● ――君が生きるこの世界を、守る事を誓うよ。 世界の片隅で交わされる、ありふれた、だけど真摯な誓い。 「なあに? もう、大袈裟ね」 世界の真実を知らぬ彼女は、驚いた様に、少し嬉しげに、苦笑いをした。 それだけで充分だった。 心が傷を負おうとも、何と引き換えにしてでも、譲れない。 仲間と共に、害意に目覚めたE・ビーストを倒した。 仲間が倒れ、自らも傷付きながらも強力なE・ゴーレムを打ち砕いた。 妄念に狂うE・フォースの叫びに惑う心を、この道の生き方を教えてくれた先輩の激励で奮い立たせた。 怯えて逃げ惑うだけの、何ら罪が無い筈だった少女のノーフェイスを、其の存在こそが罪なのだと断じて殺した。 誰が一体好き好んで、この道を歩もうものか。 体は傷付き、それ以上に心が涙を流す。 癒してくれるのは、事情を問わずにそっと包んでくれる彼女のぬくもり。 傷付いた自分を見る彼女の瞳は辛そうだったけれど……、彼女は何も聞かずに自分を抱いてくれた。 其の度に誓う。例えどんなに傷付いても、彼女の為に、彼女が生きるこの世界を守ると。 自分を教え導いてくれた先輩が、道を違えた。 再会は、敵として。 震える手を見て先輩は哂う。自分の正しさを証明して見せろと。 あの挑発は、多分、きっと、自分に止めて欲しかったんだ。 刃で胸を刺し貫かれた先輩は笑う。俺みたいになるなよと。 でも、頷いた自分は判っちゃいなかった。 何と引き換えにしてでも……、守るだなんて。 その道の果てにあったものは、 「ねぇ、私、……どうしちゃったの?」 瀕死の重傷を負ったはずなのに、回復してしまった、……ノーフェイスとして革醒してしまった自分の身体に戸惑う彼女。 そして世界を守る為に、口先だけの慰めを吐き出しながら彼女を殺そうとする仲間達! 世界が、ビシリと歪んだ気がした。 いや、違う。世界は最初から歪んでいたんだ。 唯其れに、気付かないように必死に目をそらし続けていただけ。 この世界では、この歪み切った世界では、実にありふれた話だと言うのに。 だから、きっと、此れは罰。 ――マチガッテルノハ、コノセカイダ。 ● 「10年ほど昔の事だ。別段珍しくも無い話だが、一人のリベリスタがフィクサードへと堕ちた」 集まったリベリスタ達を前に、『老兵』陽立・逆貫(nBNE000208)が溜息を洩らす。 「本当に珍しくも無い話だな……。彼は一般人の恋人がノーフェイスと化し、彼の仲間がその恋人を討伐しようとした際に、仲間を皆殺しにしている」 唯一の救いは其の時の討伐対象であるノーフェイスはリベリスタ達の手で無事に討伐された事。……それが救いであるかどうかは難しいけれど。 数秒目を閉じ、コツコツと指で机を叩く逆貫。 「その後彼は、西洋に渡り魔術を学んだようだが……」 リベリスタ達の前に、資料がばさりと配られた。 「何れにせよ、彼は強く世界を拒絶している」 資料 フィクサード:『悪性』小南・座代 30歳、男性。ジーニアス、デュランダル。使用武器は剣。 魔術知識とステルスを所持。 所持EX『アストラル』。 所持アーティファクト『血染めのマフラー』『想い出小箱』。 アストラル:溜め1。アーティファクト、想い出小箱の中の感情や残留思念を用いて従えるE・フォースを回復と強化支援するEXスキル。 血染めのマフラー:返り血に変色した手編みのマフラー。非常に強い強度を持ち、所持者に命中した攻撃を1/2の確率で自動的に防ぐアーティファクト。 想い出小箱:人間が周囲に発散した感情、残留思念を吸い取り溜め込むアーティファクト。E能力者に対しては能力をフルに解放する事でEPを吸収する(吸い取れるEPが無ければ相手を昏倒させる)ことも可能。 