● 公園の中に歌声が響く。 まるで洞を通り抜ける風の音のような低い歌声が。 「さぁ、踊りましょう、かわいい子。私の私の大事な子」 歌を聞いて子供達は我先にその歌い手へと駆けていく。 制止する者は誰一人としていない。 子供たちの親は動けない。歌い手の姿を見てしまったから。 「踊ろう踊ろう一緒にね。可愛い貴方は私の子供?」 歌声の主はそう言いながら、近寄ってきた少年の一人を抱き上げ、顔を近づける。 その光景を目にして、抱き上げられた少年の親は失神する。 それも当然であった。その歌い手の姿は完全に常軌を逸した姿だったのだから。 ほとんど抜けて縮れた髪。もはや色も分からぬぼろぼろの服。化粧と一緒に肉の剥がれ落ちた顔には所々、白い蟲がうごめいている。 だが、腐臭漂うその顔を近づけられても、少年はにこにことした笑顔を崩さない。まるで、魔法にでもかけられたかのように。 「違う、違った。貴方は私の子供じゃない!」 だが、そこで歌い手の口調が変わる。その言葉に覗くのは絶望と憤怒。 歌い手はその異様に発達した右手で乱暴に少年の体を地面へと叩きつける。 あっさりと砕ける幼い頭蓋骨。周囲にピンク色の肉片が散る。 「ねぇ、何処なの? 私の子供は!」 異形の体が子供の血で赤く染まる。脈動し、わずかに大きくなるその体。 やがて、10秒もせぬうちにその脈動が止まると、その異形は再び歌い始める。 「遊びましょう、踊りましょう、可愛い可愛い私の子供。それは貴方?」 周囲の子供達は少年の死を気に留めることなく、異形の周りで踊り狂う。 再び伸ばされる手。 そして、地面に叩きつけられる新たな幼児。 数分後、そこにあったのは折り重なって潰れる子供達の姿と、最初よりもはるかに巨大な姿になった異形の姿。 「ここにも、居なかった……どこなの、どこなの私の子」 子供が一人もいなくなり、静まり返った公園の中に。 悲しく低い歌声がただ、響き渡る。 ● 「コードネーム『ハリティ』、フェーズ2のエリューションアンデッドです。急速に力をつけてしまうこの個体を今回は止めていただきます」 画面に映っている惨状に顔を顰めながら、『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)はリベリスタ達へと向き直る。 「彼女の戦いにおける能力はさほど厄介な物ではありません。体力の高さと周囲を混乱させる歌声は面倒ですが、攻撃手段は近くの人間への打撃のみ。配下も一切連れていません。若干の知性と理性は残っていますが、戦術を構築するだけの知能もありません」 そこで一度話を切る和泉。 話だけを聞けば簡単に倒せそうな敵。だが、それだけならば8人ものリベリスタが集まる必要はないはずである。 察したリベリスタが話を促すように視線を向ければ、彼女はその口をようやく開く。 「元々ハリティは自分の子供との一緒の生活を他者に引き裂かれそうになり、二人で無理心中した女性でした。エリューションと化してしまった彼女は今、この世にいるはずもない自分の息子を探し求めています。もう一度、二人で死ぬために」 彼女は子供を見れば、確認せずにはいられないのだ。それが自分の子供ではないかと。 手を握って連れられている子供を見れば、それを止めずにはいられないのだ。かつて、自分の子供が連れて行かれそうになったから。 そして、子供が自分の子供と違う事に気づいたのなら……その怒りと狂気に任せ、その子供を打ち据え、殺してしまう。 「彼女の特性、それは子供に近づく事に特化した能力を持ち、子供を殺す事によって戦闘能力が強化されていく、というものです」 子供を殺すたびに、子供の無念の思いが、自分の子供ではない事のハリティの落胆が、彼女の妄念と肉体を強化していく。 彼女の子供が既にいない以上、彼女の行動は無理矢理止める以外に終わらせる事はできない。 「彼女は本来の姿を隠して子供達やその母親に近づくことが出来るんです。そして、気を許したところで、本性を現します。彼女の周囲にいるE能力を持たない子供は、全員彼女に引き寄せられ、逆に大人はその恐ろしい姿を見て動けなくなります」 そこから先に起こる事象は想像に難くない。 