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<兇姫遊戯>ただ、仲直りしたかった

●六道暗躍
 あいちゃんとこーき君、ゆうた君の3人ははなかよしだった。
 こーき君はやさしくてものしり。ゆうた君はぶっきらぼうだけどつよくてかっこよかった。
 だから、あいちゃんは2人のことがとてもとても大好きだったのだ。
 でも、ある時から。ゆうた君はあいちゃんに時々いじわるをするようになった。
 それは辛くて、哀しくて、嫌いになっちゃうぞっておちこんだりして。
 でもそんな時はいつだってこーき君が気をきかせて2人を仲直りさせてくれるのだ。
 いつもそうだった。これまでもそうだった。これからも、そうだと思っていた。

「ねえ、ぼうや」
 泣きながら公園から出て行った女の子。
 その女の子と泣かせた子を交互に眺め、それを追い掛ける男の子。
 そうして、最後に残さればつが悪そうに砂場に立ち竦む男の子へ声を掛けたのは、
 傍の青いベンチに座っていた、何処か儚げな印象を残す灰色髪の美しい女。
 けれど、それを見て彼は“ぎくり”とした。そうして一歩後退った。
 彼の中の。恐らくは大人になるにつれて失われてしまう柔らかな部分が“それ”を、何かが違うと感じていた。
「今の彼女、泣いていましたね」
 では、どうしてその言葉に耳を貸してしまったのか。
「可哀想に、ぼうやが折角作ったお城を壊したりするから」
 見られていたのだ。と、知って頬が熱くなる。それは羞恥心。そしてそれ以上に――
「だって、あいが!」
 それ以上に――幼くも純粋な、感情の昂りを御しきれないでいるからこそ。

「……仲直り、しなくて良いのですか?」
 続いた言葉に、胸を突かれ表情が歪む。それは、嫌だ。勿論嫌だ。でも、彼は謝るのが下手なのだ。
 いつも友達のこーきに助けて貰わないと謝れない。それを、幼いなりに不甲斐なくも思っている。
「良い物をあげましょう」
 そんな時差し出された紙の小袋。覗いてみれば、中には小さな種。
「私の国の花の種です。すぐ芽が出て育ちますよ」
 それを使って仲直りしてみては? と、女は微笑んだ。まるで人形の様に、綺麗な笑顔。
「……うち、貧乏だぜ?」
「あけますよ。どうせ私にはもう、必要の無い物です」
 知らない人に物を貰ってはいけないと、彼は母親に散々言い含められている。
 けれど。その母親にすら言えない気持ちなのだ。これはチャンスの様に感じられた。
 足踏みするのはもどかしかった。子供ならではの純粋さに背を押され、彼はその種と女を交互に見る。

「……ありがと」
「どういたしまして」
 ぽつりと呟いて頬を朱に染めるや、踵を返した少年を、女はただ静かに見つめていた。
 まるで実験用の鼠を見る様な、無機質なガラス球の眼差しで。

●そこに罪はないのだとしても
 植えた種はあっと言う間に芽を出した。太い茎、大きな葉。
 3人は感動と驚きと畏怖とを以って唖然とそれを眺めていた。そしてその次の瞬間。
 植物の葉ががぱりと開いた。その葉がこーき君に噛み付いた。
 いや、噛み付いた所ではない。丸のみだ。こーき君が植物に飲み込まれ、実が成った。
 次に狙われたのはあいちゃんだ。けれどゆうた君がそれを突き飛ばして、やっぱり飲み込まれた。
 実は更に大きく育っていた。ゆうた君の両親があいちゃんの悲鳴に跳び出て来た。
 その2人も飲み込まれた。そして丸々実った植物の大きな大きな果実は――ぼとりと。
 ぼとりと、落ちた。あいちゃんは声も出ない。呆然と目を見開いて座り込んでいる。
 ゆっくりと4人分の顔を写し出しながら、落ちた果実の後ろから湧き出す、無数の蔦が彼女を――

