● 「ねえ狩生サン」 「はい、なんでしょうか」 「買い物に行きたいんだけど」 「……はい?」 『御機嫌よう、先生! 本当は私とお姉さまがお出かけするはずだったんだけど……私、お仕事が入ってしまったの……』 「嗚呼。……分かりました、無理はせずに。お土産でも用意しておきましょう」 『あ、はい……っ! ご、ごめんなさい! それじゃ、また連絡するわねっ!』 「……そう言う訳で」 「分かりました。……まぁ、折角ですし、今回も」 「勿論そのつもりよ。じゃ、ブリーフィングルームで」 ● 「どーも。まぁ、毎度の事ながら。今日は普通のお誘いよ」 珍しくきっちりと、外出の用意を整えて。『導唄』月隠・響希 (nBNE000225)は一枚の紙をひらつかせた。 「クリスマスマーケット、って知ってる? アドヴェント、そうね、丁度今から、クリスマス前までの期間の事を言うんだけど、そこで行われる催しの事。 有名な物は……ドイツかしらね。ニュルンベルクにシュトゥットガルト、ドレスデン。華やかなイルミネーションとか、クリスマス用の商品とか、見てるだけで楽しいものよ。 ……で。なんか、今年はそれを、三高平でもやってみるらしくて。結構盛大だから、あんたらもどうかなーって思って」 こう言うの、好きな人もいるでしょう。机に置かれたチラシ。可愛らしく装飾された用紙に踊るクリスマスの文字に、溜息を漏らすのか胸を高鳴らせるのかは人それぞれだろうけど。 「まぁ、一応あたしと、狩生サンが一緒に行くので。もし良かったら一緒に遊びましょう。 クリスマス用品とか、外国のお菓子とか。あとはまぁ、雑貨なんかも売ってるみたい。プレゼント選びするのも悪くないかもね」 じゃ、後は当日。ひらひら、軽く手を振って。フォーチュナはブリーフィングルームを後にした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月14日(金)23:45 |
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● その日。空は薄い灰色の雲に覆われていた。日が落ち始めた今、冷え込みは厳しくて。吐く息は真っ白。 それでも、空気は何処か暖かく、煌きに満ちていた。 「ようやく冷え込みも本格的になってきたな」 腕に抱きつき擦り寄る恋人に向ける視線は常より優しく。そっと櫻子の銀髪を撫でた櫻霞は、そっとその華奢な指先を絡め取る。 「で、お前は何が欲しいんだ?」 「櫻子、お家に大きなクリスマスリースが欲しいですにゃ~」 するり、コートのポケットに滑り込む二つの手。嬉しそうに笑う櫻子の手を引いて、華やかな出店の並ぶ通りに入った。 見渡す限り何処も飾り立てられていて。この時期にしかない華やかさに、櫻子の表情は自然と緩む。 「ふふっ、櫻霞様はクリスマスってお好きですか?」 オーナメントに、小さめのクリッペ。クリスマス用の食器やスノードーム。可愛いものは沢山で。鞄に入るだけ、好きなものを買い揃える途中に投げかけられた問いに、櫻霞が微かに首を傾ける。 1人で過ごしていたから、イベントらしいイベントをした記憶は無い、と呟いて。少しだけ表情を緩めた。 「ま、今年はお前が居るからそれで十分だ」 柔らかな声音に、櫻子の表情が緩む。今年は家でローストチキンを焼こう。勿論、彼の大好きなものも沢山。 こっそり、揃いのマグカップを仕舞う。一杯になったその中を見つめて目を細めた。買い物はもうこれでお仕舞い。だって。 「ふにゃ~……もっと欲しいですけれど~……櫻霞様の手を離すのは嫌ですの~」 見上げる瞳が、撫でて欲しいと言わんばかりに瞬く。その色に勿論気付かない訳が無くて。櫻霞の手が、優しく髪を撫でる。 そのまま、降りた手がかかるのは、華奢な首。少しだけ冷たい、金属質なものが触れた。視線を下げれば、胸元で踊る煌き。 「さて、帰るぞ……ここは冷えるしな」 手を引いた。嬉しそうに満面の笑みを浮かべた恋人と共に、その足は煌きの奥へと消えていく。 煌く世界の理由。聖夜が近付いているからだと気付いた那雪は、ぼんやりと、クリスマスカードを眺めていた。 「……おや、お1人ですか」 「ええ……。珍しいところで、あったの、よ……」 お買い物? 尋ねれば軽く頷く。それに頷き返して、視線を手元に戻した。満月にかかるソリの影。雪降りしきるそのカードを見詰める視線に、微かに首が傾けられた。 「何方かに送られるんでしょうか、可愛らしいカードですね」 如何思うか、なんて問う前に返った感想に安堵した様に表情を緩めた。有難う、と告げて、そっとカードを手に取る。 隣に並んで、並んだカードを眺める狩生に視線を向けた。レンズ越しに交わる視線。微かに首が傾いた。 「それなら……これで、狩生さんに、送っても……いい?」 クリスマスカード、なんて子供っぽいかもしれないけれど。でも、今まで送った事の無いこれを初めて送るのなら。その相手は、狩生が良い、と思った。 「……自分でもよく、わからないけれど……でも、そう思ったの、よ」 駄目かしら、と。控えめな声に首を振った。沢山のカードの中から一枚、長い指先が選び取って。仄かに笑みを浮かべて目を細めた。 「喜んで。……初めて頂くのが私で良いのか、と言う点のみが少々気になりますが」 君からの言葉、楽しみにしています。何時もより穏やかな声が、微かに耳を擽った。 華やかなイベントの中では勿論、恋人同士も多いけれど。三高平のリア充代表とも言うべき悠里は、1人で真剣に、並ぶ雑貨と見詰め合っていた。 「……設楽クン? しーたーらーくーんー」 聞こえてる? ひらひら、目の前で振られる手。弾かれた様に振り向いて、気恥ずかしげに笑った。 「うわっ! 響希さん! ……あー、全然気づいてなかった。こんにちは」 人の声も届かない程に熱中する様子に面白そうに笑った響希にばつが悪そうに視線を逸らして。