● 子供の頃、両親の死をきっかけに私達は離れ離れになった。 別々の地で育った私達がようやく再会を果たしたのは、三年前のこと。 離れていた十数年の歳月が、私達の心の繋がりに変化をもたらした。 互いに強く惹かれ合った私達は、愛を交わし、ともにあることを誓った。 決して許されない愛だとわかってはいても、どうすることもできなかった。 やがて、私達の関係は周囲の知るところとなった。 私の養い親は激怒し、有無を言わさずに私の縁談を決めてしまった。 二度と私に関わるなと、あの人に詰め寄った。 それでも、私は養い親の目を盗んであの人に連絡を取り続けた。 私は、二人で一緒に逃げようと言ったが、彼は何も答えなかった。 そして、あの人は毒を飲んで自らの命を絶った。 誰にも邪魔をされない逢瀬の場所、私達の聖域――廃墟と化した、この教会で。 瓶には、まだ毒が残っていた。私は、それを飲むことに何の躊躇いもなかった。 揃って地獄に堕ちたとしても、あの人と同じ場所に逝けるのなら。 行き止まりだらけの私達が至る結末としては、随分とましな方だと思えた。 だけど、私は死ななかった。 目が覚めた時、私は自殺という手段が封じられたことを知った。 毒によって死に瀕した私の体は、皮肉にも、それに抗う力を手に入れてしまったのだ。 変わり果てたあの人を抱きしめて、私はそっと彼に口付ける。 ともに地獄に堕ちることすらも、叶わないというのなら。 世界が終わるその日まで、貴方とここにいよう。 「……良いでしょう? 『兄さん』」 私達の聖域で、貴方と二人――。 ● 「今回の任務は、ノーフェイスとE・アンデッドの撃破だ」 ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達を眺め、『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は説明を始めた。 「名前は、ノーフェイスが『佳世子(かよこ)』、E・アンデッドが『敏章(としあき)』。 いずれも、年齢は二十歳代だな」 二人は深く愛し合っていたが、それに強く反対した佳世子の家族は、別の男性との縁談を強引に進めようとしていたらしい。 そんな中、敏章は毒を煽って自らの命を絶ち、佳世子も彼の後を追った。 しかし、佳世子は革醒によって死を免れ、増殖性革醒現象によりE・アンデッド化した敏章の亡骸にずっと寄り添っているのだという。 ここまでの説明を受けて、リベリスタの一人が、どうして二人の交際は反対されていたのかと訊ねた。 黒髪黒翼のフォーチュナは、僅かに困ったような表情を浮かべて、問いに答える。 「佳世子と敏章は、血を分けた実の兄妹なんだ。 子供の頃に両親が死んで、それ以来ずっと離れて暮らしていたようだから、互いに兄妹という実感は薄かったのかもしれないが……」 だとしても、許されない恋には違いない。少なくとも、現代の日本においては。 「二人は、廃墟になった教会にいる。 もともと逢引きに使っていた秘密の場所だったらしいが、 今の佳世子は、この教会こそが自分達に残された最後の聖域と考えている。 当然、その場所を侵す者を許しはしないだろうな」 荒れ果てた教会の中、佳世子は腐った兄の体を抱き続け、彼に語りかけているのだという。 E・アンデッドと化した敏章に生前の記憶はなく、ノーフェイスとなった佳世子もまた、精神に変調をきたしている。説得を試みても、おそらくは無駄に終わるだろう。 「敏章は自力で移動する力を持たないし、佳世子は彼から離れようとしない。 だが、それでも二人の能力は脅威だ。敏章は常に全体に向かって毒をばら撒いてくるし、 佳世子は自己再生能力を持つ上、敏章が近くにいる限り力が底上げされる」 二人を引き離すにしても、各個撃破を試みるにしても、よく考えて戦う必要がある。 一通り説明を終えると、数史は顔を上げてリベリスタ達を見た。 「この兄妹にとって何が最善の道だったかは、俺にはわからない。 ……ただ、俺から皆に頼むことは決まりきってる」 視線を伏せ、ゆっくりと頭を上げる。 「二人に、終わりを告げてきてくれ」 崩界を防ぐため、運命なきエリューションを狩る――それがアークの、リベリスタの使命だから。