● 「信じがたい無能だな」 ぬるりと壁を抜け、現れた叫喚は口元に皮肉を浮かべて呟く。 幾ら不意の襲撃とは言え、幾ら押し寄せるE・アンデッドの数が侮れないからとは言え、まさかこうも簡単に釣れるとは思わなかった。 一度はフィクサードの襲撃を退け、更には増援まで加わったとの情報があったが故にそれなりの準備をしてきたのだが……、人の形をすれど人には在らざる醜悪な見た目、腐敗した肉の香りは冷静な思考を奪うのだろう。 もうこうなれば赤子の手を捻るも同然だ。実に容易い。 秘宝の守護者であるリベリスタ達の、アンデッドと戦い続ける其の背に向かい叫喚は静かに手を翳す。 「ほら、君等を慕う者が、或いは恨む者が、君等にも堕ちて来いと呼び掛けているぞ。さぁ、彼等の声を聞くと良い」 辺りに満ちるは恐怖と混乱、そして死。 まともな戦いに等、最初からなる筈が無いのだ。充分な手駒を用意し、それどころか今日この場には叫喚ともう一人の八大もやって来ている。 戦力過剰にも程があると言った所だ。まあ其の相方からの注文で、出来るだけ殺さぬ程度に留める必要があったのが面倒であったと言えなくは無いけれど。 「さて。君に一つ提案しよう。可能性に賭けるか、此のまま死に甘んじるか?」 其の相方、等活が、瀕死の若者の傍らに身を屈めて問う。 息子の阿鼻は例外にしても、其れを除けば等活や阿鼻の所属する八大地獄、第一圏リンボ~第九圏コキュートスまでの神曲の連中、頞部陀や摩訶鉢特摩からなる裏の八大とも言うべき八寒地獄までを含めて見渡しても、能力、性格共に叫喚と一番相性が良いのが等活だ。 「諾々と死に従うか? 死に食われるか? 首を縦に振れば我は君を癒そう」 等活の言葉に、頷く若者。その果てを知る叫喚の唇が、笑みに歪む。 そしてその若者の結末は直ぐに訪れた。 自身のノーフェイス化と言う、リベリスタにとっては最悪であろう結末が。 「やれやれ同輩、慈悲深く、そして趣味が悪いな」 「……悪いのは我ではなく彼らの運でしょう」 然り。此処に二人が目をつけた時点で、彼等の運命は既に尽きていた。 もし等活の誘いを断り死を受け入れたとしても結果は同じだ。叫喚が其の死体をE・アンデッドと化すだけである。 実際にそうしてE・アンデッドとなった者や、そもそも手遅れだったりうっかりやりすぎて殺してしまった者は既に叫喚の手によって死者の群れの仲間入りをしているのだから。 「まあ、何にせよ残るは地下へと逃げた者達のみ。それ以外には正しい意味で『生き残った』者は皆無でしょう」 先の襲撃時に不利を悟り封印の間を守る為に退いた者達。彼等の任務からすれば賢明な判断ではあるのだろうが、行く末を考えれば最悪の一手だろう。 確かに狭い地下に篭れば多勢を一度に相手にするリスクを避けられる。だが、其れは同時に逃げ場もなく、絶望の中でジワジワと嬲り殺しの目に合う事と同義なのだ。 「おお勇者よ、死んでしまうとは不甲斐ない。……かね。実に不甲斐ない結果だね。まあせめて其の身体の本当の役立て方を私が教えてやるとしようか」 「どうせあの方舟の連中が死体に群がる蠅の如く来る事は想像に難くない。愚鈍な壁でも在った方がマシというもの」 「奴等の相手は料金外だな。クライアントには申し訳ないが、まさか八大2人を安売りは出来ん。まあ精々手に入れた駒を役立てるとしようか」 先程等活が癒した若者は、直立不動で会話を聞いている。 若者の後ろにも人はいる。人であった者達がいる。運命に愛され見放されたなれの果て。 等活と叫喚の指には其々似た形の指輪が嵌っている。 其れを見て、軽く溜息。 「やれ、足りない事。我らが到達し得たのは未だ、此の様な不完全な死からの回復か、生者に死者の記憶を植える三文芝居に過ぎません。時と金は幾ら在っても足りない」 「だからこそ私達は金の為に動くのだろう、同輩。