●アウフタクトにこんにちは チィィ……ン――チィィ……ン―― たった一音。 たった一拍の音程、ただそれだけだった。 それを音楽として成立させるには余りにも音の力も、響きも、勢いもあるとは思えなかった。 だが、それが『適切なタイミング』で『的確な場に於いて』かき鳴らされれば、それは音楽足り得るものだ。 それは全てに先んじてタイミングを重んじる者である、といえるだろう。 「アア、イイ音ダ。イイ感じニ空気ガ冷えテ居ル。コレナラ、素晴ラシイ『夜』ガ紡ゲル」 それは、外国語を無理やり日本語的に整形したような音階を保って響いていた。 それは、声と呼ぶにはあまりにも適切ではない声だった。 恐らくは電子音声に近く、日本語を発することを目的としていなかったと見える声。 喉からではなく、肺からひねり出したような声なのだ。それも当然か。 その声の主の女は、生身の喉がごそりと抜け落ちている。 喉があったであろう場所に張り巡らされた鉄の帳は、音を出すにはとてもとても適さない。 「サァ、サァ、眠リト雌伏ハ終ワリヲ告げタ。目覚めト至福ヲ始めヨウ」 チィィ――ンン…… 響き、這いずり、起き上がる。 それは骨であり腐食である敗北であり損逸であり狂奔である。 それらを、死者と人は呼ぶ。 「アウフタクト、デ良イカナ?」 それらは分かたれた死の欠片。 それら非業の死の軍勢。 高きから降りて低きへ下るもの。 それらは、捨てられた死の軍勢。 ●人捨て山からアモローソ 「――姥捨て山、というのは時代錯誤だと思いますか?」 「なんだよ出し抜けに。どんな状況なんだ?」 「いや、それが……『全くわからない』、と言っても差し支えないんですよ。『福音の指揮者』ケイオス・“コンダクター”・カントーリオ、その配下の『楽団』が今回の事件に絡んでいる、ということははっきりしています」 現場になるであろう「山」の遠景を映しだし、『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000202)は小さくため息を吐いた。 「嘗てそう呼ばれ、今でも黒い噂の耐えない山。市街地の裏にあるにしてはやや大きいそこから、死者が群となって押し寄せてきます。当然、エリューションではありません」 「アーティファクトでエリューションを制御してるのとは違うのか。死体なのに?」 「ええ、俗に言う『ネクロマンシー』の類です。何しろデータがゼロに近いこの能力を、彼らが群がってくると考えるとぞっとしませんね」 「それを倒すのは俺たちなんだけどな……これ、見る限り日が差してるってことは朝方から昼あたりか? 大丈夫なのか、その」 「全然、大丈夫じゃありません」 にこりともせず、夜倉は断言した。死の白昼夢を、人々が目の当たりにする。それは神秘の前提として最悪ではないのか。 「……つまり、それって」 「一言で言ってしまえばその通り、『最悪』でしょう。これ、森の中こそ暗いですが日の出前後からの出来事ですよ。神秘は秘匿すべし、の大前提すら破って攻め込んでくるんです。ここまできてしまったら、たとえ食い止められても人々の混乱は避けられません。朝方を狙ったのも、人が動き出す前に殺したかったから、で間違い無いかと。それで、です。彼らと戦う上で必要とされる注意事項は、三つ」 親指、人差し指、そして中指を立て、夜倉は語る。一本ずつ、折り畳みながら。 「ひとつ。骨だけの敵は、肉体面積が小さいため、点で狙うタイプの攻撃は当たりにくいと思って下さい。ふたつ、数が多く、タフネスがとても高いです。これらを水際で止めることが目的となります。そして、みっつ。フィクサードの打倒は、成功条件にふくめません」 「ふうん。で、『楽団』ってことは楽器持ってるのか? 何を?」 「ええ、非常に度し難い楽器ですが――トライアングル、です」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年11月29日(木)23:25 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●不協和音が夜笑う チィィ――ンン…… 夜気に紛れて悪夢が謳う。死が蔓延って歩き出す。 