●彼岸の刃華 さむいなあ。 夕闇が足元から寄り添って来て、悠一はきゅうと身体を縮こまらせた。 冷えた秋風が金木犀の香りを運んで、それに声が混ざる。 「――どうしてうちがあんな子を引き取らなきゃならないのよ!」 「こっちだってもう自分の子だけで精一杯なんだ。だいたい、あんな父親もわからないような――」 「親が死んだってのに泣きもしなけりゃ笑いもしないで愛想がない。もういっそ施設に……」 「あんたのとこで面倒見れば良いだろう、そもそもはあんたの娘が――」 「いらないよ、あんな子!」 ……ぼくはどうやら、いらないらしい。 ぼんやりと言葉を丸ごと飲み込んで、悠一はざくりざくりと砂利道を進んだ。 坂を下って、土手の向こう。そこまで行かねばまるで見えない、隠されたようなその開けた場所には、殆ど余す所なく、一面彼岸花が咲いている。 遅咲きの彼岸花は赤く赤く、まるで燃え盛る炎のようだ。知らない誰かは気持ち悪いと眉をひそめた。 「……おかあさん」 ぱき、ぱきりと花を手折りながら中央に進めば、そこには真新しい卒塔婆が立っている。そしてそれに、悠一の母の名前が記されていた。 「ぼく、ななさいになったよ」 小さな指で母の名前をなぞりながら、悠一はつぶやく。 誕生日おめでとう、生まれて来てくれてありがとう。ずっと一緒にいようね。――くしゃりと笑うその笑顔が大好きで、温かいその両腕が大好きで、大好きで。 「ぼく、いらないんだって」 悠一がいればいいよと、笑ってくれた母はもういない。 夜風が夕闇を押しやった。冷えた風が寒くて、悠一は蹲るように身体を丸める。 ――ああ、さむい。 「おかあさん、さむいよ」 呟いた声に呼ばれるように、少年の周りの彼岸花に闇を灼く緋色の炎が灯った。その炎は、やがて小さな刃を形取る。 花に灯った刃の炎は円を描いて悠一を取り囲み、小さく丸まったその背中に、真紅の影がぼうと現れた。 蹲った少年は気付かない。真紅の影を巨大な刃の形に燃やしたそれが、あかく鋭く、背後から飲み込もうとしていることに気付かない。 ――おかあさん。 寒さと空虚が小さな心を捕らえたまま、悠一が触れた卒塔婆ごと、炎は全てを燃やし尽くした。 ●底冷えの赤 「彼岸花は火事の元だって、迷信を知ってる?」 これは彼岸花のある墓場で起こった火事の炎がエリューション化したものなの、とイヴは説明した。 「エリューション・エレメント。……まことしやかに伝わってる迷信も、力を与えたのかもしれない」 炎を纏う灼熱の影は、刃の形を成して彼岸花と『向こう岸』を愛しんだ者の元に現れる。 ひとつひとつの彼岸花に炎が灯るのが合図。全て灯りきったなら、まるでその炎で葬送するように、全てを燃やし尽くしてしまうのだ。 「灯り出した炎を止める事は不可能だと思う。だから……できれば、灯りきる前に悠一を助けてあげて欲しい」 でないとあの子は多分、炎を受け入れてしまうから。 予測の形を取りながらも、確信を滲ませた声音でイヴは目を伏せる。 「……とても、寒いんだと思うの。身体も、心も。どんな言葉をあげればいいのか、私にはわからない、けど」 言葉を切って、イヴは一呼吸分顔を俯けてから、また顔を上げた。 「悠一を助けられたとしても、炎は止まらない。きっと彼岸花の及ぶ限り、そこの全てを焼き尽くそうとすると思う。戦場は炎の中になるし……炎は悠一を諦めない。助ければ、遠くには逃がせないから、殆ど同じ戦場で、守りながらの戦闘になる」 不利を呑んで悠一を助けるか、このエリューションを討伐することを最優先とするかは任せる、とイヴは告げる。 助けてあげてほしい、と言ったのは確かに彼女だ。だがその彼女がこう言うからには、甘い考えで助けることはできないのだろう。 「炎は変幻自在だから気を付けて。巨大な刃の形を取った真紅の影が本体だけど、その炎の刃は、とても強力だから」 物理的にも、精神的にも。 どうか彼岸の炎に魅せられないで、と言う少女の言葉を受け取って、リベリスタ達は踵を返した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:野茂野 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年11月18日(日)23:20 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●痛い痛い静寂を、 ――撃ち抜け。 