● 神奈川県立三ツ池公園。 上の池、中の池、下の池、園内にある3つの池に名前を由来する、極々平凡な市民の憩いの場であった筈のこの場所は、嘗て厳かな歪夜、バロックナイツが第七階位、『The Living Mistery』ジャック・ザ・リッパーとアークの死闘の舞台となった。 数知れぬ命が散り、暗い空を怨念が満たし、夥しい血を、この公園は吸った。赤の月が見下ろした、あの聖夜の夜に。 『閉じない穴』と言う深い傷跡を残しつつも、死闘にアークは勝利した。 けれど、血は血を、怨念は怨念を、戦いは戦いを呼ぶのだろうか。あの夜から凡そ一年、未だに、この地に平穏は訪れていない。 三ツ池公園内、北東の森へと突如現れた怨霊の群れと公園の警備に当たっていたリベリスタ達が激しくぶつかり合う。 並みの精神ならば見るだけで恐慌に陥るであろうおぞましい敵に、けれどもリベリスタ達は果敢に立ち向かった。 第一級の警戒を要する『閉じない穴』の警護に配属されるリベリスタだ。当然、それなりの腕と心の強さを持ち、幾つもの困難を乗り越えてきた兵である。 ……なのに、其処で繰り広げられたのは一方的な虐殺だった。 「あああああああああっ、何だ? 一体何なんだ!?」 疑問を口にした男の目が、怨霊に抉られ暗い空洞と化す。 「このっ!」 男に対し、トドメを刺さんと群がる悪霊を弾き散らそうと、仲間を、恋人を守らんと……、女が武器を『ゆっくり』と振り翳す。 決してふざけている訳では無い。愛する人を救う為に、必死にならぬ者が何処に居ようか。 けれど彼女の体に纏わりつく不可視の音が、其の動きを阻害する。……否、纏わりつくなんて生易しいモノじゃない。まるで音にまさぐられているかの様な感触が全身を這い回る。 水銀のプールで泳がされているが如く、動きは鈍い。必死にもがく眼前で、恋人が怨霊に喉笛を食い千切られた。 断末魔の空気の漏れる音が、無力な彼女の心を、戦意を砕き散らす。 嗚呼、死んだ男の体が動き出す。瞳を失くした眼窩で彼女を見詰め、穴の開いた喉から空気を洩らして、まだ温もりの残る血に濡れた両腕で愛しい彼女を抱き締めんと。 ………… 「はっ、成る程。モーゼス様の言もあながち間違いじゃないな。……コイツはエグイ」 「急にこの話を持ち出した時は、てっきりバレット様の話に乗りたくなかっただけかと思ったもんだが」 三ツ池公園内、北東の森へと現れた二人の楽団員は、死霊術師だからこそ判るこの公園が孕む怨念の深さに顔を顰める。 「モーゼス様に、バレット様、か。どっちも面倒クサイっちゃ面倒クサイお人だねぇ」 「愛しの弟、エンツォの奴も呼べば良かったかねぇ?」 狂気に惹かれ、無念のままに死んだフィクサードの妄執。 塔の魔女に生み出されしも、其の彼女から捨て駒として使われて滅んだエリューションの苦しみ。 血と魔力に惹かれて墜ちてきた異世界の種の狂気。 「パイプオルガン担ぎながらこの森は無理だな。そもそも俺等のエンジェル、エンツォはモーゼス様に嫌われてるだろ」 「俺等だってアイツの事は言えないけどな。金属製の木管楽器、あの人からしたら俺等は蝙蝠みたいなもんだぜ」 まあ実際に、2人は蝙蝠のビーストハーフであり、楽団内での立場も蝙蝠だ。 『官能』エリオと『煽情』エルモの二人と、この場には居ないが彼等の弟である『オルガニスト』エンツォは楽団でも比較的新顔の3人組である。 実力者には誰彼構わず媚を売る彼等の節操の無さには眉を顰める者も多いが、其れでも彼等はその特異な能力故に楽団内での確固たる位置を築きつつあった。 「ま、良いんじゃね。エンツォはバレット様と仲良いみたいだしよ。精々アッチに媚びてもらおうぜ」 「問題はシアー様だよな。取り付く島もありゃしねぇ」 軽口を叩く2人にとって、功を競う実力者達の動きは自分達の有用性をアピールする格好の機会なのだ。 節操無く、そして狡猾に動く蝙蝠達。 ……けれど、まだ2人は気付いていない。 自分達が呼び出したモノの影に潜む狂気に。嘗て此の森に振って来た、混沌の一欠けらに。 ● 『諸君、緊急事態だ。先に謝るが、此の通信を受け取った諸君等はこの任務を拒否出来ない。……すまない』 通信機から聞こえて来たのは『老兵』陽立・逆貫(nBNE000208)の、謝罪。 『現在三ツ池公園が突如出現した『楽団』からの攻撃を受けている。警護任務についていたリベリスタ達が奮戦してくれてはいるが……、そう長くは持たないだろう』 成る程、任務を拒否されたからといって次を探すだけの余裕が無いと言う訳か。 