● ここまで来たら、アタランテになりたい。 とにかく、誰にも捕まらずに遠くまで逃げたい。 だって、追っかけてくるし。 捕まったら、殺される。 殺されるのは嫌。 とにかく、誰よりも早く、遠くまで。 なんでこんなことになっちゃったんだろう。 いいの。答えはわかってるの。 だって、あの時、指差されたのは私だから。 おまえでもいいわ。いらっしゃい。 ● ゴスロリ服に、超ハイヒール。パラソルがトレードマークだった。 足の早い若い男が大好き。 全力疾走で走る男を歩いて追いかけ、死ぬ寸前まで走らせて、最後には傘に仕込んだレイピアで突き刺して殺してしまう。 りんごを渡すと、ちょっとだけ待ってくれる。 生ける都市伝説。 「人混みアタランテ」というフィクサードが、昨年の夏に倒された。 そして、秋になった頃。 死んだ「人混みアタランテ」は皮一枚残して屍解仙という名のE・フォースとなり、現世に戻ってきた。 リベリスタ達は、それを十数キロの逃避行の末、倒した。 そして、冬。 空席になった神速の具現、最も早い女の称号「アタランテ」を賭けて、啓示や薫陶を受けた女フィクサード達が密かに動き始めていた。 「人混みアタランテ」の真似をして、若い男達を密かに殺し始めているのだ。 その行為を、あるものは速度を鍛えるために鍛錬と言い、あるものは、都市伝説となるための儀式と言う。 アークによって、ジョガー、トリオ、ジュリエッタが討伐された。 それは氷山の一角。 少しずつ力をつけた彼女たちが、『万華鏡』に映し出され始めていた。 そして、新たな噂。 未熟なアタランテを駆り立て、狩りたてる者たちがいる。 「アタランテ狩り」 都市伝説は、拡大する。 あなたが若い男性なら。 どんなに急いでいても、人混みを早足で通り抜けてはいけない。 アタランテ達に愛されるから。 そして、お前がアタランテなら。 どんなに恐ろしくても、後ろを振り返ってはいけない。 アタランテ狩りと目が合うから。 ● 「アタランテになれば、コイツからだって逃げられる!」 E・フォースの取り憑かれたアタランテが叫んだ。 「あんたたちに捕まっていられないのよ!!」 ● 「歩行者天国にいる」 「足が速い若い男が大好きだって」 「10人追い越すと目をつけられる」 「後ろからずっとついて来る」 「脇目も振らずに追いかけてくる……ここまで、常識」 「アタランテ、男を追っかけ続けらんないんだって」 「アタランテ狩りとかいるし。あるかも」 「ビビリでさ。アタランテ狩りが来るのわかると、標的おいて逃げ出しちゃうんだってさ」 「だめじゃん!」 「で、どこまでも逃げるんだよ。アタランテ狩りも瞬足だから、追っかける」 「捕まらない?」 「捕まらない程度には速いんだよ」 「で、ず~っとしつこくどこまでも逃げるんだよ。止まらない」 「アタランテ狩りが疲れて立ち止まったところで」 「『もう、追いかけてこないでくださぁい』 ざくざく」 「何、アタランテ狩り・狩りなの?」 「結果的には?」 「泣きべそアタランテ」 「おどおど挙動不審な感じで男の後ろをついていくのが、泣きべそアタランテ」 「走っても振り切れない」 「待ってくださぁいって泣く」 「ニセモンじゃねーの?」 「そんでも、電車より速い」 「バスとかタクシーとかに乗っても歩道をずっとついて来る」 「降りたとたんにやられる。電車に乗ってもホームに先回りして待ってる」 「立ち止まっちゃいけない」 「振り返ってもいけない」 「うちまで自分の足で帰らなきゃいけない。どんなに遠くても」 「うちに帰るまでに追いつかれちゃいけない……ここまで基本」 「そうでないと……、どうなるんだろうな。今まで泣きべそにやられてんのアタランテ狩りだけだから、わからん」 「パチモンどころのさわぎじゃねえな」 「うちまで逃げ切ると、電話が来る。『ゆるしてあげる』って言われたら、セーフが基本」 「コイツの場合、『お騒がせしましたぁ』 って、電話が来る」 「もうダメだろ、こいつ」 「人混みアタランテは、りんご上げたら止まってくれたけど、泣きべそアタランテは、涙拭くのに夢中で、りんご受け取らないんだって!」 