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年10月26日(金)00:00 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● とうに荒れ果てた教会の中、小さな礼拝堂の十字架の前に、その兄妹はいた。 腰まである長い栗色の髪を揺らし、佳世子は胸に抱いた兄――敏章の顔を覗き込む。 今にも腐り落ちてしまいそうな面を愛しげに見詰める彼女は、可憐な唇を動かし、微笑みながら兄に囁きかけていた。 気配を隠し、窓の外から偵察を行っていた『Star Raven』ヴィンセント・T・ウィンチェスター(BNE002546)は、“幻想纏い”を通じて仲間達に小声で連絡する。 「どうやら、外にはまったく注意を払っていないようです。 突入はいつでも問題ないでしょうが、思ったよりも中が狭いのが気にかかりますね。 敵の射程外に出るのは、厳しいかもしれません」 より安全に戦いを進めるため、長距離からの攻撃手段を持つメンバーは敵の射程外から攻撃することを考えていたが、難しいならそれはそれで仕方が無い。 ヴィンセントと合流したリベリスタ達は、礼拝堂に続く扉の前で力を高めていく。 動体視力を極限まで強化した『猟奇的な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)が、脳内嫁――ならぬ脳内兄(ブレイン・イン・ラヴァー)に語りかけた。 「待っててお兄ちゃん。 さっさと終わらせてそのままここで結婚式を……って、お兄ちゃんってば照れ屋さんだなぁ、うふふ」 愛用の二丁拳銃を手に、左右で色の異なる瞳をうっとりと宙に向ける。全身の反応速度を向上させた『必殺特殊清掃人』鹿毛・E・ロウ(BNE004035)が、「許されない恋、ですか」と呟いた。 愛する者と結ばれぬ絶望から、自ら命を絶った兄・敏章。 兄の後を追おうとして、それを果たせなかった妹・佳世子。 「よりによって死んじゃうとはね。あれでお片付けが大変なんですよ、死んじゃうと」 許されぬ関係だと分かっていたのなら、何もかもを諦めるか、いっそ開き直って逃げていれば良かったものを。それも、エリューションに成り果てた今となっては言っても詮無いことだが。 「――ま、革醒してしまったのなら、僕らの出番ですね。 綺麗サッパリ、お掃除してさしあげましょう。特別にロハで♪」 目を細め、ロウは“大般若”の名を冠した日本刀の柄に手をかける。『不屈』神谷 要(BNE002861)が仲間達に十字の加護を与えると同時に、『下策士』門真 螢衣(BNE001036)が印を結んで防御結界を展開した。 全員の戦闘態勢が整ったことを確認し、『LowGear』フラウ・リード(BNE003909)が扉を開け放つ。 「御機嫌よう。決して祝福される事の無い哀れな花嫁達」 何よりも“速さ”に魅せられたソードミラージュは、限界までギアを上げた身体能力をもって素早く床を蹴った。 「死にすら見放されたあんた達に、うち等が終わりを告げに来てやったっすよ?」 佳世子の虚ろな瞳がフラウの姿を捉えるよりも早く、その死角へと回り込む。二振りのナイフが閃き、速力をのせた連撃を佳世子に叩きつけた。 「それじゃ頑張っていくよっ!」 兄に名付けてもらったオートマチックピストル“Rising Force”と、それと対をなすリボルバー“Alcatrazz”を両手に構え、虎美が引き金を絞る。 僅か0.75インチの硬貨すらも撃ち抜く精密な射撃が、敏章を抱く佳世子の両腕を穿った。 「……少しぐらい容赦しても良いんじゃないかって? ほんと女子に甘いんだから、お兄ちゃん」 幼い面を微かに膨れさせる虎美の視線の先で、佳世子が目をつぶらに見開く。 しかし、リベリスタ達は兄妹の速度を遥かに凌駕していた。『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)が、敏章の周囲に気糸の罠を展開する。 「貴方の動きは全て見切っています。……逃れられると、思うな」 卓越した頭脳で最高の命中プランを瞬時に弾き出す彼女に、捕らえられぬ獲物はない。オーラの糸でがんじがらめにされた兄を見て、佳世子が「兄さん」と小さく悲鳴を上げた。 不快げな表情を隠そうともせず、レイチェルは無言で眼鏡の位置を直す。 自分も、かつては兄に対して恋心を抱いていた。 だからこそ、彼らの姿が哀れで。それ以上に――とても、とても不愉快だ。 