●序 光差さぬ窓の無い部屋に蹲る影が一つ。 幽霊じみて白い手足は、細く長い。蝋人形のような面立ちは美しさを湛えていても作り物めいている。何時かは未成熟だったそれ等も『健康的』とはかけ離れながらも少しずつ女性らしいものに変わっていた。 本人が望む望まないに関わらず時の流れとは残酷だった。 モラトリアムのような時間はとうの昔に終わっている。 光を浴びずに生きる女は細く浅い呼吸を繰り返していて――唯そこにあるだけのようだったけれど、彼女はどうしようもなく『生きて』いた。 ――一体、どれ位の時間が経ったのかしら―― 女は自分の体を覆う古びたベージュ色の毛布をきゅっと抱き締めてた。 コンクリートで出来た地下室の冷たい床は、独特のひんやりとした空気は、饐えた黴の臭いは彼女にとって決して不快なものではない。『終の棲家』のように愛して、住めば都――『彼』がそれを望んだならば。 「……」 しかし空っぽの世界の何処にも、もう彼の熱は無い。 彼が少女に言葉を向ける事も、ふざけたように笑う事も無い。 唯、がらんとした世界に彼女を縛り付ける鎖も首輪も――その実を言えば『彼女自身が用意したもの』に過ぎない。決して返らぬ日を振り返る事が感傷なる痛みなれば、地下室は全てがそれに満ち満ちている。 ――彼は居ない。死んでしまった。 「……………」 歌う事を辞めた乾いた唇が音にならない『声』を紡ぐ。 彼女は地下室のエトワール。遠い日に彼が笑って言った、星。 ●不機嫌な魔女 「愛でも全ては救えない。愛も全ては救わない―― 何故なら、元来神の愛(アガペー)ならぬ人の愛(エロス)とは『奪い合う』ものだからです」 『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア(nBNE001000)の言葉は唐突で何ともリドルめいていた。 「――ま、そんな訳で依頼の話な訳ですよ」 肩を竦めた魔女の何とも微妙な表情にブリーフィングのリベリスタは思わず身構えていた。 「どうしてそういう姿勢を取るんですか!」 「日頃の行いって重要だよな、アシュレイ」 露骨な警戒に抗議めいたアシュレイとリベリスタの漫才はお約束の光景の一つである。「コホン」と小さく咳払いをした魔女はこの世界に溢れている『些細なボタンの掛け違い』或いは『不出来な結末』を口にした。 「愛の形は様々です。それこそカップルの数だけ――いえ、人の数だけその形は分かたれている。余人に理解出来ない事もありましょう、理解する必要が無い事も多々あります。今日の私の依頼は『少し特殊なカップル』に纏わる話なんですね」 「カップル?」 「はい。人生に迷った孤独な少女と、自分は誰にも理解されない――と思っていた――作家の年の差カップルです。全く接点の無いようにも見える二人は遠い日に出会うべくして出会い、そして別れました。厳密に言えば作家の先生の方が不慮の事故で死んでしまったのですがね」 「……特殊って、沙織辺りの区分の話か?」 訝るリベリスタにアシュレイは笑い声で応えた。 「あはは! 半分正解ですけど、もう半分は別ですね! 彼の――作家先生は特殊な趣味をお持ちでした。そして、酷く何かに裏切られる事を恐れていた。つまる所、『誰をも信用し得ない彼は、愛する彼女を――美しい少女をどうしても失いたくなかった』訳です。 はい、愛とは度し難いもの。先生は少女を自宅の地下室に閉じ込めました」 「……大問題じゃないか。その彼女を助け――」 「――愛とは度し難いもの、とはここからです。 いや、まぁ。先に言った通り作家先生は二年程前にお亡くなりになっているのです。しかし、彼女はまだその地下室を離れていない。その意味が分かりますか? つまる所、彼女は『彼の愛を受け入れていた』。彼女にとって大切だったのは『彼の心が平穏を保ち、自身を見つめ続けてくれる事』のみだった。