E・フォース:憎悪の右 フィクサード『悪性』小南・座代が自身の感情から生まれ出た、彼に従うE・フォース。黒い男性の影の様な姿。 其の身の一部を他者の武器に纏わせる事で攻撃能力を上昇させたり、其の身を瘴気に変えて複数遠距離に対する攻撃を行う。幾つかのBS付与付き。 物理での攻撃は効果が薄い。 E・フォース:哀しみの左 フィクサード『悪性』小南・座代が自身の感情から生まれ出た、彼に従うE・フォース。白い女性の影の様な姿。 其の身の一部を他者に纏わせる事で防御能力を上昇させたり、傷口を塞いで回復させる支援を行う。攻撃手段は首絞め。 物理での攻撃は効果が薄い。 「彼はハロウィンの仮装等で盛り上がるある遊園地に現れる。彼の目的は発散される感情や残留思念だ。其れ自体に害は無い。彼は世界を憎んでいるが、無意味に人を殺す事を好みはしない」 けれど、 「そう、けれど彼は世界に害を為す。例えどれだけの数の人間が死ぬと判っていても、彼が世界を憎む事をやめる事は無い。彼の目的は、溜め込んだ大量の感情や思念を別の世界に流す事。こんなに美味しい餌が大量にある世界があると、邪で危険で邪悪な異世界の何かに、伝える事だ」 今までも彼は感情を異世界に流し続けてきた。まるで海の向こうに居る誰かに届けと瓶に詰めた手紙を流す様に。 喜怒哀楽を、憎悪を、愛を、様々な感情を、溜め込み、流し、また溜め込んで来た。 一つや二つでは届かずとも、それが千、万、億となってくれば話は変わる。 「……良くある、話だろう? だがアークの探査に引っ掛かった以上は、もう終わりだ。宜しく頼むぞ。諸君等の健闘を、祈る」 ● 溜息の様に、白煙を吐き出した。 煙草を携帯灰皿に押し付け、火を揉み消す。 あれから丁度10年が過ぎた。またあの日がやって来た。彼女の命日で、彼女の誕生日だったあの日が。 道行く人々は楽しげで、楽しげで、楽しげで。 心が、冷える。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年11月12日(月)00:49 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● ベンチに腰掛け、空を見上げる。 遊園地に光に、音に、人の匂いに、空は負け、遥か遠い。 其の男は、酷く疲れて見えた。草臥れて見えた。いや、実際に磨耗していたのだろう。 其の男は、酷く厭いていた。怒りに、憎悪に、己の無力に、心を削られ磨耗し、其れでも世界を憎む事を止められなかった。 煙草の煙でなくとも、吐く息は白い。其れが何とも物悲しくて、男は煙草を口にした。 先程よりも白く、煙が空に昇って行く。 「死に切れず狭間を彷徨う、アンタはまるでジャック・オ・ランタンだな……」 そんな男の前に立ち、話しかけたのはツァイン・ウォーレス(BNE001520)。 死後の世界への立ち入りを拒否された、悪魔に貰った石炭の灯火を片手に彷徨い続ける哀れな怪物。ハロウィーンの仮装の一つ。 「……何の用だ? つまらない皮肉を言いに来た訳でもないだろう」 逃げる風もなく、男、『悪性』小南・座代は問い返す。 無論座代も判っている。眼前の男はリベリスタだ。自分に用のあるE・能力者等他にありえない。 「アーク所属の六鳥と申します。貴方を止めに参りました。けれど、……此処では多くの人命が失われる事でしょう。それは此方とて本意では御座いません。場所を変えませんか?」 ツァインの横に並ぶ、六鳥・ゆき(BNE004056)はストレートに切り出す。 