■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月 蒼 | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月12日(水)23:16 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●死戦・縦路之壱~Law Line - 1~ 銃を持つ。武器を執る。人を殺す、それを手にする。 それは潜在的に、人を殺める事を肯定すると言う選択の筈だ。 他者を傷付け、時に殺す。其処に是非等無いだろう。例えどんな理由を付けたとしても。 武器をその手に取ったならば、それは既に他者を害する者である。 「――――そうか、貴様だけか」 けれどそうではない。確かに、銃は武器だ。人を殺す、兵器だ。それに間違いは無い。 「存外、情に厚いな聖櫃。それが、リベリスタであると言う事か」 だとしても。 「なるほど、確かにこれを人は英雄と呼ぶのだろう」 だとしてもだ。 「俺とて、俗人の内に在ったならばお前達を賞賛しただろう。 例えそれで如何なる犠牲が出たとしても……お前達は己が正義に従い最善を尽くしたのだ、とな」 彼が銃を持つ理由、それは―― 「遺言は、残して来たか?」 「いいえ」 結界を越えれば、気付かれるだろう事は予期していた。 悲鳴は徐々に減って行く。到着した直後に掛けた声に従い、数名は閉ざされた店舗に逃げ込んだろう。 それだけで、幾人かが救われた。それだけで、幾つかの悲劇が回避された。 けれど全て終わった訳ではない。心は酷く騒いでいた。『童子』の声。それは紛れも無く嗤っている。 人を喰うと言う行為を必然として、当たり前に認めていた。悲しみ嘆く素振りも無い。 それが何処までも哀しい。 「僕は何時だって、次なんて描いていませんから」 此処を見逃せば、或いは“次”は、楽に勝てたのかもしれない。 その可能性に賭けたとしても、恐らく誰もそれを否定する事は無いだろう。 けれど死に逝く人々に次など無い。だから、彼にもまた――次など無いのだ。 「そうか」 ずるりと抜いたのは黒い片手剣。型が様になっている。恐らくソレがこの男の本来の獲物なのだろう。 だが、それが分かった所で栓無き話だ。事、此処に至ってしまったならば。 『Star Raven』ヴィンセント・T・ウィンチェスター(BNE002546)の銃口が動く。 「――黄泉ヶ辻、『屍操剣』黒崎骸」 「――――アーク所属、ヴィンセント・T・ウィンチェスター」 それが始まり――それが、終わり。 黒二つ。剣戟と銃声。 武器を手に取ったのは、そこに救える人がいたから。 ●屍線・横路之壱~Chaos Line - 1~ 「本当に、悪趣味な趣向」 『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)の呟きは、初冬の風に吹き消される。 眼前に聳える洋館は、明らかに異様で有りながら不自然さを感じさせない程度に風景に融け込んでいた。 それが可笑しいと、思わない。思わせない。恐らくは神秘による認識を歪める迷彩。 けれど、客観的に見れば其処には違和感しか存在しない筈だ。 「まず優先すべきは助けられる命の安全の確保を」 「……悠君を助けて、皆で生還する。これが絶対条件です」 『無何有』ジョン・ドー(BNE002836)の言に、『大雪崩霧姫』鈴宮・慧架(BNE000666)が頷く。 洋館の内部は仔細が不明だ。踏み入ってみるまで分からない。 何をすれば良いかは分かっている。その難しさも。その途方も無さも。けれど。 「積もる話はあるけど……悠は見つけ次第、拳骨する」 拳を握った『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)が兎の魔銃を携えて館の二階を睨み付ける。 アークと『預言者』との因縁の長さは『屍操剣』とのそれに全く等しい。 その最初の一件に、彼女は関わっていた。手にする銃すらが元は彼の持ち物だ。 抱いた感情は長い時間の間に酷く混沌としており定まらない。けれど間違い無いだろうこと。 杏樹は想う。子供が甘えを口に出来ない。こんな結末は、絶対に間違っている。 「神秘を識る者一人の生涯なら、より多くのものが救える」 他方、『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)の見解はまた異なる。 