恋人を失くし、自身を縛る枷がなくなったとしても彼女はその澱の中に居る」 檻を敢えて澱と称したアシュレイの口調には少しだけ熱があった。 三千世界に転がる悲劇を笑い飛ばす彼女には珍しく、嘲笑めいた悪意が滲んでいた。それが何処に向いているのかをリベリスタは分からなかったが。 「……まぁ、事件の背景はそんな所です。痛い女が変態趣味の死んだ恋人を想っていた所でそれは当人の自由です。しかし、その甘く苦い時間も神秘が絡めば別物でして」 「……と、なると……」 「はい。或いは彼女の強い『想い』が作用してしまったのかも。 不幸にも革醒因子と結び付いてしまったその願いは――『彼』を望まぬ形でこの世界に引き戻してしまった。彼女は間も無く見てしまうのです。地下室に差し込む『光』を。人ではなくなり、唯『光』になっても彼女を自身の手の内に願いたいと思うその『愛せざる光』を」 アシュレイの言葉はこの上なく皮肉な調子で響いた。 やはり、機嫌が悪いように見える彼女にリベリスタは咳払いをした。 「要約すれば『元恋人』の思念と本人の情愛の混ざったエリューション・フォースを俺達が何とかしろって事……合ってるか?」 「はい。タイミングはそうですね。『光』が彼の自宅に侵入する直前辺りには先回り出来ますかね。邸内でこれを迎撃し、地下室への侵入を食い止めましょう。但しこの『光』、それそのものが強力で執念深いのは言うに及ばずですが、少しばかり厄介な性質を持っています」 アシュレイはリベリスタの顔を見て最後に言葉を付け足した。 「非常に増殖性革醒現象を強く誘発させる個体なんですね。 万が一少女が革醒すれば個体はフェーズ3相当になる事が予期されています。 何としても『地下室のエトワール』の羽化は避けて下さるよう!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月08日(土)23:59 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●死ニ到ル病I 拘泥はまるで底の無い沼のようだ。 古今東西、幾多の文豪が『書けぬ己の様』に絶望し、筆を折った事も然り。 その圧倒的な才能の高みに当然のように届く事も無く、唯己が非才に打ちひしがれるばかりも然りである。 自身の内に在る『何か』に訴えかけんとして筆を握る人間は少なくは無かろう。そして、その『何か』が答えを返す事は往々にして稀である。 書く程に心は砕け、綴る程に引き歪む。『本当はそうではない』と叫びながら『そうである事』を脱する事は決して出来ない。 人が人として生まれついたその瞬間に与えられる限界と壁は私の場合、酷く狭量であったらしい。 大抵の場合、痛みと苦しみばかりが目立つ此の世において――凡才なる私が足元から這い上る泥を抜けられる道理は無かったのだ。 拘泥はまるで底の無い沼のようだった。 どれ程に拘った所で、私の筆は踊らない。どれ程の思いをそこに塗り込めた所で唯の文字は謳わない。踊り、歌わせる事の出来る――笛を吹ける誰かを羨望の眼差しで眺めながら、水底の醜い蛙は光の差す水面の先にある風景を眺めるばかりだったのだ。 ――唯の凡百であるが故、誰もこの私を理解する事は無い―― そう信じ切っていたのだ。あの時、彼女に逢うまでは。 ●愛せざる光I 「ある意味で、二人の思いの結晶か……」 「嗤ってしまうほど若い台詞を吐くならば――一つの感情で世界が滅ぼせるなら、それはきっと愛なんでしょうね」 『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)の呟きに皮肉な言葉を返したのは『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)だった。 