例え『第三召喚研究所』が何を求めているとしても、金を落とすのならば益となる」 「……あちらの研究は我には無益としか思えませんがね。同所属の誼を含めても」 「構わんだろう。物事の根底が繋がっているとすれば、彼らの研究も何らか私達の其れに関わるかも知れない――可能性は低いがね。まあ、行きがけの駄賃でも漁りながらのんびりと励むとしよう」 我等は利益に忠実だ。我等自身の道を追い求める為に、金さえ支払えば其の対価に見合った働きを約束する。 六道が第三、剣林、黄泉ヶ辻、セリエバと言う名のカードを求めて蠢く同じ穴のムジナども。 実に下らない。彼等が如何動こうが、金さえ、利さえ落としてくれれば其れで良い。俗物だと罵られようが、最期に真理へと到達するのは我々だ。 「「地獄の沙汰も金次第。我等六道が最下層地獄一派」」 ● 『すまない、急ぎの依頼だ。この連絡は事件現場へ最も近い位置にいる8名へと送信中だ。今から事件現場の位置を伝える。悪いが任務内容はそちらへ向かいながら聞いて欲しい』 携帯通信機から流れ出すのは、緊迫した『老兵』陽立・逆貫(nBNE000208)の声。 そして告げられるは、少し辺鄙な山奥の美術館の場所。 『ある富豪、其れも神秘の世界の存在を知る富豪が、アーティファクトの蒐集を行っていた。趣味では無く、生み出されたアーティファクトを管理、守る為にだ』 反論の暇を与えぬ逆貫の説明。 ノブレス・オブリージュではあるまいが、其の富豪はこの国の為に自らの私財を浪費する事を厭わなかった。 『其の富豪は余人を立ち入らせぬ、出入り禁止の美術館を幾つか作り、集めたアーティファクトを分散して管理していた。無論警備にリベリスタを用いて』 其の富豪が一箇所にアーティファクトを集めなかった理由、アークへとアーティファクトを供出しなかった理由は、一箇所に集めて管理するにはアーティファクトと言う存在が危険であると考えた為だ。 『どの美術館にもそれなりの数のリベリスタが配置されていた事もあり、アークも時間をかけて富豪への供出を説得する気で居たのだが、……その美術館の一つが現在襲撃を受けている』 逆貫がそれなりの数と言うからには、決して少なくは無い数が配備されているのだろう。 だが其れだけの警備が在ると知って襲撃を仕掛けるのは、余程自分の実力を過信した愚か者か、若しくはその警備を問題とせぬ程に実力を備えた者か。 今、アークのリベリスタ達にその場へ迎えとの任務が出ている以上、答えは一つだ。 『詳細はメールに纏めて後程送信する。今は兎に角現場へと急いでくれ。以上だ。諸君等の健闘を祈る』 送信されて来たデータ E・アンデッド:タイプP(peopleの略)×10 普通の人間がE・アンデッド化したもの。フェーズ1。 E・アンデッド:タイプE(E能力者の略)×6 リベリスタがE・アンデッド化したもの。フェーズ2。生前所持していた能力と似た様な力を振るう。ただし其の威力は其々強化されている。 ノーフェイス×6 リベリスタがノーフェイスと化したもの。ノーフェイス化以前に所持していた能力と似た様な力を振るう。ただし其の威力は其々強化されている。 リベリスタ 太陰・陽子 警備に配置されたリベリスタ達のリーダー。ジーニアスの女性。ジョブはインヤンマスター。実力はlv20相当。 育鳥・篤 警備に配置されたリベリスタ。フライエンジェの男性。ジョブはホーリーメイガス。実力はlv15相当。 種島・緑 警備に配置されたリベリスタ。猫のビーストハーフの女性。ジョブはマグメイガス。実力はlv15相当。 ● 「やめてください! 陽子さん、お願い撃たないで!!!」 「隊長、身体が、身体が勝手に動くんです。嫌だ……、死にたくない……」 地下の最奥、危険なアーティファクトが封じられた部屋の前、陽子達が立て篭もる其の場所に、送り込まれて来たのはノーフェイスと化したかつての同僚達だった。 