女――アタラメントの表情は、深い笑みが刻まれていた。 普通の笑みとは全く違う。狂喜の色が殊更に濃いそれは、明らかにこれから起きるであろう『惨劇』を予感させるものである。 弦楽器はいい。金切り声のような音が悲鳴を感じさせる。 管楽器も素晴らしい。か細い虫の息に聞こえなくもない。 打楽器なぞ狂気の沙汰だ。腹の底に響く悪意を感じさせるではないか。 だが、彼女は体感楽器を選んだ。 誰より何よりその存在が目立たないことに、しかしそれが存在しないことはどこまでも悲しいことに、彼女はすっかり虜になった。 だから、彼女は進軍するのだ。『タイミング』を見測ることに長けた彼女は、誰より巧く冗句を告げる。 「サア、サア。コノ夜ヲ楽しマナイ手ハ無い、ドコマデモ落ちテ逝ク、堕ちテ逝ケ」 夜がさざめく。死がさんざめく。この世の終わりが世界を満たす。 「死者の眠りを妨げるとはむごい事をされますな……」 はるか遠くから緩やかに降りてくる死の軍勢を前にして、『三高平のモーセ』毛瀬・小五郎(BNE003953)の白く染まった顔が、痛ましいものを見るように歪められた。 死を、己が納得の上で覆されるなら、運命のイタズラで済まされるなら、それはどれだけ幸せなのだろうか。自分という人間は、どれだけ稀有な立場だったのだろうか。 死を汚されて夢を歪められて世界が潰えていくその有様を見るにつけ、彼は不遇たる死者の群れに視線を投げかける。 幸運であるが故に、その不運と向き合う義務がある彼は、恐らくこの場の誰よりも。 「神秘秘匿、常識は大事だって思ってたっすけど、自重しない連中も居るっすね、何だかんだで」 「何を使って戦うとしても、私のやることは変わらないわ」 呆れたように『LowGear』フラウ・リード(BNE003909)がその情景に皮肉を飛ばすのと、『翡翠の燐鎖』ティセラ・イーリアス(BNE003564)がそれでも尚、自分らしく真っ向から戦うことを決意するのとがタイミングとして似通ったところにある。 常識を弁えない相手なら、その因果を本人にかえしてしまえばいい。変わらずに任務を全うできるなら、そのまま真っ向からフィクサードを叩き伏せればいい。 それを出来るだけの力も、やろうと思うだけの気概も、彼らは身に着けて久しいのだ。ここで退く道理など何処にもない。互いの得物を握りしめ、接触を待ち構える姿は明らかに狩猟者だった、と言えるだろう。 「死体を使うとか気分が悪い事この上ないね」 多種多様、雑多な死が音を立てて迫る様は神秘に携われどもぞっとしない情景である。 それを眺め、『黒き風車を継ぎし者』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)は、預かり受けた誇りを構え、掲げた。 それでも倒さなければならない。だからこそ打倒しなければならない。気味の悪い存在を許しておけるほど、彼女は世界に無関心ではない。 託された剣は、戦うために。それをして戦いから逃げ出すことなどできはしないのだ。 「如何なる術にて死者を操っているかは知らぬが……良い気分のするものではないな」 ネクロマンシー。異形の技能を前にして、気分良く生きていける人間など居るわけがない。こと、正義に身をおく『境界性自我変性体』コーディ・N・アンドヴァラモフ(BNE004107)にとって、この状況は見逃せるものではないのは当然と言えた。 その技能の為に辱められた死があり、これから奪われるべくして奪われる生がある。世界にとって、これ以上の不幸があろうか。 それを防ぐためならば、全力を傾ける意義がある。 正義を強く願うなら、目の前の悪は避けては通れない非道であり、突き進むべき悪徳である。 「死の軍勢とは良く言ったものです」 小五郎とは逆方向、眼下に広がる市街地への距離が如何程かを視野に収め、源 カイ(BNE000446)は軽く臍を噛む。 想定よりも遠いが、取り逃がして容易に追撃に回れる距離ではない。 最終ラインはそれなりにあるとして、そこから先を想定するのは気分のいいものではないのは確かである。 まして、死者を手駒にするその術式は被害を無限に力として補う最悪の連鎖を孕んでいる。 それを容易に通してしまえば、残るのは止めようのない悪夢の顕現。