意思を持つ変幻自在の影を従えた『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)が、くたびれたロングコートの裾を靡かせて兄妹に肉迫する。致命の呪いを帯びた黒きオーラが、佳世子のこめかみを打った。 「再生を封じんことには、いくら仕掛けたところで無駄になるからな」 先に佳世子を仕留める以上、彼女の自己再生能力は無効化しておかねばならない。でなければ、余計な消耗を招くことになる。 前衛と後衛の中間に立った要が、あらゆる攻撃を跳ね返す防御のオーラを纏う。銀髪からのぞく赤い左目が、腐敗して生前の面影が読み取れない敏章の顔と、彼を必死に抱える佳世子の顔を交互に見た。 ほぼ同時、一足飛びに距離を詰めたロウが、佳世子に向けてにこやかに語りかける。 「――どうも、お嬢さん。僕らは貴女を殺せます」 音速を纏う一撃が、運命無きノーフェイスの肩を裂いた。 ● 美しく整った顔を歪め、佳世子がリベリスタ達を睨む。 「……私達の聖域に、踏み込んでこないで」 彼女は敏章を腕に抱いたまま、凄まじい圧力を秘めた神秘の霧を前衛たちに叩きつけた。 吹き飛ばされずに踏み止まった者達を追い打つように、乳白色の霧で礼拝堂を覆い尽くす。 周囲のマナを取り込み、自らの力を高め続ける『おとなこども』石動 麻衣(BNE003692)が、詠唱を響かせて癒しの福音を奏でた。 全身を襲う痺れも、不吉の呪いも、絶対者たる麻衣にはまったく効かない。 状態異常に殆ど悩まされることのない彼女が回復の軸を担っている限り、リベリスタ達の支援が途切れることはまず無いだろう。 「公序良俗に照らすなら。決して叶うことのない悲しい恋愛ですね」 控えめに呟く螢衣の呪印が、気糸の上から敏章をさらに縛り上げる。『デモンスリンガー』劉・星龍(BNE002481)が、愛用のライフル“ワン・オブ・サウザンド”を構えて口を開いた。 「人の恋路に口を出す野暮なことはしたくなかったのですが、事態が事態だけに」 放たれた呪いの弾丸が敏章の胸に突き刺さり、状態異常に抗わんとする意志の力を奪う。漆黒の翼を羽ばたかせたヴィンセントが、佳世子に狙いを定めてソードオフ・ショットガンの引き金を絞り込んだ。 敏章封じが九割がた成功した現状では、当初の予定通り佳世子に火力を集中させるべきだろう。 もっとも、これだけ厳重に拘束されていても、彼はまだ攻撃の手段を一つ残しているわけだが――。 半開きになった敏章の口から、禍々しい色の気体が溢れ出す。 猛毒を帯びた瘴気がリベリスタ達を包み、その身を蝕んでいった。 まったく怯むことなく、フラウが音速の二刀を繰り出す。僅かに咳き込んだ虎美が、二丁の拳銃で佳世子の両腕を撃った。 「……! 兄さん……っ」 ずり落ちかけた兄の身体を必死に抱え上げ、佳世子が悲痛な声を漏らす。 支えきれなくなるのも、きっと時間の問題だろう。 愛する人から手を離したくない、その気持ちが分かるだけに気の毒とは思うが、手を緩めるつもりはなかった。 「大丈夫、お兄ちゃん。虎美はここにいるよ、ずっといるよ」 最愛の兄に向けて、虎美はそっと囁く。敏章の呪縛がまだ維持されていることを見てとったレイチェルが、煌くオーラの糸で佳世子の急所を貫いた。 「……本当に、無様ですね」 慌てふためく佳世子と、だらしなく口を開けたままの敏章を冷ややかに見て、低い声で語りかける。 ともに死のうとか、このまま二人で永遠に暮らそうとか。 いくら美しく飾ったところで、そんな言葉はただの自己欺瞞に過ぎない。 流されに流された末、思い通りにならない現実から目を逸らすための、醜い逃げ口上だ。 「本当は共に生きて、一緒に幸せになりたかったんでしょう? だったら、躊躇ってる場合じゃなかったんですよ」 他の何を捨ててでも。障害となる、あらゆるものを踏みにじってでも。 互いに愛を貫く覚悟と、行動こそが必要だった筈だ。 「せっかく貴方達は、想いを通じ合わせる事ができていたのに――」 それなのに――なぜ、こんな結末にしかできなかったんだ。 私なら、もっと……。 声にならなかった激情が、兄妹に叩き付けられる。 佳世子が、怒りを湛えた双眸でレイチェルを睨んだ。 「――あなたに、私達の何が……」 発せられた声と視線を遮るようにして、ロウが自らの体を割り込ませる。 彼は有無を言わさず、佳世子の口を塞ぎにかかった。 