● 誰も居ない森の中、ころころと音がする。 音の主は一人の少女。真白の髪を緩く纏めて、精緻な作りのドレスを身に纏う彼女は、その両手にオルゴールを乗せていた。 ――――――♪ 響く音色は、少女自身が織り込んだものなのだろう。 不安定で、バラバラで、短音の羅列としか思えないような、不出来な音色。 それを、ベルが、ドラムが、オルガンが。 本来、彼の道具に在らざる楽器を以て、崩れそうな音を一つの曲へ縒り合わせていく。 「……、――――――」 ケイオスさま、と。 少女は呟いた。意味のあるコトバでも無い、唯の名前を。 ● 「ここ最近、日本各地で死者が動き出すという現象が起き始めている」 言葉と共に、背後のモニターより画像を展開するのは『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)。 映るそれらは、正しく映画にでも出てきそうな『動く死者』達の姿。 人気のない道を歩く様も、偶然鉢合わせた一般人を襲う様も、そのどれもが現実感を亡くしていて。 けれど、神秘に寄り添うリベリスタ達は、それに対して苦渋の表情を浮かべずには居られない。 「……それ、原因は、やっぱり?」 「ケイオス・”コンダクター”・カントーリオと言う予測が非常に高い。 シトリィンからの情報にも、彼が死霊術士であることが明示されているしね」 ――『福音の指揮者』ケイオス・“コンダクター”・カントーリオ。 自身の行いを『芸術』と称し、自らが率いるフィクサード集団『楽団』を以てして、あらゆる悲劇を美しく奏で上げるその有り様は、神秘界隈に於いて数ある悪名の一つに数えられる災厄の一つとされる。 「……くそ」 予想はしていて、けれど聞きたくなかった名前に、リベリスタ達は小さく毒づく。 イヴ自身、人には見せずとも同じ心境なのだろう。視線を僅かばかり下に落として、けれど直ぐさま表情を事務的な其れに戻す彼女は、「話を戻すよ」と言葉を続けた。 「敵方の主な目的は未だ解らないけど、この現象が崩界の促進、並びに彼らの目的の一つとされていることは明らか。 其処で、私たちアークは、これを可能な限り防ぐ事を当面の目標とすることにした」 「具体的には?」 「その前に、先ず今回の依頼の舞台を教える」 言って、モニターの画像が切り替わった。 映ったのは誰も居ない森の中。夜闇に於いて微かに光を映すのは、木々の間から漏れる月光のみである。 「みんなに対処して貰う場所は、有名な自殺スポットとされる樹海の中。 今回、未来視によって、彼――ケイオスの『楽団』の一人が、此処で大量の死者を蘇生させることが予測された」 「……」 未来映像に、映る者は居ない。 だが、リベリスタ達には、その脳裏に死者が蔓延る夜の森を想起できる。出来て、しまっている。 「みんなにお願いするのは、この死者の対処。 生み出された死者は、恐らくみんなが到着する頃には最低でも三桁は出来ていると思うから、これを殲滅とまで行かなくても、可能な限り削ぐようにしてきてほしい」 「『楽団』の対処は?」 「……難しい。バロックナイツ直属の部下である以上、そのスペックの高さは容易に想像できる。 尚かつ、今回蘇らされた死者は戦闘より逃亡を主とするから、下手に彼女にかまけている間に作戦が失敗、なんてことも在りうる」 頭を振った予見視の少女に、無念そうな表情を浮かべるリベリスタも居る。 けれど、それに対して、彼女は吃と視線を定め、言った。 「敵の戦力を削ぐことは、軍勢を率いる能力に秀でたケイオスに後々で必ず有効なダメージを与える。 決して深追いはせずに、けれど確実に相手の目的を挫いてきて」 ● ……音色は続いている。 響く曲は、風のない夜闇に於いて、ささやかな月光をアクセントにした、小さな演奏会を作り上げていた。 唯、 其れを聴く者は、詩曲を介する能のない、愚鈍な死人の群れであったが。 「……ケイオスさま」 二度、少女は呟く。 死人の咆哮に、手にする楽器に、かき消されそうな、か細い声。 「わたしは、がんばります」 その顔は、死人のように凍っていた。 「あなたの組曲の、お役に立ちます」 その瞳は、死人のように濁っていた。 「だから、どうか」 その身は、死人のように冷たかった。 