肩を竦めた彼も苦笑いを浮かべた彼女も改めて確認するまでも無くこの世界がどれだけの不遇に満ちているのかを知っていた。 ギリギリの所で命のやり取りをした回数を思い出せば――確信する事あれど、疑う余地等無いではないか。 彼等十人のリベリスタが今日急行した場所は数年前までとある小説家の持ち物だった邸宅であった。不慮の事故で亡くなったという彼には一人の恋人が居た。彼を忘れられない瀬川伽耶という少女が居た。伽耶は生前の彼が望んだ通りに自らを戒め、地下室に篭る事を選び取った。それは自己満足であり、自己陶酔であるのだろう。行為自体に意味は無く、伽耶自身も何かを期待していた訳では無かった筈だ。本来ならば居てどうなるものでもない――『良くあるちょっとした悲劇』に過ぎない所だったのだが―― 「男性は女性を心から信用が出来ず、裏切りを恐れていた。 女性は『男性に愛される自分』以外に何も持っていないが故に、愛を受け入れていた。 愛し合っているというにはあまりにも危うく、脆く。心の壁とはまさに彼らの間にあったものと言えるのでしょうね」 「これも願いが叶う……と表現すべきなのでしょうね、『彼女からすれば』」 ――淡々とそんな『年甲斐もない事』を口にした『斬人斬魔』蜂須賀 冴(BNE002536)に、長い睫をそっと伏せ、薄い唇から溜息を吐き出した『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)の言葉がその悲劇が冗長のままにある事を否定した。 「これもまた愛情だと言うのか……こんな気持ち悪いものが。自己満足の押し付け合いじゃないか!」 「代償は人としての生、魂の喪失。チップは最初から己の持ち物だったという事です。 それを齎すのは彼女の想いから生まれた『愛せざる光』――まるでメフィストフェレスみたい、なんて」 「男が死んで尚、男の望みを叶え続けるとはのぅ。フン、大方誰かに必要とされたのは初めてだったのじゃろうが」 実に直情径行に自身の理解に及ばぬものを唾棄した『折れぬ剣《デュランダル》』楠神 風斗(BNE001434)の一本気はさて置いて、悠月と『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)、言葉の強さこそ違えど彼女等の感慨はそう遠いものでは無かっただろう。 走り出した運命は止まらない、とは良く使われる表現だがまさに今日この瞬間もそんな使い古し(フレーズ)が相応しい局面である。 三千世界の神秘を殺すリベリスタは『強すぎる想い』が時に望まれぬ形で神秘に結び付く事を知っていた。 (正直を言えばね。瀬川伽耶、貴女には共感を覚えないでもない。 『彼』は生ける屍だったアタシに生きる目的を与えてくれた。『彼』の望みなら他人にどう思われようと、どんな事でもやってみせる。 でもね、その願いがエリューションを『狩る』事で成り立つ以上は――) 『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234)は表情と態度よりは随分と豊かなその内心を黙して語らぬ。 死した恋人を想い、二年もの歳月を暗い穴蔵で過ごした伽耶の『想い』は成る程、『迎え』を呼ぶに相応しいものと呼べなくは無かっただろう。時間と生命が不可逆であり、失われたモノが戻る筈も無い事を理屈では誰もが知っている。世界が二人で完結していたとするならば、そこに誰が嘴を挟む必要もあるまい。されど、渇望を歪んだ形で叶えんとする神秘(エリューション)事件が世界を害するならば話は別なのだった。 問題の『愛せざる光』が差すよりも早く地下室に向かったフツは伽耶を気絶させておく手筈になっている。 『愛せざる光』の目的が伽耶を迎える事ならば、神秘の不遇をそれ以上に蔓延させるのは愚かである。 「『光』を……地下に……行かせない。