悠里は実は、と口を開いた。 ただでさえ、日本では恋人同士のイベントとして重要な位置づけであるクリスマスは、悠里と愛しの彼女にとっては更に特別な日なのだ。 悠里が、想いを伝えた日。つまりは俗に言う一周年記念日という奴だ。嗚呼まじリア充。 「そんな訳でプレゼントを吟味してるんだけど、中々……。あ、そうだ」 折角だから、女性としての意見を。聞きかけて、慌てて首を振った。なんでもない、と告げられた言葉に傾げられる首。 でもそれでも聞けない。だって彼女に贈るプレゼントだ。それを別の女性に選んでもらうだなんて! 指輪は贈った。ネックレスは、ロザリオがあるから駄目で。出来るなら形に残るもの……呟く声と共に、意識が段々また集中していく。 「……まぁ、独り言程度に言うなら、そうねえ」 ブックカバーとか、少しお洒落にオルゴールとか。選択肢は色々ある気がする、なんて声は届いているのだろうか。 良いもの見つかると良いわね、なんて声と共に、微笑ましげに目を細めたフォーチュナは違う通りへと姿を消す。 街中を満たすクリスマスの雰囲気。大好きな世界の中で幸せそうに笑うニニギアの手が、しっかりと握るのはランディの手。 素敵なものを見つける度。見て、と楽しげに手を引く恋人に自然と表情が和らいだ。 モールに、柊のリース。林檎の飾りに、リボンを結んだ斧……は違う気がするけれど。 「似合う?」 「よしよし、、可愛いし似合ってるぞ」 増えていく荷物の合間に、ニニギアが被ったのはサンタ帽。ランディはトナカイとサンタどっちだろう。赤服がいいからサンタだな、なんて。笑い交わした。 「わたしも荷物持つ!」 大きなランディの腕いっぱい。本番が楽しみになる程の荷物の一つを引く手に、首を捻る。手を繋ぎたいから、なんて言葉に応える様に引き寄せて、手を繋ぎ直した。 「なあ、ニニ。……これからお前が大変な場所に行くのは知ってる」 しっかりと。結んだ手に力を込めて。ランディは言葉を紡ぐ。 神になんて祈る気はなかった。彼女の無事は、自分が決めた。だから。 「必ず戻って来い。──精一杯後悔の無い様に」 髪を撫でた。飛び込んで来た身体は確り受け止めて。何度も何度も。確かめるように、寄り添った影は離れなかった。 ● 煌めく通りにあるのは出店ばかりではない。暖かな室内でオーナメントを眺めながら、レイチェルはふと、窓の外に視線を流した。 「一年、あっと言う間だなぁ」 去年の今頃。血で血を洗う抗争はもう遙か昔の事の様で。沈みかけた思考を引き戻すように、オーナメントを掬い上げた。 父親は毎年、家中を飾りたがって。あんまりにも広い自宅を隅々まで飾るのは毎年大変だけれど。自分も母親もなんだかんだで楽しんでいるし、何より。 楽しそうに飾り付けていく顔を見るのは、悪い気はしなかった。 艶やかな林檎の飾りも。靴下も、可愛らしい天使も。どれも可愛くて、思わずどんどん籠に入れていく。 「……あ、これ可愛い。お母さんも気に入るかな?」 主要な物はもう十分だから、と思っていたのに。思ったより増えてしまった買い物袋に、少しだけ笑った。 世界は何時にも増して煌びやかで。けれど、虎鐵にとっては何時も通り愛娘が何より煌いていた。 「ら、雷音の……おにゅーの服が可愛いでござる……」 雷音が服の可愛さを引き立てる、って普通逆ですけどきっと彼にとってはどんな宝石より雷音なのだろう。嗚呼抱き締めたいぎゅーしたい、願望駄々漏れな彼に、雷音は買い物が出来ないと聞こえない振りをした。 「うう、雷音……拙者手が寒いでござる……手を繋ぐでござるよ!」 「手を繋ぐくらいならかまわん」 どうせ、寒さなんか関係なく手を繋ぎたがるのだから。差し出した手は即座に握り締められる。大きくて温かい手。常に自分を優しく想い続ける彼の手は、何時だって雷音に安心を与えてくれる。 自分もこうして手を繋ぐのが好きだ、と。小さく呟いて、雷音が抱え上げたのはポインセチア。情熱と永遠の命のいろを併せ持つ花。 それを袋に入れて貰って、少しだけ悴んだ手に息を吐きかけた。 「うう……冬は出費が痛いのでござぁ……」 「出費が多いのは憂鬱だが、冬はお前の生まれた季節だ、わるくない」 ケーキの材料も、なんて呟いた虎鐵の耳を擽る声は酷く優しい。抱き締めてしまいたいのを我慢する彼の横で、雷音は大事に仕舞った包みを指先で撫でた。 「あ、虎鐵、」 こっそり買ったプレゼントに、彼はどんな顔をしてくれるのだろうか。 震えた携帯が着信を告げる。今何処、何て文面に返す間も無く振られた手に、亘は笑顔で手を振り返した。 暁穂ちゃんと買い物してた、そんな言葉と共に渡されたのは温かくて甘いココア。15分前行動で随分冷えた手が仄かに温まる。 「あげる。……紳士は素敵だけど、風邪引くんじゃないわよ」 「有難う御座います。今夜も素敵な夜を過ごせそうですね、よろしくお願いします」 笑い交わして歩き出した。露店を眺めながら言葉を交えて。弾んだ会話の中で亘は不意に、少しだけ躊躇いがちに口を開いた。 「……実は相談がありまして」 あの『お嬢様』へのプレゼントを探しているのだが、どうしても見当が付かなくて。出来れば女性の意見を、と尋ねる顔はどれ程大人びた彼だろうと、淡い想いを抱く少年のそれで。 微笑ましげに目を細めた響希は、そうねぇ、と首を捻った。 「生憎、あたし女子力無いんだけど。……うーん」 可愛らしい子だから、リボンや手鏡は。手近の可愛らしいコンパクトを手に取る。参考に、と眺める彼が男性の好みのものを告げれば、へぇ、と面白そうに頷いた。 「最近は寒いですし、手を繋いで過ごせたら最高ですね」 それが、好きである人なら尚更。亘の言葉に少しだけ笑って、響希はそうね、と呟いた。 「相手の感情は見えなくても、繋いだ手の温度だけは嘘を吐かないわ」 だから、素敵ね。