● 「我等が隠れ家にようこそ。リベリスタ、『月下美人』綾月美玲」 目を覚ました美玲に、一人の男が声をかける。 じゃらり。咄嗟に構えようとした美玲の身体は動く事叶わず、ただ身を拘束する鎖を鳴らすだけ。 「そう睨まないで欲しい。君が我々の組織に与えた損害を思えば、寧ろ怒りたいのは此方の方なのだよ」 男、この国のフィクサード組織の中で最も大きな力を持つ七つ、主流七派が一つ『穏健派』三尋木に所属するフィクサード、『牡羊座』七生・繰朗が肩を竦めた。 無論そんな事を言われた所で、身を拘束される美玲の怒りがおさまる筈もない。 「ああ、フィクサードとリベリスタの戦いで被った損害だ。其れに関して抗議する心算など毛頭無い。君はリベリスタとしての勤めを果たしただけ、だね」 繰朗は宥める様に、しかし何処か、嘲るように、 「だがそんな立派な立派なリベリスタの君ならば、負けた時の覚悟くらいは、とうの昔に出来ているんだろう?」 笑みを浮かべた。 死の予感が美玲の頭を過ぎる。けれど、違う。そんな生温い結末を、この世界が許してくれる筈も無い。 美玲は己を待ち受ける運命に、それでも心折る物かと瞳に力を込めて繰朗を睨み付けた。 「おお、怖い怖い。さてでもそろそろ本題に入ろうか。組織に与えた損害は、君の身体で払って貰う事になる」 新たな人影が、一人、二人、三人。 「ああ、心配しないでくれたまえ。君が心配するようなお約束な陵辱劇などはありはしないよ。我々は『穏健派』だからね」 其の中の一人、『乙女座』水槻・優子が差し出した箱から一本の細工物の花を取り出す繰朗。 この状況で出て来た物がただの細工物であろう筈が無い。 「此れはフローラの花と言ってね。まあ簡単に言えば女性を妊娠させるアーティファクトだ」 フローラ。古代ローマで信仰された花と春と豊穣を司る女神。 女神ユーノに触れるだけで妊娠する魔法の花を渡すことで、男神マールスの誕生に一役買ったとされる。 「でも此れが難儀でね。随分早く育つ赤ん坊を作ってはくれるんだが、強い神秘の影響で赤ん坊は革醒してしまっていてね。普通の女性に使えば腹を食い破ってノーフェイスが出てくるだけなんだ」 美玲の顔から血の気が引いていく。 そう、此れから自分を待ち受ける運命を、説明全てを聞く間でもなく察してしまったのだ。 「だが素晴らしい事に、此処には運命に愛された母体が存在する訳だよ。親が運命に愛されていれば、その子も運命が祝福してくれるだろう。上手く行けば此れは組織に大きな利益をもたらすプロジェクトだ」 そんな事をされる位なら、普通の陵辱を受けた方が、ずっと……。 「まあ最も試すのは君が初めてなんで上手く行くかどうかは判らないんだがね。安心すると良い。私は元医者で、彼女は元看護師だ。教育係も用意した。今回編成されたのは君と君の子供の為の最高のチームであると自負するよ。……さあ、ではそろそろ始めようか」 繰朗の言葉に進み出た一人の男、『蟹座』宵偽・志雄がもがく美玲の身体を押さえつけ、繰朗がゆっくりと彼女に近付く。 ……声無き悲鳴が木霊する。 ● 「さて諸君。それでは今日の任務を解説しよう」 集まったリベリスタ達を向かえたのは、『老兵』陽立・逆貫(nBNE000208)。 けれども逆貫の表情は、何時に無く厳しく険しい物だ。 「ある郊外の倉庫をアジトに、<三尋木>のフィクサード達が集まりある人体実験を行っている。捕らえた一人の女性リベリスタを使ってな」 主流七派が一つ『穏健派』三尋木。 其の冠名の通りに、主流七派の中では比較的穏健な組織ではあるが、しかし其の穏健さは彼等の安全性を示すものでは決して無い。 寧ろ他の目立つ七派の影に紛れ、着実に利益を出す彼等は、狡猾さ、陰湿さ、慎重さに優れた悪辣だ。 「諸君等への頼みは、其の人体実験に使われる『フローラの花』と言う名のアーティファクトを『回収』する事だ」 人体実験の被害者の救出でも、アーティファクトの破壊でもなく、回収を強調する逆貫。 そして資料が手渡された。 資料 アジト内 フィクサード1:『牡羊座』七生・繰朗 三尋木に属する20代後半の男性のフィクサード。