされても、死者たちはまだ動く。 ただ一本残った腕を伸ばし、リベリスタの脚に噛み付こうとする者。腰から上を全て失ってなお行進を続け、あまつさえ蹴りを入れてくる者。まったく、しぶといにも程がある。 リベリスタ達の火力をもってしても、それらを完全に無力化するのは容易ではない。一体、二体と打ち倒す間にも、味方のダメージは確実に蓄積していた。 アンナが詠唱を響かせ、聖なる神の息吹で仲間達を癒す。できれば攻撃に加わりたいところだが、現状では『敵を減らす』よりも『味方を減らさない』ことを優先せざるを得ない。 「仕方が無い、磨り潰しましょう」 溜息まじりに呟き、黎子が“双子の月”を舞わせる。美学主義者たる彼女の戦い方は運に頼るところが大きいが、その分、嵌った時の破壊力は凄まじいものがあった。 絶対命中(クリティカル)から浴びせられる刃の連撃が、死者たちの関節という関節を断ち、骨と肉の山へと変えていく。なおも動こうとする者には、ジョンの気糸が容赦なく突き刺さった。 モノクル越しに戦場を見渡し、彼は気力が枯渇した味方がいないことを確認する。己の持てる力で最大限の支援を行うことが、ジョンの役目だ。 「死体は死体らしく、ちゃんと死んどいてくださいね」 地面を這う一体の頭を、仁身が殺意の矢で貫く。崩れ落ちた死者が、完全に“亡骸”に戻ったのを確認した後、うさぎは死の刻印で別の一体に止めを刺した。 いつも通り表情の読めない瞳でジェルトルデを一瞥し、ぽつりと呟く。 「男装の麗人……男なんだか女なんだかハッキリしなさいっての」 思い切り自分を棚に上げた発言だが、それを突っ込む余裕がある者はこの場にいない。 アイスブルーの丸レンズをはめたゴーグルの内側で、あばたはジェルトルデの顔を脳裏にしかと刻む。 倒すべき敵とわかりきっていても、今回は戦力を削るのみで撤退に追い込まなくてはならない。 そんなの煮え切らない。仕事を果たした気になれない。 だから――今は“次”に備えるために。 銃口を死者に向け、弾丸を叩き込みながらも、彼女は“その先”を見据え続ける。 戦場に響いていたマーチの曲調が、唐突に変わった。 「! 気をつけて、敵の動きが今までと明らかに違う!」 いち早く異変を察したアンナが、全員に警告する。 ジェルトルデは演奏に徹しながらも戦場全体を観察していた。結果、彼女はリベリスタ達に自分を攻撃する意思がないことを見抜いたのだろう。 ならば、わざわざ頑丈な前衛から狙う理由はない。脆い後衛から落としていく方が、遥かに効率的だ。 死者たちはリベリスタを取り囲み、前衛の壁を抜けて後衛たちに迫る。 少し減らしたとはいえ、まだまだ敵の方が数が多い。要の挑発をもってしても、その全てを引き受けることは不可能だった。 「くっ……!」 怒り狂う死者の一撃を盾で受け止めた要の瞳に、敵に群がられて力尽きるあばたの姿が映る。同じく的にされた仁身が、崩れかけた膝を己の運命で支えた。 とにかく、数を削らないことにはどうにもならない。 うさぎは“11人の鬼”を手に戦場を駆け、仲間を巻き込まないギリギリの位置で敵を切り裂き続ける。どこか楽しげにも聞こえるチューバの音色が、ひどく不似合いに思えた。 音楽とは、人の心を動かすものではないのか――。 「俺個人としては、こんな趣味の連中とは到底気が合わないからな。 全力で叩き潰すのみだぜ」 自身と同じ名を持つ英雄の剣“Naglering(ナーゲルリング)”を鞘に納めたディートリッヒが、素早くそれを抜き放つ。たちまち生じた真空の刃が、両腕をもがれた死者の首を刈った。 襲い来る死者たちを前に、アンナが自らの身を宙に舞わせる。 いくら数が多かろうと、近接攻撃の射程外に出てしまえば殴られることはない。彼女の推測は、決して間違ってはいなかったが――その時、ジェルトルデが動いた。 チューバのベルから発射された霊魂の弾丸が、アンナの鳩尾を貫く。危うく墜落しかけたものの、彼女は運命を燃やして体勢を立て直した。 「倒れてなんかられるか。……やってやる」 過去の戦いで譲り受けた“マジェスティックコア”に手を当て、声を絞り出す。 連中が一般人の命を脅かしている。戦う理由など、それだけで充分だ。 なおも押し寄せる死者を睨み、仁身が意を決して叫ぶ。 「これが僕の痛みだ! 残さず全部持って行けえ!」 己の生命力を代償に愚者を断罪する呪いの一矢が、眼前の敵へと放たれた。