● いつから生きてるかなんて、自分じゃわからないわ。 そうね、あの街が消えたときからの根無し草よ。 あたしもすっかり代わってしまった。 いいえ、あたしはあの街と一緒に朽ち果てるはずだったのよ。 でも、あたしはまだ死に切れずに生きてる。 あの頃のなじみが今のあたしを見ても、きっと判らないでしょうね。 この街は、あそこに似てる。 ネオンと阿片と脂粉と鉄と火薬と酒と腐った果物の匂い。 坊や、ここに初めて来たの? ここに子供を捨てに来たのね。 そうなの。 なら、あたしが貰っちゃいけないかしら? うふふ。 あら、多少でこぼこした場所が違ったって、たいした違いはないわ。 どうせ、ぼうやは寝っ転がってるだけなんだから。 いい子ね、坊や。ビルとビルの間から青空を探してる間に終わるわ。 さあ、子供の自分にサヨナラを言いなさいね。 ――予想可能の未来。革醒者「九龍ベイベ」、膝でみぞおちを圧迫するのがポイント。 ● 「セオリーなら、バックに気をつけろというんだろうが、今度の野郎はロックだぜ」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が使うことの多い要塞化したブリーフィングルームに、なぜか『駆ける黒猫』将門 伸暁(nBNE000006)がいた時点で、回れ右をするべきだったのだ。 「今回はこうだ。『サニーサイドアップに気をつけろ』」 それ、片面だけ焼いた目玉焼きの通称ですね。 毎度のことですが、何を言っているのか、さっぱりわかりません。 「識別名『九龍ベイベ』――キュートなヴィジュアル。マキシのスカート。今からきっかり3時間後にフリーダムなラヴアタックがプロブレム。ポテンシャルはミディアム。デンジャラス・レベルはMAXだぜ」 えーっと。能力レベルは並が、危険度は最大限度――という解釈でいいのかな。 あ、一つ判らない。 『フリーダムなラヴアタック』 って、すごく聞きたくないけど、危機管理のためにあえて聞く――何。 「フェイバリットタイプにラヴアフェアをイナフなコンセンサスなしにラブファイア。ベッドの相手のことは中に入る前に確認しとくんだぜ、リベリスタ? キュートなベイベは、ハードボイルドにデスペラードミスタだ」 まあ、現場は路地裏の狭いところだけどな。と、NOBUに言われると、天井を仰ぎたくなる。 青い空なんて見えない。 「この後、革醒者の腕力に屈した別方向での逆上脱チェリーボーイにめった刺し。そしてフェイト復活。化け物扱いされて、更にめった刺し。ノーフェイスと化す」 うっわー。 一人前の革醒者が一般人に刺されるとか、消極的な自殺以外の何物でもない。 「――という訳で、運命の糸を摩り替えよう。殺人者デビューしそうなチェリーボーイより先にベイベと接触。和やかに談笑で切り抜けてくれ」 すいません。帰らせていただきます。 心に言った傷は、ブレイクイービルでも治せません! 記憶操作? そういうごまかし、よくないと思います! 対策チームは、オール女子でお願いします。 じゃ、そういうことで。 「おっと、そういう訳にはいかない。そうすると、ポテンシャルは一気にマックスだ。リアルレイディシリアルキラーに早変わり。ベイベは元凶手だぜ」 元は殺し屋かよ。 性別で、殺るか犯るか変えたりするの、いくない。 あ、いや、そういうの全般いくない。 「レイディは奴のナチュラルボーンエネミィだ。シリアスバトル。アスファルトがブラッドレインに濡れることになる」 このままでは、僕らのティアドロップで濡れます。 「まあ、チャイルドフッドは飛んでいくだろうが、ヴァージンは無事だろうから……」 「はぁ!?」 「さっきも言ったろ。脱チェリーには成功したって。九龍ベイベは、バッドガール達言うところのプリティキティ? もしくは――」 なんだろう、逃亡体制を整えていた方がいいかもしれない。 「カーニヴォア・パッシヴ?」 何で半疑問形? 何で小首傾げ? そもそもなんで英語? 素直に「フィクサードは襲い受け」と言いやがれ、バカヤロウ! 「ベイベはチェリーが大好きだとさ。エキスパートだ。アナザー・ニュー・ワールドが拝めるかもな」 じゃ、お前が拝んで来いよ。 あれだな、ひっくり返されなきゃ大丈夫なんだな!? 「エグザクトリィ!