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<兇姫遊戯>触れ合えない、零距離


「ご存知ですか、お嬢さん」
 視界は揺れていた。否。滲んでいたのかもしれない。
 御伽噺の王子様と言うものが本当に居るとしたら、それはきっと彼の様なのだろう。
 美しい顔が笑っていた。手が、差し出される。
「魔女の呪いを解くには何時だって、愛と献身が必要なんです」
 貴女の愛、私に見せてくださいますか?
 純白のドレスは、固まり始めた血で紅より黒く色づいていた。
 致命傷を負った筈の自分は何も変わらず生きていて。
 同じ傷を受けた愛する人は、姿を変えつつあった。口が裂ける。牙が覗いた。
 嗚呼。これは悪魔の囁きなのかも知れなかった。
 けれどそれでも。選択肢なんて、有って無いようなものだった。
「――どうしたらいいの?」
 目の前の美しい顔が、酷く優しく微笑んだ。

「ねえひさおみ! 今度のやつすてきね、どこでみつけてきたの?」
 モニター越し。作り上げた『玩具』の出来に嬉しそうに笑う少女――『ジョンブリアン』羽月・奏子は、傍らに立つ忠臣を見上げる。
 優しく微笑む男は、内緒です、と唇に指を当てて見せる。
 泣き叫ぶ声が聞こえた。唸り声も一緒に。嗚呼本当に愉快だ、と男は思う。
 少し、お膳立てしてやっただけなのに。この幼いマッドサイエンティストは、こんなにも狂い狂ったモノを作り出す。
 歪み切った無垢な少女が、男は嫌いではなかった。
「満足行く結果なら、これで遊びに行きましょうか。私も付いていきますよ」
 恭しく手を差し出す。嬉しそうに握られた手を取って、男は歩き出す。
 今日は楽しいお遊びだ。六道のオヒメサマが望む余興だ。
 精々、楽しく踊るに限るだろう。肩を竦めて笑った。


「……お集まり頂きありがと。とりあえず、今日の『運命』聞いて行って」
 挨拶もそこそこに。資料を握る『導唄』月隠・響希(nBNE000225)は口を開いた。
 珍しくきっちりとかけられた眼鏡に、伸びた背筋が事態の重さを暗に示している。
「六道の『キマイラ』がまたこんにちはしてんのよ。前回までが仕事で研究だとするなら、今回のは……嫌な言い方をすれば『遊んで』いるみたいね。
 現場にはメインとなるキマイラ『美女と野獣』、及びその配下『庭の薔薇』が居る。
 近くには自分の作品を見たがる研究員の少女と、お目付け役――『御伽噺』来栖・久臣も居るけど、こっちが手を出さないなら大丈夫。
 まぁ、あんたらに頼みたいのはこの趣味の悪い『お遊び』を終わりにしてくる事ね」
 状況説明は以上。そう言葉を切って、フォーチュナは資料を捲る。
「次、エネミーデータ。まず『美女と野獣』なんだけど、時間経過と共に醜い野獣になっていく本体の腹から、女の人が生えてる。
 本体と女性は移動のみ一緒に行うけど、ダメージや、呪いは全て別に受けるみたいね。勿論攻撃も別。
 野獣の方は、大体デュランダルだと思ってくれて良い。所謂脳筋。その分、凄まじい攻撃力を持ってる。
 美女の方はマグメイガスかな。但し、威力は通常のソレと桁違い。高速詠唱と同等の能力を所持しているわ」
 再び、資料の捲れる音。
 険しい表情を崩さないまま、フォーチュナの声は続く。
「……で。もう一個残念なお知らせがあってね。こいつら、まぜこぜにする時に一緒に粘菌のエリューションらしきものを入れられてるみたいで。常時、自己回復の恩恵を受けてる。
 次に『庭の薔薇』だけど、これは戦場に咲いてる。数? 申し訳無いけど、分からなかった。
 元はエリューション。ただ、其処に……まぁ、言わば『外来種』でも混ぜたのかしらね。こいつらは戦場全体に常に呪いの花粉撒いてる。効果はまちまちだけど、大体動きを鈍らせたり、魅了してきたりするみたいね。
 但し、火炎系の攻撃には弱いみたいで、火炎付与出来れば解除されるまでは大人しくなるみたい。あ、あと、一応回復の花粉も持っているみたいだけど、それも火炎系で止められるわ」
 大体そんな感じ。そう、言葉を切って。リベリスタを見遣ったフォーチュナは細く、溜息を漏らした。
「……まぁ、補足程度に聞いて欲しいんだけど。今回のキマイラの素になった人、結婚式の最中だったのよ。不運にも屋根が崩れて、下敷きになった2人の運命は分かれてしまった。
 1人は運命に愛されたけれど。もう1人は、望まれないままもう一度、目を覚ましてしまったのね。
 ――『彼女』は『彼』を救おうとしているの。野獣は美女が求婚を受け入れてくれなければ死んでしまう。
 でも、出来ないの。彼女は口付けられない。永久の愛を誓えない。こんなに近くに居るのに。……違うわね。もし、そんな事が出来たとしたって、」
 運命はそんな簡単に微笑んではくれないから。もう全て手遅れで、誰も救われないお話は始まってしまった。
 赤銅が伏せられた。気をつけて行って来て頂戴。一言だけ残して、フォーチュナはブリーフィングルームを後にした。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:麻子  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 2人 ■シナリオ終了日時
 2012年11月21日(水)23:45
心情だけど、戦闘も美味しくいただきたいです。
お世話になっております、麻子です。多分黒。
以下詳細。