嘗ての職業は医者。 ジョブはマグメイガス。 一般戦闘スキルの高速詠唱と高速再生を所持。 所持アーティファクト:『牡羊座の聖杯』 等価交換を強いるアーティファクト。神より与えられし物は神に返せ。 このアーティファクトの周辺(半径100m)で誰かが他者を回復可能なスキル(天使の息や天使の歌など)で回復を受けた場合、そのスキル使用者は回復総量分のHPを失う。 フィクサード2:『乙女座』水槻・優子 三尋木に属する20代後半の女性のフィクサード。嘗ての職業は看護師。 ジョブはナイトクリーク。 一般戦闘スキルの戦闘指揮2lvと高速再生を所持。 所持アーティファクト:『乙女座の聖杯』 慈悲慈愛を強いるアーティファクト。ただし対価に所有者から慈悲や慈愛の感情を奪う。 このアーティファクトの周辺(半径100m)では全てのHP回復効果は2倍となる。 フィクサード3:『蟹座』宵偽・志雄 三尋木に属する20代後半の男性のフィクサード。嘗ての職業は教師。 ジョブはクロスイージス。 一般戦闘スキルの針鼠と高速再生を所持。 所持アーティファクト:『蟹座の聖杯』 泥の様な戦いを強いるアーティファクト。堅牢なる甲羅を侮れば其の身は刃に引き裂かれるだろう。 このアーティファクトの周辺(半径100m)に居る者は、全て物神共に防御+100を得る。 フィクサード4:『暗天』ヴェラヒア・バロム 三尋木に雇われた外国人傭兵のフィクサード。ヴァンパイア。 ジョブはダークナイト。 一般戦闘スキルの超再生を所持。 アーティファクト:『フローラの花』 女性を妊娠させる花を模した細工のアーティファクト。このアーティファクトを使用された女性は、卵子から胎内に赤ん坊を作成される。 ただしその赤ん坊は濃い神秘の力によって生み出されており、一般人の女性がこのアーティファクトで妊娠した場合、急速に成長した赤ん坊は革醒しており、ほぼノーフェイスとして母親の腹を食い破って外に出て来る事となる。 (4人の誰がこのアーティファクトを所持しているかは不明) アジト外 三尋木に雇われた外国人傭兵のフィクサードが4名。ヴェラヒアの部下達。 ジョブはデュランダル、ナイトクリーク、ソードミラージュ、覇界闘士。20lv前後。 正面にデュランダルと覇界闘士、裏手にナイトクリークとソードミラージュが配置されている。 「フローラの花は古い時代に作られた強い力を持つアーティファクトだ。仮に破壊しても、万一飛散した破片が風に流され……、其れを一般人が吸えば恐らく効果を発揮してしまうだろう。故に諸君等の任務は回収となる」 繰り返す逆貫。 彼が敢えて存在に触れない、囚われのリベリスタに関しては……、恐らくそう言う事なのだろう。 何も知らぬ一般人に害を及ぼす危険のあるアーティファクトと、敵に破れて囚われてしまったフリーのリベリスタ、どちらを優先せねばならないかは、判りたくは無くとも明白だ。 「思うところは其々あるだろう。……諸君等の健闘を祈る」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年10月29日(月)22:23 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 言うまでも無い事だが、数とは力である。 今回の作戦に集まった8名のリベリスタのうち、6名からの集中攻撃を受ける事となった、裏口を守るフィクサード、ナイトクリークのバックは僅か20秒と持たずに地に沈む。 たかだか20秒の時を稼げただけでは、門番としての機能を十全に果たしたとは到底言い難いが、しかし、誰であろうと裏を責める事等出来ないだろう。 彼を襲った6名のリベリスタは何れもが彼を上回る実力者であり、如何に『蟹座の聖杯』の加護圏内であろうとも其の数の暴力に抗う事は難しい。寧ろ20秒もの時を稼げた事ですらが、幸運に味方された結果なのだから。 例えば8対8であったなら、バックもこんなに簡単には排除されなかっただろうし、寧ろリベリスタ達の脅威となりかねない存在だったのに。 