行かせる訳には……いかない」 「ああ、その通りだ」 エリス・トワイニング(BNE002382)が漏らした強い決意に『閃拳』義桜 葛葉(BNE003637)が呼応した。 (瀬川伽耶は過去の俺だ。俺自身あの頃――相棒を失い、一度は拳を置こうとも思った事もあった。 だが、俺には『約束』があった。生き抜けと─―悲しみに暮れ、心を死なせるよりは自分との記憶を糧に辛い明日を切抜けていけ、と。 そう言ってくれた『アイツ』が居た) 一瞬だけ瞑目した葛葉は律儀にも玄関口の方向より差し込んできた光に強い視線を向けていた。 「お前はどうなのだ、鶴見隆行。死してなお、残るその思いの中には……彼女の未来を想う言葉が残っているか?」 口の中で呟いた問い掛けは傍らの仲間にも届かぬ幽かな呼びかけに過ぎなかった。 肌を突き刺す程に『物理的な存在感を備えた光』は暗闇を切り裂き、するりと邸内に侵入する。 迎え撃つのは首尾良く『出来る限り』を遂行して合流したフツを加えた十人のリベリスタ達である。 「――蜂須賀示現流、蜂須賀 冴。参ります」 「美しき月よ、そなたは今宵起こる事を見ない方がよい。 それは凄惨なもの、綺麗なままではありえない故。 殺らねばならぬ。愛し合おうと生者と死者はわかつべき運命なのじゃから――のぅ?」 冴の言葉は蒼褪めた月のように冷たく、グラス越しに『回復狂』メアリ・ラングストン(BNE000075)の青い目が『それ』を見た。 「――『愛せざる光』鶴見隆行!」 ●死ニ到ル病II 人間は生まれながらにして孤独である。 世の中を露悪的に見る事が大好きな『子供』が縋りたくなるには十分な言葉だったわ。 お父さんやお母さんに頭を撫でて貰った時も。 担任に成績を褒められた時も。 友達に囲まれて冗談を言い合っていた時だって。 何時も、何時だって違和感ばかりが私の世界を覆っていた。 色彩の無い世界は冬枯れの森のよう。 意味の無い日々、意味の無い余所行きの世界。 ……それなのに出会いは馬鹿馬鹿しい位に電撃で、電流はすぐに熱に浮かれた運命へと変わった。 世界に沢山ある何かからたった一つを選び取れた事は幸運なんて幸運じゃない。 不可能を可能に変えるのが愛ならば、謂わばそう。それは愛の奇跡ね? 『センセイ』は「お前の世界は寒々しい荒野のようだ」と言っていた。 私がそれをそうと認めたのは何も言われてその気になったからじゃない。 物心ついた時から枯れていた私に光が差したのは―― ――結構じゃないか。原色の荒野、荒野に私が描いてやる―― ――言葉じゃないの。理屈じゃないの。それが『センセイ』だったからなのよ? ●愛せざる光II 「……悪いが、此処を通す訳には行かない」 短く端的な言葉に強い意志が滲んでいる。 その手に備えた爪を構え間合いを詰める葛葉はもう一言だけを付け足した。 「例え、それが愛する人間を求めんが為だけの行動であったとしても、だ!」 エリューション『愛せざる光』とリベリスタ達は早々に激突を開始していた。 状況を改めて整理するならば『愛せざる光』の目的はこの邸宅の地下室に今も『住む』瀬川伽耶の元へ辿り着く事。一方のリベリスタ達の目的は言うに及ばずそれを阻止する事である。 「……この光は……すごく……しぶとくて執念深い……それから……周りを使うのが厄介かも……知れない……」 『敵』の弱点を看破せんとしたエリスの首筋を冷たい汗が伝った。 「特に……『壁』が厄介。『壁』が発動したら……攻撃は事実上……届かない」 エリスの魔眼が視る情報は或る意味では確認に過ぎない。フェーズ3が強力な個体である事は分かっている。 『愛せざる光』と瀬川伽耶が接触した場合に待つ未来をアシュレイは『否定的に』観測している。つまる所、二体になったフェーズ3を相手にしてはリベリスタと言えど手に負えないという事だ。 