「どうか、私を、おそばに置いて、ください」 曲は止まない。 死者は続く演奏会に喚び起こされ、二度目の生を、在らざる生を謳歌するべく、次々とその身を地べたより這い上がらせる。 十一月中旬、『ヒト』の居ない静かな森は、冷たさに満ちていた。 ――ただ、少女の涙、ひとしずくを残して。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月08日(土)23:33 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 少女は唯、欲していただけだった。 善でもなく悪でもなく、 己でもなく他でもなく、 敵でもなく味方でもなく、 ただ、たった一人でも。ともだちが。 ● ――夜の森林を疾駆するように、二人の男女が足早に歩く。 「まるで心中でもしに来たみたいですねえ」 「笑えない冗談だよ、それは」 歩く二人は『ブラックアッシュ』 鳳 黎子(BNE003921)、ならびに『fib or grief』 坂本 ミカサ(BNE000314)。 鬱蒼と茂る森の中において、一筋のみの光源が僅かに照らした姿は、少なくともこうした自殺スポットには不似合いな生気を瞳に帯びていた。 「あちらが仕掛けてくることにしか対処するしかできないのは、正直歯がゆいですよう」 ……語る彼女の視線の先に在ったのは、百数十に及ぶ死者の群れ、その饗宴。 ケイオス・”コンダクター”・カントーリオが為す序曲の一つ。その目的も阻止出来ぬ侭、只攪乱と敵の削減に手を回さざるを得ない自身らの役目に、唇を噛む者は少なくないのであろう。 けれど、 「……まあ、せめてできる限りしっかりとやることはやりますか」 嘆息。構えた双頭鎌は、心なしか何時もより重い。 無力な自分を嘲るように、死者の咆哮は尚も尚も高まっていく。 「――――――」 ミカサは、 傍らの女性の言葉を耳に、視線の行き先を定めている。 在ったのは、死者に囲まれる少女、コーデリア。 茫洋としたものを見る瞳は、未だ彼らに気づいていないのだろう。 開いた両の掌に乗せたオルゴール。それが鳴り響く毎、再度生まれる死者達。 ただ、それを見続ける彼女を視て、ミカサは、嗚呼、と思う。 (……言葉はきっと無意味だろうね) 温もりに触れたい少女。 寂しさを離したい少女。 けれど、その矛先に臨む者は、きっと、自分達ではない。 そう思っている。少なくとも、彼は。 そして、その温もりのために必要なモノが、『これ』であるなら。 それを壊すことしか、彼は、彼らは出来ないのだと。 「……、」 決意を固める。 その刹那、少女が、気づいた。 死者の群れは、気づかない。 その差異が、ターニング・ポイント。 「さあ、始めますよう?」 紅黒のキセキが、夜に弧を描いた。 ● ――死者は『リベリスタ』に反応する。 ならばと踏んだ彼らがステルスを以てE属性を隠匿した方法は、ひとまずの功を奏した。 先に死者が特に密集している地点に踏み込んだミカサと黎子は然り、地下より物質透過を以て現れた『Dr.Tricks』 オーウェン・ロザイク(BNE000638)を主とし、後続の仲間達が接近すると同時、黎子のダンシングリッパーが周囲の死者達を薙ぎ払った。 ――おおおおおおぉぉぉぉぉん……! 死者達の声が、変わった。 羊の群れが狼に気づいたように、知性無き表情の侭に慌てて逃げ出そうとする様は、何処か滑稽にも映ってしまう。 「……Requiescat in Pace(安らかに眠れ)」 だが、 『黒太子』 カイン・ブラッドストーン(BNE003445)は、笑わない。 「気に入らぬな。死は、一つの安らぎである。 それを邪魔をする輩に貴族の慈悲を与える必要などあるまい」 身の程を知れ、と。 態勢を崩した死者にひたすら暗黒を撃ち放つ彼ではあるも、その精度には些かのズレが見える。 致し方なくもあろう。視界内に存在する光源は三つ。それは星々の些細な光ですら昼間のように拡大する暗視ゴーグルとは非常に相性が悪い。 非戦闘スキルならぬ装備の利便性と融通の利きがたさが明確に現れた形だ。