● 赤い風船、白い風船。 ハシバミの木が、揺れて震えて、金と銀を私に落とす。 「帰りたく、ない……っ!」 がりがりと樹皮を引っかく。 「あんな家に、帰ったら、今度こそ、おかしくなるっ!」 顔や手や足。 およそ、人目に触れるところに傷をつけたりはしなかった。 少女の母親は、周到だった。 (だって、あの人キャリアが長いもん。ずっと人をいじめて生きてきたんだもん) 幼稚園で、小学校で、中学校で、高校で、大学で、職場で、ご町内で、PTAで、同級生を、同僚を、ママ友を。 もちろんご家庭では、旦那と子供を。 パパは、当てにならない。 パパは、もうママに逆らえない。 すっかり、ママの操り人形だ。 腹や背中についた青あざは、一つきりだ。 病院にいかなくても治る程度の傷をつけ続ける。治った頃にまたつける。 人を物理的にも精神的にも傷つけなくては気がすまないのだ。 人に危害を加えなくては生きていけない人なのだ。 おかしいのはあの人だ。 だけど、あの人を誰も罰しない。 いっそ、身体中あざだらけにしてくれればいいのに。 そしたら、市役所の窓口にでも飛び込んでいくのに。 今までの人生で彼女から受けたあざの数と範囲はとっくに全身を覆うくらいに達しているのに、周到なあの人はお人形を取り上げられたくないから、壊れないように扱うのだ。 「おうちのご飯食べられないよ……」 ごく軽い食物アレルギー。 でもそれを知っているのは、あの人だけで。 あの人は、おかずに必ずそれを混ぜる。 だから、いつでもおなかの調子が悪いし、体がかゆいし、顔にぶつぶつができていて。 ママはそんなあたしをブスだと言う。 「誰か、助けて。あたしをたすけて」 抱きしめた黒猫のぬいぐるみのボタンの目が光ったように見えた。 ● 「契約書の黒猫が、契約を結ぼうとしている」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、短く言った。 アークが稼動してから、しばらく定期的に発生していた小さな案件。 子供向けの菓子や玩具に潜んだ、ごく弱いエリューション。 万華鏡でなければ見つけられないほどのささやかな悪意。 ジャックが世間の連続殺人鬼予備軍に呼びかけたのに誤作動を起こして暴れた『魔女』=『ハッグ』によって、潜在的にエリューションの影響下にある女性が多数いることが発覚する。 そして、機会と用途に応じての人攫い集団『楽団』。 肉の壁にされる子供のアンデッド集団『パレード』 契約書に従い、家族を生贄にして、非道に手を染める魔女集団『ハッグ』 その契約書の化身にして使い魔『グルマルキン』 リベリスタ達は、幾度となく、そのたくらみを阻止してきた。 楽団」を壊滅させられた「ささやかな悪意」は、それでも徐々に勢力範囲を増していた。 拠点の一つを抑えた今でも、応酬物件の分析に時間がかかっている。 アークの目の届かないところで、「ささやかな悪意」の根源、契約魔術師カスパールと錬金術師メアリがうごめいている。 「アーティファクト『魂魄売買契約証文』と同一のものが休眠から覚めようとしている」 モニターに二枚の写真。 イマドキのきれいなお母さん、40歳前後に見える女性。 それによく似た少女。 ただし、ほっぺたに目立った赤いぶつぶつが出来ている。 おそろしく、表情が暗い。 おそらく二人は親子だろう。 「彼女の名前、三田村カナコ。中一の娘と夫の三人暮らし。専業主婦というより、マダムって言った方がわかりやすい?」 モニターに住宅地図。 「『魂魄売買契約証文』は、黒猫のぬいぐるみ。本来は、カナコと契約を結ぶはず」 モニターに略図式が表示される。 黒猫のぬいぐるみが、娘の下に置かれる。 「この娘――アリサは、生まれたときからずっと持たされてたんだよね。