● 彼は、ただ望んだだけだった。 永遠の平穏を。永遠の平和を。 仲間と笑い、歌い、騒ぎ疲れて眠る毎日が続きますように。 永遠なんて無いこの世界で、ただそう願っただけだった。 ● 「はぁ、はぁ……っくそ、くそっ……!」 土砂降りの雨の中、一人の騎士が小さな一団を率いて走る。 闇夜の不意の強襲。隣国の総攻撃の前に容易く軍隊は崩壊し、 王は討たれ、残るは僅かな兵隊と姫君。 この方だけは護る。と友と誓い、男は戦った。自身の持てる全てを掛けて。 この世に神が居るのなら、救ってくれと何度も願った。 けれど、それは叶わぬ願いだった。 大軍の追撃の前に手負いとなった彼の目の前で、次々と友は斬られ、撃たれ、成す術なく倒れていく。 数刻も掛からず、彼はとうとう、最後の護り手となった。 「お逃げ下さい!」 流れる血もそのままに彼は駆け、姫へ迫る兵の首を撥ね、叫ぶ。 彼女の走り去る背中を見送ると騎士は振り返り、手にした槍をぎりりと握る。 無意識に漏れる笑み。返り血でべったりと額へ張り付く髪を、左右に振り払うと一人、小さく零して。 「ヘリオ、ディン。……俺は、まだやれるよな」 最期まで使命を全うした友の名を紡ぐと、再び駆ける男。その眼前に迫るのは、視界を埋める程の大軍隊。 対し此方はたった一人の手負いの騎士に、姫。 逃げ切れない事など、とうに解っていた。 それでも彼は、足掻いた。 迫り来る敵という敵を斬り伏せ、貫き、前へ、前へ前へ。 幾百の敵を討った彼は、傷だらけだった。 いつしか残る唯一の戦友たる得物は折れ、目は霞み、手足は震え、体力は限界を越えていた。 それでも彼は、握った槍を放さなかった。 友と誓ったのだ。姫を護り通すと。 それから彼は、心臓を矢で貫かれるその瞬間まで、戦い続けた。 申し訳ありません姫様、どうか、どうか御無事で。 地に倒れた彼は、最後の息を吐き出すその瞬間まで、紛うことなき、騎士であった。 ● 「強い願いとか思いって、呪いと同じなんだってね」 ブリーフィングルームに集まるリベリスタ達に、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)はぽつりと零した。 深々と椅子に腰掛けた彼女が指で弄ぶのは、黒い騎兵の駒。チェス盤の上に、ころりと転がすと、顔を上げる。 「強く強く願って、追い求めて、それでも手に入らない時、みんなはどうする?」 何処か寂し気に呟く彼女は、リベリスタ達の答えを待たずして資料を読み上げ始めた。 同時に、彼女の背後のモニターには独特の光沢を放つ甲冑が映し出されていた。只立ち尽くす、騎士の様な其れ。 「今回皆に対応して欲しいのは、美術館に飾られた物品に宿ってしまった、エリューションの討伐だよ。 タイプは思念(フォース)、フェーズは2。深夜に美術館内を徘徊しているから、撃破をお願いしたいの」 詳細な情報が書かれた紙の束を皆に配りながら、彼女は続ける。 甲冑に宿った過去の騎士の思念は、とても強い“守護”への欲求。美術館を彼自身の“領域”だと思い込み、侵入者を襲うのも時間の問題だから、直ぐにでも解決の必要があるのだ、と。 「えぇと、この鎧自体は、中世ヨーロッパ、神聖ローマ皇帝が作成を命じた“溝付き甲冑”って呼ばれてる物だね。ゲームとか色々な分野で有名な鎧だから、皆知ってるんじゃないかな。 材質は一般的な鉄鋼。だけど、神秘の影響で頑強さが凄く伸びてるみたい。独特の形状の意味合いもあって、武器による物理的な攻撃には相当固いと思った方がいいかも知れないよ。 戦闘に関しては、理性の薄いエリューションに過ぎないかも知れないけど、思念の持ち主、生前の騎士の武技は須らく再現されてるみたいだから、気を付けた方がいいと思う」 更に、彼の思いが呼んだのだろうか、同じように何体かのエリューションが美術館内に存在するという。 「それから、“彼”は仲間の事をとても大切に思ってるの。仲間が傷ついたり殺されたりしたら、激しく怒るとおもう。 乱戦になったら意識するのは難しいかも知れないんだけど、覚えておいた方がいいよ。気を付けて」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ぐれん | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月04日(火)23:18 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 静かな秋の夜。