同じく裏口を守るフィクサード、ソードミラージュのマウスの前には先の攻撃に参加しなかった一人、『酔いどれ獣戦車』ディートリッヒ・ファーレンハイト(BNE002610)が抑えとして張り付いている。 リベリスタ達の裏口からの侵入を、防ぐ障害は取り払われた。<三尋木>のアジトである倉庫に、ディートリッヒ一人を場に残したリベリスタ達が突入していく。 もう一度、繰り返すが数とは力である。数に大きく勝ると言う事は、非常に強いアドバンテージだ。 故に裏口のみに的を絞ったリベリスタ達の突入は、実に速やかに行われたと言えよう。 ……けれど、其の速やかさとは引き換えに、リベリスタ達は敵を各個撃破する機会を中途半端に投げ棄てた。 個別なら兎も角、集まられてしまえば今は表門を守る彼等も充分な脅威として機能すると言うのに。 振るわれたマウスの刃がディートリッヒを切り裂くが、『蟹座の聖杯』の加護は敵であるディートリッヒにも届き、大きな傷には至らない。……其れどころか、『乙女座の聖杯』の加護によって倍化したディートリッヒの自己再生能力は即座に出来たばかりの傷も塞いでしまう。 リベリスタの突入を食い止めることも出来ず、眼前の敵を倒せる可能性も皆無なマウスを、ディートリッヒは集中を重ねて確実に仕留めにかかる。 ● 倉庫の天井に、星座が浮かぶ。 太陽の通り道に位置し、星々の並びの中でも特別な意味を持つ黄道12星座。 其の12星座のうち、『牡羊座』、『乙女座』、『蟹座』、3つの星座が倉庫の天井に映し出されていた。 倉庫へと最初に突入したのは、ディートリッヒと同じく自己再生能力に秀でた『すもーる くらっしゃー』羽柴 壱也(BNE002639)と、集まったメンバーの中では一番回避に優れる『Manque』スペード・オジェ・ルダノワ(BNE003654)の二人。 倉庫の外より千里眼で覗いた『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)により、既に中の敵が襲撃に気付いて備えている事や、敵の配置は確認済みである。 簡単に言うならば先行する二人は囮。襲撃に備えているだろう敵の攻撃を敢えて先に受ける事で、残るメンバーの突入を容易にする為の先行突入だ。 だが、そう、突入した二人を襲うのは、想像した以上に苛烈な集中攻撃。 「壱也さん!」 スペードからの警告に、全力で移動し掛けていた壱也は咄嗟に防御体勢へと切り替えるが、けれども一瞬遅く、彼女の体は、そして不運にも警告を飛ばしたスペード自身が、血液を用いて実体化させた黒鎖、集中を噛ませた『牡羊座』七生・繰朗の葬操曲・黒が、縛り、捕らえ、飲み込む。 更には黒鎖の奔流に紛れるように、スペードに比べればより速度で劣っていた、つまりはより回避が低いであろうと予測された壱也の前に、『乙女座』水槻・優子の指揮を受ける『暗天』ヴェラヒア・バロムが迫っており……、一瞬後、壱也の身体はヴェラヒアが放つ漆黒の箱に押し込められた。 犠牲者を土下座の形で箱に押し込む拷問具に、其の名の由来を持つスケフィントンの娘。身に刻まれるありとあらゆる苦痛が、壱也を陵辱していく。 呪縛に囚われつつもほんの僅かに身体を反らせたスペードの肩を、『蟹座』宵偽・志雄のジャスティスキャノンが掠める。 けれどこれらの全てがお膳立てに過ぎない。二人を襲う真なる脅威は、天井の星座の間に浮かぶ赤の月。 水槻が呼んだ真の不吉、バッドムーンフォークロア。 波は寄せては必ず返す。永遠に続く連続攻撃はありえない。 攻撃の切れ目に、遅れて突入した4人のリベリスタが駆ける。更に壱也が意志の力で漆黒の箱、スケフィントンの娘を砕き逃れるが……、其れでも先に動いたのは牡羊座。 突入したリベリスタ達の内、敵に対して唯一先手を取れる可能性があったスペードは、未だ黒鎖の呪縛の中だ。 そして再び放たれるは高速詠唱により可能となった連続の葬操曲・黒。 ● ディートリッヒの疾風居合い斬りがマウスの身体を捉え、出血の血飛沫が辺りに舞い散る。 