「アタランテ狩り殺到する気、わかるわ」 「アタランテ狩りは、『人混み』的じゃないものは許せない」 「自覚の有無はあれ、ね」 ● 「『アタランテ』を目指してるというか、目指さざるを得ない女の噂がまた立ってる。被害が出ている以上、それを排除するのがアーク」 神速を目指すためと称し、アタランテを目指すフィクサードはしばしば一般人を狩る。 その力が強くなればなるほど、万華鏡に捕捉されやすくなるのは、皮肉なことだ。 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、てきぱきとモニターにとある繁華街の地図を映し出す。 「フィクサード、識別名『泣きべそアタランテ』」 モニターに映し出される少女。 もう泣いている。 眉がハの字で、口元が歪んでいる。 今にも「うぇええええええ……」と言い出しそうだ。 「かなりの数の革醒者――リベリスタ、フィクサード問わず――通称「アタランテ狩り」を殺害している」 一般人ではない。というところで、リベリスタの顔が引き締まった。 全然そうは見えない。どっちかというと、ドジっ子に見える。 すぐ転びそうだ。 「元はそうだったみたい。ハイバランサーと精神無効とってる。それだけじゃなくて、麻痺無効とか体勢無効とか、そういう……目指す先は絶対者かな」 もう絶対転ばない。不運にも負けない。動き止めたりしないし、ノロマにもならない。 なんと言ったらいいか。 今までの彼女の人生を想像すると、もらい泣きしてしまいそうだ。 「この泣きべそ、一度も男を狩るというアタランテの基本パターンを果たせてない」 ダメだろ、それ。 一般人に被害が出ていないのは、いいことだが。 「アタランテ狩りに追いかけられると、何もかも投げ出して即逃げる。ここからが大変。シャレにならない距離を走る」 モニターに、昨年の秋の映像。 ゴスロリのパラソル。 「人混みアタランテ」 「本家のアタランテを捕捉するのに、当時のアークの最速部隊をして、14キロ。約5分間走りっぱなし。向こうはヘラヘラ歩いてたけど」 イヴは、リベリスタを見据える。 「今回は、それ以上を覚悟して。『泣きべそ』に『人混み』みたいな余裕はない。完全に包囲して身動き取れないようにしなければ、這いずってでも逃げる」 それは、別の都市伝説だ。 「泣きべその出現地点は分かっている。目の前で歩いて人を十人追い越して。そのあと、討伐。囮は、この道に引きずり込んでね」 モニターに赤くルートが書き込まれる。 「これが推奨逃走ルート。幹線道路だから、まあぼちぼち……100キロくらいは真っ直ぐだから」 アハハ、イヴちゃん何言ってんの。 イヴは無表情だ。 「コイツはそれくらい平気で走る。向こうがバテるの待ってると、こっちがやられる。だから、先回りしてブロック。この手のビビリにありがちなことに、回避特化だから」 当たらなければいい。捕まらなければいい。とにかく逃げる。 「言っておくけど、抜かれたら、また抜き返すのはとても大変。それぞれの適性もあるだろうから、ブロックに何人置くか、追跡に何人置くかはチームに任せる」 イヴは無表情。 「言うまでもないけど、抜かれたら、追いかけてね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月10日(月)23:03 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 史上最速を目指す乙女達よ。 災いを切り払う術を身につけたか? 生贄を屠れぬか。 ならば、狩人を贄にするがいい。 狩人は、速く、強く、アタランテを愛している。 駆け抜けろ。 それが出来てこその至高の座。 振り切るのだ。 できなければ? 冥府の泥に飲まれるだけだ。 ● 「まずは俺が追いかけられる」 『神速』司馬 鷲祐(BNE000288)は、手順を確認する。 「迎撃地点に誘導後、交戦だ。それが叶わなかった時、追走に……」 『重金属姫』雲野 杏(BNE000582)は、アタランテを引き釣り回す囮役の顔を下から睨めつける。 「交戦に移るって事は、貴方が抜かれるって言う事よね」 アタランテが足を止めるのは、生贄が立ち止まってから。 