●Oktoberfest 秋真っ只中の高原に位置する観光地。昼にはぽかぽかとした日差しが降り注ぐけれど、日陰や風は少々肌寒い。そんな季節の午後。 西洋風に整えられた小さな村に、大きな看板が掲げられている。踊るのは『Oktoberfest』の文字だ。 このオクトーバーフェストというのは、その名の通り十月上旬に開催されるドイツはミュンヘンのでっかい祭りであるらしい。 とはいえ、ここは日本の山梨県である。残念ながらジャーマンではないわけだが、なんだか似たような催しを行おうと、ご当地の方が頑張ってみちゃったりしたらしい。と、そんな余談はさておいて。 こんな日には作り立てのビールやソーセージをたらふく味わって、飲めない方もハレの雰囲気を楽しんで遊べばいいのである。 ●ビールを飲み干す者 「行きませんか?」 開口一番、『翠玉公主』エスターテ・ダ・レオンフォルテ(nBNE000218)はそんなお祭りが映し出されたモニタを指差した。 「う、うん」 突然何事だろうか。たとえばなんだか現場に行くだけで未来の因果律が変わって敵が出なくなるだとか、そういう話だろうか。 「いえ」 違うらしい。じゃあ何か。食べ物が革醒するからその前に食えとか、そういうのだろうか。 余りない話だとは思うが、エスターテの話にはよくあることだ。 「いえ、違います」 これもはずれらしい。一体なんなのだろう。ていうか、何なの、この章タイトル。 「その……」 様々な予測をするリベリスタに、僅かに頬を染めた桃色の髪の少女は、静謐を湛えるエメラルドの瞳をそっと伏せる。 「ただ、行って見たいだけ、です……」 このイタリア生まれのグルメ公主は、なぜだかドイツのソーセージが大好きらしい。小食の癖して意外と肉食系である。 「それで……貸切だったりする?」 リベリスタが沢山集まるのに、一般人は邪魔といえば邪魔であるが、さすがにそこまで虫のいい話は―― 「はい……」 どうやらそういう所は譲れないらしかった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:pipi | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年10月23日(火)22:49 |
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● 「光介様には、どんな服が似合うでしょうか……」 小首をかしげるシエルは、男性モノの服というものなど、これと選んだことがない。 しいて言うならば手伝いをしている孤児院で男児の服を選ぶという程度だ。もちろん光介は小児ではない。だから結構どきどきモノなのだ。 今日、この場所ではオクトーバーフェストという祭りが開催されていると聞く。 メインに据えられているのはドイツ風グルメなのだが、会場はそのそも小洒落た観光地であり、本日の会場はアークの貸切だった。 だからあえてショッピングに利用するリベリスタ達も居た。シエルと光介も、そんな一組のカップルだ。 食べるのも良いのだろうが、服を選んでもらうなんてとってもデートっぽいではないかと光介は思う。年上の恋人に導かれるフォーティーン。デートらしいデートに憧れる年頃なのだ。 「あれ……光介様、立ち止まって」 恋人の視線の先は、店頭からなにやら古びた本が雑然と並んだ本屋である。 「行ってみましょう」 光介の視線につい微笑むシエル。 「わ、この本、古書保存の技術についてですって、マニアック! 虫を防ぐ燻蒸のタイミングとか。 やっぱり下手装本や史料集は保存が難しいですからねぇ」 「成程です、珍しい本もあるものですね……」 ついぞ上がるテンションに、シエルもなんだか嬉しくなってくる。 「成程です、珍しい本もあるものですね……」 一挙手一投足の真摯な視聴。好きな人が楽しい気持ちになっているならば、それだけで嬉しいものなのだ。 あ。 つい夢中になってしまったことに、光介は少々バツがよろしくない。 「す、すみません」 折角のデートなのに一人夢中になってしまったことが胸にひやりと落ちかかるのだが―― 光介が視線を上げればシエルの表情は明るい。 「さてデートの続きでございますね……何処へ行かれますか?」 シエルはそっと手を握り、繋いでくださいと上目遣いでそっと囁くのは心の抱擁。 良き本との出逢いは人生の彩り。人との出逢いもまた然り―― デートはまだまだ続くのだ。 想えば戦いと修練の連続。異世界の決戦は死者すら出し、アークのリベリスタ達は多くの敗北すら味わった。 気づけば十月も半ばを過ぎ、後半へと差し掛かっている。 「夏が去り、秋も深まり冬へと繋がって行く時期ですもの。……もう少し暖かい服を出す頃合かもしれませんね」 未だ為すべき事はあるのだが、ともあれ一先ずは――骨休めもすべきなのだろう。 そんな想いで村を歩いて往けば衣類の店。他愛もないみやげ物屋。食べ物屋。オルゴール工房。ガラス細工工房。それぞれの直営店。 「オクトーバーフェスト……色々とあるのですね」 それにしてもエスターテはよくこんな場所を知っていたものだ。グルメ公主のあだ名は伊達ではないということだろうか。 朧に思考を拡散させる悠月の隣で珍しいものから、良く見るものまで程よく多様に揃っているものだ。そんな中で拓真はふと瞳を細める。 古式ゆかしいグリーンスリーヴスに、韃靼人の踊り、スカボロフェア、野バラ。乱雑に絡まった音色は、複数のオルゴールが奏でている。 「オルゴール……ですか」 立ち止まる拓真に、悠月は店の中にパートナーを促した。ガラス棚の上に並べられた数々のオルゴール達が二人を迎える。真鍮、木に、貝殻、ガラス――。 手を携えながら幾重もの音色の中から、ただの一つを選び出す。 目を閉じて、その音色を探り出す。拓真が知るかは定かでないが、嬰ハ短調だろうか。 明るい物では決してなく──何処か、切ない。だけど大切な何かを思い出させてくれそうな音色だ。 見つけた。 それは何よりも小さな音色。小さなクリスタルガラスのオブジェクトの中に仕込まれた小さな小さなオルゴールだった。 「……悠月、これを買って帰っては駄目だろうか」 寄り添う悠月にそっと尋ねる。 「心に残る物があるなら、手元に置くべきだと思います」 月の光のように柔らかな笑顔に、拓真は静かに頷き返した。 そんな音色に惹かれるように―― そあらはこの日、さおりんとデートがしたかったのだが、多忙な男は身動きが取れない。 ガラスの人形があしらわれていて、綺麗で重厚で、それで素敵なメロディを奏でるものがあればいいなと思う。 これだろうか。 手に取りゼンマイをまわす。奏でられたのはショパン。別れの――だめだめ、絶対ダメ。これはダメ。 その隣は、子犬の―― 迷う。迷うけどダメ。なんとなくダメ。彼女は尻尾をふりふりしながら思案する。次々と視聴を繰り返すが、色々ありすぎて迷ってしまう。 あった。これだ。 メリーゴーランドに二人の天使が仲良く寄り添うオブジェクトだ。 (まるでさおりんとあたしみたいな……) それが客観的事実にそぐうイメージかは兎も角、少なくとも彼女にはそう思えた。だから、これだ。これがいい。決めた。 ――42800円。 ちょっとあんまりにもあんまりな、可愛くない値札だ。手が止まる。 だが―― 「許してやるのです」 そあらはゆらりと立ち上がる。 「さおりんと二人きりでロマンチックに過ごす為には、これくらいどおってことないのですよ」 こんな(`・ω・´)気配の女性がドリっと飛び出す様子とすれ違いながら店に入れば、そこはオルゴールのお店。 「今回は付き合ってもらうわね」 糾華がクスりと微笑む。 エスターテは、彼女に食べ物を食べに行くほうが良かったかと問われれば、そんなつもりもないのだが。はて、どうしてこんなイメージになってしまったのだろう。 「ご飯には今度一緒に行きましょう。貴女のオススメにね?」 お奨め。オススメ。はて、そんな所はあったろうかと首を傾げながら桃色の髪の少女は糾華を追う。 探し物は小物とガラス細工なのだが、こんなオルゴールもいいかもしれない。 「貴女もお土産選びとか、どう? お義父様とかにあげると喜ぶんじゃない?」 「え、と――」 触れかけて、エスターテが手を止める。思えばずっと何も贈っていなかったから。 だが矢張り値段は可愛くない。お小遣いの範疇は越えている。 「他の店にも行ってみましょうか?」 少しだけ困惑するエスターテに、糾華はいたずらっぽくクスクスと微笑む。 ドレスの少女が二人で歩く。それから、猫グッズのお店。蝶の小物にアクセサリー。何があるのだろうかと踏み入ればそこはガラス工房だ。 糾華は迷いなく一点へ。手に取るそれは夜色の、硝子細工のアゲハ蝶。硝子であるのに、どこか螺鈿細工を思わせる深い色彩が美しい。 「ね。