●家族のための即興曲 ひしゃげた乗用車のボンネットが煙を上げている。 まだ誰にも知られていない、交通事故だった。運転席、助手席はぺしゃんこに潰れてしまっている。 「パパ……ママ……?」 後部座席から、奇跡的に助かった子どもが転がり出た。 少年は、自分の置かれている状況が理解できずに立ち尽くす。 「やや、酷い事故だ」 背後からの声に驚いて少年が振り返ると、黒髪を後ろに撫でつけた青い目の男が立っていた。 知らない男だ。さっきまでどこにいたのだろう。 「パパとママは死んじゃっていますねぇ」 「うそ……」 嘘じゃないことは少年にも分かっていた。ただ認めたくなかっただけだ。 「ミア……ミアは?」 少年は一緒に車に乗っていた飼い猫の存在を思いだす。 「あの猫ちゃんはミアと仰る? 残念ですねぇ、事故の衝撃で外に放り出されたんでしょう。死んでいます」 男が事故車の前方を指差す。 道路に無残にも投げ出されている黒猫は血だまりの中で息絶えていた。 「あ、あ……! ミアっ、パパ……ママ……う、ぐ……」 少年は猫の傍らに膝をつき、嗚咽する。 「そんなに泣かないで、坊や。大丈夫ですよ、これを見て」 のろのろと視線を上げた少年に、男は楽器を見せた。 「トランペット……?」 「ノ、ノ、ノ。トロンバです」 指を振ってわざわざイタリア風の発音に訂正する男の手には、金管楽器が握られている。 「トロンバは力任せに息を吹き込んだだけでは音がでない。コツが必要なんです。……死人に命を吹き込むのにもね」 男は高らかにトランペットを吹いた。 血まみれの猫が立ち上がった。 パパも、ママも。 そして男の背後から、無数の動く白骨が。 「よかったですね、坊や。ほら、坊やも早く仲間にならないと」 少年の首が跳んだ。 あそこのお家は仲良し家族♪ 元気で陽気な死体の家族♪ さあさ、お隣さんもお呼びになって~ 家族は増えるよ、どこまでも♪ ●ピリオドは早急に 「死者が蘇って行進してる」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の説明は端的だった。 端的であることは、情報量の不足を意味していた。 「死者を蘇らせているのは、『福音の指揮者』ケイオス・“コンダクター”・カントーリオの私兵である『楽団』の男。ネクロマンシーの力を持ってる。それ以上のことは分かってない」 イヴの背後のモニタには、異国の風貌の男の後ろについて歩く、親子らしい三人のゾンビと黒猫のゾンビ、そして三、四十体はありそうな動く白骨死体が映し出されている。 復活した死者は理性を失って、人々を襲う。 殺された人間は死者の行進に加わる。 無限に増え続ける殺戮集団となりうるわけだ。 「男の名前はドメニコ・ベルニ。蘇らせた死体を『家族』と呼ぶ、トランペット吹きの男だよ」 海沿いの寂れた街道を死体の大家族が行く。 一度でも会えば、皆がファミーリア。 出会った人間を家族に取り入れながら死体たちは行進する。 「今の『家族構成』は、ほとんどが山中に打ち棄てられた白骨だけど、行進を止めなければ出来たてで新鮮な死体が増えていく……この行進を止めて欲しい」 イヴは左右で違う色の目をぎゅっ、とすがめた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:碓井シャツ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月09日(日)23:18 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 冬の潮風が体の芯から熱を奪っていく。そんな土地だった。 「うちゾンビ系の映画とかって好かんのや……」 『ビートキャスター』桜咲・珠緒(BNE002928)が自分の両腕をさすりながら、嫌そうに呟く。 「今回はゾンビより骨の方が多いらしいが、それでも駄目かね?」 死者の行進を待ち受けているとは思えない冷静さで『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)が返した。敵方の到着までの間に出来ることは多い。 