集中を重ねて冷静確実に敵を仕留めに掛かる戦術を取ったディートリッヒ。だが、其の選択が真に正解だったかどうかは難しい。 切り返すマウスの攻撃はディートリッヒにとっては大した痛手とはならない。けれど、だ。 次の攻撃に集中するディートリッヒを見たマウスは、攻撃の手を止め防御への専念姿勢を取る。唯一度の集中ではディートリッヒの攻撃が真価を発揮出来ぬ様に、と。 マウスにディートリッヒを倒す方法は無い。有利不利で言えば圧倒的に優位なのはディートリッヒだ。だからこそ、マウスは時間稼ぎに専念しだした。 此れがもし仮に『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)なら、其の火力で無理矢理に、速やかに打ち砕き、中への援護に駆けつける事も或いは可能だっただろう。だがディートリッヒが優れたるは其の耐久と回復能力だ。 其の力が真に必要とされたのは、恐らくは倉庫の中であったろうに。 互いに相手を中に入れぬ事を重視する2人の異能者の戦いは、唯只管に長く、長く、続く。 一方、表門を守るフィクサード、デュランダルのフロントと覇界闘士のゲートが中の戦闘音に気付き、一つ顔を見合わせた後、倉庫の中へと入っていく。 しかし、其の後を音も無く追う一つの影。 進路を塞がれ、足を止める葬識。眼前に立ちはだかるは蟹座。 千里を見通す葬識の目を持ってしても、アーティファクトである防具の下にしまわれた花を見つけ出す事は未だ出来ていない。 葬識がちらりと視線を飛ばした先には、本来の割り振りであれば蟹座の相手を務める筈だった『毒絶彼女』源兵島 こじり(BNE000630)の姿。けれども彼女の身体は、黒鎖によって囚われていた。 こじりだけではない。『ブラックアッシュ』鳳 黎子(BNE003921)も呪縛こそは無効化したが、猛毒と流血、不運に包まれ、そして一度は縛を逃れた筈の壱也でさえも、黒鎖に縛られ動きを封じられてしまっている。 立ち位置の工夫で難を逃れたノエルには、しかしヴェラヒアが逃さない。本来彼の相手をする予定だった黎子であれば、所持する消えない火の記憶の加護でヴェラヒア相手に優位に戦えたのだろうが、攻撃は特級品であろうと速度に、回避に、難のあるノエルでは黒の箱を避け得ない。彼我の速度差は覆しがたく、好きなマッチングを選べるのは敵側だ。 数に勝り、各々が食い止める相手を定めて先ずは牡羊座の撃破を狙っていたリベリスタ達。 だが彼等の誤算は、彼等自身の速度の遅さ。易々と先手を取られ、そして縛られては折角の数の差も活かせない。彼等の望む有利な組み合わせも、実現しない。 彼等はカードの切り方を誤まった。 続く仲間達の窮地に、なんとか鎖から逃れるスペード。一度逃れてしまえば、先手を取り、尚且つ敵の縛に捕らわれ難い彼女の存在は非常に大きい。 だが戦いの流れは未だフィクサード達にあった。現れ、合流は正門を放棄して増援に駆け付けたフロントとゲートの2人。 此れで勝っていた数の利すら失われてしまう。けれど、その時だった。 ● 不意に視界を白く染める閃光。 意識の外から放たれた神気閃光は、 「よォ、楽しそうな事してんな。俺も混ぜろし!」 気配遮断で気配を絶ち、正門より侵入した『Gloria』霧島 俊介(BNE000082)によって放たれた。 閃光の衝撃と、不意打ちによるショックはフィクサード達の連携に一瞬の隙を抉じ開ける。 フィクサード達の揺らぎはホンの一瞬、蟹座のブレイクイービルが彼等のショックを拭い去るまでの間のみ。 けれどリベリスタ達はその一瞬の揺らぎに浸け込み、体勢を立て直す。 衝撃に鈍った黒鎖を避け、スペードが正門側へ、俊介の傍へと駆け付ける。 仲間の状態回復に気を取られた蟹座の体を、こじりの馘リロード、『道を歩けば首無し死体。一体此れはどうしたものかと首傾げれば、お前も仲間だ馘り道路』が抉った。身に刻むは致命。其の身に宿る回復能力を損なわせる、デッドオアアライブ。 ノエルの騎士槍に弾かれたヴェラヒアを、ルージュエノアール、追い付く黎子が撒いたカードが包み込む。 