煌々と輝く月を見上げながら、『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)は似合わぬ溜息を零した。 それは、頭の中でぐるぐると回る思考を吐き出す様な、深い深い一息。もうすっかり寒くなった夜の空に、白い靄となって掻き消える。 ――人間の心は脳にあり、頭で考え、頭で動く動物だと誰かが言った。けどそれは嘘だ。こんなにも胸が濁るのだから。 刹那の“分析”も、あっという間に再び大きな波に浚われていく。答えの出ない事程、どうしてこうも浮かぶのだと、何処か悔し気に言葉を零して。 「……俺も何れは、あのようになるのだろうかな」 誰しも譲れない物はある。それが宝物でも、想い人であっても、例え曖昧なものであっても、自分が死してまで護り抜きたい物がある。 けれど、永遠なんて無いこの世には、いつか終わりがあって。いつかこの両手から『それ』が零れた時、自分は如何なる? 彼の騎士の様に、背に思いを抱えた儘永遠に彷徨い歩くのだろうか。 それを思うだけでも、また此処が――胸の奥が――微かに痛む。先へ、その先へと思考を伸ばしていく。けれど、何も浮かばなくて、髪を緩く掻き乱す。 答えは、未だ地平線の向こうに隠れていた。 ● 誰もいない筈の美術館に、無数の足跡が響く。窓から差す月灯りに照らされる美術館内で、リベリスタ達は索敵を開始していた。 その隊列の先頭をを担うのは『デンジャラス・ラビット』ヘキサ・ティリテス(BNE003891)。大きな偽耳を揺らし物音に注意を払いながら、各所に懐中電灯の光を向ける。 今回の任務は、夜の誰もいない美術館内でのかくれんぼ。ちょっと悪い事をしているそんな気分にもなる、深夜の散歩なのだ。常の彼であれば嬉々として駆け回っただろうけれど。 「強い願いは呪い、ね……」 楽しむ気も起きなかった。彼もまた、ぼんやりと考えを巡らせる。孤児院に居たあの日々で、自分はどれだけの思いが、願いが廃れ、叶い、此処まできたのだろう。 『願いは呪い』だとフォーチュナは言った。確かにそうだと思う。死しても尚思い続ける程の強烈な感情。怒りの様に一瞬の物でも、悲しみのようにいつも心を抉るものでもないけれど、それは確かに彼らを縛りつけたのだ。 彼らにとってのそれは呪いと表現するには余りに優しく、希望と呼ぶにはあまりに哀し過ぎる。このままじゃ、放っておくこと等出来ない。 少年が考えて考えて、捻り出したひとつの答え。自分にも出来ることはひとつ、たったひとつ位はあるんだと、ヘキサは鋭く息を吐き出して。切なさを滲ませる瞳で電灯の灯りの先を見詰めていた。 「……護りたいという想いだけが残り、目的を見失っているか……」 前を歩く少年に続いて、『境界性自我変性体』コーディ・N・アンドヴァラモフ(BNE004107)は自身の機甲を揺らし呟いた。 壁に触れた指先。断片的に流れ込む、無機物の持つ記憶に意識を向ける。昼間の観光客だろうか、沢山の人々の声や気配が掠めるものの、求める騎士の情報は得られなかった。 残念、と溜息を零し次の柱に向かいながら、思うのは騎士の事。ある意味一度死に、脳内に残る感情に突き動かされるままリベリスタとなった自分の姿は、何処か騎士と重なるようで。 騎士は、最早護ると言う行為自体に陶酔したように依存し、捻じ曲がってしまっている。誰を護りたかったのだろう。そんな事は解らない。それでも、誇りを持って自身の信ずるものを護っていたのは確かなのだ。 そのまま葬り去る事は出来る。それでは、余りに忍びない。届かないかも知れない言葉を、胸に一度仕舞い込む。直接伝えれば、何か変わるかもしれないから。 「……大切な姫君を放って、何をしているのでしょうか」 二人から離れて隊列の一番後ろを歩くのは、『哀憐』六鳥・ゆき(BNE004056)だった。頬に手を当て、憂鬱な声で呟きを漏らした。 このリベリスタの隊形は彼女の提案によって成された。前後を反射神経に優れる、獣の因子を持つ二人で不意打ちを防ぎ、他の人員が索敵に集中出来る様な理に適った陣形。 「ちょっとストップ! ……聞いて」 その隊列の中間。