見えはせずとも、通信の先に居る逆貫の眉間に深い皺が刻まれているだろう事は、想像に難くない。 『時間が無いので説明を始めさせて貰う。申し訳ないが現場に向かいながら聞いて欲しい。諸君等に対処して貰うのは、三ツ池公園の北東の森に現れた楽団、及び死霊達の対処だ』 通信機に転送された公園の地図に、赤点が記されている。 『詳しい資料も直ぐに送付するので目を通しておいてくれ。敵は楽団員、『官能』エリオ、『煽情』エルモ。此の二人と、二人の召喚した怨霊によって警護のリベリスタ達が犠牲になっている。尚、犠牲となった者の死体も動き出して敵と化すらしい』 今日本中を襲っている、ケイオス・“コンダクター”・カントーリオが『混沌組曲』。 此の騒動も其の一章節なのだろう。だが相手が誰であろうと、『閉じない穴』を渡す事だけは決して出来ない。 『警護のリベリスタが壊滅させられつつある事からも判る様に、敵は非常に強大だ。……申し訳ないが、頼む。そして一つ、此れは杞憂に終れば良いのだが、恐らくは敵の二人も気付いていないだろうが、……諸君等はあの聖夜の夜に北東の森に出現したアザーバイド『混沌』を覚えているかね?』 資料 フィクサード:『官能』エリオ 蝙蝠のビーストハーフの死霊術師。 アルトサックス『sexsax02』 半径数十m内の任意の対象(複数)に物理的な力を持つまでに至った濃い音を絡みつかせ、其の動きを縛る。 移動距離減、速度減、命中減、回避減、攻撃力減 を与える。 ペナルティを与える人数を一人に絞る事も出来、その際のペナルティは更に大きな物となる。 但しこのアーティファクトを演奏には他の能動的行動が一切取れないほどの集中力を必要とする。 フィクサード:『煽情』エルモ 蝙蝠のビーストハーフの死霊術師。 ソプラノサックス『sexsax01』 半径数十m内の任意の対象(複数)の動きを物理的な力を持つまでに至った濃い音で後押しする。 移動距離増、速度増、命中増、回避増加、攻撃力増 を与える。 ステータス増加を与える人数を一人に絞る事も出来、その際のステータス増加は更に大きな物となる。 但しこのアーティファクトを演奏には他の能動的行動が一切取れないほどの集中力を必要とする。 怨霊:レギオン 溶け合う様に殺されたフィクサード達の怨霊。見た目は複雑に絡み合い、溶け合った人間達が宙に浮かんでいる姿。 嘗てアザーバイド『混沌』に吸収されて殺されたフィクサード達の無念の魂が実態化した物。……ただし彼等は魂まで混沌に汚されており、条件を満たせば内に眠る混沌の意思が彼等の魂を喰らって出現すると思われる。 能力は近接範囲に入った相手からターンの頭にEPを吸収(自動的に)。腕を伸ばして敵に突き刺す(?遠複、与えたダメージの何割かのHPを吸収)。物理攻撃に対する耐性。 怨霊:群像のストルゲー 愛への未練が他の怨念を喰らって巨大化した物。見た目は体長5m程の半透明の女性だが、其の全身には無数の釘が突き刺さっている。 群像のストルゲーが攻撃を受けた場合、半径30m以内で攻撃者が大切に思う者が爆発して防御力を無視した大ダメージを受け、攻撃者はHPを回復する(特に的した者が居なければ攻撃者のセルフ爆破のセルフ回復)。 他には釘(とは言え投げ槍程度の大きさは在る)を飛ばして攻撃する能力と、物理攻撃に対する耐性も所持。 亡者:公園警護のリベリスタ達 デュランダル2名、ソードミラージュ1名、ナイトクリーク1名、クロスイージス2名、クリミナルスタア1名、プロアデプト1名、ホーリーメイガス2名、マグメイガス2名の合計12体の死体が動き出した物。 非常にしぶとく、力も強い。 ● 血ノ味ダ 無念ノ味ダ 知ッテル 覚エテル 美味シイ楽シイ嬉シイ欲シイ モット、モットモットモットモットモット、足リナイ 嗚呼嗚呼、違ウ、コウじゃナイ 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーー……あ゛ー」 イヒ クヒ、エヒ、アヒヒヒヒヒヒヒヒ モウ、少シ |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月09日(日)23:19 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 風が吹く。 血の香りをたっぷり含んだ、重たい風が。 今や公園内は血で満ちていた。 まるで月を赤く染めんとするが如く、まるで歪夜、BaroqueNightを希うが如く、殺戮が吹き抜ける。 