つまり、生贄が負けなければ、アタランテの足は止まらない。 人混みなら、りんごを受け取り、余裕で少し待ってくれるだろう。 しかし、今回の泣きべそに、そんな余裕はない。 今までのアタランテは、走力が明らかに劣っていた。 しかし、泣きべそ攻略の為にイヴが用意した舞台は100キロ長のストレートロード。 ちょっとした油断が、泣きべその逃走を許す。 「……まさか抜かれるつもりがないなんて言わないわよね」 人混みアタランテ。 (アタランテっていう名前は、ある種のカリスマね) 杏も知っている都市伝説。 死してなお、その名が色褪せることはない。 (でも、この手のカリスマは復活させちゃ駄目よね) 否。 都市伝説たるアタランテは、一度たりとも滅んでいない。 「皆も抜かれるまで手を出すんじゃないわよ。待ち伏せしている事がばれたらその時点で逃走を始めるでしょうから、作戦はご破算よ」 アタランテと呼ばれ、本人も目指しているのに、生来の性質からアタランテの常識から外れ、結果「アタランテ狩り」に目をつけられ、その能力の高さゆえにすべて返り討ちにしてきた、出来損ないの、だが確かに誰もその逃げ足に追いつけない。 「泣きべそアタランテ」 「余計な追いかけっこは無しにしましょ」 それが、常識的な選択だ。 「どうしたの、アッシュ」 『フェアリーライト』レイチェル・ウィン・スノウフィールド(BNE002411)は、難しい顔をした『雷帝』アッシュ・ザ・ライトニング(BNE001789)に問う。 「何だろうな。こいつはこれまでのアタランテとは違うっつーか――これを討伐……抹殺、しちまって良いのか?」 「理由はどうあれ、相当数の覚醒者を手にかけた怪物。アタランテとしてはイレギュラーだわね」 結果、泣きべそは、生きている限り追ってくるアタランテ狩りを殺し続けることだろう。 「何かズレて来てる気がすんだよ」 根拠はない。ただの勘だ。 「アタランテレース。アタランテを生み出す殺し合い。でもよ、ミイラ取りがミイラになる都市伝説なんざ幾らも有る」 いつの間にか取り込まれている。 「伝染する都市伝説?」 レイチェルの言葉が、アッシュの感覚に一番近いかもしれなかった。 アッシュは、直接「人混みアタランテ」を見たことはない。 しかし、ひたひたとその気配を感じる。 目に見えない病原菌。あるいは、呪い。 「今回のは、『それ』になる気があるんだかないんだか……。ないというなら、やる気ではなく、余裕の方なんだろうけど」 レイチェルは首をかしげる。 アッシュは呟く。 「なあ、こいつを殺しちまって本当に良いのか?」 ● 人混みを軽やかに、速やかにすり抜ける鷲祐の後をアキバ系メイドが追いかけ始める。 「――待ってくださァい……」 風にちぎれた、威厳や品格の欠片もない、腑抜けた声。 それでも、今まで囮役を買って出続けていた鷲祐にはわかる。 ジョガー、トリオ、ジュリエッタ。 今までの「アタランテ」とは、プレッシャーが違う。 気配が背後にのしかかってくる。 重苦しい。 既に常人の追いつけない速度で二人は移動している。 「あたし、アタランテにならないと殺されちゃうんですぅ。だから、アタランテさせてくださァい」 歩いている速度とは全く違う、間延びしたテンポ。 余力が有り余っている。 コイツはまだまだ歩く気だ。 それでも。 「……そろそろ、ハッキリ言ってやるべき、か」 青は進め。だから。 十人歩いて追い越した男が青い服だったら、アタランテは必ず追わねばならない。 忌避した時点で、もはや「アタランテ」ではない。 伝説を体現できぬなら、それはただの殺人者だ。 ● 「――司馬さんの現在地を確認」 GPSのマーカーが、ありえない速度で動いている。 『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105)は、防風壁の陰に身を潜めている。 作りかけのまま放置された高速道路の脇に高所はなかったので、次善の策だ。 「現在待機中です。アタランテが迎撃地点に到達次第連携し一斉包囲。自分は後ろからブロック、集中後、攻撃を仕掛けます」 AF越し、杏から通信が入る。 