何処までも悪趣味な襲撃者達の趣向。 陽子の噛み締めた唇から、血の雫が滴り落ちる。けれど動揺は見せられない。 僅か二人しか残らなかった部下達の心は、既に折れかけているのだ。ついさっきまで共に支えあった仲間達の姿に心揺るがぬ訳が無い。 しかし此処で心折れて彼等の仲間入りをする訳には決して行かない。 構えた陽子の符を見たノーフェイス達から悲鳴が、非難の声があがる。 陰陽・氷雨、神気閃光、フレアバースト、3人の技がノーフェイス達へと降り注ぐ。彼等の命を奪う為に。 ……だが、陽子達3人が次いでの技を繰り出そうとした其の時、ノーフェイス達の身体に自由が戻り、持たされていたマイクから、襲撃者の一人である等活の声が流れ出た。 「やれ、惨い事。死にたくないと喚く仲間を前に職務に忠実なのは実に感心だが、素直に明け渡していれば共に痛まずに済んだものを。――さて、『生き延びた』諸君。愚鈍な死者の仲間入りをしたくなければ、如何したら良いか自分の頭で考えたまえ」 動きを取り戻したノーフェイス達を、彼等のひとりが発動した癒しの力が包み賦活する。 「……お前達っ!」 咎めるような陽子の言葉に、けれども返って来たのはぎらつく視線。 今わの際で等活に縋り、生を願った彼等が再び同じ事を繰り返さぬ訳が無い。 「陽子さんが悪いんだ! 俺を、俺たちを殺そうとするから!」 「……俺は前から一度アンタの泣き顔を見たいと思ってたんだよ。こうなったらもう良いさ。精々好きにやらせて貰うぜ!」 ほんの少し前まで、共に戦い、支えあった仲間達だった筈なのに。 だが此処は、閻浮提の地下、1千由旬にあると言う地獄の一つ。囚われし罪人達は互いに害心を抱き、自らの身に備わった鉄の爪や刀剣などで殺しあうと言う、その名も等活地獄と化していた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年10月14日(日)23:50 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 至る所に戦いの傷跡を残す美術館。 無残に破壊された入り口の大扉を潜ったリベリスタ達の鼻が、濃い死臭を捉える。 大広間からは、2階に続く階段、1階を大きく回る外周の扉、そして今尚警護とノーフェイスの死闘が続く地下への階段。 生み出されたE・アンデッド達が奏でる苦痛に満ちた呻き声の合唱。 おぞましい所業に僅かに眉根を寄せた『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)が千里眼で見据えるは、蠢くアンデッド達の頭上、……其の更に後方2階の扉の、壁の、更に向こうに居る2人の地獄だ。 即ち、主流七派一つ、<六道>が最下層地獄一派が八大、『等活地獄』と『叫喚地獄』の二人。そして彼等の足元、其の遥か下では太陰・陽子等とノーフェイスが死闘を繰り広げている。 あの二人の地獄は、彼女達の戦いを上から見下ろし談笑に興じていたのだ。 壁越しの視線に気付いた叫喚と悠月の視線が絡み、叫喚は唇に苦笑いを浮かべたまま恭しく一礼で迎えた。 『此れは此れは。早い到着だな、アーク。地下の彼らにも勝る病的な職務遂行精神だ』 アンデッド達が持たされたマイクから大広間に響く声は、等活。 だが声は同時に、地下室前にも届いている。 『さぁ生き延びた諸君、君らの訃報が、職務熱心な死神が駆けて来るぞ』 アークのリベリスタがノーフェイスをどうするかは、元リベリスタであった彼等には想像する事はあまりに容易だ。 ノーフェイス達にとっては焦りと恐怖を、陽子等にとっては希望の糸口となる其の言葉。 しかし、……よもや地獄が『無料』で希望を与える筈がないだろう。 