子供とて、彼は『預言者』だ。強制する気はなくとも、其処には万金を超える価値が有る。 彼は犠牲以上を救う事が出来る。凶悪とも言えたその力は、表裏を違えれば世界を守る術になる。 その一事を以ってこの救出行に是を下す。其処に多少の犠牲がでようとも。 残酷なまでに、彼女の正義は厳正だ。 けれど恐らく、ノエルの正義と杏樹の理想は相容れまい。それもまたアークと言う組織の必然。 混沌の坩堝とすら言える多種多様な価値観を束ね、けれど彼らの意思は統一されている。 多くの命を切り捨ててまで此処へやって来たのは、唯一つを救う為 「今はただ……悠くんを救うことだけに全力を」 『大食淑女』ニニギア・ドオレ(BNE001291)は誰よりも、この選択の意味を知る。 此処に集った9人が力を尽くせば、きっとより多くの罪も無い人々を救えたのだ。 彼女らをセイギノミカタであると考える者に対しては、これはきっと手酷い裏切りなのだろう。 それでも、見捨てられなかった。諦めた様なその眼差しを。振り返った小さな影を。 切り捨てる事だけはどうしても出来なかった。 「どっちみちバッドエンドかハッピーエンドかなんぞ主観の問題やしな、おぃ」 あたかもその気負いを解す様に『√3』一条・玄弥(BNE003422)が嘯く。 けれど勿論そんな意図はない。彼からすれば、正直どちらを選んでも大差はないのだ。 他人の都合等一々気にしてはいられない。仕事を達成出来る事が最優先。利益主義者はシンプルだ。 金になるから仕事をする。同じ報酬なら危険度が低く楽であるに越した事はない。 その観点からすれば今のこの状況、玄弥はまるで問題を感じない。悩む必要すらない。 「ま、仕事しまひょか」 くけけっと、奇妙な笑いを上げながら永楽通宝をじゃらりと鳴らす。 俗物を自負する金色夜叉にとって、人の情など二束三文にも及ばない。 「どんな選択をした所で……あの道化師なら、嗤うのでしょうね」 悔しげに唇を噛み、リセリアが愛用の西洋剣を抜く。例えこれが、何者かの想定なのだとしても。 「だとしても、今はただ死に物狂いで手を伸ばすだけだ」 選んだ以上は、前に進む。それしか出来ない。怯えている、暇はない。 『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)が視線を向ける。 『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)が頷く。深呼吸。喉から声を絞り出す 「――――まだ! 終わってませんっ!」 響き渡る声は、神秘の欠片も含まれない唯の肉声。 自らの所在を示すかの如き無謀と言うべきそれ。館の内側で複数の生き物が動く気配がする。 悠里が扉へ拳を打ち込む。開かれた視界の方々から、歪に膨らんだ人――屍の鬼が駆け寄って来る。 「預言書を見て下さい、未来はいくらでも変えられる! あなたが未来を信じてくれるなら、わたしたちが! あなたの未来を切り拓く!」 声を張り上げたまま突貫する。人形、鬼、人形、人形、鬼、人形。玄関前の空間は既に完全な敵地。 その間を仲間達と縫って駆ける。人形が触れる、スタンガンを叩き込む。 「私たちはアークですので、助けられる命があるのならそちらを優先します」 「選べるものは数少ない。望むものがあるならば――」 ジョンの放った閃光が人形達の体躯を灼き、その動きを鈍らせる。 ノエルの槍が進路上に立ち塞がった鬼を弾き飛ばす。悠里がニニギアへ牙を剥いた別の鬼を抑え込む。 「ニニさん、行けっ!」 「設楽さん、そのまま動かないでください!」 閃光、と評するべきだろう。打ち込まれた刺突の一撃がリセリアの速度を乗せ、鬼の腕を貫き穿つ。 身体を駒の様に回したその脇を、舞姫を先頭にニニギアと杏樹、慧架と玄弥が駆け抜ける。 「悠君!」 声を上げる。解れる足を一歩でも近付けたくて。 「どうしてって、聞いたよね!?」 残り時間、凡そ3分。 ●預言書は差し示す~Fortuner The End~ 窓がきしきしと鳴く。外は風が強いらしい。 『預言者』赤峰悠はただ静かに、膝を抱えていた。眼前の“それ”は壁にぶつかり、地にのたうちながら、 けれど徐々に、確かに、身体の自由を取り戻そうとしている。 此処に居れば、死ぬだろう。間違いなく、紛れもなく、確実に。 それは彼の携える羊皮紙の書物。