溜息交じりの声は直に笑顔に変わって、当日は頑張ってね、とその背を叩いた。 広場の片隅。暖かな空気と、香ばしい珈琲の香りを漂わせる移動式TomorrowCoffeeの中で、朋彦は静かにサイフォンと向かい合っていた。 寒い冬には、煮えたぎる熱さの珈琲だろう。3連サイフォンを使って抽出されたそれが、真っ白な湯気を立てて揺らめく。 それを待っていたかの様に差し出されるのは生佐目のタンブラー。来るしかなかった。だって、さむい。 「すいません、コーヒー下さい、お願いします……何でもしますから……」 砂糖抜きでなんて言ってるけど別に黒に拘りがあるわけでも真髄を求めてる訳でもない。理由は単純ただひとつ。 お医者さんに、言われたのだ。――これ以上は、不味いって。 それってどんだけですかとか糖尿ですかとか聞きたくなる気持ちはさておいて。渡された珈琲を楽しむ彼女の横に次に来たのは七花。 「ブラックモアブレンド、ください」 最近はアンデッド相手ばかりで気が滅入るばかりで。少し羽休めにきた彼女の前にも置かれる珈琲。普段缶珈琲にしか馴染みが無いから、それがどんな物なのかは分からないけれど。 温かさと風味は、心を安らがせてくれた。表情を緩めて、広げるのは出店で買ったチョコレートのレープクーヘン。 続いて入ってきたエリスにも珈琲を出して。それぞれに舌鼓を打つ様子を眺めながら、朋彦はそっと、外で降り始めた雪を眺めた。 聖夜を待ちわび、愛を交わす風景。こうして平穏な時を過ごせると言うのは当たり前だけれど大切な事で、自然と胸に募る感謝を感じた。まぁ。妬ましい、なんて言うのは、さておくのだけれど。 「平穏を守る為。進んでいくよ」 この先の聖夜の平穏は、きっとこれからの自分達にかかっているのだから。 「レープクーヘンもシュトレンもグリューワインも好きよ」 こう言うと食い意地が張っているようだけれど。そう言えば、共に出かける時は大抵飲食絡みが多い様な。 何時もの様に狩生と並んでワインの屋台に寄ったエレオノーラが首を捻れば、青年は確かに、と微かに笑った。 「香辛料が効いたお菓子は好きよ。勿論、ワインも好き」 「私もワインは好きですね、……実は意外と甘い物も」 降り始めた雪を見上げた。日本では余り言われないけれど、クリスマスは本来、神の子の生誕を祝う日。けれど、エレオノーラにとっても、その事実は然程重要ではない事だった。 だって。会った事もない神の子より、身近な友人や仲間のお祝いの方がずっと大事だから。そこまで告げて、隣の青年を見上げた。 「だからね、お祝いに来てくれて嬉しかったわ。ちゃんとプレゼントに愛も頂いたしね。ふふ」 楽しげな笑みに、眼鏡越しの銀月が瞬く。少しだけ気恥ずかしげに指先が口元を覆う様子に笑みを深める。 折角だ、家で飲む酒でも買っていこうか。なんて思ってお勧めを問えば、示されたのはあのアイスヴァイン。 「……甘いものがお嫌いでなければ。嗚呼、もし宜しければその内ご一緒に」 さり気無く次の約束を入れる様子に、また少しだけ笑ってしまった。 「くわしゃんなう! くわしゃんな「偶然会っただけだろが……!ぶん殴るぞ」 宣言と同時に落ちる拳。偶然遭遇した火車に飛び付いて即効返り討ちにあったばかりの俊介は再びの一撃に慌てて頭を押さえた。 そんな様子は華麗にスルーして。寒さに耐えかねた火車が買うのはホットコーヒー。二つのカップを受け取って、片方を差し出した。 「ホラよ、俊介も飲むだろ?」 クリスマス前にクリスマス色の街を、まさか男と一緒に歩くとか、何て呟いていた俊介が驚いた様に瞬きする。少しの沈黙の後。 「でもくわしゃん好きだからいいよ! ホモじゃないよ、珈琲貰う!」 少しだけ渡したくなくなったのは多分気のせいではない。気を取り直して、適当な場所に座った。行き過ぎる人達は皆幸せそうで。大いに結構と心中で呟いた。 「……そいやオメェ、一人で何してん?」 彼女に贈り物は用意したのか。そんな問いに、俊介は首を傾ける。特に何も思い浮かばない。呟いた声に今度は火車が驚く羽目になった。 彼らなりのやり方があるのだろうし、口出しは野暮だろう。余計なお世話だとも、思うのだけれど。 「まぁ……一緒に居れる内は、楽しくやっとけよ」 ぽつり、と漏れた声。そこに混じったいろには気付かない振りをして。何か買っても良いかもしれない、なんて呟いた俊介が顔を上げる。 「くわしゃんにも、なんかクリスマスプレゼント買ってやんよ!」 「あ? んなモンいらん。ぶん殴るぞ」 本日3度目の拳が落とされたのかどうかは、分からない。 ● ふわり揺れるプリーツスカート。会って早々おや、と呟かれた声によもぎは慌てて口を開いた。 「……こ、この間褒められたからではないよ、たまたまさ」 本当はその通りなのだけどどうも気恥ずかしくて。誤魔化す言葉に狩生は表情を緩めてそうですか、と呟いた。 「未だ何も言っていないのですが、……ええ、やはりとてもお似合いです」 色とりどりの雑貨を眺める。聖夜当日は当然楽しいけれど、そこに至るまでの日を楽しむ習慣が、よもぎには好ましくて。 「へえ、アドヴェントカレンダーだけでなく、アドヴェントキャンドルなんてものもあるのか……」 「行事自体が日本とは違いますからね。……アドヴェントクランツ、と呼ぶそうです」 私も本場に行ったのは一度きりですが。そんな雑談の合間に、よもぎが買ったのは小振りのエンジェルチャイム。 余り、メジャーではなくなってしまったようだけど。炎を点せば優しい音色を響かせる天使を、狩生に贈りたいと思った。 大切な相手に。そっと包みを仕舞う様子に微笑んで、青年は次の店へと歩を進める。 「随分と賑やかで華やかで、わくわくします。ね、腕鍛様」 日本のクリスマス、否、外のクリスマスとはどういうものなのだろうか。そんな期待を寄せていたリリが楽しげに視線を巡らせれば、腕鍛も笑顔でそれに応じる。 日本では恋人と過ごすのが一般的。