世界は歪む。 歪んで捻れ、捻れて狂う。 何時に無く、そして、何時も通りに。 幾度と無く、終る事無く、飽きる事無く、尽きる事無く、繰り返され続ける悪意と悲劇の連鎖。 けれど其れでも抗わねばならない。 彼等の全てが諦めた時に連鎖は終る。だが其れは最悪の形、世界の終わりと言う形でだ。 「怖いけど、行かなくちゃ」 怖気を振り切る様に、『紅玉の白鷲』蘭・羽音(BNE001477)は手に持つ得物、ラディカル・エンジンを握り直す。 武器が勇気を与えてくれるわけでは決して無い。でも此れは、己の中の勇気を呼び覚ます為の儀式。 手が、この武器が届く範囲ならば、大事な物を、者を、必ず守り通すと心に決めて。 「これ以上、彼等の自由にさせちゃいけない」 木々茂る、眼前の森の何処かに居る楽団員、ケイオス・“コンダクター”・カントーリオに率いられ来日した死霊術師達の好きにさせてなるものか。 死体を、怨霊を、死を操る彼等。 閉じない穴を守る為に多くのリベリスタが犠牲になり、そして操り人形と化した。 増援として派遣された自分達とて、同じ運命を辿らないとは言い切れない。 「……私は生きて帰りますよ」 虚空を、今だ赤には染まらない寒々しい月を見上げ、それでも『絹嵐天女』銀咲 嶺(BNE002104)はそう呟いた。 だって、 「大切な人と二人で生きてゆきたいのですもの」 まだ死にたくなんかない。死ぬ訳になんていかない。 儚く強い、リベリスタ達の想い。 何時も悪意は彼等を飲み込まんと襲う。儚い彼等を嘲笑うように、強い彼等を打ち砕かんとうねりを増して。 「急ごう。仲間の死を冒涜されて黙ってられるか」 『覇界闘士-アンブレイカブル-』御厨・夏栖斗(BNE000004)の噛み締めた唇からは血が滴る。 一刻も早く、殺され、操り人形と化した仲間達を解放すべく、リベリスタ達は北東の森へと足を踏み入れた。 ドクン、と混沌の種子が密かに脈打つ。 森を進むリベリスタ達。『回復狂』メアリ・ラングストン(BNE000075)の感情探査で探知できた感情は2つだけ。 一言では表現出来ぬが、敢えて言葉にするなら狂気と、そして強すぎる愛。 其の感情は二つの怨霊が発する物。 死体には感情探査に引っ掛かる様な強い感情はなく、……楽団員、『官能』エリオと『煽情』エルモにしたところで別段殺戮が楽しい訳でも、死体に興奮する訳でも、リベリスタ達が憎い訳でもないのだ。 仕事だから、楽団内での立場の為に、付き合っているに過ぎない。無論演奏は彼等にとっては至上の喜びであろうけど、既に聴衆も居なくなった。 抱く感情は嫌気のみ。其れも感情探査に引っ掛からぬ程度の、ほんの僅かな。 午睡とピッツァと女を好む、死霊術師にしては陽気な彼等にとって、陰気なこの森での任務は既に退屈なだけなだったのだろう。 たった今、この瞬間までの話だが。 下生えを踏み分ける音を、2人の蝙蝠達は抜け目無く拾い、二人が楽器を構える音を、集音装置を備えたリベリスタ達は逃す事なく聴き取る。 「来るよ!」 楽団員とリベリスタ、彼我の距離はまだ充分に遠い。 けれども警告を飛ばす『真面目な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)の耳は、別の音、死者達が此方を目指して駆け寄る音を捉えていたのだ。 「あんたたちの好きにはさせない。そんでもって、全員で帰る。絶対に!」 刃を抜き払い、構える『すもーる くらっしゃー』羽柴 壱也(BNE002639)の言葉は誓いであると同時に、集音装置でこの言葉を拾うであろう2人のフィクサードに対しての宣戦布告だ。 木々の陰から、武器を握り締めた死体達が現れ、其れを振るう。 ● 刃と刃が音を立てて噛み合った。 二人のフィクサードを抑える為に、更に森の奥へと進まんとした『鋼鉄の戦巫女』村上 真琴(BNE002654)に現れた死体……、事前に見たデータではデュランダルとされている彼の亡骸がその武器を彼女に叩き付けたのだ。 2合、3合、火花が散る。 真琴は生前の彼と比べても格上の存在だ。盾で止め、剣では受け流し、相手の姿勢を崩す。 如何に破壊力を誇るデュランダルの一撃といえど、まともに受けねばどうと言う事は無い……筈だった。 武器を受け流され、崩れた体勢に逆に真琴の一撃を受けながらも、デュランダルの死体は其のダメージを気にする事無く、止まる事無く、想像以上のスピードで其の乱杭歯を真琴の喉首に食い込ませる。 