敏感に研ぎ澄まされた『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)の聴覚が、確かに自分達の物とは違う、硬い足音を捉える。 事前に入手した建物の構造図。此の先には戦闘をするにはもってこいの大広間がある。好機だと皆に笑って見せてからサムズアップ。 元気に笑う口元を凛と張り、魔力回路を増幅させる陣を展開していく。湧き上がる力と共に、込み上げる感情。 仲間、国、そして姫君。大切で堪らない何かを守れなかった苦悩が招いた彼の悲しい騎士に、同情することは出来ても、看過は出来ない。 此の儘放って置けば、誰かが死ぬかもしれないまた、同じように悲しい宿命を呼ぶかもしれない。だからこそ、此処で止める。せめて静かに眠らせてあげないと。 自然と閉じた瞳を開くと、大広間へと踏み出す。同時に、明らかに大きくなった足音と共に姿を露わす、黒の兵団。 黒騎士を先頭に、左右に均衡の取れた隊列でリベリスタ達と対峙する。 敵対する者かを見定めているのだろうか。彼らは、侵入者であるリベリスタの前で足を止めた。 ● 睨み合う両軍。張り詰めた空気の中、最初に動いたのは『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)。 身に付けた高いヒールが、乾いた音を立てる。肩に羽織ったコートを揺らし、颯爽とした動きで数歩前に出た。 「我こそはフランス王国の銃士の末裔、ミュゼーヌ・三条寺。勇敢なる黒の騎士よ、貴方に――決闘を申し込むわ」 外した白手袋を黒騎士の足元へと放る。それは、旧く西洋からある、決闘の仕草。胸に手を当て言葉高らかに告げる声に、彼らの動きが止まる。 身構える仲間を制す様に手を伸ばし、ミュゼーヌはその時を待った。 死に絶えるその瞬間まで騎士であった彼を、騎士の儘もう一度眠らせる。願わくは、彼女の元へと送り届ける。 そうする事が、名家の末裔たる自身に出来る最大の賞賛。誇りを貫くこの迷い人に送る、精一杯の手向けだった。 幾らかの静寂。その後に黒の騎士はがしゃりと鎧を軋ませ膝を着くと、投げられた決闘状たる手袋を、その手に再び立ち上がる。 「――成立、ね」 何処か安心を孕み洩れる声。これで、心置きなく戦える。 リベリスタ達の眼前で、一団は各々の武器を引き抜き構え、会釈をひとつ。始まるのは集団戦。 徐に、兵団の一人が弾き上げる一枚の銅貨。その場の誰もが、それを闘いのゴングだと理解していた。 夜の館内に響く鐘の音。同時に駆け出す幾つもの影。互いの火線が交差して、戦は始まった。 「さぁ見せてみろよ、大軍隊を蹴散らした意地ってヤツを!」 先陣を切ったのは、ヘキサの挑発。兵団のうちの数体が気を取られ、駆け出すその瞬間。 「一手目、補給を断つ」 オーウェンの指先から迸る気糸が兵団の身を貫き、癒えぬ傷を刻む。ミュゼーヌの掲げる銃から銃弾の雨が注げば続け様に放たれるのはウェスティアの黒鎖。 初撃から畳み掛けるような猛攻。人数差という言葉では片付かない程の大火力が大理石の床を砕き、多量の粉塵を巻き上げる。 直後、視界を満たす粉塵を割り飛び出すのは大斧を携える戦士。薙ぎ払う様に放たれる一撃が、前衛に駆けた二人を襲う。 続いて追い討ちを掛けんと迫る黒騎士。鎧から漏れる煙が、人丈程もある大剣を成し振るわれる。が。 「――貴方達は、此処で何をしているのですか」 突き出される剣先は、『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)により受け止められていた。 間に入る様に疾駆した彼女が携えるは、騎士の象徴たる大槍。火花を散らし鍔迫り合いの形で受け止めた切っ先は、彼女の肩口を抉っていた。 それでも眉一つ動かさず、ユーディスは告げる。騎士の末裔として。“護り手”の一人として。 「貴方達が、本当に護るべきは此処ではないし、護るべきものも此処にはありません」 真っ直ぐに向けた瞳。甲冑の奥を見詰めて言う。例え彼が誰かの思念の残滓に過ぎなくとも、伝わらなくとも、伝える。 両親がそうであったように。今の自分が、そうであるように。彼の時のリベリスタでさえも、それは変わらないのだと。 『自分』が『何』を護るのか、何の為に、誰の為に。大切な事は其処に。 