そう教えてから微笑んだ。 「なので、拙者たちは必然的に一般的になるでござるな」 笑みを交わして、寄り添った。寒いなんて言いながら、一緒にマフラーを巻いて。コートに包まれて。嗚呼、幸せだ、と、リリはそっと目を伏せる。 こんな風にずっと、もっと一緒に。それはとても素敵で、けれど、少しだけ贅沢だろうかと思ってしまう。 こんなにも、傍に居るのに。もっともっとと願う気持ちは止まらない。 「そう言えばこんなもの作ってきたんでござるよ」 そんな言葉と共に差し出されたのは、手作りのアドヴェントカレンダー。一番最後。聖夜の日に閉じ込めた煌きと愛の言葉を一緒に手渡せば、嬉しそうに笑う顔。 少しだけ不恰好なのが寧ろ嬉しくて。何が入っているのだろう、と胸を高鳴らせた。 「貴方と一緒に喜ばしい日を待って、当日も貴方と……嬉しすぎてどうにかなってしまいそうです」 楽しみ、と囁く声。込められた愛の言葉を見た時、彼女はどんな顔をするのだろうか。 未だ慣れぬ三高平。こんな催し物もあるのか、と輝は辺りを見回した。ドイツの方の催しだっただろうか、とても綺麗で、言葉が出なかった。 歩いた先。大きなツリーの前で足を止める。煌くそれは美しくて。けれどそれ以上に美しい命の灯火がこの街に溢れている事を、輝は知っていた。 「……皆さんはこの灯火も守ってるんですね」 自分にも、守れるのだろうか。答えは分からなくて。でも。精一杯やってみたいと思わせる何かが、この街にはある気がした。 優しく幸福な時間に彩られる街中。しかし、世の中にはそんな所謂リア充ばかりでは無い。三高平非リア代表・ヘルマンは何処か虚ろな瞳でイルミネーションを見つめていた。 あっいやリアルは充実してますね。執事だし。ご主人様何処か分からなくてもマジ執事だし。 「……ハハ……」 だから別に落ち込んでない。どれだけ言い聞かせても溜息は止まらない。綺麗だね、なんて囁く恋人同士が通り過ぎた。嗚呼絶望。歩いた先にある華やかなツリーにはもう、虚無感しか覚えない。 胸に手を当てた。溢れるこの気持ちは、まさにオサレポエム。 静かだ……ここには人がたくさんいて、その声もよく聞こえるのに……とても静かだ…… まるで薄い氷の膜で隔てられているかのように…… わたくしの心はこんなにも静かで、冷たく凍てついている…… 以上、ヘルマンさん渾身のポエムでした。嗚呼。なんでこんなリア充の祭典でぼっちなのか。その上オサレポエムしてるのか。余計に虚無感が増したのは気のせいでしょうか。いや、気のせいではありません。もう帰ろう。 「帰っても……暖房もないし……誰もいないけど……」 囁くような声音が物凄く辛さを煽ります。真白い雪の中、歩き去る彼に幸あれ。 「サンタ苦労して老衰のため、今年からクリスマスは中止させて頂きます。長年のご愛顧有難う御座いました」 声高に。街角でビラを読み上げながらばらまく影一つ。そして、隣で何故か良い感じのクリスマスソング・ジャズアレンジしてる影一つ。 そもそもクリスマスはカップルの日じゃないし。粛々と厳かに家族と過ごす日だし。そう、竜一と楓が行っているのはリア充撲滅。要するにリア撲。 寒空の下であっても寂しくなんか無い。だって、リア撲してること事態に暖かさを感じるんだから! 「おらっ! しっかり客寄せしろ、楓!」 そんな言葉に、渋々従う楓は吹き抜けた冷たい風に肩を竦めた。嗚呼温かい部屋でのんびりする休日は何処に行ったのか。 考えながらチラシを覗き込んで吃驚。幸せそうなカップルの冷たい視線の理由が分かって、何とも言えない顔をした。奏者的には幸福を願うけど、個人的には自分も彼女欲しい。 妬ましい、と思う気持ちは無くもな…… 「あ、定時だ。彼女へのプレゼント買いに行かないと! ばいびゅー!」 ぱっとしまわれるチラシ。勢い良く駆け去ろうとする姿に一瞬止まって、しかし即座に燃え上がる怒りに任せてサックスをぶん投げた。 「え、いや、ちょ、ふざけんなっ!!」 がつん、と鈍い音。幸せな街中で怒った小さな惨劇は、その日のちょっとした名物になったらしい。 2人で交わした部屋の話。毎年少しだけだけれど、ジャンが部屋を飾ると言うクリスマスグッズを買い揃えに。壱和はジャン本人と共に出店の中を歩き回っていた。 「うふふ、もうクリスマス当日みたいね」 「ツリーもいいですけど、スノードームも綺麗ですね」 クリスマスの足音はもう近くて。華やぐ雰囲気だけで胸が高鳴る。荷物を全て抱えてくれジャンを気遣いながら買い物を楽しむ壱和に、ジャンはプレゼントの下見もしようと微笑んだ。 どんなものが良いのだろうか。少し考えて。 「ボクは贈るなら、普段使えるもの、でしょうか」 特別でなくても良いから、いつでも傍にあるものを。ぎこちなく、けれどはっきりとした呟きに、ジャンも頷く。 喜んだ笑顔が見たいから。素敵なものを贈りたくて、どんなものが好きなのか、と問う。 「アタシは…そうねぇ、何でも嬉しいけれど身に付けられるものがいいかも」 「置物でしょうか。部屋にあるとほっとしませんか?」 いつでも目に出来るでしょ、なんてジャンの言葉に頷いて。好みを教え合い笑い合う。素敵なものはみつかるだろうか。次の出店へと足を進める二人の背は何処か楽しげだった。 ● 「珍しいのね、来ないかと思ってた」 「たまにはね。……迷子になりそうだ、手を繋いでくれる?」 何時も通り。無表情なミカサの軽口に響希が笑う。結んだ指先を引かれる侭、少しだけ楽しげな背を見遣った。 買い物に来たけれど、何がどこにあるやらさっぱりで。けれど折角こうして見て回るなら。共に歩くのは彼女が良かった。 「クッキーはこの辺。あとなんだっけ、蝋燭?」 問いかけに頷く。辺り一面に漂う甘くて優しい香り。覚えのあるそれに瞳を微かに細めた。 瓶や袋一杯に詰められた中から、ミカサが選ぶのは薄焼きのジンジャークッキー。