結果として仲間の光源を主に活動せざるを得ないが、対象の位置を正確に把握する必要がある複数攻撃スキルはこうしたところで短所を見せる。 撃ち抜かれる数は最高でも十体。舌を打つカインであるも、それを僥倖と捉える他、今は思うべき事もない。 「全く……『楽団』、か」 同様に。 嘆息を吐き出しつつ、フレアバーストで周辺を焼き尽くすのは、『「Sir」の称号を持つ美声紳士』 セッツァー・D・ハリーハウゼン(BNE002276)。 「声楽家である私にとっての音楽とは……人々に幸せをもたらすもの。明日への希望を見出すためのものだ。 このようなものは、音楽ではない」 憎しみか、悲しみか、或いは、怒りか。 全てでなく、全てなのだろう。綯い交ぜとなった負の感情を向ける矛先は、不出来な音楽を成らすオルゴール、その持ち主。 「……よろしい、ならばお互いに奏でようではないか。どちらの声(おと)が、人々に響くのかを」 競うように取り出した幻想纏い、彼のオルゴールが音を鳴らす。 音色と共に喚び出したシルバータクトを振るえば、吹き荒れる炎は更に猛威を振るった。 「……」 少女――コーデリアは、それを見つめている。 止めるでもなく、促すでもなく。 唯、リベリスタ達を、じっと見ている。 「……ぞっとしない気分です」 負傷が蓄積した個体にマジックアローを放ちつつ、『おとなこども』 石動 麻衣(BNE003692)がぼそりと呟いた。 敵方は本当に攻撃を行う気もなく、仲間を庇ったり、全力防御する姿勢もない。それは単純に此方のリソースが全て火力に注がれるという意味でもあるのだが、そう言う意味では単体攻撃しか行えない彼女は今回の任務とわりかし相性が悪い。 そうでなくとも、この一方的な状況下に於いて、何故か直接行動を一切取らないコーデリアの無貌が、彼女にはどうしても恐ろしい。 「少女に森に、エリューション。昔の失敗を思い出しますね」 それを、紛らわすように。 『残念な』 山田・珍粘(BNE002078)が、謳うように呟いて、呟くように闇を放った。 カインのそれと同質にして異なる力は、ずぶずぶと底なし沼に獲物を巻き込むかのように、死者を闇に捕らえていく。 「あの時も、可愛い少女に会いに行く依頼だと思っていましたねー。 今回は、ゾンビですかー。あっはっはっは」 ――消滅させます。 次いだ一言に容赦は無し。 一撃、次撃、通じぬならば三撃四撃と、最早形振り構わぬを地で往く一極攻勢に、何故か意志がないはずの死者の軍勢すら歩みを止めかねそうな気魄。 「あ、でもやっぱりコーデリアちゃんは可愛いですね。そう思いませんか? 麻衣さん」 「……何故私に聞くんですか」 「いえいえ、特に他意は。所で話は変わりますが、この後時間有ります?」 「良くは解りませんがお断りしておきます!」 或る意味一番ブレない珍粘である。 「……一気に撃ち込みます。注意してください!」 その様子を知ってか知らずか、相次ぐ死者の軍勢に怯むこともなく、星光の穿射を戦場にばらまいたのは『見習いリベリスタ』 柊・美月(BNE004086)。 威力が高いとは世辞にも言い難いが、牽制、或いは弱った個体に対する決定的なソースとしては、彼女の存在は決して小さなものではない。 撃って、撃って、構えて、撃って。 単純化された作業は、ある種機械の動作にも等しい。 人のカタチをしたものを撃ち抜く度に、麻痺しそうになるその心をつなぎ止めているのは、皮肉にも敵が鳴らすオルゴールの音色。 (どんな音色なのかと、思っていましたが……) 十数発目。 単発に切り替えた射撃が、ふらつく死者の頭を違わず撃ち抜く。 薄らと浮かぶ汗も気にせず、美月は一度、『楽団』の少女の側を視て、唯一言、呟いた。 「……悲しい、音色」 ● 「……成る程、廉価にして有効的な方法だ」 オーウェンが首を振った。 『Joker of Tricks』――無地の表面より、道化の瞳と口を描かれたリバーシブルを翻し、オーウェンはくつくつと笑う。 逃走対策として、狙う全ての個体に向けて脚を穿つ事を念頭に置くピンポイント・スペシャリティは、次々と死者の群れを穿ち、その身を横たわらせていく。 倒れた者の中に、子供が居た。 赤子も居た。女性も居た。老人が居て、だから家族も居た。 