「……これが、今回起こる出来事」
 モニターに写し出されたのは果実である。
 人間大もある大きな植物の実。それから無数の蔦が生えている。
 その四面には顔だ。4人分の顔が立体として象られている。強いて言うなら人面植物だろうか。
 しかし見ている間に植物の表面には手が生み出され、体が浮かび上がり、足の影が浮かび上がる。
 まるで巨大な風船の中で足掻いてでもいる様。けれどそれがそんな生易しい物でない事は――続く言葉で知れる。
「E・キマイラ――識別名『レギオン』」
 E・キマイラ。六道の生み出した忌み子。エリューションと他の生物を交ぜた合成獣。
 その“他の生物”には勿論、人間すらも含まれる。そして、一度混ざった物を切り離す事は……現状不可能だ。
「これの中身はもう人間じゃ、無い。元の自意識を持って、暴れてもいる。外に出ようとしてるんだろうね。
 でも括りとしてはノーフェイスに近い。E・キマイラ『レギオン』の一部。既にそうなってしまったもの」
 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が淡々と語る。
 その意味する所を悟り、リベリスタ達もまた、言葉を発せず黙り込む。

「この子達には、抵抗の意志がある。括弧たる意識もある。でも外皮である植物を傷付けられば、痛い」
 態と“素材”の意識を残す事でリベリスタ達の行動を抑止する。
 その一方で極端までに研ぎ澄まされた攻撃能力。たった1体とは言え手を緩めれば危うい。
 と、万華鏡の申し子は明解に告げる。
「このキマイラは、皆が逡巡し、迷う事を前提として作成されてる。耐久力はそれほどじゃない」
 手を休めず、切り刻み続ければ倒されるより倒す方がまず早い。
 それが、出来れば。
 それが、出来るならだ。
「……思う所は色々あると思う。でも」
 やらなければいけない。それが、アークなのだから。

●そこに理由があるならば
 それはこーき君の、ゆうた君の、そのお父さんの、そのお母さんの――そしてそれに重なった震えるあいちゃんの、声。
 何で、こんな

 ――ただ、仲直りしたかった。
 それはただ、本当にただそれだけだった。
 誰が悪かった訳でも、何が悪かった訳でも無い。それとも、運が悪かったとでも言うのだろうか。
 彼は幼かった。彼女は幼かった。彼らは幼かった。けれどそれがどうしてこんな形で報いられなくてはならないのか。
 どこにでもあるただのすれ違い――これはただそれだけだった筈の、ごくありふれた人形劇。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:弓月 蒼  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年11月19日(月)23:20
 76度目まして、シリアス&ダーク系STを目指してます弓月 蒼です。
 純戦です。キマイラ討伐でございます。以下詳細。

●作戦成功条件
 E・キマイラ『レギオン』の討伐

●レギオン
 E・キマイラ。本体は体内中枢に隠された指先ほどの大きさの種。
 外敵を取り込みそれが一般人であればノーフェイスとして融合する。
 と言う特性を持っており、取り込んだ数が増えれば増える程強化される。
 内部に取り込まれたノーフェイスは原則外に出る事は出来ないが、
 死の危険に晒された場合に限り、種子をノーフェイスの体内に寄生させ、
 外部へ吐き出すことで延命を計る模様。

 体内に取り込んでいる人数に比例し加速的に危険度が増し、
 4人を取り込んでいる状態では非常に高い攻撃力を持つ。
 一方で防御能力は決して高くない模様。
 外皮を破る事で体内のノーフェイスは部位攻撃による破壊が可能。

●戦闘能力
・群体(レギオン):P.内部に取り込んでいる人数分行動回数が増える。

・蔓の鞭:無数の蔓で敵を襲う。
 物近複、中命中、大ダメージ【状態異常】[致命][呪縛]
 
