● セリエバ。それは運命を食らうアザーバイド。 それを召喚すべく七派フィクサードの『六道』『黄泉ヶ辻』『剣林』の一部が手を組む。 『六道』のバーナード・シュリーゲンはアザーバイド召喚技術を求め。 『黄泉ヶ辻』のW00は運命を食らう異世界の猛毒に興味をもち。 『剣林』の十文字晶はその猛毒に侵された娘のために槍を持つ。 召喚場は『万華鏡』の届かない海の上。当てもなく探すには、海は広すぎる。 しかし手がかりはある。 召喚場に向かう船。その船が持つ情報。 それを集めれば、セリエバ召喚場への道を見つけることができるだろう。 そして、その情報の一つがそこにあった。 ラップトップ、と呼ばれるタイプのノートパソコンの画面上にある海図に従い、木でできた巨大な船が海上を行く。 オールが海面を叩く大きな音が周囲に響く。 「で、うちのバーナードからの餞別は届いてますの? 向こうについたら召喚場の護衛に使うそうですけれど」 「う、うん。船とセットで300くらい。おかげで海もスイスイだ、けど……」 その船上で携帯電話越しに六道のフィクサードへと返事をするのはラップトップの前で寒そうに体を震わせる一人の男。 冬の足音が聞こえ始めた海上、そこは決して温かいとは言い難い。彼の服装は厚手のコートにマフラー、毛糸の帽子。携帯電話を握る手にも、当然暖かそうな手袋がはめられているのだが、それでもその震えは止まらない。 その震えは果たして寒さのためか、それとも不安のためか。 「け、けど『達磨』が転びかけたんで、しょ? あの、アークのせいで。もし、ここに来た、ら」 セリエバの召喚、その計画は万華鏡に捉えられぬよう綿密に事を進められていた。残すは足場を確保して召喚を成すのみ。 だが、ここにきて『あの』アークに絡まれたのだ。運命を捻じ曲げてバロックナイトの一人を屠った、イレギュラーに。彼らはわずかな可能性があれば状況を覆しうると、彼は身を持って経験している。 「もう、アデルバートはいつだって後ろ向きすぎますわ。戦力は十二分、例え負けても、逃げる時に情報さえ隠せば彼らは召喚場まで辿り着けませんわ」 「で、でも、彼らは愛されて、る。う、運命に」 痩せこけた頬の上、濁った瞳が鋭く細められる。 「だから嫌いだ」 どもることなく言い切られたその言葉、そこに満ちていたのは嫉妬と怒り。『フェイト/ヘイト』の一員たるフィクサードとしての感情の発露。 「も、もし情報が奪われそうになった、ら。『アレ』を使う、よ。ぜ、全力で防ぐから」 彼ら『フェイト/ヘイト』は『自分達より運命に愛された全て者に悪影響を及ぼす』ために少ない運命を全て投じる集団だ。 その先に待つであろう平等な世界を目指すために。 だから、彼は『セリエバの召喚』という最悪な結末を追い求める。いかなる手段をもってしても。 「そう……でも、できれば無事な航海に終わることを祈ってますわ」 「だ、大丈夫。失敗してもし、死ぬのは僕一人とて、敵くらいだから。そ、それじゃ、頑張る」 ずれた回答を返して男は電話を切り、ラップトップを閉じる。 巨大な木の船、そこには彼以外の生者の姿はない。 三層の巨大なガレー船、そこでオールをこぐのは無数の白骨達。 六道の用意したEアンデッド達の漕ぐ幽霊船はゆっくりと進んでゆく。 カタカタカタカタ、と聞こえるのは、その船に乗る男の震える音か、それとも、骸骨達の骨の音か。 それとも、運命の歯車のまわる音か。 ● 「ピースが足りない、それが俺達の現状だ」 そう切り出した『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)の後ろ、ブリーフィングルームのモニタに映し出されるのは時代錯誤の巨大なガレー船である。 その甲板の上で黙々と櫂を漕ぐのは無数の骸骨達。 「だからこそ、集めなきゃいけないのさ、そのピースを」 一部のフィクサード達が秘密裏に推し進めてきたアザーバイド召喚計画。それは、万華鏡の力の届かぬ海上を舞台にしたものであった。 残された時間は僅かしかない、ゆえにリベリスタ達は集めなければならない。