痛み、苦しみ、意識の埒外である奇行に対する混乱。 真琴が喉首に喰らいついた死者の頭部にブロードソードを叩き込んで引き剥がしたのは、彼女の喉がゴキリと音を立てて砕けるのとほぼ同時の出来事だった。 息がし難い。声が出ない。声の代わりに血が喉から溢れ出てくる。 けれども、其れより何より、眼前の相手は、頭部が半ば胴体から千切れ落ちそうになりながらも、未だに戦意を失っていない。 死者の群れに苦戦を強いられたのは真琴ばかりでは無い。 己が利き手の生み出す焔に、しかし夏栖斗は小さく舌を打つ。振るった技は、彼が思うほどの効果を発揮していない。 夏栖斗が焔腕で狙った死者達は、最初に視認した時よりも遥かに早い動きで、彼の技を回避した。 ……けれど違う、それだけでは無い。より正確に言うならば決して低くは無い命中率を誇る夏栖斗の攻撃を回避するには、其れだけでは足りない筈なのだ。技を放った彼自身の動きが鈍らされていなければ。 夏栖斗の舌打ちは、己が身をまさぐるように絡みつく、粘る様な音の波に対して発せられたのだ。 生者では在り得ない、死者だから可能な、或いは操り人形であるからこそ行える動きだけならば、戦闘経験豊富なリベリスタ達は対応が可能である。 ノーフェイス、E・アンデッド、人と近しい姿を持ちながらも、人から外れた異形達の動きに対応してきた彼等だから。 しかし其処に、エリオとエルモ、二人の奏でる音が加わってしまえば話が変わる。 二人のフィクサードは森の奥から、姿見えぬ木々の影から、音で体を後押しする加速を、音を体に纏わりつかせる減速を、自在に行う事で戦場を支配した。 今までと変わらぬ動き方で、不意に速度を増す死者達。何時もと変わらぬ動きなのに、不意に思ったよりもずっと遅い動きを強いられるリベリスタ達。 其れを行う相手の姿が見えぬだけに、不意を突かれ、行動を乱され、苦戦を強いられる。 増幅、或いは減衰される程度は、凡そ3割~4割程だろう。この数値は、同程度の力の持ち主に、片側に増幅、もう片側に減衰を掛ければ、両者の力量差がほぼ倍程度に開いてしまう増減の値だ。 唯一救いといえるのは、死者達が生前の、リベリスタとしての技を使ってこなかった事である。 死霊術師達は死者にスキルを使わせる為には、自立ではなくより精度の高い精密操作を必要とされるが、其れはsexsaxの演奏と同時に、或いは片手間に行えるほど容易い行為では無いのだ。 羽音のオーララッシュ、壱也のギガクラッシュ、2人のデュランダルの威圧が、夏栖斗を飲み込みかけた死者の群れに待ったをかけた。 数を、後押しされる動きを、2人が留めれたのはほんの一瞬。しかし其の一瞬があったればこそ、2丁の銃より素早く吐き出された幾つもの光弾、虎美の放ったスターライトキャノンと、死者の身体を貫き縫い止める気糸、嶺の放つピンポイントスペシャリティ、彼女達の放った面での攻撃が敵の群れを押し返す事が出来たのだ。 真琴の、そして夏栖斗も軽くは無い傷を負った。 だが其れでも彼等は崩れない。メアリの天使の歌が、 「ファンファーレを吹き鳴らせ聖神よ! 歌を歌って天使たち! 楽団に負けない位にボクを賛美せよ! 永遠の可愛さを持つボクの讃美歌を!」 自分への賛美歌、絶対の自信で高位存在へと働きかける『ナルシス天使』平等 愛(BNE003951)の聖神の息吹が、彼等を支えるからだ。 「三ツ池は立ち入り禁止っつってんだろ糞共!」 中衛に立ち、敵の浸透に備える『破邪の魔術師』霧島 俊介(BNE000082)が森の奥へ、2人の楽団員に向かって口汚く吼える。 彼はこの地獄に憤りを隠せない。溢れかえる死が、苦痛が、悲劇が、どれ一つとして許せない。 「楽団、てめぇ等アークに喧嘩売ってただで済むと思うなよ!」 9人のリベリスタが、死者の群れに対して力を振るい、此れを撃滅せんとした。 けれどここに集まったリベリスタ、最後の一人、『自称・雷音の夫』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)は死者よりも脅威を秘めたモノの接近に、正しくは、其の脅威であるレギオンの奥底に潜む『混沌』の接近に気付き、視線険しく宙を見上げる。 「またテメェか……、いい加減向こうの世界に帰りやがれよ」 木々の陰から、宙を舞う幾人もの人間が複雑に絡み合い、溶け合って歪な球形を成す異形の怨霊が、そして其の魂の奥底に潜むアザーバイド、混沌の意思が姿を見せた。 既に懐中の混沌の種子は脈動を隠そうともせず、再び己とめぐり合えた喜びに打ち震えている。 