飴の瓶を受け取りながら、響希は珍しいと呟いた。 「"pepparkaksgubbar"だっけ」 「……クリスマスなんて、と思っていたけれど」 準備は意外と楽しいものだ、なんて。遠い異国の言葉には答えずに響希の荷物を受け取った。そっちも、と大きめの袋を示せば、大丈夫、と振られる首。 「買い物に付き合って貰うんだし、これ位はするよ」 「有り難いけど、そうじゃなくて、その、」 視線が逸れて、言葉も無く買い物の為に解いた指先が少し雑に結び直される。スヌードに隠れた顔が紅いのは見ない振りをして。小さい頃は、と呟いた。 「クリスマスは、猫の人形を貰う日だと思ってたんだ」 「可愛い。……あたしは、ちゃんとやるの多分初めてじゃないかなぁ」 知識としてはあるけど。そう告げる表情は何時もよりずっと楽しそうで。少しだけ考えた。嗚呼、口に出すのは柄じゃないのだけど。 「……今年は君と一緒に過ごせると良い」 聞こえなくても良い、と投げた言葉。赤銅が此方を向いて。緩やかに細められた。 「本気なら、迎えに来てね」 ぽつりと紡がれた言葉も、華やかな喧騒の中に溶けていく。 ふらふらと、女子2人で歩き回るのは飲食系の出店の通り。気付けばクリスマス一色の世界に、椿は時の流れの速さを実感する。 ついこの前まで、ハロウィンだった気がするのに。外出してない内に、季節の移ろいは早い物だ。 「こう色んな料理があると色々食べさせあいっこしたくなりますよ」 「シュトレンって美味しいん? 美味しそうやなぁって思っても、中々食べられへんから……」 あれもこれも。目に留まったものから慧架が買って見ては2人で食べ。時折戯れに差出してみたりして。 感じていた寒さは、気付けば何処へやら。混雑し始めた通りではぐれないように気をつけながら、慧架は楽しげに椿を見遣った。 怪談のイメージが強い椿だけれど、今話すのは互いの食べるお菓子や料理の話ばかり。何処にでも居る少女の様な会話に自然と笑みが零れた。 「ソーセージとかラーム……惣菜パン? とか、ビールに合いそうやな……」 国繋がりで来年はオクトーバーフェスにも。そう告げて、けれど未だ、隣の少女が未成年である事を思い出した。 それなら、再来年。一緒に行こう、と交わした約束に、楽しげに笑い合った。 ぴったり寄り添って、もうすぐクリスマスだね、なんてイルミネーションを眺めて。 早いもんだなと呟いた宗一が、寒いだろと身体ごと引き寄せれば、霧香は幸せそうに表情を緩めた。 「凄いね、色んなお菓子があるよ。見たこと無いのもいっぱい!」 「菓子の名前とか出されてもさっぱりだな、……食べてみるか?」 どんな味なのだろうか。わくわくと瞳を輝かせる霧香が手に取ったのは、可愛らしく焼かれたクッキー。あーん、なんて恋人っぽく差し出せば、直に口の中に消えるそれ。 美味しい? 尋ねれば傾げられる首。そうだな、なんて言いながら宗一の指は一枚のクッキーを摘み上げて、口に入れて、。 声を出す間もなかった。重なる唇の隙間から、押し込まれたのは仄かに甘いクッキーだけれど。味を確認する間も無く飲み込んで、離れて意地悪げに此方を見詰める宗一を見詰めた。 真っ赤になった顔を隠す様に、口元を覆う。ぽんぽん、と銀色を撫でながら。宗一は酷く満足げに目を細めた。 「どうだ、そんな味だぜ?」 「おいしいかどうかなんてわかんないよ、もうっ」 真っ赤な顔を隠す様に胸元を叩いて。でも、溢れる幸せな気持ちに思わず微笑んだ。 来年もまた、なんて。重なった言葉に笑みは深まる。ずっとずっと寄り添ったまま、二人の姿は雑踏へと消えていく。 「……結構盛大だとは聞いてたけど、思ってたより本格的だな」 「流石日本、クリスマスだけじゃなくてアドベントまでなんて」 マーケットを一望して。楽しげに笑う猛と繋いだ指先に視線を落とせば、リセリアは日本の文化風土の懐の広さに感嘆の吐息を漏らした。 華やかな店の間を通り抜けながら。ドイツに行けばもっと本格的なのか、と猛は呟く。出来るなら、何時か彼女と行ってみたかった。 でも、それにはドイツ語を覚えないといけない。リセリアの綺麗な日本語に改めて感心しながら、ふと真面目な表情を浮かべた。 「向こう行ったら色々挨拶もしたいし、覚えないとな。とりあえず、自分の名前と、お嬢さんを僕に下さいの単語優先で」 「……えっと」 何て言えば良いのか。言葉に詰まるリセリアの瞳が彷徨う。リセリアにこの国の言葉を与えてくれた人物が誰か、は言わない方が良いのだろう。 気を取り直すように、何れ行く事もあるだろうと少し笑った。そうなれば、それはそれで、嬉しい気もした。 「……ま、これからも宜しくな。リセリア」 「ええ、宜しくです猛さん」 笑い合う。次は何処を見ようか、そんな会話と共に、靴音は進んでいく。 腕を組んで、まるで恋人同士の様に。特に目的はないけれど、傍にいるだけで浮き立つ気持ちに、レイチェルはそっと目を伏せる。 嬉しくて、楽しくて。自然と弾む足取り。それに気付きながら夜鷹は幸福感に少しだけ混じる影に、静かに視線を下げた。 恋人同士。行きかう彼らと自分達は何も変わらないのに、そこにある気持ちは違うのだと思っていた。 これほど心が近付いても、自分は彼女を妹分だと想い続ける。彼女が追うのは、兄の面影だろうから。きっと自分を置いて行くだろう黒猫に想いを残さない様に。 きつくきつく、言い聞かせた。この先で、この位置が誰かに変わってしまっても大丈夫な様に。嗚呼でも、それまでは。 この温もりを感じていよう。そんな彼の視線の先で、レイチェルがじっと見詰めるのはシルバーのブレスレット。 翼の刻印のそれが可愛らしくて、買ってしまおうかと少し眉を寄せた。 「レイに似合いそうだね。買ってあげるよ」 遠慮は要らない。でも、なんて押し問答。その最中で閃いたアイデアに、レイチェルはそれじゃあ、と口を開き直した。 