早速、オーウェンはバリケードにすべくトラックの設置にかかった。持ってきた大量のオイルも、油がしみ込んでしまうアスファルトでは足止めの効果はさほど期待できないが火計には使えるかもしれない。 「いやそういうことやなくて。理性もなく理不尽に襲い掛かってくる災厄でむき出しにされる人間の醜さとか……たまらなくいやあな気分させられるわけで」 「骸骨の行進ね……ほのぼのした話だったら、ゆっくり眺めてたい所だけどな」 メキシコで骸骨の行進と言えば『死者の日』のお祭り騒ぎだが、今回のそれはフィクサードのお陰で非常に胸糞悪いお話に仕上がってる。 『孤独嬢』プレインフェザー・オッフェンバッハ・ベルジュラック(BNE003341)は強結界を張りながら、動く死者を残らずただの死者へと戻すことを誓っていた。 (「ゾンビと骸骨は一人残らず、奴らがこんな事をさせられたって事実ごと、全滅させる」) 正義感が強いつもりはない。それでも罪のない人間が酷い目に遭うのは納得がいかないし、気分が悪かった。 ● 赤い夕日が海を染め上げる。 磯のにおいに混じる、別種の生臭さが死者の行軍の到来をしらせた。 潮騒に負けない、高らかなトランペットの行進曲。白波のように打ち寄せる骸骨の白、白、白。 死体家族を率いるドメニコ・ベルニは待ち構えるリベリスタ達を視界に捉え、つと足を止めた。 「ほう、面白いことをお考えになりますねぇ」 前衛列の両側にV字型に配置された二つの車体のバリケード、そしてその上に陣取る後衛の面子。一度の接敵を極力少なくする迎撃特化の布陣である。 「お前さんが、我が家族に仇成す可能性あらば、俺はお前さんの家族を滅ぼそう」 「心配しないでください。『貴方の家族』も『私の家族』もありません。さあ、大家族になりましょう」 宣戦布告するオーウェンにドメニコは目を弓のかたちに細めて笑った。問答は既に真理に達したとばかりに進軍のトランペットが続く。 リベリスタ達もイカレたラッパ吹きの与太になど付き合ってはいられなかった。 「自衛権の最大解釈においては、先制攻撃もまた自衛権の行使である! そのふざけた行軍、必ずや撤退させてみせるぞ」 『リング・ア・ベル』ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)がトラックの上から吠え、閃光弾を投擲する。強烈な神秘の光に晒され、ベルカの前方の白骨がぎこちなく足を止めた。 しかし、立ち止まった亡者を踏み越えるようにして行進は続く。圧倒的な数の妙。迫る骨、骨、骨。 情報としては頭に入っているものの与えられる圧迫感は相当なものだ。ベルカは続けて閃光弾の投擲を繰り返す。 「やや、怯むほどの自我がまだ残っているんですね、白骨にも。あはは、目もついていないのになぁ」 最後方で高みの見物の体でいるドメニコは面白がっている風ですらある。 白骨死体にも元の誰かの人生があり、その名残なりがあるだろう。 当然だ。当然のことだ。 その当然のことを嘲笑うドメニコに『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)は強烈な怒りを覚えた。そしてそれは己への憤りでもある。 救いの手は既に手遅れであり、幼子も死者となり生者を脅かし闊歩している。彼らの当たり前の営みは、もう戻ることがない。 届かなかった事、間に合わなかった事、そのどちらもが口惜しい。最早、救うことができないならば、せめて。 死者の安息を祈る思いを力に変える。アラストールが放った光が最前の白骨を十字に分断する。 「耳障りだぞ楽士、腕を磨いて出直して来い」 「ノ、ノ、ノ。君が耳を磨くのが正解です」 アラストールの言葉が癇に障ったのか、ドメニコは我褒めのトランペットを強く吹き鳴らす。 行進と言って差し支えない速度だった骸骨達は一気に間合いを詰めてくる。勢いよくバリケード用の車体にぶち当たってくる亡者に後衛の足場がぐらついた。 「ぎゃーっ! せやから、フィクションで嫌なもんが現実で平気なわけあるかー!!」 ホラー映画の超3Dに、トラック上の珠緒の精神状態はてんやわんやだ。迫ってくる白骨は近くで見れば見るほど禍々しい。