ファンファーレを吹き鳴らすのは聖神ではない。きっともっとずっと、深く、暗い場所から来る、異質で邪悪な何かだ。 ● 怨霊から幾本もの手が伸び、リベリスタ達を襲う。 手を掻い潜り、或いは武器で振り払うも、其の間隙に死者達が浸け込み戦線を押し出す。 状況は次第に悪化しつつあった。 羽音が振るうラディカル・エンジンが死者の身体を捉えて削り取る。けれど其の死者は、回転する刃に身を削られながらも更に前へと進み出て、自らの肉と骨でチェーンソーの回転を食い止めた。 武器の先にぶら下がる異物に羽音の動きが鈍り、其れを見逃さぬ死者達は一斉に彼女へと群がっていく。 割って入った壱也が其の幾らかは引き受けたものの、其れでも死者の波は羽音を傷つけた威力を削った。 E・アンデッドと比較しても異常なタフさを発揮している、動き出したE・能力者の死体。そしてレギオンが近寄れば、レギオンの近接能力である吸収を嫌ったリベリスタ達が下がり、其の分前線が後退していく。 E・アンデッドでは無い死体、E・フォースでは無い怨霊、更には彼等を後押ししてはリベリスタを縛る音に、未だアークは対応し切れていない。 更に、ダメ押しの様に現れたのは、宙に浮かぶ、全長5mほどの巨大な半透明の女性。 この公園で、あの決戦の日に死んだフィクサードへの愛への未練が、他の怨念を喰らって存在を増した、群像のストルゲー。 彼女の放つ、槍と言っても違和感の無いサイズの釘が、後衛への道を防ぐ俊介の胸をぶち抜いた。彼の口から、吐き出された大量の血が零れ落ちていく。 ストルゲーが敢えて俊介を狙った理由は唯一つ。あの夜に、自分の愛したあの人に敵対する者の顔を、彼女は実にしつこく、未だにはっきりと覚えていたから。 戦いは続き、運命の歯車は音を立てて回る。各々が苦戦を強いられ、時に窮地に追い込まれるリベリスタ達。 戦局は、まだ姿の見えぬ楽団員達が率いる死者と怨霊の群れに完全に傾いていた。 しかし、である。 メアリの翳した指先に、神気閃光、戦場が真っ白な閃光に包まれた。 白に焼け付いた視界を切り裂き、糸が飛ぶ。 「天女の紡ぐ羽衣は……ただ綺麗なだけではないのですよ!」 厄介な反撃能力を持つストルゲーのみを対象から外し、嶺の全身から伸びた気糸が死者を、レギオンを貫いていく。 そして崩れ落ちたのは、リベリスタ達からの集中攻撃を受けた、生前はクリミナルスタアだった死体の一つ。 まるで其の勢いに乗るかの如く、ダブルアクションにより2回の行動を可能とした虎美が戦場に強力な光弾、スターライトキャノンをばら撒いた。 身を削る光弾にレギオンが震え、聞く者に怖気を感じさせる咆哮を上げる。 更に続くは、恐らくは一連の流れで最も重要な、愛による回復、聖神の息吹。 出来る事は全部する。諦める事無く立ち上がるし、何千何万回だって回復してやる。例え他の皆が立ち上がりたくなくとも、諦めてしまったとしても、愛は回復を諦めない。 「誰も死なせたくないんだ。ボクの可愛さを伝える人が死ぬのは嫌だしね」 冗談ではなく、本気で其れを言い切る愛のブレなさは、そのまま彼の心の強さに繋がっている。 リベリスタ達は、諦めない。 圧倒されつつある戦況で、其れでもリベリスタ達が崩れないのは、1つに嶺のインスタントチャージをも含む手厚い回復、そして2つ目に、不利な状況にあろうとも己の役割を放棄せず歯車を回し続ける強い心があったればこそ。 例え今は闇に覆われていようとも、粘り、粘り、粘り続ければ、一縷の希望は見えてくる。 ● 音で加速されたレギオンの腕が四方に伸びた。上がる血飛沫がレギオンの体に吸い込まれていく。 其の腕の先の一つでは、虎鐵を突き飛ばした夏栖斗が其の肩口を貫かれていた。 攻撃重視の虎鐵とて夏栖斗に比べればタフさ、防御力共に劣るとは言え、一流の実力を持つ前衛だ。庇われる利は薄く、戦術的な意味も薄い。 けれどそれでも、夏栖斗は動かずに居られなかった。 夏栖斗の目からみて、虎鐵の動きは明らかに何時もと違う。其れは楽団員の音が彼の動きを阻害するから、だけでは無い。 虎鐵がレギオンを、……其の内側に潜む混沌を、そして懐のカオスシードを気にしすぎるあまりに普段の動きが行えていないからだ。 元より攻撃に其の真価を発揮する虎鐵だが、今日の彼は過剰に攻撃性を剥き出しにしていた。 だが其れは獲物を狙う虎の如く、では無い。まるで追い詰められた猫が必死に足掻くかの様な、余裕無き虎鐵の様が、恐らく夏栖斗は放っておけなかったのだ。 