● パチン、爪きりバサミの音が、やけに大きく部屋に響く。 『忌み子』裏野部重がほんの僅かに目を伏せた。 眼前で瀟洒なソファーに全裸のまま寝そべり、重が提出した書類に目を通すは、主流七派が一つ<裏野部>が首領にして彼の父、裏野部一二三である。 しかし其れは決して、普通の親子の対面ではありえない。 一二三の手指の爪に綺麗に鑢をかけ、其の指を口に含んで汚れを取る女もまた全裸だ。 手が終れば足へ。女は奉仕を躊躇わない。息子の前で、女の奉仕を受ける父の姿。 10を少し過ぎたばかりの少年には余りに刺激が強い其の光景。 けれど重が目を伏せたのは刺激の強さが原因ではなく、余りに無防備な姿に湧き上がる殺戮の衝動を抑える為である。 生まれて直ぐから施された裏野部流の英才教育は、重に眼前の相手を先ず如何に殺すかを考えさせる習性を植えつけた。 そして其の教育を施した張本人である一二三は、眼前の息子が自身を殺したがっている事を百も承知しているのに、敢えてこの姿を晒しているのだ。 「……父さん」 己をからかう父の悪趣味に、重は溜息を吐く。 其れはつまり重の力が父にとって未だ大きな脅威と成らぬ事の証左であり、彼が彼我の力量差を測れるかどうかのテストでもあるのだろう。 「――ま、いいんじゃねェか」 重の態度に満足したのか、其れとも単に飽きたのか、目を通していた書類を適当に放り投げ、一二三は重に目を移す。 顔の半ばまでをも刺青で覆う狂相は、歴戦の兵でさえも怯む何かを秘めている。 「ただよ、重。分かってンだろうな? オマエがこれからしようとしてる事の成否がどうあれ、俺は別に構やしねえ」 だが重は、この狂相を愛していた。恐怖の体現者である父を、誇らしく思っていた。 重は母の温もりを知らない。彼が持つ最も古い記憶は、己が身に潜りこむ鋼の冷たさ。父が、母の胎内にいた自分を革醒させる為に、或いはほんの思いつきの戯れに、串刺しにした刃の感触。 「けど俺を飽きさせンなよ。オマエは俺を楽しませる為に在るんだ」 だから重は、そんな父の言葉にも唯頷く。 そこに歪んではいても愛の存在を信じるから。 目覚める事無く、生まれる事もなかった兄弟の想いをも重ねるが故に。 「勿論だよ。協定で動けない父さんの為にこの国に死を撒き散らす。僕らが『過激派』裏野部だ」 重の言葉に、奉仕中の女を退かせて一二三が立ち上がる。 広げられた両手の形は、抱擁。 「分かってンなら良いさ。好きにやれ。其れでこそオマエは俺の可愛い息子だ」 珍しい父の気まぐれに包まれながら、重は思いを馳せる。 何時か、何時の日か、父を殺す其の時も、父はこうやって自分を褒めてくれるのだろうかと。 ● 「さて諸君、緊急の任務だ。繰り返して説明する暇は無いので良く聞いて欲しい」 集まったリベリスタ達に『老兵』陽立・逆貫(nBNE000208)が資料を配布する。 そして配られた資料には<裏野部>のフィクサード達の情報が記されていた。 「今日の深夜、……と言っても然程時間は残されていないが、大型旅客機が一機墜落する事を予知した。嗚呼いや、寧ろ撃墜されると言った方が正しいか」 表情を苦く歪める逆貫。其の実行犯達が、この資料に記されたフィクサード達なのだろう。 主流七派が一つ、『過激派』裏野部。其の危険性は、過激派の冠からも分かるとおりに七派の中でも1、2を争う。 「旅客機は以前裏野部の連中が以前に街を沈めてこしらえた沼か、或いは其の近辺の人里に墜ちる可能性がある」 以前、裏野部とアークの戦いで一つの都市が地の底に沈み、其処は大きな沼と化した。一般人にとっては単なる沼だが、E・能力者が見れば紅く、血の色に見えると言う沼に。 恐らく彼等の狙いは、大型のアザーバイドが封じられていると言う情報もあるこの沼に、以前爆破し損ねた最後の爆弾の代わりに天空から火の矢を落とす事なのだろう。 