「包囲に移るメンバーは? もし決まってないところがあるならアタシが入るわよ。まあ、間に合わなくてもあたしが入るけれど」 「ルアさん、アッシュさん、モニカさん、ボクと、杏さん。シエルさん、レイチェルさんは後衛です」 亘は、身を潜めている仲間の位置を確認する。 道路上にわざわざ姿を見せる者はいない。 見えたら最後、臆病な「泣きべそ」は何もかもを放り出して、逃走を図るだろう。 「終わらぬ速さの饗宴」 『紫苑の癒し手』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)の柔らかな声がAFからこぼれてくる。 「無理しないで。とは、言いません」 「アタランテ」との戦いで無理をしないで済むということはない。 以前の案件では、シエルの目の前で二人があっという間に地に墜ちた。 いや、シエルがいなかったら、もっと悲惨なことになっていたかもしれない。 「代りに、只管癒してみせましょう」 最後まで立っていられるように。 漏れ聞こえるAFからの通信は、『雪風と共に舞う花』ルア・ホワイト(BNE001372)の意識の隅を通過していく。 (アタランテは必ず倒すの) 「アタランテ」という存在全てを倒したい。 (「最速」への道を私は逸れてしまったけれど。誰よりも速く走って、護れる命があるのなら、私は手段として「最速」を目指すわ) 「人混み」の誘いに怯えていた15歳はもういない。 「来ます。総員、戦闘準備。まもなく視認可能になります」 青い影が近づいてくる。 その後ろに、メイド服。 グリーンベルトの植え込みの中から凝視する。 (仲間がアタランテに殺されるのは嫌だから、仲間を護るために貴女を倒すわ) この一手に掛ける想いは、仲間を護るという意志。 体中のバネが、一つのことのためにだけに引き絞られる。 (絶対に通さない!) 「やっとのお出ましですか。都市伝説が廃れたのかと心配しましたよ」 『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)は、「アタランテ」関連の行く末を見定めると決めてしまっている。 「棒にも箸にもかからない偽物は、絶えず数多く出回っていたようですがね」 たった一つの玉座に群がる有象無象が、階段の途中からくるぶしぶち抜かれて地獄の底まで転落していく様が見たいのだ。 今日のアタランテは、落ちていくものか。 ● 「今日は、追っかけてくる人が来ないです! 初めてアタランテできるかもしれませんっ! うれしいっ。だから――」 た声が真後ろで聞こえる。 「アタランテさせてくださいよぉ」 肩に触れる。湿った生ぬるい手だ。 刃物の気配がする。 「えっと、追いついちゃいました。つ、つまらないから、命をちょうだいっ!」 初台詞ですっ! とはしゃぐ「泣きべそ」に、青い男は振り向きもせず言った。 「言っておくぞ。お前はずっと、俺の後ろだ」 鷲祐は、不意にしゃがみ込んだ。 肩を掴んでいた「泣きべそ」の足がふっと宙に浮く。 旋回する青い影。 「お前は、決して、アタランテではない」 囮の審判は済んでいる。 「……ああなるまでもない!」 脳裏に浮かぶ『人混みアタランテ』 ピンヒールとレイピア。 完全消滅を前に、差し出したりんごを受け取る細い指。 この先どうあがいても、泣きべそはああなれない。 地面に、影が五つ落ちている。 レイチェルが請願した加護がもたらした仮初の翼が、リベリスタをつかの間空に舞わせる。 「きゃ、いや、アタランテ狩りの人ですね! ひどいです。騙したんですねぇ~!?」 鷲祐のナイフを、泣きべそのナイフが払いのける。 脱兎のごとく踵を返す、泣きべそ。 亘が、モニカが、アッシュが、ルアが。 人間の檻と化して、泣きべそを取り囲む。 「騙したんですね騙したんですね――」 鷲祐を殺し損ねた泣きべその動きが止まったかに見えた。 「――ひどいです」 手にしているナイフのギザギザのついたブレードは、ステーキを切るにはいいだろう。 ぞるり。 複数のアキバ系メイド服が、リベリスタと鼻先を突き合わせる。 正面の鷲祐、アッシュ、モニカが、レアステーキの如く切り刻まれる。 