「彼女が現れる場所は公園。今からすぐに向かえば、事件が起きるよりもわずかに早く到着できるかと思います」 昼時の公園に集うのは、まだ幼い子供達とその親達である。仲のいい複数のグループが偶然集まったのか、そこには12人の幼児達とその同数の母親がおり……そしてその中に、ハリティは悠然と混じっているのだという。 「エリューション能力も隠して人間に擬態しているので、一見だけでハリティを見分けるのは非常に困難です。なんらかの発見手段を考えなければ……最初の被害は防ぐのは難しいと思います」 苦々しげな表情の和泉。だが、彼女を発見し戦いが始まっても、被害は止まることはない。 「本性を現したハリティの歌声に惑わされた子供達は、我先にハリティへと走っていってしまいます。近寄ったら最後、子供達は死ぬまで彼女の傍を離れようとしないはずです」 子供達がハリティへ近寄らぬようにブロックに回ることは可能であろう。子供の動きを止める事に注力するならば2人を同時に止める事も出来るはずだ。 だが、当然ながら子供の動きを防ぎながらハリティの動きを止められるわけもない。陣形や戦術には気を配らなければ、あっけなく子供の命は奪われていくであろう。 「ハリティの力は……公園の子供を全員殺害した場合、最初の5倍以上まで膨れ上がります。この状態のハリティの対処はまず不可能です。おそらく半数を殺害された時点で、もう対抗できるかギリギリのラインだと思います……ですが」 そこでもう一度、和泉は言葉を切る。そして口を閉ざし、下を向く。 逡巡というには長すぎる沈黙。その表情は窺い知れない。 しかし、彼女は決心したかのように顔をあげ、再び口を開く。 「ハリティの能力強化は、彼女自身の手で子供を殺す必要があります。子供が死ぬ事がトリガーではありません」 勘のいい一部のリベリスタは、その言葉に目を細める。その視線に込められているのは非難か、苦悩か、それとも英断への称賛か。 「今回、一般人への被害はどれだけでても構わない、という通達を上から頂きました。どのような手を使っても構いません。ハリティを倒してください」 その意図に気づいたリベリスタの一部が、怒りのあまり立ちあがる。だが、その先は言葉にならない。和泉も同じ気持ちと察してしまったから。 8人のリベリスタには許可が与えられた。『ハリティを強化させぬために子供達を殺しても良い』という許可が。 アークの決定は非常に合理的なものである。僅かな時間でその能力を5倍にも高める事が出来る化け物を放置しておくわけにはいかない。もし仮に、それだけの強化を受けたハリティが公園を飛び出し行方をくらませば、どれだけの被害が出るか、どれだけ打ち取ることが困難か。それはもはや想像もつかない。 小を殺して大を護る事が出来るなら、アークはその選択肢を示す事に躊躇わない。 「情報は以上です。後は皆様が選択してください」 どうか、お願いします。 絞り出すようにそれだけを告げると、和泉はブリーフィングルームを立ち去る。 全ては、ブリーフィングルームに残されたリベリスタ達にゆだねられた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:商館獣 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年11月12日(月)00:48 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● さほど広くない公園の中、聞こえてくるのは子供達の黄色い声と、母親達の談笑の声。 母親達も、砂場で遊ぶ子供達も、ブランコを漕ぐ子供達も誰も気づいていなかった。危険がすぐそこまで近づいていることに。 そして、公園の中心でボールを投げて遊んでいた子供達もまた気づいていなかった。 その輪の中に混じっている女性の一人が、誰かの母親ではなく死者であることに。 「確実ね。あの黄色い服の人がハリティよ」 手にした銃型のアクセスファンタズムへと、公園の外を歩いていた女、『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)は語りかける。 