●彼という名の野心について その「存在」を知ることは一般人にとっては劇薬過ぎた。 「それ」に巻き込まれることも一般人にとっては死に等しい所業である。 だが、すべての出来事には『例外』が存在する。 在るべき場所、求めるべき出来事、起こりうる事実との折り合いを付けたものは、例外を味方に付ける術を知っている。 「アニキ、どうするんで? アークに正面切って喧嘩売るのはいい選択肢とは言えませんぜ。 『儀式』の効率化を考えるなら今回の件は避けられやしませんが、逆に言やぁ……」 「いいんだ、それで」 執務室に入ってくるなり、資料の束を叩きつけてきた部下――鎌岩と呼ばれる男に向け、彼は椅子を軋ませ向き直った。 その表情には穏やかさが垣間見えるが、確かな狂気が眠っていることは彼に関わる全ての人間が知っている。 『レイディ』。この界隈の人間でも知る者が少ない類であるそのアザーバイドを、彼は思慕している。 そして、その再会をしてピリオドにしようとしている。 そのための準備としては、彼の箱舟の介入を予測しているとはいえ余りに――そう、鎌岩から見ても余りに杜撰と言えた。 「僕が求めているのは『ヒント』さ、あれが手に入るに越したことは無いが、僕は知りたい」 彼らの閾値というやつをね、と。 背後に立てかけていた異形を掴み、彼は告げた。 ●『レイディ』 「『逆凪』準幹部、阿瀬 省午(くませ しょうご)。先日、『クロイツ・プリフィカ』誘拐未遂の件での目撃情報から照会した結果、この人物である可能性が高まりました」 手元の資料をめくりながら、『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000202)はため息混じりに告げた。 「それに伴い、かれの経歴を洗いだした結果、どうやら彼にはとある目的が存在したことが判明しました」 「……『レイディ』、か」 「ご名答です。先日の報告書にあった『伝承上の存在』は、どうやら過去に一度、ボトムに降りている。 それによって起こされた事件は不発弾の処理失敗の案件として表向き知られていますが、実のところは彼女の迎撃に伴って起こった事故であることが推測されています」 「その時は、倒せたのか?」 「いえ。当事者たる革醒者がほぼ全滅しており、状況証拠と各種データの状態から見て、強制転移もしくは不完全な襲来だったのでしょう。正確なデータはありませんが、相応の実力だったことが想像されます」 日本の神秘界隈は、戦後以降深刻な空白期間を孕んでいる。 戦後復興により力をつけつつあった革醒者もナイトメア・ダウンにより大幅にその数を喪い、フィクサード達の横行を許す程度には危険な世界だ。 それを置いても、その出来事がどれほどのものかは分からぬ道理ではあるまい。 「今回、阿瀬とその配下『鎌岩』を含むフィクサード集団が狙うのは、とある鍾乳洞内に存在する鏡のアーティファクト『月詠祓(つくよみばらい)』。 どうやら、異界に対する融和性の高いものらしく……回収も破壊も任務ではありません。ここから動かさず、フィクサードを撃退する。それが任務です」 回収も破壊も、その後訪れるであろう出来事からすれば得策ではない。 護るものを背に戦う事は、決して容易ではない。 果たして、これは。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年11月15日(木)22:55 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●恋の始まる音のこと 「恋は盲目と言うけれどもねぇ……」 鍾乳洞の天井を見上げながら、『大人な子供』リィン・インベルグ(BNE003115)は呆れた様子で口を開いた。 彼の呆れ振りもまあ、確かに当然ではあろう。 主流七派において、アークの脅威度は日増しに増大しつつあるのは確かな事実だ。 そして、彼らにとって選択肢と言えば、正面切って対峙することを覚悟するか、その視界から隠れることか、一切の想定を切り捨ててコトを進めるか、の三つといっていいだろう。 今回の相手に限っては、まっさきに第一の選択肢を持ちだしたのだ。 