●真に昏き時間の現出 「はッは――しかし大手術じゃねえのかオイ! ここまで蟲以外を弄り回したのも久々だぜェ、なァ!?」 『戯け。我らを下位扱いとは外界が童が調子に乗るな。貴様如きに振り回されるなど屈辱しきりである』 「でも従っちまうんだから人……いや、蟲が良いっつーのかねアンタ。ちょっと張り切り過ぎじゃねえの?」 暗室で狂気的に叫ぶ男と、さざめく羽音。その会話は恐らく男の独り言にしか聞こえまい。飽くまで、『常人ならば』。 「大体よォ、芸もなく来てあっさり殺されようとしてたアンタ助けて『苗床』くれてやったの俺じゃァねぇの。少しくらい考えってモンがねーのかね?」 羽音の主は答えない。しかし、彼らの奥で蠢く磔のそれが、回答の一端を担わんと、内部から弾け飛ぶ。 転がり落ちる、人間の肉体にして大凡人間とは思えぬほど破壊された肉体部位。羽音が二重となり、男へと徐々に近づき―― 『感謝か、しておるよ……新たな贄となることに』 「いや、だからそれが食えねえってンのよ、蟲だけに」 自らの首筋に大顎を突き立てようとした『蜂』へ向け、男はフィンガースナップを向ける。 刹那、その肉体が内部からはじけ飛び、それが先立って出来た肉塊と同じ運命をたどったことは皮肉と言えた。 『……な』 「だから。俺が善意でやるワケねーだろ。上下関係なんて下らないモン俺に押し付けんなよ。分かってんだろ?相互依存なんて下らねえモンを俺は要求してんじゃねえ。ただ、」 従え、と。じゃらじゃらと不快な音を響かせ、己を騙す彼の声が暗室を跳ねまわった。 ●襲撃者テラーナイト 「アザーバイドとフィクサードが手を組む。斯様な事例は、珍しいとはいえ皆無ではありませんでした。ですが、今回に限って言えば非常に、こう――奇特な出来事であると、言えます」 陰鬱そうな雰囲気を隠しもせず言い放つ『無謀の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000202)に対し、リベリスタは軽く首をひねった。 「我々が『不倶戴天』と呼称するチャンネルに於いて、過去に『マザービー』と呼ばれるアザーバイドがボトムに出現しました。 特性は寄生と強度の繁殖。人間へ幼体を寄生させ、自らの傀儡としつつ羽化した個体が更に寄生させ……単純に数を暴力に変化させるタイプのアザーバイドです。 今回、出現に際しフリーのリベリスタ集団が迎撃にあたったと報告を受けていますが……彼らと『マザービー』は、忽然と行方を眩ませました」 リベリスタの集団が、アザーバイドごと失踪。普通に考えれば、選択肢はふたつ。そして、アークにその情報が持ち込まれたことで、選択肢は更に狭まる。 「それって、普通に迎撃されたってことじゃ……」 「いいえ、でしたら『マザービー』の捕捉ぐらいはできたでしょう。事態はもっと深刻です。討伐に赴いた場で、彼らはどうやら一人のフィクサードと接触し敗北。 結果として、その人物の行動にいいようにされている可能性が非常に高い」 「で、そのフィクサードって」 「それで、リベリスタ『だったもの』とフィクサード、そして『マザービー』が出現する位置は判明済みです。出来れば早急に迎撃、それらの撃破及びフィクサードの撃退をお願いしたく」 「おい、だからフィクサードの名は」 名も語らず状況も最小限の説明に抑え、更に『撃退』とオブラートに包む。夜倉の意図が掴めない、というより隠し過ぎなことに、苛立ちを含んだリベリスタの言葉が飛ぶ。 「『テラーナイト・コックローチ』。もと薬剤会社社員のバイオテロ系フィクサード、と言えば分かりますか」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年10月17日(水)22:14 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●哄笑、高らか 『あァ、たまんねェなオイ。震え怯え戦いて誰も彼もが惑う様、なんて素敵な悪路の巷だ……なぁリベリスタ!? 聞こえてんだろォ?』 「……聞いていたのより随分黒いけど、此方が本性?」 「データだけじゃ推し量れねえ何かを奴は持ってるってこった」 久方振りに、電波を支配し撒き散らされる男の罵詈雑言は確かにその男の声だった。 