引き金に沿える指には震えはない。彼女は散歩を装って公園の外をゆっくりと歩く。 「こっちは準備運動完了だ。トラック一周くらいなら軽く駆けれるぜ。そっちはどうだ?」 自らの役割とかけたジョークを飛ばすのはエナーシアとは離れた場所で屈伸する『20000GPの男(借金)』女木島アキツヅ(BNE003054)である。それに返ってきたのは、二つの凛とした声。 「いつでも、いけます」 「こちらも準備完了。カウントして同時に、で如何でしょうか?」 作戦の中核を握る二人の少女の声が、作戦決行までのカウントダウンを告げ始める。『すもーる くらっしゃー』羽柴壱也(BNE002639)の身体に緊張が走る。 少女の耳に聞こえるのはただ、心臓の鼓動音。しかしその音は自分ひとりの心臓のものだけではない。 聴覚を強化した彼女の耳に届くのは公園の中で日常を謳歌する24の一般人の心音。それを護るために彼女は来たのだ。この音を一つたりとも消したりはしたくない。 その視線は自然と、公園の中央付近に立つ、唯一の心音のしない女性へと注がれる。 その姿は一見すれば普通の女性に見えたであろう。笑顔でボール遊びをする子供達の相手をしてあげているその女性だが、その体は『薄明』東雲未明(BNE000340)の視覚では、人に非ざる事を示すほどの低温を示しているのが見て取れた。 異能があれど、命を救える機会は決して多くはない。それを理解している未明は心の中で反芻する。間に合わせてみせる、誰にも被害をださずにこの戦いを終わらせる、と。 二人の仲間が動き出したことを確認し、少女は敵に気づかれぬよう発動を遅らせていた結界を展開する。 そして、舞台は整った。 公園の入り口に立つ二つの人影、それに気づいたのは数人の母親達であった。 東の入り口に立つのは、セーラー服の少女。刀を左手に携え、凛として立つ金髪の少女の姿はまるで太陽のよう。 西の入り口に立つのは、漆黒の衣装の少女。黒く統一された衣装の中で銀髪とナイフが輝く姿はまるで月のよう。 「さぁ、おいで。遊んであげる」 二人が公園に足を踏み入れた瞬間、子供達の目が一斉に二人の内、近い方へと向く。 神秘を乗せた『不屈』神谷要(BNE002861)達の言葉に、子供達は一瞬で引き付けられたのだ。 子供達が、二つの入り口へと向けて走り始める。怒りに目を染めて。 母親達は突然の事態に大半の者が目を丸くしている。無理もない、彼女達は神秘を知らぬのだから。 「あら、ハロウィンの仮装かしら? 優ちゃん、走っちゃダメ……」 中には、能天気な言葉をかける母親もいるが、その言葉は止まる。ある物を見て。 それは、一瞬にして叩き斬られた公園の木の枝。『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)は己の持つ武器が本物である事を見せつけながら叫ぶ。 「振り返るなっ! このまま子供達を捕まえて外へ逃げろ!」 「帰っておいで、遊びましょう、私のかわいい子供を連れて行くのは、誰?」 舞姫の宣言と、他のリベリスタ達と『敵』が動き始めるのはほぼ、同時であった。 公園の中心より低い歌声があがる。今まで纏っていた女性の幻影を脱ぎ捨てるエリューション。 悲しい子守唄の中に若干の怒りが込められているのは、おそらくは気のせいではあるまい。舞姫と要がハリティから離れるよう、左右から子供達を分担して引き離したために、ハリティの傍らには子供はいなくなったのだから。 「そこまでで御座る。それ以上、無為に命を捨てる事など許されぬ」 子供達の方へと歩もうとするハリティ。だが、その前へ影が立ちふさがる。すぐ傍らの木の陰に潜んでいた『影なる刃』黒部幸成(BNE002032)が、即座に子供達とハリティの間に割り込んだのだ。 「離して、返して、私の子供」 振り下ろされる剛腕。それを幸成は刃で弾いて威力を押し殺して受け止める。 (危うかったで御座るな……) 幸成の背を伝う冷や汗。舞姫と要が子供達を別方向へ誘導したため、ハリティはどちらの方向へ動く可能性も十分にあった。 両方向への動きをブロックするのはさすがに彼といえど難しい。