その召喚の場を記した情報を。 「今回見つけたのは海上へ漕ぎ出したばかりのゴーストシップ、ここにあるラップトップに俺達の欲しいピースは詰まっている」 作戦は簡単。アークの職員の運転する船に乗ってガレー船に接近し飛び移り、その最下層にあるラップトップを持って離脱する。ただそれだけ。 しかし、それは決して楽な作業ではない。 「First、この船にはアンデッドが山盛りだ。数の暴力、という言葉は伊達じゃない」 動きも遅く知能も低いがその数はあきれるほどに多い。まともに全滅させる事はまず不可能だ。 ラップトップを入手できても、離脱できなければ意味がない。退路の確保も重要となるであろう。 また、そこそこ強い敵が二人紛れ込んでいる。 アデルバートというアークと交戦経験のあるフィクサードは、精神感応で絶望を与え、こちらの継戦能力を削ぐ力を有している。最下層にいる幽霊船の船長は船全体の状況を把握する力と、光の飛沫散る刺突攻撃能力を持つ。 どちらも注意するに越したことはないだろう。 「Second、この船には砲門がついている。安全を考えれば船が近寄るのはお前達が乗り込む最初の一瞬と、離脱時の一瞬が限度だ」 ゆえに、一度船に乗り込めば安全地帯で休むことなど不可能になる。 離脱の際には、灯りなどを使ってサインを送れば、20秒後に到着してくれるだろうと伸暁は言う。 「Last……この船には『キングストン弁』がついている」 「「えっ」」 思わず聞きかえすリベリスタ。 キングストン弁、別名『自沈専用弁』。破壊する事で船を沈める機構という都市伝説が流布している蒸気船のパーツである。その真偽などはさておき、少なくともそれがガレー船に対して無意味なパーツであることくらいはさすがに分かる。 「あぁ、名前の通りの意味じゃない。かの都市伝説を再現して意地悪く加工したアーティファクトだ。こいつを壊されると、船が僅かな時間で海中へダイブするのさ」 凄まじい速さで沈むだけでなく、破壊後は『下層から表層への梯子』以外での船外への脱出が完全に不可能になる。おまけに沈んだら最後、絶対に逃がさないという非常に厄介な代物だ。 運命に愛されているリベリスタなら、囚われても逃げ出す事は不可能ではないが……場所は海上、おそらくタダではすむまい。 さらにラップトップがこのアーティファクトの力に一度捉えられてしまえば、その情報を外へ運び出すのは事実上不可能となるであろう。 「ハードな案件だが、お前達なら出来るだろう? 運命に愛されたヒーロー&ヒロインなら」 そう言って伸暁は笑顔でリベリスタ達を送り出す。運命の海上へと。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:商館獣 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月02日(日)22:31 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 未だ夜は訪れていないにもかかわらず寒さに支配された船上で、アデルバートは白い息を吐く。 セリエバが呼び出されるまでの時間はあと僅か。 誰しもが恐怖に怯え、絶望する世界。その甘美な夢に男は浸り、震えながら瞳を閉じる。 聞こえるのはオールの音と波の音。そして何かが波をかき分け進む音。 「……っ」 気が付いた時には、その船は幽霊船の間近まで迫っていた。船より飛び立つ七人の影。 「ほ、砲撃を……」 骸骨達へ向けて声を上げるアデルバート。だが、それよりも早く、空より焔が船へと降り注ぐ。 「別に、全部倒してしまってもいいんですよね?」 「良いわね。私、中途半端な仕事大嫌いだもの」 BLAM、と続けて音が響き、船上へと降り立つ二人の射手。 二人の左右では櫂を動かしていた無数の白骨死体達が頭蓋を撃ちぬかれている。 