エスターテさん」 「はい」 そこには薄紫と薄緑の子猫をモチーフにした小さな置物がある。やわらかな表情が愛らしい。机上に飾るような手合いだ。 「私達にピッタリね」 ね――買いましょう? ● Ein Prosit, Ein Prosit♪ まず初めは広い店内の音響を聴いて。硝子の喧騒を打ち消すのは陽気な歌声だ。 der Gemutlichkeit♪ 次に快は周囲を見回し声を張る。 それはドイツに伝わる乾杯の歌だ。歌詞が覚えられなければハミングだっていい。 和やかで活気があって。心が跳ねる。日常を非日常に切り替える祭囃子の気配は万国共通のものだ。 ドンと明奈が、誰かの席にビアと大皿を置く。大粒の胸と同時に跳ねたのは山盛りのヴルストだ。たっぷりのマスタードを添えて。 Ein Prosit, Ein Prosit♪ 胸元が強調された衣装はディアンドルと呼ばれる民族衣装だ。彼女自身の持ち味と、細かな刺繍は可憐だが、どこか素朴でもある衣装は健康的な色香を振りまいている。 そこで登場。どやっ、もといキリリとした美月が、華麗なターンと共にガタッとビアと大皿を置こうとする。 胸がひしゃげて肉汁が胸元を濡らす。あじゅじゅじゅじゅ、あじゅい、めっちゃあじゅい。鼻水出てくる。大丈夫、いつもの部長だ。 der Gemutlichkeit♪ さて。乾杯の歌が聞こえればツァインには感じ入るものもある。ドイツではなくアイルランド生まれではあるが、なんせ十九歳。お酒の誘惑が多すぎる昨今だ。 ならば仕方ない。『胃袋メイツ』(!?!?)のグルメ公主エスターテでも呼ぶまでだ。食べ比べだ。 もう各種ソーセージを山盛りに、カレー、ヘンドゥルと、手当たり次第にとってきて。まずはカレーをかっこむ! 「んん~~……!」 溶ける寸前の肉、溶けた肉、とろとろの筋肉が合わさり、牛骨の出汁とやさしめなスパイスのハーモニーが口の中で踊る。それは―― 「まさに至福の時……」 それから、いざ召喚。たまたま歩いてた桃色の髪の少女。 「あの。はい……」 とりあえず、食べるツァイン。それを見ているエスターテ。ぐう。胃袋メイツは、ちょっとお腹が空いて来た。 「ん? なんですかグルメ公? 分かってます、みなまで言わずともこのツァインめは分かっております。 食べきれないから頼めなかった物を取り分ければよいのでしょう? 既に取り皿も用意して抜かりはのう御座いますっ」 「う、あ、の。はい」 なんだか分からないが、これでいいのだ。 Ein Prosit, Ein Prosit♪ ソーセージを一本だけ頂きながら、歌う様子をじっと見ているエスターテに、ツァインが声をかけた。 「こういう時は一緒にバカやった方がお得なんだぜっ?」 ちょっとやってみたいけど、恥ずかしいって顔をしてたから。 少女が少しでも恥ずかしくないように、隣でとびきり大声を出して歌ってやった。 皆が真似て歌いだす。声と声が幾重にも重なっていく。 肩を組む者が居る。マスと呼ばれる巨大なジョッキにヴィーゼンビアをなみなみと注いで。 若者達はそれぞれソフトドリンクを手にとって。 der Gemutlichkeit♪ ひらりひらりと身をこなすリンシードは、次々に席に料理やお酒を運んで行く。なかなかの手際だ。 ハイバランサーに気配遮断。何もそこまでという感じもするが、速度とも合わさってかなり役に立っている。 それからなんといっても明奈はこのディアンドルが着てみたかった。どうせ着るならウェイトレスだってやらねばと、今もビアを注いでは運んでいる。 それなら部長も巻き込めば――うへへへ眼福眼福。というわけで、美月もこの衣装を白石部員に着せられてしまっている。 『貸し切り何だし店員体験位良いよね!』 という行動力溢れる言葉が思い起こされるが、店に交渉までしてしまった時は、驚きこそすれ見習いたい部分もある。為せばなるものなのだ。 それにちょっと胸元がスースーして気になるけれど、さっきちょっとなんか汁がたれちゃったけど、この衣装はとても可愛くって、なんだか嬉しくなってしまう。 (ん? あそこで何かポーズ取ってる白石部員と話してるのって……) ひょっとして。 「そこの店員さんすみませーん! タコ料理、オススメのを3品ほどお願いしまーす!!」 声を張り上げる風斗。オクトフェス。タコ祭り。おそらく世界各国のタコ料理が楽しめるに違いないと踏んでいる。なかなか面白そうな企画だ。(←アークのリベリスタは彼を許さない) って。声をかけてみれば白石部員だ。目の前に思い切りメニューが叩きつけられた。 「どうだ、この美貌! そしてこの衣装! 似合うだろ?」 確かに似合うのだろうが、何やってるんだっていうか、スゲェ衣装だ。ちょっと胸元チラリズムすぎる。 「なんだその格好……って部長も!?」 遠目に見れば部長まで同じ格好だ。思わず目を逸らす。たぶんバイトなのだろう。それが分かれば注文するまでだ。 「とりあえずあれだ、タコもってこいタコ!」 「タコなんてねえよ! ソーセージ食ってろ!」 「えっ? だってオクトパスフェスタ、だろ? タコ祭りならタコ料理出すんだろ?」 やんややんや。美月も気づく。 (あそこで何かポーズ取ってる白石部員と話してるのって……) ひょっとして楠神部員だろうか。駆け出す。確認に行――ギャン!? 騒音。ジョッキの砕ける音。服が濡れて大変なことになってしまっている。 「お、おい」 「しかしまあ……大丈夫か、その格好? なんというか、胸元が……」 「痛たた……ん? どしたんだい楠神部員。僕の身体に何か付いてる?」 男楠神(彼女なし)。視線はいつだってそういう所に釘付けだ。 「余所見すんなこの野郎ッ!」 「いや、なんでもないなんでもない!」 「って、どどどうしたの白石部員何でキレてるの!? おお落ち着いて!?」 「ばーかばーか!」 明奈は盆上のソーセージを握り締めて風斗の口に詰め込んでいく。仕事してください>< と。そんなこともありまして。それじゃ、そろそろ―― eins, zwei, drei, g'suffa!! 「「「Prosit!(乾杯!)」」」 ● 歓声と口笛。 皆『プロージット』と言っていたのだろうか。ドイツ語なんて良くわからない。兎も角、己はそのように叫んだ。 こういうものは気合だ。勢いだ。だからいいのだ。飲むぜ。超飲むぜ。 隆明はビールを一気にかっくらう。喉元を駆け下りる深く爽やかな味わいに、鼻を抜ける芳醇な香りは日本のビールとどこか違う。 だがそれがいい。ヴルストには思い切りマスタードをつけて、口に放り込む。これがたまらない。 口直しにはザワークラウトだ。白ワインが仄かに香れば、次はワインだって飲みたくなってくるものだ。 店のお酒全種類制覇を目指し飲みまくる! 明日のことなんて―― 『 関 係 ね ぇ ぜ え え え え え え え え ! ! 』 飲んで飲んで飲みまくれ。 さて。オクトーバーフェストである。扉をあけた和人は都内で見かけたことがあるのだが、入ったことはなかった。何時みても人が多すぎてなかなか足を踏み入れづらい所がある。 だが折角の機会なのだから楽しみたい所だ。 ところでネットで調べたらむっちむちのおねーちゃん達が民族衣装着て料理を運んでくれるらしいが。 あのなんだか胸がでかくって、こう。そういうのはここには――居た居た。まさか居るとは思っても見なかった。 アークのどこかで見たことのある顔ぶれだが、スタイルを誇る明奈に、美月(見た目はともかく動きは残念)、衣装は違えど可憐なリンシードなら十分である。それに同じ民族衣装のスタッフも居るようだ。 龍治と共にこれまたスタイルが素晴らしい木蓮、細身だがしっかりメリハリはあるレイチェルまで入ってきた。これは眼福というものである。 何でも屋の四十一歳ではあるが、そもそもドイツのビールは初めてだ。つまみも合わせて美味い美味い。 「なんだか濃い感じだな」 なによりこの活気が、なんだか楽しい気分にさせてくれる。 それにしても一気に賑やかになったものだ。瞳を細め、晃は卓状に運ばれたカレーにソーセージセットを見やる。 「食べようと思っても中々食べられないからな」 カレーはともかく、本格的なドイツソーセージとなると機会は多くない。 カレーはカレーでいかにも高原を感じさせる風体で、大量の肉がよく溶けているボリューム満点の欧風だ。 あとは、折角だからジャガイモ料理に何かドイツらしいソフトドリンクでもあればいいのだが。生憎とジンジャエールぐらいしかない。自家製とあるが、どんなものなのだろうか。 カレーとソーセージを頂きながら、待ってみればジャガイモだ。ほくほくというよりむちむちもちもちとしていて、食べ応えがある。 こんな量を食べきれるかって。男は度胸、こういう時は楽しんでみるものさ! うほっ。 ともあれ大人達はビールだビール。 ここ最近は朝夕が冷え込んできているが、ビールの季節は一年中だ。