● そこに存在したのは、多分きっと、恐怖だった。 助けて、助けてと泣く声がする。お兄ちゃん助けて、怖いよ、助けて。 小さな手が、伸びていた。 俺を探して。俺の手を探して。必死に伸ばした手が、俺のズボンの裾を握っていた。 目の前には、化物。アスファルトに押さえつけられて、ぼろぼろ泣きながら俺を呼ぶ妹。 嗚呼、死にたくない、と思った。 足を滅茶苦茶に振って、小さな手を振り払った。 手が伸びている。硝子玉みたいに綺麗な瞳が、どんな色をしていたのかを俺は見る事が出来なかった。 おにいちゃん、と。 呼ぶ声を聴いたのが、最期だった。 走って走って、ぐちゃり、と聞こえた音の正体なんて、知りたいとも思わなかった。 そして。 今も、声がする。手がちらつく。 冷え込み始めた夜の空気の中で、少年は怯え切った顔で、歩いていた。 声がする。 おにいちゃん。 手が見える。 ねえたすけて。 聞きたくなかった。見たくなかった。なのに、それは耳元で囁き続ける。 ねえおにいちゃんどうしておいていくのねえたすけてこわいよしにたくないよねえねえおにいちゃんいかないでわたししんじゃったんだよねえどうしてどうして どうして、わたしをみごろしにしてへいきでいきてるの? 耳を塞いだ。叫びだしたかった。でも出来なかった。 しゃがみ込んだ彼を心配したのだろう、優しい誰かの手が背に触れた。 大丈夫? きっとそう言っている筈なのに、その耳はその言葉を正しく受け止めない。 おにいちゃん、おにいちゃん。 手が見えた。 嗚呼。 ばしゃり、と。 血溜りが広がった。 ● 「どーも。今日の『運命』聞いてって頂戴」 適当に足を組んだまま。『導唄』月隠・響希(nBNE000225)は、リベリスタ達を迎え入れた。 「今回お願いするのは、エリューションの退治及び、とある少年への何らかの処置」 端的に告げて、差し出される資料。 そこには、中学生ぐらいの少年の写真が添付されていた。 「西宮・絢介。中学3年生。ジーニアス×破界闘士。戦闘能力はまぁ、駆け出しリベリスタってくらい。そんなでもない。 彼が、今回の事件の元凶とも言うべき存在。……彼の強い思念が、まぁエリューション・フォースを生んじゃったのよ。 先に、そっちの説明をするわ。フェーズは2。見た目は、小さな女の子。 こっちは中々強い、って言うか、厄介なのよね。強烈な幻覚でこっちの精神を削ってきたり、混乱させたりする。 加えて、しがみ付いて大きなダメージを与える攻撃も行ってくる。遭遇時は一体なんだけど、増殖性革醒現象が進んでて、4体くらいに増えるわ。 まぁ、3体はフェーズ1。能力は全体的に劣化するものの、本体より少し回避型っぽい感じなのかしらね。その辺はちょっと不透明。 と、まあ、それがまず、エネミーデータ」 ここまで大丈夫? そんな確認に頷くリベリスタを見て、フォーチュナは話を続ける。 「本来なら、倒せば終わり、なんだけど。……絢介クンの思いがエリューションを生むんじゃ、倒したって堂々巡り。 だから、何とかしてもらわなきゃいけない。此れがもう一つのお願い。……彼のその『想い』を何とかする。出来ないなら、殺して貰うしかない。 どっちを選ぶもあんたらの自由だけど、一応参考までに話しておくとね。 彼を追い詰めてるのは、半年前のとある事件なの。この時まだ、彼は一般人で。彼には妹が居たわ。両親は居ない。施設の育ち」 リベリスタなら聞き飽きる程に耳にする。それは、そんな悲劇だったのだ。 「その日、二人はエリューションに襲われた。運悪く、妹さんはエリューションに捕まってしまったのね。 彼女は泣いた。たすけてって、おにいちゃん、って。手を伸ばして、必死の思いで絢介クンの服を握ったの。 助けよう、と思ったと思う。大事な妹だから、死んでしまえなんて絶対思ってない。 ……でも、分かるでしょう。一般人にとったら、エリューションは化物。死にたくない、って思いが先に立つのは、仕方のない事だと思う」 少年は逃げたのだ、とフォーチュナは言った。 小さな手を振り切って。助けを呼ぶ声も振り切って。只管に逃げる後ろで、妹は死んだ。 「死んだかどうかも、見ていないんだけどね。彼は思ったんでしょう。自分が見捨てて逃げたんだと。見殺しにしたんだと。 妹は、自分を恨んでいるんだ、って。思い込みは力になる。