行動の統率さえとれていれば、すぐにでもトラックは横転してしまいそうな馬力だった。 (ふう、落ち着けうち。びーくーる。イカれたペット吹きなんぞに負けるか) 回復手はうちひとり。息切れだけはしたらあかん。珠緒は深呼吸をひとつ、力の循環を意識する。この長引きそうな戦いを完走するために。 バスターソードが閃き、トラックに取りついていた白骨の一団をばらばらにバラす。『薄明』東雲 未明(BNE000340)の高速の剣戟を正確に目で捉えるのは至難だ。彼女の周りに幾つもの残像がつくり出されている。 「全く、足並みの揃わない不出来なパレードだ事」 死者たちの行動はまるで効率的ではない。それを未明の怜悧な視線が揶揄した。 「不揃いで構わないじゃありませんか。相手の個性を認めてこその家族! ドにはド、レにはレの美しさがある!」 そう、彼らは非効率的でも構わないのだ。無駄をもって尚上回る性能。斬って落とした骨の腕が這い上がり、未明の首を締め上げる。 「くっ……!」 破壊を恐れないおぞましいタフさ。 肩から分断された右腕が、左腕が、未明を死体の海に引き摺り込もうと伸びる。 未明も首に巻きついた手を振り払おうとするのだが、骨の腕は短すぎ、未明のバスタードソードは長すぎた。抗うことのできない力が加えられ続ける。 気糸が飛んだ。 「ミメイ!」 未明の細首を手折ろうとしていた白骨の手首を、オーウェンの気糸が次々と貫く。それは集中攻撃の合図だった。 プレインフェザーが単体で立ち上がろうとしていた下半身の方を気糸で撃ち抜く。 「……大丈夫であるか」 「大丈夫よ。少し油断しただけ」 安全確認はどうしても口早になる。一体を片づければ、また一体が押し迫っている。オーウェンは次の目標に向かって生糸を飛ばす。飛ばす。飛ばす。 未明もまた、斬って斬って斬った。攻撃の手を休めれば、物量に押しきられる。出し惜しみはない。生命力を燃やして攻撃に専念する。 斬られた骨を『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)が車両の上から精密射撃で更に砕く。 「山中の白骨死体を掘り出した? 勘弁してください、何のために山に埋めたと思って……商売敵ならまだいいが、同業者が全部迷惑被るのは勘弁なりません」 鳩目の生業は『掃除屋』である。何を掃除するのかは、言わぬが華というものだが、せっかく掃除したものをぶち撒けられるのは、とても気分のよくないものだ。 それが神秘の力を使ったものなら尚のこと。 もう一度、片付けてしまうがよい。胴体と手足をバラしても動くような常識のない連中はあらゆる関節を外し、完膚なきまでにただの死体へと戻してやる。 一体、一体、確実に。鳩目の持つロングバレルの拳銃から弾丸が霰と降る。 『幸福の残滓』レオポルト・フォン・ミュンヒハウゼン(BNE004096)もトラックを足場に魔術を紡ぐ。 再び亡者たちがトラックに取りつき、車両の上の人間を引き摺り下ろそうと手を伸ばしてくる。 「我紡ぎしは秘匿の粋、エーテルの魔弾……喰らえい、Zauberkugel!!」 レオポルトの展開した魔法陣から放たれた魔弾がよじ登ろうとする死体を地へと落とした。それをオーウェンがマーキングし、プレインフェザーが、未明が、鳩目が、ベルカが砕く、砕く、砕く。 「老紳士かぁ。いいですねぇ、私の家族にはまだノンノ(お祖父ちゃん)はいなかった筈ですよ」 ドメニコが離れた場所から欲しい玩具でも見るような目つきでレオポルトを眺めた。 「……人の安寧を奪っておきながら、家族を騙るとは笑止千万」 普段は温和な紳士とも言えるレオポルトの顔からは、一切の表情が削ぎ落とされている。 家族という言葉は、あのような男が軽々しく口にしていい言葉ではない。彼らの本来あるべき安寧を奪っておいて、『家族』を口にする厚顔をレオポルトは決して看過することはできない。 「邪にて歪なる亡者共の行軍、我らが力にて終わらせましょう」 ナイトメア・ダウンで愛する家族を全て失った、『幸福の残滓』である男の胸を焼くのは嫌悪を通り越した憎悪だった。 ● 「しぶといって言うか、むしろしつこいわ」 完全に消耗戦の様相を呈している。 オーウェンの指示による集中砕破。