とある事情で、アリサはこのぬいぐるみに依存している。一緒じゃないと眠れなくて修学旅行に連れて行くレベル。その結果――」 イヴは、手書きでアリサと黒猫を一つの丸で囲み、矢印をカナコに向けた。 「本来はカナコと接触を持つことで、儀式が開始される。具体的にいうと、カナコは家族全員を殺害し、シチューにして食べる」 娘と夫を切り刻み、じっくりことこと煮込むのだ。 「だけど、契約は捻じ曲げられた。みんなが現場に乗り込んだとき、すでにグルマルキンは、休眠状態から、アーティファクトとしての本性――「契約未発動状態」になろうとしている。後は、その目に契約者を写すだけ。みんなにできるのは、その僅かの時間に選択すること。どうたすけるか」 イヴは、無表情。 「一つ、アリサをたすける。ただし、彼女はグルマルキンを抱きしめている。彼女を傷つけずにグルマルキンから引き剥がすには彼女をかばいながら、攻撃せざるを得ない。連携が重要になる」 モニターに概略が表示される。 「一つ、カナコをたすける。こちらは、比較的容易。グルマルキンとの距離は視界内ではあるけれど、近接範囲外」 概略の追加。 「一つ、二人ともたすける。ただし、チームを分けざるを得ないし、しくじったら、多分両方ともエリューションの影響下に入るね。そのあとどうなるか予測はつかない」 イヴは無表情。 「救助方針は、チームに一任する。あくまで、目的はアーティファクトの破壊。ただし、契約が成立したら、ぬいぐるみが猫型の使い魔になったら、契約者もろとも殲滅すること」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年10月17日(水)22:17 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 物心ついてから孤児となり、リベリスタの養父に育てられた『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)にとって、「親」 は大事なものだ。 愛されて育った『むしろぴよこが本体?』アウラール・オーバル(BNE001406)もまたしかり。 (アリサは無意識だとしても、母からもらった唯一の愛情の証としてぬいぐるみに依存しているなら、母の死を願いながらもどこまで本心か微妙な所か……) (これが母の愛の化身が偽りの母を倒して、元に戻るなんて話なら良かったのに) 「選択、ねぇ」 人間嫌いのめんどくさがりと自己分析する『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)は、そう嘯く。 (まあこれでも勤勉なリべリスタのつもりだ、選ぶとすれば神秘が及ぼす影響を一番小さくすることが選ぶべきことだな) 波風立てない方法が一番いいに決まっている。ならばカナコ、アリサ双方を人のまま生き残らせることだ。 (家庭の事情は知らん、それは警察か児童相談所にでも期待しておけ) 「助けてやりたいけど……白川みたいなのはもうまっぴら」 『猟奇的な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)は、かつて助け損ねた男のことを思い出す。 リベリスタが保護しそこなったその男は、『楽団』 のラッパ吹きとして、犠牲者を増やした。 「容赦なく行くよ。じゃないと別の誰かが泣く事になっちゃうし」 白川とラッパ吹きの両方に関わった虎美の言は重い。 「やれやれ、面倒な事じゃ」 『鋼鉄魔女』ゼルマ・フォン・ハルトマン(BNE002425) にとって、事件は『ささやかな悪意」にいたる手がかりの一つに他ならない。 