下記よりログインしてください。
ログインID(メールアドレス)

パスワード
















リンクについて
二次創作/画像・文章の
二次使用について
BNE利用規約
課金利用規約
お問い合わせ

ツイッターでも情報公開中です。
follow Chocolop_PBW at http://twitter.com






<兇姫遊戯>金糸雀は小さくないた

●Gabbia
「――たい、いたいよ」
 静まり返った夜の公園に、すすり泣く小さな声。少女の様な声。
 住宅街より離れた場所に位置する公園に差し掛かった、仕事帰りのサラリーマン。
 微かに聞こえた声に足を止めた。この先にある曲がり角を抜ければ我が家がまっているというのに、
 男は進路を変え所々剥げた黄色い車よけを避けて、公園の敷地内に足を踏み入れる。
 そこは様々な遊具が点在しており、日中は子供のはしゃぐ声が聞こえてきそうだが、今は夜。
 しかも、ヘレニック・ブルーの夜空には優しい光を注いでくれる月が無かった。
 ヴン……。電灯がその力を無くした様に、消えて。パチッ……と点る。
 ふと聞こえてきた金属音。ブランコが揺れているような音。
 ――キィ、キィ、キィ。
 真横にある赤錆の浮いているブランコはピクリとも動いていない。
 冷たい風が男のトレンチコートの間をすり抜けていった。自分の心臓の音がやけにうるさい。

「いたいよ、たすけて」
 今度ははっきりと少女の助けを呼ぶ声が聞こえた。どこだ? と辺りを見回してみるが何も無い。
 男は声を頼りに敷地の奥へと足を踏み入れる。何だか迷宮に迷い込んでいる様な感覚。
 ふと、視線を上げた先、ホイート色の街灯に照らされて。
 レンブラントの絵の様に浮かび上がった大きな鳥籠がそこにはあった。
 大きな木にぶら下がって小さく揺れている。
 足音を立てない様に近づくにつれて、その籠の中に幼い少女が横たわっているのが見えた。
 覗き込むと、少女のやせ衰えた腕が見えた。痣と思わしき紫色の鬱血すらもある。
「たすけて……」
 暗がりの中で顔はよく見えなかったが、閉じ込められている事は分かった。
 なぜこんなところに? だれが、何のために? 等という思考すらも頭の隅に置いて。
 男は大きな檻に手をかける。それは簡単にギギギと開いていった。
「おい、大丈夫か?」
 男の8歳になる娘もこの少女ぐらいで、とても他人事には思えなかった。
 夜の風に晒された肌はひどく冷たく、男はそっと抱きかかえる。娘を抱き上げるのと同じように。
 ―――グシャ
 途端、鳥篭の中に響いた鈍い音。続いて、バキ、グシャ、ジュルと肉を裂く歪な音色。
「あ、あ、ぁ……、ガァ、はっ!」
 男は信じられなかった。娘の様な少女の腹が、口が裂けるみたいに割れたのを。
 むき出しの歯が自分の腕を食いちぎったことを。今度は足を噛み千切られたことを。
 痛さと動揺が折り重なって、思考はダーク・モスへと塗りつぶされていく。
 涙がとめどなくあふれ出た。


「あはは~、先輩! 見てくださいよぉ! また、バカな勇者様が来ましたよぉ!」
「うっせ、見りゃ分かるだろうが」
 犠牲になった一般人を指差して笑う少女とタバコを吸いながら悪態をつく男。
 どちらも白衣を纏い、鳥篭がある公園より遠く離れた場所で『ペット』の様子を観察していた。
「あはは~、先輩! つれないんだからぁ!」
 ねっとりと絡みつく様に男の、頭にしがみついた少女はそのまま肩車を強要する。
「うぜぇ、降りろ!」
「あはは~、それにしてもぉ! 私のペットは最高じゃないですかぁ~? ねぇ!先輩!」
「はぁ? お前のセンスはわかんねぇよ。クソだな」
「ええ~! そんなことないですよぉ! 鳥篭の中に捕らわれた少女を助けるために現れる勇者様!
 いたいけな少女を助ける為に籠を開ける勇者様! そこをぉ! ガブッっとにゃ★」
 はぁ、しびれるぅ~。と恍惚の表情で頬に手を当てている少女を男は引き摺り下ろす。
 月の無いヘレニック・ブルーの夜空に、ふうとタバコの煙を吐いて。
「ま、今日はいいもん見れそうだな」
 にやにやと厭らしい笑顔で火がついたままのそれを、高層ビルの屋上から投げ捨てた。