それが、エリューションを生んでしまった。 彼は今も、聞こえ続ける声に、見える手に悩まされているわ。全てが妹に見えるの。責められ続けていると思ってる。 もう聞きたくない、って、彼は手を殺すわ。……その手が、何なのかも知らずに」 幻覚。差し伸べられる気遣いの手も、優しい言葉も、全てが塗り替えられる。 それから覚ますには、身を削る覚悟が必要かもしれない、とフォーチュナは告げた。 「幻覚も、声も、今はエリューションの所為よ。でも、エリューションが居なくても、彼の心が変わらなければきっと消えない。 ……言葉も、下手したら届かないかもしれない。だから、彼をどうするのかはあんたらの自由で良い」 どうか気を付けて。そんな一言と共に、フォーチュナはブリーフィングルームを後にした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年10月26日(金)23:21 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 死の恐怖と相対して。無力な少年が生きたい、と望んだ事を、その為に必死に逃げ出した事を。 責める事が出来る人間など、居るのだろうか。 予見者の言葉を振り返り。蹲る少年をその脅威的五感で探し当てた明神 暖之介(BNE003353)は、静かに首を振った。 もし、責める事が出来るとするなら。それは少年本人だけだった。 自分で自分を責め苛む彼が、それを罪とするなら。罰を決めてしまうのも彼自身。 死を望むのもまた、致し方ない事なのかも知れないけれど。それをそのまま見過ごさないのが、アークのリベリスタだった。 「……さぁ、始めましょうか」 眠たげな瞳が、優しく微笑う。その横を駆け抜けるのは『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)。誰よりも早く。先手を打った彼が向かう先は少年ではなくその隣。 不気味に笑う少女の形をしたものと目が合った。即座に伸ばす、呪縛の気糸。囚われた姿は哀れな操り人形の如く。目論見通り敵を捉えた彼は、面倒だと肩を竦めた。 後悔しようと妹は戻らないと言うのに、苦い記憶を何時までも抱えるとは難儀な事だ。 まぁ、容易く忘れてしまうのも不気味なのだが。 「……苦しもうが解放されようがどっちでもいいが、とりあえずEフォースは片付けんとな」 攻守自在。流れる水の如くしなやかに。構えを取り呼気を整えたけいかは、突然の出来事に怯えた様に顔を上げた少年を見つめた。 「その子はあなたの妹ではありません、幻影に過ぎないんです」 正義の味方だなんて言えないけれど。死なせたくなかった。後悔のままに死んで欲しくはなかった。救いに来たのだ、と告げて。 『大雪崩霧姫』鈴宮・慧架(BNE000666)はあえて、厳しい言葉を投げかける。 「貴方は佳奈さんの死すら奪う気ですか? 死んだ人は生き返りません」 助ける事は出来るのだ。何度だって、彼の悲哀が生んだものを倒してやる事なら。 けれど。その先は彼にしか出来ない。彼は、立ち上がらねばならないのだ。悲しみから。後悔から。 「やめてごめんなさいごめんなさい、俺が、逃げたのが悪かったから、許して、やめて……!」 救いの手は何に見えるのか。そんなのは明白で。怯えて後ずさる姿に、『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)は微かに眉を寄せた。 「少しだけ時間をやろう、その間に己の命の使い方を決めるんだな」 一言。言い捨てて、その頭脳は驚異的な集中状態へと切り替わる。 どれほど幼かろうと、決断は自分で下すべきだ。そこまで思い、微かに息を漏らす。言うべき事は多くはなかった。まずは、邪魔者を処理するまで。 仲間が戦場を整える中、『0』氏名 姓(BNE002967)は一人、前線へと飛び込んでいた。少年の軽すぎる身体にぶつかり、強引に担ぎ上げる。 驚いたように身体が強ばるのを感じた。 「僕は君の妹さんじゃないよ、わかるよね」 君の妹にこんな事は出来ないだろう。その声に、強張った身体が少しだけ緩むのを感じた。一度下ろしてやって、漸く盲目的な怯え以外の色を浮かべた瞳を見つめてやる。 ほんもの? と、掠れた声。そうだよ、と頷いてやれば、何も言わずにしがみつくまだ細い背中を、軽く撫でて。