「私からも夜鷹さんにプレゼントしますから、お互いに、っていうのはどうですか?」 「なるほど、クリスマスだし。そうしようか」 一件落着。互いに互いの物を買って交換した。手首の煌きに、思わず表情が緩む。お揃い、なんて可愛らしい響きに胸が高鳴った。 ありがとうございます、と頬に唇を寄せる。目の前で優しく細められた瞳と、髪を撫でる大きな手。とても、幸せだった。 そんな彼女を見詰めて。夜鷹は声に出さずに一人願う。不確かで小さなこの幸せが、如何か、少しでも長く続く様にと。 ● 手を繋いで店の中。今年はシエルと2人、自分の部屋のツリーを飾る予定を立てた光介は、今から弾む気持ちに楽しげに目を細めた。 「ふふっ、目移りしちゃいますね」 そんな彼の声を聞きながら。シエルの頭を満たすのは、ツリーを飾る『場所』の事。光介のアパートに飾る、と言う事は即ち。 「……さりげなく光介様のアパートへお邪魔するチャンス!?」 そわそわ。落ち着かなさげに呟いた台詞は幸運にも光介には届かなかったらしい。首を振って、慌てて光介の視線の先を追った。 ちょこん、と鎮座する愛らしい天使。精巧でありながら温かみのある素敵な置物に、シエルはそっと目を細めた。 「……お買いにならないのですか?」 何故だか籠に入れない様子に首を捻れば、光介の視線が此方を向いて。愛おしげに細められる瞳と、微笑む口元。伸びた手が、そっとシエルを引き寄せる。 「だって、ボクの天使なら、もうここに」 手放したりなんかしない。囁く声に真赤になって、けれど嬉しくてそっと、寄り添った。冬だというのに身体が温かいのは恥ずかしいからではなくて。きっと、心の温もり故なのだろう。 一番美味しかったシュトレンと、気に入った蜜蝋の蝋燭。るんるん気分で歩く終が次に向かうのは、アドヴェントカレンダーの店。 お菓子がたっぷりなカレンダーはロマンだ。中に何が入っているのか、待ちきれなくてついつい開けてしまったりするのも楽しみの一つ。 「あ、あれかわいい! あれにしよう☆」 手に取ったのはクリスマスツリーのカレンダー。中身はなんだろう、何て心を躍らせて、雪降りしきる通りを歩いた。 今年は何のケーキを作ろうか。壱子ちゃんも大好きな苺ショートか、英国にちなんでクリスマスプティングか。王道・ブッシュノドエルも良い。 イタリアからの珍客も忘れてはいけない。パネトーネもありかもしれない。 「う~ん、悩ましい!」 未だ時間はある。参考に、と終の足は軽やかにパティスリーへと向かっていった。 「日本のクリスマスは華やかですよね」 色づく街を眺めながら、凛子とリルは何時もの様に並んで歩いていた。表向き、目的は楽しく買い物。けれどリルにとっては大事な大事なリサーチがあるのだ。 ちらちらと。凛子の様子をチェック。何が好きなのか、プレゼントの参考に一つたりとも見逃さない。 「アクセサリーとか綺麗ッスよね。お菓子も美味しそうッスけど」 雑談でそれとなく尋ねてみれば、凛子は少しだけ首を傾ける。プレゼントの事だろうか、なんて事は口にしなかった。自分はどうしようか、リルの服装を眺めて、手編みのマフラーにしようと思い立つ。 「……余り女性らしい答えではないですが、実用品が良いですね」 少しだけ苦笑する彼女を見遣りながら、リルもまた考える。アクセサリーも良いけれど、置物でも良いだろうか。 考え込む彼にばれないようにこっそりと。毛糸玉を買った凛子の行動には気付かずに。リルは、少し緊張気味にひとつ、深呼吸をした。 プレゼントも大事だけど。それ以上に大事なのは。 「良かったら、ッスけど、デートしたいッスッ」 「私で良ければお願いします」 一世一代の想いを込めたそれに、凛子ははにかみながら応じてくれる。顔が緩んでどうしようもなかった。胸が高鳴る。 嗚呼。早く当日がやってこないだろうか。弾む心を隠さずに、二人並んで帰路に着く。 「あぁ、愛が無い。愛が無い」 此処に来て半月。色々あるものだ何て思いながら。いりすは一人ただ只管に歩き回る。幾ら他人に囲まれようと、結局それは独りと同じ。孤独に堪え切れなければみな異邦人。 まぁ、それでも。いりすは人の幸せを見るのが左程、嫌いではなかった。 ああなら折角だ。祈ってやろう。願ってやろう。こんなにも愛に満ちた人の世の幸せを。人に愛あれ。世に幸いあれ。 神の子が生まれた日を祝うのだというのなら。きっと自分のようなものが祈ったって許してくれるだろう。 「あぁ、愛が無い。愛が無い」 呟いた。雪で冷えた爪先が少し痛い。人の幸せは願ってやるけれど。自分の幸せは願う気が無かった。 だって。 「小生は神に祈るまでも無く。誰に乞うでも無く幸せになって見せるけどな」 自分の幸福とは、常に自分で掴み取る物なのだから。 気付けばまたクリスマス。季節のめぐりは早い物だと感じるのは誰も同じで。今年はパーティをやろうと言う拓真の発案の下、悠月は彼と共に買い物に来ていた。 「クリスマスと言えばやはりケーキかな。店を見繕って予約だけしておこうか」 「もう少ししたら、予約も埋まってしまうかもですね」 少し、気が早くもある気がするけれど。偶然見つけた素敵なパティスリーで、クリスマスケーキを予約した。 自然と寄り添って、見回るマーケットはなんだか新鮮で。あれはあっただろうか、なんて必要なものを指折り数える拓真の声に耳を澄ませた。 ふと、足が止まる。拓真の視線の先。陳列されたカレンダーに、アドベントカレンダーですか、と呟いた。 「……残りの日数、数えてみますか?」 「ん、そうだな……少しやってみるか」 どれが良いだろう、と首を捻れば、可愛らしいツリーの絵に窓が付いたものを悠月の指が示す。悩んで、選んだ一つ。会計を済ませて微笑みあった。 クリスマスは未だ少し遠いけれど、こうして待ち望むのもまた幸せだろう。 見た目は同年代。けれど本当は、祖父と孫程離れた歳。