『預言書』が確かにそう示している。 誰かが覆さない限り、この未来は変わらない。 誰かが打破しない限り、この結末は揺るがない。 そして何より――悠にはその未来に、抗う意志がまるでない。 「―――ァ―――ァ――――――――」 屍が呻く。徐々に体に憑鬼が馴染んで来たのだろう、タイムリミットは、もう後数分と言う所か。 「は……」 息が漏れる。後数分で死ぬ。だったらいっそ、自ら命を絶てば良い。 なのにどうして、待っているのだろう。これも贖罪のつもりだろうか。 馬鹿馬鹿しい、自分が死んでも母親は戻っては来ない。こんなのはただの自己満足だ。 ただ、死ぬのが恐いだけだ。ただ、自分で自分に区切りが付けられないだけだ。 ここまで到ってまだ――――何て。 “……だ” 風に紛れて、届いた声。 “終――てませ――っ!” 翳んだ様な意識を繋ぎ合わせ、ほんの少し、窓の外へ意識を向ける。 大きな声。叫ぶ様な声。断片的に届く言葉。 “預言書――て下――、未来は――らでも変えられる!” 預言書。と言う語句に、意識が向く。瞬いて腰を上げる。 在り得ない事だ。彼はフィクサードなのだ。そして彼の傍に黒崎は居ない。 なら、今頃きっと狩りの最中だろう。こんな所で道草をくっている暇など有る筈がない。 彼女達に、そんな余力が有ったとも思えない。 “あなたが未来を信じてくれるなら、” だったら、これは何だろう。 “わたしたちが――あなたの未来を切り拓く!” だったらこれは、何だろう。 “――悠君!” 喉の奥から、掠れた様な笑いが漏れる。こんな気持ちを抱いたのは、何時以来だろう。 彼に選択肢が有ったとするなら、其処が最初の分岐点。胸の奥に仕舞った始まりの言葉を思い出す。 “どうしてって、聞いたよね――?” 冗談の様なこの現実に――射した光を思い出す。 「……凄いや」 それはまるで映画の様で。 僕にだって、何かが出来る気がしたんだ。 ●死戦・縦路之弐~Law Line - 2~ 銃声二つ。 「動けない人には手を貸して! シャッター内に避難してください!」 喉よ嗄れろと声を上げる。視界の半分は赤で染まっていた。 目を傷付けた訳ではない。誰が見ても、そこは赤い世界でしかなかった。 その中央にワンピースの少女が立っている。喉を鳴らして何か呑んでいる。 それが人の心臓であると気付いて、次の瞬間奔り抜けた剣戟。 一撃を間一髪弾き、けれど続け様に放たれた連撃を避け損ね脇腹を深く切り裂かれる。 「――づ、っ」 声を殺す。対峙する男の技量は一級品だ。戦士として半ば完成されている。 これが僅か数年で研がれた剣才で有ると言うのなら、誰に妬心を抱かれたとしても可笑しくはない。 「余裕だな」 掛けられた言葉に、脇を押さえた手を離す。呼吸の度に血が流れる。 ショック症状か体躯にも痺れが出始めている。即致命傷とは行かずとも長引けば危うい。 「……、まさか。これで精一杯ですよ」 追撃は来ない。『屍鬼童子』を呼びもしない。いや、1対1で十分所ではない。 『屍操剣』はかつて杏樹、ヴィンセントを含むリベリスタチームと1人で対し半ば無傷で退けた。 彼とてその時より大幅に成長しているとは言え、一騎打ちを挑むには余りに分が悪過ぎる。 「ですが、貴方こそ分かってるんですか」 だとしても、ここは退けない。 「悠さんを失えばアークの目から逃れることはできません……貴方はもう、詰んでいます」 黒崎骸の持つ、恐らく最大のアドバンテージ。『預言者』が失われれば、 相手は非常に強力であるとは言え1フィクサードに過ぎない。 何れは追い詰められ、狩られるは必定だ。神の眼は其処まで無力ではない。が―― 「それがどうした」 心底に理解出来ない、と言う様に毀れた声には感情の色が無い。 「未来の安全の為に己が望みを棄てる。そんな男がこの様な逸脱を為すか」 如何なる不利も、如何なる窮地も関係が無い。ただ。 「立ち塞がるならば打破するのみ。それが例え、神や悪魔であろうとも」 ただ、己が望みさえ果たす事が出来るなら。 ただ最愛の娘を、救う事が出来るなら。 武器を執ったのはただ、そこに救いたい人が居たから。 けれど、 ――それは ――――――違うのだ。 「貴方は――」 気持ちとして、家族を愛しむその感情が分からない訳じゃない。 その為に全てを捧げ、己の出来得る事を――あるいは手段すらも選ばず注ぐ事。 それを否定する事など出来ない。その所業がどれ程人の道を外れていたとしても。 