「所謂『魔術的』な存在ならもう少し分かり易いってモンだけどな――」 人の心、欲望とはまさに罪業であり深淵である……それは事実ではあるのだろうが。 魔槍深緋をくるりと構えたフツが床を蹴って光に向けて肉薄した。 葛葉然り、フツ然りである。食い止める事が重要になる戦いならば彼等前衛の肩にかかる重さは大きい。 「ま、やるだけはやってみねぇと――な!」 捉え所の無い『光』が相手ではやり難いのも確かだが、神秘なる存在とは往々にして『そういうもの』なのも確かである。 大地を砕くが如き葛葉の掌打、フツの織り成す術の鴉が宙を舞う。 手応えこそ微妙ながら僅かに瞬き乱れた光は目前を阻むリベリスタ達を――この期に及んで初めて――敵と認識した様子であった。 「実に傲慢じゃ」 瑠琵の唇が童女のそれとは思えぬ程、冷淡に皮肉に歪む。 「臆病な癖に自己顕示欲は一人前じゃな。傷付きたくない、誰かに見て欲しい、知って欲しい。 一番信用出来ぬ相手は歪んでいる自分自身、かぇ? どれもこれもお主にはまるで叶わぬ夢も知れる」 「全く、死して尚……とんでもないロマンチストの文学中年と言えば聞こえの方は良いがのぅ!」 丁度『似たような口調で』言葉を投げた瑠琵とメアリの役割は両極である。 瑠琵は攻め手、メアリは守り手。まず先に役割が訪れたのは瑠琵の方。 「やれやれ、互いにおんぶ抱っこで何が『愛』か――」 素早い動作で天元・七星公主を抜き放ち、術式を完成させた瑠琵を中心に氷雪の嵐が荒ぶ。 彼女が狙いを定めたのはエントランスホールを進まんとする光であり、その周囲に残された屋敷内の物品でもあった。 『愛せざる光』が周辺の存在を異常な頻度速度で革醒させる事は知れている。ならば、周囲は敵だらけであると看做すのが必然である。 花瓶は砕け、家具が傷む。主が在った頃と同じように落ち着いた佇まいを見せていた邸内はいともあっさりと荒らされていく。 「まだ、です――!」 さりとて敵もさるもの。 朔望の書を開き、同じく雷撃のうねりでホール全体を強か叩いた悠月が鋭く声を張る。 攻勢にも揺らがない光はその光量を増していた。爆発的に増大した存在感がリベリスタを捉えないならば、それは。 「――――」 息を呑んだのは誰だっただろうか。 砕けた花瓶の欠片の一つ一つが、原型を留めない家具が、散らばった日用品の数々が光に打たれふわりと浮き上がる。 「――だから、本気で『愛だけ』信じられる奴は厄介なのよ。それが敵でも、味方でも」 巧みな位置取りでこれに対応し、論理演算機甲「オルガノン」で光の雨をばら撒いたのはこれを半ば想定していた彩歌である。 「本当に――」 瞬時の戦闘判断に『否定的見解』を下した彩歌が臍を噛むにも理由があった。 彼女の素晴らしい技量はまとめて敵の複数を叩き、エリューション群の攻勢を阻むかに見えたが、思いの外『頑丈』なそれ等は一撃にも怯まずその動きを活性化させていた。確かにそれ等一つ一つは所詮『革醒したての雑魚』に過ぎないのだが、『愛せざる光』の能力はそれさえも過去に置き去りにしてしまう。『生まれた瞬間から一定の戦力を持つ』エリューション達は瞬時にリベリスタに倍する戦力の――頭数を揃え、猛烈な攻勢をパーティに浴びせ始めた。 「この程度!」 憤りを力に変えるタイプは分かり易い。 気を吐く風斗は前を塞がんとする自身に雪崩のように向かってくるエリューション達の攻撃を強引に振り払う。 確かに無傷で済むとは行かぬものの、それ等の攻撃力は彼にとって大きな脅威となるものではない。デュランダルが白銀の刀身に赤いラインを浮かび上がらせれば――気合一閃。破壊自体は難しい作業でも何でもない。 しかし―― 「――邪魔だッ!」 ――彼の――パーティの狙いが『愛せざる光』の阻止である以上、話が簡単に進むかどうかは別だった。 パーティの弾幕と光の増殖、これは何れが早いかの勝負に等しい。 「――チッ……!」 