 ブリーフィングルームの一面にずらりと並ぶ電子の色たち。空調の流れの中にオゾン臭が混じる。
 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の緑紅の瞳にちらりと電子の光が反射して見えた。
「キマイラが現れた」
 朴訥な話し方でそう切り出したイヴの指が資料を捲る。大きな瞳が印字された文字を追っていた。
「以前も同じような事件があったけど、今度は研究の為じゃない。『遊ぶ』為」
 子供が新しく手に入れたおもちゃで遊びたがるのと同じように、キマイラで一般人を弄んでいる。
 鳥籠の中の少女を助けようとした心優しい一般人を次々に食らっていく。
 その様子を遠く離れた安全な場所で観察して六道のフォクサードは喜んでいるのだ。
 まるで、子供のようにケタケタと笑い声をあげながら。
「鳥籠の中に居る『何か』は悲しそうな声を出す。けど、それはまがいもの。キマイラの一部」
 たとえ元が可哀相なノーフェイスの少女だったとしても。今や理性や自我を切り取られ、思うが侭に一般人を食い殺す化け物なのだ。
「鳥籠もぶら下がっている木も全部キマイラだから」
 気をつけてとリベリスタ達に視線を向ける。ルミホワイトの髪をした少女は小さく頷き、
「倒してきて」
 そう、自分の言葉に耳を傾けていた仲間に言葉を繋いだ。


「いたいよ。たすけて。いたいよ……」
 暗闇にぽつりと響く少女の声は悲しげで。月の無い夜。鳥籠の中。ルナ・ヌオーヴァ。



■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:もみじ  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年11月18日(日)23:21
みかんとのキマイラではありません。もみじです。

●目的
 キマイラ『金糸雀』の撃破

●シュチュエーション
 人気のない夜の公園です。
 暗いですが街灯があり、広いので戦闘には支障ないでしょう。
 わざわざ強い目的意識を持って立ち寄る一般人は居ないと思われます。

●エリューションの詳細
 キマイラ『金糸雀』
 木にぶらさがった籠の中に、少女が入ったような姿をしていますが、全て繋がっています。
 木部、籠部、少女部で、それぞれ独立したステータス、HP等を持っています。
 少女部が生きている限り、木部と籠部は倒されていても、次ターン頭にHP30%で復活します。
 こんなフォルムですが移動が出来るようです。巨体のため、ブロックには4人必要です。

○木部
 非常にタフで高い攻撃力を持ちます。
・葉桜:物遠域、出血、流血、失血、ダメージ中
・枝落:物遠単、重圧、ブレイク、ダメージ大
・DA100%
・自己再生

○籠部
 物理防御が極めて高いです。
・串刺し:物近単、出血、流血、失血、ダメージ大
・閉じ込め:物近、籠の中に閉じ込めます。とても身動きが取りづらいです。大きな武器は扱いが難しいです。WP判定で脱出可能
・防衛:籠の中に遠距離攻撃を通しません。
・自己再生

○少女部
 キマイラの本体です。金髪碧眼。ノーフェイスだった少女の成れの果て。
 自我や理性は切り取られています。悲しげな声でなきます。
・抱擁:物近単、魅了、ダメージ中
・咀嚼:物近単、H/E回復、出血、流血、失血、ダメージ大
・悲しい声:神遠全:不吉、呪い、重圧、ショック、呪殺、ダメージ0
・BS耐性:BS発動に150%HIT必要です。
・自己再生