乙女座を、赤に染まった大鋏が2つの刃で貫き、血を啜る。にやけた表情のまま、鋏を閉じて二つの傷を繋げる葬識。身を刻む奪命剣に、乙女座の吐血が葬識の顔に、まるで化粧の様に。 傾いていた天秤を力で押し戻していくリベリスタ達。しかし、まだ、足りない。 蟹座のブレイクイービルが、ショックを、致命を、フィクサード達の身を犯す危険を拭い去っていく。そして、冷静に待機し、蟹座の行動を待った乙女座が、再び天に朱の月を昇らせた。 蟹座の聖杯は防御力を増し、乙女座の聖杯は回復能力を増す。けれど牡羊座の聖杯は他者からの回復に対価を課す。 聖杯は敵味方問わずに効果を及ぼし、特殊環境を構築する。 だからフィクサード達は、特殊環境に適応出来る編成を組んでいた。防御力に影響を受けぬダメージソース、バッドステータスや呪殺を豊富に用意し、自身の自己再生で回復を図る。 仮にこの環境下でなければ、手練れの揃ったリベリスタ達は或いは有利に戦えたかも知れない。 しかし……、己を歯車の一つとして機能を果たし続けるフィクサードの連携、更には増えた二人の敵に、リベリスタ達の対応力は未だ足りてはいなかった。 己が身体を捉えたゲートの土砕掌に、俊介が一つ覚悟を固める。真芯を避けたとは言え、防御を無視する土砕掌は彼の体にダメージを刻む。 俊介が己に課した役割は3つ。 一つは奇襲。此れは既に果たされた。 もう一つは感情探査によるフローラの花を所持している者を突き止める事。けれど感情探査は人が集まれば精度は著しく低下する為、到底果たせそうには無い。 そして最後の一つが……、 「おい、聖杯あるからって侮るな。そんなもんでアークのホリメが止められると思うなよ!」 聖杯環境下で他人を回復する事は自傷行為だ。しかし、其れでも敢えて俊介は其れを選ぶ。自らを、使い捨ての消費回復アイテムとする事を。 詠唱で呼び出されるは癒しの力。だが其れは乙女座の聖杯の効果で倍化して発動する。 自らを使い捨てるには、多大な勇気が必要だ。その効果は、その勇気に見合う、常人は使う事を躊躇う、ラストエリクサーの如く現れる。 その一瞬後、彼の身を貫くは、彼自身が6度倒れて尚余る程の巨大なダメージ。 例え運命を対価に踏み止まろうと、傷だらけの俊介がもう一度回復を発動させる暇を敵が与えよう筈もなく……、 「あと頼むよ皆」 天秤を均衡に戻す事と引き換えに、俊介は血溜まりの中に崩れ落ちた。 ● 神秘の力が飛び交い、血が舞い散る。 彼女は唯、無感情に其れを眺めていた。……けれど、 「貴女は其れで良いの」 倉庫の壁に、繋がれていた彼女に、蟹座と競り合いながら、だけどこじりは静かな声で問うた。 「其れで良いの?」 身勝手に利用され、誰の物とも無い子を産む。そう、誰の物とも知れぬ子ではない。誰の物とも無い子なのだ。 「貴女が望むなら、鎖を外してその子供、私が殺してあげる」 本当ならば、彼女に注意を集めぬよう、彼女を救いに来た風はよそわぬ筈だった。 しかしこじりは、彼女に問うた。何故なら、自分もし彼女の立場だったなら到底許せないから。 慰めはしない、ただ、こじりは憤る。 「今のまま死んで生きるか。生きて死ぬか……答えなさい、綾月美玲!!」 ピクリと、『月下美人』綾月美玲の顔が動く。自分に注がれる、こじりの視線に応じる様に。自らの意思で、視線を返す。 けれど、……けれど、けれど、けれど、だ。矢張り、世界は優しくない。 まるで其れが呼び水であったかの様に、羊水が美玲から漏れ出した。 破水。胎児を包む卵膜が破れたのだ。心が死んでいたからこそ感じなかった苦痛、真っ最中である陣痛を認識してしまった美玲が呻きを洩らす。もう出産は間近に迫っている。 リベリスタも、フィクサードも、場の視線は美玲へと注がれた。リベリスタ達は彼女を案じて、フィクサード達は、その腹の子を案じて。 美玲を助けに行きたい。だが、フィクサード達は其れを許さぬだろう。 何が起きるか判らぬ実験での出産だ。出来るならばその場に駆け付け、取り上げる準備に入りたい。