「一度撃退されたからといって、諦める手合いではありませんか」 ふう、と体勢を整え状況を確認した『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)はその状況の異様さ、不利さを理解せざるを得なかった。 数だけを考えればリベリスタ側に分がある。単純戦闘で負ける見込みなどあまりない、と言っても差し支え無いといえる。 だが、今回に限ってはそうではない。今回は護衛よりも尚難解な防衛任務。 攻めるならいざしらず、守りに徹しつつ相手を退けるための戦いなのだ。その上、相手の真意に迫るというのは、難解極まりなかろう。 「アーティファクトを守るのは初めてかもしれません」 「ヤレヤレ、面倒なヤツに目をつけられたっすね、ホント」 肩を竦め、厄介そうだと首を振る『LowGear』フラウ・リード(BNE003909)だが、彼女自身は迫る相手に躊躇する気も萎縮する様子もありはしなかった。 迫ってくるなら退ける。面倒ならぶっ潰す。分かりやすい原理に身を置けば彼女の速度を遺憾無く発揮できることは間違い様のない事実。 故に、近づかれる前に自ら踏み込む、と構えた彼女に隙はない。 方や、風見 七花(BNE003013)は緊張感に身を硬くしながらも、努力することで未来を引き寄せようとする意識そのもの。 後衛に引っ込んでいる訳にはいかない、と僅かに身を預けたその位置から迫る意識の波濤は重い。それだけのプレッシャーが迫っている、ということだろうか。 「寓話は常に幸せだと相場が決まっている」 「恋の為なら手段を選ばないなんて、随分情熱的なのね?」 幸せになれぬ寓話、安心できる終わりがない恋物語など見ているだけで心が締め付けられるものだ。 『刃の猫』梶・リュクターン・五月(BNE000267)にとって、『そんなもの』はあっていいものではない。 護るべき相手を、護りたいように動き、戦い、成し遂げる。例えそれがどんな破滅的な寓話を招き寄せるための前振りでも構わない。 そうでなければここに立つことなどなかっただろう。恋物語など目を背けて、他の仲間に託しても良いくらいだ。だが、そうもいくまい。 友人たる『帳の夢』匂坂・羽衣(BNE004023)が世界のしあわせの為にこの場に立つことを選択し、遠間から自らを覗きこんだ彼らに自らを名乗った以上、逃げるという選択肢は五月にはなかった。 羽衣も、『しあわせ』にするべきではない相手との対峙とあらば戦うことに異論無い。 眼の前に現れれば押し返す。たとえ退けても、彼らが世界に仇を為すなら最後まで。 彼女らには、それだけの覚悟がある。 「ヒントが欲しいか、分からなくもないね」 自らも神秘を求める立場として『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)には、たったひとつのヒントが与える影響が如何に重いものかなど語るまでもない事実である。 ヒントからの閃きは努力には勝らない。だが、努力を補完して余りあるのがヒントから生まれる発想力だ。 殊、この状況下に於いてその発想力がどれほどの脅威となるかなど考えたくもない。 ならば、ヒントの一片も与えず彼らを打倒することこそ彼女の役目である。 そうしなければ、やがて訪れる破滅が与える影響の大きさが、寒気がするほど狂おしく。 「来やがったか、仕事の時間だぜ」 やれやれといった風情で構えた『ヤクザの用心棒』藤倉 隆明(BNE003933)にとって、これから現れる相手が相応の相手であることは言うまでもなかろう。 啖呵は切った。再戦を誓った。目の前に居るならば挑まない道理はなく、対峙したなら戦わない道理はない。 規則正しく地を蹴る足音がひたむきである以上、否、ひたむきであればあるほどに。 その脅威が如何なるものかを感じずには居られない。 彼の背筋を寒気が駆け抜けた。それは、恐らく今まで何度も、彼が体験した寒気。 ――覚悟がなければ、負けるというそれだ。 「御機嫌ようフィクサード。会うのは二度目かしら?」 「ご加減如何かなリベリスタ。あの『プレゼント』は気に入ってくれたかい?」 