姓は静かに言葉を紡ぐ。 全て幻覚なのだ、と。妹が責めているのではなく、少年が自分で自分を追い詰めているのだと。告げられる言葉に、不安げに服を握る手。 「……僕は責めない。只、自分と向き合って欲しい」 震えていた手が、驚いた様に握られたのを感じた。大丈夫だ、と背を優しく叩く。責めたりしない。 視線を合わせた。瞳は不安げに揺れていて。姓の漆黒の瞳とはあまりに違っていて。微かに笑った。 「前を向いて。君は生きるべきだ」 その言葉が少年に届くとは、『まだ』思って居なかった。けれど、多少の信頼を得た事を確信して。姓は素早く、その身体を後方へと連れて行く。 彼がどんな選択をするにせよ。 まずやるべきは、脅威を打ち払う事だった。 ● 伸びる気糸が、思念体を絡め取る。何時も通り冷静に。『無何有』ジョン・ドー(BNE002836)は、己に課された仕事をこなしていた。 否。少しだけ思う所も、あった。過去を悔やむ余り、自責が生んだ異形。げに恐ろしきは人の想い、とでも言えば良いのだろうか。 ただ。悔やんでも有益な物はひとつも生み出せない事も、ジョンは知っていた。 「前向きに生きてこそ、その身に宿った力を活かせる事も出来ましょう」 後方、姓に連れて来られた少年をちらりと見遣った。その視線は未だ、怯えた様に俯いていて。けれど、その目を覆う幻覚の手は解けた様だった。 少女の手が絡みつく。鉅の手で本体こそ拘束されたとは言え、分身は健在。リベリスタの猛攻に晒されながらも、その体は只管にリベリスタへと縋り付いていた。 たすけて、たすけて、と。声が聞こえる気さえする。けれど、その顔が奇妙な笑顔を浮かべているのを『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)は見逃さなかった。 この上なく真っ直ぐに。力一杯殴りつけて。杏樹はその顔を睨み据えた。 「本物と向き合えないような幻覚に負ける気はないっ!」 強い声は、背後にいる少年にも届くように。その意志は折れない。曲がりさえしない。惑う事も無い。 良くある、と言ってしまえば、確かにその通りだった。割り切れるものでもなく、吹っ切れるものでもない。 知っていた。何度も見ていた。けれど、何度だって救って見せようと決めているのが、杏樹と言う少女の在り方だった。 救える命なら、見殺しになど出来やしない。暴れ兎。布を巻いた拳を握り直す。片付けるべき敵は未だ目の前に居た。 「幻覚とか夢ってどうにも気に入らないのよね」 溜息混じり、肩を竦めて。『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)の手が動く。神速の抜き打ち。銃口さえ見せず、敵を撃ち抜き撃ち倒す。 主が創造せし現実と比べると、定命のモノの想像はけして届かずデッドコピーにしかならないと言うのに。 人はどうしてそんな幻想に囚われると言うのだろうか。酷くドライで冷ややかに。その瞳は幻影を見据える。 手早く片付けるのが最善。冷静な瞳で状況を見据える。放たれた弾丸が一体始末した事を確認して、エナーシアは次へと目を移す。 少女の泣き声。幻覚だ、と思った時にはぐらり、と世界が回っていた。 しあわせな家族が見えた。自分の名を呼ぶ友が見えた。笑顔が、当たり前の幸福が、目の前に見えた。 けれど。それは櫻霞の手からすり抜ける。崩れていく。壊れていく。 血に染まった視界と、もう戻らないしあわせを形作っていた大事な人々。死んでいく。消えていく。 幸福は悲哀に塗り替えられ、愛情は憤怒へ形を変える。13年。そんな時間では消せないそれが、心を削る。頭を掻き乱す。 今なら、救えるのだろうか。研鑽したこの力で。助けてほしいと願ったかもしれない命を。 答えを探しかけて。けれど、櫻霞は首を振る。その問いが何の意味も持たない事を、彼は知っていた。 「――もしも、何てものは無い」 思い込み自縛する事など容易い。死者の想いは、言葉は、生きている人間には聞きようも無い。 掻き乱された心が、平静を取り戻す。深い溜息が漏れた。仲間の無事を、確認して。櫻霞は静かに、少年を見据えた。 だから。もしも、なんて言葉に意味は無いのだ。後ろ向きな選択は何時だって何の意味も為さない。 