●成功条件
『美女と野獣』及び『庭の薔薇』の討伐

●場所
立ち入り禁止にされた教会です。
話に寄れば、つい先日事故があったそうです。
時間帯は夜。灯りは必要です。

●『美女と野獣』
醜い獣の腹から美女を生やした異形。
移動のみ常に同時に行いますが、攻撃対象・ダメージ計算・BS・スキル使用は全て美女と野獣別々に行います。
常時リジェネレート大。

・『美女』
マグメイガス系。葬操曲・黒、マジックブラスト、フレアバーストの威力強化版を使用します。
高速詠唱相当の能力所持。
多少自我があります。

・『野獣』
デュランダル系。脳筋。此方は所持スキル不明です。
凄まじい攻撃力を持ちます。
ほぼ自我はありません。

●『庭の薔薇』
無数に咲いています。『美女と野獣』を倒せば自動的に全滅します。

P:呪粉(毎TランダムにBS:鈍化、魅了、混乱の内ひとつを敵全てに付与します。命中高)
A:癒粉(全:BS回復中、HP回復小)

を持ちます。
火炎系BSに弱いです。付与出来れば、BS解除までその株は動きを止めます。

●『御伽噺』来栖・久臣
ジーニアス×覇界闘士。若干攻撃寄りのバランス型。
実力者です。経験・実力共にアークのトップより上。

覇界闘士Rank2までのスキルから4つ使用
焔腕以外は不明です。
一般戦闘スキル所持。

加えて、
EX:真夏の夜の夢(神遠全/ダメージ0、魅了・呪い/まるで歌劇のワンシーンの様な仕草に魔力を乗せて、周囲に居る者全てを魅了します)
を、使用してきます。

今回は特別な場合を除き戦闘に参加しません。

●『ジョンブリアン』羽月・奏子
かな、と名乗る六道研究員。少女。
当然戦闘可能です。ジョブ等不明。離れたところで戦闘の様子を見ています。


以上です。
ご縁ありましたら、宜しくお願い致します。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
マグメイガス
ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)
クロスイージス
新田・快(BNE000439)
ソードミラージュ
リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)
デュランダル
★MVP
紅涙・りりす(BNE001018)
デュランダル
ランディ・益母(BNE001403)
クリミナルスタア
坂本 瀬恋(BNE002749)
ホーリーメイガス
宇賀神・遥紀(BNE003750)
ダークナイト
黄桜 魅零(BNE003845)
■サポート参加者 2人■
ホーリーメイガス
エルヴィン・ガーネット(BNE002792)
レイザータクト
ミリィ・トムソン(BNE003772)


