● 沈黙は金、雄弁は銀。 どんなに言葉を重ねられても、もうあたしの心には響かないの。 言葉なんて、聞きたくないわ。 沈黙は金、雄弁は銀。 結局、みんな自分が可愛いから、あたしをここに沈めるんでしょう? 沈黙は金、雄弁は銀。 どうせあたしを殺すなら、何も言わずに貫いて。 ● 「崩界が進むと、眠り姫が起きてくる」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、相変わらずの無表情だ。 「世界に及ぼす影響も極小。リスクを考えればそのまま放置しておいたほうがいい案件もある。でも、もう彼女は無視できない。彼女はどんどん進行し始めている」 イヴは無表情だ。 「長らく眠り続けたノーフェイス。彼女は滅びを望んでいる」 モニターに映し出されたのは、水辺だった。 「ここ、水源。水が湧いてくる。その下に――」 カメラが動く。 大きさに比べると、恐ろしく深い。 透明な水が青を濃縮していく中、黒いものが水草のように水中を泳いでいる。 髪。 長い髪だ。 水深5、6mのところに、頭が静止している。 「これ、しばらく前の映像。識別名『泉姫』 彼女には、スキルが効かない」 イヴは無表情だ。 「ノーフェイスとなる際の彼女の欲望は、『言葉なんて信じられない』 彼女は、泉に水乞いの生贄に捧げられたみたいだね」 お前が一番若くて美しいから。 お前なら水神さまに気に入っていただける。 お前は村のみんなを救うんだよ。 生贄の少女に捧げられた、毒のような賛美の言葉。 自己犠牲と許諾を促し、それ以外を口にすることは許さぬ空気を作る甘い言葉。 生贄には指一本触れてはいけない。 彼女は清浄であるべきだ。 生贄に傷ひとつつけてはいけない。 彼女は健常であるべきだ。 だから、言葉を。 彼女を褒め称える言葉を。 彼女を幸せにする言葉を。 ことばをことばをことばを。 「言霊は神秘。その時、誰かが呪文を使った訳ではない。でも、状況が彼女を呪縛した。逃げることも身を守ることもせず、諾々と枯れかけた泉に放り込まれた」 神秘。 水が湧く。 結界。 もう、凡夫の声は彼女に届かない。 水の中には言葉は伝わらない。 「泉の水は癒しの水。長らく彼女の心を癒していたけれど、崩界が進むにつれ、枯れ始めている。もう、彼女を止められない」 沈黙は金。雄弁は銀。 「彼女を止めて。放置すれば言葉を話す者全てを壊して歩き始める」 言葉なんて、聞きたくないわ。 モニターの中、揺れる白い髪。 清廉な姿は泉姫の名にふさわしい。 「彼女の射撃間合いでは、呪文の一切は発動確率が極端に低くなる上に、発動するまでに時間がかかり、術者には反動が付与される」 メイガスには厳しい戦場になる。 「物理攻撃もそれと同様。攻撃スキルは当たりは悪くなるし、ブレイクされるし、反射される。ペナルティを伴わないのは、通常攻撃だけど、威力のことを考えると長丁場になるだろうね。そのあたりはチームに任せる」 イヴは無表情だ。 「彼女は、斧を振るう。金色の斧と銀色の斧。水乞いは一緒に刃物を沈めるものらしいから、彼女はそれと沈められたんだろうね。神秘の水に長らく使っていたから、切れ味抜群」 イヴは、無表情だ。 「みんなの地力が試されてる。泉姫を静かなところに送ってあげて。今度こそ、永久に」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月05日(水)23:16 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 言うと思うぞ、言うに優れる。 言葉は、口から出た瞬間にねじれる。 耳に入った途端に、また歪む。 あなたは私ではないから、私の言葉を私が思った通りには受け止められない。 私があの人たちの放った言葉を受け止められなかったように。 だから。 言葉では届かない想いを、この刃に託すから。 どうか、あなた達もそうして。 言葉より強いものを、信じているから。 深い、深い深い穴だった。 その上に、所在なくそれは浮かんでいる。 白い単衣に、伸び放題の髪。 