「貴女は地獄でお兄さんと暮らしたい。僕らは貴女を殺したい。うーん、誰も損しませんねえ♪」 流麗な弧を描く愛刀を振るい、淀みなき斬撃でその身を刻む。後に続いた鉅が、心底うんざりしたように呟きを漏らした。 「悲劇として見るなら陳腐だな。手垢がべたべた付き過ぎていてあくびが出る」 もっとも、ノーフェイスとE・アンデッドを狩るというありふれた仕事に、脚本の練りこみを期待するだけ無駄というものかもしれないが――。 佳世子に組み付き、彼女の白い首筋に牙を立てる。 「それにしても、全く好いた惚れたの話は面倒な事だ」 傷口から赤い血が流れ落ちるのを眺めながら、鉅は素っ気無く吐き捨てた。 「近寄らないで……! ここから、出て行ってちょうだい……!」 神秘の霧が、重い衝撃を伴って前衛たちの全身を打つ。直後、あらゆるものを蝕む乳白色のヴェールがリベリスタ達を覆い隠した。 「すぐに回復しますね」 全員のダメージを見てとった麻衣が、大いなる癒しの力を孕んだ聖なる神の息吹を呼び起こす。戦いの流れがリベリスタの側に傾くよう、仲間を支え続けるのが彼女の役目だ。 「神谷さん、ブレイクフィアーをお願いします」 状態異常を払いきれぬと悟り、麻衣は要に回復を要請する。要は肩越しに頷くと、聖なる光で礼拝堂を満たした。邪を退ける輝きが、仲間達をあらゆる枷から解き放つ。 要が見る限り、佳世子は心を病んではいるものの、こちらの言葉は理解できているようだ。 あえて彼女を怒らせ、攻撃の矛先を自分に向けることも、あるいは可能かもしれない。 次なる一手を考える要の後方から、星龍が呪いの弾丸を撃ち放つ。待機して行動のタイミングを窺っていたヴィンセントが、養父から受け継いだ“Angel Bullet”の銃口を佳世子に向けた。 兄妹の選択が正しかったのかどうかは彼に知る術はないし、確かめるつもりもない。 ただ、地獄というものが本当に存在するのだとしたら。佳世子のおかれた状況こそ、そう呼ぶに相応しいだろう。 最愛の人は無残な姿に変わり果て、後を追うことも許されずに。 いつ来るとも知れない終わりを待って、ただひたすら物言わぬ骸を抱き締める――。 「それでも愛する人と一緒にいたい気持ち、わかります」 でも、と声を上げ、ヴィンセントは引き金に指をかける。 「世界はあなたの望みと関係なく続いていくのです。決して終わらせたりしません」 決然と放たれた散弾が、佳世子の全身を鋭く穿った。 ● リベリスタが次々に攻撃を仕掛ける中、要が佳世子に問いかける。 「なぜ敏章さんが死を選んだのか、考えましたか?」 虚ろに濁った視線を真っ向から受け止め、彼女は凛と声を響かせた。 「もちろん、絶望もあったでしょうが―― 結ばれても幸せになれないとわかっていたからこそ、 自分との縁を断ち切るために死を選んだのではないですか? 他でもない、貴女の幸せを願って」 畳み掛けるように、レイチェルが言葉を重ねる。 「わかっていますよね? その人が絶望したのは、死んだのは。貴女のせいなんですよ」 彼女にとって、それは説得どころか挑発ですらなかった。 胸に湧き上がる苛立ちを、そのまま舌にのせてぶつけているだけ。 ――叩き付けずには、いられなかった。 「あ、ああ……あああああぁっ……ッ!!」 魂を引き裂くような佳世子の絶叫が、リベリスタの耳朶を打つ。 彼女の全身から立ち上った霧が鋭い槍となり、要とレイチェルの二人を同時に貫いた。 強靭な生命力をもって踏み止まった要の後方で、レイチェルが体をぐらりと揺らがせる。彼女は遠のきかけた意識を自らの運命で繋ぐと、佳世子を睨んで再び口を開いた。 「……もし、もう一度逢いたいと願うなら。大人しく、私達に殺されてください。 そんな骸ではない、彼の元へと送ってあげますから」 深手を負ったレイチェルを守るべく、要が大盾を翳して彼女を庇う。ヴィンセントが、レイチェルに気遣いの声をかけた。 「気をつけて。貴女が傷つけば、貴女のお兄さんが悲しみます」 それは、自らも妹を持つ兄としての言葉だった。兄とは、妹を守るものだから――。 視線を佳世子に戻し、ヴィンセントはソードオフ・ショットガンを構え直す。 「あなたはもうこの世で十分に愛して、愛されました。そろそろ、終わりにしましょう」 祈りを込めた呪いの散弾が、なおも敏章から手を離さぬ佳世子の身を貫いた。 「――先に逝ってください、お兄さんはすぐ後に」 動けぬ敏章が、毒の瘴気を撒き散らす。 