『彼ら八人が十六匹の亡骸を倒すのと、君ら六人が元お仲間三人を鏖殺するのはどちらが早いだろうな。――死が恐ろしければ精々励みたまえ』 迫る死の恐怖に箍が外れたノーフェイス達の鬨の声が地下の階段から大広間まで響いてくる。 絶望とは、希望無き者には訪れない。希望絶え、心が折れた時にこそ真に絶望はやって来るのだ。 嘗ての仲間から向けられた剥き出しの殺意に、育鳥・篤、種島・緑の心が悲鳴を上げる。 こみ上げてくるこの吐き気は、決して死臭だけのせいじゃない。 「死に腐れ、フィクサード。いつかあんた達を食い殺してやる!」 等活のやり口のあまりの邪悪さに、『LowGear』フラウ・リード(BNE003909)が吼える。 けれど其の言葉に応じるは、……大広間に溢れる大量の死者達。 ● 苦痛を、生者への妬みに歯を剥き出す死者の群れに対して真っ先に動き出したのは圧倒的速度を誇るフラウ。 舞う様に跳ね、高い大広間の天井にピタリを足を張り付かせて体のギアを最速へと入れ替える。次への布石に、手番を費やす。 速さを持つからこそ、本当は気が逸る。今、理不尽な死の危機に瀕する地下のリベリスタ達の下に、最も早く辿り着ける可能性を持つのが最速のフラウなのだから。 けれど、だからこそ、確実に、焦りに惑わされずに、最短の道を彼女は選び取る必要がある。 手を翳す悠月の背後に、まるで羽を広げた白鷺の如く氷刃が展開されていく。 狙い定むるは向けられる剥き出しの憎悪に対して、其の背後の真なる邪に何時か刃を届かせんとの想いを籠めて、無数の氷刃が、悠月がとあるフィクサードより模倣したEX『白鷺結界』が、舞い散る羽の如く死者の群れに対して放たれる。 凍て付く大広間。床に落ちた氷を踏み砕き、アンデッドの群れへと切り込むは『緋月の幻影』瀬伊庭 玲(BNE000094)。 「妾のドレッドノートを食らうといい! この大馬鹿共めが!」 掴み掛かる死者の腕を、くるりと体を半回転させる事でいなして玲は引き金を引き絞る。『ドレッドノート』と『223BNE デザートホーク カスタム』。彼女の両手の2丁の銃から放たれる弾丸は、敵を貫くではなく切り裂く様に。 まるで踊りの振り付けの様にステップを踏み、銃持つ腕を交差させた玲のダンシングリッパーが敵陣への楔となる。 「玲!」 背後からの呼び掛けに、クルクルと回転して2歩、横へと玲が移動した次の瞬間、彼女が先程まで居た空間を貫く様に放たれたのは『九番目は風の客人』クルト・ノイン(BNE003299)の蹴撃、虚空だ。 一つ、二つと、腹をクルトの虚空に貫かれた死体が力を失い、崩れ落ちる。打ち込まれた楔は、敵の塊に皹を入れた。 体崩れた死者の胸を、踏み出しにして空へと舞い上がるは『神秘探求同盟第六位・恋人の座』那由他・エカテリーナ(BNE002078)だ。別名を『残念な』山田・珍粘とも言うらしいが、まあ其れは良い。 なゆなゆの2歩目の着地点は、別の死者の頭頂部。僅かに腐り始め、すべり、不安定な其の足場に、……けれど那由他の足は吸い付くように捉え、彼女のバランス感覚は体勢崩す事無く2歩目の踏み切りを可能とする。 彼女を求めて伸ばされる死者達の手も、那由他にとっては足場に過ぎない。速度こそフラウに及ばぬが、変則移動ならば引けは取らぬと言い切る彼女。目的の階段を目指して、疾く、速く。 統率の取れぬ敵陣の皹が広がっていく。 「恨んでも良いんだ。お前等の苦しみはオレがきっちり届けてやる」 両の掌を合わせ、小さく呟く『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)を中心として展開される結界、陰陽・結界縛が死者達の動きを鈍化させる。 眼前の死者達に、フツが向ける目は哀れみだ。彼等には何ら罪が無い。 巻き込まれただけの一般人に、リベリスタのまま死んで行った者達。