「ブルってんだろ、糞親父!」 義理とは言え、息子に侮られる事ほど父のプライドを傷つける事は他に無い。 背中を見せられる事ほど、悔しい事は他に無い。 息子の前でビビってる訳にはいかぬと、闘志を奮い立たせ、牙を剥き出して、しかし其れでも見抜かれた余裕の無さ。 言い様の無い感情が、虎鐵の中を駆け巡る。 けれどこの時、夏栖斗の言葉に虎鐵は本当の意味でキレていた。 ぬるりと、まるで澱んだ水を泳ぐ魚の様に、地を滑り動いた虎鐵。 傷を負った夏栖斗を狙った死者に対し、振り下ろされるは肉体の限界等何処かに置き去った、在り得ない一撃。 振り下ろされ、地をも切り裂き其の刀身を沈めた虎鐵の真打・鬼影兼久。 其の眼前で、頭部から股間までを二つに断たれた死体が、左右に分かれて倒れ行く。 反論の言葉は口には上らない。何故なら其の言葉は正しく事実を指し示して居たから。 大事な物を奪われる恐怖は、今も心から拭えない。 でも其れでも、息子に侮られ、心配されて、黙ってなど居られるものか。 男は、父は、ただ背中で語る。100万の言葉よりも、雄弁に。 「良いリズムだ。悪くないね」 演奏の合間に、楽器から口を離したエリオが呟く。 其の唇には笑み。 「粘り強く、強かだな。今夜はセッションの相手に恵まれた」 同じく、エルモも。 彼等が口にするは、アークのリベリスタ達への純粋な賞賛。 音で触れた彼等の強さに、折れなさに、2人はリベリスタを好敵手だと認識したのだ。 音で動きを後押しする為、音で相手の動きを阻害する為、2人は特異な能力で目に頼らずとも完全に戦況を把握していた。 「官能的だね。グッと来る」 「扇情的だぜ。誘ってんだろ」 薄っすらと額に汗を滲ませ、そして二人は再び演奏に没頭していく。 リベリスタ達の粘り強い戦いが、僅かずつであるが戦線を押し戻し、傾いた天秤を平衡に近づける。 中衛に立つ俊介の思考の奔流、J・エクスプロージョンが浸透する死者達を弾き飛ばして押し返す。 物理的な影響を及ぼすに至った圧倒的なその思考に、押し寄せた死者の一体、奇しくも俊介と同じホーリーメイガスだった彼の体が砕け散る。 死体として操られる事により、生前よりも遥かにタフ……、否、壊れる事を気にしない存在と化しているとは言え、やはり後衛職の死体の方が力も弱いし砕け易い。 俊介に押し戻され怯んだ死者に、大上段から振り下ろされる神聖な力を秘めた真琴の一撃、魔落の鉄槌。 肩口に強烈な一撃を受けた死者の膝が砕けて折れ曲がった。 例え足で立てずとも、腕で這いより喰らい付いてくる死者ではあるけども、やはり其の状態になれば脅威度は大きく低下する。 地に倒れ、動き鈍った其の死者に、 「無念なのはわかるけど、眠ってもらうから」 雷光、壱也のギガクラッシュが止めを刺した。 だがリベリスタ達の猛攻を、死者達や怨霊がただ黙って、甘んじて受けるはずも無い。 例え手厚い回復があろうとも、諦めぬ、折れぬ心があろうとも、其の猛攻には、無論対価を必要としたのだ。 死者を砕いた真琴の身体を、倒れ行く死体の影から伸びたレギオンの腕が貫き啜る。 更に其の隙を待ち受けていたかの様に、回復を挟ませまいと、一斉に彼女を襲う死者達の武器、喰らい付き。 切り裂かれて、肉が食い千切られて、血が舞う。運命を対価にした踏み止まりすら関係ないと言わんばかりの重ねられた猛攻に、真琴の身体が崩れ落ちる。 そして其の後ろの俊介の腹には、何本か目の巨大な釘が突き刺さった。 中衛として敵の浸透を弾き続けた俊介は、前衛のリベリスタ達と同等に死者達からの攻撃を受けている。其れは決して防御に優れるとは言いがたい彼に、確実にダメージを蓄積していた。 其処に加えて、ストルゲーの存在だ。 ストルゲーは俊介のみを狙い続け、其の釘を放つ。未練がましく、未練をぶつけるように、何かを求めるかの如く、しつこく、只管に。 地に、釘で縫い止められる俊介。既に限界は超えている。其れでも彼は運命を対価に踏み止まり、己を縫い止める釘を其の手で引き抜かんと、掴む。 けれど、けれど、けれどだ。 獲物を、今は亡き主の敵を葬らんと望むストルゲーの執念が、悲劇の運命を呼び寄せ、彼女に更なる行動、ダブルアクションを許した。 己の腹の釘を引き抜きつつあった俊介の喉に、新たな釘が、突き刺さる。 「俊介っ!」 余りに早いストルゲーの二度目の行動に、駆け寄る事さえ、庇う事さえ出来なかった羽音の悲痛な叫びが木霊した。 ずっと、ずっと、ずっと、攻撃を受け続ける俊介から、何とか己にターゲットを移せないかと足掻いた羽音。 