 もしも。
 自分を殺してくれる者が居たのなら、結末は違ったのだろうか。
 もしも。
 自分が愛しても死なない者が居たのなら、結末は違ったのだろうか。
 ありもしない未来を問う事に意味なんて存在しないけれど。
 嗚呼でも、もしかしたら。その死は少しだけ優しかったのかもしれない。

 ――今となってはもう、答えも知れない誰かの話。


 背筋が冷えるようで居て、懐かしい、香りがした。
 嗚呼、もう何を言っても無駄か。小さく首を振って、『墓掘』ランディ・益母(BNE001403)は血に錆び傷付いた墓堀の刃を下ろした。
 運命の女神は何時だって気紛れで無慈悲で、けれど一度掴んだ手は決して離さない。
 蒼白い、花弁が降る。耳慣れた様で、確かに耳にした事など数える程しかない、運命が燃え立つ音がした。
 首を振る者が居た。如何して、と叫ぶ者が居た。己が身にも宿ったその諸刃の煌きを、何も言えず見つめる者が居た。
 その中で。
『人間失格』紅涙・りりす(BNE001018)だけは何時もの様に。
 光の欠けた瞳で酷く満足げに、笑っていた。
 嗚呼。ハッピーエンドは何時だって、無数の犠牲の上に成り立つのだ。


 獣の咆哮が聞こえた。すすり泣く声がした。美女に野獣、そして夏の夜の夢。劇役者も此処まで混ざれば何の話になるのやら。
 全身のギアを振り切って。『光狐』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)は無表情に溜息だけを漏らした。
 嗚呼正に外道の茶番。興味を傾ける気も無い代わりに、目指すのは更なる高み。地獄の痛みを伴う更なる加速。
「Aika kiihtyvyys Olen nopeampi kuin kukaan――」
 歌う様に呟いた。髪の一本さえ違わず梳き切る刃が煌く。その後方。ふわり、浮き上がった身体と共に舞うのは漆黒のフリルとレェス。
 力在る言葉が、魔力を帯びた刃を伝って拡散する。ひりつく灼熱。『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)の示した先、異形の花を容易く燃やし尽くす業焔が爆ぜる。
 仲間が戦う為の舞台を。そう願った一撃は、此方を見て唸る野獣の周囲の花を一瞬にして黙らせる。
 六道の趣味が良かった事なんて無いけれど。今回は特別最低で最悪だった。
「せめて、あっちで幸せになれると良いね」
 そう願う以外に、出来る事なんて何も無い。熱風の名残が銀の髪を舞い上げた。開かれた戦線に、躊躇い無く飛び込むのは『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)。
 幾度も幾度も血に塗れた刃は今はこの手で護る為の力となって。けれど、それでも届かないものは確かに存在した。
 荘厳な十字の煌きが、猛る獣の心を掻き立てる。獰猛な瞳と視線を交えて。軋む程に武器を握った。命だけでなく、心さえ弄ぶ。悲劇の紡ぎ手は酷く楽しげで。
 嗚呼。それなら自分がその企みを全て潰そう。一つ残らず。それがどれ程救えぬものでも。心に圧し掛かるものが重くても。
「……互いが互いを護りたかったんだ」
 痛い程に理解出来た。背中合わせ、互いに護り合う存在。そんな、優しい想いをこんな形に歪めた相手を、許す訳にはいかなかった。
 冷たい激情を込めた瞳が、遥か先を睥睨する。同じく見通す少女と目が合って。その顔が微かに笑うのが見えた。
 この怒りは何処に向ければ良いのだろうか。飲み込み切れないそれに、吐き出す呼気が震えた。そんな快の心など構う事無く。だらしなく身体を垂らす女がその顔を上げる。
 その唇が何かを紡いだ。瞬間、駆け抜けるのは魔力と言う名の荒れ狂う砲撃。障害など問わず突き抜けたそれが、快を、癒し手である『花縡の導鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)を貫く。
 体内を巡った魔力の奔流に眩暈がした。遥紀でなければ後衛にとっては致命傷にもなりえたそれを受け止めて、漏れたのは深い、溜息だった。
 身にしみて思い知る。運命も世界も、偏愛に満ちている事を。遥紀がどれ程歯噛みしようと世界は決して優しくなってはくれない。
「――当たり前だよ」
 吐き出した言葉は、酷く震えていた。大切な人が壊れていくのだとして。その手が届くと言われたなら。きっと自分も手を伸ばしただろう。悪魔の取引だとしても、きっと。
 痛い程分かった。如何して愛してくれないのか。声も涙も枯れる程。冷たい運命を幾度呪った事だろうか。けれど。だからこそ、遥紀は残酷な程に知っていた。
 もう、救えない事を。
「せめて、」
 苦痛の少ない終わりを与えてやれれば、少しは彼らは救われるのだろうか?
 猛る獣が怒りのままに快を殴り飛ばしたのが見えた。鮮血が落ちる。誰にも優しくない物語は、緩やかに終わりに向けて流れ始めていた。