出逢い方さえ違ったなら、自分が其方に立っていたかもしれないとすら、思う。 だからこそ。 「本当に“あれ”が綾芽さんだと思っているのですか」 だからこそ。 ●屍線・横路之弐~Chaos Line - 2~ 蝋の香りに混ざり、つん、と漂った強い腐臭。杏樹が足を止める。視線の先には通り過ぎようとした階段。 駆け続けている人間は5名。残りは殿を担い玄関に集まった憑キ鬼達を食い止めている為遅れている。 攻撃に手を割けば全力を移動に費やす者に対してどうしても動きは鈍くなる。 其処に来て、杏樹にはどうしても気になっていた事があった。つまり、この屋敷の「2階」だ。 2階には誰も居ない。人は居ない。そう聞いている。では――人以外は? まるで、誂えた様に全力を尽くせばギリギリ間に合う人質が死ぬまでのタイムリミット。 それを敢えて設定した者が居る以上、其処に何も無いと言う事があり得るのか。 「皆、先に行ってくれるか」 “死”の香りを嗅ぐ。通り過ぎようとした舞姫が視線を上へ向けて凍り付く。 ず……と。天井が撓む音が、鳴った。 「……最初の事件で犠牲になった人って、何人居ました?」 「確か、悠の母親を含めて――」 29人。 では果たして、彼の母親の遺体『だけ』が回収されている等と言う事が有り得るのか。 その答えは、天井一枚を千里眼で見通した舞姫だけが知っている。 突入して30秒、既に動き出している。分かっていた事だ、これは罠だと。 二階の憑キ鬼がまともに動き出すまでは数時間掛かる。だがそれは「まともに動き出すまで」だ。 いずれ階下に降りて来るだろうそれ、もしも2階や天井から突入していたら。 結末は想像するだに難くない。そして同時に、その殲滅と言う任務達成の難度が跳ね上がる。 「行きましょう」 二階へ上がろうとした杏樹の腕を引き、慧架が頭を振る。 階下から状況が把握出来た以上は、一人で上がるなど明らかに自殺行為だ。 そして、彼女らには時間が無い。 「邪魔、しないでっ……死なせない! 絶対に!」 人形にスタンガンを持つ手を掴まれたニニギアが足掻く。其処に振り抜かれる、鋭い爪。 「人形も、頭壊れたらしまいやろ」 ごろんと、地に転がった人形の頭部。目を見開くニニギアを余所に玄弥が喉の奥で笑う。 頭部を失い配線でも切れたか、ごとんと倒れる遺体から噴き出す血飛沫。 返り血を背に浴びて、駆ける。きっと彼らは何も悪い事などしてはいない。 一般人だと聞いている。罪などない。運が悪かっただけだ。罪悪感が胸を衝く。 それでも、それでも。例え他の命を、見殺しにしたとしても。 「皆さん、退がって下さい!」 落ち着きながらも鋭いノエルの声に、リセリアが跳び退き、悠里とジョンが身構える。 舞う様に振り抜かれた穂先に3体の憑キ鬼が巻き込まれぐしゃりと潰れる。 だが、それは仲間をも撒き込む諸刃の剣。悠里はこれを掠めるに留めるも、ジョンの受けた傷は深い。 「ですが、これで残り半分を切りました」 憑キ鬼7体と人形群。その編成が馬鹿に出来ない戦力である事に真っ先に気付いたのがノエルだった。 彼女は類稀なる攻撃能力を持つが、一方で回避は半ば捨てている。 其処に来て人形の組み付きを受けると、憑キ鬼の一撃はその全てが痛打に変ずる。 特に剛腕の振り回しが問題だ。隙を付いて重ねられる重い一撃は、瞬く間に彼らの命を削る。 時間制限のみが問題ではなく、4人で7体を相手取るのは相当に厳しい。 「今の所、順調かな……ん?」 悠里のアクセスファンタズムが反応する。直ぐ様繋げば焦った様な慧架の声。 “気を付けて下さい、伏兵が……!” 更に21体。その数字に頬が引き攣る。この仕事の難しさは理解していた、心算だ。 あるいは100体以上と言われるのに比べれば易い。だが、それにしても現状苦戦しているこの3倍。 「……行けますか」 ジョンが閃光を放ちながらも問う。果たしてやれるのか。 出来なければ退くしかない。けれどその問いに、リセリアが、ノエルが頷く。 「自分の意志で、選んだ道です」 「徹底して、手を尽くしましょう」 全てを救おうとして何もかもを喪う位なら。その想いと共にここまでやって来た。 終われない。まだ戦える。剣が触れる。槍が振るえる。運命の加護すら残っている。 ならばその、死線の先に到るまで。 「やろう、僕らで退路を切り開く」 ぎしりと、ぎしりと。天井が鳴く。 無数の死を抱き、それを鬼へと変じながら、屍人の館は囚われ人を誘い込む。 残り時間は、後1分。 ●神の眼は射し示す~Fortune Re Birth~ “どうしてって聞いたよね?” その問い掛けを忘れない。だって不思議でならなかった。 僕は人を、母さんを殺したんだ。生きる為に殺したんだ。僕は悪くない。 最初はそう開き直れた。開き直れるつもりでいた。 けど何度も夢に見た。何度も掌を確かめた。自分の罪を直視した。 僕は所詮、罪人だ。 “名前を訊いた時、目があった時、心が触れたと感じた気がした時から” なのに。 どうして、あの時振り返ったんだろう。 どうして、あの時問いかけたんだろう。 どうして、貴女はいつも僕の事を追って来るんだろう。 どうして――――今、僕は。 “迷惑かもしれないけど私、悠くんを弟みたいに思ってる” 古い羊皮紙の感触。開いたページに記された言葉。 呆然とその言葉を見つめる。額縁の、向こう側の世界を見つめている。 現実味何て感じた事はなかった。いつも何所かフィルター越しに全てを見ていた。 それは、母さんを殺しても変わらなかった。死が迫ってすら変わらなかった。 “もう二度と、大事な人を見殺しにしたくない” 死んでしまうのが、消えてしまうのが嫌だった。けれどそれでも。 その結末さえ心の何所かで物語の様に感じていた気がする。 だから、生きる事諦める事だって出来たんだ。 だから、もう止めようって思う事だって出来たんだ。 なのにどうして、今更そんな事を言うの。 “それは私が生きる理由、信念を捨てる事と同じなの” 私も他の命を見殺しにしてきた でも、どうしても救いたい命のためにその時できることを必死でやる” どうしても、欲しい物何て何も無かった。 夢も、希望、未来も無かった。最初から沢山の、持ち切れない程の物を与えられて、 持っていない物に手を伸ばす事すら許されなかった。だから諦めた。 “失った人の代わりはないけどできる限り命を救い続ける。 そうやって生きてきたし他にどうしていいかわからない” そうやって、諦めてきたし、他にはどうして良いかわからない。 自分で得た物何て一つも無いから、誰一人救う事も出来やしない。 それでも。 “悠くん、望んでいいのよ” それでも僕は、生きてて良いの? “独りで苦しむ日々を終わりにしよう。” それでも僕は、足掻いても良いの? “助けたいの、助けさせて。文句も理屈も後で聞くから” 人殺しなのに。それでも。 “最後の最後まで、一緒に生きる未来を私は諦めない” ――それでも後ほんの少しだけ。 ――――――未来を、信じても良いの? ●屍線・横路之惨~Chaos Line - 3~ けれども、世界は誰に対しても惨酷な位に平等だった。 「え」 先頭を駆けていた舞姫が足を止める。 止めざるを得ない。一番奥の部屋。焼ける蝋の匂い。間違いなく、其処が終着点。 時間は残り30秒。間に合った。彼らは、彼女らは間に合った。 間に合った――筈だ。此処がただの、偶然に仕立てられた戦場であったなら。 「…………えっ」 全力で駆けていた慧架の足が止まる。止めざるを得ない。 其処に居たのは、多過ぎる程の人影。8体の人形が扉の前に張り付いている。 多過ぎる。通路は半ば鮨詰めだ。潜り抜ける等、到底現実的ではない。 「――っっっ!」 ニニギアが口元を戦慄かせる。突破しなければ、室内へは入れない。 けれど1つ倒すのに1人、5人でも20秒はここで消える。だったら。だとしたら――。 部屋の中に居ると言う憑キ鬼を排除する前に、タイムリミットは訪れる。 「くわばらくわばら。時は金なりとは良う言ったもんやねぇ」 動きを止めた四人を置き去りに、玄弥が踏み込み躊躇無く人形に爪先を突き立て蹴り飛ばす。 スタンガン等使えば扉の前から除けるだけ時間が掛かる。 死体であれば一々遠慮する必要はない。任務達成を一義に考えるその判断は早い。 だが、誰もがその様に割り切れる訳では、無い。 「そん、な――……」 誰一人。 誰一人犠牲にするまいと願ってやって来た。 その手で一般の人々を。“人形”を殺せるか。物の様に除ける事が出来るか。 舞姫の短刀の切っ先が揺れる。誰も、彼の為に死なせない。赤峰悠自身の為に。 それは尊い願いの筈だ。それは価値ある祈りの筈だ。けれど、世界はそれを認めない。 「――やるぞ、運が良ければ殺さないで済む」 杏樹が動く。銃を使わず肩に拳を叩き込む。 ノックバックなど無くとも、戦闘不能になった者に移動を邪魔する事は出来ない。 鈍く響く骨の砕ける音。