「……送って差し上げます。 貴方達を、在るべき場所へ」 自分は神に仕える者ではない。魂の救い方等、解らない。だからこそ騎士として、同類として打ち倒す。この旅路に終止符を打つ事で、彼らの誇りだけでも、『護』ってみせる。 言葉と共に鋭く息を止める。受け止めた剣を上方へ弾き上げると、閃光を纏う一撃を黒騎士の肩口へ叩き込んだ。 ぐらり、後方へ揺れる騎士を更に打ち抜いたのは、コーディの放つ雷撃と、『親不知』秋月・仁身(BNE004092)の矢の一閃。正確に放たれた矢は鎧の関節部位を見事に貫き、有効なダメージを生んでいた。 「幾千の時を越える思いですか」 携えた魔弓を掲げた儘、仁身はぽつりと零す。迷惑な騎士様だ、此処には姫君は居ないというのに。せめてあのまま、騎士としての人生を全うしたまま、生き返らなければ良かったのに。 憂鬱な溜め息と共に、空に遠く輝く月を見上げ、もう一言。 「介錯してあげますよ。――今宵は満月。もう一度死ぬには、良い夜ですよ」 『ローマの敵を日本で討つ』なんて冗談みたいな迷惑沙汰、止めてあげますから。 ● 後方支援と火力のバランスの取れたリベリスタの陣形、役割配分は完璧な物だった。 オーウェンの放つ気糸が回復手段を封じる。一方でヘキサが持ち前の機動性を利用し囮になる事で、味方の被害を最小限に留めていた。 何時しか癒し手は倒れ、残る兵団は3人。効率よく攻撃を加える一方で、ゆきの放つ癒しの風が戦線を堅く支えていた。 「もう、いい加減に!」 言葉と共に、ウェスティアの黒鎖が騎士達へ襲い掛かる。“紙装甲”と自負する程に攻勢へ傾いた大魔力は、傷付いた兵団の体力を大きく抉り取った。その中の魔術師が一人、床に伏して。 残る兵団は二人。次の瞬間、騎士は動き出していた。 覇気と表現するよりは、もっと鋭い、直接的な感情の奔流。激怒した儘に雄々しく叫ぶ騎士の脚元から、漆黒の瘴気が巻き上がった。 彼の怒りの矛先は、強力な後方支援を注ぐリベリスタの後衛達へと向けられた。迷いなく地を蹴る騎士に追い縋るミュゼーヌ。しかし、戦士の一撃が彼女を壁へと吹き飛ばして。 彼女の脇を抜けて、迫る騎士の姿。振り上げた腕。ぶわりと、また黒い煙が形を変えて斧槍を体現する。体重を乗せた渾身の薙ぎ払いは、直撃を受けたコーディの意識を容易く奪い取った。脇腹から逆の肩口迄を、大きく抉られた身体がぐらりと揺れる。しかし。 「……『護る事』が、目的か?」 片膝を着き身体を制すと、コーディは燃やした運命の炎を瞳に宿らせ告げる。 「違うだろう、護りたかった『何か』があったのではないのか! 今はもう失われてしまったのかもしれん。それでも、それでもだ!」 額を流る血液を払って、紡ぐ飲み込んでいた言葉。立ち上がる身体と共に、掌で神秘を練り上げて。 納得が、行かなかった。此のまま、何も伝えないまま、何も解らない儘に葬ってしまう事が。 「呪縛に囚われ、感情の儘に暴れ、誰かの平穏を奪う事を是とするのか!……答えよ、応えよ誇り有る騎士よ!!」 言葉と共に放つ雷光。眼前の騎士と残る兵団を貫き、焼き抉る。二歩三歩、後ずさる様に揺らぐ兵団の一人を、逃がしませんよ、と放たれた仁身の復讐の一閃が貫く。残るは、騎士と戦士、只二人。 雷撃に貫かれながらも、再び立ち上がる黒騎士。その背に、再び声が上がる。 「貴方が護りたいものは、なぁに?」 響いたのは、コーディの言葉に続けるゆきの言葉。 生前から想い、息絶えてまで執着し、護りたいと望んだ姫君。彼女は貴方にとって只の主君、要、そんなこと、ないでしょうと、続ける。 他人を其処まで想う事が出来るのなら、貴方はその傍に居るべきなのだと。 丁度憐れむ声の様で、何処か切なさを孕んだ其れはコーディの切に訴える言葉と共に確かに響いて。黒騎士が振り上げた武器をぴたりと止める。 「勝利のためならば手段は選ばん。……それが、俺の大切な物を守るための、覚悟である!」 一瞬の隙。背後に突如現れたオーウェンが切ったのは、不意打ちという少々汚い手札。炸裂する蹴撃が重心たる軸足へ叩き込まれ、その体勢を狂わせる。 何時か、お前さんの様になってしまうかも知れない。けれど、今は考えても仕方のない事。 此の両手から大切なものが滑り落ちていくその瞬間なんて、何時訪れるかも解らない。“解なし”の命題だって、在って然りなのだ。