●六道のフィクサード
 公園より遠い場所に居ます。接触等は出来ません。

●コメント
 純戦依頼です。悲しいノーフェイスだった彼女を鳥籠から開放して頂けたらと思います。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
クリミナルスタア
不動峰 杏樹(BNE000062)
スターサジタリー
リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)
インヤンマスター
焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)
スターサジタリー
百舌鳥 九十九(BNE001407)
デュランダル
イーリス・イシュター(BNE002051)
レイザータクト
★MVP
ミリィ・トムソン(BNE003772)
ダークナイト
街多米 生佐目(BNE004013)
マグメイガス
コーディ・N・アンドヴァラモフ(BNE004107)


 インクブルーの空が青から黒へ色を増していく。ぽたりと落ちたのは薄暗い街灯に照らされた赤色。
 レンブラントの絵の様に浮かび上がる巨大な鳥籠の縁から『勇者様だったもの』の血がぽたり、ぽ
たりと滴り落ちていた。
 その血色と同じ色彩を持つ『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)の赤く光る目が公園内の熱源を探し当てた。
 人の善意を逆手に取った嫌らしい罠ですのう。これを考えた人はきっと性格がねじ曲がってますな。
 面妖な仮面の下の素顔を隠し、九十九は仲間に敵の居場所を手早く伝える。
「いくですよ! はいぱー馬です号!! ぶっこむのです!」
『あほの子』イーリス・イシュター(BNE002051)がサラテリ・ホワイトの愛馬に跨り先陣を切った。
 天使の様な笑顔でブリリアントイエローの髪が夜の冷たい風に靡く。
「これが、アザーバイドとかノーフェイスなら、まだ気が楽なんだろうな」
 月の無い夜に溶け込んだウィスタリア・アメジスト『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)が小さな声で呟いた。ただ、純粋なるいきものであれば、救いがあっただろうと。
 けれど、やるべきことは変わらない。首から提げている咎の十字架に触れて視線を上げる。
 囚われの少女に開放を与えるために。全力を尽くすのだ。
 元々、ノーフェイスというのは撃退すべき存在であるが……
 街灯に照らされて光るバトルシップ・グレイの鎧と同じ色で揃えた篭手を、ぐっと握り締め『境界性自我変性体』コーディ・N・アンドヴァラモフ(BNE004107)がイーリスの後に続く。
「だからといってそれを好きに弄んで苦痛を与える事を良しとしていいはずはない!」
 硬質な纏いは自分と外界を隔てる境界線。その内側は背に生えるヴォルカンの翼の様に赤色の熱を内包していた。
 人為的なエリューションの生成、ただそれだけでも恐ろしい事なのに。
 藤色の修道衣を纏った杏樹の横に、同じく星空の法衣を着た『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)が、どこかで見ているであろう六道のフィクサードへ忌まわしげに心象を募らせる。
 運命に愛されなかった方の命を、そして心まで弄ぶような真似まで……
「六道……貴方達は何処まで、尊い命を、神秘を冒涜すれば気が済むのですか」
 リリは道具として扱われている『金糸雀』を自身と重ね合わせる。愛を知ってしまったが故に、大切な人を想うが故に。命を心を簡単に”遊びごと”へ変えてしまう六道が許せなかった。
 リリにとって己の信じる教義から逸脱する彼らの存在は万死に値する。滅ぼすべき対象である。
 けれど、努めて思考は冷静に。夜空から零れ落ちたラピスラズリの瞳をそっと閉じて。
 両の手に教義を、この胸に信仰を。忌まわしき鳥籠から貴女を解放する為に。
 十戒の祈りを、Dies iraeの審判を。今の彼女に出来る最大の「救い」を執行する。
 ……さあ、『お祈り』を始めましょう