泉姫の髪は黒い。 なのに、黎明の光が反射して、白く見える。 価値観の逆転。 両の手に握られた斧は、祝福だ。 大きな金の斧。 小ぶりな銀の斧。 どうぞ、皆様に良きことを。 どうぞ、皆様に良きことを。 菊の季節に霊泉に沈められた泉姫から言葉を聞くことはできない。 笑顔。 あふれる笑顔。 あなたに、どうか良きことを。 癒しの泉に洗われ続けた心は、崩界に巻き込まれて目を覚ましてしまった。 泉の水は枯れてしまった。 ひび割れた心から溢れる渇望が、近づく全てをたち割る前に。 今度こそ、永劫の終わりを。 身勝手なお願いとわかっているけれど。 もう、自分では止められないの。 ● (『沈黙は金・雄弁は銀』ねぇ) クリステル・カッセル(BNE004122)は、学究の徒だ。 今日が初陣。 とはいえ、彼女に緊張はない。 (間違いじゃないと思うけど、世の中には『言ってくれなきゃ判らないこと』ってのも沢山あるのよね) 物言わぬ事象から囁きを聞くのが、エリューション研究だ。 鳴かぬなら、鳴かせてみしょう。ホトトギス。 日本の戯れ歌をクリステルが知っているかどうかは疑問だが。 (ま、それこそ時と場合によっては言いたくても言えなかった、なんてこともあると思うけど。でも、だからといって他人の言葉やコミュニケーションまで否定されちゃ困るわね) 幼げで柔らかな風貌に笑みが浮かぶ。 「沈黙してるお姫様を痛めつけて、あえぎ声を出させてあげましょ。いい声で啼いてくれるかしら」 あくまでリラックスを目的とした軽口だ。 何しろ、「初体験」なのだから。 少しばかりの嗜虐のスパイスで己を鼓舞することを、どうかお許しいただきたい。 「……一番美しいとか」 『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)に、ブレはない。 「それだけでキュンキュンくるね! テンション上がってきたああああああ!」 愛でるべきものは愛でられなくてはならないのだ。 「……つっても、生贄にされたとか悲しすぎるし。言葉を信じないとか切なすぎるし」 でもさー。と、『もう本気を出す時じゃない』春津見・小梢(BNE000805)は、大きなスプーンとフォークをかちかち言わせながら、干からびかけている泉を見る。 「語りかけると大変な事になるー? じゃあ語りかけない、めんどくさいもんねー」 (帰ってから食べようと思うカレーの事でも考えてようっと) だって、考え始めたら、めんどくさいことになりそうだから。 だから、あえて思考停止。 プツン。 (しかし、言葉を掛けた者達も上手くやったものだな。奴は未だにその呪縛に囚われているのだから。災いを祓う為の行為で災いを作り出すとは、何とも皮肉な話ではあるが) 『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)からは、黒色火薬の匂いがする。 手の中の火縄銃には、毒と痺れの仕掛けが組み込まれている。 できるだけ早く終わりにするために。 (村人達は、村の為に貴女を殺した。あたし達は世界の為に、これから貴女を殺す。泉姫の、言う通りだよ。掛ける言葉が、見当たらない……) 言葉が、宙を舞う埃のように価値を持たないように思える時がある。 『紅玉の白鷲』蘭・羽音(BNE001477)は、金色の目を細める。 引き結んだ唇は、動かない。 (だからあたしは、刃で示す。泉姫に、永久の眠りを。それがきっと……。あたし達が泉姫の為にしてあげられる、ただひとつのこと) (他人の言葉に左右されてる時点で明らかに自分のせいだろー。逃げることも身を守ることもせずー? 人に言われてやりましたー、ってやったのはお前自身じゃねーかー) 『世紀末ハルバードマスター』小崎・岬(BNE002119)には、自負がある。 選び続けてきた自負だ。 (ボクはボクの道を行く。どんだけ無駄だ無益だ馬鹿な事だと言われたって聞く気なんて毛頭もねえよー) だから、流された泉姫に負ける訳にはいかない。 蹂躙しなくてはいけない。 そんな斧使いに負けることは、最強の斧槍使いとなる岬には許されない。 