もし彼が付いて来なければ、他の手段を取らざる得ない。 けれどリベリスタ達の用意した他の手段は、どれもが穴だらけで実用的でない事を、他ならぬ彼等自身が承知していた。 例えば、『紅玉の白鷲』蘭・羽音(BNE001477)の用意した女刑事に化けての園への協力要請などは、そもそも手帳と口頭だけで信じて動くには話が大きすぎ、問い合わせは行われるだろうから不可能だ。 もし仮に無条件に信じてくれたとしても、園としてはテロリストの逮捕よりも何よりも先に客の避難を優先するだろう。 テロリストを装っての破壊活動や、発煙筒等での火事騒ぎも同様の穴がある。 客は逃がせても、仮に座代が一般人を巻き込む事を厭いさえしなければ、避難する彼等に混じってしまえば結局何も状態は変わらず、寧ろ混乱の分だけ逃げ易い。 ありがちな避難への誘導で敵を孤立させれるのは、敵が知恵無き怪物か、逃亡よりも他の何かを重視する敵を相手取る場合位である。 結局は、相手の出方次第、座代が一般人を巻き込む事を、盾とするを善しと考えるか否かに全ては掛かっていた。 故にゆきの言葉には真摯な願いが宿っている。もし断られるようであれば、恐らくは用意した手段は他の何も通じないから。 「……そうか、日本のリベリスタは随分と優秀になったな。そうだな、このやり方が、この国のリベリスタか」 座代は僅かに目を細める。 ある国の原理主義的なリベリスタは、行き成り座代が入った店ごと爆破しようとして来た。其の爆破は過激派テロ組織の仕業と報じられる。 またある国の精強なリベリスタ集団は、猟犬の様にプレッシャーを掛けながら彼が国境を越えるまで延々と追って来た。 言葉異なる土地を、常識異なる世界を、歩き続けてきた彼に、故郷のリベリスタが見せた態度はほんの少しだけ唇を緩めさせるものだった。 小さな溜息を一つ吐く。事の露見は彼が考えていたよりもずっと早い。何らかの優れた探知法を彼等は所持しているのだろう。 ならば、単にこの場を切り抜けても次の追っ手が直ぐにやって来る事は想像に難くない。 「嫌だと言っても、無意味なんだろう?」 吸殻を携帯灰皿に押し込み、ベンチから重たい腰を上げる。 其れに何より、この日だけは、無関係な犠牲を出すのが殊更に煩わしかったから。 ● 8人のリベリスタと、1人のフィクサード。道を違えた行き着く先の、ナレノハテの姿を眼前に。 「もうやめない? こんな事。箱を渡して。事を荒立てたくないんだ」 無駄であろう事を知りつつも、『箱庭のクローバー』月杜・とら(BNE002285)は降伏を呼びかける。 けれど答えぬ座代の両の袖口から、二体のE・フォースがするりと姿を現した。 無言で戦意を示す座代に、とらは哀しげに顔を歪める。 羽音が振り下ろす刃を、引き抜いた剣で弾く座代。 しかし羽音の攻撃は一撃に留まらない。弾かれながらも次を、また次をと止まる事無くオーラを纏った武器を言葉と共に続ける彼女。 曰く、自分も昔の座代と同じだと。彼が生きるこの世界を守ってる。 でも、少し違う。羽音は決して座代と同じナレノハテには辿り着かない。 「例え彼が誰かに殺されても、あたしは世界を守る」 だって、彼との想い出が息衝く世界だから。歪んでるけど愛おしい世界だから。 ガキリと、刃と刃が噛み合い鍔迫り合いの形を成す。 「……そうか。なら君は他の全てを犠牲にしてそうすると良い」 小さな座代の呟きにはほんの僅かな哀しみが。 座代には、羽音の恋人への想いがどれ程かは知らない。羽音の言葉が真であるかも判らない。 ただ、本当に彼女が其れを為せるのであれば、そう、悲劇を糧に強さを増して刃を振るう。其れこそ世界が望む、運命が愛する物語の主役だ。 