だが俊介が狙われ続ける状況では、其れは如何にも難しい。何故なら羽音が攻撃を引き付けようとストルゲーに攻撃を仕掛けたならば、先ず間違いなく俊介の体が爆発しただろう。其れは追い詰められつつあった彼にとって、間違いなくトドメとなった筈だ。 こんなにも近くに居るのに、もっとも大事な人を守る事さえ出来ない、敵を傷つける手段しか持たない己の無力に、羽音の心が哀しみに染まる。心が傷付き、血を流す。 だが彼女にとっての真の悲劇は、其の直後に訪れた。 目の前で倒れた恋人への、胸を割かれそうな程の苦しみと悲しみが、不意に、薄れた。 正確には、薄れたのでは無い。何時の間にか彼女の近くへと迫ったレギオンに、其の中に潜む混沌に、心の力と一緒に奪われ喰われたのだ。 ―――嗚呼、ゴチソウサマ――― アークと楽団、リベリスタとフィクサードの戦いに、怒りと哀しみが鳴り響く『混沌組曲』に、異音が混ざる。 ● 「チッ、出るぞ!」 虎鐵が警告を飛ばす。 あれほど彼の懐で脈打っていた混沌の種子、カオスシードが沈黙したのだ。 今まで虎鐵に使われる度に、彼に肉体的な力を与えるのと引き換えに心の力を奪っていたカオスシード。 其の蓄えた心の力が、感情が、全てレギオンへと流し込まれた。 レギオンの様子の変化に、けれども先んじて打ち込まれた死者達をも巻き込んだ光弾、虎美のスターライトキャノンに、宙に浮かぶレギオンが弾け飛ぶ。 余りにあっけない、レギオンの最後。だが己が成した事の成果を、誰よりも虎美が信じていない。 ギリギリのタイミングの攻撃で復活を防げた。在り得ぬ話では無い。 けれどそんな都合の良い出来事が、このギリギリの死を覚悟せねばならぬ戦いの場で、簡単に起きる筈が無い事を、幾つもの修羅場を潜った虎美は身を持って知っていたからだ。 そして無論、彼女の勘は当たっていた。 砕け散ったレギオンの核は、怨霊と化した魂を飴玉の如く舐め尽くした混沌は、比較的損傷の少ない死者、恋人が眼前でレギオンに殺された事に心折れ、動き出した恋人の死体に対して抵抗しなかった為に損害少なく死んだ、女性の身体へと潜りこんでいた。 心肺機能停止中、脳死状態、各部損傷大。 如何に損傷少なく死んだとは言え、リベリスタとの戦いで更に其の損傷度合いを広げた彼女の体。外見的に一番目だった損傷は、腕が一本欠けている事だろう。 しかし、だ。 欠けた腕から伸びた触手が、地に転がった他の死者の腕に繋がり、戻る。 腕部適合開始、終了。 腕が、まるで元から彼女の物であったかのような、違和感ない形へと修正された。 各部損傷修復中、終了。 傷が埋まる。材料はそこら中に散らかされた肉塊だ。 脳幹同化終了、小脳機能修復中、大脳支配完了。 取り込み、同化する事で脳機能を修復させ、支配は更に脊髄へと及び、中枢神経を己が物とする。 心肺機能再起動。 そう、再起動。彼女の、眼が開く。 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーー」 喉から漏れる、異常な呻き声。 人間には在り得ぬ、死体としても、一人のリベリスタとしても在り得ない、異常な存在感。 想定外の異様な雰囲気に、誰一人として動けない。 「あーアーアーあー、アー、あああああああああっ!」 だがそれは次第に明瞭に、抑揚を変えて。 「あっ、あ、あんっ、あ、あは、あはははははっ」 笑い声と共に、彼女は受肉した。 彼女が生きていた時の名前は、大内・歩美。 「アーク、リベリスタ、楽団、フィクサード、私、リベリスタ、歩美、……違う、アザーバイド、『混沌』」 歩美はリベリスタ達を指差し、森の奥を指差し、自分を指差し、ニコリと微笑む。 自分の知識を確かめながら。 「ボトムチャンネル、日本、三ツ池公園、閉じない穴、ラルカーナ、フュリエ」 差す指は三つの池に囲まれた広場の方向へ。 其の指の先にある閉じない穴を求めるが如く、其の先にあるラルカーナや、新たな獲物となりうるフュリエの存在を知れた事に薄っすら頬を赤らめて。 「させるかよっ!」 最初に動いたのは、鉄の心で雰囲気に飲まれる事を拒絶した夏栖斗。刃を交えずとも相対しただけで判る、相手の異常さ、圧倒的な危険性。 けれど、だからと言って漸く落ち着いたばかりのラルカーナを、この眼前の相手が狙う事を許す事等出来はしない。 構えから放たんとするは、空を切り裂く蹴撃、虚空。 「やめて下さい夏栖斗先輩。私達昨日声掛け合ったばかりの、仲間だったじゃないですか!」 