「かご! はいぱーあけるです!!」
 ――ギギギギ。
 金属をすり合わせた音と共に鳥籠がゆっくりとひらいて行く。
 愛馬は入れないので、手前で降りてイーリスが中へと乗り込む。
 カナリーの髪をした少女が冷えた身体を横にして転がっていた。腕は棒の様に細く、沢山の打撲痕が見られた。
 イーリスは犠牲になった一般人がしたのと同じ様に少女を抱き起こす。
 籠の中の鳥が奏でるのは狂いそうな程の悲痛な叫び。
「いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい」
 囮となったイーリスの無邪気な心に。カッターナイフの歯を当てた様な微細な傷が幾百幾千回、突き刺さった。純粋が故に、至極分かりやすい痛みの言霊はイーリスの心を引き裂く。
 開いていた扉が音を立てて、閉まった。イーリスと少女を閉じ込めたまま。鳥籠の中に2羽の黄色。
 天空の瞳をした2羽の『金糸雀』鳥籠の中の勇者様とお姫様。

「分かりきった事ですが、鳥籠に捕らえられたお姫様を助けるような勇者様には、私達ではなれないみたいです」
 カーディナル・レッドのマントが冷たい風に煽られる。『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)は帽子に挿してあるローズピンクの薔薇を少しだけ触ってみた。
 今から行うのは唯のキマイラの討伐。戦奏者が奏でる酷死の旋律だ。
 助けられないからこそ、ミリィは自分なりのやり方でカナリアを鳥籠から開放する。
「任務開始。さぁ、戦場を奏でましょう」
 ――悲しき物語に、終焉を。戦場の序曲が光と共に上演を開始する。
 マリーゴールドの赤とペール・ペリドットの閃光が螺旋を描き、辺りを一瞬だけ昼色に染め上げた。
 リベリスタ達が一斉に鳥籠へと走り出す。
 まさか、こうなるとわかって、ノーフェイスになった訳でもなかろう。
 残されたこの方法、救いとは思わぬが……やらねばならぬ事は、確か。
『カゲキに、イタい』街多米 生佐目(BNE004013)がガンメタルの槍をかっこよく構え籠に近づく。
 心なしか得物を握り締めた腕が冷気に晒され疼く様な感覚。視られているのだと何かが囁いた。
「いいだろう。とく御覧じろ、この刃――いずれ、貴様らに、突き立ててくれる」
 六道のフィクサードに対して、彼女もまた怒りを顕わにしている。
 無月夜の街灯を『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)のさっぱりした頭が優しく反射する。
 彼には呪いというものが効かない。その強い心は大切に想う人達が居るからこそ、見出せる。
 鳥籠の中に居るカナリアの声は悲しい響きであったけれど、フツが惑わされる事はありえなかった。
 フツの小鳥は可憐なジェイド。みにくいあひるのこは彼を伴って大空を羽ばたけるのだ。
 いくら声を上げたところで、羽ばたくことが出来ない金糸雀が翡翠の天使に敵うはずもない。

 リリの視ている世界がどんどん遅くなって行く。極限まで引き上げられた得物を狙う目。
 その星空を写した様な奇麗な瞳が、木を捉える。緩慢な動きでしか移動出来ない木。
 ミリィの奏でた光の戦奏は木の連撃を許さなかったのだ。
 キィキィとしか揺れる事のできない籠の中では2羽の黄色が対峙している。
 閉じ込められている状態で少女だけを外にたたき出す事は不可能であった。それならば取る手段は全身全力の攻撃しかない。イーリスはアイゼン・ブリューテのぜんまいを駆動させる。
「食らうです! いーりすまっしゃー!」
 鉄の桜がキマイラの少女を襲った。イーリスの黒き剣が少女の胸部を裂く。
 しかし、腹部にある大きな口によって、それ以上深手を負わせることはできない。
「いたい、いたいよ」
 少女が壊れた玩具の様に「痛い」と繰り返す。
「だましてごめんなさい。まるで助けてないみたいです」
 でも本当は、助けることでも、助けないことでも、行為も結果も同じになるのです……
 純粋が故に心が呪いに蝕まれる。それでも、イーリスは自分が勇者であると信じて彼女の姉が憧れる爛々と輝く太陽の様な意志で。彼女の光にアストロラーベのオパールが青光を反射した。
 コーディはジョーンシトロンの瞳で戦場を見渡す。
 籠の中に閉じ込められた、悲しきノーフェイスの少女だったモノ。美しい歌声を響かせることは無く。
「見ればみるほど、知れば知るほどに悪趣味であるな……」
 痛々しい程にやせ衰え、いたるところに打撲痕があるのだ。それはキマイラになってからついたものか、それともまだ自我を持っていた頃に付けられたものか。コーディには分からなかったけれど。
「斯様に悪辣な『遊び』は、ここで終わらせる!」
 誰もこの様な酷い仕打ちをして良いはずが無いのだから。