自分の方へハリティが来たのは偶然だ。 その『幸運』に彼は心の中で感謝する。 「鬼子母神と言えば、改心するものだけれど……」 今回は難しそうね、とため息をつきながら来栖・小夜香(BNE000038)は異形と化したエリューションの身体に巨大な柱の幻影を重ねる。 エリューションの姿を見た大人はその動きが封じられる。ゆえに、その姿を幻で覆い隠す事で彼女は周りの母親達の動きを封じさせぬようにしたのだ。 幸い、ハリティが真の姿を見せたのは一瞬のみ。舞姫達のパフォーマンスが幸いし、一部の母親を除き、殆どの者がハリティの存在に気づいていない。 「予想通りですね。皆さん、お願いします」 「おっけー、任せて!」 ハリティの厄介な特性は、その見た目だけではない。 紡がれる歌声は子供達の心を縛る。要達へと近寄っていた子供達の足がその場で止まり、自然とハリティの方へと向く。子供をかどわかす子取り歌、その力はアッパーユアハートで与えた怒りを上書きしていく。 だが、リベリスタ達はそれも想定済み、子供達を引き寄せた二人はもちろん、小夜香は砂場の子供達の傍へ、未明はブランコから走り出した子供達の傍へ、エナーシアと壱也はハリティの近くへで遊んでいた子供の傍へ。 それぞれ、公園の柵を乗り越えて一斉に走り寄って二人づつの子供の動きを止める。 「ここから先は、通さないわ……ごめんなさい」 両手に持ったスタンガン、走る距離が少なかった未明はそれを子供の首筋に押し当てスイッチを入れる。 バチリ、という音と共に子供の身体が崩れ落ちた。 「ここまでは、俺達の思惑通り、か」 公園の柵を乗り越えながら、アキツヅはそう呟く。 最初の十秒、それがこの依頼の焦点になることをリベリスタ達は把握していた。 子供を近くへ呼び寄せ、殺してしまうハリティ。 彼女に近寄ってしまった子供を救う事は非常に難しい。 だからこそ、リベリスタ達はハリティから子供を引き離し、ハリティへと近寄らせないために完全な策を練ったのだ。 ある程度ばらばらにいた子供達も、舞姫達が引き寄せたおかげである程度固まり、リベリスタ一人一人が二人の子供を押しとどめられるような配置に綺麗に収まっている。 ハリティ自身も潜んでいた幸成がその動きを止めている。 完全に動きを止めるのは難しいが、アキツヅが子供を止める動きに加われば、エナーシアもその足止めに加わることが出来る以上、あと十秒もあれば完全にその動き封じられるだろう。 完璧に近い動き。 後は未明達の無力化した子供を捕まえてトラックに押し込んでしまえば、ハリティがリベリスタ全員を突破しない限り、彼女は子供達に近づく事はまず不可能になる。 混乱を伴う歌が怖いものの、想定外の事が無い限り子供達は助けられる、と彼は確信する。 「あと少し辛抱して……」 子供達を収容するためのトラックを取り出そうとアクセスファンタズムに手をかけるアキツヅ。 だが、その手が止まる。 彼の前を一人の人間が駆けていったから。それは、想定されていない事態。 だから、彼は。 「ごめんね、少しだけの辛抱だから」 手にしたスタンガンを子供へと向けて、壱也は呟く。相手を殺す事が無いとはいえ、幼い子供へとそれを向けるのは躊躇われた。 だが、それでも彼女はそれをそっと子供の身体へと押し当て……。 「優ちゃん!」 その手が止まる。そこへと走ってきたのは、母親の一人。 小夜香がハリティへ幻影に被せた事で、母親達はその動きを封じられなかったのだ。 「良かった……」 両手と共に翼を広げ、子供二人の体を受け止めながら、小夜香は息を吐く。 母親達が舞姫の宣言通りに子供を抱えて逃げてくれるならば、子供達を気絶させる必要すらなくなるのだから。 駆け寄ってくる母親、それを見て壱也は笑顔で警戒を解き。 「お願いします、この子を連れて逃げ……」 「駄目! お母さん! 私達は味方なのです!」 叫んだのはエナーシア。その口調には余裕も何もない。彼女の直観が示したもの、それは。 自分の子供に向けてスタンガンを構える者を見て、果たして母親は咄嗟にどのような行動を取るであろうか。 ある者は、身がすくみ、あるいは混乱し動けなくなるだろう。 