●騒がしいのは嫌いなの きゃーきゃー、ばたばた。 ぎゃんぎゃん、わあわあ。 本当に、本当に。煩いのは良くないのだ。 全く意味の無い大きな音は鼓膜の内側を無遠慮強かに叩くようで、これでも一応『音楽家』である自分としては、そういう場所に長く居るのは正直どうかと思うのだ。もう少し若い頃、面白がった学校の先輩が『ゲームセンター』なる場所に私を連れて行った時の事を思い出した。 ……それ自体は学生時代にありがちなちょっとした青春の一ページ、そう呼んでも間違いは無いのかも知れない。でも、先輩は兎も角、『ゲームセンター』は正直好きでは無かったわ。 とても、とても、とても煩くて。 とても、とても、とっても理解が出来なかった。 無茶苦茶に混ざり合った音の波は『音楽』じゃない。 例え最初は音符の形をしていたとしてもそれは―― 「――助けて、助ッ、助けてェ――!」 ――やれやれ、本当に困る。 そう言われて辞める位なら最初からしない。 邪魔な髪を指先でくるくる巻いて小さく溜息。余りにもハッキリと明々白々に現状況は分かり切っているのに、そんな事を言われても正直どうしようもないではないか。 理屈じゃないし、『音楽』じゃないのだ、こんなもの。 夜の『戦場』を見渡せばそこは阿鼻叫喚の音の嵐が吹き荒れていた。 死者が生者を侵す風景こそ一般的に言えば『地獄』と表現出来るのだろうか。もう少し考察を進めてみればこれは『境界』である気もするのだが、詮無い事だ。一つ咳払いをして気を取り直した私は外気に抱かれてひんやりとした銀色の愛器(フルート)に唇を当て、静かに音色を奏でてみる。 澄んだ音は底冷えと騒乱の夜を切り裂いて漸く場に『音楽』の灯りを点した。 耳を澄ませば混乱の中に『意志』をもって響く声がある事に気付く。 それは命乞いに非ず、恐怖に上げる絶叫に非ず、リベリスタの矜持であり、仲間と共にこの場を食い止めんとする勇気の心音である。 「……うん、これは音楽だわ」 モーゼス・“インスティゲーター”・マカライネンの『演奏』に付き合わなければならない義務は無いけれど、音楽隊は連携が命なのである。例え『ソロ』が一番得意でも同じ事。木管パートに不協和音を軋ませるのは良くない。以心伝心、阿吽の呼吸、魚心あれば水心って言うのかしら? こういうの。 「黒歌、良く分からないけど――そう思います」 ●日本人ソリスト 『緊急事態だ。いい話じゃないぜ。今すぐ三ツ池公園に向かってくれ』 けたたましい電子アラームの呼び出しは剣呑にして尋常ならざる事態の訪れを告げるまるで開幕のベルである。格好を酷く気にする男――『戦略司令室長』時村 沙織(nBNE000500)が告げた言葉は何時に無く些かの風情も、些かのクッションも無く真っ直ぐに結論を目指していた。 『ケイオス・“コンダクター”・カントーリオとその一派『楽団』が暴れまくってるのは知ってると思うが、今回はもっと厄介だ。連中の一部戦力――『木管パート』がよりにもよって三ツ池公園を襲撃して来やがった』 神奈川県横浜市鶴見区に存在する三ツ池公園は現状確認されている中では世界で最大規模の『特異点』である。およそ一年前、聖夜(バロックナイト)の決戦でジャック・ザ・リッパーを退けたアークは『塔の魔女』アシュレイとの同盟の結果、辛うじてこの場所を安定に繋げている。魔女曰くそれは『最高の実験場』であり、『伏魔殿』、『パンドラの箱』でもある。先の異世界からの来訪者達の事を考えるまでもなく、この拠点が神秘的に非常に重大かつ重要な意味を持っている事は言うに及ぶまい。 「……流石の『楽団』でもあそこを無理に攻められるものなのか?」 言葉では問い返しながらリベリスタの体は既に駆け出していた。 『閉じない穴』は、多数のリベリスタによって二十四時間体制の警備が行われている。蟻の這い出る隙間もないほどの警備下でフィクサードの数人が暴れたとて、そう大事にはならないだろう。余程の大戦力ならば話は別だが、その大戦力を動かせば『神の目』は機先を制するのだから。 『確かにね。だが、現実に公園は大混乱状態だ。どんなカラクリがあるかは知らんが、警戒をかわして公園中央の『丘の上の広場』――『穴』の近くに突然現れた楽団員が一人居る。三ツ池公園に幾らでも溜まってる『怨念』と現実現世をソイツが結び付けた。予想外の事態に先制されたリベリスタの幾らかがやられたのが最悪だったな。後は知っての通りの泥試合。併せてソイツの配下ないしは協力者と思われる複数の楽団員がこの隙に公園を四方から攻め始めた。内部の混乱と挟撃に戦況は最悪。