 カーディナル・レッドが織り成す戦場の円舞曲は巨木を唯のでくの棒にしてしまう。
 動くことが出来なければ、大木がいくら二連撃を行うと分かっていても脅威たりえない。
 ミリィ・トムソンという存在はこの戦場の指揮者であった。
 しかし、有能な指揮者のタクトも頑丈な籠の中には届かなかった。
 カナリア少女の細い腕がイーリスに絡みつく。「たすけて」と「いたい」を繰り返しながら、金糸雀は囮になった勇者様の心に爪を立てた。
 少女の抱擁から伝わってくるのは、嘘偽りの無い苦痛の音色。まじりっけの無い心の声だ。
 かなりあ。『いたい』とか『たすけて』とかしか言えないのです。
 きっと、そうされてしまったのです……。
 でも、それは。本当に本当の気持ちなのかもしれないのです……
 キマイラとして自我を切り取られた悲しいノーフェイスの最後の心。純真無垢の穢れの無い気持ち。
「……わたし、かなりあを、助けなければならないのです。いたいのはつらい、のです」
 それに、イーリスは『同調』した。爛々と輝いていたアズール・ブルーの瞳が急速に色を無くして行く。
 混濁の化合物に意識を持って行かれる。
「かなりあを助けるのです! 敵はたおすのです!」
 少女に背を預け、敵の方に向き直るイーリス。力強い意志はそのままに、イーリス・イシュターはリベリスタという敵に向き直る。
 ターメリックカラーの外套に身を包み、冷静にイーリスが魅了された現状を把握した九十九。
 危険な役目を任せてすいませんが、イーリスさん、頼りにさせて頂きますぞと声を掛けた相手がこちらに剣を向けている。次の行動は自傷か仲間への攻撃か。
「困りましたな……」
 九十九は自身の頭の回転数を上げ世界をコマ送りにしていく。しかし、戦場は待ってくれない。
 リリはロザリオを手に仲間に祈りを捧げたが、籠の中の勇者が瞳の色を取り戻すことは無かった。
 フツは手にした愛槍を握り締める。血に飢えた少女。さみしがり屋の深緋を。こうして戦場に出ている間は心なしか楽しげな声が聞こえるのだ。
 悲しいカナリアに檻の隙間から突き入れる。魔槍の不幸を呼ぶ緋色の雷がキマイラの少女に音を立てて落ちた。どこかから思いの色の幼い少女の笑い声が聞こえた気がした。

 ――ぽたり、ぽたり。
 落ちるのは誰の血か。形容できない異常さ。

 生佐目のガンメタルの槍が金糸雀を貫いた。まるで串刺し。黒の衣装も相まって、串刺し公の様に。
 美しいさえずりの出来ない小鳥へ虫ピンを刺す様に黒の槍を突き立てる。
 街灯に照らされて、芸術作品の如く。奇麗なコントラストを描き出していた。
 フォギー・ローズの瞳がイーリスの姿を目の前に写した時には生佐目の腹に、ぜんまい仕掛けの剣が深く食い込んでいた。
「かなりあ守るです!」
 イーリスの激烈な一撃は檻の隙間からとはいえ、生佐目に痛手を負わせる。
 突き刺さったまま、桃色をした生佐目の肉がギチギチとぜんまい仕掛けの剣の間に入っていった。
 それを見計らっていたかのように、籠がギギギギと形を変え、10本の棘で籠の2羽を串刺しにする。
 生佐目の槍とイーリスの剣と籠の棘が相手を貫いたまま止まっていた。
 そこはブラッドフィールド。血が舞い踊る異常がそこにはあった。