ともすれば、街一つなど一昼夜で壊滅する。 それだけは、止めなければならない。 「少しね。興味があったんだ」 目の前から進んでくる死者の群れを前にして、『猛る熱風』土器 朋彦(BNE002029)は感慨が無いようにも見えた。 既に外界からの断絶を半ば強制された森の中。対峙するのは自分たちと死者と、操り手。彼の興味を誘うのはその操り手――アタラメント本人だ。 彼女の『適切』が、彼のような一介の焙煎師に与える影響はあるのか否か。 在り方は違えど、『適切』に『調整する』行いに何ら違いは無いのだと思えた。だからこそ、その『適切』に込められた信念を見抜くべきだと、見抜けるだろうと。 その考えを捨てることはしたくないのだろう。 夜から朝へ変わる境目は、生死の境が虚ろになる明けの黄昏である。 誰が彼か分からぬ時間帯である夕暮れとは真逆の、彼が誰かと気付く時間である。 故に、彼は死人か異形か人かと。 問わず語らう明けの頃。 「来るか……! 各々の活躍に期待する!」 その雷慈慟の声に呼応したか、死者の叫びが遠く響く。 死がさんざめき生が猛る、永い世界の始まりが幕を開けた。 ●無造作なアルラ・カッチア 「アア、リベリスタ、リベリスタ、リベリスタ! 愛しク疎イ貴様等ヲ、私ノ私兵が屍兵ガ圧シ潰ス!」 「死体は死体らしく、大人しく寝てろ」 狂喜の叫びを上げるアタラメントの言葉を遮るように、フラウが死体の集団の側面へと回りこむ。 サイドから中心へと向かうように、ただ無造作に切り裂いて貫いていく。 フラウとて分かっている。最速で戦場を駆け抜けたとて、数の、面の、勢いの制圧力に勝てるとは限らないということを。 だからこそ知っている。その圧力を圧し折るには、速度を犠牲にせねばならぬと。 故に、試されるのはリベリスタ諸氏のチームワークであり、制圧力である。 右手首を開放し、カイは銃弾の雨をばらまいていく。 次々と叩きつけられ、崩れ落ちる死体の群れは、しかし全く衰えない。 勢いは十分にある。白骨体こそ影響が少ないとて、腐敗体と欠損体に対しては相応の爆発力を以て彼の銃弾は穿たれている。 だが、げに恐ろしきはその数、その耐性。体の何れが欠損し、或いは維持できず腐り落ちていったとして、彼らが歩みを止める気配が一向に、無い。 「死体は通してやらないからね? 全部ここで通行止め」 叩きこまれた銃弾に巻き付くように、フランシスカの放った闇が死体の群れへと覆い被さる。連続して炸裂する闇は、成る程確かに死体を潰し、消し飛ばすには効率がいいといえるだろう。 それでも、戦場を歩む死体の群れはほんの一角が崩れたのみで、まだまだまだまだその数も業も多く厳しい。 動きが鈍いということは、それだけしっかりとした芯を持った動きをしているということでもある。尤も、芯すら崩れ落ちた類が居るのは否めないのだが。 そんな死の群れに飛び込んだフラウは、冗談のような集中攻撃に遭うこととなるが――しかし、それでも倒れない。否、かすりすらしないのである。 そんなフラウの方へと、更に吹き飛ばされる死者の列。誰あろう雷慈慟による一撃が、局地的にせよそれらを弾き飛ばしたのだ。 「遠慮無用! やってやれ!」 「ちょっ、まだ倒しきれてないっすよ……?!」 「なら、私が仕留めるわ」 半ば乱戦を加速させるように放たれた雷慈慟のJエクスプロージョン。密集度合いを加速させるそれは、空中でティセラの放った銃弾により貫かれ、体をなさずに落下していく。 頭部を半ばまで吹き飛ばされ、尚も動くことをやめようとしない彼らは、既に命の概念を失って久しい。 概念を失った存在に、果たして価値はあるのか――答えは、否。 「……飽きるんだ、ただ前に進むだけで、何も考えないような相手は」 「……ヘェ」 爆炎が炸裂する。 フラウが切り込んだ方からすれば逆サイドから、朋彦の放ったフレアバーストが炸裂する。 今まで戦ってきた敵を、夢想する。あれらには、理念があった。ちっぽけでも、存在としての理念があり、情があり、願いがあり、意地があった。 どんなに下らない相手でも、つまらない結末でも、どうしようもない感情であっても、何処かに確実に感じ取れるものがあったのだ。 だが、ただ前進するだけの理念なき死にはそれがない。 