選ばなくてはならないのは、意味を持つのは、先の選択肢のみ。 「さあ選べ、西宮。答えは二つに一つだ」 妹の死を受け入れ尚生きるのか。ただ、このまま自責に駆られ、災厄を広げるのか。 その問いに容赦など無い。子供であろうと、決断の時は等しく訪れるのだから。 ● 戦闘は、明らかにリベリスタ優位に進んでいた。 ジョンや鉅による拘束が機能したのは勿論の事、高火力を叩き出す面々を支える手があった事も大きかったのだろう。 「たかがエリューションが人を騙るか、いい度胸だ……」 「申し訳ありませんが、手早く片付けさせて頂きますよ」 全てを食らう漆黒が駆け抜けた直後、湧き上がるのは漆黒のオーラ。弱り切った幻影の頭を撃ち抜いたそれが、命さえも喰らっていく。 一体、二体と、生れ落ちた偽者が消えていく。それを認めて。エナーシアの手が幾度目かの抜き打ちを見せた。 「灰は灰に夢は夢に――」 放たれた弾丸。しかし未だ止まらない。見る事さえ叶わぬ銃口が再び閃いた。 「さっさとお引取り願いましょうか、脳内妹さん」 正確無比な二つの弾丸は、幻影の命を奪うには余りある程で。悲しげな少女の泣き声と共に、その姿は掻き消えていった。 逃げる気は無かったのだろう、危険を避けてずっと待っていた少年は大人しく、姓の隣に立った。 その瞳は未だ、揺れていた。何かを探す様に。待っている様に。そんな彼の前にそっと屈んで。杏樹は口を開く。 「お前には守る力がある。現実を見て、妹さんと向き合って、墓前でもいい。謝れ。ちゃんと供養してやったのか?」 墓が無い、と、少年の声は告げた。何も残っていないと。本当に死んでしまったのかさえ、分からないと。 それすら確認出来ない程に怯えていた彼に、少しだけ優しい瞳を向けて。なら、と修道女は言葉を続ける。 彼女が与えるのは許しではなくて、術だから。 「施設。子供たちいるんだろ。妹を救えなかった分だけ、お前が守ってやれ」 それが償いになる。その言葉に頷くのは、慧架とジョン。 その力を、戦う事に生かすのが良い。そんな道を示す言葉を、2人は紡ぐ。 「辛いなら、生きている理由が無いというのならリベリスタになればいい」 救い続ける事が、いつか理由になる。その言葉に少年は大きく首を振った。聞きたくない、とでも言うように。 未だ幼い顔は、思い詰めた様に強張って。今にも泣き出しそうだった。 「辛いんでも、生きている理由がないんでもないよ。生きていて良いのか、って、俺は言ってるんだ」 それは逃げかもしれないけれど。けれど少なくとも、生に希望を見出せなくなったからではなかった。 他に思いつかなかった。妹にしてやれる事を。何一つ。 「それで全てを終わらせることは容易です。……但し、それは安易な逃げでしか有りません」 どれ程思い詰めて死んだとしても。戻るものは何一つ無くて。強いて言うならきっと。その心が苦しみから逃げるだけで。 もし、罪だと想うのなら。生きなくてはならない、とジョンは言う。 誰かを救えばいい。より困難な道こそ贖罪。生きる事は、常に闘争だ。 「あなたが生きながらえた意味を改めて見つめ直してください」 真っ直ぐな正論。それはきっと非常に分かりやすくて、けれど、未だそれを全て受け入れるには少年は子供だった。 曇った瞳が潤む。辛いと、それは告げていた。 「何で、俺が誰をどれだけ助けたって、佳奈は帰って来ないんだよ! そんなの、何の意味が……っ」 ぱちん、と。 言葉を遮るように鳴った高い音。頬を押さえ、呆然と此方を見上げる少年に、エナーシアは静かに首を傾けた。痛かったか、と。 「覚えておきなさい、痛いと云うことは生きているってことよ」 死ねばもう何も感じない。その痛みも、苦しみも何もかも。それは何度も言われた様に、逃避なのだけれど。 少しだけ表情を緩めて、彼女は少年の目を見た。漸く確りと自分を見ているそれに少しだけ安堵して。 「貴方の逃げるという選択が貴方自身の命を救ったのは事実だわ。だから選択のもう一つの結果も確認なさい」 彼が知らないと言った事。きっと、確認出来る術は有るから。本当はどうなったのか、確かめてみるべきだと彼女は言う。 それをしなければ、少年は此処から一歩も進めない。そんなのは、妹だって望んで居ないだろうに。 「どんな結果でも無視し続けるよりは寂しくはないわ、お互いにね」 幾つも差し出された道に、少年の表情が迷う様に翳る。