ある者は、このために命乞いをするかもしれない。 そしてある者は……その身を挺して子供を庇う、あるいは敵から引き離そうとする。 リベリスタ達と同じ事を考えて。 ほとんどの一般人はハリティの存在をまだ認識していない。 ゆえに、母親達はリベリスタ達こそが敵だという認識を抱くほかない。 もし、誰か一人でも、立ち向かう気を起こさせぬ威風を纏っていれば、あるいは違ったかもしれない。 だが……。 「え?」 ドン、という衝撃。母親の渾身の体当たりを受けても、リベリスタたる壱也の身体にはダメージは全くない。 されど、やや小柄な彼女はそれを受け止めきれない。二人の子供を通さぬよう、受け止めながらでは。 わずかに崩れる体勢、その隙間から、受け止めていたはずの温かさが、二つの心音が後ろへと逃げていく。 「さあおいで、可愛い子。私の大事な……」 ハリティの声、それに誘われるように駆けていく子供達。振り上げられるハリティの腕。 元々ハリティの近くで遊んでいた彼らが、ハリティへ近づくのにかかる時間はほんの僅かしかない。 「っ……死なせるもんですか!」 「守って見せる、絶対に!」 咄嗟に投げつけられたのは未明のスタンガン、遅れて放たれたのは小夜香の光線。 投げつけられたスタンガンを腹部で受け止め、あるいは光で射抜かれ転がる子供達。衝撃で大地に転がる二人。 (お願い、間に合って……!) 心の中で創造主へ祈るエナーシア。 あぁ、されど、既に『幸運』は一度起きていた。 子供達は駆けている中で撃たれたために、バランスを崩して倒れる。 ハリティの方へと向けて。 (また……護りきれないの?) 要の背を悪寒が駆け抜ける。既に子供達はアンデッドの腕の届く距離。十字の光では死者の妄念を撃ちぬけない。 「御免!」 その中で、黒い影は動いた。 救える可能性がある限り、諦めるつもりはなかった。だから、幸成は子供の一人をその身を挺して庇う。 まだ、一人だけなら救える可能性が残っていたから。 そして、銃声が響き渡る。 振り下ろされるハリティの腕は、幸成の身体を打ち据え、そしてその横で倒れていた骸へと振り下ろされる。 弾丸に貫かれて物言えぬ姿となっていた少年の身体が、完全に粉砕される。 「なあハリティ。ママが言ってなかったかい? ――愛してるってさ?」 銃身を切り詰めた銃を手に、アキツヅが問いかける。 引き金を引くのに使った力はほんの僅か。 なのに、何故。こんなにも吐き気がするのであろうか。 「愛してるわ、愛してる。私の子供を愛してる、でもこの子は違った、この子じゃない」 「優ちゃ……嫌ああああぁぁぁ!」 幸成がブロックをしなかったために、幻影の外へと現れたハリティ。 その姿に、そして少年の死を見て、母親たちの悲鳴があがる。 「……そうかい」 ただそれだけを、アキツヅは吐き捨てた。 ● 阿鼻叫喚と化した公園、その中に広がるのは惨劇の光景。 動けぬ母親達、トラックの中で動かない子供達。 ただ、幸いだったのは公園の中に死者が1人だけしかいなかった事であろう。 「これ食って、もう少し辛抱してな」 「終わったわ、行くわよ!」 最後の子供をトラックに乗せ終わると、未明はその場から跳んで刃を振るう。 使い慣れているはずなのに、わずかに震える刃。その中に込められているのは、無念か、怒りか、それは自分でもわからない。 振るわれた刃は空を駆けて妄念の主を傷つける。僅かにゆれるハリティの体。 同時にクッキーを子供達へと投げたアキツヅも振り返りざまに敵の体を撃ちぬく。 一人の子供も殺せなかったゆえに、彼女の身体は一切の強化を受けていない。 「貴方のお子さんはここにはいません」 ゆえに、あっさりと。舞姫の放った無数の刺突は彼女の心を砕く。 「いるわ、いるのよ、私の子供は連れてく、連れてかれるのは……私のせいだけど」 魅了され、己の身体を掻き毟り傷つける死者。そのむき出しの眼球からは雫がこぼれる。 「もう、やめよう。貴方の探している子供は、貴女が笑った先にいると思うから」 その過去に何があったかは知る由もない、けれど、壱也はそう信じて刃を振るう。鬼女の如き一撃がその身を穿ち、痺れさせる。