「もう、いい」と呟き、いきなり暴走を開始するバーサーカーだ。 アタランテは、速い。 そして、早い。 動作の一挙動に無駄がない。 結果、人が一動く間に二も三も動く。 非力なくせに抜け目のない動きがリベリスタの急所をえぐっていく。 これ以上はさせじと、死角からルアが身を躍らせる。 突き抜ける音速の壁。 二刀が舞う。雪風が舞う。白の結晶が舞う。 「泣きべそ」の涙さえもすべてが塗りつぶされた――白の領域。 (ごめんなさい。泣き虫なおんなのこ) 重なる過去。 あの時の私が、今のあなた。 (きっと囲まれたら怖いと思う。私もノーフェイスだった頃、野良リベリスタに囲まれた事があるから、怖い気持ちが分るよ) 共感。 (でもね、私も譲れない。護らなければならない仲間が居るから) 「きゃっ、ひいいっっ!!」 素っ頓狂な声を上げ、珍妙なポーズを駆使し、そのままもんどりうって顔面からアスファルトに激突しそうなところで踏みとどまる。 宙に咲く泣きべその血花。 けひっと、泣きべそが涙混じりの喜びの声を上げた。 ルアの背後に、アキバ系。 振り下ろされるステーキナイフ。 更に大きな、ルアの血の花。 走り出す泣きべそ。 追いすがるリベリスタ。 それを切り裂いて逃げようとする泣きべそ。 傷つき、互いに傷つけ合いながら追いすがるリベリスタ。 それは愁嘆場のようだ。 自分たちが思っているほどうまく集中できない。 「逃がすんじゃないわよ!?」 スキを見せた穴から突破しようとすれば、上空に待機した杏から、紡ぎあげられた魔力の奔流が飛んでくる。 刺さる光のうち、「麻痺」と「不吉」は消し飛ぶ。 それでも。 「う、うげっげほっひぐぅっ」 泣きべその喉元に不快な熱いものがせり上がってくる。 この光は毒だ。 「痛い、苦しいィィ……」 「しかし……何でメイド服なんだか」 隙は、後ろから飛んできた大地母神の加護に守られたレイチェルが埋めてしまった。 「ば、バイトの制服」 泣きべそは逃げるのをやめない。 ● 「ただ只管に――っ!!」 泣きべその攻撃は苛烈だ。 シエルが一つの詠唱を終える前に、二度三度と切り裂いていく。 そして、混乱した仲間同士の攻撃の応酬が被害を拡大する。 そこだけは、人混みのそれと酷似していた。 最大詠唱を駆使しても、リベリスタの傷が完全に癒えることはない。 今度こそ、昏倒者を出さない。 そして、同士討ちを減らさなくては。 シエルは惜しげもなく自らの魔力を上位存在に捧げて、その興を乞う。 レイチェルが魔力を練り上げる様は、イラクサの帷子を編み上げる末姫のよう。 編まれた概念甲冑を投げるたび、リベリスタは反撃の術を手に入れる。 柔らかな見えない慰撫が、リベリスタの傷を癒し、攻撃すればするほど泣きべそは勝手に傷ついていく。 思ったより、アタランテとの交戦が伸びている。 魔力の泉が枯れかける。 喚起呪文を詠唱する間、祈った。 どうか、みなさん、次の回復まで持ちこたえて。 「生き抜いてアタランテを目指す。その姿に感服します」 翼は血で染まりながらも、亘を宙にとどまらせる。 「最速の頂を目指すなら、濁っててはいけません」 「一度もアタランテできていないけど――」 「自分は己の全てを注ぎ、矜持を貫き、純粋に誰よりも速くなりたい。だからそれだけを鍛え上げ、最速を謡い、目指す人に挑むんです」 なりふり構わず、アタランテの基本を放棄して逃走し、追って来たアタランテ狩りを殺して成長してきた「泣きべそ」を、そもそもアタランテという存在を完全否定する美しい主張。 「貴方は想いも力も強いけど、だからこそ今の貴方やアタランテ達に絶対負けられないんです!」 なんて美しい金色の輝き。 鷲祐と亘が交代で次ぐ美酒にも等しき美技。 でも、「泣きべそ」は、それに酔えはしない。 だって、死にたくなんかないんだもの。 ぞぶりぞぶりと再生していく肉。 「――お前に『アタランテ』を教えた奴は、どんな奴だ?」 前歯を真っ赤に染めた鷲祐は問う。 「教わるようなものじゃない」 出来損ないのアタランテは答える。 「よお、嬢ちゃん。なかなかやるじゃねえか」 アッシュの赤い隻眼が、泣きべその真っ赤な白目の黒い眼と合う。 