・葉刃掃射:鋭い葉で敵全体を傷付ける。
 物遠全、小命中、中ダメージ【状態異常】[出血][流血][失血]

・吸血:茎の様な物を突き刺し攻撃と回復を行う。
 物近単、高命中、特大ダメージ【追加効果】HP/EP大回復

●戦闘予定地点
 住宅街の一角。ゆうた君のおうち。その庭。
 急いで現場に向かえば「あいちゃん」のみが生存。
 入念に準備をする場合、自付スキル等が使用可能ながら
 『レギオン』内の人間が5人になります。
 時間帯は夕方。人通りはまるでない程ではありません。

●観測者
 遠くから六道の研究員達がキマイラの経過を観察しています。
 但し、事の発端になった銀髪の魔女は現場には居ない模様です。
 基本的に自発的にリベリスタには関わって来ません。
 また、研究員も相応の戦闘能力を持っています。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
インヤンマスター
宵咲 瑠琵(BNE000129)
ソードミラージュ
戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)
インヤンマスター
門真 螢衣(BNE001036)
ナイトクリーク
御津代 鉅(BNE001657)
ナイトクリーク
黒部 幸成(BNE002032)
ナイトクリーク
椎名 影時(BNE003088)
覇界闘士
クルト・ノイン(BNE003299)
レイザータクト
アルフォンソ・フェルナンテ(BNE003792)

●絶望遊戯
 どうして、と呟いた。答えは誰からも何処からも無かった。
 状況を理解出来ない彼女の幼さは、けれど現実を把握出来ない程の未熟さではなかった。
 それが幸か、不幸かはともかくとして。
 伸びてきた蔓。その根元に在る食虫花さながらの袋。それが彼女の大切な物を呑み込んでしまった。
 返して、と手を伸ばす。動転した頭の中に、けれどそれだけははっきりと浮かぶ。
 返して。ゆうたくんと、こーきくんと、それに――
 或いは、最悪の手段ではあるがその願いは叶えられたかもしれない。
 けれど、世界は何時だって平等だった。救いすら無い程に。

「――っ!」
 駆け込んで来たそれは、まるで風の様に彼女の体を掬い上げる。
 突然割り込んで来た大人の女の人の姿に、あいちゃんと呼ばれている幼女が瞬く。
「……え」
 割り込まれた植物の蔓が鞭の様にしなり、女――『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE0009320)の
 体躯を鋭く引き裂くも、舞姫は彼女を庇って動かない。降った血飛沫に庇われた側がひっと悲鳴と息を併せ呑む。
「誰にも、何にも、この子を傷つけさせはしない」
 決意と共に呟くその声に、抱いた小さな体躯が僅か震える。恐い。ここに来て、やっと恐怖が追い付いて来る。
 何が起きているかは分からない、けれどそれは分かっては行けない事だと直感で悟る。
「趣味の悪い話だな……」
 其処へ、更に飛び込んで来る黒い男。『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)の姿まで目の当たりにすれば、
 それはもう直感では無く確信だ。何せ彼は既にその手にスローイングダガーを抜いている。
 刃物、露骨な凶器だ。御伽噺にすら親しい年頃の“あい”にとってそれがどれほどの非現実的であるか。
 だが、皮肉にも彼女の在るこの場は御伽噺以上の非現実であり、
「然り。このようなキマイラを作り出しても無意味ということ……わからせてやると致そう」
 更にはその間隙を駆け抜けた時代錯誤の黒装束。
 『影なる刃』黒部 幸成(BNE002032)の、忍者の如き様相に目を丸くしたのも束の間の事。
 鉅の放ったダガーと、それが突き刺さった事によって袋――『レギオン』の内側から上がった悲鳴が、
 これが紛れも無く――まるでお芝居の一幕の様であろうとも、現実である事を決定的に突きつける。
「やっ、駄目っ! ゆうた君! こーき君!」
 少女がもがく。上がった悲鳴には2人の物が間違いも無く混じっていた。
 それを抑えていた舞姫が、傷の痛みよりその悲痛な声に表情を硬くする。
「やれないなら、俺がやるよ」
 何時の間にか、その後ろにまで辿り着いてた『九番目は風の客人』クルト・ノイン(BNE003299)が淡々と告げる。
 その意味する所は明快だ。彼らの意見は“あいちゃんをそのままにしておくのは危険”と言う点で一致している。
「もたもたするでないわ、迷えば相手の思う壺じゃよ」
 陰陽符が翻り影が躍る。『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)の生み出した『影人』に、
 それを目の当たりにしたあいの声が切れる。瞳に過ぎった恐怖の色に、余り時間は掛けていられないと悟ったか。
 暴れる素振りを視界から外し、半ば無理矢理に舞姫が物陰へと幼い手を引く。