だが、それにしては言葉も、その行いも、随分と話と違うと『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)は感じたものだ。 挑発にしたって、もう少し理性的なやりくちがあっただろう。これほどまで挑発的な人物ではなかった筈だ。 増して、自ら戦場に赴くなど以ての外だ。 それに関しては『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)も同感のようで、わざわざ赴くだけの理由、それだけの自信は底しれなさに比例することを知っていた。 少なくとも、実践で積み上げた勘がその状況の異質さを物語り、彼をして警戒させるに足る存在であるということ、ただそれだけ。 「この日をどれだけ待ち望んでいたことでしょう」 感嘆と言うよりは、底冷えのする混沌と言った体か。 『局地戦支援用狐巫女型ドジっ娘』神谷 小夜(BNE001462)と、朗々と響く電子音声の主――テラーナイト・コックローチとの縁は、赴いたリベリスタの誰よりも深い。 アークの前へ姿を現し、幾度となく害意を以って混乱を先導してきた彼が今、ここに現れるというのだ。 度を超えた感情、思慕と呼ぶには疑わしいそれは幾度か、仲間の動揺を誘ったのは確か。だが、実のところこの期に及び、彼女はもう、その域にはない。 それよりも更に深い澱の中に居る、といえた。 「ついに現れたか、テラーナイトコックローチ!」 小夜同様――というか、或いはそれ以上の妄執を胸に戦場に馳せたのは『Gloria』霧島 俊介(BNE000082)である。 ここで会ったが百年目、とでも言おうか。 だがちょっと待って欲しい。彼は、一度として『テラーナイトと関わっていない』のだ。直接的にも、間接的にも。 なら出る幕ではないだろう、と言い切れないのもまた、道理だ。 当該チャンネル、『不倶戴天』と通称される世界から現れた敵との交戦で負った心の傷が深い彼にとって、怒りの矛先は既に、行き場がない。 だから狙う、というだけの、言ってしまえば逆恨みだ。自身で理解する程度には。 「果たして、単純な討伐だけで済むのでしょうか?」 「……リベリスタ達がまだ食いつくされていないなら、或いは」 テラーナイトとの縁で言えば、小夜に劣らず深い立場にある源 カイ(BNE000446)にとって、この戦場の意味は深い。 或いは、以前の戦いで相見えなかったがためか、その思慕は以前よりも深いものであることは疑いようもない。 他方、『ジーニアス』神葬 陸駆(BNE004022)にとっては、報いるべきはテラーナイトではなく、彼の従える異界の生物だろう。 その苗床として命を恣にされたリベリスタ、五名。一人の命はもう戻らないだろうに、それでも残された可能性にすがろうとする姿は美しくもあり、苦々しくもある。 ……たとえそれがどんなに無駄でも。足掻く姿に貴賎など無い。 「んー、住宅街に割って入るには随分と雑だよねぇ」 遥か先を見通し、テラーナイトとアザーバイド達の姿を捉えた『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)には、敵方が余りに杜撰に動いているようにも見えた。 彼らの本質は繁殖である。だからこそ、この人工密集地帯を選んだのではないのか。人払いを丁寧に待ってゆっくりと進軍してきたようにもとれるその様は、警戒を厳にしたリベリスタを嘲笑っているようにも思えた。 或いは。それこそが彼の本質であると言わんばかりに。 エナーシアの対物ライフルが天を衝き、咆哮を上げる。 僅かに顔を出したであろう一般人に恐慌と『顔を出さない賢さ』を与えたそれを聞き届けたようにゆらりと、夕闇の向こうから。 ――狂気が押し寄せる。 ●戦火、朗らか 「ごめん。お前たちごと、すべて灰に、」 「知ってっかァ、シスターくずれ。お前らが俺を知ってるくらいには、俺だってお前らの事ァ知ってんだ」 杏樹がアストライアを構えた刹那、その指先、肘、胴を相次いで気糸が縛り上げた。 全身を軋ませる彼女の視線の先には、両腕をクロスさせ振り下ろしたテラーナイトの姿がある。 カイがマザービーに一矢報いたのよりも、その一手は早かった。他の面々が攻撃準備に入るか否か、そのタイミングで放たれたそれは誰が予想したものでも、ない。 