「奴等は飛行能力を持つ者ばかりの航空部隊を編成し、旅客機の翼のエンジンを破壊する心算だ」 無論、正確な狙いを定めて墜落させれる方法では無いだろうが、例え狙いの沼を外れようとも甚大な被害は免れない。 資料 フィクサードA:『爆撃機』久那重・佐里 裏野部に所属する若い女性フィクサード。種族はフライエンジェでプロアデプト。 特徴としては攻撃性能と命中が非常に高い。 EXスキルとして『ナパーム』と『クラスター』を持つ。 EX『ナパーム』神遠2範。鈍化、業炎。 EX『クラスター』神遠域。無力、崩壊、連。 フィクサードB:『戦闘爆撃機』鬼弐・麗一 裏野部に所属する若い男性フィクサード。種族はフライエンジェでインヤンマスター。 命中と回避が高め。 EXスキルとして『火龍』を持つ。 EX『火龍』神遠2域。極炎。 フィクサードC:『JET』橘・花 裏野部に所属する若い女性フィクサード。種族はフライエンジェでソードミラージュ。 銃剣を持って遠距離攻撃を可能とし、速度と回避に特に優れる。 フィクサードD:『補給機』敬師・那棟 裏野部に所属する男性フィクサード。種族はフライエンジェでホーリーメイガス。 ホーリーメイガスであるが、インスタントチャージも所持している。 フィクサードE:『零』戦部・零 裏野部に所属する男性フィクサード。種族はフライエンジェでスターサジタリー。 今回集まった裏野部フィクサードの部隊長格。 フィクサードF:『戦闘機』死式・颯 裏野部に所属する男性フィクサード。種族はフライエンジェでデュランダル。 零と同じくベテランで、副隊長、或いはエース。 フィクサードが共通で所持しているアーティファクト:『黒金の蛇』 鎖の先に蛇の頭の飾りがついたアーティファクト。非常に強靭で、所持者の意思で50m程までの伸び縮みが可能。 蛇の頭は所持者の意思に従って対象に喰らい付き、解除されない限りは放さない。 今回のフィクサード達は此れを楔代わりに使用し、飛行機に取り付く模様。 「諸君は今すぐ輸送機に搭乗し、襲われる飛行機へ向かって欲しい。輸送機は上部から飛行機の背にワイヤーを打ち込み、其れを伝う諸君等が飛行機の背に移り終えたら離脱する。ギリギリ……、ほぼ同時ではあるがフィクサード達に先んじて飛行機に取り付く事が出来るだろう。……まあ、あまり遅くこられても其の状況だと辛いしな」 確かに空飛ぶ航空機の外側は極寒の世界だが、それ以前の要求が非常に無茶である。 「諸君等にはパラシュートを配布するので、いざと言う時は其れで脱出して貰う。そんな状況にならぬ事を願うが、……くれぐれも万一の場合は自分の身を優先して欲しい。例え眼前で数百、数千の人間が死のうとも、諸君等が生きてさえ居れば、其の一生で其れより多くの人間を救えるのだから。……諸君の健闘を祈る」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月18日(火)23:31 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 強い風が吹きぬける。 開いた輸送機の扉、伸びるワイヤーの先は、眼下を行く大型旅客機の背へと続いていた。 高高度での、見た目はいかにも頼りないワイヤーを伝っての、航空機から航空機への移動。 並の人間ならば自殺も同然の、もっとも自殺ならばこんな手の込んだ、しかも恐怖に満ちた方法ではなくもっと安易で苦痛の少ない方法を選ぶだろうけれど……、行為である。 だが今から其れに挑む彼等は、決して普通の人間ではない。革醒し、既に人間とは掛け離れた何かになってしまっても、己が力を制御し、世界を守る為に振るうリベリスタ。 次々と移動に挑む仲間達の姿に、自分の番を待ちながら、源 カイ(BNE000446)は瞳を閉じた。 脳裏に蘇るは、逆貫の、手厳しく、刺々しく、皮肉に満ちた言葉。 