自殺スポットとされるこの場所で彼らが居る理由など定まっては居よう。 自ら選んだ結末。それでも、それすら無秩序に蹂躙する少女の姿に対しても――彼の笑みは、変わらない。 悼みも怒りも無く、単純に興味深い事柄にのみ向けられる彼の視線の行く先は、成る程、正しく彼の在り方として正しいものと言える。 「死者を冒涜する行いがどうこう、と叫ぶつもりは毛頭無い。 が、手の内を探らせてもらう事も変わりない。……汝らが知る『教授』も恐らく言うだろう。『情報は力である』と」 「……きょう、じゅ?」 ――隙を見てはリーディングを以てその目的や、アーティファクトの能力を探ろうとする彼ではあったが、生憎その考えは失敗に終わったと言っていい。 『……寂しいです。 私は、とても、寂しいです。 温かいものに、触れたいです。 声のあるものと、離したいです。 でも、みんな冷たくて。 みんな、話してはくれなくて。 だから、私は、ずっと一人。 ケイオスさま。 私は、寂しいです。 寂しいです。 寂しいです』 ――リーディングはあくまで表層思考を読み取ることに傾注したスキルである。戦闘に思考を向けている者や、強い目的意識を元に動く一般的なフィクサードとは違い、少なくともこの少女、コーデリアに対して行われる其れは、ただ自らの孤独を歌い続けるだけの文句を聞き取るだけに過ぎなかった。 ココロは凍っていて、行う動作は唯、つめたいものを呼び出すその一事のみ。 最も――今の彼女は、それすら行わず、戦いを覗くのみ。 「……コーデリアよ、貴方の奏でる音楽はこれで本当によいのか」 其れを、悲しそうに。 セッツァーが呟き、瞳を向ける。 「貴方にとってケイオスが全てだというのなら、その幻想はいつか誰かに破らねばならない。 仮にこの『組曲』で輩が生まれようと、それらは私たちに討たれる、儚い存在にしかなりえないのだ」 「……」 少女は、応えない。 刹那の業炎。神秘によって構成された其れは延焼とされることこそ無きにしろ、瞬間瞬間に襲う熱気と光は悉くの者の眼と肌を焼いていく。 銀の指揮棒一つで、それを意のままに操るセッツァーの言葉は、だからこそ。 悪意が無かろうと、恐ろしいもので。 「貴方の居場所はそこだけではない。 私は信じている。声(うた)の力を。君たちのような歪な曲とて、何れはその過ちに気づくものと」 「……ケイオスさまは、この音色が、お好きです」 返された言葉は、反駁では無かった。 唯、何故自らの音色が受け入れられないのかという、疑問のみ。 「冷たい音色は、嫌いですか。 悲しい音楽は、嫌いですか。 楽しいものなら、明るいものなら、みんなみんな、幸せですか? 私も、あなたも、この子達も、幸せに、なれますか?」 「否よ。汝の言うことも一つの側面としては道理であろう。 が、其れを加味したとて、汝の音には『愛』が足りぬ」 返された言葉は、セッツァーのものではない。 繰り返し暗黒を打ち続けるカイン、その言葉である。 「私は音楽を愛という以外の形では理解できない。かの、偉大なる歌劇王の言葉だ。 我には汝が奏でる音に愛の音色は聞こえぬな。情感なき、ただの音のみよ」 「……」 少女は、それを聞くのみである。 鼻を鳴らすカインであるも、その表情に精彩は欠けている。 無理もないと言えば、そうだ。 気力は疾うに枯渇の域へ至っており、その度にセッツァーのインスタントチャージでどうにか保たせている現状であるが、其れは他の面々との同義でもある。 敵方が並はずれた耐久力を有していると語られた以上、たかだか数分で終わる程度の任務と思うことは無きにしろ、それでも回復手の行動が他の面々に追いつくことが出来なくなっていることは純然たる事実だ。 序盤から中盤の其れに比べて、終盤である現在の討伐数はやはり右肩下がりの現状。 最早純粋な膂力、神秘攻撃力に頼るのみであるリベリスタ達は、それ故に若干の焦りを浮かべる者も少なくはなかった。 「……これで、何体目、でした、っけ」 銃声。 幾度となく響く破裂音の度に、美月は肩で息をしている。 常人外れの能力とはいえ、少女の矮躯で銃を長時間持ち続けている状況は余りにも過酷だ。腕が震え、視界は酩酊し、合間合間の息を繋ぐことに唯必死になっている。 