正面切って戦えれば何とでもなる程度の戦力比だったろうが、消耗戦は連中の十八番。燃え始めた事態を沈静化するには外から水をぶっ掛けるしかない。それも、半端なヤツじゃ飛び火するだけ。必要なのはお前達のような精鋭だ』 早口の沙織にリベリスタは一つ唸った。 通りを疾走してきたアークのバンに飛び乗り、状況を頭の中で噛み砕く。 「俺達は何処に?」 『北門だ。それぞれの楽団員に『消火』の為の戦力を送り込んでる。 情報によればお前達の相手は『冷たい口付け』の異名を持つ鴉黒歌って楽団員だ。『楽団』の中でも異色の経歴の持ち主で特に嘱望されてる天才肌。二十年そこそこしか生きていない上に唯一の日本人ってだけで分かるよな。楽器はフルート。ソリストとしても鳴らしてる』 「……女、それも日本人かよ」 『圧倒的な天才。だが、油断するな。黒歌は半端じゃねぇ。 夕食のおかずを何にするか考えながら恐怖を撒ける。 学生時代の胸温まる淡い恋を思い出しながら平気で人を殺せるタイプっていう訳』 「……そりゃあ……」 『そう。俺達はそれを『逸脱者』って表現してる』 逸脱者。 その言葉からリベリスタが連想するのはバロックナイツであり、後宮シンヤであり、黄泉ヶ辻京介である。到底それは歓迎出来る情報では無い。 絶句したリベリスタは夜に君臨する女の姿を思い浮かべた。しかし、その無意味さに気付いた戦士は小さく頭を振り、目前に迫る危険な夜に対してその気を引き締め直した。 『死ぬなよ』 短い沙織の言葉は――今まで以上の意味を持っている。 彼が敢えて口にしないより悲嘆的な事実を分からぬリベリスタは居ない。 星の無い夜に無数の音は瞬くだろう。 終演に立つのが生者か死者か分からねど―― 『彼女』が求める『音楽』は運命のままに駆けてくる。 ――混沌組曲はその訪れを待っていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月13日(木)23:57 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●Einsatz 三ツ池公園北門先―― 「助力に参りました」 『斬人斬魔』蜂須賀 冴(BNE002536)の言葉はこれ以上無く簡潔に、これ以上無く明確に戦場の潮目が変わった事を表していた。 「そっか」 背後をゆっくりと振り返った鴉黒歌はそんな小さな呟きを漏らしていた。 真深い夜に黒衣を纏う彼女は同じく烏の濡れ羽を思わせる長い黒髪を指先でくるりと弄り、もう一度「そっか」と頷いていた。 『公演』の空気は少なくともつい二十秒前よりは一変している。 街灯の明かりが薄ぼんやりと照らす五線譜(せんじょう)の上を慌しい音符達が踊っている。 陥落しかけていた三ツ池公園の北門に吹き付けてきた新たな風が澱んだ空気を切り払おうとしていた。 「しっかりして下さいです――大丈夫なのです、落ち着いてこれから――!」 愛らしいその面立ちを何時に無く引き締めた『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)のその声は全く――澄み切っている。 「これはソプラノ」 呟いた黒歌が視線を移した先は――まさに死者の波に喰らいつかんと駆ける『闇狩人』四門 零二(BNE001044)の姿がある。 「遅いんだよ!」 疲れた顔にそれでも精一杯の虚勢を浮かべ、そう言ったのは北門守備隊のリーダー格の男――デュランダルの笠山隆太であった。 顔見知り程度に知っている程度の間柄でも状況に多くの言葉は必要あるまい。 「だが、貴隊は良く耐え、凌いでくれた……状況は守られている」 「こっちにも意地があるからな」 現場に急行するバンの中で傷付き疲れた北門守備隊に通信を試みたのは零二であり、『足らずの』晦 烏(BNE002858)であった。 「凌ぎ、守れ。自分達が着くまでは」という零二の言葉、「合流して我々と共に、仲間の仇を取る為に今は耐え抜け」という烏の鼓舞は実に単純ながら折れかけた彼等を叩き直すには十分だったのである。古今東西、援軍の見込みの無い篭城、防衛戦は期待が無い。されど、心強き味方が『外から敵を切り裂いてくれる』と考えられるならば乾坤一擲の反撃をその瞬間に残さんと振るわれる剣にも自然と力は篭ったというものだろう。 援軍の存在を確認した北門守備隊は辛うじて残った戦力を北門入り口側へ移動し状況を立て直さんとしている。 「こっから先は楽させてくれよ」 「ああ。ここから立て直し……反撃する……!」 「上等、まだ余裕あるみたいじゃねぇか!」 