 コーディの四重音階は研ぎ澄まされた集中により、巨木にダメージを与えていた。
 彼女に出来ることは、木の動きを封じ込める事。一点に集中することが彼女の開放に向けての最良。
 もはや自我も理性も残っておらぬならば、何を言っても無駄であろうが……
「今、終わらせてやる」
 すまんな……もし、六道より早くお前を見つけられていれば……。また何か違った結末を与えてやれたかもしれぬのに。
 自分が少女にしてあげれる事は、殺してあげる事だけなのだと。
「……お前を斯様な姿にした六道の者は必ず倒す。必ずだ……!!」
 でなければ、誰かの役に立つ事を望んだ筈の過去の自分が嘘になってしまう。不確かな記憶の中、唯一縋る事の出来る意志を、コーディは貫きたいのだ。
 ジョーンシトロンの瞳は真っ直ぐにキマイラを見つめる。
 黒の兎を引き連れて。銀弾を持つヴァンパイヤは拳を振るう。いつしか師の背を追うだけではなく、自身の道を歩み出した杏樹は囚われの金糸雀に容赦はしない。
「悪い子には鉄拳。だろ?」
 元が悲しいノーフェイスだったとしても、今は唯の一般人を食らうキマイラだ。悪い子にはおしおきが必要だということも杏樹は理解している。
 けれど聞こえてくる声は悲しげで、悲痛。自我も既にないんだろうけど、彼女の声はきっと最後の彼女自身の声でもあると思うから。
「助けられなくてごめんな。代わりに、その鳥籠も木も、お前を縛る何もかも、ぶっ壊してやる」
 これ以上、六道の玩具にはさせない。
 杏樹は迷う事無く赤と黒の武器で少女を殴りつけた。早く開放出来るように。
 それは、キマイラの本体にとっての痛手だった。愛のある拳は何よりも痛い。


 ミリィと金糸雀の動きは同時。しかし、コンマ0.1秒先にキマイラが動き出す。
 籠の中のイーリスをその腹の大きな口で咀嚼する。ゴキバキと骨の折れる音と肉の裂ける音色。
「――ううあ!」
 いたいです。いたいのです。
 でも、わたし、たおれません!まだ、たおれてはだめなのです。
 なぜならば! フェイトが青い光を放つ。
「わたし! ゆーしゃだからです!」
 晴天の勇者は突き刺さった歯を折り、アズール・ブルーの瞳を力強い意志と共に輝かせた。
 それに呼応してミリィのフラッシュバンの輝きがより一層激しさを増す。
 九十九は考えたのだ。槍が通るのならば、この檻の隙間から挿し入れた銃から放たれる弾丸は少女に届くのではないだろうかと。
 そのとおり。九十九の放った至近距離からの精密射撃は見事金糸雀の頭をぶち抜いた。
 遠距離からの弾丸は弾いても、檻の内側から放たれる鉛玉を籠は防げない。
 九十九の読みは完全に当たっていた。
 結局、殺す事でしか止められないと言うのも悲しいですのう。まあ同情もしますし、可哀想とも思います。でも……
「それで撃たないと言う訳にもいかないんですよなあ」
 一点だけカーマインの如く光る面妖な仮面の下に隠した表情は読み取れなかった。
 達筆な字が書かれた札がイーリスの傷を癒していく。フツのお手製だった。
 彼が気を込めるとどんどん傷が塞がっていく。
「ウム、いい感じで治ったな」
 ウヒヒ。とこの時ばかりは年相応の笑顔。けれど、気を抜くことは無く。
 キマイラの少女から読み取れる情報を模索している。