唐突な強襲、その先陣を切ったのは『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)と『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)の二人。 敵の動きが一瞬止まったのに合わせ、船尾、アデルバートの側へと次々に人影が降り立ってゆく。 されど、この船の漕ぎ手は死体達。頭を潰されようとも彼らは襲撃者へと向けてその櫂を振り上げる。 防御態勢を取っていたツァイン・ウォーレス(BNE001520)はその手の盾で攻撃を受け止め、逆に手にした剣で反撃を加えていく。その横でペチン、と潰されて平らになるのはピンク髪の海賊服の少女。 彼女は漫画のようにひらひらと風に舞った後、再び元の大きさに戻ると今度はアデルバートへと右手の銃を突きつける。 「さぁさ海賊様のご登場、君の欠片を奪いに来たよ、ヨーホー!」 放たれた弾丸は七海の自家製の矢を受けてふらついていた男の胸を穿つ。 「っ! おま、えらグンマを倒し、た……」 その少女、『Trompe-l'Sil』歪ぐるぐ(BNE000001)と射手らの素性を知るアデルバートは唇を噛みしめる。 「あ、アーク……やはりきた、か」 「当然だ。運命を喰らう化け物など召喚させるものか!」 アデルバートの言葉に、『紅蓮の意思』焔優希(BNE002561)はそう返し、雷を纏った拳を周囲のアンデッドへと叩きこむ。 「これでどうだ!」 追い打ちをかけるのは船ごと切断する気かと思わせるような巨大な鉄塊。『紅炎の瞳』飛鳥零児(BNE003014)の威力に優れる攻撃の前に、骸骨はついにその体を砕かれ、動きを止める。 「体力もそこそこ、数は無駄にいっぱい。さすがに面倒ですね」 肩をすくめる七海。その言葉にアデルバートは己の言霊を被せるかのように重い声を発する。 「この数じゃ勝てっこ、ない。諦めるて帰るといい、よ」 放たれたのは気力を奪う魔術。それを受けて前線の優希と零児、そしてエナーシアの心に僅かに絶望が顔をのぞかせる。 だが、船上に分散して立っていた事が幸いし、被害はさほどではない。 その瞬間、船上を光が覆い尽くす。それは、リベリスタ達に飛行の力を与えた張本人の放ったもの。 「この程度で諦めたりなんかしませんよう」 煌めく『メガメガネ』イスタルテ・セイジ(BNE002937)の眼鏡、それにフィクサードは目を見開く。 「ら、雷神を食い止めた女、か」 元々低い白骨達の技量をさらに引き下げる光。アンデッドの動きが目に見えて鈍る。 「懐かしいな、メガネビーム」 「もう、一年もたつんですから忘れてくださいよ」 ツァインの軽口に、イスタルテは唇を尖らせる。が、彼を睨む暇は無い。 範囲攻撃でなぎ払ったとはいえ、アンデッドの数は船尾側だけでも実に50。移動が遅くとも、それは着実にリベリスタ達の元へと集まってくる。 「じゃ、じゃあ遊ぼう、か」 それでも、怪盗を自称する女は骸骨達を気にすることなくアデルバートの声を真似て笑む。 その心を盗んでやる、とばかりに。 突き出される櫂を避けるのは空飛ぶ聖女。 『消えないさ、君のハートの海図から。不安定さも愛おしいバミューダトライアングル・ラブ……』 BGMは黒猫の歌。手にしたいくつものラジカセからNOBUリッシュな歌を流しながら、『アリアドネの銀弾』不動峰杏樹(ID:BNE000062)は一人で船首を駆ける。 「亡霊に音楽がわかるかはしらないけれど、うちの『顔』の曲でも聴かせてあげるよ」 その音につられて、周りのアンデッド達が此方を向く。 陽動。その役目を彼女は完璧にこなしていた。 兎さんの描かれた銃で穿った穴から、彼女は下層へとそのラジカセを躊躇なく投げ入れる。 「亡霊も船も随分年季が入ったものだな……でも」 今時の曲も分かるようだな、と女は身を翻す。板を壊す音と大音量のラジカセに惹かれて集まる白骨死体達。 「大人しくしてれば、すぐ神様の所へ送ってやる、だから」 次の瞬間、兎が吠える。高度を生かして骸骨達を全て射程内に収めた聖女の弾丸は死者を逃さない。 「覚悟しろ」 ● 群がる死者達、それは波の如くリベリスタ達の足元で暴れまわる。 