折角ドイツのビールが豊富にあるのだから、義弘は色々なものを楽しんでみたい。 良く焼けた褐色の肌には、濃厚なデュンケルが良く似合う。 特に誰かと連れ立っている訳ではないが、手早く注文を済ませて、どうせなら酒飲みの居る所に混ざろうか。 ふと近隣の卓を見れば、ウラジミールにエナーシア、御龍にベルカと良い具合に揃っている。視線で会釈。こんな集いも悪くない。普段交流がない仲間とも、これを機会に親睦を深めておきたいから。 なにより楽しく飲めればそれでいいのだ。 先ほど音頭をとっていた快は彼女とデートらしいから。ロシアーネは口ひげを撫で付ける。まあ、若者らしくていいだろう。 辺りを見渡せば見ればドイツ人勢力が元気一杯だが、母なる北の大地から来た二人も負けてはいられない。 「ロシア人だってビールは飲むのだ。麦ジュースである!」 そうともだ。 「同志少佐、私達も一緒に飲みましょう!」 ウラジミールが厳かに頷く。巨大なマスに指をかける。 さて。エナーシアもドイツを放浪した経験はあるが、オクトーバーフェストというものは初めてだった。思えば行ったのは春先のことだったか。 ともあれ先ずは祭の主役たるヴィーゼンビアをProsit! 五者五様に杯を掲げ、一気に口を付ける。まず卓に置いたのはウラジミールだ。 「相変わらず裏さんは水のように飲むわよね」 「ヴォドカほどは酔えぬがこれはこれでよいものだ」 呼ばれたウラジミールは既にチーズとソーセージにかぶりついている。寡黙なロシヤーネも食べっぷりは軍人のそれだ。 「かぁーーー! うまいぃっ!」 お次は御龍と義弘。こちらもほぼ同時。美味い。心地よいアルコールの漣が身体中に染み渡っていく。 「この一杯の為に生きてるようなもんさぁ! 全種類制覇してやるよぉ!」 それからヘンドゥルを切り分けねばならない。ナイフを入れれば湯気が立ち上り、香ばしい香りがあたりに広がる。これはたまらない。 「さておつまみには肉ぅ! ってことでぇヘンドゥルってぇやつをぉ」 そりゃもうガツガツと頂く。狼だから肉は大好物なのだ。 それほどアルコールに強くはないエナーシアは、さすがにマスを一気にたいらげることは出来ない。そもそもヴィーゼンビアは濃く醸造されている上、小柄な身体に一リットルはきつかろう。だから食べ物とあわせて楽しみたい所だ。 並んでいるのは自分用のヘンドゥル一羽。ハムソーセージセット。ミュンヘン名物のヴァイスヴルスト。 まさに肉、肉、肉。肉の嵐である。『ドイツ人ジャーマンだわね』等と不可思議な言葉が脳裏を過ぎるが、なぜだかニュアンスは分かる。そういうものなのだ。 口に運べばじゅわっと肉汁があふれ出し、いくらでも食べられそうだが、さすがにこれだけ並べば油と塩気もキツいといえばキツい。となると、このザワークラウトの優しさ、爽やかさも嬉しい所だ。 小柄なエナーシアがこんなに食べられるかと問われれば――食い溜めくらい出来ないと未開の地を風の向くままに放浪なんて出来る訳がないではないか。ドヤッ! 宴もたけなわ。たけなわってなあに。 おくとぱすだかおくたんだか知らないけどぉ祭りはいいものだ。さあ飲め。さあ食え。ポテトだってもぐもぐと往け。 「酒が飲めるならなおさらさぁ!」 既に二本の空き瓶を転がし。数杯のジョッキを並べて、御龍はまだまだがぶがぶぐびぐび飲みまくる。豪快だ。 「喰って飲んで幸せぇ!生きててよかったぁ!!」 ベルカも負けてはいられない。スターリングラードに孤立するドイツ第六軍と、母なる祖国の問題はこの際関係ないけど、いや、よくわからないがとにかくあらびきソーセージが美味い。 「やるなマイスター!」 ゲルマンスキーめ侮れぬ。ザワークラウトを合わせれば――しゃきしゃき、ごくん。 癖になる! 「エナさんも飲んだ飲んだぁ!!」 しかし。杯を空かした義弘はふとぞ思う。相変わらずアーク。時村財閥の顔は広い。オクトーバーフェスト中とはさすがに繁忙期であろうに、一日貸切とはやるものだ。 お陰で自分達がこうして楽しめる訳ではあるのだが―― ふと、近くで揺れる桃色の髪が目に入る。思いついたと思われるエスターテにも感謝しないといけないのかもしれない。 「皆と仲良くなる機会だ。応援している。」 「はい……。ありがとう、ございます」 実直なロシア人は、エスターテにミルクを一杯だけ進呈する。高原で育った牛からとれら新鮮なものらしい。少女はどうせこれからあちこちで食べさせられるのだろうから。このぐらいでいいのだろう。と。 「……うぎぎ」 所で。 「裏さん手伝って欲しいのです」 軍人の逞しい背の向こう側には、そろそろなみだ目のエナーシアが居たのであった。 さあ。それならまだまだ飲める。義弘は何杯目なのか既に分からぬジョッキを掲げる。次は大自然と、農家の人達と、この世界の為に杯を乾かせ。 乾杯だ。 ビールは豪快にマスジョッキで。なんせ一リットル。ここにくわーっと来るヴィーゼンビアを注ぐのだ。 その後は煙たいラオホも行って見ようか。楽しみで仕方ない。 という訳で快は沢山飲むのだろうが、レナーテはグラスで十分だ。まさか本場式でマスしかないということは、さすがにないだろうから。 「あのEin Prosit~♪ って歌、意訳すると『皆様のご健康とご多幸に乾杯!』ってニュアンスなのかな?」 「そんな感じじゃないかしらねえ」 起源もはっきりしない歌のようだ。楽しむ為の伝統芸といった所ではないかとレナーテは続ける。 さてお次は料理。快としてはヘンドゥルを押さえたいのだが、ソーセージだって外せない。 「最近ドイツだとカリーヴルストが流行りなんだっけ?」 メニューを指しながら楽しげに笑う快を見ていると、なんだかほっとする。勲章ばっかり沢山もらって、きっとこの世界に必要な人なのだろうけれど。少し、無理をしすぎではないだろうか。 「他にもレナーテお薦めのドイツ料理があったら是非」 「お勧めの料理かあ。しっかりした料理じゃなくても、普通にサラミやチーズで美味しいと思うのよね。パンで挟むとかも。 敢えてあげるならアウフラウフとか。グラタンみたいなもんだからここにあるかは判んないけどね」 「アウフラウフ。ミルクも名物なら……これかな」 さあ。やってきたソーセージを食べながら、ヴィーゼンビアを一飲み。かなり利く味わいだが、これがまた堪らない。 「ディアンドルだっけ、衣装面白いよね」 質問攻め。 「着たことある?」 残念ながら。見たくないといえば嘘になるが、あればかりはスレンダーよりも豊満なほうが似合うのだろうか。 そろそろ中には踊りだす者達も居る。どうかな、と。誘い。 「まあでも私は踊るよりゆっくり食べて飲んでのんびりしたいかな……なんて、冗談よ」 微笑み合う。 「今日は一日、目一杯楽しもう!」 食べ終えたら、共に輪の中へ。折角だから、楽しめるだけ楽しみたい。 たまにはこんなデートもいいじゃないか。と。 ● さて。足を踏み入れたロリコン竜一。パブレストランで食事である。 何を注文したものか。ドイツと言えば。ミュンヘン名物の白ソーセージ。なぜ、何が人気なのか良く分からないがカレーも注文。 それからヘンドゥル。ヘンドゥルってなんだろう。聞き慣れないが構わない。肉は正義だ。 「さあ、エスターテたん! 一緒に食べよう!」 突然後ろから声をかけられ、びくりとしたエスターテが恐る恐る振り返る。竜一だ。 「遠慮することはないよ! さあ、俺の膝の上の特等席に座って!」 髪を撫でられる。華奢な身体をひょいと持ち上げ膝に座らせる。少女の表情が凍りつく。 「まずは、ソーセージ! はい、あーん!」 もふもふ。すりすり。頂くものなのだからと、どうにか口を開き、ちょっと涙目のままソーセージを咥える。ネモフィラの瞳の親友が、どこかで『はげろ』とか叫んでいる気がする。 「よーしよし、たくさん食べて成長するといいよ!」 ちょっとだけ膝から降ろして背の高さを測る。 「あ、でも今のままのほうがかわいいから俺はスキかな!」 あっ! 「……なんで逃げるの!?」 脱兎。腕をすり抜ける。 「俺俺、俺だよ! エスターテたんが誰よりも慕っている結城竜一だよ!」 一目散。 「早く甘えにくるんだ!!!!」 エスターテ は 逃げ出した! 結城竜一。酒が飲みたい昨今だが十九歳。ヤケ食いする他ない。ああ、そうだ。エスターテの今日のパンツは白だった。いやいや、それよりも。 「ちっ、この料理は塩味がやけにキツイぜ……」 涙なしには語れぬ(?)ロリコンの悲哀。表情一つ変えぬまま、世話が焼けると首を振るであろう『普通の少女』は今いずこ。 そんな様子はさておき知らないけれど、亘はエスターテを食事に誘いに来たのだ。 「こんにちはエスターテちゃん」 近くを駆ける少女に、亘はそっと声を掛ける。 「あ。え、と……。はい」 「異世界での戦いで勇気ある貴方のお陰で帰ってこれました。