口の減らない隆太と重く承った零二に遅れて飛び込んだ『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)が吠えた。 「――士気崩壊してて何とかなる相手じゃねぇからな!」 裂帛の気合と共に咲き乱れた蒼い花が夜を切り裂く。 複数の死者に連続して叩き込まれた武技の『弾幕』は堪えぬ相手さえほんの僅かに押し返した。 「うん。絡み合う、素敵なバリトン。あとちょっと可愛いテナーかな?」 しかし、短く呟く黒歌は目を閉じて吹いてくる風を楽しんでいるようですらあった。 今夜の発端は十人のリベリスタのアクセス・ファンタズムが『危急』を鳴らした事である。 時村沙織直々による緊急通信は非常事態の訪れをリベリスタ達に告げていた。 僅か数人のフィクサードによる三ツ池公園攻撃の報は唯の無謀にも思えたが、下手人がかねてより日本を騒乱の中に巻き込んでいた『楽団』――『福音の指揮者』ケイオス・“コンダクター”・カントーリオの手勢だと言うならば話は別だった。 『木管パート』と呼ばれるチームのリーダー格『モーゼス・“インスティゲーター”・マカライネン』の企図したこの襲撃計画はアークの警戒防備を見事にすり抜け、重要拠点である『閉じない穴』を保有する三ツ池公園の守備隊を混沌に叩き込んだのである。 如何なる仕掛けか閉じない穴の直近に出現したモーゼスに呼応し、公園の東西南北から攻め入った楽団員は四人。何れもが死霊術(ネクロマンシー)を操る一流の演奏家揃いであり、その厄介さは『丁度一年程前、死線を越えたその場所であるが故に』特に言うまでもない状況を作り出していた。古戦場に沈殿する無念は、戦いの記憶はまさに亡霊のように蘇り守備隊を圧倒するに到ったのである。 「しかし、随分とまた、無茶な強襲をかけやがったもんだ」 結果は兎も角、僅か五人で数十倍のリベリスタに仕掛けようというその発想がとんでもない。 「お花畑と紙一重か。全くふわふわの部屋で夢に浸るなら天然電波ですんだのに。今や毒電波発生器といった所か」 呆れたように吐き捨てる『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)が北門警備隊の後退を助けるべく、複数の死者の注意を自身の方へと引き付けた。 「まさに天才と何とかは……ってね」とユーヌに追従した烏は咥え煙草をアスファルトの上に吐き出して神気の輝きで死者を灼く。 更に『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)の操る賦活の魔術は死者に圧倒されかけた一人のリベリスタを死の淵から拾い上げる。 「助かったぜ!」 「……安心するのはまだ」 「北門側に退がれよ、押し返すのはそっからさね」 悠月の、烏の視線が『惨劇』を湛える場を見回した。 (……警戒を嘲笑うかの如き奇襲。話に聞く『混沌の指揮者』の隠蔽魔術、見事という他ありませんね。それに、何て悪趣味な――) (考えたくはねぇが、まさか連中の目的は噂の『生きてる伝説』の再来か……?) 因縁深い場所だから、あってはいけない『未来』も俄かに現実味を帯びてくる。 ――死が死を呼び、新たなる死を作り出す―― 『楽団』と呼ばれるフィクサード達が如何にその術に優れ、如何に危険な存在であるかを知らぬリベリスタは居ないだろう。繰り返される攻撃と波が引いていくかのような撤退は五十年と少し前ポーランドの『白い鎧盾』が何故、惨く敗れ去るに到ったかをこれ以上無い程にアークに伝えている。戦場の消耗は明白に不平等で、沼地で遊べばすぐに首まで泥に浸かるのは目に見えていた。 「しかし一体なんなんだい、死者をを操るってのは…… 帰ってくるのはお盆だけでいいんだよ、お盆だけで! こんな命を冒涜するような行いを黙って見過ごすわけには行かないねぇ!」 敢えて気を張り、敢えて強い言葉で自身と周囲を激励した『三高平の肝っ玉母さん』丸田 富子(BNE001946)だったが―― (本当に、許せないよ! こんなのは……) ――アークのリベリスタ達の多くを自身の子のように思う彼女だからこそ、身を切るような痛みは隠しようも無い。 「う、わああああああああ――!」 パーティの急行は迅速なものだったが、死者達もそれを黙って見ている訳では無い。 バンから飛び降りるように駆け出し、北門を駆け抜けたパーティだったが、万全に状況を整える『間』が足りない。 後退が僅かに遅れた北門守備隊の一人が複数の死者にまとめて攻撃を浴びて虚しくも飲み込まれた。 ……目の前の『惨劇』を見るだけで彼等の筆舌尽くし難い『恐怖』は骨身に染みるのだ。 今まさにリベリスタを喰らい尽くさんとする死者の中には『見知った顔』がある。『今、この瞬間まで隆太等と共にこの北門を守備していた――パーティの到着を待っていたリベリスタの顔』があるのだから。 「また一人、また一人。そして誰も居なくなるのです」 「フィクサードが、余所のシマで好き放題しやがって……!」 淡々と言う黒歌に、迸る怒気を隠さぬ『Spritzenpferd』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)が吐き捨てた。 全速のスピードのままに手近な死体を一撃した彼は場違いに響いた『ぱちぱち』という拍手の音に鋭過ぎる視線を投げる。 「猛々しい……フォルティシモ。時に曲には荒々しい音色も必要だわ。だって芸術は爆発だもの」 「その、スカしたツラ……ブッ潰してやんぜ!」 怒るカルラを『許容』する黒歌の唇は三日月を形作っていた。 死の御手に引き込まれかけた仲間達を強引にでも取り戻そうとする動きは――全く決められた流れに逆らって泳ごうとするかの如くである。それは到底音楽的な華麗さを持ち合わせず、野趣そのものを思わせる必死さばかりに満ちている。 北門守備隊と死者の間に割って入り、乱戦を更なる乱戦へ変えたパーティの出現にもここまで黒歌は大きな反応を見せては居ない。 それはつまり、彼女の傲慢であり、彼女の逸脱でもある。 「押し付けがましい音楽は害悪だな。単なる自己満足。大人しく舞台の袖に引っ込んでいろ」 「要するにまともな社会に居ちゃいけねぇ連中だってだけだろが――」 「あら。何が『まとも』かを決めるのはまず自分自身なのよ。黒歌、ずっと『普通』なのです」 ユーヌの『安い挑発』とカルラの言葉に小さく肩を竦めた黒歌はそれでも漸く銀色のフルートにその白い指を掛けた。 どくん、と強く鳴る鼓動。 「……っ……」 ぞわりと走り抜けた漆黒の悪寒に『生きている誰か』が小さな息を吐き出した。 美しい女から立ち上る魔性は夜の空気に満ちる死臭よりも禍々しく、唯そこに佇むだけで格別の存在感を演出している。 死は近い。何時に無く近い。数限りなく死線を踏む歴戦のリベリスタだからこそ分かる――異質の危険信号。 並のフィクサード等からは到底放たれる事の無い月食みの音色である。 されど、畏れても怯まない。『例えそれを恐怖と知っていたとしても』リベリスタ達はそれに立ち向かう為にここに来た! 「人の死を弄び、あたし達の仲間にまで手を出してくる楽団一味は許せないのです」 そあらの言葉に力が篭った。 「さおりんが死ぬなっていうから絶対死なないのです。 皆生きて連れ帰るです。あたし、もう直ぐ誕生日なのです。さおりんに祝って貰わないといけないのです!」 「正直七派の連中だけでも間に合ってるんでな」 「屍霊を操り群れなす混沌の楽団。確かに厄介な相手です。 故にこそ貴方が群れを為さず、戦力を集めている今は好機とも考えられます。 貴方と私の距離は近く、この手を伸ばせば刃は頸に届きましょう。 死者のオーケストラが終末を奏でるその前に――尽くを斬り捨てる!」 口元を歪めた猛が鉄甲をがちんと鳴らし、冴は『獰猛な獣のように』低い姿勢で『まるで孤高の剣客のように』刀をぴたりと構え直す。 「生も死も同様に尊いもの。貴女の術はその両方を等しく冒涜するものになりましょう。 天の意思に背く赦し難き所業です。御心の代行者として、然るべき裁きを、報いを」 凛然と『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)は言う。 「さあ、『お祈り』を始めましょう。両の手に教義を、この胸に信仰を。弄ばれた命に救済を。唯、粛々とお覚悟を」 リリは、言う。 「……As you like it。いいわ、それ」 黒歌が嗤い、死体が亡霊が咆哮の如き声を上げる。 銀のフルートが夜に魔曲を奏でれば月は震え、凍えて泣いた。さめざめと―― ●Accelerando リベリスタ側の救援は『演奏者』たる黒歌がそれを強く拒まなかった事もあり比較的スムーズな動きを見せていた。 『逸脱者』にして『楽団』のソリストたる彼女の意図を常人が測る事は難しいが、それでも確かに言える事は少なくともそれが善意によって為された選択では無いという事である。『外』より救援し、北門守備隊を自陣に合流させる事に成功したパーティではあるが、逆を言えばそれは敵の手中に飛び込んだにも等しいという事である。