強力な攻め手でありながらも『雑魚』相手にその本領と本懐を発揮出来ていないのは風斗のみならず冴も同じ事である。 天下五剣の鬼丸国綱から名を取った二尺六寸足らずの業物も纏わる雑魚を払うには適していない。 風斗にせよ冴にせよ局面の敵を圧倒するのは容易いが、二人の目的はそこには無い。 「……このッ……!」 恵梨香がならばと魔曲の調べを奏でるが、これも射線に入ったエリューションを撃墜するまで。 光に先んじて動き出す事に成功した葛葉やフツも既に『ブロック』されている状態である。 (これは……それまでに……なかった喜びを…… 二年間の……蜜月を……喜びを知ってしまった……失った……少女の……想いに……引き起こされた……もの) 荒れ始めた戦況は否が応無く乱戦の形を作り出した。 敵の数が味方を圧倒するならば前衛後衛の概念は薄れてしまう。 「……頑……張って……」 「うむ。まだ序の口じゃて! これでこそ、今宵の運命を歓待するものじゃ!」 傷付く仲間をエリスの清かな奇跡が、メアリの力強い音色が激励する。 状況を立て直すに二人の尽力は十分ではあったが、状況を跳ね返せるか否かは全くこれからの未知数に違いない。 「……エリスには……ただ……防ぐしか……思いつかない。ただ……星は……いつでも……光ることは……出来る」 拙い言葉の行き先は何処か迷っている。 『愛せざる光』に向いたものなのか、それとも地下の穴蔵で亡き恋人の夢を見た哀れな少女に向いたものなのか。 はたまた――不出来な結末に刃を向けるリベリスタ達自身に向いたものなのだろうか――? ●死ニ到ル病III 『籠の中の鳥』を称して可哀想だと言う人間が居る。 鳥は自由に空を飛ぶものだ、と私に告げた者が居た。 確かに一般的に鳥は空を飛ぶものだ。抜けるような蒼穹を――広がる無限のキャンバスに自由の弧を描くものなのだろう。 鳥は空を飛ぶものだ。人間はこうあるべきだ。 故に鶴見隆行は『人間らしく』あるべきだったのだ。 高度に発展したこの現代社会は異物の存在を本質的には許さない。 枷のように、鎖のように。本来自由であるべき筈の生物の想いを、在り様を決められた型の中に押し込めようと余念が無い。 鳥が自由に空を飛ぶべきならば、何故人は自由に生きられないのだろうか。 不理解。 無理解。 否、自身を理解する心算が無い人間とどうして理性的な共感が結べようか。 他人を害するならばそれは罪であろう。私は他人を害し、望まぬ誰かを傷付けてまでの自由を欲しない。 私の筆は『逸脱』に到る程の才覚を持たず、私という人間は所詮天井の知れている人間だったからだ。 私は私自身の認識の中で、私という存在の限界を常に冷静に見極めてきた。無意味なのだ。私の作品が見知らぬ誰の胸を打とうとも、私の作品が私の想いを解さぬ誰に『理解された』としてもである。 瀬川伽耶という最後にして最大の『作品』を除いては、私の奈落は埋まらない。埋まらなかったのだ。 ●愛せざる光III 「女を欲しながら信用できず、女の都合など無視した男。 男に必要とされる事のみに生きがいを感じ、男の異常性すら好都合としてしまった女。 お似合いといえばお似合いなのだろう。いいコンビだとは思う。だがな――」 風斗は嫌悪感を隠さずに言ってフローリングの床を砕ける程に蹴り上げた。 「――俺は愛情とは思えんし、思いたくもない!」 「今です――!」 悠月の放った雷撃が風斗の前を塞ぐ邪魔なエリューションを薙ぎ払えば、この好機は千載一遇。フラストレーションの溜まる戦いを強いられた彼は裂帛の気合と共にその刃を振り上げる。 「――はああああああああああッ!」 まさに苛烈な一撃が破滅的威力の余波を空間の中に吐き出した。 鈍く深く腹の芯を揺らすような轟音と硬いものを叩いた強かな手応えが風斗のその手を痺れさせる。 「……化け物めッ!」 壮絶なまでの一撃を受け止めたのは同じく壮絶なまでの拒絶の壁であった。 