ブリーフィングルームで、任務の説明を終えた逆貫を呼び止めたカイ。 万一の場合は自分たちの命を最優先しろとの逆貫の言葉に、どうしてもカイは黙っていられなかったのだ。 以前の裏野部の凶行での、守れる筈の命を守れなかった失敗の、同じ轍を踏みたく無い。気遣ってくれるのは有り難いが、「大を生かす為に小を犠牲にする」と言う言葉の、其の小が自分達であっても良いのでは無いかと、カイの魂は小さく叫んだ。 けれどカイのそんな言葉に、逆貫は実に不愉快そうに、眉を顰めて吐き捨てる。 「下らない。実に余裕だな。君はそんな事に思考のリソースを割ける程に暇なのか?」 と。 「私が諸君の命を気遣うのは、諸君等が使い減らない優秀な道具だからだ」 悪意は尽きる事無く迫り来る。1度や2度、防げればそれで終わり等では無い。 無論命を失う事はある。どうしようもない事だろう。 だが本来の使い方なら壊れなどしない優秀な道具が、敢えて自らを使い潰すからこそ、時にどうしようもない大きな災厄を退けれる可能性が出てくるのだ。 決して正しい事では無いけれど、彼も彼女も……消耗品などでは無かったと逆貫は信じたい。。 戦う力を持たぬフォーチュナはリベリスタを言葉で死地へと送り出す。けれどその事に関して不感症で居られる筈が無い。 「君が自らを消耗品だと言うのなら勝手に好きに死にたまえ。私はそんな物の行く末を記憶に留めはしない」 直ぐに壊れる出来損ないの道具に用は無いと、逆貫は殊更棘を籠めて言葉を吐いた。恐らくは苦痛塗れの。 ……次は自分の番だ。 瞳を開き、カイはカラビナをワイヤーに装着する。 記憶と共に蘇る不快感を、カイは頭を振って追い払う。 どうするのが正しいのかは、今はまだ判らない。だが取り合えず、兎に角、眼前の戦いに死力を尽くそう。 カイの身体が宙を滑った。 ● 強烈な追い風が吹く中を、数名のリベリスタ達が駆ける。追い風を背に受け、加速していく彼等。 本来、其れは自殺に等しい行為だ。何故ならこの追い風の中で一度駆けてしまえば、もう止まる事は不可能だから。 けれど彼等は卓越したバランス感覚と、面接着と言う反則技の双方を兼ね備える事に拠って其れを可能とした。 遥か先の、旅客機の最後尾では鎖が、アーティファクト『黒金の蛇』が機体の背を噛み、引き寄せられた黒装束のフィクサード達が次々に降り立っていく。 如何に空を自由に飛べる翼やアーティファクトの楔を持つとは言え、相対速度の圧倒的に違う大型ジェット機の進路に空中で待ち伏せ、乗り移れる手際は彼等の空戦練度が尋常ならざるモノである事を如実に語る。 だが、だからと言ってむざむざこの旅客機を落とされる訳には行かない。 「トラックの上とか鉄塔の経験はあるけど……、ついに飛行機の上か」 駆ける足を止め、鋼鉄の翼の上で『九番目は風の客人』クルト・ノイン(BNE003299)は苦笑う。 強風が打ち付けるように彼の髪を、衣服を、強く揺らす。例えバランス感覚に優れようと、彼の足がどんな場所でも足場と成す力を持っていようと、強風に煽られる翼の上は矢張り如何にも頼りない。 だがクルトの表情に怯えは無く、寧ろ呆れる様な、或いは少し面白がっている様な余裕を感じさせた。 掲げた脚から放たれるは強風をも切り裂く飛ぶ蹴撃、虚空。 吹き荒ぶ強風は追い風であっても難儀だが、向かい風ともなれば其の厄介さは尚更である。 まともな手段ではただ前に進む事さえ困難なこの状況で、フィクサード達は黒金の蛇を楔として打ち込み、其の引き寄せを利用する事で移動を行う。 「こんな場所でファンキーな花火とかさっすが裏野部。やること派手で胸糞悪いね!」 言葉と共に、『覇界闘士-アンブレイカブル-』御厨・夏栖斗(BNE000004)がクルトに続いて虚空を放つ。 裏野部とは幾度と無く戦いを繰り広げてきた夏栖斗は、彼等の生み出す悲劇を常に目に焼き付けて来た。 