尤も彼等は最初からそれを覚悟の上でこの場所にやって来たのだから、それを今更厭う理由は無いのだが。 ともあれ、黒歌は『敢えて引き込んだ』リベリスタを逃す心算は無く、リベリスタも黒歌の演奏を看過する心算は無い。 リベリスタ側は全く無遠慮に総力戦による短期決着を望んでいた。 一方の黒歌側も『元より原資はタダ』の兵隊を出し惜しみなく向ける――『楽団』お得意の消耗戦を選択する。 つまる所、双方の思惑が『結果として』噛み合う以上は済し崩し的に始まった戦いは緒戦より実に激しいものになっていく。 「玲瓏、そして危険に響く黒き歌……か。だが、実は無いな」 睨み合いという程の時間も無く、誰よりも素早く唯自身の為すべき事を遂行する――鉄の如き意志の冴えでその手に溜めた『光塊』を放ったのは零二だった。 彼の一撃は威力を持たない。敵陣の中で炸裂した光は敵を屠る為のものではない。死して尚、動きを止めぬ哀れな人形共を衝撃と麻痺の渦に叩き込むそのフラッシュ・バンは彼に続く仲間達を援護する為の一手である。 「………まずは動かされている死体に止まってもらわねーとだが。クソ、まず見知った顔を殴るとか。ふざけやがって――!」 ほぼ同時。この戦いと『楽団』への嫌悪感を隠さないカルラは残影さえ残す高速で複数の敵を痛打する。 「鎧を捨てたのは伊達じゃねぇってな!」 零二の崩しとカルラの攻めに統制の乱れた死者達だが、驚く程に『堪えない』手応えの甘さはカルラに小さな舌打ちをさせた。 元より気持ちの良い作業でなければ不快感は尚更だ。気分の問題を差し引いても敵の手品は知れていて、その手強さも知れている。 「さて遊ぼうか――ちゃちな音楽をバックに仕様も無いお遊戯を」 地上より低く浮き上がり皮肉な声で呟いたユーヌが今一度、死者達を自身の方へ引き付けかかる。 極めて技量の高い彼女は迫る攻撃を軽くいなして敵陣を縦に長く引き伸ばしている。隊列を乱させれば味方の助けになるのは確実だ。身のこなしに優れる自身への攻撃が増えれば敵の手数は謂わば実を結ばぬ仇花となる可能性も確実に上がる。 「回復の方は任せて下さいです!」 未だ体力の完全に戻らない北門守備隊をそあらの天使の歌がフォローした。 誰かの死が『新たな敵』を生む以上、彼女の細い双肩に掛かる責任は重かった。 唇を噛むようにして乱れに乱れた戦場に気を配る彼女の緊張を、 「大丈夫、そあらなら……アタシ達ならきっと出来るさっ! さおりんもそあらをしっかり見てるよっ!」 「!!! 頑張るです!」 まるで『気丈な母親』のような笑顔を浮かべた富子の言葉が優しくほぐした。 「さって、体張ってやらせてもらうよっ! 体力自慢のアタシだからねっ!」 富子は自身の役割をそあらと共に支援をする事、誰かの身に危険が及ばんとした時、それを食い止める事――そう思っている。 一方でここは回復を二人に任せ、攻め手足る事を選んだのは鉄砲玉のような猛と魔術師たる悠月である。 「さぁて、今日も派手に暴れさせて貰うぜ──!」 猛の狙いは失われたリベリスタの一人――『元』北門守備隊のホーリーメイガスである。 しかし、これは当然ながら『それを守る』形で配置されたクロスイージスの死者に阻まれた。 「チッ、頼む――!」 迅雷の技を止めると言うならば、次は本当の雷の出番である。 飛び込んだ猛の背後には、朔望の書を開き、魔力の奔流に長い髪を揺らす――悠月の姿がある。 「フルート奏者、力在る魔笛。楽団のソリスト……でしたか、『冷たい口付け』。 しかし、貴方がどれ程の大物だったとしても――『この場所』はこんな形で騒がしくあってはいけない場所なのですよ」 思えばこの土地は色々な事が有り過ぎた。異邦者に土足で踏み込まれれば気分穏やかならぬ――因縁が有り過ぎる。 「分かりますか、鴉黒歌」 「……何が?」 「『理解しろ』、と言いました」 冬の月より冷たく、醒めた星よりも冴え冴えと――悠月の双眸は死者の向こうの黒歌をねめつけていた。 おおおおおおお……! 死者の声が意味さえ持たずに空気を震わせた。 おぞましくも悲しいその声に悠月は構わない。唯、厳然と『結論』と共に荒ぶる裁きの雷で敵を撃つ。 「鎮魂の静謐をこれ以上、乱させはしません――彷徨える怨霊達に眠りあれ!」 「――汝、死者を冒涜する事勿れ!」 留まらぬ、連続攻撃。悠月の雷撃に負けじとリリの構えた聖別の二銃は立て続けに火を噴いた。 「Amen」 最も短い祈りの声は、最も重き意味を抱き――浄化の炎が敵陣全てを焼き尽くさんと赤い舌を無明の闇に伸ばしていく。 「この身は御心と箱舟の剣、そして盾となりて。