だが、リベリスタ達は其れを許さぬだろう。 思惑が絡み合う。 ……しかし、その均衡は思いもよらぬ方法で破られた。 ズドン。 綾月美玲の突き出た腹に、白銀の騎士槍が突き刺さる。その一撃は、違う事無く、美玲を殺した。 「わたくしは『正義』を貫くだけです」 月下美人を散らしたは、揺らぐ事無き正義の刃、ノエル・ファイニング。 彼女は、その表情すら揺るがさない。世界を守る為に優先されるべきは何かは明らかであるのだから。 衝撃は、フィクサード、リベリスタ、双方を等しく襲う。この結末は、ノエルを除けば全ての者にとって予想外だったから。 咄嗟に動き出せたのは、飽くまで仕事を優先させるヴェラヒアをはじめとした傭兵達と、リベリスタに混じる唯一人の殺人鬼、葬識のみ。 けれど、その戦いは、牡羊座の言葉によって止められた。 「月下美人を殺すなら、君等の狙いは『フローラの花』だろう? 此れは渡そう。帰ってくれないか。胸糞の悪い狂人達よ」 牡羊座が懐から取り出したのは、アーティファクトの収められた小箱。 ● 咎める様に前に出かけた乙女座を、牡羊座は手で制する。 無論牡羊座とてむざむざ花を差し出すのは痛い。戦局は現在拮抗しているが、このまま続けば勝利を収めるのは恐らくフィクサード側だ。 しかし、しかしである。牡羊座は確認する様に、もう一度ノエルの瞳を見る。本当は見たくも無いけれど、そして確信する。 恐らく、ノエルは、自分に花を使われたなら、迷わず命を絶つだろう。美玲にそうした様に、自分にもそうするだろう。 そして、もし自分以外の仲間がそうなっても、きっと彼女は行動を違えない。 実に、おぞましい。 ちらと視線を移すは、血溜まりに倒れたままの俊介。彼は自ら仲間の為に犠牲になったと言えば、美しい。が、仲間は彼を使い捨ての消耗品として扱ったとも言える。 彼等は、自分を、仲間を、正義の為に使い捨てれるのだ。 ……なんと恐ろしく気持ち悪いのだろうか。 例え勝ったとしても、フィクサード側には大きな損害が出るだろう。傭兵達は兎も角、同じ三尋木の、12星座の同僚を使い捨てるのは、牡羊座は御免だった。 利益を求める真っ当な戦いの上での犠牲なら、止む得まい。けれど、この正義に狂った狂人との戦いでの損害は、狂犬に噛み付かれての死は、無駄死にだ。『天秤座』の報告は知っていたが、此処までだとは思わなかった。 こんな連中は、黄泉ヶ辻や裏野部とでも勝手に潰し合って消えてくれれば良い。自分達は、相手をしたくない。 無論此れは、穏健派である牡羊座の勝手な思い込みに過ぎない。 フローラの花、強力な力を持ったアーティファクトが、アークの手に委ねられる。 「綾川さん、一緒に帰ろう」 声を震わせ、絶命した美玲を肩に担ごうとする壱也。 「触らないでくれないか。君等に渡すのはアーティファクトだけだ。……それに、そんな資格が君にある筈が無いだろう」 けれど、刺す様な言葉が突き刺さる。 ごねれよう筈が無い。今一度戦いになれば、フィクサード達はフローラの花を狙う。美玲を犠牲にしてまで手に入れた、アーティファクトを失いかねないのだ。 其れに何より、未だ彼女の死に胸抉られた衝撃より壱也は立ち直っていない。 ふらつく壱也の肩を抱え、スペードが去っていく。彼女とて心持は同じだけれど。 戦い過ぎ去った倉庫で、牡羊座が見下ろすは美玲の骸。 「咄嗟に子を『庇った』のか……、もう意味は無いかもしれないが、実験は成功だったようだね」 考えての事か、反射的にか、其れはわからねど、刺される瞬間僅かに動き、切っ先の向きを腹の子から逸らした美玲。 自力で出て来る事の出来ぬ子を取り上げる為、美玲の腹を切り開く為、フィクサード達が彼女の身体を術台に運んでいく。 世界に神秘に満ちている。世界に奇跡は確かにある。けれど、今此処に救いは無い。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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