見境がないようでいて、妹だけは効果範囲から除いているあたり、彼にも最後の理性は残されているのかもしれない。 音速を超える速度で二刀を振るいながら、フラウが言葉を投げかける。 「おめでとう、佳世子。アンタの望みは漸く叶う。 良かったっすね。今度こそ邪魔されること無く、二人静かに暮らせるっすよ?」 穏やかにも聞こえる口調で紡がれたそれは、皮肉ではなく祝福。 羨望にも似た想いが、虎美の胸に満ちた。 運命がほんの少しの気紛れを起こしていたら、彼女と良い友達になれたかもしれない。 たとえ世界が敵に回ったとしても、自分だけは味方であり続けられたかもしれない。 そう、フェイトさえ得られていたならば――。 既に失われてしまった未来を、虎美は頭から振り払う。 優れた観察眼と、敵の動きをコマ送りに映す動体視力が、敏章を抱く佳世子の心臓ががら空きになる一瞬の隙を捉えた。 「今はただ、私とお兄ちゃんの世界を壊す敵。遠慮はしないよ」 二発の銃声が轟き、佳世子を血の海に沈める。 最期の瞬間まで兄を離さなかった彼女を見て、虎美は切なげに目を細めた。 「……でも、その遺志は継いであげる。安らかに眠ってね」 妹の胸に抱かれたまま床に倒れ込んだ敏章が、絶叫にも似た呻き声を響かせる。 天使の福音で仲間達を癒す麻衣の耳には、それが敏章の慟哭にも聞こえた。 妹の――愛する人の幸福を願い、ついに果たせなかった男の。 僅かに目を伏せた後、要が聖なる光を輝かせて全員の毒を消し去る。 漸く拘束を引き千切った敏章に向け、リベリスタ達は残る火力を集中した。 この二人にとって何が最善であったかなど、誰にも分かりはしない。 あえて言うならば、十数年の時を経て再会してしまったのが、そもそも間違いの始まりだったのだろう。 「アンタの望みは別だったかもしれないっすけど、諦めろ。 責任とって、アッチで面倒見ればイイんじゃないっすかね」 フラウが、敏章に刃を突き立てる。腐敗により崩れかけた体を、鉅の全身から伸びた無数の気糸が絡め取った。 人形の如く縛り上げられた敏章に、ロウが迫る。 「あの世も次の世も無いんですよ。だから、こうするしかないんです」 神速で繰り出された“大般若”の一閃が、敏章の頭と胴を過たずに切り離した。 ● 「――おやすみなさい」 完全に動きを止め、屍と化した兄妹を見下ろし、ロウが囁く。 ヴィンセントは目を閉じ、二人の“聖域”に黙祷を捧げた。 やっと、誰にも憚ることなく一緒になれた――彼らへの祝福を込めて。 「さて、死に損なった分はきっちりカタをつけた。もう思い残すこともないだろう」 懐から煙草を取り出した鉅が、それを口に咥えて呟く。 火を点けようとした手を寸前で止めると、彼は踵を返して入口へと向かった。 「……E・フォースだのにはなるなよ、面倒だから」 その背を見送った後、要は倒れた兄妹に視線を戻す。 「悲恋……ですか」 今さら嘆いても仕方の無いことだが、それでも溜め息をつかずにはいられない。 「許されざる恋だとは思いますが、 だからといって、死んでしまっては何もならないでしょうに……」 麻衣もまた、控えめに口を開いた。 「道ならぬ恋路の果てに待ち受けたものがこんな事だなんて、悲しいですね」 二人の傍らに膝を突き、その姿を整えてやる。 立ち上がった後、彼女は兄妹が安らかに眠れるようにと心から祈った。 全てを見届けたフラウが、わざと大仰に肩を竦めてみせる。 「……ヤレヤレ、うちには縁の無い話っすね。 禁忌がどうとか愛だ恋だ、その辺どーでもイイっすから、うちにとっては」 何気なく視線を向けた先では、十字架の前に立った虎美が虚空に語りかけていた。 「お兄ちゃんは自殺したりしないよね? もしそんな事したらひどいんだから」 愛する兄の返答を『聞いて』、彼女は満足げに頷く。 「さ、帰ろうか、お兄ちゃん。二人の分も幸せにならないとね、うふふふふふ」 仲間達が撤収を始める中、レイチェルはふと足を止めて振り返った。 寄り添って眠る兄妹を眺め、そっと問いを放つ。 「次も兄妹がいいですか? それとも……」 自分でも意外なほど、その声音は優しげに響いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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