これ以上――誰一人として殺させはしません」 厳粛なる聖者の宣誓さえ思わせるリリの意志力は蝕みの『夜の穢れ』を圧倒した。 「蜂須賀弐現流、蜂須賀 冴。参ります」 冷静に淡々と述べた冴は言葉とは裏腹に猛烈に膂力を爆発させた。 アスファルトが砕ける程に地面を蹴り、飛び込んだ彼女の一閃は目前を塞いだ魍魎の一体を縦に断ち斬る。 『北門守備隊を下げた時点で被我の前衛数はリベリスタ側に完全に不利である』。つまる所、猛や冴といった前衛がその戦略的意味から当然の如く後方に陣取る『ホーリーメイガスの死体』を叩く事は状況上不可能ではあるが、まさに攻撃こそ最大の防御と言わんばかりのリベリスタ達の攻勢は彼等の気力がどれ程充実しているかを知らしめている。 ――されど。 「無駄に生き汚い。……いや、死んでいましたか」 冴の素晴らしい一撃は亡霊を二つに割ったが――分かたれたそれさえ、戦意を喪失しては居ない。 通常のエリューションよりも尚『しぶとい』それは術式を施したフィクサードの技量を証明するものである。 「まぁ、この程度で済む相手では無かったな」 向かってくる死者の、亡霊の牙を避けるユーヌは銀笛で魔曲を紡ぐ黒歌から視線を外しては居なかった。 そしてその彼女の確信じみた『推測』は決して間違っては居なかったのである。 「私は生まれていなかったから『混沌』事件を知らないけれど――貴方達はきっと『それ以上』な気がするわ」 悠月の雷撃もラーマーヤナに記された神の武装を冠するリリの赤き矢も涼やかに佇む鴉黒歌を傷ませては居なかった。 幾らかは効いているだろう。余波を受けなかった事はあるまい。しかし、彼女は怒るでも無く、蔑むでも無くその超然とした姿を崩してはいなかった。その唇に『大いなる評価』を載せた彼女は今夜の演奏が素晴らしいものになるという予感に唯、喜んでいた。 彼女の『指揮』を受け、死者の能力は高められている。焼き払う大攻勢にもそれ等は未だ脱落していない。 黒歌は唇に当てた銀色のフルートで次なる演奏を始めんとしていた。 一斉に始まった攻勢は前に立ったパーティの前衛達を傷付けていく。 尤も幾らかそれに精彩が無いのは零二の牽制が幾らか効いているからか。 波のように繰り出される猛攻の一部をユーヌが負担しているのも大きいだろう。 おあああああああああ……! だが、黒歌の精密操作に操られ『見知った死体』が声を上げ『生きていた頃のように』動き出す――それを見るリベリスタ達の心は状況に対して全くの凪でいられる訳では無い。損傷した死体共を『亡者の歌』が賦活し、炎に塗れた自陣を『逆十字の聖戦』が立て直す。損壊した顔が笑う。何時も自分に笑いかけた友人の瞳は濁り、何も映さずに『本来敵だったもの』に利するばかり。 「……このっ……!」 「くれぐれも冷静に――倒される事無きようにお願いします」 隆太をはじめとする北門守備隊のリベリスタが挑発めいた彼女の『演奏』に気色ばむが、これは即座に冴が制した。 「戦場に響くクラシックねぇ。ジャズなら良かったがな――と」 二四式・改を激しく連射して応戦した烏が惚けたように冗句めいた理由を北門守備隊は察した。 一瞬だけ言葉に詰まり、それから「ああ」と頷いた彼等は辛うじてその身を突き上げる激情を飲み込む事に成功する。 「あら、意外と冷静なのね」 『倫理に劣る行為を全く平素のまま出来るからこその逸脱者』である。 笛から薄い唇を離し、然して感慨も無く言った黒歌に空気が煮えた。 そあらや富子の支援を受けた北門守備隊は漸くここで戦闘態勢を立て直していた。 『彼等は救援に駆けつけた精鋭――パーティには及ばぬまでもそれ相応の戦力』である。しかし同時に『パーティより脆く、死の危険に晒された存在』である。『敵に死体を奪わせない事を最優先にするならば彼等を前に出すのは危険だが、彼等の助けなくしてはパーティが死体に転がる可能性は極めて高い』。ジレンマとも言うべき状況はまさに今夜リベリスタの置かれた厳しい戦場の証左である。 「気分悪いぜ。死体が欲しけりゃ、まずテメェがくたばりやがれ!」 カルラの声に黒歌は澄まして言った。 「AccelerandoからAgitato。出来るのなら、どうぞ早く」 ●Agitato 「これが――黒歌なのですか――」 そあらの見通した鴉黒歌はまるで人間とも思えない、漆黒の闇が広がるようなイメージだった。 『逸脱者』の中身を覗き見る事は酷いスナッフビデオをまじまじと見つめるが如くである。 少しでも彼女の力の本質を覗かんとした彼女は得た情報の何倍もの罪業に少し胸を詰まらせた。 