光の本体とも言うべき中心部は強く何度も瞬いている。その場所を貫く前に表層で止められた風斗の刃はその実、光に触れては居ない。 戦いは焦れる展開のまま続いていた。 「こりゃ困ったな……」 坊主頭を掻いたフツの放つ結界縛は敵陣の動きを大いに掻き乱している。 フツの術を頼みにしたリベリスタ側は『愛せざる光』の動きに先んじて効率の良い連携を繰り広げる事でそれの進軍を極力遅らせる戦いを展開していたが、決定打があるか否かと言えば大いに否であった。壊れた何かの残骸であろうと壁や床、天井の一部であろうと次々と革醒させる『愛せざる光』は実に厄介な存在だった。本体の圧倒的防御力、そして手数の多い邪魔は『猛烈な勢いを保ったまま攻め続けなければ早晩突破されてしまう』リベリスタ達の余力を急速に削り落としている。 何せこれだけ『全力を吐き出さざるを得ない』戦いを展開すればリベリスタが状況上全力で戦えるのは三分――いや、二分に満たないのだ。 戦いが続く。短い割に、長く続く。 元より弄り殺すかのような敵である。枯渇の光が瞬き、エリューション達が踊り狂う。苛烈な攻勢に運命さえ要し始めたリベリスタの守勢は時間を稼ぐものにしかならず、防衛限界が近いのは明白だった。 (このままでは……) 呼吸を乱し始めた悠月がパーティが背負う地下室に少しだけ意識を向けた。 瀬川伽耶にとっての『ハッピーエンド』がどちらなのかを彼女は正直断定出来ない。 『アシュレイがそれを伝えなかったから』目前の光に人間的な理性や知性があるのかは分からない。 それでも悠月は言葉を紡いだ。 「――あなたを通せば『彼女』は喪われる」 空回りする糸車のようなそんな言葉が、 「『鶴見隆行』。彼女はあなたを裏切らなかった」 昏い深淵の闇に墜ちていく。 「今もあなたの内に在る、あなたを形作る彼女の想いを――信じられませんか、あなたは!」 光が強く瞬いた。 ――不理解。無理解。何故、お前達はこの想いを否定出来る? その声は声でありながら声では無い。 空気を揺らす代わりに頭の中に響くその『音』は確かな人語を形作っていた。 「瀬川伽耶は人生を投げうって貴方を愛してくれた。 だけど貴方は彼女に何をしてあげられたの? 彼女の愛を信じないで地下に閉じ込め、人間らしい生活を奪いこの上人ならざる化け物に変えてしまうの? そうなれば我々は彼女を殺さねばならない。本当に愛しているのなら、彼女がこの先、人間らしく生きていく幸せは願わないの?」 感情的に言った恵梨香は『人語を解すると知れたそれ』に言葉をぶつける。 「それを、願えないの――?」 ――無理解。不理解。私は何も奪っていない。彼女は何も奪われていない。私は唯与えられ、彼女は全てに充足していた。 「どうせ、自分が受け入れられる自信が無かったんでしょう?」 「森羅万象、変わらぬものなどこの世にない。如何にその身を繋ごうと、時間を捉えることは誰にも出来ない。 変化を受け入れる事を恐れていては、星というその名の通り、彼女に手が届かないのは道理。 お前の愛が真実だったとしても、お前は愛し方を間違ったのだ!」 恵梨香に続いた彩歌と冴の言葉に光は過剰に反応した。 ――違う。それは違う。彼女は『完全』だった。私の愛は『完全』だった。全て『完全』が失われる事こそが怖かった。私も、『彼女も』! 「詭弁ね」 光の言う『愛』はリベリスタの多くには理解出来ないものである。 敢えて言うならば生前の鶴見隆行の孤独も愛もリベリスタ達には縁遠き歪みの産物である。 それを歪みと捉えられる『不理解』を何より憎んだ男がそれをそう称する誰かと分かり合えよう筈も無い。 (悪い冗談だわ。最近――愛で世界が壊せるなら、世界を守るくらいは出来るはずだって、そう思えるようにはなってきたわ。 