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年11月03日(土)23:20 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 九龍城砦。1993年。 香港に、どこの国の手も及ばないまま100年近く放置されたスラム街があった。 猫の額の土地に、無計画な増築による複雑な建築構造は踏破不可能、無限増殖する迷宮と化し、あらゆる不法がそこにあった。 独自のルールで動き続けた混沌。 今は風光明媚な公園となっている。 まだ昔になりきれていない昔。 まだその気配が、体から離れないでくすぶっている。 ここはあそこによく似ている。 違法すれすれの複合建築。 この場所が気に入りだ。 細い路地。 ちょうど人一人がの転がれる大きさのデッドスペース。 周囲は壁。見上げるとなぜか切り取られたように空が拝める。 ベイベ。 男に生まれたから、彼の足は小さくされることはなかった。彼の仕事は凶手だった。 男に生まれたけれど、彼は美しかった。彼は女であることを強要された。 そして、いつの間にか、違和感なく彼は女だった。 女に生まれるのではない。女になるのだ。 女は生まれながらに女なのだ。性別に関係なく。 矛盾する命題は、矛盾することなくベイベの中に混在する。 まともな男扱いされることはなく、さりとて女扱いもされず。 生きてさえいれば勝ちだった。 生きているのが価値だった。 九龍城砦、1993年。 あの地獄はベイベにとってのゆりかごで、今更与えられたきれいな世界は、ベイベの肌には薄ら寒さしか感じられなかった。 ● 「久々にわたしの力を発揮できると思ったら、あるえー!?」 『すもーる くらっしゃー』羽柴 壱也(BNE002639)は、腕組みして首を傾げる。 作戦上、女である壱也がベイベに接触するのはよろしくない。 「仕方ないとは言えわたしは、チェリーくん対応か……」 しかし壱也はくじけない。 「早く終わらせて合流だ!」 合流して何する気なの? あ、いや、わかってる。そのビデオカメラ、見せないで。 「とりあえず先に御厨くんのことだからきっとしてないだろうし、御厨くんの分をわたしがかわりに『覚悟完了』!!」 ふぎゃあっ! と、『覇界闘士-アンブレイカブル-』御厨・夏栖斗(BNE000004)が悲鳴を上げた。 青ざめた顔で首をぶんぶんと横に振る。 「僕の童貞は彼女か妹に捧げるって決めてんだよ! 絶対に奪われてたまるか!」 この場合の妹とは、血の繋がりはない共に育った少女であると思われる。 血の繋がりのある何人いるかわからない妹を指してそんなことを言う不道徳な人間ではない。 夏栖斗君はそんな子じゃない。 「気持ちの問題!」 羽柴 双葉(BNE003837)は、すいませんすいませんと米搗きばったのように周囲に頭を下げまくる。 今回は、物憂げなお兄さんやおじさんや性別不詳が多いのだ。 壱也のテンションについて来いという方が無理がある。 (……こう、お姉ちゃんとかにも警戒しとくよ――なんだか嫌な予感がするんだ……) 妹よ。それは予感じゃない。 実現率の高い経験則だ。 (かの不夜城が健在な頃からって事はもう随分いい年…ああいや。こう言う時は年齢も関係ありませんよね) 『必殺特殊清掃人』鹿毛・E・ロウ(BNE004035) は、神妙な顔をした。 (ひとまず、覚悟完了です) 幸いにもか、不幸にもか、ロウはベイベの好みに合致する。 (「即物的な満足」で解決できるならひっくり返されるのもやぶさかじゃありませんが、さすがに新しい扉を開くにはまだ勇気が足りない) 色々イレギュラーな初めてになるのは間違いないだろう。 「本当に死ぬべき時であったかどうかは兎も角、そう思っていた時に死に損なった――生き延びてしまったのは幸か不幸か、俺には分かりません」 『視感視眼』首藤・存人(BNE003547)は、死ぬべき「相手」とはぐれてしまった。 ベイベは、死ぬべき「場所」とはぐれてしまった。 「ね、生き延びてしまったら、如何すれば良いんでしょうね。俺には分からないので、場所も生き方も変えて過ごしているんですけれど」 ベイベもそうわけにはいきませんかね。と呟く存人に、ロウは頷く。 ロウの目的は、「ベイベの善堕ち」 引っくり返されてサヨウナラで済ませる気はなかった。 『0』氏名 姓(BNE002967) は、名前にも年齢にも、性別にも、何もかもがあやふやだ。 (ベイベにとって、失った街が自分の総てだったのかもね。その街だけがベイベに生きる価値を与えてくれた。だから、過去にしか自分を投影出来ないのかもしれない) 土地に縛られた命は、姓の理解の範疇外だ。 縛られない命は軽やかだ。 (けどさ、過去だけが、自分なの? 今ここにいるのもベイベだよ。昔とは違うかもしれないけど、ベイベだよ) 姓の言っていることは、正しい。 人は変わるものだ。 一ヶ月前の夕食を明確に思い出せないほど容易に過去を手放す。 (変わってしまった自覚があるのなら、もういっそ、生まれ変わったのだと思えばいいのに。死んだのはあくまで『過去の』ベイベだ) 捨てられないから、生きているのだ。 もう、愛しいあの街はこの体にしか残っていないのだから。 ● 「あれかな」 「あれだね」 作戦資料に添付された写真と確認する。 じゃ、作戦開始! と壱也は男性陣の背中を押す。 「男子のみなさん頑張ってね! 色々と! 頑張りを期待してますんで!」 すごくいい笑顔で言っているんだろう。 「さー双葉、がんばろーね」 「お、お姉ちゃんは、何とかしますから。ちゃんと見張ってますからっ、だからっ――!」 ――その後ろに、一体なんとつづくのか。 少女は、答えてはくれなかった。 少しずつ、羽柴姉妹が歩調を調整する。 男性陣が、チェリーを追い越す。 存人が足掛け。 チェリーはよろめいた。 「な……」 自分より年上のお兄さんやおじさんに食って掛かる度胸があれば、今頃DTではありません。 チェリーが自分の怒りを空気に逃がしきった頃。 「ねえ、ちょっといいかな?」 手を繋いだ女子二人が、チェリーに声を掛けた。 いわずと知れた壱也と双葉だ。 壱也は、きゃるんとしたかわいい声を出した。 「すみませんっ! わたしたち道に迷っちゃって……駅ってどの辺りかわかりますか? 大通りまででいいのでよかったら案内していただけませんか……?」 「道に迷っちゃったんだけど、女の子二人だし表通りまで送って欲しいんです」 ぎゃく☆なん! こんなかわいい女の子たちが、俺を逆ナンするはずがない。 そんな風情の男子だ。 「え、あの、その……」 押し出しが弱い。 壱也は急いでいるのだ。 革新的シーンを撮らずして、何のためのカメラか。 ちなみに今回の仕事に記録業務は一切含まれていない。 壱也は、チェリーの腕にすがった。 「お願いします~っ! お礼はつれていってもらってから……☆」 (適当にごますり。気持ち悪いよー) こんなあざとい真似しなくても、壱也の彼氏はわかる男だ。 さあさあ、大通りに一緒に行きましょう。 そしたら、君の明日はオールオッケー。 きっと、無理に捨てなくてもかわいい誰かがもらってくれるよ。 とりあえず、お礼にジュースと双葉の携帯番号はいかが? うち、静岡南部だけど。 ● すらりとした肢体をぴったりと覆う赤いドレス。 布の靴が裾から僅かばかり覗く。 太陽などまともに浴びたことがないといわんばかりの、真珠色の肌。 つややかな黒髪が胸のあたりで揺れている。 肩幅や喉をごまかすにはちょうどいい長さ。 高い衿もその一つだ。 変わった格好といえなくもないが、この町に紛れ込めないかと問われれば、そんなことはない。 白塗り、黒く縁取った目の周り。もっと珍奇な姿の青少年がひしめいている。 彼らからすれば、素肌に僅かに紅を落としたベイベなど、素顔と言っても差し支えないほどだ。 「あらあら。よくみると、かわいい坊や達。凶状持ちにも優しいアークさんが何の御用?」 ころころと屈託なく笑う様子は、十代の少女のようだ。 「……はじめまして。お話をしよう」 姓は注意深く、ベイベの間合いを外して立つ。 (いきなり襲い掛かって来る事はない……) 存人には確信があった。 (――というか俺らが複数名で来るのも早々想定できる事ではないと思うので) ここは、ベイベの場所だ。 そこにどやどやと入ってくるアークのリベリスタは闖入者。 鉛玉を叩き込まれても文句は言えまい。 だが、ベイベが携帯しているだろう武器に手をかける様子はない。 「にーはぉ♪ 街のお掃除屋です」 ロウが気さくに声を掛けた。 「広東方言しかできないけれど、構わない? 普通語馴染まないのよ」 ベイベは、くすっと笑った。 「これが、噂に聞く『死刑前、最後のご馳走』?」 アークにまつわる都市伝説。 