「くっ」 消耗を抑えるべく集中する零児の顔に浮かぶの焦りの色。 敵の範囲攻撃を恐れて拡散した陣形を取っていたリベリスタは無数の敵を前に陣形を保てない。空を飛んでいるとはいえ、ほとんどの者が櫂に周囲を囲まれアデルバートへと近づく事すら難しい。 「も、もう諦めたら……」 「悪いけれど、表層の私達にタイムリミットはないのよ」 だが、アデルバートの言葉を遮ってエナーシアは再び銃弾を放つ。完全な仕事を成すという美学に沿った銃撃は二度の銃声を響かせる。それは白骨死体達が十体以上仕留め、後ろの男の身体をも貫く。 「がっ……ハッ」 ギリギリで踏みとどまる運命を憎む者。その姿に、弓引く男は問いかける。 「アデルさん。あなたの活動って自分の命を掛けてまですることなんですか?」 「あ、あ。当然、だ。お前らに、はわからないだろう、がな。運命からの借り物で大きな、顔しやがっ、て」 男が手を振って出す指示に従い死者達は動く、されどそれはどこかぎこちない。 「か、借り物の力はそっちも同、じ」 指摘するのは彼の心をトレースしていたぐるぐの声。彼の骸骨達は六道からの借り物に過ぎない。 それだけではない、彼自身もまた革醒者。運命の加護を得たことに変わりはない。 「い、一度倒れたらもう立ちあがれない気持ちが分かる、か」 「当然でしょ。わかるよ。普通の人間はそれでおしまいなんだもん」 口調を戻してぐるぐは反論する。 「気持ちはわかるけどよ、お前どっか見落としてるもんがあるよ」 ツァインの光纏った刃が振り下ろされる。その後を引き継ぐかのように、優希の拳が振るわれる。崩れる白骨、その数実に四体。 「それが譲れぬ妄執であるなら真っ向から討ち払う、が」 思い出すのは論理的に感情論を叫んだかつての敵たる女。アデルバートの底が、一瞬見えたような気がして彼は叫ぶ。 「今のお前は自らの可能性を捨てているだけだろう!」 「そーだそーだー、結局、怖いだけなんでしょ?」 重なる素に戻ったぐるぐの声。 フェイト/ヘイトの主張は『運命のある者を貶めて平等にしたい』というもの。されど、彼と同じ程度の運命しか得ていないリベリスタ組織など、掃いて捨てるほどある。それをぐるぐは知っている。 「フェイトがあろうとなかろうと、ぐるぐさん達のやる事はかわんないよー」 「……っ!」 震えていた体が、止まる。 アデルバートの理論は『皆が運命の加護を失えば、誰もが自分のように絶望する』という想定が根底にある。その根底を、老獪なる幼女は否定する。 最初に気づいたのは『自分の持論のままの模倣では彼の技を模倣できない』事に気づいた時であった。怪盗たる彼女は『他人から奪った物を己の糧とする』が、彼の技は『奪った物をそのまま捨て去っている』、ただのマイナスの技。根本が違うのだ。 「だ、黙れ!」 殺意と共に放たれる魔術。されど絶望の心を宿しているからこそ意味のあるその術は誰の心にも響かない。 「BLESS YOU。この世に『足りる』事なんてないのだわ。それを知りなさい」 エナーシアの銃が火を噴き、イスタルテの眼鏡が輝く。次々散っていく白骨死体。 アデルバートを庇う壁がいなくなる。その、刹那。 「うぉっ!?」 船が、傾く。骸骨達の手にした櫂が予想外の軌道を描き、リベリスタ達に隙が生まれる。 「ぼ、僕が死ぬの、は。お前らの運命を減らす、そのためだけ、だ!」 その中で、アデルバートは決断する。男は海へと体を躍らせる。逃げるために。 されど。 その瞬間、届くはずのない距離から矢と弾丸がその体に突き刺さる。 己の羽根をあしらえた七海の矢は妄執に囚われた男の最期の運命を刈り取った。 「運命に愛されたぐるぐさんと君じゃあ、格が違う」 最初の技の想定ミスが無ければ奪えてたんだけどなぁ。残念無念、ゲームオーバー。 そう呟くぐるぐの後ろで、周囲の音を全て拾っていた優希は仲間へと先ほどの傾きの原因を告げる。 「そろそろいけるぞ。全てではないが、殆どの敵が船首へ行っている。犠牲を無駄にせぬためにも急ごう」 「わかった、いくぞ!」 