流麗に頭を下げる羽衣に、恭しく頭を下げ、両の手に獲物を構える省午。 プレゼント、とは恐らく、先だっての戦いで跡形もなく命を散らした彼のことだろうと、考えるよりも先に怖気のする笑みが察することを強制する。 「逆凪。その力、オレに教えてくれ」 力足らぬと感じる自分を覚えさせた上で、相手のすべてを見透かしてみせる。そう、五月は告げる。 「一曲踊ってくれないか。君達の未来を、僕は見たい。さあ、ダンスの時間だ」 「くるくると無駄に踊るのはアンタっすよ、フィクサード」 そんなやり取り関係ない。既に遅い、と云わんばかりに踏み込んだフラウに、省午は静かに言葉を紡いだ。 「――La Danse Macabre(死の舞踏を)」 ●愛が縺れる夢のこと すう、と息を吸う音に合わせるかのように、フラウの初撃は鎌岩の構えた剣に叩きこまれた。 最も意識が逸れるタイミングで襲いかかるそれは、鎌岩とて軽々に流せるものではない。 「うちの相手は元からアンタだ。ドッチが先に音を上げるか、我慢比べと洒落込もうじゃないっすか!」 「瞬間火力だけなら褒めてやるよ嬢ちゃん……いやボウズか?どっちでもいいさな、そんなもん。だが、俺に挑みかかるにはちと過呼吸気味じゃねェかい」 ぜ、と呼吸を整えながら笑みを絶やさないその姿は、ああ、確かに苛立たしい。 あの一撃で終わってしまえば良かったというのに、この堅牢たる刃は刃こぼれ一つこぼしやしない。動きを縫い止めたと思ったのに、僅かな誤差が憎らしい。 「環境を気にしながら戦うというのは、なかなかに厄介ですけど……!」 「ああ、悪くは無い。練り上げたか」 雷撃の出力におっかなびっくりに、しかし狙いを確実にして七花のそれが宙を這い、フィクサードへと飛び込んでいく。辛うじて鍾乳石に当たることを避けたものの、空間に舞う神秘濃度は僅かながら増したように感じられた。 それにやや早いか、隆明が前に出て拳を振り仰ぐが、その意志が先走ったか、逸る意思はその一撃を虚しく空へと持ち上げる。 がら空きの彼の胴に叩き付けられる、デュランダルの渾身の一撃は、威力こそ低くあれど軽くはない。そこに現れるだけの覚悟はあると、その刃は告げていた。 「レディを踊りに誘っておいて動かないなんて随分なのね、フィクサード。それとも踊る余裕もないのかしら」 「君、それを言うなら前に出給えよ。僕の目は彼女以外を視界に入れたくないのでね、手短になら相手してあげよう」 「純粋なんだな、逆凪の割に」 地面に長物――杖にしてはあまりに歪なそれを突き下ろし、腰元の短刀を抜き放った省午は、軽口を叩きながら死角に入った五月の一撃目をゆうゆうと弾き飛ばす。 だが、彼女の覚悟はその程度の軽業で全てを終わらせるほど生易しくはない。弾かれた更に上、叩き込んだ衝撃派が彼の頬を裂いていく。 「成る程、『逆』か。せっかちなんだな」 「生き汚いだけさ」 悠然と、しかし僅かに頬に流れる血を拭いもせず、省午は小さく息を吐く。それが、単なる呼吸ではないことを五月は知っている。 「この狭い空間で燃える炎、綺麗だと思わないかい?」 「……焔獄、舞いなさい!」 インベルグが、続いて紫月が弓を引き、熱波を地に撒き散らす。並の破壊力ではなく、並の精度でもない。 確かに、その戦場を蹂躙(どうにか)してしまうには十分過ぎる筈の爆発力だ。 幸いにして、鍾乳石『には』ダメージを与えず済んではいる。着実に、フィクサードの戦力を削ってはいる。 だが、その隙から流れ出す歌声は、一手の打倒を許さない。まだ戦えると息を巻く。 どうにかしてしまうまで、その一時を保たせると言わんばかりに風が舞う。 「何を企んでるのかは知らないけど、これだけは分かる……あの杖も短剣も、大なり小なり『まずい』。近づけちゃいけない」 「綺沙羅、何を感じたの」 「解らない。けど、言葉に出来ないくらい」 恐ろしい何かが、そこにあることを感じていた。 だからこそ、影人の動きは素早く、月詠祓の前に布陣することだけを目的として動いていた。 既に彼女は、その時に感じ取っていたのだろう、思い立っていたのだろう。 省午は『動かずに呆けて』などおらず、既に準備を整えていたということ。 