今、裏野部が旅客機を落とそうと狙うあの沼には、彼の戦友が眠っているのだ。裏野部との戦いで永久の眠りについた戦友が。 絶対に譲れない。 「馬鹿げたことは止めなさいよね。何人死ぬと思ってるのよ」 己の生命力を瘴気に変え、フィクサードへと撃ち込んだ『骸』黄桜 魅零(BNE003845)。 死は誰にでも訪れる。不意の交通事故での死も、航空機の墜落による死も、同じ死である事に代わりは無い。 例え旅客機の乗客達が今回アークのリベリスタ達の活躍で窮地に一生を得ようとも、もしかしたら全然無関係に明日心臓麻痺で、或いは脳梗塞で死ぬかも知れない。 けれど、だ。余りにその数が多すぎる。其の悲劇は無意味が過ぎる。 起こらなくて良い悲劇があるなら、起こさないまで。 「貴方たちはどれくらい犠牲にすれば気が済むのよ」 問い掛けた所で返事など得られぬ事は判っているけれど、それでもこのやり口はあんまりだろう。 攻撃と共にぶつけられるは、リベリスタ達の怒り。 しかし其の怒りが強ければ強いほどに、裏野部は嘲笑う。 『お褒めに預かり光栄です』 ……と。 裏野部とは流される血を、恐怖を、恨みを、怒りを、負の想念を糧とする者達なのだから。 ● 裏野部フィクサードが一人、『爆撃機』久那重・佐里の放つEX、クラスターの衝撃が巨大な旅客機を揺るがせた。 無論裏野部の目的はこの旅客機を沼へと落とす事。こんな上空で爆散させる様な攻撃の仕方はしないが、其れでも何度も放たれて無事に済む様な威力では無い。 そもそも裏野部はこの機に必死に固執する必要は無いのだ。沼へ狙い定める事が難しいなら適当に撃墜し、また別の機を狙えば其れで済む。 けれどリベリスタはそうは行かない。防衛側である彼等は、一つ一つを必死に守らざるを得ないのだ。 クラスターに重なる様に、次は火龍が、『戦闘爆撃機』鬼弐・麗一の放ったEXの炎がリベリスタ達ごと機体表面を舐めた。 熱を持った機体の背を前衛のフィクサード達が飛び越えて来る。 しかし、リベリスタ達とてされるがままで黙って等は決しては居ない。 撃ち込まれた『真面目な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)の1¢シュートが佐里の鎖が伸びた先、蛇が噛み付く外壁を破壊し、飛行状態で楔を失った佐里の身体が大きく後ろに流された。 並のフィクサードならば佐里は此れで戦場外へのリタイヤであっただろう。 だが裏野部空戦隊の一人である彼女は、空での戦闘、空からの破壊活動の練度に優れた佐里は、旅客機から身体を放り出されそうになりつつも何とか咄嗟に機の背にアーティファクトを再び射ち込み、戦線離脱を免れてみせた。 とは言え、空戦隊の中で最も警戒すべき攻撃手段を保持した彼女から攻撃の余裕を奪えた事は非常に大きい。 そして『補給機』敬師・那棟の周囲に、彼を縛るように幾つもの呪印が、『普通の少女』ユーヌ・プロメースが放つ呪印封縛が展開し、裏野部の癒し手を縛り付ける。 「無賃乗車は頂けないな?」 行動を縛られ、バランスを崩す那棟の姿に、ユーヌは哂い、嗤い、毒を吐く。 非常にサーヴィスの悪い、特別席機体の外担当のC・A、ユーヌ・プロメース。 「おっと、私達もか。なら早々にお帰り願って、私達も去るとしよう」 其の彼女の言葉に応じる様に、裏野部フィクサード達の頭上から、モロク神に幼児を捧げた火祭の、或いは汚物を焼き尽くす地獄の、獄炎が降り注ぐ。 高度な魔術であるゲヘナの炎を放てしは、けれども驚いた事に『フレアドライブ』ミリー・ゴールド(BNE003737)、……覇界闘士であった。 強すぎる炎への執着と適正の成果。きっと彼女が己が内部で覇を成す界は、炎に満ち満ちているのだろう。 ミリーの狙いは、火龍の使い手である麗一。隠し切れない興味と対抗心。ドラゴン討伐は昔に姉と交わした大切な約束なのだ。 