「でも、あたしだって……楽団に負けない美声で、皆さんを癒す事が出来るのです――!」 戦いは熾烈を極めていた。 戦線復帰した北門守備隊と精鋭リベリスタパーティの連合は手数と連携、威力を生かして黒歌側に攻めかかったのである。 混乱めいた状態では不覚を取った守備隊も精鋭という中核を得て、冷静さを取り戻した状況ならば黒歌の繰る死者にもそう遅れを取るものではない。攻勢に出る面々、そあらや富子、機を見て支援に回る悠月の尽力もあり、状況は激しい攻防のまま『一進一退』を見せていた。 敵が『楽団』で無ければそれは『押し返した』と言えるのだろう。 敵が『鴉黒歌』で無ければ状況はリベリスタ達に優位と言えたのかも知れない。 しかし、今夜の相手は『楽団』で敵は『ソリスト』黒歌に違いなかったのが――運命の選んだ事実であった。 黒歌の虎の子の演奏は戦場全体に混乱をばら撒き、リベリスタ達の残存余力を大きく削るものだった。 どれ程的確に対処したとしても疲労は募り、混乱によって出来た隙は新たな危機を生み続ける。 「……しつこいッ……!」 フロントに立ち、奮戦する零二のナイフが格別のスピードで目前の死体を切り裂いた。腕を飛ばされた元同僚の怨嗟の声に構う事は無く、更に一撃を連ねた零二ではあったが、それでも倒れない死体の不出来な反撃にその眉の角度を吊り上げる。 上下する肩が彼の背負う疲労の多さを告げていた。彼だけでは無い。 「惜しまれてる位が花だろ。いい加減、退場しとけよなっ!」 勢い良く飛び出し、暴れるだけ暴れた猛の顔色にもやや精彩が欠けていた。 死さえ忘れた木偶共は疲れを知らず、恐れも知らない。個々の性能がややリベリスタに優位だった所で底なし沼に引き込まれれば先に音を上げざるを得なくなるのがどちらかは明白だった。リベリスタは当然の戦術として『全力で敵を殲滅する』事に活路を見出したが、底意地の悪い『ソリスト』は味方が減れば「おかわりは如何?」と古戦場に蠢く無念を新たな亡霊の形に変え続けた。 北門守備隊もパーティの指示と連携を良く守り精強に戦いを続けていたが――更に二人が亡者に取り込まれたのがやはり痛い。 正気を削り合うかのような戦いに誰の心も暗く歪む。 更に一人が断末魔の悲鳴を上げる。耳を、目を塞ぎたくなるような光景は変わらない。 「……♪」 平気の顔をして余裕めいているのは未だに髪を気にしている元凶唯一人なのである! (……この上の、長期戦となれば不利は明白。無理を押し通しても奴に喰らいつく必要がある……!) 冴が――リベリスタ達が得た結論は『可能不可能以前の唯一』であった。 今夜彼女等が請け負った作戦に『鴉黒歌を撃破する事』は含まれては居ない。 さりとて『鴉黒歌を野放しにする限り勝ち目が無い』のは最早知れた事実であった。『可能ならば黒歌を叩く』というプランを持っていたパーティではあったが、それは些か甘い判断だったと言えるだろう。『黒歌がどうなるかは成否条件に関わらぬが、黒歌をどうするか』は根幹である。『演奏の結果』を薙ぎ払う事は対処療法に過ぎず、『演奏を止めさせる事のみが勝利』だという事だ。 「さぁて。いっちょやったろうじゃないか、ここからだよ本番は!」 黒歌に仕掛けようとするならば敵陣の厚い戦力を『どうにかする』のは必須である。 「アタシをそんじょそこらのマグメイガスと思ってもらったら困るねぇ!」 消耗の激しい乱戦に覚悟を決めた富子がその恰幅の良い大きな体を盾にするように前に出た。 「どっせぇぇぇぇぇい!!! 下町で鍛えたこの無限の体力、削れるものなら削ってみな!」 吠えるように気を張った富子が複数の亡者の攻撃を自身の下へ引き付けた。 彼女は体力に優れていても防御面で堅牢な訳では無い。倒されずとも傷付く彼女はそれでもそこを退かなかった。 (――花子が次世代に託した思いをむげには出来ないからねぇ) 黙って待っていれば繰り返される悲劇にこれ以上付き合うのは――見過ごすのは御免だったのだ。 「戦友想う故に……その屍、越えていく……! そしてこのオレも、踏み越えろ!」 奮戦してきた零二が地面に引き倒される。 「それは出来ねぇ相談だ――!」 追撃に割って入った猛が、身を挺して零二を庇った隆太が死者の猛威を受け止めた。 冷たい夜の口付けに運命の花が蒼く咲き乱れる。 生者が招かれざる時と招かれざる客(うんめい)に抗う姿は死者には滑稽に映るものなのだろうか? 何れにせよ物言わぬ屍は――『人為らざる怪物(くろうた)』は答えない。 そしてその実――当のリベリスタさえ、『それに理屈等求めては居なかった』。 