「やだっ! やだぁっ!」
 声が尾を引く。痛切なまでのその音色。それを、笑って聞いている者が居るのだろう。恐らくは。
「最近厄介な敵が多いですね……六道、でしたか」
「……いつものことですが、こんな実験やはり許せません」
 『非才を知る者』アルフォンソ・フェルナンテ(BNE003792)が周囲の仲間達の力を引き上げながら嘯くや、
 それに頷いた『下策士』門真 螢衣(BNE001036)が瞳を伏せて口にする。
 実験、そう。E・キマイラの関わる事件と言うのは等しくそれだ。過去の事件の報告書に頻出するその単語。
 人を人とも思わない、命を弄ぶ“実験”それは別に『六道』の専売特許では無い。
 誰もが過ちの上に築いてきた技術の上に生きている。失敗や犠牲は進歩の為の必要悪。それは事実。
 策士に非ずと、そして下策士と自らを位置付ける2人はその客観的正当性を理解する。
 けれど、だからと言ってそれを目の当たりにして許容出来るかは別問題だ。
「悲しいね。なってしまったのなら仕方が無いって言えるのは」
 眼差しは虚ろ、当事者の気持ち何て分からない。けれど、誰かを好きな気持ちなら分かる。
 好きな誰かが喪われる恐さなら――分かる。
 『Lost Ray』椎名 影時(BNE003088)は音も無く幸成の隣に並ぶ。
 相手は植物でありながらも『エリューション』だ。透視でその内側を覗く事は出来ない。
 けれど、内側で動くシルエットなら外からも見える。『レギオン』と彼らの痛覚は繋がっている。
 傷付ければ彼らは泣き叫ぶだろう、悲鳴を上げるだろう、けれどそれがちっとも楽しく無い。
「救えない僕らはちっぽけだ」
 吐き捨てて、それでも彼女は気糸を手繰る。貫いた袋から大気を裂く様な声が上がる。
 痛いと、何でと、やめて、と言っている。
 手応えが有った、だから耳を塞ぐ事すら出来はしない。謝る権利すら彼女には無い。
 だから無言で影時は歯を喰いしばる。胸の奥が鈍く、軋む。