次の瞬間、ハリティの喉に風穴が空く。 「BlessYou、早く逝ってあげなさい。賽の河原に。迷ってるだけ無駄よ」 家族を持たぬエナーシアには、彼女の感情はわからない。されど、その嘆きの果てには何もないだろうという事はわかる。 「でもね、辛いのよ苦しいのよ、皆も分かるでしょう? 失くすのは辛いの、子供は私の全てだったの」 だから……と、ハリティは喉に空いた大穴から、歌にならぬ音を響かせる。子供に聞かせる子守歌だったのであろう音を。 自らを呪いで蝕みながらのその歌が、壁となっていたリベリスタ達の心を侵食していく。 「えぇ、わかっています。失くした物は戻らないだからこそ……」 護りぬきたかった。 要はその身を挺して壱也を庇う。心の中に生まれたのは嘆きの心、弟を助けられなかった嘆きがその身を焼く。 されど、それはもう既にずっと思い続けていた事。慣れたくもないのに慣れ親しんでしまった悔恨の感情。 「それでも、貴方の手は傷つけるためにあったんじゃない!」 だから、小夜香の息吹を伴う声を聞いただけで、要はすぐに己を取り戻す。 そんな感情に屈する程に、不屈の称号は軟ではない。 「……わたしは」 何かを失った事は少なくない。 欠けた身体を持つ少女は、息吹で妄念を振り払うことが出来ず剣を振り上げる。 失ったものを取り戻したい、その強い思いが舞姫の身を焦がす。ハリティの気持ちも理解できなくはない。 「それでも、後悔をしたくない」 きっと、ハリティの心の中を占めているのは後悔の念なのであろう。 自ら殺してしまった子供に謝りたい、探して見つけ出したいという。随分、歪んではしまったけれど。 しかし、彼女は自らの傷に、後悔は一つもない。それらは、彼女にとっての誓いだから。 だから、舞姫の刃は己を貫く。誰も傷つけないという誓いに従うため。 口から零れる血を拭うことなく、彼女は運命の力で切腹より立ちあがる。 「もう、迷うのは終わりで御座るよ。どれだけ辛くとも」 幸成の影が、背後より死者の頭へと打ちおろされる。 それが、最後。ハリティの首が音と共に折れる。 ゆっくりと崩れていく体。 「はよう、息子の元へと逝くがよう御座る」 死者はもう、歌を紡げない。 ● 戦いが終わり、アークの職員が駆けつける。呆然とした子供達や母親に処置が始まる。 それを背にして、リベリスタ達は戦場を後にする。 「……っ」 震える手で、壱也は携帯を握っていた。先輩の番号の表示されたディスプレイ。 されど、通話ボタンを押せない。零れる嗚咽で声が出せなかったから。 最後に感じた子供の温もりが、脳裏から離れない。 「私達は凡そを救えた。その価値は私達のものだわ」 そう、肩を叩くエナーシア。 あぁそうだ。この世界は凡そ素晴らしい……だが、全てが素晴らしい訳ではないのだ。それが嫌なほどに心を抉る。 投げつけたスタンガン、それを手に未明はただ前を見て進む。後悔が無いわけではない。 だが、それでも前に進まねばならないのだから。そうでなければ、自分はハリティと同じように停滞してしまうだろうから。 「済まぬ」 小さく謝る幸成の身体は子供を庇い続けたために満身創痍。その姿にアキツヅは笑いを返す。 「気にすんな。俺はバアちゃん子で、彼女もいないんだ」 だから、親の気持ちも、子の気持ちもわからないのさ。 手を汚した事をまるで大したことが無いように言いながら、アキツヅは手の中の特徴的なクッキーを一枚かじる。 (地獄で会おうぜ、ベイビー……か) 自分にはおそらく天国は似合うまい。 きっと、ハリティにも、賽の河原にいるであろう、彼女の子供にも。 そして母親を残して逝ってしまった自らの手で撃ち殺した少年にも。 青年は目を細め、公園を振り返る。 「優ちゃん、優ちゃん、いやっ……いやぁっ!」 未だ途切れることなき母親の悲鳴。 それを聞く彼の背には、普段の彼からは想像も出来ない……八十近くの年月を生き抜いてきただけの哀しさが確かに漂っていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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