彼等がこのような扱いを受けねばならぬ謂れは、何処にもあろう筈がないのに。 鈍った動きでフツへと手を伸ばす死者を、メガクラッシュで吹き飛ばした『折れぬ剣《デュランダル》』楠神 風斗(BNE001434)が叫ぶ。 「こちらアークのリベリスタだ! 現在大広間からそちらに向かっている! もう少しだ! 頑張ってくれ!」 既に到来が伝わってる事は重々承知だ。 けれど、それでも、風斗は声を発せずには居られない。彼の心に燃ゆるは怒りの炎。理不尽を憎む風斗は、死者達の惨状を、今も地下で行われる地獄の様な現状を、どうしても許す事が出来ない。 「死を弄ぶ老害が! 絶対に貴様らの好きにはさせん!」 リベリスタ達の猛攻の前に、幾体ものE・アンデッドが崩れていく。 だが、其れ等は所詮一般人の死体がE化した物に過ぎない。攻撃に耐え、或いは速度の低下にすらも抗う6体の元リベリスタ達。 死人と化した事で、或いはアークのリベリスタ達にも匹敵するであろう力を持つ彼等。 しかし、そんな彼等の前に立ちはだかる白銀。 誰よりも遅く、されど、誰よりも揺らぐ事無く堂々と。何時も通りの『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)が。 彼女の切っ先は敵を選ばない。例え元が一般人であろうと、元がリベリスタであろうと、欠片の躊躇いも生じ無い。 思う所が無いとは言わない。けれども、其れよりも何よりもはっきりと彼女を縛る理は唯一つ。 「わたくしは『正義』を貫くだけです」 世界に敵対するものは、すべからく彼女の正義の敵である。 ● 「やれやれ、本当に面倒な連中だな。奴等の相手は矢張り割に合いそうに無い」 圧倒的な速度で地下への階段に辿り着いたフラウを見、叫喚がわざとらしく溜息を吐く。 けれども、其の唇に浮かぶは笑みだ。 「あの片眼鏡は実に良い仕事をする。ペアの傍らを進ませる為に技を振るうか。……おぉ、また一人抜けたな」 玲の道を塞いだ死者を、クルトの魔氷拳が捉えて縛る。フラウに続いて玲が、更には那由他までもが階段に辿り着くにあたって、叫喚は一つ両の手を叩き合せる。 まるで贔屓のスポーツチームを応援するかの様な其の態度。 確かに此処まではアークのリベリスタ達の動きは完璧に近い。死者を無理に屠らず、道を切り開き、尚且つ全員で進む事よりも少しでも多くの救援を地下に届けるを優先している。 フェーズ2の死者達は流石に厳しい障害となっているが、其れでもフェーズ2のみでは些か数が足りていない。 もし此れがゲームなら、気の短い者は迷わずリセットボタンを押したであろう程に、序盤のアークの攻勢は苛烈だった。 「さて、此度も蠅は死体を食い尽くしましょうか」 問う等活。……けれど、彼は知っている。眼前でアークの活躍を暢気に笑うもう一人の地獄が、その実、慎重に彼等の隙を窺っている事を。 誉める言葉は、詳細に敵の動きを観察しているからこそ出る言葉だ。 そして何より、ずっと既にほぼ役割を果たし終えた自分にばかり喋らせ、自らの気配を薄める彼が何も狙っていない筈がない。 階段を駆け下り、続く廊下へとフラウが飛び出した其の瞬間、……血臭が鼻をつく。 倒れ、床を赤く染めるは、ノーフェイスからの集中攻撃を受けたホーリーメイガス、育鳥・篤。 思えば其れは当然の結果だったのだろう。 如何に最速を尽くそうと、死者の群れを突っ切り、階段を駆け抜けるには多少の時間は必要となる。 だがその多少の時間は、後衛ばかりの警備のリベリスタ達に被害が出るには充分な時間だった。 誰か一人でも前衛が残っていれば、話は変わったのかも知れない。誰か一人でも篤を庇う者が居れば、癒し手たる篤の加護で、援軍が来るまで耐え抜けたかも知れない。 しかし現実は非情だった。