傷つくほどに威力を増す魔弾の直撃を受け、死者の胴体が弾け飛ぶ。 もうこれ以上、仲間を倒させはしない。決意を胸に、要が後衛たちに向き直った。 「ほんの少しだけでも、時間を稼いでみせましょう――!」 神秘の挑発で、さらに多くの死者を引き寄せる。メンバー中でも最強を誇る自分の防御力なら、暫くは耐えられる筈だ。その隙を見逃すことなく、麻衣が聖神の息吹で全員を癒す。敵陣に切り込んだディートリッヒが、重く鋭い斬撃で一体を屠った。 前衛と後衛の間に立つ零児が、全身の闘気を込めた大剣を一閃させて死者を前に押し戻す。敵の数減らしが順調に進めば、闇に紛れてジェルトルデに斬りかかることも考えていたのだが、現状では難しそうだ。 だが、ここまでの戦いで得られた情報もある。死者たちについては判然としないが、少なくともジェルトルデは暗視能力を備えている筈だ。でなければ、ここまで的確に彼らを操るのは不可能だろう。 地表近くで翼を羽ばたかせる黎子が、双頭の大鎌を自在に振るって死者たちの手足を奪う。四肢のない者を連れ帰ったところで、さほどの戦力にはなるまい。 「ネクロマンサーでも、フランケンシュタインでないのなら継ぎ接ぎで直すこともないでしょう」 その声が聞こえたのか、ジェルトルデは薄く笑ってチューバの音色を響かせた。 ● 戦闘は熾烈を極めた。 運命の恩寵で猛攻に耐えていたジョンは既に倒れ、ディートリッヒがジェルトルデの弾丸に撃ち抜かれて膝を折る。 運命を削り立ち上がったディートリッヒに交代すると声をかけ、零児が前に飛び出す。残る敵は十数体、下手に味方を庇うよりは攻勢に出た方がいい。 裂帛の気合とともに振るわれた大剣が唸りを上げ、“生死を分かつ一撃”をもって死者を肉塊に変える。頃合と見たジェルトルデが、重低音のフィナーレで戦いの終わりを告げた。 ダメージの大きい死者を盾に、彼女は傷の浅い死者を連れて撤退を始める。一体でも多く沈めようと、仁身が矢を放った。 「この寒い時期に野外で演奏するとか、本職の人は唇の鍛え方が違いますね」 淡々とした少年の言葉に、ジェルトルデが振り向く。アンナが、そこに問いを投げかけた。 「一つ、聞きたいんだけど。アンタたちは誰に聞かせるつもりで演奏してるの。 自己満足の為だってんなら、部屋で一人でやんなさい」 ジェルトルデは答えず、ただ意味深に笑う。 ステージの上から見下すような態度に、アンナは大きく眉を寄せた。 たとえ演奏が優れていようと、このような連中に送る拍手はない。 「聞き手を楽しませない音は、騒音か雑音よ。……正直に言って、不快でしかないわ」 続いて、零児が口を開く。 「この惨状は望みなのか、命令されただけに過ぎないのか」 初めて、チューバの音が止まった。 「譜面の通り音を奏でるのが、奏者の務めだろう? 多少のアレンジは、個々に任されているがね」 女性にしては低めの声で答えた後、彼女は再びマウスピースを唇に当てた。そこに、うさぎが声をかける。 「チューバの重厚な低音は結構好きなんですけど、 死体と取っ組み合いながらではサッパリ楽しめませんでした」 軽く肩を竦めると、うさぎはジェルトルデを真っ直ぐに見た。 「……だから次は、もっと素敵な演奏会に呼んで欲しいものですね?」 意外なほど穏やかな微笑みを返し、『楽団』のチューバ奏者は演奏を再開する。 「それでは、『また』……」 踵を返した彼女の背に、うさぎはそっと囁いた。 敵の撤退を見届け、リベリスタ達は一様に息をつく。 今回は、行進を食い止められただけでも良しとすべきか。 傷ついた身を起こしたあばたが、トンネルの方向に視線を向ける。人柱が抜けたことで強度に影響がないか、アークに調査を依頼しなければ。 道路に散乱する遺体を眺め、要が沈痛な面持ちで視線を伏せた。 「犠牲者の家族は、いつまでも帰りを待ち続けるのでしょうねえ」 もはや帰ること叶わぬ死者たちを前に、黎子が嘆息する。 「全く。こっちから攻め入れないというのは歯痒いものです――」 彼女の呟きは、その場に立つリベリスタの多くが抱いていた思いでもあった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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