「――ま、どっちでもいいさな」 マスクの内側を濡らしたぬめりとした液体をぺろりと舐めて烏は嘯いた。 元より分のいい賭けでは無い事は分かっていた。そして彼は『そんな賭けが嫌いでは無い』。 「行け。眠い演奏も聴き飽きた。止めてやれ――」 幾度目か道を開けんと敵を引き付けたユーヌのアッパーユアハートはこの時、最高の効果を発揮した。 北門守備隊がパーティの動きを察知し、めいめい最後の力を振り絞って援護に出た。 「リリさん、前を一気に――」 「――ありがとうございます!」 応えるリリは祈るように声を紡ぐ。 「弾丸は我が祈り。全て、全て焼き尽くさん。 天より来たれ、浄化の炎よ。御心に背く罪業を、哀れな魂をその御国へ誘わん――」 悠月の援護を受け力を取り戻したリリは――今一度降り注ぐ大いなる炎が罪に塗れた『死』を焼き払う。 追い込まれる程に――傷付く程に集中力を増すリベリスタ達はこの瞬間、暗い運命を超越した。 「今です――!」 悠月の声がリベリスタ達にとっての『開幕』のベルになる。 まさに――千載一遇。パーティは遂にこの瞬間、戦場に風穴らしい風穴を開ける事に成功したのだ。 「一矢報いるなら――最後のチャンスだろ」 亡者の壁を猛の一撃がぶち破った。 数々の状況に萎えず、あくまで勝利の為の接敵を目論むリベリスタに彼女の目が丸くなる。 (一瞬でも速く。一歩でも遠く。この憎悪を届かせる! そのための今のスタイルだ――!) 敵陣を回り込んでも刃が届く――カルラの全速の一撃を阻む事は減った壁では不可能だ。 「何度も言わせんな――死体が欲しけりゃ、まずテメェがくたばりやがれってな!」 肉薄し、繰り出された鉄甲が女の柔らかい感触を打ち抜いた。 小さく息を詰まらせた黒歌は体をくの字にして僅かに後退する。 表情を少しだけ変えた彼女が面を上げたのと―― 「チェストォオオオオオオオ――ッ!」 ――業物を大上段に振り上げた冴が吠えたのは殆ど同時だった。 交錯する影と影。 「……最悪」 大きく飛び退いた黒歌の見事なまでのロングヘアは少しバランスが悪い状態に変わっていた。 翻した身に一房大きく舞った『女の命』の一部は地面に黒く横たわっている。 「無様だな? 何処かのバランス男が見たら、暴れる有様だ」 「最悪なのです。美容院に行かないと……」 せせら笑うユーヌに黒歌は唇を尖らせた。 死体がどれだけ壊されようと、リベリスタが何人死のうと何ら感慨の無かった女がこれにはハッキリと渋い顔をしていた。 ばらついた髪に左手で触れた彼女がフルートを指揮棒のように振るうと死者達は退いた彼女に追従してリベリスタ達から距離を取る。 「……ま、『木管(モーゼス)』への義理は果たしたわよね」 「――待て――!」 カルラは一瞬、声を荒らげ黒歌の背中に言葉を投げた。 ぴたりと足を止めた彼女はそれからゆっくりと半身だけを振り返り、笑った。 「待っても良いの? 折角、勝ちを拾ったのに」 リベリスタはそんな黒歌に返す言葉を持たなかった。 命尽きるまで戦えば『或いは勝てるのかも知れない』。 しかし『それまでに何人が死ぬか』。『全員が殺される可能性も大いに否めない』。 零二は戦う術を失い、富子は倒れている。運命に縋った者も多く、皆が只管に疲れ果てていた。 その一方で――ソリストは自慢の髪を少しばかり失って、取り巻く死者の数を減じているまで。戦力はそれなりに確保した。命のやり取りはまだ早い。ケイオスの譜面に拠る『序』を守ろうとするならば――これはリベリスタのみならず、彼女にとっての落とし所でもあるという事なのだろうが―― 「待っても、良いの?」 血の気の失せた唇に三日月が揺れた。 『楽団』の魔性をある意味で体現する『気味の悪い女』は二度、尋ねた。 「……」 「…………」 「……『また』ね」 華やかな笑みは場違いにも程がある。 尋ねても答えが返らない事を知りながら、悪魔はやがて満足したように闇の向こうへと去っていく。 (この身は邪悪を滅する神の魔弾――) 眼窩を見下ろす蒼褪めた月を見上げ、リリは瞑目した。 (――主よ。私は貴方の尊き教えを歩む為ならば、何度でも立ち上がりましょう。 しかし、悪魔は――天に背く悪魔は――果てても絶えぬものなのでしょうか――) ――月は何事も答えない。 何時も無言の『主』は悄然と立つ使徒を静かに見つめるばかり…… |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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