火龍を操ってるアイツには負けるわけにはいかない。 戦況を無視して突っかかったり、無論機体を巻き込むような真似もしないけど、それでもミリーの瞳は彼を捉えて離さない。 炎を切り裂き複数の銃弾が走る。 凄まじいまでの早撃ちで対象の急所を撃ち抜くバウンティショット、されどこの銃撃は其れを超えるスペシャルだ。 バウンティショットスペシャル、つまりバウンティダブルエス。神速の抜き撃ちが今宵捉えるは、後ろに飛ばされた佐里を除いた全てのフィクサードの蛇が噛み付いた外壁だった。 狙い違う事無く外壁を撃ち抜いて壊した『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)のB-SSは、しかしフィクサード達にとっては既に一度見た、予測済みの行動だった。 虎美の、佐里に対しての其れを見ていたが故に、動揺すら誘わず対処される其の行為。……たった一人を除いては。 見て、知っていても身動きが封じられていれば対処は取れない。 風に流され、あっと言う間に旅客機から置き去りにされたのは、裏野部フィクサード達への補給役であった那棟。 戦いの天秤は、リベリスタ側へと少し傾いた。 ● 地上から数千メートル。遥かなる高みでの死闘は続く。 殺意を籠めて振るわれた『JET』橘・花の銃剣が、一歩身を退いたクルトの胸を裂く。切れ目から、舞い散るは黒。 けれど其れは血に非ず。退いた一歩が切らせたのは厚手の服と、そして皮一枚。宙を舞ったのは血の代わりに切り裂かれたホッカイロから零れた酸化発熱した鉄粉だ。 強風が、風下の花へと鉄粉を吹きつける。無論そんな物にダメージは無い。だが其れでも驚愕は、まだ若い彼女の動きを一瞬鈍らせた。 そして其の隙を逃さず突き刺さるはクルトが放つ魔氷拳。 「佐里ちゃんだっけ? こないだの甚君とのダイブはどうだった? 僕ともどこかに堕ちたい?」 颯の眼前に立つ夏栖斗は、しかし颯では無く後方から範囲攻撃をばら撒く佐里へと声をかけた。 「あ、恋に落ちるのは勘弁してね! 君より可愛い彼女いるから」 軽い口調だが、その内容は明らかに挑発だ。無差別に、或いは弱った所を狙って破壊をばら撒かれるより、自分を中心にした攻撃を誘わんとする夏栖斗。 嘗て佐里は一度リベリスタ達の前に姿を見せた事がある。そしてバカンス気分だった彼女は、其の時相対したリベリスタに油断に漬け込まれ、手痛い敗北を喫していた。 ……けれど、だ。 夏栖斗の言葉に、佐里は軽く鼻で哂った。 あの時とは遥かに状況が違う。佐里は今、隊の一人として破壊指令を受けて此処にいる。油断は無く、そして此処は彼女のフィールド、遥か高みの空の上だ。 ダイブしようがどうしようが、彼女の有利は揺るがない。 更にそもそもの話であるが、佐里は夏栖斗とは初対面なのだ。過去を持ち出し挑発するなら、せめて彼女に屈辱を味合わせた当人を連れて来でもしなければ効果は薄い。 冷笑を浮かべる佐里が狙うのは、幾度かの攻撃を受けてダメージを蓄積させた後衛、回復役の排除と言う厄介な真似を仕出かしてくれたエーデルワイスを中心とする左翼側だ。 再び放たれたクラスターに、エーデルワイスが運命を対価にしての踏み止まりを余儀無くされる。 気付けば辺りの風景が少し変化している。ダメージを受け続ける旅客機の高度が徐々に下がり始めているのだ。 「街を一つ沈めただけでは飽き足らないのですか……、どこまで無関係な人達に血を流させるつもりだ!!」 吼え、大型拳銃から無数の銃弾、ハニーコムガトリングを撃ち出すカイ。 一見雑でありながらも、その実高い命中を誇るカイの全体攻撃を警戒したのだろう。軽やかな旋回で損傷を最小限に抑えた『零』戦部・零の1¢シュートは、不安定な足場に吸い付き彼の行動を支える足の、膝頭を狙って撃ち込まれた。 脚を損傷し、動き鈍らせた彼を、次いで放たれた火龍が食らう。 