●六月の花嫁 頭上に伸ばされた灰色のカーテンが日中に薄闇を作り出す。 数限りなく降り落ちてくる水の粒はまるで誰かの涙を思わせた。 水溜りに波紋が広がる。 しとしとと一定のリズムを刻むように耳に残る雨音は誰にも等しく届く単調なノイズ。 梅雨の時分だから――世界はしとどに濡れていた。 だが、それ以上に暗く。暗く。女の世界は濡れていた。赤い傘の向こうに広がる灰色の世界を見上げる彼女の瞳は悲しみとやるせなさに澱んでいた。 (どうして……) 年の頃は二十代中程か。 内心で呟くのは長い黒髪の美しい女だった。意思の強そうな眉が今は下がっている。溌剌とした生命力に輝いていた瞳は悄然と曇るばかりである。 (……どうして……) 言葉にしない問いは彼女がもう数十――数百と繰り返した詮無い疑問だった。 考えても無駄な事。今更遅い事。でも、考えずには要られない事。 ――しよう。 耳の奥にこびり付いたあの声(バリトン)が今も離れない。 ――結婚しよう、静音。そうだ、六月がいい。何だかロマンチックだろ? 身体の芯から痺れるようだった――あの時の幸福感が忘れられない。 男は雨が好きだった。 女は好きだった。「変なの」と笑うとむくれてみせる、子供のような彼が好きだった。だから、こんな雨の日も決して嫌いでは無かったのに。 (……馬鹿、みたい……) 僅か二ヶ月前にはこんな日が訪れるなんて考える事も無かった。 永遠に二人は幸せで、明日は当たり前のようにやって来る――そう信じて疑わなかった。 ……世界がどれ程濡れていようとも、自分の心には及ぶまい。そう思う。 世界で一番の悲劇のヒロインを気取る心算は無かったけれど、喪失感は埋め難く。唯の一度でももう一度彼と対面出来るのならば、全てをなげうっても構わない、そう思う。 「……馬鹿ね」 女は濡れた溜息を吐き出した。 雨の残響は止まない。彼女が立ち止まり続ける限り、そこに居続ける限り。 そんな――赤い傘の女を二つの視線が追っていた。 ●厭な話 「全ての物語はシェークスピアによって完成した――」 『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)は僅かに視線を伏せて言葉を切り出した。 「――そんな風にも言うがな。筋書きの無いドラマ(げんじつ)ってのは、時にそんなシェークスピア(げきさく)だって模倣したがるモンらしい」 「事件なんだろ」 「ああ。今回の事件はエリューション・フォースによるものだ」 頷いた伸暁はモニターの方にちらりと視線をやり本題を切り出した。リベリスタが倣って見やればそこには雨の中、灰色の空を見上げる赤い傘の女が居た。 「この女が問題なのか?」 「いいや。この女――橘静音そのものは問題じゃない。 問題はコイツの死んだフィアンセと――そいつを殺したチンピラの方さ」 「……と、なると……」 「そう。エリューション・フォースになったのは死んだ彼氏の方。 名前は小野寺晴樹。静音とは長い付き合いで、この六月に結婚する予定になってた。 まぁ、この彼氏がつい先だってとあるチンピラフィクサードに絡まれて殺されたのが始まりだった」 「悲劇だな」 「ああ。そして余計なドラマが加わっちまった理由はその先にあったりする。 このチンピラは捕まらなかったんだな。静音は警察に事情を話したが、運が悪い事に警察はコイツを捕まえる事に失敗してる。今の所はね」 伸暁は肩を竦めた。彼の言葉によればその辺りの事情は『何となく』察したモノであるらしい。事件当夜の出来事を直接『視た』訳ではないから彼にもチンピラの正体と所在は分からないとの事である。 「チンピラ――フィクサードは事件の目撃者である静音をどうにかしようと思ってる。 ……まぁ、理解は出来ないけど歪んだ趣味かもね。絶望した女を弄りたいとか、そういう。 エリューション・フォースになった晴樹は彼女を守ろうとしているのさ。 当の彼女には――感じられないだろうし、見えないだろうけど」 「成る程な」 事件の概要を掴んだリベリスタは納得した。 「映画みたいな話だ」 「そうだろ?」 愛とは我が身朽ちても誰かを守りたいと思う心なのか――伸暁は軽く笑った。 「お前達が為すべきはエリューション・フォースの排除だ。それは変わらない。 だが、プロセスを考えるならば幾つかの方法があるのも又事実だ。 その一、問答無用で『小野寺晴樹』を処理する。静音を追えばやる事自体は単純。ただし、愛は強しだ。『小野寺晴樹』は簡単な相手にはならないだろうな。 その二、『小野寺晴樹』に納得して貰う。つまり、お前達が彼女を守る――約束する、守れるって所を見せるってやり方だな。この場合は例のチンピラが静音を襲おうとする時を狙うのがいいと思うね。 その三、『小野寺晴樹』とチンピラフィクサードのどちらかが倒れるか弱るまで放っておく。その後にお前らが登場して何とかする方法。これは……まぁ、効率的だ。 静音、チンピラの生死――或いは救済や断罪は何れも仕事の条件には含めないけど」 伸暁はそう言うともう一度リベリスタに視線を向けた。 「何にせよ、仕事はクールにだ。 傷んだ雨の残響(リバーヴ)なんて、来る夏には――似合わないだろ?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2011年06月17日(金)22:52 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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