ツァインの手にした得物は甲板の一部を砕き、下層への道を形造る。飛び込んでいくリベリスタ。 「犠牲?」 ふと違和感を覚える零児。 その刹那、優希の声が甲板に響き渡った。 ● まだ、いける。そう思っていた。 響き渡っていたラジカセはもうそのほとんどが聞こえない。おそらくは死体に壊されたのだろう。 ありあわせの物だけでなく、アーティファクトのラジカセも持っていなければ今頃BGM無しになるところだったかもしれない。 優希の声が響いたのは、意識が朦朧とした杏樹がそんな事を考えた時であった。 「もういい、撤退しろ不動峰!」 その声に、現実に引き戻される杏樹。既に足だけでなくそのシスター服にはいくつもの骨が突き刺さり血にまみれていた。 回避能力にも優れ高い防御能力を有していた杏樹、されど、数の暴力は理不尽に立ちはだかる。 僅かに混じる回避不可能な一撃は、回復手段を持たぬ彼女を確実に追い込んでいた。 「限界、か」 これ以上残っても、支援をする前に倒れるだけ。女はそう判断する。 アデルバートとの戦いを無理なく進められたのは彼女が船首の敵を引き寄せたから。 波の音のせいで歌が遠くまでは響かなかったとはいえ、彼女の投げ入れたラジカセは下層の敵をも集めている。その功績は大きい。 「悪いな、頭が無ければ隣から、とはいかないんだ。私は」 お前達みたいに死んでないから。そう告げると、女は海へと身を躍らせる。 痛くない程度に落下速度を削ぎ落し、彼女は海へと飛び込んだ。 ツァインが下層で再度穿った穴を通り抜け、最下層へと降り立つリベリスタ達。 「よう、また会ったな」 レイピアを手にした骸骨の傍ら、かつてのあるキマイラを想起させるようなその自沈弁は確かにそこに存在していた。暗闇の中でもツァインの瞳はそれを確かに捉える。 船を沈ませる凶悪なアーティファクト、『キングストン弁』……それ目がけて、翼の加護を得た男は近寄ってゆく。 それを壊されないために。 不沈艦を名乗る男が、それを沈める自沈弁を護る事の皮肉に、彼は唇を歪ませる。 その手から放つのは十字の光。されど、それは幽霊船長に掠める程度でしか当たらない。 もし、透視などを使って弁の近くに穴をあけていれば即座に庇えていたかもしれない。 だが、幽霊船長が構えるのとツァインが弁の近くに到着するのはほぼ同時の事であった。 後は庇えるかは純粋な速度勝負。 つまり。 「くっ……そっ!」 ソードミラージュに近い能力を持つ幽霊船長の攻撃に、重装甲のツァインは間に合わない。鋭き刃は弁を砕く。 そして、船が大きく揺れる。 「今だくらぇぇっ!」 その一瞬へ突き刺さるのは、零児の一撃。十分な集中を重ねて放たれたそれは、幽霊船長の身体を吹き飛ばす。 そして。 その間隙をすり抜けて、眼鏡の天使がラップトップへと向けてその手を伸ばす。 ● 既に黒猫の歌は聞こえない。響くのは水の流れ込む音ばかり。 暗闇の中、下層へと潜入した優希は雷を纏った拳で群がってくる白骨死体を打ち倒していく。 最下層へと潜った仲間の侵入経路を守るため。 自己回復も持つ彼にとって雑魚を受け止める壁となる事など、容易い事。 (……まずいな) だが、その脳裏に過るのは不安。戦いの音や移動のために穴をあけた際の音や光に気づいて、少しづつ船首の骸骨達がこちらへと動き始めている。 それだけでなく、彼はアデルバートとの戦いで雷の技を連発しすぎた。七海の支援があれば、と思うがもう遅い。 (冷静沈着にまだなり切れていない、か) 体の中で機関が唸りを上げて気力を生み出す。されど、その残り僅かな気力で果たして『梯子までの道を切り開ける』のだろうか? 「お待たせしました」 その時、イスタルテとツァインが穴より姿を現す。その手には、収納ケースに収められたラップトップ。 時間にしてわずか30秒ほどと、彼女達の最下層滞在時間は実に短い。 「行くぞ!」 「あぁ!」 一人欠けている理由を問いただしている暇など無い。 遅れれば、船首側からやってくる白骨達に物量で押しつぶされることは目に見えている。 自分達よりも船尾側の白骨を無視し、三人は駆けだす。 