睨めつける。 (ボクは一切しゃべらないよー。あれに語るのはアンタレスだけで十分だろー) 沈黙は金、雄弁は銀。 ならば、闇さえ吸い取る黒と赤は。 その答えは、いつか岬が掴むべきものだ。 『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂 彩花(BNE000609)の手に、ぬめる流体金属の象牙の輝き。 「雷牙」を冠するにふさわしい、双の牙だ。 がしんと拳を打ちあわせる。 わずかに泉姫を見上げる様子は、哀れみを表しているように見える。 だが、実際彩花の脳裏に渦巻いているものを察することはできない。 無言で見つめ合って何もかもが分かるなら、世界はもっと平穏だ。 相通じあえないのなら、いささかの猶予も必要ない。 さあ、殺し合おう。 ● 曙光がさすとはいえ、まだ暗い。 (何をどう取り繕うにも、最終的には彼女を殺すしか出来ないわけで) 竜一に、ブレはない。 (その上で、俺が彼女に出来る事は何か) 彼は、世の美しい少女のために動くのだ。 (黙って綺麗に殺してやるのがいいんだろう。けれど、それが本当に彼女の望む事なのかどうか…) 駆け寄る。 (……悩んでも何にもなりはしないか) 既に泉姫の間合い。 彼女は沈黙を望んでいる。 (俺に出来る事は、ただ黙って……) 竜一は地面を蹴った。 (むぎゅむぎゅすりすりぺろぺろしてやることぐらい……与えてやれるのは温もりぐらいなもんだ!) 抱きしめられた泉姫は、キョトンとした顔をした。 笑みの消えた顔は、存外あどけなかった。 少しだけ、竜一の可愛い人に似ていた。 (俺は、こうやって皆に愛情を表現してきたんだ。そして、これからもする!) 泉姫が攻撃してくるまでは、このままでいよう。 手を触れた瞬間、両断されるのも覚悟していたブレない男は、愛情表現に徹した。 (沈黙を強いられるのは、奴の射撃間合い、との事) 龍治は、銃を構える。 泉姫が手にぶら下げた銀の斧が届かない距離。 それでも緊張が背骨を伝う。 今回癒し手はいない。 そもそも、癒しの御技がまともに効かない歪んだ空間だ。 己の体力が尽きたら、そこで終わる。 泉姫と竜一と密着していようとも、龍治には大した問題ではない。 祈るような銃弾が、泉姫の体の中心を穿つ。 ほとばしる赤。 恐れていた反動はない。 泉を取り囲むようにして、リベリスタ達の戦意が篝火のように闇を照らす。 (じゃあ、準備はオッケー) 岬の頬に笑みが浮かぶ。 岬の作戦は、「真っ直ぐ行ってぶっ飛ばすー」 平たく言うと近づいて通常攻撃で殴り続ける。 それしかできないのではない。 岬はそれに特化しているのだ。 魔力を斬撃に使うこともない。 あるのは、ただひたすら、リベリスタとしての膂力だ。 (それで十全ー、にした) 中学生になってから、急激に岬の背は伸びた。 もはや、アンタレスに振り回されているという印象はない。 彼女がアンタレスを使っている。 (なんか浮いてるみたいだけどアンタレスは長いんだ) それでも変わらない、アンタレスとの「信頼関係」 一瞬体が沈む。 岬の体が、アーティファクトを撃ち出すカタパルトと化す。 (槍先で突き刺し、鉤で引きずりおろし、斧頭でたたき切ってやるー) 斜め上に突き上げられるアンタレス。 突き刺さる槍先。 (もうすぐ2年、何百万と振ってきたんだ。どう歩んできたか熱く語ってやれよー、アンタレス!) 次は、鈎で引きずりおろす番だ。 彩花は、親指を立てて下に突き立てる。 それが意味するところが泉姫にはわからなくても、唾を顔に吐き付けられれば、その意が見える。 泉姫の癒しの根源である泉はとうに枯れている。 それでも、彩花はあえて氷の拳をふるい、わずかに残った水分さえも霜と変える。 彩花の心はうかがい知れない。 泉姫は、金の斧を振りおろす。 噴き出す彩花の血液が、彩花と泉姫の頬を汚す。 覇界闘士独特の深い深い呼吸が、彩花の傷を癒す。 彩花の体内に、彩花の命続く限り魔力を生み出し続ける無限機関。 枯れてしまった泉に当てつけるように、その力、正しく無限。 