何処に行きたい、と問えばイルミネーション、と笑った美月の少女らしさに、咲夜は微笑ましげに目を細めた。 「きっとキラキラしてて綺麗に決まってます!」 「こらこら、走ると危ないのじゃよ。それに、女性はしとやかでなくてはな」 駆け出しそうになる手をそっと捕まえて。エスコートするように歩き出す。その間も美月の瞳はイルミネーションよりキラキラと輝いていた。 小さい頃から夜は出かけては駄目と言われ続けて。だから絶対に、家を出ることが出来たら夜を歩いてみたかったのだ。それが今叶っている。 「一人だと怖いから、咲夜さんが連れて行ってくれてよかった」 「ふむ……確かに、子供が一人で出歩くには夜は危ないのぅ。とはいえ、」 嬉しそうな瞳を見返して。夜しか見えないものがあるのだと、空を指差した。イルミネーションではない、雲間から覗く煌く宝石。 これは、夜の間しか楽しめないものだから。それを知らないだなんて勿体無い、と微笑んで。 「……だからまた見たくなれば、共に行こうぞ?」 「えへへ♪ また機会があったらエスコートしてくださいね」 綺麗、と嬉しそうに微笑む顔。勿論と頷いた。女性の誘いに答える事こそ紳士なのだから。 ● マーケットでそろえた、アドベントクランツの材料。火を点して広場に飾って。快は静かに目を細めた。4本全て点れば、クリスマス。 「今年は、レナーテと過ごす初めてのクリスマスだね」 「そうね。……一年前には、こうなるとは思ってもみなかった」 出来れば思い切り楽しみたい、と呟くレナーテに頷いて。クリスマスにしたいことや、欲しいものは無いのか、と尋ねた。 ゆらゆら、揺れる蝋燭の明かりは優しくて。もどかしい待ち遠しさを擽る気がする。何と無く答えの分かる質問だったけれど。彼女の口から聞きたかった。 「こんな身分だもの、一緒にいることができたらそれは十分幸せでしょうし、私もそうだと思うけれども」 言葉を切る。本音を、と言うか、極一般的な女子大生としては。色々と楽しんで回ってみたかった。その時間があるかどうかは、別としても。 やっぱりそうだった、と笑い合った。点した蝋燭の火を一度消して、そっと持ち上げる。残りを楽しむのは、自分の店。 「それじゃ、クリスマスは改めて誘うよ。去年は行けなかった所とか、できなかったこととか、いっぱいあるしね」 沈黙が落ちる。誘いを楽しみに待ってる。そう笑った彼女の瞳を確りと見詰めて。快は控えめに、あのさ、と、言葉を紡ぐ。 「……泊まりで、って言ったら、怒る?」 誘いの意味は彼女に届くだろうか。揺らめく蝋燭の明かりの中で、彼女の出した答えは快だけが知っている。 滑らかな黒のドレスが、白い雪の中でふわふわり。隣を歩く糾華を見詰めて、リンシードは仄かに嬉しそうに目を細めた。 「どうせなら、大きいツリーがいいですよね?」 「そうね、引っ越して最初のクリスマスだから、ちょっと気合を入れたいわよね」 ツリーもリースも欲しいし、飾りもたくさん。誰にも負けないクリスマスを、と意気込むお姉様に応える様に、リンシードは次々欲しいものを籠に詰めていく。 目指すは広場のツリーに負けないくらいの素敵なもの。勿論、ケーキも必要だ。大きなデコレーションケーキを注文しよう。 プレゼントは、少し早いけれど今から考えるのも凄く楽しくて。自然と軽くなる足取り。久し振りに、楽しみだと思えた聖夜は少し待ち遠しくて。大事な妹分に視線を向けた。 「クリスマスが楽しみですね、お姉様……」 今まではずっと、一人で過ごしてきた日だけれど。糾華と出会ってからはもう違う。世界はまるでこのオーナメントの様に、キラキラとしていた。 ずっとずっと優しくなった世界。幸せすぎるくらいのそこに、リンシードの瞳が少しだけ細められる。 「クリスマスはパーティーをしましょう。……楽しいがギュっと詰まった時間を過ごしましょう」 豪勢に出来るかは分からないけれど、それでも。増えすぎた荷物を抱えて、そっと微笑う。一緒の時間が煌くのは、糾華にとっても同じだった。 共に過ごす時間は、クリスマスの煌きに負けない位に価値があって、幸福なものだ。交わった視線は何処までも優しくて。少しだけ、寄り添った。 「もう、離しませんからね、おねーさま……」 嗚呼、早く聖夜はやってこないのだろうか。逸る気持ちは誰も一緒で。部屋の飾りを探す木蓮は、難しい顔でクリスマス用品と見詰め合っていた。 「んー……何にしよっか……」 自室だから余り大きなものは買えないけれど。とりあえずはタペストリーや、窓に貼るシールだろうか。 目に付いたそれを手にとって、睨めっこ。夜光の飾りも可愛い。嗚呼、クリッペも良いかもしれない。 真剣そのもの。けれど酷く楽しそうな後姿を見詰めながら、龍治は少しだけ目を細める。クリスマス。贈るものは何にしようか。そんな事を考えながら、目に付いたのは可愛らしいミニツリー。 「……クリスマスといえばツリーだろう、これも買っておけ」 本当なら、大きなものを買えれば良いのだけど。それは流石に難しくて。それなら、机にも飾れる此れが良い。籠に入れたそれに、木蓮の表情が幸せそうに緩む。 嗚呼、トナカイも買わないと。本当はちょっぴりライバル心が燃えてしまう相手ではあるのだけれど。トナカイが居なければ、サンタが困ってしまうから。 たっぷり詰めた籠。龍治の様子をちらりと見遣る。よし、見ていない。そうっと抜け出して、目をつけていたものを手に入れた。 内緒の、クリスマスプレゼント。大事大事に仕舞い込んで、嬉しそうに笑った。去年のクリスマスを思い出す様で、自然と優しい気持ちが溢れてくるのはやはり、この優しい行事の所為だろうか。 「……っと、お待たせ! そんじゃ帰ろっか」 「全く、何処に行っていたのやら。……行くぞ」 差し出された腕。それにぎゅうっとくっついて。どんどん冷えていく空気の中、2人もまた帰路に付く。 故郷に負けず劣らず。