●殺す意味、殺す意義
 放たれたるは無数の蔦の鞭、その一撃は良く研いだ刃物に匹敵する。
 試行数は過剰と言うに十分な程。伸ばされた鞭の軌跡が幸成を、影時を、鉅を纏めて薙ぎ払う。
 反応の良さから幾つかは掠める程度に留まるも、やはり1つ2つは直撃を免れないか。
 内最も衝撃の少なかった幸成が瞳を細め歯噛みする。
「これは、畳み掛けるしか御座らんな」
 類稀なる回避能力を持つ彼からしても、その瞬間火力は異常の域だ。
 呪縛の枷で以って動きを縛るも、偶さかに動いただけで体力をごっそりと文字通り“削り取られる”
 攻撃は最大の防御、血で滲んだ仕込み小刀を動かし忍ぶ事無く距離を詰める。
「なかなか厄介なキマイラじゃのぅ……」
 突き刺さる小刀と共に黒い殺気の繊手が傷口を侵食する。致命傷だろう、それが人であったなら。
 だが、傷付けて悲鳴を上げるのは“中身”だけだ。『レギオン』その物はまるで怯んだ所を見せない。
「じゃが――」
 罪も無い筈の、無辜の民に苦痛を与える。それに罪悪感を煽られる者は少なくないだろう。
 けれど、それを眺めていた瑠琵はと言えばその範疇には含まれない。
 彼女は当代の宵咲、代々続く“リベリスタ”の一族の長だ。覚悟等とうに済ませてある。
「ソレが無貌の者ならば泣こうが喚こうが葬るのみじゃよ」
 躊躇などしない、戸惑いなどしない。新たに生み出した影人を盾とし符を扇の様に手元で開く。
「救えるものは救うけどね」
 他方、文字通り壁を走り虚空より蹴撃を放つクルトの思考はよりシンプルだ。
「溢れたミルクに嘆くことはしないさ」
「ま、たまたま狙われた運の悪さまでこっちが気に病んでも仕方あるまい」
 どうしようも無い物に感傷を抱いても仕方が無い。
 同年代である所の鉅もまた同様の思考を行っている辺り、彼らはこれを仕事と割り切っている。
 その是非はさて置くとしても、それはリベリスタとしては至極正しい思考ではあるのだろう。
 クルトの蹴りを避けようと大きく体勢を崩した『レギオン』に、呪縛の気糸が絡み付く。
 癒し手に酷く乏しい彼らにとって、何手相手の手番を殺せるかは死活を別つ。
 例えその度に――痛みと嘆きに咽る子供の声が響こうとも。
 例えその繰り返しに、当たり前の人間としての感性が鈍ろうとも。
 手を緩める訳には、いかないのだから。

「……うそつき」
 物陰にぽつりと、その声は非難の響きを滲ませて落ちた。
 舞姫の言葉が止まる。止まらざるを、得ない。彼女は何の打算も無く、特別な力も無く。
 だからこそ彼女の言葉と眼差しの中に偽りを見た。
『お姉ちゃんたちが絶対に助けるから』
 彼女とて、気付いていた。それが嘘である事を。それが酷い裏切りである事を。
 或いは心に仮面を着けて虚偽を詠える程に強かであれば……けれどそんな物はもう、舞姫ではあるまい。
「うそつきっ! うそつきっ! だってあんなに痛いって言ってる! やめてって言ってる!」
 幼い少女が身を捩る。舞姫にはそれを押さえ込めるだけの力がある。
 けれど、まるで彼女の方が童女であるかの様にその瞳が揺れる。どうしようもなくて。どうしようも、なくて。
「……約束、するから。だから」
 自分自身すら騙せない人間が、子供の瞳を欺ける物か。
「いやっ、やだっ! うそつき! 離してっ! こーき君っ! ゆう」
 ばちりと、弱い電撃の音。かくりと膝を追った少女が一瞬で意識を奪われる。
「何をやっておるのじゃおぬしは」 
 後衛に配されていた瑠琵がいっそ冷たい程に言葉を紡ぐ。攻め手を逃した苦さもあれ。
 けれどそれ以上に、告げる必要を感じればこそ。
「本腰を入れぬか、戦姫の名が泣くぞ」
 このキマイラが有効であるなどと、思わせてはならない。
 端的に其を諭すや踵を返す。足止めは上手く作用しているとは言え、決して余裕がある訳ではないのだ。
「……わかってます」
 舞姫が呻き、目元を擦る。最低な事だと分かっていた。だけど。だけど――
「意外と硬いで御座るな」
「面倒でも、1つずつ潰していくしか無いですね」
 鉅と目配せしあい、飛んだアルフォンソのチェイスカッターが『レギオン』の袋へ傷を付ける。
 同様に幸成が切り込むも、物陰に聞こえるのは苦悶の呻きと悲鳴ばかり。
「何でだよっ! 畜生出せよっ! 出せぇ――っ!!」
 大きく響く少年の声。目を瞑りたくても、耳を塞ぎたくても、塞ぐ事何て、出来ない。