テラーナイトが戦場に現れる、それは単なるデモンストレーションにして挑発行為の一貫だろうと、リベリスタ達は何処かで感じていた。 ここで優先させるのが何か、は彼らとて理解していた。 そしてこれが、『あらゆる可能性』の一つなのだと。今を以って、理解する。 「オラァ!! アーク参戦だ、あとは言わなくても解るよなァ!!」 「わざわざ前に出てくるなんていい度胸じゃねーか悪食のガキ。で? どうなるのか教えてれよ? 俺ってば馬鹿だからさァ、お前程度が何をするか知りてーんだわ」 陸駆がマザービーへ直進するのと同タイミングで、俊介の放った閃光がパペットを、マザービーを、そしてテラーナイトをも巻き込んでいく。 だが、神秘に長けたその威力を前にして彼が些かも狼狽えた様子がない。 微動だにしないままに、その閃光を見切ったように、そこに立つだけ。 それが、彼の回答なのだろう。 (貴様はまだ頑張れるのか) マザービーの往く手を遮り、陸駆がパペット――リベリスタ『だったもの』の一人へ、声をかける。 だが、返答はない。ただ、その口の端から、言い知れぬ何かがちらりと覗いた、ただそれだけ。 リベリスタは応えない。それは既にリベリスタなどではないのだから、応じるわけもないのだから。 理解、いや覚悟か。陸駆とてこの事態は理解していたし、この行為が無駄だと思っては居ないだろう。 天才は顧みない。 どれほどの無駄であっても、それが希望であればと願った、それだけは真実だったのだ。 「……なら、僕が貴様達にできることはひとつだ」 魔剣を掲げ、型もなにもなく振り回す。身も蓋もない操り方。 自分すら傷つけかねない暴挙は、数瞬の後にその剣閃を空間を超えて弾き、マザービーとテラーナイト、そして近場の数体のパペットを切り刻んだ。 「大して時間もねぇからなぁ! 初っ端からギア全開で行かせて貰うぜ!」 猛が、吼える。既にパペットの一体を押し留めた姿勢のまま、当たるを幸いに拳を突き出し、雷撃を叩きこむ。 彼らがリベリスタだったことを覚え留めておくために、全力で突っ込んでいく―― その際で、パペットがランスを構え、闇を放り込む。大剣を振り上げ、あらん限りの力で一撃を叩きこむ。闇に濡れた閃光を、撃ち放つ。 ほとんど、狙いもなにもない無造作な一撃だ。懐に深く踏み込んだリベリスタでさえ、それを見切り、躱すのは容易なほどに洗練から遠く離れた一撃だった。 それでも、その一撃を重きものとして受け止めたものが少なからず居るのは事実だ。 「積もる話は山ほどあるのですが、今はそうも言ってられないのが残念です、ね」 「おい、虫共死ぬのが怖いか!?」 それを『ラブコール』と捉えた小夜と、それを『悲鳴』と捉えた俊介は、しかし痛手というほどには負傷を重ねては居ない。 だが、泣き言も返答も今の彼らが口にするには些か難しい局面だ。 マジックアローを構えた小夜が、今や遅しとパペットを穿つ。 一瞬、非ぬ方向へ向けられたと感じた魔術の矢は、しかしパペットの得物の持ち手を貫き、弾き飛ばす程度には正確だった。 「手を抜かずに踊るのね、いいことだわ」 「『手を抜いたなら直ぐに殺す』っつってる気しかしねぇぜ、この鏖殺主義者が」 肩口を抉った銃弾に減らず口を絶やさずにいる。そんなテラーナイトに、エナーシアは小さく舌を打つ。 マザービーは既に羽根の負傷率が相当数に達している。ざっと見た限りで、パペット達の孵化を待たずに押しきれる可能性は十二分。 こちらも、あちらも。手を抜いているわけではない。お互いの全力がこれならば、確かに現状は間違いなくリベリスタに優勢だ。 返す刀であの頭部に風穴を空けても許されるくらいには。 「はぁい☆ コックローチちゃん、殺しにきたよ」 「よォ、殺人鬼。おちょくりに来てやったぜ」 眼前で崩れ落ちたパペットに一瞥し、テラーナイトは葬識と視線を酌み交わす。互いに感情の一点で箍が外れた者同士だからか、或いは全く違う理由か。 その視線には共感の色すら含まれているように思えるほどに。 「賢いね~☆ 君みたいなフィクサードは好みだよ」 「俺もだよ、お前らみたいな場当たり的なイタチごっこ好きの連中そうは居ねえ。楽しませてくれるぜ、実際」 互いの憎まれ口は止まらず。 互いの笑いに濡れた狂気の色があるのは承知の上で。 