賑やかで良い雰囲気の中ロアンと旭はのんびり、可愛らしい雑貨屋を見て回っていた。 誘ったロアンに案内は任せて、と胸を張っただけあって、旭の足取りに迷いは無い。初めての日本のクリスマスなら、目一杯楽しんで貰わなきゃ。こっそり使命感に燃えたりして。 「旭ちゃんはどういうものが好きなの?」 「……わたし? んー……」 可愛いものが好き、だろうか。嗚呼そう言えばツリーが欲しかった。思い出して見回した。ちょこん、と机に並ぶ可愛い木。まだ飾られていないものもあって自然と心が浮き立つ。 あれが可愛い、と指差せば、ロアンが柔らかく笑った。イメージ通りかもしれない。もっと、君の事を教えて、と笑って見せた。 ふわり、吹き抜ける冷たい風と白い雪。夜が深まる程に増える人に、ロアンはそっと手を差し出す。 「寒いしちょっと人が多いし……手、繋ごうか?」 こくり、と頷いて。そうっと重ねられた旭の手。擽ったい、と微笑んだ彼女につられた様に、ロアンも少しだけ緊張を覚えた。 彼女は嫌じゃないだろうか。確認しようとして、それより先に向けられた笑顔に口を閉じる。 「えへ、あったかい、ねぇ……あ、好きなものもう一つ」 ロアンさんの手も、すき。ふんわり甘い砂糖菓子の様な。優しい言葉に自然と手に力が篭った。ロアンは何が好きなのか、と尋ねる声に、少しだけ考える。 「お酒とかコーヒーとか……あとは、大切な人の笑顔、かな」 告げて、もう一度。そうっと手を握り直した。彼女が好きだと言ってくれた手。この手は、繋いだ先の彼女を守れるのだろうか。 はらはら、雪が舞っていく。答えの出ない問いは、やってみせると言う決意に変わるだろうか。 ● 飲食系の屋台の中で、ソーセージを一口。嗚呼、美味しいと舌鼓を打ちながら、富子は周囲を見回した。 沢山の幸せそうな笑顔が、料理をもっと美味しくさせる。偶には食べる側も悪くない、何て思って。そっと、視線を下げた。 思えばこの一年。色々な事があった。よくも、悪くも。沈みかけた思考を引き戻した。折角の機会なんだから、何もかも忘れて雰囲気に浸るのも悪く無い。 にっこり、笑った。誰もを安心させる優しい笑顔で。楽しげな子供達の頭を撫でる。 「ほらほらあんたたち、料理に感謝して食べるんだよっ」 それが出来たら後は残さず笑顔で食べるだけ。優しく教えて、空を見上げた。嗚呼、そろそろ年越しそばの用意も、しなくてはならないだろうか。 「響希も普通に可愛いもの好きそうよね」 「そうね、見るの好き。持つのは……悩ましい感じで」 何時も通り2人で回ろうという誘いに笑顔で応じて。ティアリアと響希は華やかな通りをふらふらと歩き回る。シックなものは好きだけれど可愛い物だって悪くない。 小物や、イルミネーション。細々と売られるそれを気の向くまま眺めながら、ティアリアはふと通りを眺めた。慌しい年末だけれど、活気があるのは悪い事ではない。 「あっという間に一年が終わってしまうわね」 ぽつりと呟いた。本当に色々あった一年だったけれど、こうして最後に笑って過ごせているのなら、きっと良い年だったのだろう。吐き出した吐息の白さに目を細めて。響希はそうね、と呟いた。 「もうすぐ此処来て1年だわ。……あ、そうだ」 誕生日おめでとう。思い出したように紡がれた言葉と、差し出された温かなココア。お祝いは愛で、何て笑う彼女に少し笑って、ティアリアも思い出したように嗚呼、と呟く。 「もう少しだけ、買い物付き合ってもらっていいかしら」 あの子にお土産を買って帰りたい。そんな希望には笑顔で頷いて、共に首を捻る。クリスマスを知らないらしいあの子は、きっとどんなものだって喜んでくれるだろうけど。 もう一周何て笑い合って、その足は次の店へと進んでいく。 ツリーの用意はばっちり。後は沢山の飾りだけ。あれもこれも可愛いね、何て笑い合って。フツとあひるは楽しげに出店の間を歩き回っていた。 「アヒルのがあるといいなァ。……ま、もしなかったら2人で作りゃいいか」 「あっ、向こうの方にあった気がする……! アヒルのやつ!」 手を引きながら小走りに向かって。手に取った可愛らしいそれに目を細める。本音を言うならみんなみんな欲しいけれど、そこはぐっと我慢。 代わりに大きい飾りも、ちょっとだけお高いやつとか、奮発しちゃおう。ぐっと決意(?)を固めるあひるの横で、フツは目に付く飾りを次々に。 ソリや靴下。そういえばモルっぽいのもあったからそれも。一杯になる袋の重みは幸せの重みと比例して。自然と早まる足が向かった先は雑貨の通り。 「ンー、このへんのはツリーの飾りじゃねえな。でも、面白そうだしこっちも見てこうか」 欲しいのがあったら買ってやる。そんな言葉に嬉しそうに頷いて、きょろきょろする彼女の前に差し出したのはクリスマスらしいアロマキャンドル。 ふんわり優しい香りは、2人で過ごす時間にはもってこいかもしれない。瞳を輝かせて、そうっとツリー型のキャンドルを掬い上げた。 「かわいいなぁ……! フツも一緒に買おうよ、おそろい……!」 包み込んだそれは深い青。可愛らしいそれを二つ揃えて買っただけなのに、幸せは何倍にも増えた気がして。あひるはそうっと胸元を押さえた。 顔を上げれば、自然と交わる視線。楽しいね、と微笑んだ。 「一緒ってだけで、すっごく楽しくなるね……!」 当日も楽しみ。嬉しそうに笑う彼女の髪を撫でて。重くなった荷物と一緒に歩き出す。 降りしきる雪は、路面をうっすらと白く濡らして行く。明日の朝には積もるだろうか。クリスマスの頃には、世界は何色になっているのだろうか。 マーケットの賑わいは絶えない。幸福な聖夜を待ち望みながら。人々は酷く楽しげに、煌きの中を歩いていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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