押しきられそうになればノックバックで押し戻し、かろうじて保っている戦線。 どれだけ数は減った? 迫る骨の海ばかりで視界がひらけない。斬り伏せた敵は、撃ち抜いた敵は、本当にもう動かないのか。 変化のないように見える戦場に前衛で体を張るリベリスタ達の胸中には、否応なく不安と焦りが根をはる。 「ちゃんと数は減っています! 無尽蔵の兵力なんてあるはずがない」 車両の上から戦場が見渡せる利を生かして鳩目が前衛に呼びかけた。集中力を欠けば、それこそが命取りになる。その激励にリベリスタ達は疲弊に負けそうになる気持ちを立て直した。 「ふぅん、車の上の連中がやはり邪魔ですねぇ……出番だよ、私のフラテッロ(兄弟)」 ドメニコは一向に家族に加わろうとしないリベリスタ達に口を尖らせ、またトランペットを響かせる。 その音に応えるように、首をぐらつかせた少年がナイフを手に戦場を駆ける。その後ろを潮風で腐敗の進んだ父が。母が。 白骨共を踏み台に、トラックの上へ跳び上がる! ゾンビのナイフが最初に襲ったのはレオポルトだ。 「……っ!」 右肩から胸元まで袈裟がけに斬りつけられ、レオポルトは声にならない呻きをあげる。突如の接敵に車両の上は騒然となった。 「後退だ! この足場では戦線を保てぬと判断する!」 少年ゾンビに呪いの弾丸を浴びせかけながら、ベルカが指揮する。銃撃を食らいながらも死者は倒れない。更にレオポルトの腹へナイフを見舞う。 レオポルトは傷口を手で押さえながら、魔弾でそのナイフを弾き飛ばした。鳩目がレオポルトの後退を援護するために銃を弾く。ベルカが荒く息を吐くレオポルトの肩を支えた。 後衛組が車両を下りると、前衛組がそれを守るために駆けつける。 車両を飛び降りてきたゾンビ家族が再度、後衛に襲いかかろうとするのをアラストールが阻む。 「今のうちに!」 「……ここで斃れる訳には行かないのです」 レオポルトが笑いそうになる膝を気力で支える。 まだ悪夢の中にいる死者を還してやらなければ、終われない。下がらせようとする前衛よりも前に進み出て、レオポルトは強い決意をもって杖を構える。 「我紡ぎしは秘匿の粋、エーテルの業炎……焼滅するが良い、Sturmflamme!!」 魔術の炎が油の染み込んだアスファルトに広がった。骨を灰にするには油の燃える温度は足りないが、アスファルトを溶かすには十分だ。地面に足を飲み込まれた骸骨がもがく。 それを踏み越えて、崩れた前線に大量の亡者が車両の狭間からなだれ込んだ。地獄の門のような光景だ。我先にと通り抜けようとする骨の大群。 未明は後退際、亡者たちの足元に大量のビー玉をぶち撒けてやる。行進の最前が足をとられて転んだところにプレインフェザーがJ・エクスプロージョンを炸裂させた。地獄の門へ亡者を押し戻す! 追い打ちをかけるようにオーウェンのJ・エクスプロージョンがバリケード車両を横転させた。 「ダメージはなくとも……重量で多少動けなくなる者は出るだろう?」 車両に押し潰されて這い出ようともがく亡者の姿にオーウェンは自分の見立てが間違っていなかったことを知る。 身を守る遮蔽物はなくなったが、戦端が開いたときより数は大幅に減っている。勝機はある。 (せやから、落ち着いて、さらに落ち着いて。慎重に、効率よく回復や) 珠緒がもう何度目になるか分からない天使の歌を奏で始めた。冬の潮風でかじかむ指でギターを爪弾き、魂で歌う。音楽は人を元気にしてくれる。珠緒はその力を信じている。 だから。だからこそ。 (こんな事に音楽を使われるのは、めっさムカつくねんで!!) 温かみの欠片もない、威圧的なばかりのトランペット行進曲。人に何かを与えるのではなく、奪うだけの音楽。 (やったるで。うちは音楽を愛するもんとして立ち向かう……!) 珠緒は耳で追ったドメニコの演奏で頭の中に譜面を構築する。大丈夫だ、できるはず。 次に彼女が奏で始めた曲はドメニコの演奏している曲だった。ただし、拍子が違う。行進に相応しい4分の4拍子を崩壊させる変拍子。拍子の魔術師たる彼女らしい戦い方だった。 「私とセッションしたいんですか? いいですよ、バンビーナ」 ドメニコはにやにやと笑ってトランペットを構え直す。ドメニコの演奏もまた次々に拍子を変えた。 