●屍山血路
「息を吐く、暇もっ、無いですね」
 焼け石に水、と言う言葉がある。螢衣の置かれた状況を一言で表すならそれが近しい。
 余裕が有れば攻め手に回る事も考慮に入れていた彼女であるが、『レギオン』の攻め手は苛烈に尽きる。
 前衛に位置する4人は元より、距離を取って戦うクルトや、螢衣、瑠琵に到るまで。
 射程圏内で参戦している誰もが等しく血を流していた。誰もが相応の回避能力を持つにも関わらず、である。
 例外的に、アルフォンソと幸成はそれでもこれを良くかわしている。
 瑠琵も他の面々に比べれば被害は小さい。だが逆を言えば守りに劣る影時や、螢衣当人の損害は極めて激しい。
 何せ動いたと見るや否や放たれる攻撃の手数が多過ぎる。螢衣の回復ではまるで追いつかない。
 念の為張っておいた守護結界が馬鹿に出来ない量のダメージを軽減しているが、基礎体力の差は如何ともし難い。
「こうなったのは、君のせいでもあいちゃんのせいでも無い」
 内側で暴れている子供の影。あれがゆうた君、だろうか。腕を伝う命の滴を手で抑え、
 運命を削りながら影時が声を掛ける。狙いが有った訳じゃない。声を掛けずにいられなかった、だけ。
 カッターナイフを、鋏を突き立て袋の外皮へ亀裂を入れる。彼らとてやられてばかり居た訳じゃない。
 止めなかった攻め手は確かに『レギオン』に積み重なっている。やっと届いた……だったらまだ、終われない。
「良い加減、止まれ」
 その動きに、『レギオン』が暴れる。振り被った蔓の鞭。それを鉅の気糸が絡め取る。
 振り回そうとしたそれが空振り、けれどその瞬間地道に支援を続けていたアルフォンスが気付く。
「皆さん、影が――」
 少なくとも1人。暴れて狙いの定まらなかった人影が動きを止めていた。
 外皮が破れ声が届いたか。痛みに耐えて言葉の続きを待つ小さな影。恐らくは、ゆうた君だ。
「ああ、分かってる」
 彼はきっと、こんな結末を望んだ訳ではないのだろう。
 彼が悪いのでは無いと、影時の紡いだ言葉の先を、待っていただけなのだろう。
 けれど、クルトは手を緩めない。
「倒すべきは、倒すしかない」
 放たれた蹴一旋。貫通した衝撃が袋の内側を抉る。聞きたくも無い破裂音と共に、赤い花が袋の内で咲く。

 上がる悲鳴、大人の男女2人。彼らは一体何を見たのだろう。
 一瞬考えそれを棄却し、幸成が亀裂の入った外皮に止めを刺す。
「それが自分の、忍務なれば」
 ばきりと思うより硬い音を立て一部が剥離する。其処に掛けられたのは確かに人の腕。
 嗚呼、出来ればこんな物は見たくなかったと――漸く戦線に戻った舞姫は唇を噛む。
 血塗れの肉塊を抱いた男の瞳には何も映っていなかった。
 隣で泣き叫ぶ女の狂乱を以ってもその絶望を表現など出来はしない。
 眼前で息子を潰された一つの夫婦の姿が其処に在った。それしか、無かった。
「お主が咄嗟に庇ったおかげであいだけは無事じゃよ……ゆうた」
 返事は無い。瑠琵の手より放たれた呪殺の符に額を貫かれ、男ががくりと倒れ伏す。
 フェーズ1の、力も無いノーフェイスは酷く脆く感じられた。だが其処に、何の安心感も得られない。
 剥離した外皮の中から女が飛び出す。何かを喚いている。意味などまるで分からない。
 けれど、その正面で対峙した舞姫にだけは分かってしまった。
『人殺し』
『返して』
『あの子を――』
「――――っ」
 揮われる小脇差、一尺二寸。すれ違い様に抜かれたそれが女の首を切り落とす。
 ボールの様に跳ねた其れが地に落ちる。噴き出す鮮血、視界が赤で覆われる。
「ぼさっとするな! 後一人残ってる!」
 『レギオン』が最後の足掻きと言うかの様に放った草の刃。それに混じって人影が駆ける。
 逃がすまいと鉅がダガーを抜くも、思いがけず動きが早い。
 けれど、唯一人。これに即応出来る者が居た。放たれる不吉を示す陰陽符。
 状況を見守り機を狙っていた螢衣の星儀が、利発そうなその子供の体躯を穿つ。
「あなたは既に計都星と羅喉星から逃げられません。程なく破滅を……えっ」
 けれど、それでも彼は。「こーき君」なのだろう少年は踏み止まる。
 息も絶え絶えに。まるで、このまま死ねないと言う様に。