その愛が真剣なものならば――どんな形であったとしても、あの、塔の魔女には嗤われるでしょうけど) しかし、この彩歌は――切り捨てた言葉程はそれをそう思ってはいない。 ――愛とは度し難いものと言いながら、どうして当事者以上に何かが語れる。否定出来る!? 「お前の愛の形は歪んでいる。だが、その思いが偽物だとは思っていない!」 悠月が、恵梨香がある意味で『こじ開けた』僅かな間隙に葛葉が強く声を張った。 「死者に出来る事は、何も無い──出来る事は、ただ遺していくだけだ。想いを、記憶を」 「先生!ラノベの締め切りっすー!」 「――所詮、お主は偽者なのじゃよ」 「それでも、貫くなら、押し通せ! これが正しいのだと、彼女の未来を想うが故の行動だと……言えるならば!」 問答はここまで。疲労感は泥のよう。 それでも諦めぬリベリスタ達は勝負とばかりに渾身の力を注ぎ込む。 援護したメアリの閃光、瑠琵の氷雨の作り出した隙に此度仕掛けた葛葉の一撃はこれまでよりは強く光を揺さぶった。 パーティはここで一気呵成に攻めを仕掛けた。 フツの槍が閃き、悠月の雷撃が荒れ狂う。 エリスの放った魔力の矢が光を穿ち、 「奪い合うことが愛だなどと、認めるものか。好きなら与えてみせろよ鶴見隆行!」 「――チェストォォオオッ!」 これが最後とばかりに乾坤一擲の力を込めた風斗と冴の斬撃が上から下へと振り落とされる。 されど、さりとて。 聳える壁はリベリスタ達の最後の尽力さえ無慈悲に弾く。 『愛せざる光』は己を取り巻く世界の大半を拒絶したままだった。 連続攻撃もこれを食い止めるには至らない。終末たる『愛せざる光』そのものが瞬けば――リベリスタ達はこの戦いにおける死に体を否めない。 (……愛が度し難い事を否定はしないけれど。 破滅に進み尚振り返る事も出来ない等と…… それでは……救いが無さ過ぎませんか、アシュレイ……) 悠月の脳裏で笑顔の魔女が手を振った。 全く怖気がする程に『いい笑顔』を浮かべた彼女はまるで触れるものを全て傷付ける腐れ爛れた茨のようで――悠月にはそれが『自分が勝手に形作った想像の産物』であるようには思えなかった。 あの女は――恐らく意図の上で『言わなかった』のだから。 ●死ニ到ル病IV 喧騒が止んだ。 辛うじて繋がった意識を浮上させればそこは何時もの地下室のままだった。 「……さっきのは一体……」 胡乱としたまま私は強盗でも入ったのかと考えた。 考えたが、それより先に地下室が荒らされていない事に安堵して苦笑する。 「……馬鹿ね……」 これだけセンセーショナルな事件に遭遇したのに見ていたのはセンセイの夢なのだ。 これまでも一体何回見たのか分からない位に見たけれど――強盗何かよりそのディティールが少しずつ失われていく事が怖かった。 ループする夢が『何時か見た光景に埋め尽くされるのが怖かった』。 冷たいコンクリートの感触は昨日も、今日も、多分明日も変わらない。 ――そう、思っていたのだけれど。 「……センセイ?」 夜なのに、窓の無い部屋なのに。強く差し込んだ光に私は自然とそんな言葉を掛けていた。 そこには何も無い。何も無くて、唯光が差し込んだだけなのに。どうしてか私はそれを知ってしまった。 この世界には――私を孤独に苛んだ世界には、センセイを奪った世界には『優しさ』がある事を知ってしまった。 「おかえりなさい」 ――ただいま―― 「もう居なくならない? 傍に居れる?」 ――ああ。だから、おいで―― その言葉を聞けば――この先に待つ何もかもがもうどうでもいい事だった。 私は地下室のエトワール。センセイの為に輝ければそれでいい。 それだけで全ての意味がある――屑のような星だから。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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