しんと冷えた秋色の夕暮れを銃声が惜しげもなく破り去る。 空気を焦がして灯った彼岸の炎のひとつが、じゅうと音を立てて消し飛ばされた。 突然のその音に、それでも悠一がのろのろと顔を上げるのとほぼ同時に、『影の継承者』斜堂・影継(BNE000955)の声が飛ぶ。 「起きろ、少年!」 ぼくのこと、だろうか。寒さで鈍った頭でぼんやりと振り向く、そのすぐ傍で――傍よりもっと近い、頭の中で声がした。 『そんな所に一人でいたら寒いですよ? 一緒に、帰りましょう』 悠一君、と『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)は柔らかな声で呼びかける。 「……だれ?」 緩慢な動作で振り返った、そこで初めて悠一は自分が炎に囲まれようとしていることに気付いた。ちらちらと彼岸花に灯った炎が赤く揺れる。その赤の向こうから、誰かが来る。広がる炎に臆した様子もなく、彼らは駆ける。 その間を遮るように、一際紅い炎が立ち上った。 それはごうごうと唸り燃えながらやがて巨大な刃に姿を変える。その凶悪なほど赤い炎を前にして、しかし悠一の心を占めたのはすぐ傍で眠る母親への想いだった。 あれにつつまれたら、あったかいかなあ。 ぼんやりと、手を伸ばす。 「――触ンな!」 その伸ばした指先を跳ぶように駆けた『デンジャラス・ラビット』ヘキサ・ティリテス(BNE003891)がぐんと引っ張った。銃声がする。真紅の巨大な刃はそれに釣られるようにゆるりと向きを変える。ヘキサはその一瞬に、躊躇いもなく悠一を庇ったまま炎の巡り出した彼岸花の中へ跳んだ。 独り取り残されたこの子供に、正直何を言えばいいかはわからない。それでも、見殺しになどできるはずがない。 (一人ぼっちのまま、終わらせたくねえ) 小さな手を強く引いて、駆けつけた『鋼鉄の砦』ゲルト・フォン・ハルトマン(BNE001883)に悠一をやや強引に預ける。それでもしっかり受け止めて頷きを返したゲルトとの一瞬の視線の交差の後、追ってきた彼岸の炎を引き付けるように悠一から離れる。 そこまでで、リベリスタ達は炎を掻い潜り、誰もが己が身を盾とばかりに布陣を完成させていた。――小さなこころを護らんとする、彼らの意思がそこにある。 散らばった標的に、彼岸花に灯った刃の炎が襲いかかる。雷撃を伴った弾丸を飲み込んで、動きを鈍くさせた真紅の影をそれ以上行かすまいと、ヘキサと影継が挟み込む。 だが同時に敵の炎もぐるりと巡り、炎はそれぞれの足元からリベリスタ達の刹那に喰らいついた。 ●残酷な熱まで、 おいで。 炎の中で、手を招く人がいる。薄汚れた仮面を被った彼女を、ヘキサはよく知っていた。昔自分を孤独から掬い上げてくれた、そのひと。目を閉じればどれだけでも鮮明に浮かび上がる、懐かしいあたたかさ。その手が招くままに飛び込めたら、どれほど幸せだろう。けれど。 「ゴメン、サーシャさん……オレ、まだそっちには行けねぇよ」 ぴたりと、招く手が止まる。 「アンタがオレを孤独から救ってくれたみたいに、オレにも今、救わなきゃならねー奴がいるから」 だから、幸せな夢は今はいらない。揺るがない意思を口にすれば、怒ったように炎は猛った。けれどもその中で、ほんの少しだけ、炎とは違う温もりが、優しく頬を撫でた気がした。 ――何故。叫ぶように炎は猛る。 「……大丈夫、わかっておるよ」 盛る炎の向こうに霞んで見えたその姿に『三高平のモーセ』毛瀬・小五郎(BNE003953)はゆるやかに微笑んで見せた。 今でも深く、深く。その想いは変わらぬ。この炎が亡き人への想いを引き摺り出すと知った時から、自分が見るのは彼女のことだろうと、確信をしていた。 「ばーさんや」 小五郎が今も愛するそのひとは、笑ったのだろうか。おそらくは、呆れたように笑った。ように、見えた。 「ばーさんの前で、かっこ悪い真似はできんからのう」 行って来るよ、と残して、ゆっくり意識を焼いた炎から抜け出した。 ――何故! 死は常に戦う者の側に在る。――そんなことは、彼もよくよく知っている。 知った上で、足掻いて来た。戦いに赴いて帰らなかった父達も、同じように生きたのを知っている。 大きかった背中を覚えている。