もし羽音が真にそうならばきっと彼女の恋人は酷く無残に死ぬだろう。歪んだ世界に悲劇の主役を生み出す為に。 羽音と彼を挟み込むように、背後から放たれたツァインの一撃を、首に巻いたマフラーが受け止める。 憎悪に撒き散らされた瘴気を切り裂いて真空刃が飛ぶ。『すもーる くらっしゃー』羽柴 壱也(BNE002639)が自身の肉体の制限を取り払い、渾身の力で振るった其れは、……けれども白い女性の影の様なE・フォース、哀しみの左に対しては目立った効果を上げなかった。 血を吹きだす訳でもなく、切り裂かれた身体を再び統合し、白い女性は哀しげな眼差しを壱也に向ける。 遠くから賑やかな音が鳴り出した。 パレードが始まったのだろう。彼方から飛んで来る色とりどりの光が、赤に、青に、黄色に、彼等を染める。 誰も見ない舞台裏で、陳腐な筋書きに従って踊る道化達。 「さて、踊ろうか? 舞台の脇でひっそりと」 憎悪を、黒い男を無表情で呪縛するは、『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)。 幾重にも展開された封縛の呪印が、実体無き思念体をも縛り付けた。 黒を、白を、そして座代を撃ち出された光弾が貫いて行く。『翡翠の燐鎖』ティセラ・イーリアス(BNE003564)が放ったスターライトシュート、神秘の力の塊は、思念体の黒と白にも確実に響き、其の存在を削り取る。 「何が『悪性』よ! お前はただ傷つけることはできても傷つけられるのは嫌、って駄々を捏ねているだけの子供じゃない!」 体から伸びた鎖状のエネルギーコードが緑の光を放つ。言葉に籠められた感情は、冷たい怒り。 「お前が世界を守るために殺した人は、世界を守るために死ぬしかなかった人達はどうなるのよ。……皆無駄死にじゃない」 世界を守る為にと、リベリスタならきっと誰もが唇を噛み締めながら手を汚してきた筈だ。 ティセラの脳裏に過ぎるは、最初に殺したノーフェイス、彼女の友人だったトゥリアの姿。 積み上げられた犠牲の上に、切り捨てられた無数の小の上に、この世界は成り立っている。 座代の行いは、座代自身が切り捨てたその小の存在を無駄にしている事に他ならない。 「これ以上お前の為に死ぬ人は作らせない。此処で殺す」 ● 戦いは膠着状態に陥っていた。 物理攻撃に耐性を持つ黒と白に、有効打を放てるのは一部のリベリスタのみ。 其の程度であるならば、白と座代の回復能力で戦線の維持は然程難しいことでは無い。けれど其れはリベリスタとて同様で、ゆきの天使の息や歌、とらのインスタントチャージが、尽きる事無く彼等の力を補給する。 小さく舌打つ座代。彼の目的はリベリスタを倒し切る事では無い。ある程度の打撃を与えて追撃を困難にさえすれば、さっさと逃げに移る心算だったのだ。 しかし、しつこく張り付くツァインと羽音、白を攻撃しつつも其の二人をフォロー出来る位置から離れない壱也、更に絶妙な位置取りで逃走経路を塞ぎ続ける『肉混じりのメタルフィリア』ステイシー・スペイシー(BNE001776)。撒き散らすバッドステータスを、具体的には座代の戦鬼烈風陣が齎す麻痺を、ブレイクフィアーで解除し続けるステイシーは非常に面倒くさい。 そして何よりも、先程のティセラの言葉が、座代を苛立たせていた。 まるで、自分達が殺して来た人々が無駄じゃないとでも言いたげな、リベリスタの理屈が、恋人を殺した仲間達と同じ、或いは嘗ての自分と同じ理屈が、癇に障って仕方ない。 その死の必要性を他人に押し付ける彼等の強さが、傲慢さが、10年の歳月で磨耗していた何かを思い起こさせる。 