それでも彼らは、狂うことを忘れはしない。 「まあ、そんな事はどうでもいいよな。それより何より――」 『始めようぜ』と彼は宣い。 奇怪な叫びが地を覆い。 そのスナップ音は、確かに世界に爆ぜた。 ●悪夢、麗らか 「過日のG討伐には参加してましたが、顔を合わすのはこれが最初ですね。初めましてテラーナイト」 「ああ、あん時居たってガキだな。初めましてだ畜生が」 地に倒れたパペットは二体。マザービーは、既にその戦力の殆どを削がれた。今の叫びが散り際なれば、その悪意も納得がいこう。 だが、フィンガースナップに伴って空間を支配した禍月の悪意は語るべくもなく脅威であった。 回復の要たる俊介が、その意識を一時ながらブラックアウトさせるほどに、その威力があったことは述べるまでもない。 だが、カイは、猛は、陸駆は、そして葬識はそれがどうしたと言わんばかりに油断が無い。 テラーナイトとて、軽い傷であろうはずもなし。掛け値なしの実力で『それ』を選択するほどに、彼が逼迫していたことを思わせた。 「ギ……ィ、ギ」 「悪いが、あんたは今日ここで終わらせる。覚悟しな、好き勝手にこの世界でこれ以上は暴れさせねえ!」 地に伏し、更なる暴挙を起こそうと画策したマザービーの節足を踏み躙ったのは、猛だった。 振り上げた拳に感情はない。ただ、義務感が正しくあるだけだ。 生き残った一体を巻き込んで、雷撃が異形の蟲を叩き潰す。 その様は、正に蹂躙以外の何者でもなく。 「……貴様」 ぎち、と糸を引く音がする。 重々しい弩弓の音が世界を引き裂く勢いで絞られる。 押し殺した感情を、弄ばれた命を、戻らない時計の針を、彼女が憂うには遅すぎた。 フィンガースナップが放たれた意味を、自らを封じた意味を、知らぬ彼女ではないはずだ。 怒りに任せるにはもう何もかもが遅すぎる。 嘆きを告げるには経験を積み過ぎた。 今出来る事は、口惜しさに苛立つことではなく、目の前の可能性を摘み取ることだけ。 「ッチ、そこで動くかよ手前ェ」 「当然だ、ここで彼らをいいように扱われるくらいなら」 きっと何時か後悔する――と。 杏樹が、再びアストライアを高く掲げた。 クォレルの先端に点った炎が、高々と天を衝き、次いで地へと降り注ぐ。 次々と突き刺さる炎がパペット達を灰燼と帰し、テラーナイトの身を焼いて抜けていく。 「ただで逃げれるなんて思ってないよな?」 「ハハッ、ったく悪運強ェなりベリスタってのは……」 戦場の空気には、濃い殺意が立ち込めている。 リベリスタにも、テラーナイトにも、相手に対して十分過ぎる敵意がある。害意がある。 だが、この戦場の趨勢を握ったのは間違いなく前者。十二分に手を尽くした、その末でのこのザマだ――と。 「もう憎しみも愛も超越しました。ただ願ってるのは1つだけです。死んでくださいね」 「これ以上無駄に踊るなら、死ぬまで踊っていくといいのだわ」 小夜が、そしてエナーシアが、続けざまに攻撃を連鎖させる。 それでも、彼は慌てない。焦らない。 相応の負傷をして、未だリベリスタ達を前に不敵な表情を崩さない。 「あァ畜生、お前ら最高だぜ。もう少し遊んでやりてぇが、そこの蜂共殺されちまったしなぁ……しょうがねえ、ここは分けにしといてやるよ」 「抜かしてんじゃねえぞ! 厄介事に付きあわせたお前をここで返すわけが」 ねぇだろ、と叫び声を上げた猛の頬を、道化が通り抜ける。 狙いは、一人。部位は、喉元。 真っ赤に濡れる路面に、リベリスタ達が驚愕を告げるよりも疾く、テラーナイトは踵を返す。 回復を、要でありながらその一切を許されず、俊介は血の海に伏す。 「天才神葬陸駆だ、僕の名前を覚えておけ!」 大上段に魔剣を構え、一矢報いようとする陸駆を嘲笑い、 「また遊んでね、まってるよ~」 飄々と別れを告げる葬識に低い笑いで応じながら、彼は消えて行く。逃げていく。 「……参ったわね、手札が多すぎて切るカードを見抜けなかったのだわ」 そんなエナーシアの愚痴めいた言葉が空転するほどに。 テラーナイト、その深淵未だ見えず。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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