 ラピスラズリの瞳が狙う先。月の無い夜空にオーピメントの弾丸が舞い踊る。
 リリが放つ魔弾の軌跡は目も眩む程鮮やかな蒼。北の空に燦燦と輝くオリオン・ブルー。
 響き渡る死の旋律に己の祈りと怒りを乗せる。呪いのブリット。
 ミリィの光の螺旋で敵を縛り付け、それにリリの蒼の弾丸が剥がれぬ様に固定する。
 2人の息はぴったりかみ合い、これ以上無いまでの共鳴をみせていた。
 どちらかが欠けていれば、巨木の猛攻に耐えることなど出来なかったであろう。
 大木は動けない。何も出来ずにただ朽ちて行くのを待つのみ。
 生佐目のフロスティ・グレイの髪が揺れる。腹には未だ仲間から受けた傷が残っていた。
 痛みが呪いに変わる。痛みに泣く金糸雀の少女に更なる痛みを植えつける。
 それは、痛みしか与えられなかったキマイラに絶大なる効果を発揮した。
「いたいいたいいたいいたいいたい!!」
 痛みで崩壊していく、原型をとどめられずに壊れていく。
「必殺の真いーりすまっしゃー!!」
 イーリスの痛打と杏樹の拳。
 杏樹は戦闘中で無ければ頭を撫で、抱きしめてやりたかった。けれど、仲間が封じ込めているとはいえ、未だ木と籠が残っている。
「大丈夫、すぐ終わらせるから」
 苦痛の声しか上げられなかった金糸雀は杏樹の拳で崩壊した。

 本体を失った巨木はコーディの攻撃であっけなく砕ける。
 残るは小さな小鳥を閉じ込めていた鳥籠だけ。
 もう何も閉じ込められないよう、少女がどこまでも自由に行けるように。
 一切の原型を留めさせない。杏樹が魔銃バーニーを叩き入れた。
「すべての子羊と狩人に安息と安寧を。Armen」
 全てが崩壊していく。何もかもドロドロに解けて後には何も残らない。

 フツはそこに居る筈の一般人の霊に話しかける。
「恨みがあるのは仕方ねえよ。当然のことだ。悔しいよな。残された家族は悪いようにはしねえ。アークに任せろ」
 勇敢で家族想いの男性はフツの声に「ありがとう」と残し、安心した様に消えていった。
 金糸雀が、「痛いよ」「助けて」って言ってたのは、演技じゃなくて元になった少女の本心だったんじゃねえか。
 フツが戦闘中に金糸雀から読み取ったのは、断片的な記憶だった。
 白衣のフィクサードに生きたまま、腹を割かれ痛みに狂って行く様。途方も無い痛み。
 それを笑いながら見下ろす2人の白衣。
「助けられなくて、最後まで痛い思いをさせちまって、すまなかった」
 ドロドロになって解けた、もう鳴かないカナリアの前に座って、フツは念仏を唱えた。

 ミリィは遠く監視を行っていたであろうフィクサードをトパーズの瞳でキッと見据える。
「いつか、いつか貴方達の凶行を止めてみせます」
 新たな金糸雀が、泣いてしまわないように。
 カーディナル・レッドのマントがルナ・ヌオーヴァの夜にはためいていた。

「はは、やっぱ面白かったな。お前のペットがぶっつぶれる様を見れたな」
 にやにやと厭らしい顔をした白衣の男が3本目の煙草を高層ビルの上から投げ捨てる。
 ――月の無い夜に鳴く金糸雀は、囚われの鳥籠から解き放たれた。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
お疲れ様でした。


少女部から倒すという囮作戦と木部の完封によって、被害が驚くほど少なくなっております。
皆さんすごいです。
被害の軽減に最も貢献したミリィ様にMVPを。
完封されるとは思っておりませんでした。

開放された金糸雀はシアンの空の下、どこかで歌っているのでしょうか。
御参加ありがとうございました。もみじでした。