けれど、 それでも、 「……っ!!」 撃ち放つ銃弾が、死者の頭を石榴のように吹き飛ばした。 飛び散る脳漿。冷たく柔らかい感触への不快感すら、己の使命感で打ち負かして、 「あんまり無茶をしたら駄目ですよう?」 「あ……」 眩む身体。 それを、黎子が苦笑と共に、支えた。 姿勢を低くし、分解した二つの鎌が、死者の足首から先を剪断する。 血と脂で曇った刃に、最早まともな切れ味を期待するのは無駄というものだ。鋏の要領で次々と死者のパーツを刎ね飛ばす黎子を追うように、その傍に並ぶミカサが未だ動く者への後始末をし続ける。 「オルゴールね……嫌いじゃないよ」 「……」 「何から何まで俺達と君は違うだろうけれど、それでも、仲間外れは寂しいだろうに」 語るミカサは、何処か、哀惜を含んだようにも見える。 知ったような口とでも、語ろうか。 唯死者を葬り続け、それでも彼女への哀れみを消せない。そんな、矛盾した感情を表現したような言葉に、 「……誰でも、良かったんです」 少女は、泣いていた。 表情も、姿勢も、平坦な言葉も、何一つ変わることなく、 唯、頬からひとしずくのこころを、つうと伝わせて。 「あたたかいものが、好きでした。 言葉を交わすことが、好きでした。 それを叶えてくれると、そう言ってくれた人も、たくさん、たくさん、居ました」 「……。なら、何で」 「できません」 振るわれる首に、涙の飛沫がぱっと散る。 「私は、この子達を、捨てられません」 「……」 「きもちわるくても、つめたくても、小さい頃から、私と一緒に居てくれたこの子達が、私は大好きだから」 ……嗚呼、と、誰かが言った。 予見の少女は言っていた。彼の少女は、幼い頃より死者と親しみ続けてきたと。 そして、 その死者の存在のみで、崩界は促進されているとも。 「私は、きっと、悪い子です」 ――くるん。と、少女が動いた。 その時点で、漸くリベリスタ達も、気づく。 逃げ延びた者は別としても、現状で森林内の死者はその大凡が活動を停止している。 その討伐数、実に七十六体。 全体の三分の二ほどを討伐した時点で、コーデリアは潮時を悟ったのだ。 「配下はそのまま指揮者の品を表す。……定められた命しか実行できない者を配下としているのでは、ケイオスとやらも大したことはなかろうな」 「……ケイオス、さまは」 逃げ際に投げると決めていた、オーウェンの挑発。 それに返される表情もまた、怒りではなかった。 躊躇のような、その言葉と共に、オルゴールの音が止む。 アーティファクトの能力が停止した瞬間、戦闘が停止した瞬間。 誰よりも、 誰よりも、早く動いた者が、居た。 「はい、ちょっと待ってくださいねー?」 珍粘である。 可愛い子を抱きしめたいという、それだけで近づいた彼女は、実のところ其れを理由にフェイトの消耗すら恐れていなかった。 長いドレスが、幼子の身体を包み込む。 「うふふー、可愛い子って大好物なんですよねー」 「……っ」 どん、と、突き飛ばされる。 姿勢を整えた珍粘は、少しばかり残念そうに少女を見て――そうして、言葉を失った。 抱きすくめたその箇所に、酷い火傷が生まれつつある、その異貌に。 「……ご、めん、な、さ」 嗚咽を漏らして、少女は逃げた。 追う者も無く、伴う者も無く、 唯一人、何処へとも知れぬ、闇の果てへ。 ● 「……い、たい、よう」 あたたかいものがほしいなら、冷たい声を手放すしか。 「あつい、よう」 冷たい友達が捨てられないなら。あたたかいものを諦めるしか。 「……っ」 『冷たさに触れる歌声』。 能力の代償として、所持し続ける限り、『人肌以上の熱で死に至る火傷を負う』アーティファクト。 温もりを求める彼女が、それを手にしたと言うことは、酷い皮肉でしかなくて。 けれど、でも。 「くるしい、よう……!!」 それでも、彼女は。 ただ一つのよすがを、捨てることすら出来ず、抱きしめることしか、出来なかったのだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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