その心が出す決断は、未だ見えなかった。 ● かちゃり、と。静寂を破る様に音を立てたのは、櫻霞の愛銃。 無言でそれを少年の頭へと向けて。怯えた瞳と目が合ったまま、青年は告げる。 「此処で生きるも死ぬも、選ぶのは貴様の自由だ」 選べ、と。彼は言う。少年が首を振るのが見えた。それでも、問う。 生きるのか。死ぬのか。それは誰かが決められる事ではなくて。少年自身が決断するべきことだ。 いきているのはつらい、と。漏れ聞こえる声。嗚呼、それを選ぶのか、と。白く美しい指先が、引金にかかる。 「――未だ泣いても居ないんだから、撃つには早いわ」 雉も鳴かずば撃たれまい、なんて。静止の声をかけたのはエナーシア。そして、姓。 己の服を掴む少年と、銃の間に手を入れて。 「……見限っても良いから、私が倒れるまでは庇わせてくれ」 見捨てて後悔だけは、したくなかった。その言葉に、櫻霞は溜息混じりに銃を下ろす。嗚呼、勝手にすれば良い。 少しだけ緩む空気。状況を眺めていた鉅が、ふと思いついたように口を開く。 「助けられる状況で助けなかったならともかく、どうしようもない状況で逃げて罪なのか?」 それは有りもしない罪だ。それを背負う程、大した人間には見えないが。誰に言うでもなく、投げられた言葉に少年の瞳が瞬く。 そうだね、と頷いて。姓は静かに、隣へと屈んだ。 あの日助けようとしても、きっと2人共死んでいただけだった。その事実は間違いなくて。 「……君は生きる事を選んだんだ。それは間違いじゃない」 彼は肯定する。間違いなんかじゃなかったんだと。責められる事ではないのだと。 少年の手を取った。もう何度も言われているけれど。何もせずに死ぬ事こそ、逃げなのだ。 「罪を償いたいというよりは、罪から逃れたくて死にたいだけじゃない」 逃げた事を赦して貰いたいのに逃げるの? その通りだった。只の逃げ。責め苛む声から、逃げたいだけ。首を振る少年が決断を終える前に、ざわつき始める空気を感じた。 杏樹が即座に銃を抜く。彼を殺さないと決めている彼女が、やるべき事なんてひとつだった。 「その呪縛、引きちぎってやる」 何度だって。運命を燃やしたって。彼が思いを吹っ切れるまで、自分が敵を倒そう。 だから逃げるな、と。その背は告げている。仕方ないわね、と隣に並ぶのはエナーシア。 もし彼が何も選べないなら。自分は躊躇わず、彼を殺しただろう。けれど今、彼は確かに首を振ったのだ。 逃げない、と。なら、するべき事は決まっている。 哭いているだけで撃たれもする。それが現実だ。どれ程嘆き悲しんでも、救われるとは限らない。 「泣いているだけで撃たれもする、それも現実よね」 もう一度殲滅してあげましょう。少年の前に立った2人に、瞳から涙が零れ落ちる。 逃げないよ、と小さな声が聞こえた。姓は少しだけ、口元を緩めて。その背を最初と同じ様に撫でてやる。 「……僕は責めないよ」 それは、当たり前の様で。けれど、何より特別な言葉だった。 誰も責めない、なんて漠然とした言葉ではなくて。目の前のこの人が、自分を責めないのだと言う確かな保証。 それは少年の心を支えるのに十分で。涙を零す瞳が、漸く確り前を見た。 「俺、佳奈の分まで生きるから、だからもう、泣くのはこれで最後にする」 ごめんな。と零れた謝罪は何処に向けたものだったのか。吹っ切れた顔で立ち上がった少年の言葉に、聞こえたのは少女の笑い声。 空気が、軽くなる。脅威が去った事を感じてそっと銃を下ろす二人に、そして、リベリスタ全員に、少年は深く頭を下げた。 ありがとうございます、と。告げられた言葉にもう、暗い色は無くて。暖之助は安堵した様に微笑う。 妹の死を受け止めてくれたら良い、と想っていたからこそ。この結末は何より嬉しくて。 「早く帰りましょうか。……彼女にも話してあげましょう」 今日の仕事は、とても良い終わりだったんです、と。彼女はなんと言ってくれるだろうか。 歩き出す。共に来る、と決めた少年の顔は何処か晴れやかで。 ありふれた悲劇はその日、漸く少しだけ優しい続きを、紡ぎ始めていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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