「曲調が変わっても敵勢の動きに変化なしであるか……ミメイ」 オーウェンは傍らの未明に声を掛ける。 「リーディングを仕掛ける。読まれた事はあちらにも分かるはず……だが、作戦を変えれば再度読むまでだ」 「わかったわ。その間、貴方に敵を近づけさせない」 乱戦と化した戦場でそれは言うほど簡単なことではない。それでも未明は請け負ってみせた。 オーウェンがドメニコに意識を集中させる。 その思考に触れると、オーウェンは眉を寄せた。作戦も何もあったものではない。 行進だ。邪魔するものは排除する。シンプルな命令。 数が減ろうがまた調達すればいい。リベリスタの死体が手に入れば上々。そうでなくとも懐は痛まない。 消耗品。ドメニコ・ベルニの死体の扱い方はそうであると言って良かった。 オーウェンの読み取ったドメニコの考えを聞き、ベルカは身を震わせた。感情の昂りが彼女を震えさせていた。 「……私の様な兵士は戦って戦って戦い抜いて、血と硝煙の中で息絶えるのが運命である」 それは納得ができる。そのように育てられ、そのように生きてきた。 しかし、彼らはどうだ? 彼らにはもっと別の運命があったはずだ。彼らには、本当の家族があり、ごくごく一般的な日常があったのではないのか。彼らは犬ではなかったはずだ。 「こんな戦場が、安穏と暮らす者達の死に場所であっていいはずが無い!!」 ベルカは銃を構える。 「征くぞ同士諸君、これは人の尊厳を護る為の戦いである!」 ベルカは吠えた。こんなことを繰り返させる訳にはいかない。銃声の遠吠えが響く。 銃弾はゾンビの少年には届かなかった。その父親であった死体が前に立ちはだかったからだ。腕が肩から弾けるようにして捥げる。 「条件反射……いや、絆か」 【パブロフの犬】と比べ、尊く、美しささえ覚えるのは何故だろうか。ベルカは遣りきれない思いで唇を噛む。そして、更に引き金をひいた。 子を庇った親の姿はアラストールの心をもまた揺らしていた。 私はこの罪もない親子を斬るのか、と。だが、それは自己満足に過ぎない。それでは誰も救われないとアラストールも分かっている。 (だから私は剣を取る、そして迷いと残念を断つ。) 「……死してなお死ねぬ事は不幸な事、灰は灰、塵は塵に、その魂は天に召せ」 アラストールの剣が母親であった死者の胸部を貫いた。もう甦ることのないようにひどく斬り裂く。その死者を辱めるような行為がアラストールには辛かったが、もう迷うことはしなかった。 「パパ……ママ……」 状況が分かっているのか、いないのか。既に散々に銃弾を浴びせかけられている子どものゾンビが虚ろな目で親を呼ぶ。ボロキレのような体で寄る辺なく前進する男の子。 プレインフェザーは表情も変えずに、その体を気糸で貫いた。 恨まれても別に良い。人としての尊厳を奪われて操られて、人を殺そうとしている事を知らずに死んでくれるなら。 全て終わりだよ。何もありはしなかった。残るのはあの胸糞の悪いフィクサードの罪だけだ。 気糸が少年の体をばらばらに引き裂く。それは救いだった。 「やや。家族が増えなくて残念です」 ドメニコはつまらなそうに立ち上がる。数が心許なくなってしまった死者たちに撤退を決めたらしかった。 その後ろ姿をアラストールは追った。余力が無くとも我慢なら無い悪がある。疲弊した腕に剣が重い。剣が光を帯びる。だが、届かない。追いつけない。 その口惜しさを継ぐように鳩目の銃が弾かれた。 「おいてけよその皆殺しのトランペット」 精密射撃がトランペットのベルを歪める。トランペットが鳴った。霊魂の弾丸が放たれ、鳩目を貫く。 「Arrivederci,sorella」 ドメニコは去る。 その姿が消えると、糸が切れたように残された死者もただの骨へと戻った。 「……骨が散乱して誰がどれやら。遺族の元へ帰れそうなのは、あの家族くらいかな」 未明が独り言のように呟いた。泥のような疲弊と骨と死体を残してリベリスタ達の戦いは幕を下ろしたのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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