「……『あいちゃん』に伝えたいことがあれば、承ろう」
 直ぐ間近に立つ幸成の言葉に、泣き笑いを浮かべて彼は息を吸う。
 頼らない。こんな奴らには絶対に。ゆうたを殺した、こんな奴らに。
 瞳が、暗にそれを物語る。彼らは何時も三人一緒だった。喧嘩しても、擦れ違っても。
 それを繋ぐのが、好きだった。2人ともが大切だったから。
「あい、ゆうたがさ」
 だから彼は、大きな声で繰り返す。誰にも頼らず、誰にも預けず。まるで何時もの通りに。
「ゆうたが、ごめんって。もう、いじめたりしないから、ってさ」
 けれどその言葉は、届かない。
「あいちゃんも――」
 仲直りの言葉は、届けたかったその子には、もう二度と届かない。
「――、ゆうた君とこーき君がだいすきだよ」
 背中の種に突き刺さった小刀と鋏。消せない嘘はぱらぱらと。崩れる子供の体躯に、混じり、消える。

●出来なかった仲直り
「いつか、この子が真実を知るときが来るのでしょうか」
 倒れた少女の表情は安らかとは言い難い物の、けれど何処かあどけなさが混じる。
 それを見た螢衣が、小さく呟く。出来れば、何も知らないままで。誰もその言葉を妨げることは無い。
 幻想纏いを展開したクルトがアーク本部に連絡を繋ぐ。記憶操作による隠蔽処理。
 それに異論を唱える者は結局この場には誰も居なかった。納得行かない素振りの影時さえ最後には折れた。
「これが、何かに繋がれば良いのですが……」
 アルフォンソが空を仰ぐ。舞姫は既にこの場に無い。
 戦闘後、観察していた筈の六道が見つけられなかった時点で、足を止めて居られなかったのだろう。
 千里眼を駆使してこれを追っている。恐らく、捉える事は叶わないだろうが。
「魔女、見てるんでしょ」
 確信じみた口調で呟く影時。強く握った指先が、手の甲に刺さって血を滲ませる。
「いつか殺しに行くから」
 
 それはどこにでもあるただのすれ違い――それだけだった筈のごくありふれた、人形劇。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
参加者の皆様はお疲れ様でした。STの弓月蒼です。
ノーマルシナリオ『<兇姫遊戯>ただ、仲直りしたかった』をお届け致します。
この様な結末に到りましたが、如何でしたでしょうか。

誰かに何かを伝えたい場合、その言葉の選択は重要です。
ですがそれ以上に自分の立ち位置と言うのは説得力に直結します。
虚偽にせよ、真実にせよ、首尾一貫する事が大切かと。
とは言え戦闘面は十分な精度で行われていた為、成功条件は達成しております。

この度は御参加ありがとうございます、またの機会にお逢い致しましょう。