其の癒しの加護を持つからこそ、篤は誰も守ってくれる者が居ない状況下で集中攻撃を受け、そして死んだ。 返り血に朱に染まり、息荒く残る獲物を睨むノーフェイス達は、生きながらにして地獄に囚われた亡者と化している。 悠月の放ったチェインライトニングを目晦ましに、4人目、風斗が階段へと辿り着き、地下に消えて行く。 けれど、其処までが限度であった。 フェーズ2の死者、元リベリスタが振るうチェーンソーがノエルの騎士槍と噛み合い火花を散らす。フツ、クルトも其々手強い死者に張り付かれ、身動きが取れぬ状況だ。 否、例え地下に向かえたとしても、これ以上地下に向かう人員を増やせば此方が崩壊するだろう。 地下に消えた獲物を追おうとする死者の一人を、クルトの魔氷拳が動きを縛り、ノエルのメガクラッシュが横に弾く。 先程までとは逆に、階段への道を塞ぐ様に守りを強いられていくリベリスタ達。 仲間達を全て地下へと送れば、最後に自分が殿として階段に残る心算だったノエルではあるのだが、些か相手を低く見積もりすぎた。 相手は仮にもリベリスタとして生き抜き死んだ兵だ。フェイトを失い死者となった今、其の力は充分ノエル達に匹敵する。決して侮れる相手ではない。 何より、ノエルは攻めには長けても守りには難がある。 雷光纏う刀に肩を貫かれたノエルの傷を、フツの傷癒術が、悠月の天使の息が、癒して塞ぐ。 更には、クルトの腕が、脚が、疾風にも負けぬ圧倒的な速力で次々と繰り出され、雷撃を纏った武舞と化す。迫る死者達の圧力を散らさんと放たれるは壱式迅雷。 あたり漂うオゾン臭を、けれどもすぐさま死臭が塗り潰す。痛みに鈍い死者達は、クルトの強力な攻撃にも怯まない。 ● 「鍵を!」 手を伸ばす玲の叫びに、陽子の手が首飾りを握り締める。 右にフラウ、左に那由他。2手に別れ、限られた空間を駆け抜ける二人。 あまりの高速に那由他の姿がブレ、幾つもの残像を生み出す。二体の敵に対して、纏めて振るわれるは神速、多重残幻剣。 その那由他よりも更に早く、己が見定めた獲物にフラウが放つはソニックエッジ。圧倒的な速力で、ソニックエッジと言う技の特性をほぼ限界まで引き出した連撃が、左右のナイフより繰り出される。 必殺の気迫を籠めたリベリスタ達の攻勢に、けれど抗うは一人のノーフェイスが放つ癒しの力。 陽子は迷う。其の手に握る首飾りは、背にした封印の扉と対になるアーティファクトである鍵。この首飾りを差し込めば、部屋の封印は解けてしまう。 敵の狙いは間違いなくこの鍵だ。 無論、疲れ、傷付いた陽子達よりも、やって来たアークのリベリスタ達の戦力が圧倒的に上回る事は陽子も理解している。 しかし、だ。 此処の警備はあくまでも自分達である。職務の為に、嘗ての仲間に罵られながらも見捨て、攻撃してまで、守り通そうとした役割を簡単に放棄する事など出来ようものか。 ましてや彼女の雇い主は、アークへのアーティファクト供出を拒んだのだから……。 陽子の様子に、混乱を避ける為にそれ以上の要求を止める玲。だがもし、此処で更に強く出ていれば……、この後の展開は少しは変わったかも知れない。 陽子は迷う。此処まで追い込まれたのだから素直に頼るべきだと言う冷静な判断と、逆に此処まで追い込まれてしまったが故に意固地になった職務感がぶつかり合う。 中途半端な要求は、ただ彼女の迷いを生んだ。 その状況を変えたのは、階段を降り切った4人目のリベリスタ。 「命惜しさに人形に成り下がり、攻撃されたら不満をぶつけるか。死にたくないという気持ちはわかるが、貴様らのやっていることは最低だと知れ!」 響き渡るは風斗の一喝。 「誰だって死ぬのは怖い。だが、それなら何故今まで命を懸けて戦ってきた!?」 真っ直ぐな言葉は、強い怒りを孕んでいる。在る意味純粋であるが故に、風斗の怒りは余りに強い。 けれども……、其の純粋さは時に傲慢だ。 