「アークは特殊嗜好のあるフィクサードを捕獲・懐柔・転向目的に、入念に調整された『最適チーム』を作ってくるらしい」 アークがリベリスタ本人達の意向でチームを組む以上、結果最適化に近い格好になっているだけだ。 共感や動機は、時に討伐以上の結果をもたらす。 「とりあえず貴方によるラブアタック的な意味での襲撃で、一人の青年の未来と貴方の運命が大きく変わってしまいます」 「どんなふうに?」 聞く前に大体の察しがついているらしい。 崩界と神秘秘匿が旨のアークがリベリスタを繰り出すということは、公序にもとることが起こるのだろう。 「もう手は打ったんでしょ? あたしの餌食になる前におうちに連れて帰ったの?」 フリーのフィクサード。 それでもその耳目はそれなりに広げられているようだ。 「あたしが昔いた所にも、腕がいい占師はいたけれどね。残念ね。少なくとも、あたしは一時の楽しみは奪われたんでしょう?」 言外に、殺したり殺されたりという事態ではなくなったんでしょう? と問われて、リベリスタは頷くしかない。 (世界の敵となって追われて殺されるのは、もしかしたら彼にとって悪い事ではないのかも知れませんけれど) 穏やかな表情。 もう余生なのだ。 (俺は楽しくはないです) 存人には、ベイベにそんな風に生きて欲しくない。 いつか自分もそんな風に死んでいくようにも思われるから。 死に損なったものは、そういう風に死んでいく判例がまた世界に一つ増えるから。 生きる理由はないけれど、そんな風には死にたくないから。 ● 「その名前。消えた街。チャイナの城を思い出す。取り壊された時に幾つだったかは知らねえが、ま、俺よりは上かな」 ジェイドは、自分を自嘲気味におじさんと呼び始め、それが認められる年回りだ。 昨今、おじさんになるのも難しい。 「見た目がほんとの年と変わらなければ、あそこがなくなった頃は、あなた、まだ坊やね」 ジェイドは、葉巻を取り出し、吸わずに仕舞う。 「初めまして、ベイベちゃん。あ、一応言っておくね。ボク男だから。どっちかって言うと……オカマ?きゅっふっふっふっふぅ」 「そうね。あなたは、人生楽しそうね」 「うん!」 文字通り二回目の人生満喫中。 「あ、そうそう、ベイベちゃんのお好みはカズトちゃんとかだと思うよ!」 「え? 『――アンブレイカブル――』って、操堅くてしゃれにならないって意味じゃないの?」 凍る夏栖斗。 名が知られているというのは時として辛い。 「……っと馬鹿な話はこれぐらいにして……ボクとゆっくりお話してみない? なんならベイベちゃんが満足するまでの間でも構わないよ? だめかな?」 (ダメって言われても乗っかられてもお話はするつもりだけどね) 襲い受けの意地がある。 「ベイベちゃん、死んでるならさ、捨てるつもりならさ、ボクが貰っちゃだめかな? 代わりにこの姿になってからボク一度もした事ないんだ。ボクのあげるからね?」 愛を見るベイベの目は優しい。 「ボクを愛して? その分、ボクも愛してあげる」 その手を、ベイベの細い、でも引き金ダコのある手が包んだ。 「ありがとう。ごめんなさいね。お友達にはなれるかもしれないけれど。あたし、あなたじゃだめなの」 そういうベイベを今まで静かに見ていたジェイドは、自分の見当に確信を持った。 「間違ってたら笑ってくれ」 僅かに視線がぶれる。 「アンタ……女なんだろ? 身体はともかく」 ジェイドが立つのは、ベイベの間合いだ。 ベイベが動けば、ジェイドでは避けきれない。 口にするのは勇気がいる核心だった。 「じゃないと女に近親憎悪する理由が無い。同性愛者じゃなく、アンタは女だ。レディには相応の扱いがある。だろ?」 ベイベは、愛嬌のある黒い瞳を少し見開き、すぐに困った坊やね。と、呟いた。 するすると音もなくジェイドの肩に手が触れ、耳の中に熱い吐息と共に蜜のような甘い声が注ぎ込まれる。 「そういうのは、人に聞こえるように言うもんじゃないわ」 黒いまつげに縁取られた貪婪とした瞳と目が合う。 頭上を通っていく竜と牡丹の羽根扇の幻影。 甘ったるい乳香と麝香も、幻だ。 ジェイドはくらりとめまいを覚える。 「特にそれがほんとのことのときはね」 不穏を察した姓が割って入ろうとしたのを、ジェイドが止めた。 ここが分水嶺だ。 「死にたいって言うがよ。身体を重ねようとしてるアンタは、根っこの所で生きたいんじゃないかね。