 厳然たる神の力の一端が、戦場を駆け抜ける。照らされる柔らかな金の髪。『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)のタクトとも言うべき杖が刻むのは死の円舞。
「さぁ、戦場を奏でましょう。優しい愛に終焉を」
 戦場の調整は、全て自分が担って見せよう。そんな彼女の前、夜の闇さえ喰らい尽くす暗黒が、薔薇を、美女を、野獣を襲う。
 奇妙だと、『骸』黄桜 魅零(BNE003845)は思った。こんな奇抜、見た事も無い。滑稽と言う言葉が似合いだろうか。見た目も存在も気味が悪い。けれど、倒せない相手だとは欠片も思わなかった。
「中身は肉と骨でしょ? なら問題ない」
 全部全部、黄桜の糧になれば良い。せめて安らかに、何て優しさは口に出さなかった。愛と献身の先。狂い咲いた薔薇の花。花開いたそれは、刈り取る以外に行き先がもう無い。
 なんて面倒な事だろう。首を振って、ふと。思い出した様にその瞳を垂れ下がった女へ向けた。
「ねえ、悲しい? 苦しい? 楽しい? 気持ちい? どんな気持ち?」
 気紛れだった。其処に何があっても同情なんて挟むつもりは無い。少しだけ顔が上がった。ぼそぼそ、聞き取るには小さい声。
「……この……けて……」
 掠れたすすり泣きに混じったそれ。何、と問い返せば。俯いていた顔が上がった。
「このひと、たすけて……おねがい……たすけて」
 濁った瞳が零すのは、血の涙。嗚呼どうか。どうなってしまっても良いから。助けて欲しい。救って欲しい。只管に願う様な声だった。
 血を吐くような、声だった。太刀を握った手が、震えた。躊躇わない。同情しない。きつく自分に言い聞かせた。目が合ったって、揺らいではいけない。
「貴女は選択を間違えた。ただ、それだけの結果よ」
 冷たく言い放った言葉の裏。湧き上がる憎悪を、悲しみを悔しさを。全て、己が身より湧き出る暗黒に込めた。必ず終わらせよう。そうでなければ、本当に何も救われない。
「新田、そっちへやる、備えろ!」
 隆々とした腕が放てる全力。唸り声の様な風切音。全力で叩き付けられたランディの大斧が、あえて仲間から孤立した快の元へと異形を跳ね飛ばす。
 底意地悪く悪趣味な『作品』だった。二人は永遠に一つ、なんてロマンチックで甘い言葉を、此処まで文字通りに体現したものなどあるのだろうか。
 愛。大なり小なり誰もが持ちうるそれは、人間を献身にも、底知れぬ狂気へも突き落とす。
「果たして此れはどちらかね」
 呟く声。どちらとも取れる現状。微かに細められた瞳の奥にある色は、なんだったのだろうか。
 銃口が迫り出す。全てを殴り飛ばす拳に付随した、恐るべき災厄。轟音と共に放たれた断罪の弾丸が、敵を穿った。
「アンタはもう終わってんのさ。とっととお相手共々墓穴にぶち込んでやるよ」
 嗚呼相変わらずひどい趣味だ。思わず舌打ちして『ザミエルの弾丸』坂本 瀬恋(BNE002749)は眉を寄せた。碌でも無さ過ぎて反吐が出る。
 冷たい怒りが臓腑に溜まるのを感じて、けれどその頭は酷く冷静に状況を見つめていた。どんどん、人の形を崩していく野獣。
 それはある意味、直感といっても間違いではなかった。時間経過に伴うのは本当に変化だけだろうか。明らかに隆々としていく肉体は、瀬恋の予測を恐らくは裏切っていなかった。
 面倒な敵だ、と肩を竦めた。分かったからと言ってやる事など何一つ変わらない。只、拳を握って、全力で殴り飛ばす。それだけ。
 黒い瞳が、『何処か』を見つめた。嗚呼心底胸糞悪い。きっと今も笑いながら此方を見ている奴らを思って。
 必ず。何時かその顔面に全力の拳をぶち込んでやると、心に決める。