ありがとうございます」 僅かに頬を染め、エスターテが慌てる。 「そんな、こと。ないです」 あまり無理はしないようにと、軽くウィンク。 「あぁ」 そういえば。 「今日はお礼だけではなく一緒に食事を」 少女の初々しい反応の最中、彼のお腹がぐうとなる。これはさすがの亘も少々照れるというもの。 「ふふ。自分小食なので今日は色々と食べる為に朝御飯をちょっと……」 そんな訳で。 「改めてですが宜しければ一緒にお食事しませんか?」 「……はい」 昼時。特に約束をしている訳ではないエスターテは、少々遠慮がちに応じる。まあ、そんなものだろう。誰問わず優しく接することが出来る亘とは反対に、エスターテは同じぐらいの年頃の相手に免疫が乏しいタイプだ。 こうして卓に並んだのはカレーにソーセージ。それからヘンドゥル。分け合って食べようと思う。 いそいそと小皿に取り分けた二人。たぶん少女は、同じ皿から気軽に『あーん』とか出来るタイプではないようだ。 そんな脇で一人店に入ってきたフラウ。なんかすっげえ盛況してる。アークのみんなが卓とか囲んでめっちゃ楽しそうである。 フラウは一人。ボッチだ。別に寂しくない。皆でテーブル囲んでワイワイ騒いでる姿が羨ましいとか、そんな事は思っていない。本当だ。本当ったら本当だ。 などと考えながら歩くが、やっぱ嘘である。実はちょっと羨ましいのでフラウはフォーチュナの少女に声をかけてみた。 「うちも混ぜてほしいっすよ、エスターテもーん!」 「あ。その。はい」 ともあれ、直接関わったことなど初めてだから、運ばれてきたビーフカレーをつつきながら、亘とエスターテの様子を見ているが、亘がひたすら話しかけているような感じだ。 「お。やっほー、エスターテちゃん。亘くん。ここいい?」 「いいですよ」 「エスターテちゃんも影主さんも元気?」 「はい。たぶん……」 たぶんとか酷い娘っ。 ジョッキとソフトドリンクを片手に現れた悠里の笑顔に向けて、快く微笑む亘。悠里はレンと共に食事に来たようで、レンは食べ物を選んでいるらしい。三人で食事になるかとも思ったが、だんだん人が増えてきた。 「ユーリ! 見てくれ、チキンが丸々あったぞ」 一羽丸ごとのヘンドゥルが更に追加だ。よいしょと乗せようとする。このテーブルは、小柄なレンにはちょっと高い。 「あ、の。大丈夫ですか?」 支える桃色の髪の少女。むむむと、ちょっと気になるが、何者か。エスターテである。 「あ、エスターテもこんばんは。たくさん食べていくといいぞ」 テーブルの上には、やっぱり悠里のお酒が鎮座している。 「あまり飲みすぎるなよ?」 「大丈夫、大丈夫。潰れるほどは飲まないよ!」 はい、とジュースを手渡す。 「私達もいい?」 「はい」 次に現れたのはランディとニニギア。一生懸命食べているエスターテが気になって仕方がなかったのだ。とは云え見ていればお腹もすいてきてしまう。いざヘンドゥルだ。 ともすればパサパサになってしまいがちな鶏肉ではあるが、噛めばじゅわりと肉汁があふれ出る。 「お、おいしい~!」 皮もとっても香ばしく焼きあがっていてたまらない。 「ああうん、ヘンドゥル美味しいよな、うんうん」 ジャガイモを口にいれれば、これまた味がとっても染みていて、二つ目もぺろりと喉を通ってしまう。 ちょっと濃い目の味付けは、ビールも進ませてついついおかわりだ。 「こちらですね」 先ほどからランディに次々とジョッキを運ぶリンシードであったが、ニニギアにも二杯目を置いて見る。 「ありがとー♪」 こちらはメイド服。ディアンドルではないが、華奢で可憐な彼女に良く似合っている。 「おいしい~!」 「解ったから飲み過ぎだぞ、な?」 「ランディったら心配性ね! だいじょぶよー、うふふ」 酔ってる。 「ランディさんも、さー、いっき、いっき……です」 物騒なことを呟くリンシードに、ランディはジョッキを煽る。すぐさま続けて置かれる次のジョッキ。飲めはするが、これはちょっと多いかと思いきや、やはり一息。どんどん増える酒瓶や皿がなんだか気持ちがいい。 そんなことをしていると―― 「ほらー、天使の歌だってちゃんとできるのです」 絶対酔ってる。先ほどそこら辺でコケてた部長に天使の歌をお届けだ。何事かと振り返り、またコケる部長美月に、どや顔のニニギア。 「ほら、そいつ怪我してないしそれ歌になってねぇ!」 「むう!? そんなこと言う口は、あーんしろです」 「え゛、ここでやるのか?」 「このヘンドゥルは! ひっく。ぜっぴんです!」 「解った」 困り顔のランディの口に、ニニギアは鶏肉を放り込む。たしかに美味い。それに酔ったニニギアも可愛いものだ。 「ねっねっ、おいしいでしょっ?」 今日のニニギアはヘンドゥルメイガスとなって、このおいしさを世界中に広めて回るのだ(キリッ)。 それにしても量も多いが酒類も多い。山のように積まれたヴルスト一本一本の種類がきっと違っている。 「そっちの肉もらってイイっすか?」 「はい」 「うちのも食べてイイっすから」 交換っこする。フラウもここ最近はずっと突っ走っていたから、こうして生き抜きするのも悪くないと思うのだ。 「ユーリ、ユーリ」 「ん?」 「カレーに卵が入っている……これは……」 「カレーの辛さをマイルドにするために卵を入れる事があるんだよ」 そういえばレンをカレー屋さんに連れて行ったことはなかったことを悠里は思い出す。家で作るものにも入れたことはない。 「日本ではカレーに卵を入れるのか……」 そういえば余り変わった食べ方をしたことはない。固まりかけた黄身を崩してカレーと一緒に口に運べば―― 「まろやかになっておいしい……」 山のようなヴルストもつけてみれば、これもまた違った味わいになってとても美味しい。後で少し家に買って帰りたいぐらいである。 「はい、エスターテちゃん。アーン」 ちょっとした悪戯心が働いて。唐突なやり取りに肝を冷やしながら、エスターテはおずおずと口をあける。 「突然何を……」 「ん? レンもしてほしい?」 「は!? お、俺!? さ、さては、酔っているんだなユーリ!」 あとずさるレン。悠里×レン。エンジェルはどうした!? ┌(┌ ^o^)┐ 「あ、エスターテさんも…何かご注文、ありますか……?」 「え、と。きなこもちアイスクリーム、を」 おっと、エスターテさん。はやくも終了モードである。 しかし量が多い。アイスを前に動きが鈍くなってきたエスターテの事もあり、かなりの量をがんばるリベリスタ達である。亘としてはエスターテが果たしてどれが美味しかったのだろうかと気になるのだが。 以前、亘が好きなハーブを尋ねた時には『桃のシロップ漬け』などという頓珍漢な回答があったことを、ふと思い出したのだ。なんだか独特の感性を感じる。 「え、と」 少女が指差したのはメニューに載っているレバーソーセージの写真であった。どうも意外と肉食系らしい。 最後はちゃんと――ごちそうさまでした! 食べ過ぎてぐでーっとつっぷすフラウの横で、いよいよふらふらとしてきたニニギアを、ランディがそっと背負う。休憩所に向かうのだ。 まだ食べたそうなニニギアの為に、少々余ってしまったので貰って来たソーセージやヘンドゥルの残りを口に運んでやる。ぱくりぱくりと食べて行くニニギアがなんだか可愛らしい。 「らいりょうぶらかー」 「ほら、立ち上がるなってば」 「らんりい!」 「あんまり暴れるとキスすんぞ」 ランディは、しなだれかかるニニギアを抱き寄せ。 「ホントにするぞ」 影を重ねた―― さてはて。こちらもまた。気になる二人が卓に腰をおろした。 今日のレイチェルはディアンドルを着ていつもと違った雰囲気に。 「……どうです、似合ってますか?」 少し照れながら、小さな笑みと共に夜鷹を見上げる。そんな姿が可愛くて、夜鷹はつい頭を撫でてしまう。 「ああ、とても似合っているよ。お姫様?」 そっと手を取り、口付けを―― ――それから。 「どれを食べようか。ビールもうまそうだ」 「そうだ、いろんな種類を頼んで一緒にはんぶんこしましょう。」 すぐに運ばれた皿からは肉の焼ける良い香りが漂ってきて溜まらない。 「ああ、良いにおいだね」 見た目からして多様なハムとソーセージは目にも楽しく、どれも美味しそうだ。弾力のあるヴルストにフォークを突き刺せば、あふれ出す熱々の肉汁が食欲を刺激する。 「夜鷹さんはせっかくだしビールをどうぞ」 こちらはまだ、一緒には飲めないけれど―― 「おや? 飲んでもいいのか? じゃあ、お言葉に甘えて」 夜鷹はそっと料理を取り分け半分に。それからジュースとビールで乾杯だ。 「ここの酒はうまいね。レイも大人になったら一緒に飲もう」 もちろんそのつもりだけれどレイチェルの手は休みない。といっても素敵な想い人の前でソーセージを一心にむさぼる訳などなく、夜鷹のグラスへとビールをガンガンに注いでいるのである。 