性は生。死人には似合わない行為だ」 愛が、詠唱を始める。 ジェイドの体の痺れも、もつれる舌も、高次存在が拭い去る。 「献身的ねぇ……」 ベイベは、頬に掌を当てて微笑む。 今にも泣き出しそうに見えた。 ● 「わたしの時間だああああ!!!!」 遠雷がする。 いや、腐女子の叫びだ。 夏栖斗は振り向いた。 土煙蹴立てて、あいつが来る。 「だめ、お姉ちゃん! わたしたちが行って戦闘が起こったらどうするの!? みんな捨て身なのに!」 背中に双葉がおんぶお化けのように張り付いて、どうにか姉を踏みとどまらせようとしているが、高レベル腐ランダルは、力が強い。 さらに、腐女子魂が発動している。 「双葉とめないで! わたしにはみんなのチェリーをベイベに捧げさせるという大事な使命が!!!」 それは妄想だ。 「終わってるなんことはないよね!? わたしカメラにおさめれてませんから!」 (こんな危険物、ベイベの遠距離間合いに入ったら、ぶち切れられる) 神秘で高めた三半規管を信じて、夏栖斗は狭い路地の壁を駆け上がるように蹴り続け、弾丸のように路地から飛び出した。 「黙れ、イッチー! ここまでいい雰囲気だから、その口閉じろっ! 食ったり食われたり、そんな悲劇もうたくさんだ!!」 夏栖斗は、可聴域ギリギリでのウィスパーヴォイス絶叫しながら、路地の入り口に立ちふさがった。 「ほら。だめだよ、お姉ちゃん!」 「出ない方がいい!? ええ~! 今日仕事できてないよ~!」 「した! お前は一人の兄ちゃんの命と未来を救った! だから、これ以上罪を重ねるな!」 腐女子は罪じゃない。だんじてない。 ● 「賑やかね……」 路地の向こうに目をやり、目を細める。 「悪いけど、お楽しみは二人っきりが好みなの。人前じゃ無理ね。恥ずかしいわ。撮影もお断り。あれって、なかなか恥ずかしいものなのよ?」 あたしは恥ずかしがりやさんなの。と、唇を吊り上げる。 「ああいう風になりたかったわ。でも、あそこでああいう風に生まれていたら、ああはなれなかったでしょうね。だから、こうなったのには後悔してないわ。いえ、あたしは愛しいの。このあたしが愛しいの。だから、このあたしが最高に輝けたあそこで一緒に死にたかったのにね」 九龍に最適化された命。 年老いて、コンクリートの隙間で干物のようになり、そのままクーロン城砦の瓦礫の染みになるはずだった。 革醒が、ベイベの終わりかけていた命を再生させてしまった。 今更、どこに行けと? 「だからよ……」 頭を掻きながら、ジェイドは言う。 「あー、良ければ一緒に来ないか?」 三高平へ。 生まれたての街へ。 まだベイベの場所を作る余地がある街へ。 「俺がアンタの好みじゃないのは承知してるが、アークは人材のごった煮だ。アンタの水に合う所も、アンタの好みの男も、どこかにあるさ。多分な。見つかるまで付き合ったっていい」 捨て猫に出す条件のようだ。 「傷心の女性には優しくしろって先輩の教えでね。俺が言いたいのは……つまり、自分を大事にしてくれって事さ」 条件として悪くなかった。 ベイベは答えない。 「ですからね。どうせ死ぬなら、甲斐を求めてみませんか? 僕はこの世の神秘と言う神秘を斬り尽くしてから死にたいと思っています。貴女もいかがです? 一緒にアークで暴れてみませんか? こんなガキのお誘いじゃ役者不足なのは重々承知です。でも、きっとすごく楽しいですよ♪」 ロウが語るのは、明るい未来だ。 ベイベは答えない。 「如何しようもなく死ぬならば其れまで。何か見付かれば儲け物、位で。忘れる必要も捨てる必要もない。ただの気分転換に過ぎないとしても、其れでも」 気のも血ようとしては、存人のいいざまが一番性にあった。 ベイベは答えない。 「違うな」 ジェイドは、はた。と、表情を変えた。 「アンタは、無理矢理が好みだった」 悪い男の顔をしていた。 今までベイベを散々九龍中引きずりまわした男達の顔をしていた。 だから。 「一緒に来いよ」 ベイベ。 かわいこちゃん、一緒に来いよ。 それで、ベイベの青空を広げるのに十分だった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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