消えてしまった傷に、泉姫は寂しそうな顔をした。 切なそうな顔をした。 もとより言葉など用いずとも、人が人を傷つける事など実に容易である。 お前の寄越す物なんか、何一つ受け取ってやるものか。 ● 銀色の小ぶりの斧が宙を舞う。 竜一の肩が割れ、血濡れたそれが羽音に向けて飛来する。 (この斧が、貴女の悲しみや苦しみなのなら、逃げずに受け止めるよ) 精密に調整された革新的な動力刃と銀の斧が、火花を散らして噛み合わさる。 (貴女の無念、忘れない。だから、好きなだけ斬ってくれて、構わないよ) 言葉にしない受け止め方がある。 銀の斧は旋回し、泉姫の手に収まった。 羽音の頬に、赤い横線が刻まれた。 頬への接吻は、好意。 (言いたいことがあるから、強制的に相手に聞かせる能力が身についた、っていうならまだ話を聞いてやろうという気にもなるけど) 言葉は不十分だ。 意図することの半分も伝わりはしない。 (「自分が何も言えなかったから、相手も黙ってろ」っていう手合いが今更何か言ったところで、聞いてやる気は無いわね) クリステルが踏み出す。 金の斧の攻撃範囲から外れたところから駆け込む。 泉姫は、避けようともしなかった。 まともに当たった斬撃に、泉姫はとろけるような笑みを浮かべて、金色の斧を振りかぶる。 泉姫を引きつけようとしていた彩花と、避けようとしていたクリステルは、離れた場所にいた。 彩花が代わりに金の斧を受けるにはあまりに距離が空きすぎ、未だ無傷だったクリステルは、小梢の保護対象から外れていた。 歴戦の革醒者は、時として忘れる。 自分たちの「一番最初」は、とても脆く儚い存在だったということを。 時として自分たちが無傷で跳ね返す一撃が、致命傷に至る者達がいるということを。 すぱん。 無造作に振り下ろされる質量武器。 断ち割られた血肉。 急速に遠のく意識と、黎明色に染め上がる意識の中。 クリステルはそれをよしとしない。 何も言ってやる気はないけれど、恨み言を言い出したらそれに言い返してやるくらいはしてやろうと思っていたので。 運命は、この世界に執着する者を愛す。 (――さてと) これが、「初体験」の痛みだ。 (貴方の好みにあわせて、戦ってあげるわ) 言葉はない。 あどけない容貌に不敵な笑みを浮かべたクリステルに、泉姫は微笑みかけた (目は口ほどにものを言う、って言うけど) 守羅は、注意深く歩を進める。 完全守護の加護を身にまとい、泉姫を見つめる。 (彼女が何を想っているか見るなら、目を見ないと……) カウンターの極意は相手にタイミングを合わせること。 守羅の視線に反応して、泉姫が斧を振りかぶる。 守羅にとって、大太刀のさやも合わせて武器だ。 斧に対して鞘を当て、返す刀で斬りつける。 鞘と咬み合わせた斧の分厚い刃がずらりと滑って、守羅に刺さる。 衝撃はあれども、痛みはない。 絶叫してもおかしくない壮絶な痛みも脳に届く前に霧散する。 集中力を持続させる手段。 血柱を立てても、声を上げる様子もない守羅に、泉姫は小鳥のようにこ首をかしげる。 ぞぶりと泉姫の脇腹を、守羅の大太刀がえぐり立てている。 白い単は、既に赤い色打ち掛けのようになっていた。 ● 終わりだ。終わりだ。終わりが近づいている。 (反射に頼った方が、ダメージ与えられそうだし) 小梢は、クリステルにつききりになった。 まともに癒してやることができない以上、自動治癒の加護をつけてやる暇に一撃だ。 試みた凶事払いも痛みになって跳ね返された。 喉元にこみ上げてくる圧迫感。 カレーのご飯が詰まっても、ここまで苦しくない。 偉い人が言いました。カレーは、飲み物です。 (うわーっ) 反射的に胸を拳でどんどん叩きながら、守羅に大きなばってんを出す。 守羅が頷くのを見て、ほっと息をつく。 腹の底に鈍い痛みを抱えつつ、小梢の脳裏には自己逃避的にカレーに関する考察がよぎる。 (……この泉からカレーが湧き出てきたら幸せなんだけどな) だが、今は不吉で不運を背負う身だ。 背後から疫病神の笑い声が聞こえてきそうな気配がする。 枯れた泉の代わりに、血で満たされそうなほど。 