このクールな仮面をはがしてみたい、だとか。酔っ払った姿を見てみたい、だとか。そんな好奇心とイタズラ心だったりするのだ。 そんなこんなで、夜鷹はなんだか酔ってしまった。隣に座るレイの褐色の肌がいとおしくて。なんだか美味しそうで。 再び手を取り、今度は指先に口付けを。 「え」 そのままゆっくりと、音を立てて吸い付いて。 ――ほんの少しの甘噛みを。 「ちょっと――!?」 心臓が跳ね回っている。顔はきっと真っ赤だ。 「俺はね、レイ」 「夜鷹さん……!?」 「君を可愛い妹分だと思っているんだ……ほんとに可愛くて」 酔っても。まだ―― 「……妹分、か」 崩れるように眠り込む夜鷹を見つめて、レイチェルは僅かに苦笑した。 ● 伸びてしまった者あり。飲み続けている者あり。あらたに足を踏み入れる者もあり。宴はまだまだ続くのだ。 素晴らしい。コレもまた福利厚生の一環なのである。 崩界を止める事が雷慈慟の全てだった。職務であると同時に、存在意義なのである。 だが、いやだからこそ。休息というのは素直に有り難いことでもある。こういう機会に羽を伸ばせるからこそ、戦い続けられるのだから。 というわけで。全ての命――食材に感謝して。今日は尽くのビールを飲みつくす算段なのである。 算段なのであったのだ。が。 「おーい、此処空いてるよ?」 おっと。そこに現れたのは宵子である。 「……では」 「あたしも一人だったからさ、丁度良かったよ」 「折角なので、失礼する」 そそくさと注文を終えて、雷慈慟を隣に座らせる。ジョッキが運ばれたら即座に乾杯だ。両者一気に煽る。これはお互いずいぶん飲めそうだ。 所で一体誰なのだろうと雷慈慟は心中で首を傾げる。ここに居るからには同僚に違いないが、果たして。そもそも余り会ったことのない異性に声をかけられた経験など、とんとない。 いや、まさか。コレが世に言う『逆軟派』等という状況なのであろうか!? 神秘である。神秘の世界とはココまで彼を苛ませるのであろうか。世の中解らないものである。 さて。いよいよ運ばれたのはソーセージ。名こそ宵子と名乗っているが、ロシア生まれのロシア育ち。つまり偽名である。そんなこんなでここは箸にチャレンジだ。 「どうだろう」 それにしても宵子にとって、箸というのは扱いづらいものだ。 「ふぁ、はに? ふぉほも!?」 もごもごしていたら一瞬聞き取れなかった。ほも? 細かいことは気にしない。だってビールとソーセージが美味しいから。この店はきっとこれで十分な店なのだろう。 ごくんと勢い良く嚥下。所でなんだったのだろう。 「自分の子を宿してはくれないだろうか?」 刹那の間。後の快笑。 「キミ面白いねえ」 いきなり子供ときたものである。一般的には色々とすっとんでいる訳だが、雷慈慟の哲学では当然のこと。 「いきなり子供かーそっかー……うーん」 あまりに実直な物言いは、にわかに二の句が紡げない。それは兎も角ビールをおかわりだ。 「そうだね」 例えば。 「キミがあたしより強ければ良いよ」 「ソレ……は」 女性と戦うなど―― 「無理だ」 もう一度宵子は笑う。今日は随分と面白い肴に出会ったものだ。きっと酒が進むだろう。 そんな話はいざ知らず。隅のほうでひっそりとしているジズにとってビールやワインは飲めないけれど、香りは懐かしく感じられるものだ。 それに食べ物に年齢は関係ない。生まれ育ったドイツの食べ物を味わえると聞いて、人見知りながらもこっそりとやってきたのだ。 まずはナイフとフォークでソーセージを小さくスライスして口に運ぶ。美味しい――懐かしい味に思わず頬が緩んでしまう。 次にザワークラウトを一口。ワインの仄かな香りと、乳酸発酵による優しい酸味が口の中をすっきりと整えてくれるのだが―― 「あれ……?」 頬をつたうのは暖かな液体。ホームシックだなんて思わないけれど、ぽろりと零れたのは涙だ。 それは、おばあさまが作ってくれた味に、とても、とてもよく似ていた。 恐ろしい敵と戦う日々の緊張。故郷から離れた国で過ごす不安に負けまいと力の入っていた肩に。 祖母がそっと手を置いてくれた気がしたから―― きっと泣いたっていいのだ。 食べ終わる頃にはきっと笑顔になっているだろうから。 凪沙にとっては、ここが日本で残念でならない。ドイツではワインとビールが十六歳で飲めるのだから。剣や銃を持って戦うリベリスタがなんのという話ではあるが、こればかりは致し方ない。 ドイツといえばやはりソーセージ。粗挽きも美味しいが、優しい味わいのヴァイスヴルストもたまらない。 ここのソーセージはマイスターが手をかけて仕込んだものだと言う。そんな職人達の技もさることながら、焼き方、茹で方一つとっても奥深いのだ。 もちろん、全部食べつくしてやるつもりだ。作り方までしっかり覚えさせてもらおう。食堂の看板娘にしてグルメ王、神の舌を持つ彼女ならばそれが出来る。 フォークに刺せばきらきらと煌いて見える。そっと口に運べば―― 「すごいよ、これ!」 瞳が輝く。口から金色の光が溢れ、辺り一面を包み込む。 「材料の豚はフランスのどんぐりを食べたスペインの――」 秋空への飛翔。 地響きがする。万里の長城が蠢く。これは――龍だ。舞い上がり、尾の一閃。嵐が巻き起こり、稲妻の柱が大地を縦横無尽に貫く。 「桜のチップで――」 巨大な曼荼羅を背負い涅槃仏も起き上がる。海が割れ、自由の女神にアッパーカットを叩き込む。対する女神は四股を踏みしめ―― 「燻製しているんだね……さすがだよ」 これは――全種類のテイクアウトもせねばならないだろう。 「まずはビーフカレーな!」 木蓮が楽しげに注文して行く。勿論、一緒に居る龍治はアルコールも注文だ。 「他のも後で順番に頼んでこうかな?」 食べ物のメニューは木蓮に任せ切り、龍治にはとにかく気になるものがある。 「む? 龍治がまた何か悶々と心配している気がする……」 「いや」 まだ彼は何も述べない。いや、木蓮は明奈や美月のようなウェイトレスではないが、衣装は本場のディアンドルと同じものである。 「大丈夫、何かあったら龍治が守ってくれるって言ってくれたろ、平気平気!」 白い肌に豊満な胸を大きく開いているとなれば、龍治と言えど、気にならないと言えば嘘になるのだ。 だがそれだけでまずは一杯。さらに一杯。食べ物よりも酒が進んでいくのはどういう訳か。 実の所、胸元そのものというよりも、周囲の視線が気になるからだ。正直に言うと、気が気ではない。 「全く、これ(胸)は俺のものだと言うのに。他の男共に見せつけるなど言語道断だ」 「ちょ、ちょ!?」 木蓮の頬が僅かに赤く染まる。いきなり何を言い出すのか。第一こんなに酔っ払った龍治は初めて見た。 「おい、だいじょ……ひゃー!?」 突然抱きつかれ、染まりかけた頬が一気に赤くなる。 「み、みみみ見せつけてなんか、というか、たつ……っ!?」 そんな胸のつかえを誤魔化すように、次々に杯が空いていく。木蓮が目を見張るが、もっと言えばそれだけではないのだ。 「お前は何時もそうだ」 姿勢も視線も既に怪しいが、呂律はしっかりと回っている。 「任務でも傷を負う様な真似ばかりして」 「た、確かにお前のものなのに捨て身すぎる時はあるが」 「その体はお前だけのものじゃないんだぞ」 「それは心配し……うひゃ!?」 すごい台詞が飛び出した。 「ええい」 「お前に怪我してほしくな……」 「言い訳は許さん」 「は、はいぃ!」 「大体お前は――」 徐々に呂律すらも怪しくなってくる。本当に心から心配で、色々なものが頭を駆け巡って。だが、それでも抱き合っていればその時は―― 嘆息。寝てしまったらしい。あの龍治の今日の様子には驚いたものだが。 だけどなんだか、嬉しくないわけじゃなかった。だから頬を火照らせたまま、木蓮は今も彼の背を撫で続けている。 酒は美味いし、ねーちゃんは綺麗だ。 ロウは忠誠を誓うあばたと共にやってきた。主はとにかくビールが飲みたいらしいから、それはもうめいっぱい飲んでくれればいいと思っている。普段は缶ビールばかりらしいのだ。 「写真撮ってもいいですか?」 「は、はい」 狼狽。 「触ってもいいですか?」 「ぢゅうううう!?」 なんかたまにアークのどこかで見たようなのが居るけど、いいらしいよ! 許可さえとればこっちのものだ。 知らない人と仲良くするのは苦手だから、コンパニオンのおねーちゃんの営業スマイルで承認欲求を満たすのだ。それが人類だ。じゃない、人類と人類の敵の敵だ。 ビールはとりあえず注文だ。予備知識は仕入れず、思いついたものから飲んでみようと思う。新しい味と、新しい谷間(!!)に出会う喜びは、大切にしていきたい。 と、主様はそんなことをされておられるわけなのだが。ロウは適度なタイミングでウィンナーやザワークラウトを添えてみたりしている。 ついでに一口。うん。