自分が殺した者達も、彼女も、その他全ての世界の為の犠牲となった者達も、誰一人として無駄じゃない死などない。 生き残った強者が、自分を納得する為の理屈を勝手にこしらえて押し付けているだけだろう。 無論間違っているのが自分である事は100も承知だ。世界にとって悪性の腫瘍である事を選んだ自分は、この世界にとって圧倒的に間違っている。 だが、だから何だと言うのだろう。 己にとって、世界を守ると言う事は、恋人を、彼女との日常を守る事であったに。 己にとって、彼女こそが世界だった。座代にとっての世界は、彼女と共に滅んだのだ。 圧す事を、逃げる為の隙を作る事を主眼に振るわれた剣が、倒す為の其れへと切り替わる。憎悪が呪縛を断ち切り吼え、哀しみは只々哀しみを深めるばかり。 けれど、其れでも勝つのは矢張りリベリスタだ。 この国が極東の空白地帯と呼ばれた頃とは、座代の知るリベリスタとは、比べ物にならぬ実力を持つ彼等。 その彼等に対して、より攻撃的に姿勢をシフトするという事は、座代が想像する以上に危険度の高い行為だったのだ。 黒の憎悪を纏う剣が、羽音とツァインを切り裂き運命を対価にした踏み止まりへと追い込むが、けれども、すぐさま壱也とステイシーが入れ替わって前線の崩壊を防ぐ。 ティセラのスターライトシュート、そしてとらのバッドムーンフォークロア、2つの全体攻撃に、削られた白が悲鳴を上げる。座代が攻撃の数を増やした為に回復を受けられなくなった彼女にダメージが蓄積し始めたのだ。 空に輝くはとらの呪力で作られた赤の月。其の赤光に貫かれて悲鳴を上げた白が拡散し、唯の感情として小箱に吸い込まれていく。 「とらも恩人が亡くなったのがクリスマスの前々日だったから、気持ち、何となくわかるよ。最初は泣いてくれた皆も、次第にお墓参りに来なくなって。なのに自分だけイベントのたびに憂鬱で」 消えいく白を見送り、とらは視線を座代に移す。 「そういっそバロックナイツごと世界が滅びれば、なんて思ったりして。でも今年の花子さんの誕生日、いつもただ世間話をして帰って行くだけの異国の軍人さんが、何も言わずに一緒に祈ってくれて……とらはそれが、とても嬉しかったんだ」 回復役の白が落ちた今、黒とてそう長くは持たないだろう。 けれど逃げるにはもう遅い。一つ敵が落ちた分、リベリスタ達の包囲は密を増した。 「あんたも本当は寂しいんだよ。認めたくないかもしれないけれど……。彼女のお墓は、どこにあるの? 良かったら、俺も手を合わせに行きたいな」 ねぇ。 「……戦いを、やめませんか?」 敗北が時間の問題である事は、誰の目にも明白だ。 ● それでも、戦いは止まらず続く。 とらの言葉に、優しさに、何も感じなかった訳では無い。だがもう座代はこの世界に何も期待をしていない。 出会う人達がどれ程優しかろうと、世界の惨さ、残酷さを覆す事等出来やしないだろう。 癌化した細胞、世界の異物であるナレノハテに後戻りする道など存在しない。 黒が座代の感情を代弁するかの如く吼え、瘴気を撒き散らした。ユーヌの式符・鴉によって対象を彼女に定めていても、関係は無い。全て巻き込み憎悪を吐き出す。 もし仮にこの場にゆきが居なければ、リベリスタの被る被害はもっと大きい物になっていた。そして万に一つも、包囲に穴を抉じ開けられる事もありえただろう。 けれど癒し手に支えられたリベリスタ達は揺るがない。唯只管に、包囲し、追い詰める。 黒が、憎悪が砕かれ、小箱の中に吸い込まれていく。 全ての火力が座代一人に集中し、マフラーの防御を潜り抜けた攻撃が彼の体を朱に染めた。 