 銀色の身体が跳ね飛んだ。軽やかに舞い踊り敵を撹乱し続けたリュミエールを貫いた、暗黒の鎖。
 戦場全体を易々と飲み込む魔力の奔流。既に燃えていた運命は、もう応えない。華奢な身体が地に落ちて、紅く紅く染まっていく。
 彼女以外も決して無事ではない。予兆を見逃さなかった魅零や快の挺身、そして、常に快に合わせ動き続けた遥紀の行動が自体を軽くはしたものの。
 大量の血が、地面に滴っている。位置を絞って。濃密な薔薇の香りを燃やし尽くすように火炎を齎すウェスティアの眉が寄った。
 彼女が止め処なく呼び寄せる火炎は間違いなく薔薇の動きを止めるには十分過ぎる程の働きを見せていて。だからこそ被害は格段に少ない。
 もう一歩。癒しさえ受けられず苦しみ始めた美女を見つめた。救えないのなら。殺してしまうしか、ないのだけれど。
「俺がいる限り、好き勝手にはさせないぜ」
 必ず守り抜く。襲い来る呪いなど『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)にとっては何ら致命傷になり得ない。
 その刃は何処までも慈悲深く。強い強い生への願いは、脅威を打ち払い傷を癒す神の息吹さえ呼び寄せる。清浄な風が吹き荒れた。
 傷が癒える。それを確認して。快は油断なく視線を走らせる。怒りは未だ、自分に向いている。それを確信して、挑発する様に守り刀をひらつかせた。
「何度だって邪魔してやるよ。……絶対に」
 冷たい声。その横合いから、敵へと襲い掛かるのは暗黒。太刀を構えた。視界へと流れ落ちてくる鮮血を、雑に拭った。
 倒れてやれない、と思った。魅零が魅零であるように。美女と野獣がきちんと人として死ねる様にするまでは。絶対に。
 血で滑りかけた太刀を握り直す。人でなし、と、小さく呟いた。
「貴女はこの手で殺して黄桜の糧にしてやる、――覚えておきなさい」
 ふざけるな、と。無邪気に笑いながら見る少女にも届く程冷たい声。銃口が閃くのが見えた。神速の抜き撃ち。寸分違わず女を撃ち抜いたそれに押し切れる、と確信した。
 遥紀のグリモアールが光を帯びる。齎すのは純白の閃光。目の奥を焼くほどのそれが炸裂した。立て続け。生死さえ分かつ闘気を、血狂いの一刀に。
 振り上げて、叩き付けた。りりすの白い髪を染める紅い返り血。仲間を支える様に、精神力を分け与えるウェスティアの祈る様な思いの前で。
 足掻く様に、美女はもがく。魔力が集う。展開された陣は圧倒的な魔力砲台。狙う先に立つりりすは、仕方ない、と肩を竦めて見せた。
 放たれる。何も遺さず焼き払う筈のそれはしかし、飛び込んだ巨体がたった一人遮って見せた。
「――まだだろ」
 溜まった血を吐き捨てた。視線が交わる。もう随分と遠いあの日も、こんな風に。共に戦った。共に、願いを叶えた。
 道化の仮面。上がった顔に、まだ早いだろ、と、もう一度。
「逢いに逝ってやるなら、もう一つ二つ自慢話でも作ってからにしろよ」
 予感だった。幾度も死地を歩いているからこそ感じるもの。心を固めた、酷く脆く美しいいろ。言葉は返らない。
 笑えない皮肉だと、ランディは思う。よりにもよって。こんな、救えない永遠を体現するようなものの手で、彼女の元に往くなんて。
「愛と献身なんてさ、僕にはどちらも無縁だよ。この世に救いはない。運命は簡単には微笑まない」
 強くなければ生きられない。弱者は常に蹂躙される。良く、知っていた。伸ばした手を嘲笑う様に、運命は軽やかに先を歩いていく。
 でも。
 それでも。
 この手が、この身が、もしも奇跡を起こせるとするのなら。
 それは、今であって欲しいと、りりすは心の底から望んでいた。
「――悪いね」
 嗚呼。運命の歯車が、音を立てて回り出す。