手加減をした所で相手は一般人だ、死ぬ時は死ぬ。 だが、その可能性を落とす事なら出来る。 「わかり……ました!」 慧架が踏み込む。掴み掛かって来た人形の腕を取り、背負い投げの要領で地へ落とす。 やはり鈍い音がした物の、恐らく死んでは居ない筈、だ。 「こんな……こんな事……っ」 何を恨めば良いのか。何を憎めば良いのか、舞姫にはもう、良く分からない。 けれど今はただ。彼に告げた約束を果たす為に。 未来を――切り拓く為に。 「うあああああああああああああ――っ!」 その為の、その手で以って、守るべき人々を傷付けるのだ。 殺さない為に。苦しめない為に。救う為に。力の無い別の誰かを退けるのだ。 立ち塞がる者を斬り捨てて、心に抱く逡巡を斬り捨てて、痛みも涙も斬り捨てて、けれど一体。 あと幾つ斬り捨てたら誰も失われないで済むのだろう。 「酷いよね、こんなの」 そうして拓かれた道を、駆ける。 「酷過ぎるよね」 そうして繋がれた糸を、手繰る。 「それでも、願ってしまうの」 ニニギアが、最後の扉を押し開ける。 「……お願い、生きて、一緒に行こう!」 ――――其処が、タイムリミット。 ●死戦・縦路之惨~Law Line - 3~ 「――――」 数合。打ち合わせられたのは幸運ではない。 運命を削り、命を捧げ、意地と魂を燃やし尽くして対した結果だ。 元より近接戦は得手ではないのだ。その上相手は近接戦をこそ牙城とする『屍操剣』。 自覚していたこと、分かっていた事だ――運命は歪曲を許さない。勝ち目は、無い。 けれど或いは望む所だ。ここまで近ければ耳を塞ぐ事すら出来はしない。 ヴィンセントは銃口の変わりに、言葉の刃を振り上げる。 「……外科医だった貴方が――外見だけで」 胸を貫いた剣先が押し込まれる。 「――っ、あれが、自分の娘だ……と?」 視線が交わる。黒い瞳と、青い瞳。互いの瞳の奥に良く似た光を見る。 けれど決定的に違うのは、覚悟の強さ。青は揺るがない。ひたりと見据えたまま揺るぎもしない。 「せめて父親として、……彼女を……貶めるのを、止め……――ッッ!」 言うやずぶり、と更に刃が深く入る。刃先位は背へ抜けただろうか。 痛みは既に麻痺して久しいが、それでも流石に限界だ。跳ねそうになる身体を意志だけで抑え込む。 そもそもが全身血塗れだ。今ならきっと、黒翼である事すら誤魔化せる。 「お前に、何が……っ」 「――お前の、妄執に、綾芽さんと、悠さんを……巻き込むな」 本当は、本音を言ってしまえば。 この愚かな、非道な、黒い男を憎み切れない。 出来る事なら、手を差し伸べられる間に出会えたなら良かった。 そうだったなら……けれどそれはもう、終わってしまった事。 だから。これはきっと悪足掻きでしかないのだろう。 「認めろ黒崎」 震えが止まる。体温が落ちて行く。足元に出来た血溜まりが彼の思考も言葉も奪っていく。 けれど、まだだ。夜は更けたとて星が落ちるには早い。『Star Raven』はまだ羽ばたける。 「お前は――失敗したんだ」 ず、っと彼を貫いていた剣から力が抜ける。 いや、『屍操剣』が武器から手を離す。交わった視線、けれど両の足で立っていられない。 倒れそうになったその体躯。両肩を黒い男が掴む。 「……見ろ」 無理に身体を動かされる。その度に鋭い痛み。視線は『屍鬼童子』へ向けられる。 少女の様に見えるそれは“食事”を終え、夜空を見上げている。呆、っと振り仰ぐ。 「動いている。言葉を紡げる。呼吸をしている。喜びも、怒りも、哀しみも、楽しさも感じられる。 どれも失われた物だ。どれも奪われた物だ。全てこの世界に不当に搾取されたものだっ!!」 それは、まるで慟哭の様に聞こえた。 「それを取り返す事が、全てだ! それの何が悪い、いや、悪であろうと構わない! 例えそれで、綾芽が変わってしまうのだとしても、それが一瞬の幻であったとしても! どうして手を伸ばさずにいられる! どうして掻き抱かずにいられる! どうして――っ!!」 「貴方は、救いたかったんじゃない」 その手には、銃が有った。 「救われたかったんだ」 照準を合わせる必要なんかなかった。何度、何十度、何百度、何千度。 彼は、彼の目の前の誰かを守る為に、その引き金を引いただろう。 慣れた仕草だ片腕が動けば事足りる。指先に力込められればそれはもう、運命の奇蹟と言うべきだ。 斜線は通った。縦線は繋がった。 (――帰れなくて、ごめんなさい) 心に抱いた大切な人の笑顔。