しゃきしゃきしてイケますね。 「ふむ、これが日本のオクトーバーフェストか」 なかなか雰囲気が出ていてよろしい。外国であるのだからドイツと全く同じである必要もないのだから、こうやって広まるのはドイツ人であるクルトとしても嬉しいものだ。 「Ein Prosit」 静かにジョッキを傾ける。頂くのはラーガー・デュンケル。ハムにソーセージ、折角だからヴァイスヴルストもつけてしまう。 それからアイスバインも外せない。ヘンドゥルを一人で頂くのは少々無理があるだろう。さて、どうしたものか。 他にも誰か一人で来ている者が居るならば―― クルトが見かけたのははぜりである。幼く見えても二十三歳。ビールは頂くことが出来る年齢だ。はぜりとしても一人で来たのだが、折角ならわいわい飲みたい。 というわけでドイツの獅子のビール。あれが好きなのだ。実は本場ミュンヘンのオクトーバーフェストに提供することが許されている数少ない醸造所から生み出される一品でもある。 「にひひ、あんがとー」 目線はディアンドルの胸元に注がれる。ふくよかな胸を強調した衣装が目にやさしくて仕方ない。なんというか『( ゜∀゜)o彡゜』こういう気持ちになれる。 「……ねぇ、ちょっと見た? ディアンドルだったっけ、あのおねーちゃんらの衣装。すげーおっぱい。あれツマミに飲めるレベルだよねー」 対するクルトは苦笑一つ。 「いーじゃん、キレーなおねーちゃん好きなのは女もなんだし。さ」 まあ。そんな席でもある。それでは―― 「プロースト!」 肉ばかりなんて気にしない。どうせすぐに過酷な任務でカロリーなど吹き飛んでしまうのだから。 そういえば最近は依頼でなにかとカレーに縁がある。エーデルワイスはここでもやっぱりカレーを注文だ。I love カレー! ちょっとしたマイブームである。 というわけでビーフカレー一つ。もちろんソーセージもベーコンも、温泉卵も付けていただくのだ。 とろとろに煮込まれた牛肉が口の中で蕩ける。蕩ける。 うまい。これはうまい。さすがに美味い。 でも―― 彼女に小さな影がおちかかる。あのフィクサードが作ったカレーのほうが―― それは並々ならぬ思い出。だってマジで美味かったっぽいし。なんかMVPとかもあったし。 またどこかで出会えるといいのだが。カレーを愛する者同士。この世界のどこか、青空の下で。スパイスの香りを―― カレーを楽しむはずが、なんだか黄昏てしまった。 「今日は櫻霞様とデートなのですぅ♪」 微笑む櫻子は黒ビール、ハムとソーセージのセットを注文し終えている。 櫻霞は櫻子に良く来るものだと思う。酒にも強くないというのに。とはいえ、折角仕事も終わったのだから、のんびりするのも悪くない。櫻子とてその算段なのだろうから。 「酒ばかりだと悪酔いするからな、適度に食っておけよ?」 瓶のビールを静かに注ぐ。 「お仕事お疲れ様でした♪」 隣り合うように座り、軽くグラスを当てる。 「ビールは初めてですの~……ちょっと苦いですぅ」 舐めるようにちびちびと口に運ぶ。今年の六月に二十歳になったばかりだから、ビールは初めてなのだ。 「慣れないと苦いだろうな」 髪にそっと触れる手の平が心地よい。 「しかし何で此処まで肉だらけなのやら」 メニューを見ても、見渡す限り肉ばかり。 「ビールに合うからいいんだがな」 「はい♪ 櫻霞様、アーンして下さいませ♪」 仕方のないものだ。さり気無く頂くとする。 「……ほれ、飲むだけじゃなくてちゃんと食え」 「わぁ♪ とっても美味しいですぅ♪」 きっとこうすれば食べるだろうからと、櫻霞からも差し出してみているが、櫻子はやはり半分程で酔ってしまったらしい。 「真っ赤だな、少し大人しくしておけ」 膝に抱き寄せ、髪に指を通す。 「ふにゃ~…櫻霞様だいすきですぅぅ~…」 下手に歩き回られても困るから―― それは別に言い訳でもなんでもないのだけれど。ずっとこのままで居るといい。 さてさて。嶺は美味しいお酒が飲めると聞いてやってきた。貸切とはアークも太っ腹なものである。というわけで義衛郎と共にカウンターへ。 細身だが精悍な雰囲気ではあるが、祭りで和やかな気配を漂わせる彼がなんだか放っておけないのだ。 ハムソーセージセットに適度なオードブルを並べ、選んだのはアウスレーゼ。貴腐やアイスヴァイン程ではないが甘口で、ドイツらしいフレッシュで爽やかさを残した飲み口の良いワインである。 「では、かんぱーい」 「はーい、かんぱーい」 甘くてとても飲みやすいのだが、フランスの重たい甘口と比べると、ごくごく飲めてしまう。 ソーセージは香草の香りが良く利いていて、肉もジューシーでお酒が進む。ぱくぱくと食べ、飲んでしまうと、いつの間にか義衛郎は眠たそうだ。だって肩が重いから。 「いかん、酔ったわ。眠い」 「いつものことながら大丈夫です?」 どうも酔うと眠くなる体質らしい。 「ちょっと肩借りるよ……」 ふわふわとした表情で肩を借りる義衛郎の様子、肩の重みに、なんだか嶺も安心してしまうから―― 「どうぞ、おやすみなさい。」 だからこれで全然構わない。 残ったおつまみは、美味しく頂いてしまおう。 そんなこんなでドイツ勢。宴はまだまだ続いている。 リリにとっては祖国の祭り。行った事はなかったが、まさか日本で見られるとは思ってもいなかった。 今日は大切な腕鍛を誘って参戦だ。お酒が好きな彼の事、きっと喜んでくれるだろうから。 とはいえ。 「お奨めの銘柄は……えと」 飲んだことがないのでわからない。 「……そういえば、ビール自体飲んだ事がなくて……すみません……」 「にはは」 一向に構わない。腕鍛も色々と飲んでみて、美味しかったものがあれば今度は本場で飲んでみたいと思っている。きっといつか行くんだろうだなんて考えていたりもして。 「ドイツにいらした時は、是非ともお気に入りをその場で飲んで下さいね」 日本も素敵ですが、ドイツも良い所だから。 「にはは、ドイツはいい所でござるな。きっと」 おつまみ――というにはずいぶんなボリュームだが、二人はソーセージやハムを適度に頼んでみる。どれもとても美味しい。 「お祭りって楽しいですね。世界はこんなにも楽しいものだと、貴方に出会わなければ知らなかったと思います」 「にははは、日本はお祭り好きでござるからな。もっともっとたくさん楽しい事を一緒に見て行きたいでござる」 リリと一緒なら、どこでも楽しそうではあるのだけれど―― 「これからもずっと一緒に、楽しい所へ連れて行って下さい」 そんな誘いは嬉しい限りだ。 「そう言えば拙者、ドイツ語も少し覚え始めたんでござるよ? 発音はまだまだなのでござるが……」 「ドイツ語のお勉強を?」 何だろう。例えば。 「――ヴィルストゥ ドゥ マイネ ファミリエ ヴェルデン。とか」 え―― にははと笑う彼に、リリの頬は赤く染まる。だってそれは。 「……はい」 私の家族になって下さい。だなんて。 「喜んで……」 さてこちらはリリの兄。妹と大きく違いロアンはオクトーバーフェストの常連である。 教会を抜け出して飲みに行くのもさもありなん。元々ビールは修道院等でも作っているのだから問題などありはしない。しないはず。いやまあ、抜け出したとか。いやいや。 兎も角、日本でもやってくれるとなれば、嬉しい話だ。 「大丈夫?はぐれないように、手をしっかり繋いで」 共に席に着く壱和はロアンに連れられてやってきた。貸切とはいえパブレストランにはずいぶん人が居るから、迷子になるのは恐ろしい。ぎゅっと手を握れば暖かくてなんだか安心してしまう。 壱和には何か悩みがあったようだから、こんなお祭りの空気もきっといいだろうというロアンの計らいだ。さすが神父様はなんでもお見通しなのである。 そんなこんなで着席を。ロアンは迷わずビールを頂く。食べ物は二人でピザを切り分けて。 「結構食べる方?」 何も言わないけれど、勿論ロアンのおごりである。 「あまり食べれないですけど――」 まだ酒の年齢には程遠い壱和は、はにかむように瓶からグラスにお酌でお返しだ。 「せっかくなら、ロアンさんと一緒に食べられると嬉しいです」 あと何年かしたら、一緒に飲めればいいなと思う。それまでも、これからも。ずっと見守っていたいと思うから、そろそろ本題だ。 ケンカは早くても、とっても臆病。そんな壱和もそろそろミドルティーンなら、色々と考えることも出てくるのだろう。 たとえば、未来であるとか。 「ボクの道はまだ分からないですけど、ロアンさんが見守っててくれたら、きっとすごく頑張れます」 「どんな道に進むとしても――」 ロアンは応援してるから。 ● 「よし、司馬いっちょ勝負と行こうぜ!」 今日はモノマは友人三人連れ立って飯を食いに来た。 「えぇい、ありったけの酒と肉を持ってこいやっ!」 「オーダー」 神速の即答。指の音が答えだ。 「ビーフカレー大盛りベーコン3。ソーセージ2。