朋彦にとって、そんなものがどれほどつまらないもので、価値を残ったものかなど語るべくもない。 ……つまりは、戦うことすら唾棄すべき対象だということ。 その言葉を聞いて、大きく後方に引いていたアタラメントが声を上げた。感嘆ではなく、憤怒でもない。単なる相槌に過ぎない。 だが確かに、その声には感情があり、温度があった。 何を考えているかは定かではないにしても、それが確実に感情の琴線に触れている。 滑るように宙を舞い、射角を調整し、コーディの雷撃が地面を穿つ。 可能な限り跡形もなく、一切の進撃を許さずに倒さねばならないのは当然のこと。 死の闊歩を一般人に見せていいわけがない。こうも不恰好な劇など衆目に触れるべきではない。一刻も早く幕引きをせねば、ただただ不幸であるだけだ。 「もう一度眠れ! ここはお前達が来るべき場所ではないッ!」 叫びがそのまま雷撃になったかのように、それは死体を焦がし、帯電させ、崩していく。 「見るほどに酷いものですな……気分のいいものではありませんのじゃ……」 自らの死と隣合わせに居る、と常に認識する彼にとって、死を穢される者達の在り方というのは目を背けてしまいたくなるほどに酷い。 だが、目の前に現れ、今も尚生き続ける者達へ同じ行為を強制するならば話は別だ。 死者は安らかに死ぬべきだ。運命を従えぬ命ならば尚の事、定められた生死に抗ってはならないと思う。だから、目の前のそれは見るに堪えない。 「お若い方……死者は安らな眠りにある事が何よりの幸いですじゃ……」 「知ルカ。私ノ望みガ全てダ。ソレ以外ナド大差ナイ。全テ死ダ」 或いは、これが主流七派の何れかであれば、この言葉が届いた余地はあるのかもしれなかった。 だが、小五郎が対峙する相手は、遠く欧州の『楽団』である。文化価値、倫理価値、そして生死の価値すらも自らと大きく異る相手には、既に声は届かないのだ。 「……大分、ヤル。ダガ、ソレデハ駄目ダ」 例えばそれは、引く波の引力が強いことと同義であるかのように。 或いは、蓄積された痛覚で全てを奪われてしまうことのように。 わずかに生まれた希望という綻びを修繕する、圧倒的な悪意のように。 アタラメントの言葉は、それらを『よしとしない』、と断言した。 このまま退くことはしない。全力で嫌がらせをして去ってやる、と。そう言っているに等しい。 「スコアハ正しクナクテハ。過ちハ許サレナイ」 その言葉が何を意味するかといえば、結論はたった一つ。 手を添え手を出し手に掛ける。 悲鳴に恍惚とする死の舞踏を奏でるために、彼女は再びビーター(ばち)を掲げる。そのビーターは酷く歪なものに見えた。それが、無機物には見えなかった。 それはまるで。 「トライアングル鳴らして楽団員の一員って言うつもりっすか?」 「良サガ解ラナイナラ引っ込ンデナ、餓鬼ノ遊ビ道具ジャネエ」 彼女のアクションの起こりを見て、フラウはしかし踏み込もうとはしなかった。 元より、目の前の死体の群れはフラウを通そうとはしないだろうし、不用意に攻め入るほど優位に立つわけではない。 ただ、フラウにとって――トライアングル、という楽器を表面のみしか知らぬ多くのものにとって、それは『下らない楽器』であろう。 だが、本質はそこではない。ただの単音、打ち響くのみの楽器ではないことを、アタラメントを始めとした奏者達は知っている。 だからこそ、奏でられた音の意味はリベリスタには理解できなかった。 ただ、厄介な相手であった、ということだけは骨身の髄から理解することには、なったのだが。 ●終末創奏アッチェレランド タン、タン、チ――ィン、とかき鳴らされたそれが、トライアングルのみの演奏であることをリベリスタ達が気付くまで数瞬の時間を要した。 体に痛みは感じない。攻撃目的では断じて無い。 ならば、と気付いた時には既にそれは始まっていた。 死者は増えない。だが、個々の速度が、僅かだが加速したのだ。 それぞれが多少加速したところでどうでもいい。重要なのは、それが『波及』したことにある。 「……こんな曲聞いてても楽しくもなんともない」 フランシスカの声に、僅かに色が灯った。色合いは、彼女を彩るリボンの如く真紅に。 