 恋患い。失う度に胸を覆う痛みを思って、けれどそれでも、恋をするのを止められなかった。
 どうせ愛するのなら、最期まで共にありたかった。
 愛する度に失って、恋する度に叶わなくて、それでもまた恋をした。
 その心が好ましかった。その強さに焦がれた。そんな相手はこの長くも短くもない人生に何人居たのだろうか。
 今となってはもう、1人もこの世界には居ないけれど。
 後悔があった。罪悪感があった。悲しみがあった。誰よりも、恋の儚さを知ってしまった。
 だからこそ。
 この身一つで終わる筈の愛を繋げるのなら、もう、惜しくはなかった。


「――悪いね」
 僕は馬鹿なんだよ。赤と黒。笑い泣く道化の仮面が滑り落ちた。それでも、その顔は笑っていた。
 伸ばした手が運命の指先と絡む。誰も知らない運命の残量。磨り減ったそれが、最期を謳う様に燃え上がった。
 蒼白い花弁が降る。薔薇の花が溶けていく。甘く優しく漂う香りは血のにおいにも、八重の花にも似て。
 強くなければ、生きられない。けれど、優しくなければ生きている価値もない。本当に優しく強い人間などこの世界にどれ程居るのだろうか。
 少なくとも。自分がそうであれない事をりりすは誰より知っていた。救いがないなら、何もかも壊してしまえば良いのだ。
 そうして平たくした世界には、幸福も不幸も存在しない。奇跡も運命も優しくないのなら。何も無いほうがきっといっそ幸せだ。
 だけど。それでも。もしも、奇跡というものが起こせるのだとしたら。
「嗚呼、悪くない。……悪くないね」
 この二人が、救われて欲しかった。幸せに、なって欲しかった。本当なら叶わないその願いを叶えるだけの力を、加速する運命はりりすに与える。
 もう、その場の誰もが分かっていた。
 この『奇跡』は、最期の煌きだ。何時かは誰もが迎える最期。それを美しく迎えられるのだとしたら、もう、言える事など何も無かった。
 降りかかる花弁が、全てを包んでいく。運命の歯車が加速する。ただ、何も壊さず、何も傷つけず。優しいだけの煌きが降って、溢れる。
 眩しいばかりで見えなくなりつつある世界を、ぼんやりと見つめて。りりすはそっと、何とも知れぬ吐息を漏らした。
 何時だって。
 奇跡には、対価が必要だ。世界に無償の優しさなど存在しない。ハッピーエンドは常に何かの犠牲を強いる。
「それは、「僕」でも良いわけだ」
 さあ持っていけ。終わりの瞬間の煌きさえも。何もかもくれてやるのだから。相応の、奇跡を見せろ。
 溶けていった。視界に焼きつく程の白。一瞬、目を伏せて。まだちらつく視界を、ゆっくりと開いた。薔薇の花が、一気に舞い上がって消えていく。
 嗚呼。と。溜息に似た吐息を漏らしたのは、誰だったのだろうか。