温卵8。シュニッツェルも載せろ。チーズもだ。アイスバイン4。ヘンドゥル1。マスのスモーク2。オードブル特にピクルス多めオリーブ増し増しだッ!!!」 一息に言い終えるのはアークが誇る神速のSHIBA(25)こと、みんなの鷲祐である。 「かしこまりました」 「あ、デュンケルください」 「かしこまりました」 たとえ下戸だとしても、モノマは退くわけには行かない。勝負とはかく、潔く。ひたすら飲み食いして勝利をもぎ取るのである。 ならば最初からスパートかけて行くしかない。 一分後―― ドンと卓上に置かれるジョッキは勿論ドデカいマスである。カレーの大皿は既に消えてしまった。 鷲祐が口に運ぶソーセージを噛めば、熱々のチーズが流れ出るが、そんなものは上を向いて一気に平らげる。 やるものだが。同じ卓に座るミカサは、人が多い場所が得意なタイプではない。 そも、休日だというのに、なぜわざわざ人に会わねばならないのだろうかと云った所なのかもしれないが。まあ、偶には良いかもしれない。 二人は飲み比べをするようだから、その雄姿も肴にソーセージとワインでも優雅に頂くつもりだが、早くも目の前の事態はずいぶんな有様になっていた。 「……肉うめぇ。あ、デュンケルください」 僅かな内に数皿が片付き、空のジョッキが並んでいる。 「あ、デュンケルください」 速い。さすが神速のSHIBA。 「まりゃまりゃ、じぇんじぇんよゆーでおじゃるし」 こちらモノマは既に呂律が回らない。だが彼はやれば出来る子。盛大に食って飲みまくるだけだ。負けてはいられない。フォークが向かう先はヘンドゥルまるごと一羽。一気にかぶりつく。引きちぎる。 「ほらモノマ、このアイスバインもうまいぞ」 「ほえもくうえあうあし!!」 「あ、デュンケルください」 更に一分後―――― ミカサはワインを一口。 シャープなジレのラインを崩さぬよう、ソーセージをそっとフォークに突き刺せば香草の香りがふわりと広がる。澄んだ肉汁にキラキラと浮かぶのは必要十分最小限の油。そうそう、こういうのがいいんだ。 細めた瞳に映る眼前の二人は、かなりの勢いで肉と酒をがっついて放さない。 あれはさすがに己に似合わない訳だが、時間を追う毎に挙動が怪しくなるモノマは言動も可愛らしくて。意外にも――なにこれ楽しい。 悪くない戯れだが、さすがに水でも用意すべきなのだろうか。 「ミカサもどうだ、マスのスモークってのはなかなかの美味だ」 「そうりゃ! しゃかもちょ、くっちゃるかー!? 「うんうん、食べてるよ。大丈夫」 「そんなんじゃおっきくなりぇにゃーじょ!」 これ以上大きくなったら困る。等と。 「あ、デュンケルください」 「ちいしゃくにゃーしややちいしぇーだけじゃし!」 これはもうダメだ。相槌は適当に打つ他ない。まだまだ料理は残っているのだが―― 「ちょーよりゅーでしょ!」 「あ、デンケルください」 止まる気配もなかった。 更に更に十分後―――― これだけ飲めば催す物も催すと云う物。だってビールは水だから。そうそう命の水だから。 そっと席を立つ鷲祐。あれ。眼鏡がずれているのだろうか。景色が傾いでいる。揺れている。回っている。 「あ、でんけるくださ」 じめんがおおきくなってくる。こいつはあるきやすいぞ。いまがそのときだ。 よしふたりともといれいくぞ。 ――あっ。 ミカサは中指で、そっと髪を撫でつけた。 「……まさか、二人とも背負って帰る事になるんじゃないだろうな」 やんややんや。 ● 賑やかな店を一歩出ればそろそろ昼下がり。 近くのケーキ工房を覗けば、ここにもリベリスタの姿がある。 「むふー、きょ、う、は、食べますよー」 山田ちんn――那由他は、この店で二件目。 健康診断も終わって、最早怖いものなどないのだ。 今日は体重計を、見ない! 先ほど食べたのはカレーにハムにソーセージ。鶏肉の丸焼きが豪勢だった。 相当食べたのだが、ケーキとくれば別腹なのである。 先ほどは美味しかったものを通りかかったエスターテに進めてみたりしたのだが、また現れないものか。 自分が好きな物を勧めたくなるのは人情だ。 と思えば、再び姿を見せる桃色の髪。 「エスターテさん」 呼びかける。 「え、と。はい」 「どんなケーキが好きなんですか?」 那由他の好みはモンブランだったが、お奨めがあるなら食べてみたい。幸せは分かち合うのだ。 「え、と。ババロア、です」 即答。メニューに視線を走らせるが――あれ。ないよ! そんなやり取りの横。一人足を運ぶのはミリィである。 皆でワイワイ騒ぐのも楽しいが、甘いものを一人で味わって食べるのも良いものだと思うから。 早速テラス席に陣取って、秋風と共に、口に運ぶケーキはほんの少しずつ。 持参した本を片手にのんびりとした時間を過ごそうと思っている。 ここずっと、こうしてのんびり過ごす時間なんてありはしなかったから。こんな時間がとても尊いものに感じるのだ。 何人かの同胞が工房に足を踏み入れる。そんな様子がなんだか眩しいかの様に、ミリィは瞳を細めた。 足取りは楽しげで、日頃の戦いの気配が嘘のようで。 ――誰かの笑顔が見たいから。 その笑顔の為に、ミリィはまだきっと、戦える。 怖くても、辛くても。生死を彷徨う程の怪我も負ったけれど―― 皆が居るから、だから。 頑張ろう。 本で口元を隠して、静かに誓う。 なんてことをしながら。お土産はしっかり買うのだ。 手に取る牛乳。 (……ところで) ノンホモって何なのでしょう? それ以上いけない。 こちらの組の注文は如何したものか。 散々迷った挙句に、旭が選んだのはモンブランと牛乳だ。 甘い栗の香りと濃厚な舌触りが、新鮮な牛乳と良く合うだろうから。 共に座る涼も悩みはしたが、かぼちゃのタルトに決めた。それから――ホットコーヒーだ。ほら、大人?的に考えて。 そんなこんなで運ばれたタルトを口に運ぶと、これが大正解。かぼちゃのエグミなんてまるでなく、あくまで甘すぎず。ほろ苦いコーヒーとこれまた良く合う。 「モンブランおいし……♪」 幸せな一時だ。栗と牛乳の組み合わせ。たとえば栗きんとんとホットミルク、だとか。旭の好きな組み合わせだったりもする。 「あ、そだ。りょーちゃんもひとくちたべる? おいしーよう」 一口もらえるのであれば。 「ありがとう」 「ね、そっちのも一口ちょーだい?」 ていうかこれ。ひょっとしてアレ? 間接Kissと言うサムシングだろうか。 そんなことを気にしながらも、涼もかぼちゃのタルトをお返しだ。 「えへへ、ありがとー。ん、こっちもおいしーねぇ……!」 ふと。 「ねーねーりょーちゃん」 気になる単語を見つけてしまった。 「ノンホモって、牛乳とるの雌牛だからあたりまえじゃない?」 だって、おんなのこはホモになれないではないかと思うのだ。 ブバァッ! 盛大にコーヒーが吹き零れる。 「……いきなり何言ってんの!?」 「この牛さんは腐女子じゃないですよーってことなのかなあ……?」 「って言うかそもそもホモってのは同性愛ってことで別に雌でも、って」 ふしぎー。 「……多分、そういうのじゃないんじゃないのかなあッッ!?」 「……え、ちがうの?」 ほも。 これは天国だー! ほもがある! たくさんある! じゃなくて、ケーキが! 甘いものが! 羽柴壱也は一杯食べるのだ。 まずはかぼちゃのタルト。それから見るクレープとチョコケーキと。それからお芋系には紫芋のカップケーキがあったりする。これだ。 全部持ってくる。食べる! そして付け合せるのは牛乳である。 牛乳にはホモなんちゃらが含まれているから、つまり、これは、インホモだ。 インホモ。つまりホモがある。 「これは――イエス! ホモ!!!」 握り締めた白い液体(牛乳)の瓶を天高く掲げる婦女子。壱也。 「ねね、知ってるそのホモって」 「う、うわあああああ」 思いっきり見られた。何なのこの熾喜多さん。コンニチワァ……。 「時間が経過すると乳脂肪分が浮いてくる牛乳のことで、羽柴ちゃんの大好きなホモs(アウトー!!! 熾喜多さんアウトー!)のことじゃないから注意だよ~」 ビールとヴルストを片手に突然大変なことを言い出す殺人鬼。時刻は昼過ぎ。ていうかBNEは全ねんr>< 「こ、こんなところで偶然だね……」 そうだ。爽やかに取り繕え。お願いだ。ホモ牛乳とか書かなきゃ良かった。 どうせいるならこんな甘い匂いするところじゃなくて、ヴルストのとこにいてくれたらいいのに。 「わー、おいしそー」 明らかな葬識の棒読み。棒……なんでもない。とにかく。ケーキを見られている。あげないといじめられるかもしれない。がくぶる壱也。婦女子壱也。 「仕方ないからわけてあげるよ、ド、ドウゾー」 いや。葬識は甘いの嫌いである。知っててやってるんじゃなのか。 「じゃあ羽柴ちゃんにも箸休めに肉棒どうぞ(ハート)」 言いやがった殺人鬼。ツーアウト! 