じりじりと戦場を押し込もうとする死体のうちひとつに狙いを定めた彼女は、『誇り』を掲げて振り下ろす。 闇を放つより尚重い重圧が体にのしかかる。効率はそれよりもずっと悪い。だが、構うものか。 目の前に現れた悪意を、誇りと誓いで押し返す。ここで止めると言ったなら、それは行動に移されるべき善行であると理解しているのだから。 「まだです、まだ最終ラインまでは間があります! このまま止め切れれば、何とか……!」 カイの叫びは、機械と化した両足を賦活させる。第七世代――練り上げられた機構は、本来の速度を超えて稼動し、右腕から放たれる弾速をより強固に加速させる。 穿つは面制圧の弾丸、崩れ落ちるのは支えを失った白骨、胴から消し飛ばされた腐汁の塊。 攻め続けられる、確実に前進する、このまま倒せる。周囲にかける声は強く、その芯を感じさせるものだった。 「ここから先に通すわけにはいかん! 自分の役割は――勝利を得ることにある!」 雷慈慟の猛りに乗じたように、リアクティブシールド、その全てが彼の前方を覆い尽くす。翳した片手に従うように、八枚が接近する手を裂き、足を潰し、思考の爆発を制御してより多くを吹き飛ばす。 それを乗り越えた死者は、残る十九が押し返す。制御に乱れはない。呼吸は僅かに重いが、耐え切れぬものではない。 ――優勢だが、薄皮一枚である、と彼は感じていた。戦場をくまなく把握することを余儀なくされる以上、各個の状態も把握しているが……アタラメントが再び動き、僅かに屍兵を増やしたことは寒気を禁じ得ない。 このまま耐え忍ぶか、一矢報いるか。決断を迫られている、というのは感じ取っていたが――結論は、意外な形で訪れる。 「安易に眠りを妨げ、無体な事をなされればいずれはしっぺ返しを受けますぞ……」 「何レガ今ジャナイナラ関係無イ。私ハケイオス様ノ赴ク侭ニ奏デ殺ス」 「勝手なことを……!」 小五郎の言葉は、アタラメントにとって心地良い罵倒ですらあったのかもしれない。 何れ、訪れる。何れとは何時のことだ? 永劫訪れぬのであれば、自分が受ける報いではないのかもしれない、そう感じた彼女にとって、与えられた言葉は何より軽いもの。 生きていることで悪を感じさせるその存在は、確かにティセラに苛立ちを与えるに十分だったのではないか。 両腕のエネルギーコードが発光する。大げさなほどに大型の得物――トゥリアが、銃弾を穿つ。その狙いはまっすぐに、アタラメントが手にするトライアングルだ。 あれを狙えば、終るのではないか。破壊することで、邪魔できるのではないか。それはリベリスタのほぼ全員が考えた思考だ。 そして、彼女を狙わんとしたほぼ全員が狙うことを目途としていた部位だ。だからこそ、最も狙うことが容易なティセラがそこを狙い、最も望ましくない効果を生み出したのだ。 ガッ、と鈍い音が響いた。 それから、その日最も軽やかな、聞く者の耳と心を奪いかねない涼やかな、華麗な音色が森の中に響き渡った。 先ず訪れたのは、衝撃だった。その場に居た全てが、等しく吹き飛ばされた。 次に訪れたのは、膝をつく脱力感。そこで、カイと小五郎が両膝をつく。立ち上がる力が、沸くことはない。 最後に、くつ、と笑うアタラメントの声がする。その全てが一瞬だったので、それが何かを理解する前に、朋彦が吠えた。 声に呼応するように、周囲一帯の死体が燃え尽きた。 程なくして、コーディの雷撃もそれに続く。眼前で巻き起こった、自分すら戦慄した一瞬を払拭するように、魔力を叩きつけていく。 「……チ。打チ止メカ。『人捨テ山』の名ガ泣クナ」 「待て」 舌打ちひとつで、アタラメントは踵を返そうとした。死者はまだ、僅かに残っているというのにだ。 そして、それを止めたのは朋彦だった。 「君は一体、どんな情をもって、ここに立ってるんだい?」 「愉シム為ダ。ソレ以上何ノ意味ガアル?」 それだけの応えを残し、高らかにトライアングルは鳴り響く。 糸が切れたように屍兵が崩れ落ちる中、それはとても、呆気無い夜明けだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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