歩美の声で、怯える様に、咎める様に。 一瞬夏栖斗の動きが鈍る。鉄の心で迷いを押し殺す、一瞬だけ。 そう、彼女も言ったとおり、仲間『だった』のだ。 だが混沌にとって、猶予は其の一瞬で充分だった。歩美の五指が、先端を鋭く硬化させ、夏栖斗の心臓目指して伸びる。 攻撃鈍った一瞬の間隙を突かれた、避けようもない、必殺のタイミング。 しかし不意に伸びる指の速度が減衰し、逆に避けれぬを承知で無駄に足掻く筈だった夏栖斗の動きは速度を増して回避を成す。 更には、次いで動き出し、伸びた指を切り払う虎鐵、羽音の動きも鋭さを増していた。 混沌を縛るは音、そしてリベリスタ達を後押ししたのも、また音だ。 未だリベリスタ達とは対面していないが、演奏中で声も出せぬが、もし仮にあの兄弟がこの場に居たなら言うだろう。 「「それは、ちょっと許せねぇよ」」 と。 仮にリベリスタ達が有象無象だったならば、彼等は介入しなかっただろう。よもやの利敵行為は、彼等が蝙蝠と嘲られてまで弟の為に求める楽団内での立場を悪くする事に繋がりかねない。 けれど彼等はリベリスタ達をセッションの相手、好敵手として認めていたのだ。 2人の兄弟は楽団に入る前はジャズを酷く好んでいた。其の血が、セッションに混じった異音をどうしても許せないと叫ぶ。 折角巡り合えたセッションの相手を、こんなつまらぬ横槍で失ってなるものかと。 ● 戦闘態勢に入った混沌が、周囲から精神力を、感情を奪い出す。 精密操作の成されぬ、スキルを使用出来ない死者は混沌に取って脅威となりえない。 下手をすれば受肉の際に見受けられた様に、肉体修復の素材として使われる恐れさえあるのだ。 しかし混沌に対して真に期待すべき戦力であるリベリスタ達は、混沌が出現した場合は楽団の撤退を待ってからの、自分たちも撤退との共通認識を決めており、楽団からのまさかの支援に咄嗟に対応して切れていない。 まるでレギオンの攻撃の様に、だが其れよりも遥かに強力に、歩美の背中から新たな幾本もの腕を生やして伸ばす混沌。 既に其の動きには、エリオのsexsax02による音の影響が見られない。体表面を細かく震わせる事で、混沌は音の影響を無視する適合を、戦闘中の進化を見せたのだ。 伸びる混沌の攻撃は後衛にまで届き、メアリが、嶺が、運命を対価にしての踏み止まりを迫られる。 そして更に、恐らく此れが一番最悪で決定的な出来事だっただろうけれども、リベリスタ達と同様に腕に貫かれたストルゲーの爆発は……、混沌にでは無く虎鐵に起きたのだ。 攻撃と爆発に、崩れかかる虎鐵の膝。 「やめてくれない? 其れは私の大事な、大事な、えーっと、ねぇ?」 言葉を選ぶ振りをしても答えは明白、大事な餌だ。彼女は覚えている。 嘗て喰らった、虎鐵の大事な想いの味を。彼が心より愛する一人の少女の記憶を。 自分よりも大事に思う自分の餌。何故なら一つになってしまえば、誰も彼も結局は自分になるのだから。 粘る意味は、もう無い。そして粘りようも無い。 リベリスタ達が逃げれば、この場の楽団員達も逃げるだろう。 まるでリベリスタ達の意図を察するかのように、一斉に襲い掛かり壁となる死者達。そしてストルゲー。 撤退するリベリスタ達を混沌は追わない。何故なら歩美の知識として知っているからだ。 彼等は自分を放置出来ない。何時か必ず、彼等自身から自分の前に姿を現すであろう事を。 それにストルゲーを構成する『愛』は甘く、まるで飴玉の様に魅力的だったから。 喰い散らかされる、嘗て釘打ちと言う名のフィクサードを愛したE・ゴーレムの想いを、未練を核にした怨霊。 そしてもう一つ。 全てが去った戦場で、混沌は後に残された死体の一つ、傷だらけで崩れ落ちた歩美の恋人の亡骸を大切に持ち上げ、口付け、取り込んでいく。 自分の中で一つに成れば、歩美もきっと寂しくないだろうから。 公園外へと混沌は去りいく。未だ此処を制圧しきるだけの力が自分に無い事を、アークと言う組織を知る歩美の知識から判断したが故に。 人間を理解し始めた混沌は、其れでも歪み切ったままに信じている。大きな穴を開け、この世界を自分を呼び込み覆えば、きっと哀しみも苦しみも何も無い、全てが自分で満たされた、誰もが望む争いの無い平和な世界になるのだと。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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