枯れた下草が浸るほどの赤い血が、リベリスタと泉姫から投げれ落ちている。 「痛くもねえなー。今ので振んの何回目だよー。生涯で」 岬が血反吐を履きながら立ち上がる。 こんな革醒深度急激上昇チート娘に負けられないのだ。 いいとこ数十回に、百万回が負けていい訳がない。 運命はいつでも這いずってでも前に進むものを愛している。 ぐぶり。 泉姫の口からおびただしい血の塊がこんこんと湧き上がる。 今まで龍治によって撃ち込まれ続けていた猛毒が、泉姫の腹わたを腐らせてついに表に現れたのだ。 大事そうに穿たれた腹に残る弾丸を、痺れた指で抱えるような仕草をする。 視線の先、泉姫乃銀の斧が届かぬ場所に陣取る龍治には見えた。 微笑む泉姫の顔が。 龍治の愛しい娘の面影に重なった。 (彼女が何かを恨むのは当然だ。なら、その恨みを受け止めてやるのが俺の役目だろう。罪には罰を。当然の帰結だろうしね) 竜一の手に、一本の刀と一本の剣。 (彼女を『救えなかった』のが、彼女に対する俺の罪だ。そして『救えぬまま殺す』事もまた更なる罪か。この悔悟すら、俺の偽善でしかないのか) もしも竜一に罪があるとするならば、泉姫の与えた傷を勝手に自己再生する罪。 そして、泉姫が彼らを恨んでいると決め付けていること。 泉姫は幸せなのだ。 これで泉姫は幸せなのだ。 言葉の帳に隠されず、嫌悪も殺意も害意も同情も憐憫も叩きつけられる「今」が、泉姫の幸せな時間なのだ。 (……ごめん) 重なる斬撃。 受ける傷は、関心の証。 泉姫は穏やかに笑う。 濁った色の血が止まらない。 その笑みに終わりを見た羽音は、自分の身を縛り付ける肉体の檻から自らを解放する。 (これで、もう、終わりにしよう、さようなら、泉姫……) 唸る鎖の刃。 響き渡る重低音。 頬の傷が乾いても、付けたあなたを忘れない。 パサと、草が鳴った。 放り出される。 転がる金の斧と銀の斧。 刹那。 ふっと、泉姫の足元が崩れたように見えた。 あるいは彼女を世界に宙吊りにしていた蜘蛛の糸が切れたとも。 落下。 地の底からの容赦ない死神の骨の手が引きずり込んだようにも見えた。 手を伸ばす暇もなかった。 枯れ果てた泉が、そのまま泉姫の墓穴になった。 ● 「あ〜、帰ったらカレー食べよう」 小梢が恐る恐る福音請願すると、いつもどおりに上位存在が応えた。 リベリスタの血も、続く守羅の光によって止められた。 「で、怪我した場合って、この泉の水効くの?」 長らく続いた無言の緊張の後。 失血で青ざめた頬と引き連れた喉に苦笑せざるを得ない。 守羅は深い深い泉の底をのぞき込んでいる。 今となっては、もうわからない。 それは枯れ果ててしまっている。 どこまで続いているのかわからない虚だ。 「――本当に欲しい言葉なんて、言わないと分からないわよ」 虚の中に、守羅の言葉が吸い込まれる。 途中で掻き消える言葉。 王様の耳はロバの耳。 「まあ、別れ際に、もう休んでもいいよ、位はいいよね」 否。ということは、誰にもできない。 狙撃手の任を終え、龍治は仲間に合流する。 仲間が紅蓮に染まっても、動くことが許されない、因果な役目だ。 「ようやく、呪縛から抜け出る事が出来ただろうか?」 羽音がその言葉に目を細める。 彩花は、泉姫のために紡ぐ言葉と救いを持たない。 だから、彼女は無言で退場するより他ない。 竜一も、言葉を持たない。 かける言葉の全てが、綺麗事になってしまいそうだから。 竜一の手に残るのは、抱きしめた感触と。 切り刻みあった感触と。 キョトンとしたあどけない顔と。 嬉しそうに微笑んだ顔だった。 「彼女の望むこと……ちゃんと、してあげられたかなぁ……」 草の上に残った血まみれの斧。 羽音はアークに持ち帰ることにした。 虚に落とす気にはなれなかった。 (彼女に武器は、似合わない) 「……ゆっくりと、眠ると良い」 「おやすみなさい、泉姫」 せめて、これは許して欲しい。 もう、誰も何も言わないから。 これが最後。 別れの挨拶。 |
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