苛烈なフィクサード達の攻撃の前には、近場の人間しか回復できないユーヌの傷癒術のみではまるで足りない。 一人、また一人と体力の限界を向かえ、運命を対価にしての踏み止まりを余儀無くされるリベリスタ達。 しかし其の追い込まれての窮地こそが、彼等の動きに更なる冴えを呼ぶ。 来る。其れを察知させたのは、対抗心、執着心、好奇心。 ミリーの其れ等が麗一が技を放つ呼吸、タイミングを察知したのだ。 ドラゴンに対する憧れ、今は亡き姉との約束、炎への拘り。麗一自身に対する理解は足りねど、補う材料はミリーの内に豊富にあった。 麗一の火龍に一瞬先んじて放たれたミリーの炎。不完全であれど確かに龍の形を成した其れは、麗一に大きな動揺を呼んだ。 其の動揺に浸け込んだのは、虎美。不安定な足場を後先考えずに一気に駆けより、麗一の体に飛びついた彼女が叫ぶ。 「アイキャンフラーイ!」 そう言えば彼女の兄も高所からのダイヴを敢行していた。其の台詞はあからさまに一人でのダイヴを強いられるフラグなのだけど、しかし麗一の動揺と、合わせる様に楔食い込む外壁に撃ち込まれたエーデルワイスのB-SSが、更には、 「快適な空の旅だな。なんならフリーフォールのサービスも必要か?」 咄嗟に虎美を振り解こうとした麗一を縛ったユーヌの呪印封縛が、虎美の行動を手助ける。 二人の影が、真っ逆さまに堕ちて行く。遥か下方で、麗一を放した虎美のパラシュートの傘が開いた。 だが戦線を離脱したのは二人のみでは無い。エーデルワイスの限界の近さを見て取った零、空戦隊のリーダーの銃撃が、エーデルワイスの胸を貫き戦闘不能へと追い込んだ。 力失い、翼より転げ落ちかけた彼女の体を咄嗟に抱えたのは魅零。深い傷を負った仲間の姿に、彼女は表情を曇らせる。 エーデルワイスばかりでは無い。機体も随分と高度が下がってきてしまっている。リベリスタも、機体も、そしてフィクサード達も、限界は近い。 戦いの終わりが近付きつつあった。 ● エーデルワイスを抱えたまま魅零が放った暗黒に、戦場を機体中央部へと移していたクルトの眼前の花の膝が崩れかける。 カイと夏栖斗の二人を相手取りながらも優位に戦いを進める颯、そして冷静にリベリスタ達のウィークポイントを突く零、二人のベテランは未だ余力を残している物の、花も佐里も深い傷を負い、フィクサード側の戦力低下は著しい。 リベリスタ側の損害も決して軽いとは言えないが、其れでも戦況は既に覆しがたい所まで来ていた。 颯の攻撃にカイが崩れ落ちる。意識こそ保っているものの、最早身動きは取れないだろう。動かぬ体に、己の無力にカイが吼えるも、其れは既に呻き声にしかならない。 夏栖斗の魔氷拳は颯の体力を削るも、動きを止めるには至らなかった。 しかし、其処までだ。リーダーである零の合図に、フィクサード達は大きく翼を開いて黒金の蛇を解除する。 強風が、彼等の身体をあっと言う間に運び去った。 追撃を考えたわけでは無いけれど、リベリスタ達に何をする間も与えずに、戦いは唐突に終結した。 既に高度は雲より低い。ダメージを負いすぎた機は、目的の空港でなく近場の其れを目指し、緊急着陸の態勢に入っている。 後は、パイロットの、表の世界の人間達の腕次第だ。恐らくこの件は突然のありえない強風や雷、自然災害が旅客機を襲ったとでもされるのだろう。 人目につく前にと、リベリスタ達が眼下の海に向かって機体から飛び降り離脱していく。 「持てるかなぁ……」 パラシュートを使っての落下、経験の無い行為に、意識を失ったエーデルワイスを抱えたまま挑まねばならぬ魅零は、少し不安げに呟いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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