それが見られなくなった先の景色が、果てしなく見えた、その道を歩まねばならないと思い知ったその思いが、繰り返される。 それでも。それでも、斜堂影継は知っている。父達が『戦う者』であったのと同じく、己もそうであると。 やたらと掻き回される意識を、意思が押さえ込む。 死を見つめて、死を踏み台に行き足掻く。 「それが戦う者の宿命。――俺の力は死に抗い、勝利を掴むための力だ!」 振り払え、『戦う者』よ。 ――何故拒む。何故拒める? この者たちは、今まで誘って来た者達とは違う。 見えた姿は、懐かしく、記憶から一粒もぶれはない。触れずに置いたその想いそのままに、『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)の父と母はそこにいた。 「……御父様、御母様」 あれから、十二年。妹と共に、歩んで来た月日は決して短くはない。 いい加減、潮時なのだろう。 いつまでも触れずに置けるものではなく――逃げるように、触れずに置きたいわけでも、ない。 悠月は微笑む。父と母に。そして直に触れた、自らの想いに。 「何れ、彼方にて御会いするその刻まで」 ――どうか、私達の歩み行く道を御見守りくださいませ。 ――どうして往ける? 思いを抱えて。 ぼんやりと見えたその忘れられはしない姿に、ゲルトは目を眇める。 最高のリベリスタ。――ゲルトに取って、それは祖父だ。 ゲルトの祖父もまた、リベリスタであった。彼の知る限りで、誰よりも強く、優しく、誇り高い人だった。 守り抜いた果てに亡き人となり、こうして今、彼を思い出す。 彼こそがゲルトの目標であり、超えるべき存在だ。――だからこそ。 「護るべき者が傍にいるのに、立ち止まってはいられない」 気など、失ってはいられない。今守るべき者は、確かにそこにいるからだ。 「動け。――動け、俺の体!」 例えそれが刹那であろうとも、立ち止まれはしない。 今、小さな生命を護る為に。 ――まただ。 「……やはり、お父さんとお母さん、でしたね」 予想に違わなかったその姿に、紫月は困ったように微笑んだ。 「二人も……きっと姉さんも。私が戦う事を嬉しく思ってはいないと思います」 でも、御免なさい。そっと目を伏せて、けれどもはっきりと、紫月は告げる。 「私は二人の娘であり、姉さんの妹です。……死ぬのが怖くないと言えば嘘になりますけれど──私にでも出来る事があるのなら、私は、この道を進みます」 父と母は、何も言わない。ただ、目を細めて、言葉を聞いた、そんなふうに見えた。 「何時かまた会えた時は、たくさんお話しましょう」 ――行って来ます。 柔らかく微笑んで、紫月は二人に別れを告げた。 ――まただ! 死を望む心。――それだけ聞けば、一度死に損なった身としては、それなりに身近なものだ。 だが『バトルアジテーター』朱鴉・詩人(BNE003814)は既にそれを知った。知ってしまっていた。 「いい気分だ。官能的だ。……だが、無意味だ」 くだらない、つまらないとまでこき下ろすつもりもないけれど、正直なところ、今それに大した用はないのだ。 「深淵を臨むものは深淵に臨まれるというけど」 くすくすと笑って、詩人は強制的に引っ張り出された死への思いをつまらない思いで検分する。そうして、ああ、やはりそうだと首を傾げた。 「――こちとら、死には暫くは用がないんだよね!」 ――生ける者には皆魅惑的な死だと言うのに! 死を夢見る事もある。 それは既に六鳥・ゆき(BNE004056)自身、自分でよく知っていた。いつか必ず来るそれを、ただ待ち詫びるのではなく、憧れのまま飛び込めたなら、どんなに心地良いだろうと、思う。 おいでと言わんばかりに、彼岸の炎が揺らめく。 死への憧れは、今もじりじりと奥を焦がす。それでも、だ。 「それは、今ではございませんわ」 さあ、目を覚ましなさい。――いつか迎える死の為にすべき事があるでしょう。 ――すり抜ける。この者達の意思は、彼岸の誘いをものともせぬ。もっと、思い出せ。深く。 「……おかあさん?」 ぼんやりと浮かんだ人影がそうだと、『親不知』秋月・仁身(BNE004092)の無意識が意識した。 亡き人への思いというものが、自分にもあるのだろうか。それ知りたさにこのエリューションの討伐へ来た一面もある。 温かい影が、仁身を抱きしめた。