「――とは言え、妾を玩具扱いした痴れ者どもを後悔させてやらねばならんからのぅ。貴様らの遊びに付き合ってやろう」 (愛音にとって、あるのは愛を持っているか、愛を受けるべき存在か否か。愛を与えられるべきアリサ殿の幸せのために尽力したいだけでございます) 『愛の一文字』一万吉・愛音(BNE003975) を叫ぶ愛音にとって、それ以外の事象は瑣末なことでしかない。 (我が子に向ける愛情を放棄した下郎など、必要であればアリサ殿の歩む道から消えてもらうつもりでございまする) 愛こそ全てだ。 愛を知らぬ輩など、不要なものなのだ。 「わたしたちはアリサが何されたか知ってることを伝えて、そのつらさをみとめるのが最初じゃないのかな」 『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)の声は乾いている。 「つらさはりくつじゃない。それが分かってもらえることも」 ゆらゆらと潤む目とは対照的に、涼子の言葉はいつも少しだけ足りない。 「あとは好きにすればいいよ。いみもない殺しはなしだけど、あとはなんでも手伝う」 この「あと」がアリサにあることを前提にして、涼子は呟いた。 そのために、涼子はここに来たのだ。 ● 幼児の手にすっぽりと収まる大きさのぬいぐるみが、ヘッドバンキングしながら体長1メートルになんなんとするのを、三田村アリサは目を大きく見開き感動さえ覚えながら見守っていた。 「くろみーちゃん、くろみーちゃん、くろみーちゃん……っ!」 うわごとのように、物心ついたときから百万遍読んだ名前を繰り返す。 三田村カナコは、膨れるぬいぐるみに眉をひそめる。 神秘に無縁の人間が異常な事態に遭遇した場合、大抵それを観察する。 ぬいぐるみが巨大化したとして、それが自分に危害を働くなどと短絡思考はしない。 ● ジャスティスキャノンは、正義の撃砲。 罪を憎んで人を憎まず。 いかなる極悪人も殺したりしない。 ステイシーの腕で一般人のカナコをはずす訳がなく、その激烈な衝撃は三途の川を渡らせるに余りある一撃だ。 それでも、慈悲深い一撃で「死にはしない」 ぶくぶくと泡を吐きながら、びくびくっと白目を剥いて痙攣するカナコを、虎美が邪魔にならないとなりの部屋に投げ込んだ。 「あはははははっ!! ざまあみろ! やっぱりママは悪い人なんだ! 正義の味方にやられちゃう悪い人なんだ!」 両目を見開き、ケタケタ笑うアリサをアウラールが叱咤する。 「憎しみに流されるな! 俺達が君の味方になる。このヌイグルミは人の悪意が乗り移ってる、このままでは君まで君の母さんのように……いや、もっとおぞましい魔女にされる。それでいいのか?」 きょとんとしたアリサの目は、まるでガラス球のようだった。 虚無だ。 日々、怯え、おそれ、支配されて来た者が最終的に行き着く先。 「ママと離れられるなら、なんになったってかまわない」 あどけない、何もかも抜け落ちた顔がアウラールの目の中一杯に広がる。 「ねえ、もう嫌なの。ママと一緒にいたくないの。ママの作ったわざと失敗して具合が悪くなるご飯も食べたくないの。ママが、あたしに似合わないのをかゆくなる洗剤でわざわざ洗濯した服も着たくないし、わざと具合が悪くなる芳香剤を撒いた部屋にもいたくない――」 言い募る。言い募る。言い募る。 母親という生き物は、子供を快適に育てる生き物ではなかったか。 子供を愛する生き物ではなかったか。 きひぃぃぃぃっ!? 隣室から悲鳴が上がる。 瀕死の声。断末魔の悲鳴。 だが、ジャスティスキャノンで『人は死なない』 「大丈夫、あれで死ぬ事はない」 隣室に目をやったアリサに、アウラールはそっと声をかけた。 「なんでっ!?」 アリサの裏返った声が部屋中に響き渡る。 