「にに肉棒!? なななに」 ほもか!? 「え? なになに?」 「あ、ヴ、ヴルストか……」 まま紛らわしい! 「どんな想像とかしちゃった? 教えてほしいなぁ~」 「な、何も想像なんかしてない! ばか!!!!」 けっこう美味しいヴルストなのに>< ● 食事を終えれば午後の眩しい日差しの中で、再び買い物をする者達も居る。 今日のジースは荷物持ち。大人しく着いて行くつもりだ。 だって可愛い二輪の花達がはしゃいでいる姿を見るのは悪い気分ではなかったから。 ルアとエスターテは、そんなジースをお供にお買い物だ。色々な雑貨屋さんを見てまわるのなら、自然と足取りも弾んでしまう。 「エスターテちゃん! 見てみて! これ、可愛いよ♪」 「はい」 桃色の髪の親友の頬も綻ぶ。ルアが雑貨の中に見つけたのはキラキラと輝くペンダントである。 こういうものを見つければ、ついついわくわくして、はしゃいでしまうものだ。 ルアはいつかエスターテに贈ったgirasoleの為、替えのリボンも選んでみたい。どこかにないだろうか。 「エスターテちゃんは何色が良いかな?」 「え、と」 「アイボリーとヴァイオレットのツートンでも良いんじゃないか?」 ジースもリボンを手に取り、きょろきょろと戸惑うエスターテの髪に掲げてみる。 「もー、エスターテちゃんに聞いてるのーっ!」 なんだか二人なのにかしましい。ていうか一人でかしましい。 そんな様子にお構いなく、つい少年の指が桃色の髪に触れ―― 「あ、すまね」 びくりと肩をすくめるエスターテに謝罪をする刹那。 「ギャァ!!」 双子の姉の容赦ない一撃が炸裂した。 「エスターテちゃんに何するのっ!」 姿に似合わぬボディブロー。名物の所謂『腹パン』である。 「ちょ、待て、誤解だ!」 「あ、あの」 「言い訳は聞かないッ!」 立て続けのDAが、連撃が弟を襲う。鳴り止まぬ鈍い音。これはいけない。とりあえず受け止めて髪をわしゃわしゃしておく。 リベリスタとしての姉の実力は折り紙付きだけれど、平素ならば普通の少女なのだ。 「あー」 ともあれ、ここは話を逸らさなければ。 「ほら、2人にはくまのポンチョが似合うんじゃないか?」 「わぁ!」 デフォルメくまさんのフードが付いていて、とてもふわふわしている。 「かわいいの!」 姫君達の瞳が輝く。くすくすと。きゃっきゃと。手を繋いだまま額をくっつけて笑い出す。さっそくかぶってみたりなんかしているから、これで一安心だ。 「うん、似合ってるぜ」 ジースは二人いっぺんに撫でておく。まあ。一応。嘘偽りはない本心だ。 これからの季節。パジャマの上にでも着るのだろうか―― と。そんな気配の目と鼻の先。これまた小洒落た建物の中に居るのはオーウェンと未明だ。 「あたしって、そんな飾り気ないかしら」 首をかしげる。未明にはそんなつもりもなかったが、はたから見れば違って見えるのだろうか。 ともあれ――彼女はオーウェンの後姿を眺める。雑然と並べられた衣類を丹念に一枚一枚確かめていた。 服を見立ててもらうのは初めてだ。どんなものを選ばれるのか、打ち合わせもしていなかったから少しだけ不安もある。 オーウェンはと言えば、既にかなりのイメージを掴んでいる。長袖の黒シャツにミニスカート。太ももまであるロングソックス。 チャームポイントである美しい足を生かす為、黒の中に足を目立たせたいからソックスは白だろうか。 「こうかな?」 「ふむ……」 ひとしきり眺めて、オーウェンは次のブラウスと上着を手渡す。未明は寒がりだからと、露出の多いものは避けられている。 次々と選ばれる衣類を試着してはカーテンを開く。どれも未明の好みとよく一致していた。きっとそういうものを選りすぐってくれているのだろう。 どうせプレゼントなのだろうから、自分の好みを優先してくれてもいいとも思うが、いつもかなり気を使ってくれるのだ。俺様な言動や表面的な態度とは裏腹に―― とは云え、オーウェンだって結構楽しんでいるのだ。だって色々な姿の恋人を見ることが出来るのだから当然と云えば当然か。 そうこうしていれば喉も渇いてくる頃だ。ならば後は、買い物袋を手に提げて、そのままお祭り会場の方へ。 オーウェンが大学時代に飲んだと云う発酵前のビールを一緒に探すのだ。 ルートビールと呼ぶらしい。甘くてトロトロとした味わいのそれか。それともサロメチル香が利いたあの飲み物だろうか。 二人は連れ添い歩き出す―― ●さて ルール? 詩に約束なんてないさ。 誰にも、何にも束縛されない魂。 それが、オサレ。 ――――『オサレ師匠』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫 どやどや。 お酒に弱いが思わず参加してみたメリッサは適当にぶらついていたのだが。外の方ではなんだか楽しげな催し物が行われつつある。 適度に食料品を確保して、ビールも購入したならば、こういうものもちょっと見てみたいものだ。 まずはサンドイッチをぱくり。なかなか美味しい。それなら次はこのビール。 まつざかじゃない。ていうかビーフ関連のコーナーには近寄りもしなかったし。だって怖いし。 ともかく、ビールを一口。これは――美味しい! 感動のあまり一気に煽ったメリッサは――そのままドサリと崩れ落ちる。 大丈夫かメリッサ! 食べてすぐ寝ると!? というわけで。人がどんどん集まる中。まるで起きる気配のないメリッサがドシドシ踏まれる真っ只中。 飲み食いを終えた者からちらほらと足を運び始める観客達(だいたい40人ぐらい)を前に、堂々たる三名が揃った。 真打の登場である。 「第75回! チキチキ☆ベネ研ポエム朗読大会ー! どんどんぱふぱふー♪」 そう。彼女等こそ『オサレ師匠』。オサレの牽引者。オサレ・ブリンガー。 有終の美を飾る素晴らしい詩を、しかと見聞きしてやって頂きたい。 まずは五月の出番だ! 人が増えてくる。万来の拍手が鳴り響く。 「めい、よみます!」 「「「めぇいぃじゃあぁぁぁん!」」」 お題『わたしのだいすきなもりのなかにむかしからすんでるもの』 オレの大好きな森の中に昔からすんでいる♪ 森の精霊……MAI★HIME♪ MAI★HIME♪ 何時か会えるかな、と 今日は森の中を歩いてきたの お花畑を越えて 蝶々を追いかけて 綺麗な虹を昇って キラキラ光る湖を越えて ホラ ご覧 あの森の向こう―― 舞姫!! あなた、舞姫っていうのネ!! ほら 見て 素敵ね!! 馬も 鳥も皆嬉しそう さあ 一緒に熱海に行きましょう!!!! ―― 「今、オレ、何かツいてた」 可笑しいのだ。他の人がナンバーワンなのだ。オンリーワンなのだ。 ほら、素敵でしょう。 リスペクトなのだ……そこでドヤ顔して腕組んでる森の妖精の。 ていうかねえ、これ大丈夫なの。かなりギリギリなんじゃないの。 でも――美しいわ♪ ええと。 これ、どうしよう。 終は美味しいご飯を食べに来ただけの筈だったのに、なぜこうなったのだろうか。 なんか人が増えてきてるし。アークのスタッフとか。関係ない店の人とか見に来てるし。 ソーセージがうめぇ。ハムさいこー。 ポエム? ポエム。。。 えーと。あー……。 続くのは終。鴉魔・終。 大丈夫。彼が居ればハッピーエンドだ。 立てば芍薬 座れば牡丹 歩く姿は百合の花 口を開けば幻想殺し 君の心にリーディング その眼差しは千里眼 集音装置で耳年増 壁に目あり耳あり常識範囲 噂はまさしく千里を駆ける 撫子力は戦士力 貴方のハート(心臓)にピンポイント デッドラされても泣かない覚悟 フェイト宣言忘れずに 心を決めて運命歪曲 嗚呼 それが箱庭の乙女らよ ―――― アークの女性陣は可愛いけれど、現実は厳しいのである…… 五月もすっかり毒されて。 ただただ、すっぱいザワークラウトだけが美味かった…… ―――――― え、ええと。その。 トリを飾るのは舞姫。みんなのMAI★HIME。そうさ。森の妖精さ。 大丈夫。彼女ならやってくれる。みんな信じている。 舞姫が一人、舞台に立つ。 秋の夕暮れ わたしは、金木犀さんに尋ねるの ああ、わたしの運命の人は、いまどこ? 切なく甘い空気に包まれ わたしは、そっとヴィオロンを奏でるの この調べが、あの人に届きますように 甘く切なく わたしはここにいるわ あなたに逢いたい ねえ、あなたは今なにをしてるの? 黄昏の夜はアンニュイ わたしの心を曇らせるの 秋空のように透き通った思いで わたしに会いに来て ああ、わたしの一秋の恋 永遠の一瞬 暮れなずむ街に、紅く紅く燃えさかるわ マイスイート…… ハイ落ちなし! ちゃんちゃん!! |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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