愛おしむように、慈しむように。 頭を撫でるその手の感覚が、覚えていないのにやけに懐かしいような気がする。 仁身。自分の名前を呼ぶその声は、母親のものだと、強引に掘り起こされた記憶が甘く伝えた。 「お母さん……僕、十歳になったよ」 温かいのに、少し冷たい。この腕だ。この腕が間違いなく、お母さんの腕だ。 ちゃんと、リベリスタとしてやっているよ。伝えたかった。抱きしめられたかった。――おもいだしたかった。 「……生まれて来てくれてありがとう、仁身」 息を呑む。これが幻でも、記憶をなぞって形どると言うのなら、今の言葉は自分に確かに贈られて、残ったものだ。 「うん。……大好きだよ、お母さん」 だからこそ、彼は進む。 ――あと一歩踏み込むだけで、うんと楽になれると言うのに。 死にたいと願ったことがある。『境界性自我変性体』コーディ・N・アンドヴァラモフ(BNE004107)という存在が何者か、全くわからず、記憶を喪ったとそう気付いたその時に、強く死を願った。 何が出来るのかもわからなかった。自分の居場所がどこなのか、どこに在るのが正しいのか。何も判らないというのは、世界を理解できず、世界から拒絶されたような心地だった。 それからずっと、その思いはコーディに纏わりつく。今もその思いを勢い良く引きずり出されたようで、感情が纏まらない。 拳を握る。――それでも。コーディには、力があった。僅かでも、それは何かを救える力になると信じた。 わからないことは、多い。自分を含めて。けれどもただ今は、あの小さなこころを救いたいと思う。だからこそ。 「――ここで死ぬわけにはいかんのだ!」 ●悲しみを、愛しさを、確かな思いを、 力に変えてしまった。 彼岸の幻を振り切って再び立ち上がるリベリスタ達の瞳には、より一層の意思が垣間見える。 炎のただ中で、リベリスタ達はその刃を、銃口を、巨大な真紅へと確かに向けた。 「感謝します、彼岸の炎。――故に、此処に新たな一歩を刻ませていただきましょう」 悠月の声を合図にするように、攻撃が叩き込まれる。一気に距離を詰めた影継の闘気が迸り、それを押すようにコーディの魔弾が刃を撃つ。悠月の魔陣が展開し、紫月の魔弾が伴って力を増す。 「逃がす心算は御座いません。……御覚悟!」 姉妹の攻撃が共に行く。ゆきの呼んだ癒しの微風は炎が苛む身体を癒す。炎の華が消し飛ばされながら散った。 「……なんで、まもってくれるの」 悠一を中心として護るように散開した後衛陣の中で、悠一が戸惑った声をあげた。それに小五郎がしわがれた、優しい声で答える。 「君に生きていて欲しいと願うからじゃよ」 「だって、ぼくは」 「君の心に体に……君に生きていて欲しいという願いが残っている。きっとわしらがこの場に駆けつける事が出来たのもきっとそんな祈りが届いたからじゃないかと思うのじゃよ」 ゆるりと視線が向けられた先にあるのは、悠一の母の墓だ。 「おかあ、さん……」 願って、くれるのだろうか。そんなふうに。けれどもまだ、寒い。足が凍ったように、動かない。 「やあ、少年。今日は冷えるね?」 すいとしゃがみ込んだのは詩人だ。独りならそら寒いわな、と軽く笑う。 「傍に居てやんよ。ちっとは気が紛れるでしょ?」 あれこれ言うのは性には合わんのだけどね、と言いながら詩人は悠一を真っ直ぐ見据えた。 「そんな顔して母さんに会いに行くな。……そんな顔してたら、大好きな母さんの笑顔、見れないぜ」 「え……」 「やっぱ、さ。子供には笑っていて欲しいじゃん? ――君が寒くない程度には、世界は温かいって魅せてやる」 言い終わると詩人は自身の攻撃力を上げて、迫る炎を払い撃つ。 ようやく顔を上げて、虚ろでない瞳を見せ始めた悠一に、ゲルトは炎から護りながら、言葉を届けた。 「お前はいらない子なんかじゃない。少なくとも俺は、お前に生きていて欲しい」 悠一は目を見開いた。 いらない子なんかじゃない。その言葉が、ゆっくり沁みる。 攻撃を防ぐ合間、ゲルトは振り返ると、大きな掌で、優しく悠一の頭を撫でた。 「七歳になったそうだな。……おめでとう」 「う、ん……っ」 おとうさんがいたら、こんなふうに撫でてくれたのだろうか。 生まれて来て。生きていて、良いのだろうか。 せりあがった思いに、悠一が息をつめたところで、柔らかなゆきの声が届いた。 「お誕生日、おめでとう御座います。