事象は、論証と実証が揃わなければ証明さえ出来ない。だから今は、我が凶策を以て打ち倒すのみ。安心して、眠れ。 「「――貴方の相手は」」 「此方です!!」 「此方よっ!!」 今度は体勢を整える暇等与えないと、再び騎士の背後に接敵したユーディスの一撃が、ミュゼーヌの放つ弾丸が、鎧を取り巻く黒煙を掻き消した。 火花を散らす程に打ち付けられた衝撃。前方へ揺らぐ身体を、轟々と唸る黒鎖が縛り上げ、呪いの大鎌と神秘の矢が立て続けに叩き込まれ、そして。 「――歯ぁ、食い縛れェ!」 完全に身体の重心を失う騎士の姿へ向けて、ヘキサは地を蹴っていた。体内の獣の因子が震え、残像を刻む程の加速力を生み出した。 疾駆する速度のまま、黒騎士の胸部を蹴り上げる。衝突の瞬間に短く止める呼吸。踏ん張る軸足。床が窪む程に力を込めて。 「姫サマのトコまで、――――ブッ飛べェぇええええッ!!!!」 重厚な黒騎士が宙を舞う。轟音と共に床へ叩き付けられる騎士は、その身を地に伏せ、脱力する。手に握られた斧槍は、彼の時と同じ様に握られた儘で。 「どうよ、届いたか?」 肩口を上下に揺らし、荒れた呼吸を整えながらヘキサは告げる。あの世まで逝けそうか、と。 俺に出来るたったひとつの事。それは迷い彷徨う騎士達を蹴ッ飛ばし、姫サマの居るあの世へ送り届ける事。こっから先は、好きにしろよ。 あと一人だ、と向き直るリベリスタ達の見つめる先で、戦士の兵はその得物を背へ仕舞う。戦闘の意識は、既に無い様子だった。ゆっくりとした動きで、隊隊長たる騎士の元へと歩みを進める。 それから彼の上体を抱き起す。“終わりましたよ”と、告げる様に。騎士の右手に握られた武具が、溶ける様に消え行く。その時は、迫っていた。 「此処は、貴方が守るべき場所じゃないし、護るべき人も居ないんだよ」 もう一度皆の言葉を繰り返す様に、ウェスティアが告げる。だから、帰って。貴方が居るべき場所に。 リベリスタ達が見守る中で、彼らは段々と見えなくなっていった。黒く湧き出していた煙も、綺麗な蒼い月灯りに染められる様に、透き通って。 彼らは確かに、騎士として“二度目の生”の旅路の幕を閉じた。 ● 「今度こそ、お姫様のところにいけるといいですね」 ぐぐ、と伸びをしながら、仁身は零す。満月の日に死ねて、よかったですね等と皮肉を付け加えて。それから。 「最後の騎士の名を冠した鎧らしいですね、お似合いじゃないですか」 本当に、此れで最後にして貰いたいねと、苦言を発して外へと向かう。何処で仕入れた情報なのかと首を傾げる幾人かに、ぽいとパンフレットを投げ遣りながら、暇だったから。と彼は言う。 最後にしてくださいよ、二度とあんな醜態、晒さない様に。せいぜい傍で、いつまでーも飽きずに護るんですよ。 「お疲れ様、であったな」 後に残された鎧。傍らに膝を着き触れると、コーディは小さく呟いた。 指先から、流れ込む記憶。それはとても曖昧で、騎士の名前が解る程に確りとした情報ではなかった。 それでも、戦乱の世に生きた彼らが慕われ、笑顔と共に生きていた事が解る。騎士団は、姫君だけでなく全ての国民を救おうとしたのかも知れない。かけがえのない、命を擲ってでも守りたいと望める此の場所を。 ふう、と吐息を漏らす。儚く消えて行く靄を見送って、胸に彼の武芸を、誇りを、生き様を刻むと、外へと続いて歩み始める。 外では、いつしか夜が明け始めていた。白む東の空に、今日の陽が――未だ明けぬ、未来が迫る。 「さて、帰るか」 「ねぇおばあちゃん、これはどんな人が使ったの?」 「そうねぇ、大切な物を、守る人よ」 「たいせつなもの、って?」 「ふふ、ひろくんも男の子だから、大きくなったらわかるわよ、きっとねぇ」 「えぇ、おしえてよー!」 美術館は、その日の昼間には何時も通り開館していた。 冬休みの宿題で新聞を書くんだ、なんて意気込む子供と、見守る老婦人を目の前にして、騎士の甲冑は静かに佇んでいた。 片手を胸に当てた形。その手には、白い手袋が握られていて。 ――満月の夜、何が起こったのかは誰も知らない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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