それを守り続けられなかった事だけが、悔しい。 (皆さん、どうか――) 黒崎が、その動きに気付く。だが、剣と言う武器は近過ぎれば振るえないのだ。 「――――貴方を、救いたかったです」 銃を持つ、本当の理由は。 ――――其処に、救いを求める人がいるから。 銃声、一つ。 ●死線交差路~Cross Line~ 世界は誰に対しても惨酷な位に平等だった。 けれどそれでも。僕らはここで生きていくしか、無いんだから。 「――っ、遅いよっっっ!!」 涙混じりの必死な声は、けれど部屋に響き渡る位に大きく。 喰らい付く憑キ鬼の口腔に挟まれた重厚な羊皮紙の本が全てを物語っていた。 リベリスタ達が証明している。破界器と言う物は余程の衝撃を受けない限りそうそう壊れはしない。 とは言え大人と子供の膂力だ。憑キ鬼の攻撃全てを受け切る事は出来なかったのだろう。 半泣きになった悠の体躯には、深い傷跡が残っている。恐らくは運命の加護を削ったのだろう。 生きたいと、望まぬ者に世界は決して微笑まない。 けれど、最後まで足掻き続けるならば――或いは。 「ニニギアさん、早く!」 慧架が扉を潜る。立ち塞がる憑キ鬼。乱れていても分かる中年女性の服。 今は気にしている暇が無い。幻想纏いから悠里の声が響く。玄関は既に激戦を繰り広げている。 「悠君」 差し出された手。血に塗れて、けれど無理矢理に笑ってみせる。 「私が迎えに来る未来、見えた?」 自らの血で赤く染まった少年が、無言で小さく頭を振る。見えなかった。見なかった。 「でも、来てくれるって」 信じてた。それは『預言書』にすら見通せない、ほんの小さな可能性。 繋がった手を引く。もう離さないと言う様に。 ――それは決して、容易い道程ではなかった。 「正直言えばね、戦いは嫌いだ。覚醒しなかったら、僕は戦う必要なんてなかった」 組み付いてくる屍キ鬼を捌き、組み伏せ牙を突き立てる。 悠里の体躯に命が満ちる。けれどそれとて瞬く間に削られて行く事を彼は知っている。 ――それは決して、優しい生き方ではなかった。 「遠い背中を追いかけて。剣を選んだ最初の理由は、きっとそんな物だった様に思います」 間一髪、かわした爪の側面を軸として刃先を奔らせる。 散った火花すら置き去りに振り抜く剣閃は死せる鬼すら魅せる程に冴え。 ――それは決して、合理的決断ではなかった。 「手を抜いて生きる事は楽でしょう。けれどだからこそ、私はこの組織に居るわけです」 編まれた無数の気糸が正確極まる精度で以って鬼の群に突き刺さる。 次から次へと迫り来るそれを捌くには、彼の精神を癒す神秘は必要不可欠だったと言えた。 ――それは決して、賞賛され得る理念ではなかった。 「我が運命は世界の為に。我が槍は世界の敵に。わたくしは世界を守ると決めたのです」 槍を揮う度に1つの命が潰える。それは或いは造られた物であったのだとしても。 生き物を殺す事に変わりはない。けれど、だから何だと言うのだろう。 普遍的正義など求めない。己の命は。力は。その槍は、世界を繋ぐ為の道具で良いと。 「――それでも、狂おしい程に思うんだ。 誰かの幸せを守りたい。誰かの命を守りたい。負けたくない! 運命なんかに!」 膝を付いて、けれど立ち上がる。血塗れの体を揺り動かす。 それは臆病でも強靭な『拳』が掴んだ一筋の光。死線を照らすには、十分過ぎる。 「――けれど、自分で選んだ以上は背負いましょう。 それがどれ程痛みに満ち、甘えの許されない未来だとしても。何時かそれを誇れる様に!」 剣は血に滑り、積み重なった掠り傷が全身に重く圧し掛かる。 けれど速く。一歩でも一瞬でも速く次の一撃をかわす。命尽きるまで『蒼銀』は舞う。 「――恐らくは理知的判断とは言い難い。けれどわたくしめは思うのですよ。 万人に認められる無難な選択ばかりでは、人生はつまらない」 変人と呼ばれて臆面も無い。『無何有』がそれを厭うては始まらない。血の味を噛み祝福を呑む。 倒しても倒しても沸いてくる屍を撃ち抜き、照らし、磨耗した精神を継ぎ足して。 その先に救える者が居るならば。苦労を背負う価値はきっと、ある。 「――とは言え、こんな所で死ぬわけにもいかないのですけどね わたくしにはまだ、やらなくてはならない事が沢山ある」 世界を守る。その術を得る。言葉にするは容易いが、それを達成するには多くが足りない。 『銀騎士』の正義に果ては無い。或いはそれを人は強欲と呼ぶだろうか。 