 男が、眠るように伏せていた。そのすぐ隣。同じ様に倒れ伏した花嫁は、酷く緩やかに、瞼を上げて。
「……ああ」
 やっと、魔法は解けるのね。掠れて震えて、泣き出しそうな声だった。
 指先を繋いで。先に逝った、少しだけ冷たい唇に、己のそれを寄せた。其れが最期だった。ああ、しあわせ、と。
 呟く声と共に、転がり落ちたのは、透明な涙。瞳が伏せられる。本当ならもう二度と叶う筈の無かった誓い。奇跡は、ほんの一時、其れを叶えたのだ。
「僕は地獄へ行く。君たちは幸せになれ。今世か来世かまではしらんがね」
 確かに笑えない皮肉だけれど。一度だって叶わなかった願いを、この二人が叶えられたのなら。もうそれで、十分だった。
 淡い夢が醒めて行く。運命と絡めた指がほどけていく。
 零れ落ちるのは、花弁なのか、涙なのか。もうそんなのも分からなかった。
 花が降っていた。優しい香りがした。力を失って倒れ行く身体を、燃え溶けた運命の残滓が優しく横たえる。
 音は無かった。言葉も無かった。伸ばした手。ひらり、と舞い込んだ蒼白い花弁に、何時かの声を聞いた気がした。
 狂ったように咲いた花も、何時かは皆散っていく。それは恋とも、奇跡ともよく似ていて。りりす自身とも、よく似ていた。
 殺して貰えなければ死ねない筈だったけれど。殺して欲しい誰かがもう何処にも居ないなら、こんな終わりもきっと悪くは無い。
 夢も花も、奇跡も恋も。そこに永遠なんてものは存在しなかった。みんなみんな、指の隙間から零れてしまったのかもしれないけれど。
 誰かと交わした想いは残る。この心に。ゆめのようにやさしかったあのひのおわりと、同じ様に。
「……往くのか」
 投げかけられた声に笑った。否。笑えたのかも分からなかった。視界が、緩やかに暗くなっていく。花降る空が見えた。流れ落ちるような、黒が見えた。
 目を閉じる。りりす、と呼ぶ声。誘われる様に、深い深い、眠気にも似た気配に沈んでいく。
 もしも、彼女に逢えるとしたら。彼女はなんと言うのだろうか。怒るのか、悲しむのか。少しだけ考えて。
 どれも違うかもしれない、なんて、思った。きっと彼女は笑うだろう。ほんの少しだけ困った様に。逢いたかったわ、と囁くのだろう。
 もう、何も聞こえなかった。頬が濡れた気がした。其れさえも確かめる間も無く。
 りりすの意識は、完全に深淵へと溶けていった。

 ぽたり、と。
 雨が、降っていた。
 少しだけ優しい物語の終わり。
 降り注いだ花弁は、もう何処にも残っていなかった。

■シナリオ結果■
大成功
■あとがき■
お疲れ様でした。

隙のほぼ無い、非常に良い作戦だったと思います。
MVPは、物語としての結末を変えた貴方に。
結果は、ベースに素晴らしい作戦があったからこその上乗せです。

ご参加、有難う御座いました。