既に恩寵は使い切った。 「なんですか、その痛そうなトゲトゲーっ!?」 きゃっひいいっと、悲鳴を上げる。 「刺だよ、嬢ちゃん。もうちょい待ちな」 お前に確実にぶち込んでやるまで、この目をお前から離さない。 「で―、手前は雷より速えのか?」 「泣きべそ」のくるぶしが真っ赤な虚に変わる。 ぐしゃり。 「いたぁあああああっ!?」 戦車を穿つ自動砲を人体に使ったらどうなるか。 それを百も承知でモニカはそれを「アタランテ」に向けるのだ。 「攻撃なりBSなりで私を封じれば、割と楽にはなるでしょう」 実際、ここまで攻撃できませんでしたしね。 と、血まみれの頬でにこりともせずに言う。 「ただし、貴女は『アタランテとして完全に失格』です。本物ならこの砲弾に一方的に狙われ続ける理不尽をも黙って飄々と乗り切るもんですよ」 モニカが「アタランテ」に要求する基準は極めて高い。 「だ、だって、あなたが通せんぼするから……っ」 戯言に傾ける耳を、モニカは持ち合わせていない。 「此処で、仕掛ける」 運命は、雷帝に味方する。 並の革醒者のほぼ半分。 その集中力は、狙い定めたエナメルフラット――泣きべその足から微動だにしない。 振り上げられた一撃は魔力をまとわない、研ぎ澄まされた必中必殺の一撃。 (回避っつー武器を殺す) もう、そこしか見えない。 次の瞬間、刺がどう泣きべその足を破壊するかしか見えない。 刺の先端が皮膚に触れた瞬間、神経を犯す白熱衝撃。 傷口から吹き出す、焦げた血液。 変色した喉からほとばしる絶叫。 「てめえの敗因を教えてやるよ。雷の恐さを忘れてた事だ」 泣きべそは、雷への耐性を持っていない。 「てめえは絶対者にも、アタランテにもなれねえ」 両の足を砕かれた泣きべそのナイフをあらぬ方向に蹴り飛ばしながら、アッシュは言う。 「雷帝様を舐めんなよ」 ● (アタランテとしてのこいつは殺そう、でも命を奪われる程の事をやったとはどうしても思えねえ) 屍の山とは言わずとも、屍の丘くらいは作っている「泣きべそ」に、アッシュは声をかける。 「もし、てめえが改心すんなら匿える場所が有るんだが、どうする?」 「――改心!?」 ごばあっ! と、幻聴がする勢いで「泣きべそ」の目が見開かれた。 「アタランテになれなかったアタランテに待ってるのは死です―」 だから、かくまうと言っているのに。 物分りの悪い女。 アッシュが言葉を重ねようと口を開いた刹那。 「できなければ死んだ方がましなくらいアタランテになりたい何ソレ改心バカにしてんのありがとう遅いからドジだから一度もアタランテできないまま終わるあたしのこと馬鹿にしてんのありがとうアタランテのなりぞこないってあたしを指差すのねありがとういっぱいいっぱい殺してきたのにのうのうと生き続けられるくらい面の皮が厚いとおもってんのねありがとう――」 「泣きべそ」の口から溢れ出る言葉の羅列。 高速詠唱もかくやの「速度」。 「歩けないアタランテは――」 ざく。 「泣きべそ」の手刀が、肋骨をへし折り、自分の心臓をつかみ出す。 吹き上がる血がアッシュの顔を盛大に汚した。 「死にます」 ペとん、と横倒しになる。 「決まりです」 それが、都市伝説。 一部になるとは、そういうこと。 せめて最期はアタランテらしく。 「りんごを捧げます、アタランテ」 つかみ出したそれを掲げて。 ● 「泣きべそ」 「都市伝説に殉じた」 「でも、珍妙じゃダメだろ」 「もっと迷惑な化物になれたかもな」 「アタランテは華麗さとか大事。マストだろ」 「そろそろ、狩人たちの中にもいらいらしてる連中が出てきた」 「何しろ『理想』は現れないからねぇ」 「いないなら、育てればいい。もしくは、自分がなればいい――」 「気づいちゃった奴らもいるねぇ。ここまで育った『アタランテ』は餌にしても美味しい」 「『最高速の権化』が見られれば、どんな道を通ろうと『人混み』は喜ぶだろうさ」 アタランテ・レースは終わらない。 未だ、狩人達の目に適うアタランテは現れていない。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|