リミットオフにより肉体の制限を取り払った羽音のオーララッシュを、けれども座代の首に巻くマフラーが受け止める。 だが、羽音の攻撃と同時に振るわれるは壱也が自身のオーラを雷に変えて放ったギガクラッシュ。回避は間に合わない。マフラーは羽音の攻撃を防ぐのに使われた。 二人の優秀なデュランダルの連携に、雷光が座代の体を貫き、彼の体力が限界を迎える。 しかし、だ。座代は忌み嫌う運命を対価にしてでも、フェイトに縋ってでも、其の膝が崩れる事を拒絶した。 羽音と壱也、二人の攻撃には殺気が篭っていない。彼女達の攻撃は力強く派手ではあるが、同じデュランダルである座代には彼女達が自分を殺す気が無い事が明白に判る。 優しい子等なのだろうと座代は思う。彼女達だけじゃない言葉掛けてくれたとらも、ツァインも、ゆきも、ユーヌも、ステイシーも、殺意を持って相対したティセラだってそうだ。 心を殺さず、傷付きながらも必死にリベリスタをやっている。正しく、眩しい。 彼女達の優しさや正しさには、『悲劇の運命よ、どうか彼女達は見逃してやってくれ』と祈りたい気持ちにすらなる。 だが、けれど、其れでも座代は、其の優しさに漬け込む事を躊躇わなかった。 数限りない悲劇を生む、この世界は終るべきなのだから。 座代の手は小箱を強く握る。彼の目的は、中に溜め込んだ感情を異世界に向かって放つ事。 遊園地で集めた感情、リベリスタ達との戦いで生まれた感情、そして滅されて箱に戻った彼自身の憎悪と哀しみ。 其の全てを放逐する為、精神を集中する座代。 余りに無防備な其の姿に、眼前の二人、羽音と壱也は一瞬攻撃を躊躇った。傷を負った彼が、こんな無防備な状態で彼女達の攻撃を受ければ死は免れないだろう。 他の仲間達は躊躇いに動きを止めてしまった彼女達の身体に遮られ、咄嗟の攻撃を繰り出せない。 ただ、一人を除いては。 響く銃声。煙を吐くは、トゥリア。ティセラの友人と同じ名を持つ、形見の銃剣。 プロストライカーが可能とした仲間達の身体の隙間を縫っての射撃は、狙い違わずに標的、座代の心臓を貫いた。 ● 口から漏れた血が、地を染める。ゆっくりと体が前に倒れていく。 思わず笑いが零れた。 『嗚呼、無駄死にだ』 10年前と同じあの日に、故郷の地で、何も為せぬままに死ぬ自分に、何よりも其れに安堵する自分が余りに滑稽で。 犠牲の上に成り立つ、咎だらけのこの世界を、咎だらけの自分諸共、想像も及ばぬ何かに裁いて欲しかった。 けれど其れは世界を憎むが故にズレてしまった願いだ。 本当は、自分一人を裁いて欲しかっただけなのだろう。相手も手段も何でも良い。時間だって場所だって問わなかった。 この場所で、この時間に、裁かれたのは出来過ぎだ。 きっと彼女と同じ場所にはいけない。死後の世界があるなんて思っちゃいないけど、嗚呼、でも、唯一言だけでも伝えたかった。 あの日言えなかった、あの日からずっと喉の奥にへばりついてた言葉、 『ハッピーバースデー』 を彼女に。 暗い。とても、暗い。 やっぱり死に救いなんて無い。 だから、此れで良い。 「あんたが例え悪い人だとしても、俺はあんたの事、嫌いじゃないよ」 見開いたままの瞳を、とらが閉じてやる。 ツァインが拾い上げるは、戦いの最中に転げ落ちていた携帯灰皿。 「世界を滅ぼそうって割にマナー良すぎなんだよ。ハッピーハロウィン、ジャック・ランタン……」 そしてせめて安らかな夢を。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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