立ちはだかるのは、狭い室内で長い櫂を手にした白骨が16体。 (これじゃ、飛び越えるのも厳しそうですね……) タイムリミットが迫りくる。 「幽霊船に沈む宝、浪漫あると思わないか、船長さん」 幽霊船長を挑発しながら、零児がその刃を振るう。 飛んでいる状態でも若干水につかりながらの、不安定な中での攻防。 轟々という水の音が戦いの音を掻き消していく。 「それじゃ、一人で沈んで来い!」 ツァインらを離脱させ、時間稼ぎも終わりの頃合いだと睨んだ零児。彼は最下層を離脱すべく飛び上がろうとして。 「……っ」 できなかった。 光を纏った斬撃、それは幽霊船長の美しき剣技。それによって、彼の心は絡め取られる。 威力は決して高くはない。だが、意思の力と速度を弱める武装を纏っていた彼が一人でその船長の連発する魅了の技から立ち直るには。 (取りに行って沈むのもお約束、かよ……) 時間が足りない。 水の底へと沈み歪んでいく彼の視界の中、骨だけの船長が笑んだ気がした。 「貴方、無茶し過ぎよ」 七海は船首に近い梯子の傍、まだアンデッド達の溢れる側にてその弓を引く。その横で呆れ顔で呟くエナーシア。 「でも、これが正解だったようですね」 アデルバートと共に戦場の半分の敵を屠った彼らには十分すぎる余裕があった。その髪に隠れた瞳が狙うのは、船首側の敵ではない。 三人の射手は敵に背を向け、その得物を下層への梯子の先へと向ける。 「早めに帰ってきてね~」 気の抜けたぐるぐの声と共に、弾丸と矢が下層へと放たれる。 無数の敵が立ちふさがった場合、どのようにすれば突き進めるか。 答えは一つ。倒して、その敵がいた隙間に体を潜り込ませて進む。 ただ、それだけ。 「不沈艦が、沈んでたまるかよぉー!」 胸元まで水に浸かりながら、ツァインは吠える。その刃は、アンデッドの体力を半分ほど削り取る。 「貫け!」 優希の雷を纏った拳が、目の前の敵を打ち倒す。 「あと、あとちょっと……!」 生まれた間隙をイスタルテが駆けながら、歌で仲間を癒す。 隠れたりする手段があればある程度をやり過ごせたかもしれないが、彼女達はただ、敵を薙ぎ払い、駆ける事に意識を集中させて突破してゆく。 わずかづつ、三人は梯子へと向けて進んでいく……が、体力は十分であれど時間が足りない。 杏樹が力尽きない手段を模索し、突入中にも攪乱できていれば違ったかもしれないが、彼らの動きよりも暗闇の中で遅々として集まるアンデッド達の方が速い。 (拙い……) 優希らに足りなかったのは、火力。零児の力があれば、己の気力が十分ならば。 (後戻りも出来ないか) アンデッドの中を無理矢理突き進むツァインらに退路はない。 足りなかったのは、手数。もし一人でも長距離広範囲に攻撃できるものがいれば。 あと少しが、足りない。何か一つでもあれば足りていたのに。 その時、上層から放たれた弾丸がアンデッド達を傷つける。僅かに開く活路。 「お願い、これを……っ!」 その間隙をぬって素早いイスタルテは梯子へと手を伸ばす。その手に握られているケースへと、エナーシアも手を伸ばす。 「ええ!」 だが、その手は。 「っ……」 届かない。 その寸前に、黒いうねりが、悪意を持った水がイスタルテ達を呑み込む。 次の瞬間、大穴がいくつも空いた表層へと水が雪崩れ込みはじめる。 「逃げますよ」 とっさの判断。戦略的撤退の声と共に、七海が船の端へと駆ける。このままでは、表層は20秒も持つまい。 「寒中水泳、か」 最悪ね、と呟き後へと続くエナーシア。 そして、全てが海の底へと沈む。 ブクブクと湧き上がる水泡を見ながら、空中でぐるぐは肩をすくめ、手を差し出す。 「飛んで帰れるから、ここで待ってるね」 近づいてくる杏樹を乗せたアークの船。それを気にすることなく彼女は海へと手を伸ばし続ける。 海の底へ沈んだ彼女の仲間がその手をつかむのはそれから、10分後の事。 彼らの手にはラップトップの姿は……なかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|