「なんで? どうして? 死なせてよ! あの人、悪い人なんだよ。ほんとにほんとに悪い人なの! あの人のせいでもう何人も死んでるんだよ。自殺してるんだよ。あたしも殺されちゃうよ。ねえ!? 正義の味方なんでしょ? 天罰を下しに来てくれたんでしょ? くろみーちゃんが呼んでくれたんでしょ? あの人が生きてるだけで、苦しむ人がいるんだよ!」 手足を振り回して叫び続けるアリサは、「くろみーちゃん」を放そうとはしない。 「頼む、ワケは必ず後で話す、今は俺達を信じて守らせてくれ。俺はこれ以上君を傷つけたくない。手放してくれ、ぬいぐるみを」 くろみーちゃんを握るアリサの手に力がこもる。 「いやよ! くろみーちゃんだけなの! ずっと一緒にいてくれるのは! お友達が出来ると、その子がママにいじめられるから、作らないことにしたよ? えらい? ね? あたし、えらいでしょう? あたしと一緒に遊ぶといやなことが起こるの。かわいそうでしょう? だから、あたしは一人で遊ぶの」 愛音は、でもアリサの指は折らないように細心の注意を払いながら引き剥がす。 「アリサ殿の痛みは全部知っているのでございまする。愛音達に任せるのでございまするよ」 「じゃあ、ママをどっかにやってよぉ!」 愛音からアリサを受け取った杏樹は眉をしかめる。 「言葉は自分に返る。死んじゃえなんて、思っても口に出すな」 (どうしようもない人間でも、親なんだ) 血の繋がりはなくても愛情を受けて育った杏樹の言葉こそが、本来あるべき姿だ。 しかし、世の中には、それが重荷、もしくは呪いでしかない関係もある。 「うるさい、黙れ。まともじゃない親を持ったこともないくせに」 静かな声だった。 腹の底の汚泥をぶちまける、低くて容赦ない声だった。 「親がいなくなったこともないくせに」 (居なくなればいい。そう思うのは勝手だし、実際、そうなんだろう。けど、居なくなって初めて分かるものもある) 「じゃあ、あんた、ママの『娘』やってみなよ! 一日で嫌になるから!」 呪いだ。 世界を呪っている声だ。 ボトム・チャンネルに遍く害意と悪意を振りまくために産まれてきた者の叫びだ。 悪意は伝染する。 エリューションのごとく伝染する。 否、エリューションが悪意のごとく伝染するのかもしれない。 スタンガン。 バチバチバチっと青い光を吐く小さな機械。 アリサの意識は、虚空に消えた。 涼子がアリサに多いかぶるようにして、グルマルキンの視界をふさぐ。 「……後々めんどうだけど、あるていどは無理やりやるしかないだろうね」 しかめっ面のまま、杏樹の補佐に徹する。 「――ハッグになったらどうにもならない」 涼子は、「どうにもならなくなった」ラッパ吹きを倒した一人だ。 トイレに放り込んで、ドアをAFから引きずり出した看板でふさぐ。 杏樹は、神妙な面持ちで銃を構える。 (人を呪わば穴二つ。けど、一個も穴を開ける気はない。この契約は必ず潰す) 「もし今を変えたいと思うなら、キッカケはあげる。ほんの少しだけ待ってて」 「すぐに終わらせるのであります。アリサ殿の望む未来について話しあわねばならないのですから!」 愛音は断言する。愛あふれる未来を。 看板には、『迂回案内』と、でかでかと書いてあった。 ● 物音も、悲鳴も、認識の埒外へ。 強結界は、神秘の帳。 強い意志を持たない限り、足を踏み入れることもままならない。 (場所が場所だ、大騒ぎで余計な介入があると事態がややこしくなる) 昨今、ごく普通の民家の中での事件が多発している。 繁華街での大量殺人さえも絵空事ではないご時勢だ。 少し前に比べれば、人々の心もささくれ立っている。 世界は確実に崩界に向かっているのだ。 (変身完了まで時間がない中で一手削るのは痛いが……張った頃にはアリサ保護も完了しているだろう、というかされていないと困る) 廊下の向こうから杏樹が戻ってくるのに鉅は小さく、よしと頷いた。 これで、後顧の憂いなく、グルマルキンを殴れるというものだ。 黒猫のぬいぐるみは膨らんでいく。 エクレアのような巨大な頭を支えるには、小さすぎる体。 もてあますように、ぐらぐらと頭部が揺れる。 ちょっとだけユーモラス。 だが、どこか薄気味悪い。 涼子の銃底がゆがんだ単発銃が火を噴いて、ぬいぐるみのぼたんの目をかけさせる。 パラリと落ちるプラスチック。 床に落ちると紙切れになる。 (だめもとだけど、傷のひとつも付けてやらなきゃ気がすまない) そう思っていた涼子が、ざまあみろと笑みを深くする。 「無駄に契約を撒き散らしおって。やり口が優雅さに欠けるわ」 由緒正しき魔女であるゼルマは、「ささやかな悪意」のやり口が気に食わない。 子供がバケツ一杯の泥水にありったけの絵の具をぶち込んで、そこらじゅうにぶっ掛けまわして遊んでいるような猥雑さを感じる。 一匹が二匹、二匹が四匹。 物理法則を無視したぬいぐるみが動き出す。 廊下――アリサのいるトイレを目指して。 死に至るギャロップ。 鉅の放った気糸が、黒猫のぬいぐるみを哀れにギリギリと締め上げる。 だが、それは、健気に飛び込んできた補則だ。 『本契約書を保全すべし』 ぬいぐるみの一体がぶるぶるっと体を震わせる。 『契約の阻害者は呪われてあれ』 逆立てた背中から黒い炎の玉が周囲に飛び散る。 割れるスタンドライト、テレビ、穴の開くソファ。 リベリスタのほとんどが炎を浴す。 傷はたいしたことはないが、どす黒い悪意を浴びて、気力が萎えるのを止められない。 動きに普段の精細さを欠く。 それでも廊下に立ちふさがるアウラール。 パンクロッカー風味のピーターパンからほとばしる凶事払いの光は、萎える気力を奮い立たせる。 ゼルマの吹かせる微風が、リベリスタを癒した。 「さぁて、鉄と肉にぶつけるといいわぁん!」 ステイシーは、腕を広げ、補則に向けて正義の巨砲をぶちかます。 重ねるように、虎美の二丁拳銃から弾丸の雨が降り注ぐ。 (撃てる奴は、みんな撃つ) 脳内に語りかける対象がいないと、虎美の銃技はとことんスマートだ。 容赦ない銃弾は、いびつなぬいぐるみの足を綿と布の断片に変える。 「残念! その程度の猫パンチでは愛音は捉えれないのでございます!」 小鬼形の式神が、『契約の阻害者は屠るべし』――ぬいぐるみの炎の猫パンチ――の軌道を変える。 何枚もの符が室内や廊下に展開され、空気が味方となるのをリベリスタの肌が実感する。 「絶対に通さない」 トイレとリビングを繋ぐ廊下に陣取った杏樹の銃からほとばしる狙撃の魔弾が、補則のどてっぱらにきれいな真円を開ける。 「ああ、別に、お前でも。それはそれで構わないんだ。牽制できるに越したことはない……」 くわえ煙草のまま、手繰られる気糸。 ギリギリと引き絞られて、ぬいぐるみはボンレスハムのような形態となり、ついにハブつんとはぜて中の綿をはみ出させる。 「くろみーちゃんはぁ、アリサの愛に答えたくて、たとえ悪い子になっても、たとえ自分達に邪魔されると知っても、運命を曲げてアリサの力になりたかったのよぉん。それだけアリサが魅力的な女の子だったってお話よぉん♪ 素敵!」 鋼の花束を振り回しつつ、ステイシーは手前勝手な解釈で現実をロマンティックに書き換える。 「だからぁ、アリサはこれから下を向かずにくろみーちゃんとの時間を忘れないで素敵に生きればぁ、あの子も本望でしょぉ♪」 ねーっ!と言いながら、横薙ぎにぬいぐるみの頭を吹き飛ばす。 リベリスタ達は、丹念に、ぬいぐるみを本物の猫にすることなく、契約書という一山の紙くずに変えた。 ● 「ミタムラアリサ、都合の良い救いなど存在せん。貴様を救えるのは貴様だけだ」 トイレから出されたアリサの顔色は紙のように白い。 「虐げられたく無ければ戦え。何、人を一人殺すなぞ簡単じゃぞ?」 リベリスタのうちの何人かは、ゼルマの言に目を剥いた。 が、ゼルマはその視線を受け流す。 (妾は唯、悪徳の選択肢を一つ提示しただけじゃ。選ぶのは奴じゃ。どうなるか見ものじゃのう。面倒に付き合わされるのじゃ。この程度の役得があっても良かろう?) 魔女は笑う。 未必の故意。 悪魔とは、苛むものにあらず。 誘惑する者である。 杏樹は、もしもの時の連絡先を。 「教会でよければ、いつでも頼るといい。逃げたくなったら、本当にお前が信頼出来る人を頼れ」 アウラールも連絡先を記したテレカを。 虎美は、家のあちこちの記憶を念写して、カナコによるアリサの虐待映像を写真にした。 公的機関に流して、しかるべき処置をしてもらうのだ。 「根本から解決させるには環境を変えなければならないと思うのでございまする。アリサ殿にどうしたいのでしょう。母上は保護者の資格なしとして法的に二人を引き離せるように、愛音はアリサ殿が幸せになる努力は惜しまないのでございまする」 天使とは、幸せをもたらすものにあらず。 導くものである。 アリサは、そのすべてを受け取った。 両手一杯の、リベリスタの誠意。 吹き飛び、千切れたくろみーちゃんと、泡を吹いて倒れたままの母親。 もう、泣いている場合ではなかった。 はしばみのきが、ゆれて、ふるえて、きんと、ぎんを、わたしに、おとす。 ● ゼルマは、破れ、燃え、折り重なった契約書の残骸をサイレントメモリーと深淵ヲ覗クで読み取ろうと試みる。 (はるか昔に配ったようなものが手がかりになる可能性は低いじゃろうが、もう一つの風船の手がかりでも見つかれば僥倖じゃな) 卵の腐った臭いが鼻を突いた。 硫黄。 数え切れない黄色い風船が、青い空を埋め尽くす。 爆発爆発爆発爆発――。 硫黄の黄色に赤が映えて、なんともかわいらしいかぼちゃ色じゃないかああもうすぐハロウィンだねハロウィン乱痴気騒ぎだお祭りだ今年も楽しく遊ぼうねハハハハハアハあはははははははは――っ!! ● この後の三田村カナコの物語は、ほんの数行で終わる。 「こうして三田村カナコは、自分の中の悪に負けて二度と起き上がることはできませんでした」 致死レベルのショックを受けた体は、もうカナコの思うとおりに動きはしなかった。 施設に入れられ、ベッドの上で身じろぎもできずに天井を見つめる日々を送る。 「ママ。あの人達は正しかったね。世の中、消せばいいってものじゃないんだよね?」 時折姿を見せる娘は、そう言って笑う。 現代医学では治らない奇病のママを見舞う娘の役が気に入ったらしい。 「ママ。あたし、幸せになったの」 だから、もう、別に死ななくてもいいよ。 ● 「どんなエラい奴も、最後の最後には何もしてくれない。自分の人生に責任を持てるのは自分だけだ」 制服は着ているけど、通っていない中学校。 握っているのは、とにかくぼろい銃。 それを決めたのは、涼子だ。 「何かを選んで生きるのは、わたしたちだけじゃない」 アークのリベリスタを「自分」と時々一緒くたにするのも、涼子が決めたことだ。 「……で、そういうものをふみにじって笑う奴がいる。オモチャがいるなら相手をしてやる」 そして、これが、今、涼子が決めたことだ。 「どこまでも」 より深く。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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