……生まれてきて下さって、有難う」 ――もう、聞く事はないと思っていた、そのことばが。 ことばが、届く。 「いらないだなんて、思わないで」 そっと届いた仁身の言葉に頷いて、悠一は炎から護ってくれる、ゲルトの背中にしがみついた。 ●華も散らせぬ、 炎は猛る。ヘキサが飛ぶように跳ねて炎を避けては、その巨体に易く連続攻撃を浴びせる。影継の弾丸が、刃が炎の肉を抉り、爆ぜ、ぼたぼたと火が散って行く。その熱さもものともせずに、影継は攻撃を続ける。動きの遅い相手に合わせてやる必要性もない。 「――気をつけなされ」 後方から小五郎の声がした。その一言でヘキサが一時距離を取り、影継は構えを固める。 そして次の一拍で降り下ろされたその刃に、じゅうと音を立てて服が焦げた。刃は影継のほんの目と鼻の先をかすめ、熱が肌を刺す。だがそれと同時に、影継は自らの闘気を真紅の影に叩き込んだ。 「喰らっとけ」 すり減った体力を、悠月の癒しが補ってくれる。それを感じながら、のたうつ炎目がけて影継は凄絶に笑う。 ヘキサの銀をきらめかせた蹴りが更に炎の刃を追い詰めた。 「舐めんじゃねーよ、焚き火野郎」 不敵に笑って、兎は高く跳ぶ。そして影継が惜しみなく気を爆発させた。 「死者を想う心を弄ぶな! ――斜堂流、緋華散!!」 炎は叫ぶ。とうとう形を保てなくなったか、ぐるぐると球になり、うねり、苦しげに燃えて――そして、悠一を目指した。炎が立ち上り、彼岸花達の炎をも吸収して、それは先程よりも大きな刃に姿を変える。 「――来ます」 悠月の声がやけに通ったのは、炎の刃が一帯の炎を全て空へ振り上げた一瞬だったからだろう。 リベリスタ達は素早く散開する。ゲルトもまた、悠一を抱えて駆けた。 「おにい、ちゃん……っ」 「大丈夫だ。……絶対に、死なせはしない」 その言葉をあざ笑うように巨大な一撃が、振り下ろされる。 このまま行けば、直撃は免れない――だが大きさを増した刃に怯みもせずに、影継は攻撃を続けていた。 上手く行けば、軌道をずらせる。これだけ大振りの攻撃だ。隙はいくらでもあった。 焼ける。灼ける。それでも後退はしない。まだ、仲間の支援が届く。 紫月の、コーディの、小五郎の、仁身の攻撃も止んではいない。ヘキサも影継の意思を読み取ったのだろう、攻撃を合わせて、威力は増す。ゆきと悠月の癒しが届いて、詩人からの光の癒しも更に次ぐ。傷を負い、負い、それでもリベリスタ達は気力を振り絞る。 「ゲルト、悠一!!」 叫んだのは、誰だったか。ついに振り下ろされた一閃は、ゲルトを掠めた。――掠めた、だけだった。 そして次の瞬間、巨大な火の渦が立ち上ったかと思うと、真紅の影は跡形もなく消えうせた。 ●きみへ、 少し焦げてしまったものの、悠一の母の墓の卒塔婆は、無事だった。 それを見詰める悠一に、そっとコーディが声をかける。 「母に、逢いたいか?」 真っ直ぐな目に、悠一は幾度か瞬いて、迷って、それから、頷いた。 「あいたい」 「……そうか。私には、逢いたい人がいないのだ。誰の記憶も無い」 だからこうして巡り会えた人との出会いを、大事にしたい。 それは偽り無いコーディの心だ。 「なあ、悠一。君が大きくなったら、また会ってくれるだろうか。――それが私の、力にもなるから」 言えば悠一はきょとんとしたようだった。けれども、迷うことなく、こくりと頷く。 「いいよ。……ぼくもまた、わらって、おかあさんにあいにくるから」 「……悠一君」 紫月は、すっかり静寂が戻ったその丘で、自らの怪我も構わずに、悠一を抱きしめた。 「笑って欲しいのも、本当です。でもね――泣きたい時には、泣いて良いんですよ。それは、心が生きている証拠です」 優しく、優しく。温もりを思い出させるように、小さな身体を撫でる。 姉の悠月が、それにそっと寄り添った。悠月は姉と視線を交わして、微笑む。 「大丈夫──お母さんは、ずっと見守ってくれているから」 うん、と答えようとしたのだろう、小さな子供は、優しいぬくもりに声をあげて、泣いた。 彼岸花が、卒塔婆の前で揺れる。――また会う日を、楽しみに。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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