それが、一体何を行うための準備だったか、ということを理解した。 彼は最初から『戦う』ために来たのではない。 彼は最初から『引っ掻き回すためだけに』現れたのだ。 「チィ……!」 「させんよ、疾いの。ここまで来たんだ、ゆっくりしていけ」 フラウが、その違和感に焦り踏み込もうとするが、その道を遮ったのは鎌岩だった。刃を向けるには、一拍足らぬ。 「貴方達の好きにはさせてあげないわ。何をしても、ね」 「何にせよ護るためには不必要だ、消えて貰おう」 「ああ、そうだな。不必要だ」 君達の在り方が、と。 つぶやくような構えから、省午の短剣は五月の紫花石を弾く。 デュランダルの護りをぎりぎりで抜けた隆明の額を、貫かれたかのような怖気が襲う。 次の炎を番えた射手二人が、揃って自らを貫く何かを幻視する。 「箱舟は、疫病で沈むのかい?」 呪いが魔力を奪っていく。奪われた魔力量は少なくはなく、立て直すには少なすぎた。 それが何を意味するかを理解する前に、短剣が胸を掠めた紫月は、その一瞬で意識を刈り取られるが、何とか踏みとどまりはする。 彼女などまだいいほうだ。隆明などは、既にその動きを止めてしまって、指の一本も動かせはしない。 その攻防を以って、綺沙羅は『それら』を、断片的に理解した。 その杖は、魔力の源泉を欠いた隙に滑りこむ毒のように、自分たちを貫いたということ。 そして、その刃は『隙』を作り出す為に放たれた業であるということを。 「阿瀬省午、貴方はこの戦いで何を――」 「僕のことよりも、心配することが他にある。違うかい? ……なあ、鎌岩」 その声にはじかれるように、七花と羽衣の魔力が渦を巻いて殺到する。 獲物を求める獣の牙のように、地面に叩きつけられたそれが数名のフィクサードを巻き込んだが、恐らくはそれで精一杯だ。 『圧倒的』はもうありえない。数の優位はしかし、意識を刈り取られればそれで終わってしまいそうなほどに刹那的だ。 「僕が君達を乗り越えたら、後は何も残らないだろう? 次は、どうするんだい」 その問いかけはまるで児戯に浸る子供のようで。 一小節だけ癒しを運び、次に倒れる神聖術師の満足気な表情が実に恨めしい。 ぎり、と歯噛みする音が響く。それがスイッチであったかのように、フラウは更に加速する。 初撃こそ応ずる間もなく受け止めた鎌岩だったが、硬さを身上にするという触れ込みは伊達ではなかったようだ。 正面から彼女と切り結び、或いは弾き或いは受け、それでも倒れぬ根性は異常という他はない。 「とっとと……倒れりゃいいじゃないっすか……!」 「その言葉、そっくり返すぜ小娘ェ! 省午さんの為に、その道開けな!」 喋るだけの猶予。それは省午の一撃を抜け限界を超え、魔力が底をついた彼女をして驚嘆せしめるもの。 「ねえフィクサード、さっきの質問の答えは出た?」 「恋は待つこと、愛は求めることだ。違うかい?」 「全然なってないわ。そんなんじゃお姫様に会えないわ、残念ね」 ほんとうに残念、と肩を竦めた羽衣に、語りかけるような気安さで省午は炎を放り込む。 避けることに長けた彼女でさえ裾を焦がす炎。影人は形すら残さず消え、綺沙羅とて軽微ではない傷を負う。 だが、逆説的に述べれば、それが彼の与えた最後の手傷だった。 がしゃり、と砕けた盾の一部が地面に落ちる音がした。五月が振り下ろした刃は、その破片を巻き込んで突き抜けた。 「省午、君はオレを覚えてくれ。また会いに行くから」 「知りたかった物は図れたっすか?」 それらの問いに、応じた者は居なかった。 だが、確実に言えることは、リベリスタが彼らを退けたという只一点。 そして、怨讐とは或いは実力をも超越するほどの能力を魅せつけると言って過言ではないという、事実。 「ところで、恋と愛の違いって何」 「恋は自分の為であり、愛は常に誰かの為にあるのよ。だから」 可哀想。あのひとは一生『レイディ』を愛せないのね。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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