全てが、全てのリベリスタが、彼や彼の仲間と同じく強い訳では、確固たる目的意識を胸に戦っている訳では、決して無い。 風斗の言葉は、ノーフェイス達に後ろめたさと、其れを塗り潰す為の怒りを呼ぶ。 「警護のお前たちもだ! お前たちが仲間と共に護ろうとした『モノ』は何だ! 鍵とか宝とか、そんなものではないだろう!? もう一度思い出せ、護るべきものと、それに必要なことを!」 最早其れは絶叫に近しい。眩しいほどに真っ直ぐな、心の底からの、叫び。 だが其の真っ直ぐさ故に風斗は気付かない。その言葉を受け止めるには、相手にも相応の素養が必要である事を。そして普段なら兎も角、今の陽子達には其の余裕が無い事を。 問おう。ならば彼女達は一体如何すれば良かったのか? 仲間と争う事を避け、封じられた危険なアーティファクトの守護を放棄して逃げれば良かったのか? 唯只管に涙ながらに訴え、奇跡を願えば良かったのか? 「知った風な事を!」 言葉の裏の想いを読み取れず、唯言葉のままに受け取り、顔を怒りで朱に染めた陽子は無数の符を懐から取り出す。 これ以上自分達を侮らせない。そんな思いのままに彼女が放たんとするは、式符・百闇。 だが、その時だった。 『善いぞアークの少年。ナイスアシストだ』 マイクから響いたのは、リベリスタ達に対してはずっと沈黙を続けていたもう一人の地獄、叫喚の声。 そして陽子の喉笛に齧り付く、E・アンデッドと化した育鳥・篤。 ● 食い千切られて絶命した陽子の胸元から、チェーンの切れた鍵が床に転がり落ちる。 其の傍らには、警備の最後の生き残り、種島・緑。……けれど彼女は、指示をくれる陽子の死に怯え、ただ頭を抱えて蹲るのみ。 フラウが、那由他が、玲が、風斗が、駆け出すも眼前に立ちはだかるノーフェイス達に食い止められる。 其の鍵を拾い上げたのは、篤に止めを刺したノーフェイス。彼等にとっては、この鍵だけが救いの希望なのだ。 窪みに鍵が押し込まれ、アーティファクトの扉が開く。部屋を守っていた封印が消え、壁が、床が、天井が、力を失い唯のコンクリートに戻ってしまう。 そして其の天井を潜り抜け、姿を見せるは八大が其の四、叫喚地獄。 現れた元凶に、何とか己が刃を届かせようと更に力を振り絞るリベリスタの前に、 「さて、何時まで寝ているのかな? 職務熱心な警護役。さっさと起き上がってそいつ等から部屋を護り給えよ」 起き上がった陽子が歯を剥き出す。 其処にはもう、職務感も理性も存在しない。ただ叫喚の指輪に命令され、リベリスタ達を敵として認識しただけだ。 「おい、約束は果たしたぞ! オレ達を助けてくれ! こいつ等からオレを救ってくれ!」 那由他に斬り付けられたノーフェイスが悲鳴の様な救いを求める。 だが彼等は気付いていない。自分達が縋ろうとする物が、どれ程悪辣な存在かを。 『――「死にたくなければ励め」とは言ったが、其れで何らか見返りを渡すと述べたかね』 勿論、マイクからの答えは彼等に絶望しか齎さない。 『何より我は同胞を容易く裏切る輩は嫌いなのだよ』 ノーフェイス達の体の自由が失われる。叫喚がアーティファクトを確保する時間を稼ぐ為に。 もう彼等に救いは無い。例え死んだとしても、次はE・アンデッドとして壁にされるだけだ。 眼前で行われる悪辣に、もう誰も打つ手がない。 主持たぬ凶悪なアーティファクト達は、現れた邪を拒まない。 フラウが叫び、玲が猛り、那由他が切り裂く。けれど、届かない。 風斗の怒声も、壁を抜け、去り行く叫喚の足を止める役には立たない。 悪意の夜が、更けて行く。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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