けれど殉教者の如き真摯で以って、彼女は己を貫き通す。刹那の死すらその歩みを止められない。 揮われ拳、薙がれる剣、張り巡らされた気糸の狭間を槍が穿つ。 彼らは己が全てを賭した。その上で尚、無数の屍の鬼達はその上を行く。 幾度も幾度も繰り返し、精も根も尽き果てて。ノエルが遂に膝を付く。 それは、そんなタイミング。 「来ないなところで死にとうはないわなぁ」 「どん底から一緒にでましょう。まだ絶望するには早い」 玄弥の爪が漆黒を宿し、鬼の体躯へ突き刺さる。その命の幾許かを吸い取り低い声で嗤ってのける。 慧架が鬼の腰を掴む。流れる様な仕草で力を逃がし頭部から大地へ叩き付ける。 「死神も疫病神もぶっ飛ばしてやる。私達を見てろ」 後ろを振り返り、杏樹が口元だけ笑んでみせる。血に塗れた、死に触れ過ぎた。 シスターなんて言えなくなってきたけれど、くずれだとしても説教くらいできる。 子供を導くのは、大人の仕事だ。 「……うん」 その声が背を押すならば百人力だ、どれだけだって戦える。 顔も見えない誰かの為に、戦い続けた彼の背中は未だ遠くとも。杏樹には杏樹のやり方がある。 「邪魔立てするなら、神様でもぶっ飛ばす!」 射線が通った全ての鬼が銃弾に貫かれ姿勢を崩す。 内幾つかの鬼が決死の自爆を試みるも後方に控えたニニギアの癒し。 聖神の息吹が残り少ない憑キ鬼の攻撃を相殺する。憑キ鬼達に、屍人の館に、彼らを殺す術は無い。 盤面は――――――此処に決した。 死線もう、交わらない。 ●死戦・縦路之死~Law Line - Lost~ 声は無い。 息も無い。 既に無い。 ぽかんとした仕草で、少女は己の右目を穿ったそれを見つめていた。 ぱたり、ぱたりと血が滴る。それを唖然と見下ろし、戦慄く手でもう一度確かめ。 「……ひっ」 引き攣った様に『屍鬼童子』が笑った。 「ひひ、あれ。おかしいよ。パパ」 血塗れの世界。それは自分が築いた物だった筈なのに。 血塗れの世界。それは余りにも赤く。赤く。赤く。 血塗れの世界。見えないその半分を、驚き、確かめ、理解出来ず、何度瞬いても元には戻らなくて。 「うあ、あ、やだ、何これ。何これ。ええ、何、これえ、あ。あああああああああああああああああ」 狂乱していた。混乱していた。ギリギリで保たれていた理性が変化した世界について行けず焼き切れる。 そもそもが、彼女が『黒崎綾芽』の人格を残したのは、精密かつ繊細な調整の上で辿り着いた結末だ。 脳に一発銃弾が割り込んだだけで、破綻する程度のガラス細工の天秤だ。 「ああああああああああああああああああ――――……あ」 その視界に、黒い姿が2つ映る。片方は、駄目だ。何となく、多分、今食べたら駄目だと思う。 けれど、もう1つ。何かを手に持った、羽の生えた、それ。 おかしなそれが、それのせいで、それのせいで、それのせいでそれのせいでそれのせいで あかいあかいあかいせかいがあかくていたいやけるみたいにいたいいたいいたいいいいいいいい 「――――、待て、綾芽!」 エリューション化した人間は、もう人間ではない。 ノーフェイス然り、リベリスタ然り、フィクサード然り。であるならば。 人間に憑いた『憑鬼』は本質的に革醒者を喰わない。命を吸う事は有ろうとも、それは食材ではない。 だが―― がぶりと。それは喰らいついた。灼熱するような狂乱のままに。 本来喰えぬ筈のそれに噛み付き、我武者羅に、牙を立て、呑み込もうとした。 それは、『憑キ鬼』であるそれにとって、毒でしかないと言うのに。 「ッ、やめ、ろ、綾芽っ!!」 『屍操剣』が半ば無理矢理に、死せる黒翼の青年と鬼と化した己が娘を引き剥がす。 だが、暴れるそれは手が付けられない。 「いやっ! やだっ! 殺してやるっ! 離せっ! 離せっ!! 離せええええええええええええええっ!!」 「その男はもう死んでいるっ!」 暴れる『童子』を捕らえ、引き摺る様に、黒い男が惨劇の街を後にする。 全て残された青年には知らぬ事。彼が何を望み、何を求め、何所へ手を伸ばそうとしたのか等。 死戦の果て。一人は救われ、一人は逝き、そして。 リベリスタ達が赤と黒とに染まった街に辿り着いたのは、その凡そ一時間後の事である。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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